1月21日 (土)  PM 4:34

 

「一同、礼」

『ありがとうございました〜〜!』

 

 教え子たちの声で稽古を締めくくる。

 今日は、非常勤の講師をしている剣道場の出稽古に付き添って近場の草間一刀流剣道の道場まで来ていた。

 こうして講師の役目をするのも、もう数えるくらいしかないかもしれない。一応今年度中はやるとは言ってあるものの、その間にも管理局の仕事が入ってくることもあるだろうから。

 感慨に耽っていると声をかけられた。

 

「お疲れさまです。今日はありがとうございました」

 

 今日打ち合った中で、一番筋のよかった青年だ。

 

「ああ、こちらこそな」

 

 その答えに青年はにっこりと人好きのする笑みを浮かべて、

 

「打ち合って気づいたんすけど、シグナムさんの剣、やけに実戦向きですね?」

「分かるか?」

「ええ。知り合いに二人、似たような剣の使い手がいるもんで」

「ほう?」

 

 ちょっと興味が出た。

 それが顔に出ていたのだろうか、

 

「会ってみますか? ちょうど俺も、明日会う約束してるし」

 

 青年――赤星勇吾はそう提案してきた。

 

 

 

 

 

 

      第5話  「再会」

 

 

 

 

 

 

  1月22日 (日)  AM 12:52

 

「待たせたか?」

 

 翠屋のオープンテラスにその姿を見つけ、声をかけた。

 

「いえ、俺もさっき来たとこですよ」

 

 それに待ち合わせは一時でしょう、と笑いながら勇吾は付け足す。

 確かにその通りだ。けれど、これから案内してもらう身としては先に来ておくのが礼儀ではないだろうか。

 

 ――結局、昨日の勇吾の提案に自分は首を縦に振った。

 それはなぜかと問われれば――なぜだろう? 自分でもよく分からない。興味があったというのは本当だが、わざわざこの世界で戦う相手を探す必要はない。

 だが、直感か気まぐれか、そういったものが自分を促した。それに、もう少しすれば自分は本格的に管理局の所属となり、こんな戯れは難しくなる。ならば今のうちにやれることはやっておけ。

 たぶんそういった諸々で、今自分はここにいる。

 

「ところで、そっちの子たちは?」

 

 勇吾の視線は横にいる主はやてとヴィータに向いている。今日シャマルは先日の護送任務の報告書を提出しに、ザフィーラと一緒に本局まで出ているのでいない。

 

「ああ、私の家族だ」

 

 こういうときのお決まりの答えを返す。さすがにこの数ヶ月の生活で、主や仲間という言葉がこの世界では異質なものだと理解している。

 そしてその答えに満足そうに主はやては笑い、少しだけ車椅子を前に出して、

 

「八神はやていいます。今日はよろしくお願いします」

 

 丁寧に挨拶をする。

 

「ほら。ヴィータも」

 

 ここまで始終仏頂面のヴィータも、主はやてに促されて渋々といった感じで、

 

「……ヴィータ」

 

 と、それだけの自己紹介をした。

 それを聞いて主はやてが、

 

「もう。あかんよ、ヴィータ。初対面の人には元気よく挨拶せな」

 

 ヴィータの鼻をつまんで説教する。

 それに対する反応も、なんだか元気がない。

 ヴィータはここ数日、こんな調子だ。何日か前に主はやてに付き添って病院に行き、そこでなにがあったのか、それ以来調子がおかしい。

 任務では空元気を出して空回り。

 一人にしておけばなにを考えているのかどこまでも沈んでいく。

 気分転換にでもなればと思い今日は連れてきたが、無駄に終わるかもしれない。

 そう考え、嘆息する。

 その横から、

 

「あれ? 赤星くんの待ち合わせの相手って、シグナムさん?」

 

 突然名前を呼ばれて驚き振り返れば、主はやての友人である月村すずかを経由して知った顔――月村忍がそこにいた。

 とはいっても、あまり彼女とは交友はない。名前は知ってるし、面識もあるが、それだけといった程度だ。

 

「月村、知り合いか?」

「うん。すずかがはやてちゃんと友達だからね。それに、ウチに泊まったこともあるし」

 

 ちなみに、その泊まったというのはあくまで主はやて一人だ。闇の書の頁の蒐集に走り回っていた頃、寂しい思いをさせていた。

 

「なに? これからデート?」

「違う」

「……やけにはっきり言うね」

「いや、月村のことだからはっきり言わないとあることないこと誤解して伝言ゲームにしそうだから」

 

 その言葉はやけに実感が篭っている。実体験でもあるのだろうか?

 

「う〜〜……、まぁ、否定しないけど……。じゃあ、どんな用事?」

「ああ。高町の家でちょっと打ち合おうって話になってな」

「へぇ〜〜、……強いの?」

「……俺じゃ勝てない。ひょっとして、高町ならいい勝負するかもと思って誘ったんだけど」

 

 妥当な評価だ。勇吾相手なら負けるなど考えられない。

 しかし、この男にこうも言わせる『高町』という男――ん?

 

「高町……?」

 

 さりげなく勇吾が口にしていた名前を聞き取り、主はやてが怪訝そうに呟く。

 

「高町って、ひょっとしてこれから行くのってなのはちゃんのお家ですか?」

「あれ? 知り合い?」

「はい。友達です」

 

 満面の笑みで答えた。

 

「ああ、そうか。月村の妹と友達ならなのはちゃんとも友達でもおかしくないか」そう呟いて納得し「じゃあ、俺とシグナムさんが高町と打ち合ってる間、はやてちゃんたちはなのはちゃんと――」

「あ、なのはちゃんたち今日は、病院にお見舞い言うてましたよ。昨日の晩、わたしにもお誘い来ましたから」

「お見舞いって、友達の?」

「いえ、前に他の友達が拾った子が今日退院するとかで……」

 

 その言葉にヴィータがビクリと大げさに反応した。

 

「どうかしたか?」

「ッ……なんでもねーよ!」

 

 その態度はいかにも、なにかあると言っているようなものだ。

 いいかげん、病院でなにがあったか問い詰めてやろうか。……そんなことをしてもこの意地っ張りは口を割らないだろうが。

 たぶん、それは他の皆も感づいているのだろう。仕方ないなぁという感じの苦笑いを浮かべて、忍が切り出した。

 

「う〜〜ん……。わたしも見に行っていい?」

「は? いやまぁ、俺はいいけど……」

 

 戸惑ったように勇吾は答えて、許可を求めるように視線を向けてくる。

 

「私も構わんぞ。見られて困るようなことはない」

 

 魔法を使わなければ、そう問題もないだろう。

 

「ありがとうございます」

「それはいいけど月村、仕事はいいのか?」

「あ、大丈夫。わたし今日は午前中のシフトだからもう上がり」

 

 時計は一時を少し回ったところを指していた。

 

「そうか……。じゃあ、ちょっと会計済ませてきますんで、待っててください」

 

 そう言って、勇吾は伝票を手に翠屋の中へ入っていった。

 

 

 少し歩く。

 商店街の華やいだ活気から離れ、簡素な住宅地へと周りの景色が変わった。

 

「あと五分くらいです」

「そうか……」

 

 車椅子を押しながら答える。それに被せるように主はやてが笑いながら言う。

 

「結構近くなんやね」

 

 その膝の上には翠屋のマークの付いた箱が乗せられている。これは高町店長からのお土産として渡された。忍から主はやてがなのはの友人と聞いたらしい。

 中身は家族の人数分ということでシュークリームが四個。ザフィーラすまない、お前の分がない。

 

 そして、今連れ立って歩く人数は当初より二人増員して計六名。

 

 内の一人は月村忍。

 こちらは知った顔だし、同行する経緯も知っているので構わない。

 

 だがもう一人、神無と名乗った女性はどういう関係なのだろう。勇吾も初めて会ったように挨拶していた。

 それがなぜ一緒に来るのか。訊けば、ちょうどいい機会だ、と言っていた。なにがちょうどいいのか、それについては答えなかった。

 ……警戒しておいた方がいいか?

 見る限り、立ち振る舞いは完璧に普通の人間を演じている。それだけならちょっとそこらにはいないくらいの美少女で済ませてしまえる。

 だが、その完璧さが自分には逆に怪しく思える。それに、そこを意識してみるとなぜか肌が粟立つ感覚さえ覚える。

 いったい何者なのだろうか?

 さりげなく本人や忍にも問いかけてみたが、自分の直感を裏付ける答えは返ってこなかった。神無はひらひらと問いをかわし、忍は彼女のことをよく知らないらしい。それでよく信用できるなと思いもしたが、それはおそらく主はやても同じだろう。そのために強く言えなかった。

 

 そう考えるうちに、案内のために先を歩いていた勇吾が、やや大きめの屋敷の前で止まった。

 

「ここです」

「ほう」

 

 八神家とはまるで違う造りにため息を漏らして見入る。こういう雰囲気は嫌いではない。

 その間に勇吾は門をくぐり、

 

「お〜〜〜〜い! たかまち〜〜、来たぞ〜〜」

 

 そのまま玄関ではなく、庭の方へ。

 後に続いていくと、一般家庭の住宅にしてはやや広めの庭の隅に道場らしき建物があった。中からは木刀を打ち合う音が聞こえる。

 勇吾は遠慮なくそこに近づき、ガラガラと道場の戸を開けて、

 

「たかまち〜〜」

 

 中に居るらしい『高町』という男を呼びながら入る。それに気を取られてか、打ち合う音も止まった。

 

「主はやて」

「うん、お願いな、シグナム」

 

 打てば響くように返事が返る。中まで車椅子では入れそうにないので、いつものように主はやてを抱き上げて入る。このあたりはもう慣れたもので、主はやての両腕はしっかりと首に回されている。ついでに言うと、シュークリームの箱はヴィータに渡されている。

 中に入ると、そこに居たのは黒い髪の男と女が一人ずつで二人。

 この男の方――もしくは両方がなのはの兄妹ということになるのか。……それにしてはあまり似ていないな。

 同じようなことを思ったのだろうか、主はやてが尋ねる。

 

「あなたが、なのはちゃんのお兄さんですか?」

「はい? ああ、まぁそうですが……」

「はじめまして。八神はやていいます。なのはちゃんとはお友達です」

「ああ、これはご丁寧にどうも……」

 

 少し戸惑ったようになのはの兄が返す。主はやての年齢と不相応に大人びた態度に意表を突かれているのだろう。

 その視線が一瞬、主はやての足に向くが、すぐに私へと向けられる。

 

「高町恭也といいます。あなたが、赤星の言っていた……?」

「ああ、シグナムだ。今日は世話になる」

 

 そう挨拶するうちにも相手を観察する。……なるほど、十分に鍛えられている。確かに勇吾よりは上だ。

 

「では、早速やろうか」

「ええ、それはいいですけど、得物は……?」

「……すまない。借りれるか?」

 

 持って来てはいるが、それは竹刀だ。しかし、木刀があるのならそちらの方がいい。

 

「あぁ、はい。そこのヤツを使ってください」

 

 恭也はそう答えて顎で壁に掛けてある木刀を示した。

 主はやてを壁際に下ろす。すぐにヴィータがその隣に座った。

 それから壁に掛けてある幾つかの木刀から自身の愛剣、レヴァンティンと同じくらいの長さを選ぶ。

 軽く振ってみる。うむ、問題ない。

 振り返り、声を掛ける。

 

「さて。ではやろうか」

 

 

 

      *   *   *

 

 通常サイズの木刀を手にして、シグナムさんが道場の中央に立ち待っている。

 昨夜のうちに赤星から電話で聞いていたが、確かに相当できるようだ。立ち振る舞いにまったく隙がない。しかも雰囲気が美沙斗さんや薫さんに似ている。

 まず間違いなく、彼女は『戦う者』だ。自身の目的のために剣を振るい、血を流す者。

 

 その彼女の付き添いの家族二人は他の皆と一緒に壁沿いに座っている。

 その片方の少女――八神はやてといったか、その少女は携帯を片手になにかしていた。

 気になったのか、隣に座っている美由希が覗き込むようにして、

 

「メール? お友達に?」

「はい、なのはちゃんにです。今なのはちゃんの家にいるって」

 

 そうだった。

 彼女からは、挨拶のときになのはの友達だとも聞いている。

 そういえば年始の四家族合同の旅行で、なのはがもう一家族増えるかもしれないと言っていた。確かそれが八神家だったはずだ。(結局、辞退していたけど)

 その八神家と、なのはではなく赤星を通して知り合うことになるとは……人の縁とは奇妙なものだ。

 壁の隅の木刀掛けからいつも使っている木刀を二本取り、道場の中央――シグナムさんに対峙するように立つ。

 

「それが、お前の武器か」

 

 小太刀サイズの木刀を両手に持つ姿を見てシグナムさんが問いかけてきた。

 

「はい。これがうちの流派のスタイルです」

 

 本当はこれに加えて飛針や鋼糸もあるけれど、そこまで説明することもないだろう。今回は使わないつもりでもあるし。 

 

「ルールはどうします? 赤星とはいつも、蹴りあり投げなしでやってるんですが……」

「それで構わん。私もそのくらいの方がやり易い」

 

 言って、自然な動作で独特の形に構える。それだけで、この女性が戦い慣れているのが分かる。

 

「はい」

 

 答え、左手に持った一刀を腰に差し、右手の一刀を構える。

 

「……二刀ではないのか?」

「ええ。これが俺のやり方ですから」

 

 ならばもう言うことはないとばかりに、シグナムさんから感じる剣気が増す。

 チリチリと肌を刺す緊張感。

 こうして向き合うだけで分かる。――いや、思い知らされる。

 ……強い。

 戦う前からこれほど威圧感を感じるのは美沙斗さん以来だ。

 これほどの相手となると右膝の調子が不安材料になるが……そこはそれ、いつものようになんとかやりくりするしかない。

 そのまま数秒の対峙。

 合図はなく、しかしほとんど同時に二人は床を蹴って飛び出した。

 

 

 先手は恭也。

 一息に間合いを詰め、逆袈裟に斬りつける。

 シグナムが急停止。

 木刀を振り上げる勢いを使い体が後ろに反れる。

 間合いが足りない。

 木刀が空を裂く。

 体がわずかに流れた。

 それを見逃さず上段からの斬撃。

 とっさに引き戻し防御。

 重い。

 無理に受けず流す。

 シグナムの体勢がわずかに崩れる。

 好機。

 腰に差した一刀を掴む。

 抜刀。

 できない。

 抜く前に腕を押さえられた。

 ならば。

 足払い。

 避けられた。

 だがこれで相手は間合いの外。

 追いかけざまに抜刀。

 

 奥義之壱――虎切

 

 防がれた。

 構わない。

 そのまま次の攻撃へと派生。

 それを読んだかのようにシグナムはすでに防御の体勢。

 そこに二刀を交差させるように叩きつける。

 

「はっ!!」

 

 奥義之肆――雷徹!

 

 威力だけなら持てる技の中で最強の一撃。

 でもダメだ。

 堅い。

 衝撃で二人とも後ろに弾かれる。

 

 

 始まりと同じだけの間合いを作って、二人は一度止まった。

 

 

 

      *   *   *

 

「……スゲぇ」

 

 ほんの数秒の攻防、二人の戦いを見ていた赤星くんがポツリと漏らした。

 他の観戦者たちも言葉もなく、圧倒されたように二人を見詰めている。

 かく言うわたしもその一人なわけで。

 恭也が強いということは知っていた。実際、一年半前にはイレインのオプションと戦う姿も見ているし、今でもたまにノエルと模擬戦をしているのも知ってる。

 それでも、それがこれほどとは思ってなかった。並の夜の一族じゃ歯が立たないんじゃないだろうか。

 そしてその恭也を相手にここまでできるシグナムさんも、とても強い。今の攻防では恭也が押しているようだったが、それでも一撃も当てることができなかった。

 

「なるほど……」なにに納得したのかそう呟き、シグナムさんは木刀を構え直して「まさか、この世界にお前ほどの使い手がいるとは……。少々侮っていたようだ」

「そうですか……」

 

 恭也も片方の木刀を腰に戻して最初のように構える。

 

「本来ならこれはただの試合だ。だからこそ、手加減もあり遠慮もある。……だが、ここからは本気でいかせてもらう」

「ええ。それならこっちも、出し惜しみなしでいかせてもらいます」

 

 言って、恭也の左手の指の隙間から木製の飛針が二本出てくる。

 

 って、ちょっと待った。

 つまり、さっきのは二人とも全力じゃなかったってこと?

 それはたぶん全員の思い。だって、程度の差はあるけど、ほぼ全員が驚いたように二人を見てるし。

 

 そしてその推察を肯定するように、息苦しいまでの緊張感が再び道場を覆う。

 動くものは、時折わずかに揺れる二人の木刀だけ。

 それはほんの数秒か、それとも一時間も経ったのか。時間の感覚さえ麻痺させるほどに濃密な空気。

 

 その中でただ一人、そんなこと関係ないとばかりに神無がポツリと呟いた。

 

「右側……、膝かな。壊したのか?」

 

 その意味するところを理解し、驚く。

 

「分かるの?」

「ああ。……とは言ってもかなり微妙なズレだけど」

 

 ずっと昔、恭也が交通事故で砕いた右膝はフィリス先生の必死の治療により今はもうほぼ完治の状態にある。『神速』を使わなければ日常生活はもちろん、鍛錬程度の戦闘も問題はない。だがやはり、何年もの間に染み付いた右膝をかばう癖は抜けていないらしい。

 

 それをほんの数秒見ていただけで見抜いたなんて、このコもなんかスゴい。

 そして、神無はさらに続ける。

 

「……彼が、今代の御神の伝承者か?」

「え?」美由希ちゃんが意表を突かれたように振り返り「あ、いえ。たぶん恭ちゃんにはその気はないと思います。ずっと前からわたしを一人前にするのが目標って言ってましたから」

「じゃあ、あなたが?」

「ええ。まだ修行中の不肖の弟子ですが……」

「そう……」正面の二人に向き直り「……後で一手交えるか? どの程度か見てやる」

「……はい?」

 

 いきなりの申し出に、美由希ちゃんは理解不能といった感じの答えを返した。

 それを気にすることなく、神無は続ける。

 

「なに、わたしも戦い方くらい神雷様に教わっている。恭也は神雷様とやるということだし、わたしはあなたとやろうかと思ってな」

「え? え〜〜っと……」

 

 ゴメン、そんなフォローを求める目で見られても、なんて言っていいか分かんないよ。

 けれど、その態度から察したのだろう、神無は、

 

「……まあ、いやなら構わん。やる気のない奴相手では一秒で終わってしまうからな」

 

 その言い様になにかカチンとくるものがあったのか、美由希ちゃんは憤然として、

 

「ちょっ……一秒って、そんなことないですよ」

「事実だ。わたし程度でもそのくらいの芸当はできるし、神雷様なら瞬きの一瞬で首を落とす」

「そんなスゴイの? その神雷って人……」

 

 ちょっと気になって横から口を出す。

 

「ん? ああ、そうだな……。たとえばあの二人――」神無はまだ動かない二人をじっと見て「今のままなら恭也の方は保って十秒、シグナムの方は……なにか隠しているようだが――」

 

 瞬間、ビクリ、と大げさに震えた。

 

「え……?」

 

 ぽつり、と呟かれた声が、道場に満ちていた緊張感を弛緩させた。

 と同時に、向かい合っていた二人もつんのめるようにしてバランスを崩す。たぶん、動こうとした瞬間と今の呟きは絶妙なタイミングで重なったのだろう。

 いったいなに?

 全員の視線が集中する中、神無の黒金の瞳は二人ではなく道場の入り口の方を向いている。いったいなにが――

 

 ガタンッ。

 

 入り口の戸に誰かが外から手をかけたのか、いきなり揺れた。

 全員の視線が神無からそっちに移る。

 だが、その誰かはなかなか入ってこない。開け方なんて見ればすぐに分かるだろうに、まるで試行錯誤するようにガタガタと戸を揺らし、最後には力任せにバァンッ! と勢いよく開けた。

 そしてその人物は、開口一番こう言った。

 

「不破恭也、いるか!?」

 

 その人物はあまりに異様な姿をしていた。

 雪のように白い髪。血のように紅い羽織。黒い布に朱い一つ目を装飾された眼帯。

 話に聞いた姿そのままにその人物は入り口に立って、中へと呼びかけた。ひょっとして彼が――

 

「神雷様……?」

 

 その人を、神無は信じられないとばかりに目を見開いて迎えた。

 ああやっぱり。これだけ分かりやすい特徴があれば誰でも分かる。ウォーリーに喧嘩売るくらい目立つ人だ。

 その人は、今呼んだ声で察したのか、それとも以前彼女が言っていたように心眼だかで判別したのか、まっすぐに神無のほうに顔を向けて、

 

「……神無か?」

 

 顔の半分が眼帯で隠れているので、表情の変化は分からない。でも今の声は――

 それに気づかず、神無はふらふらと歩き出した。そこにいるのが幻ではないかと怯えるように、たどたどしい手つきで華奢な両手を伸ばし――

 

 その手が、彼の胸に触れた。

 

「神雷様……神雷さま……、じんらいさまぁ……」

 

 少しずつ涙で調子を崩す声で名前を呼びながら彼の胸に顔をうずめて、

 

「会いたかった……会いたかったです。わたしが……この千年、わたしがどれほど……あなたを……」

 

 涙混じりに神無は切れ切れに呟く。その感極まった声が、この少女がどれほどこの再会を望んでいたのかを表していた。

 けれど、その相手はそうではなかったらしい。神無の震える肩を掴んで、さして力を入れた様子もないのに簡単に引き離す。

 

「神雷様?」

 

 その意図を測りかねるように、神無が戸惑った声で呼んだ。

 それに応えず、眼帯に施された一つ目がまっすぐに神無を見つめ、

 

「俺の答えは変わらない」

 

 それがどんな意味か、他の誰にも分からない。分かるのはおそらく、一人だけだろう。

 だがその一人――神無は、呆然と呟いた。

 

「なにを……言っているのです」

 

 それは分からないというより、信じたくないと、そう言いたげな声。だが彼はさらに追い討ちをかけるように、

 

「あのときのお前の願いと俺の目的は重ならない。それは今も同じだ。……いいかげん、お前も俺のことは忘れて――」

「まだ! まだそんなことを言うのですか、あなたは!」

 

 ぐいっと胸倉を掴み、引き寄せる。二人の間はタバコ一本分の距離もない。

 

「わたしもあなたも、ここにいる。ここで生きている。それでいいではないですか。それが答えで……。なのに、まだあなたはそんな戯言を言うのですか!?」

 

 最後はもう泣きだしそうな、懇願の響きを持って神無は叫ぶ。

 だが、それでも彼は無情だった。

 

「お前、自分の二つ名の意味を分かっているか?」

 

 そう言われて、神無は息を呑んだ。

 それに気づいているのか、彼は畳み掛けるように続ける。

 

「《殲鬼姫》……。鬼を殺す女。お前がなんのために『呪い憑き』に選ばれたのか、千年経っても考えもしなかったか?」

「……わたしがあなたを殺すと言うつもりか? そんなことはありえない。そんなこと、天が裂けようと起こりはしない!」

 

 毅然と否定しているようだけど、声が震えている。

 それは本人も気づいているからだろう。

 これはただの強がりでしかないと。

 それでも、そう言わなければここで終わってしまうと。

 彼もそれには気づいているのだろう。だからか、聞き分けのない子供に言い聞かせるように、

 

「言っておくがな、俺は死にたくないわけじゃない。ただ、お前にだけは殺されるつもりはない」

 

 はっきりと、決して譲らぬ意志を込めて彼は言い切った。

 

「……だから、そんなことはありえないと言っている。わたしがあなたを殺すなど……」

「言うは易し、するは難し、だ。どうやってそれを証明する? ……いや、そもそも――」

 

 神無はそれを言い終わるのを待たず、掴んでいた胸元をぐいっとさらに引き寄せ、ただでさえ近かった二人の顔の距離がゼロになる。

 

――んっ……、はぁ、ちゅぶ……ちゅう、……れろ、はふ……はっ、ふう……んむ……

 

 それはもう、情熱的とかそういうのを通り越して、熱狂的としか言いようのない激しいキス。

 同じように見ていた美由希ちゃんと赤星くんは口をあんぐりと開けてるし、はやてちゃんは顔を真っ赤にしてヴィータちゃんの両目を塞いでいる。恭也とシグナムさんは……毒を抜かれたように呆然と眺めている。

 

 それがたっぷり一分は続いただろうか。停止しかけた思考が、呼吸とかどうするんだろうと思った頃に、二人は唇の間に糸を引いて離れた。

 なんていうか、このコの印象とか思いっきり変わりそう。ここまで激しいコだとは考えもしなかった。

 

「……これでもまだ、信用できませんか?」

 

 口元を唾液でべとべとにしたまま神無は尋ねた。

 それに対して神雷さんはため息を吐いて、神無が胸を掴んでいた手を軽く払い、冷めたままの口調で、

 

「お前の想いがどうかなんてのは、関係ない。一度分かたれた袂は、二度とは戻らない。……それだけのことだ」

 

 なんの感情もなく告げられた言葉で最後まで彼の胸を掴んでいた手が力を失って落ち、唇を噛んで俯く。

 あ、泣く。

 そう思った瞬間、神無は目の前にいた神雷さんを横に突き飛ばし、それで空いた空間を駆け抜けて道場から走り去った。

 

「……変わってないな」

 

 神無が走り去った方向を振り向きもせずに彼は呟く。そこには、少しだけ過去を懐かしむ響きがあった。

 

「……なにがです?」

「あいつは、俺の前でだけは絶対に泣かなかった。俺が泣けないと知ったときから、ずっと……」

 

 恭也の問いに答えるその口調は、さっきの無感情が演技かと疑うくらい寂寥感を漂わせている。

 けれど、そんなことはどうでもいい。

 いや、どうでもよくはないかもしれないけど、それよりも今は問い詰めることがある。

 

「あなた、なんであんなにヒドイこと言えるのよ? 神無はあなたと一緒にいたいと言っていたのに……」

 

 ひょっとして、そのことを知らなかったのだろうか?
 そんな可能性が浮かぶが、

 

「知っている。千年前、あいつ自身の口から聞いた」くっと口元を笑みに歪め「だから、あいつを捨てた」

 

 あっさりと、はっきりと、彼は言った。

 別れた、ではなく、捨てた、と。

 あんなにも彼との再会を願っていた神無の姿を知っているだけに、それに怒りを覚える。

 

「そこまでして、あなたはなにがしたいの?」

 

 神無の話だと、誰か生き返らせたい人がいるってことだけど……

 けれど、彼の口から放たれた答えはそこから正反対のものだった。

 

「死ぬこと」

「え……?」

 

 今なに言った、この人?

 

「人間になってこの呪われた生を終えて、地獄に堕ちること。それが俺のただ一つの望みだ」





 さて、今回のゲストにはシグナムを呼んでいます

「いや、私はこういうところは――」

 今さらうだうだ言わない。で、どうだったかな? 初めてまともな戦闘シーンを書いてみたけど……

「……なら言わせてもらおう。私が思うに、これは失敗ではないのか? 単語をつらつら並べているだけで、迫力が伝わってこない」
 いや、でもだ。恭也とシグナムの達人二人、武器は木刀、それが届くほどの至近距離で五秒前後の超短期戦、とくればあとは経験と反射の問題だろう? あれこれ考えられるのは間合いの外にいるときくらいだろうし……

「むぅ……それは……」

 まぁ、神速を使えば別だけど、それ以外は認めない。それともなにか他の時間制御の方法でも使って思考の時間を延ばすならいいけど……そんな技能ないだろ?

「……確かに」

 (洗脳完了)まぁ、今回はそう言うこともないし、せっかくだし、二人の戦力評価でもしてみようか?

「ほう? どうなる?」

 今回やった剣だけの勝負なら、五対五か六対四という微妙なところで恭也が上。しかし魔法や神速を出し惜しみなしだとすれば、八対二か九対一でシグナムが上になるな

「簡単に差がつくのだな」

 そりゃねぇ。飛行と遠距離攻撃があるとないに分かれるから、簡単に優劣つくよね……。他の人たちの作品で二人が戦うとなると、恭也も魔導師(というか騎士とか魔法剣士)というのが多いから実力が拮抗していたりするけど

「そうだな。おかげで、ここよりはずっと面白いものにできている」

 いや、そうなんだけどね……。……ま、そのあたりの評価は人それぞれということにして、そろそろ次回予告。次回ではようやく、神雷と志乃の口から『呪い憑き』の意味と宿命について語られます。そして、それを知った者たちの反応は?

「いや、語られるとは言っても、すでに皆見当がついているのではないか?」

 そうだね……。そう思うよ、本気で

 

 

 あと、ついでのおまけ。

 今回戦闘した恭也とシグナム、二人の戦闘能力評価を。

 

 

■高町恭也

 戦闘スタイル  近接剣戟戦闘特化型

 流派・術式  永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術

 愛用の武器  小太刀『八景』、飛針、鋼糸

 

 筋力  AAA

 敏捷  AA+ (神速使用時 S+)

 反応  S−

 射程  B+

 

 総合能力レベル  AA+

 

 備考

 言わずと知れたとらハ3の主人公。

 右膝の古傷はフィリスの必死の治療によりほぼ完治。しかし神速を使えば当然悪化する。

 神速の使用に厳密な回数制限はなく、限界は右膝への負担次第。

 

 

■シグナム

 戦闘スタイル  近・中距離剣戟戦闘特化型

 流派・術式  古代ベルカ式

 愛用の武器  炎の魔剣『レヴァンティン』

 

 筋力  AA− (身体強化魔法使用時 AAA+)

 敏捷  AA+

 反応  AA

 射程  A+ (最大射程 S−)

 

 総合能力レベル  AAA+

 

 備考

 八神はやてに仕えるヴォルケンリッターの一人。『剣の騎士』、『烈火の将』などの二つ名を持つ。

 『闇の書事件』やその他諸々の償いとして管理局に所属しており、現在ははやてが研修待ちのため、はやてが前線に出るまでという条件付きで、指揮権は(リンディ・ハラオウンの仲介で)レティ・ロウランに移譲されている。

 

 

注)これらはあくまで、この作品内でのことです。他の作品との比較はなしの方向で





神雷が再び高町家へ。
美姫 「おお、風雲急を告げる展開ね」
次回はどうなるんだ!?
美姫 「次回も待ってますね〜」
って、滅茶苦茶気になる〜〜。



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