1月21日 (土)  PM 8:26

 

「よし、送信っと」

 

 ピッと携帯を操作してメールを送信する。

 メールの内容は明日の予定の確認。

 

 明日、あの子――あすかが退院するらしい。

 一昨日の帰りにフィリス先生のところにカウンセリングに行って、そのときついでに聞いておいた情報だ。

 検査と面会時間の折り合いから、病院で会える時間は昼の退院直前しかないらしい。

 

 でもその後で、その子をしばらく預かってもらう寮に行くので一緒に行かないかと誘いを受けた。

 ちょっと迷ったけど行くことにした。だって、あたしはまだあの子と話したこともないんだから。

 

 すぐに返信が返ってくる。

 なのは、フェイト、すずかの三人は明日は大丈夫とのこと。

 けど、はやてだけは用事――家族の付き添いがあるとかで来れないということらしい。

 

「ま、仕方ないか」

 

 そもそも、皆にこのことを話したのも昨日の学校でだ。それでも三人も来てくれるのだからありがたい話だ。

 

「どんな子なんだろ……」

 

 まだ見ぬ少女に思いを馳せ、ベッドの上でごろごろと転がっているともういい時間になっていた。

 

「ジョンソン、ベン。おやすみなさい」

 

 いつものように愛犬に声をかけて眠りにつく。

 

 ……また、あの変な夢を見るのかな……

 

 

 

 

 

 

      第4話  「邂逅」

 

 

 

 

 

 

  1月22日 (日)  AM 11:48

 

「はい、お疲れ様です。これで検査や手続きは全部終わりました。もう退院できますよ」

「やっとか……」

 

 げんなりとした様子で、あすかちゃんが呟く。

 ようやく、全部の検査や診察が終わり、今日はあすかちゃんの退院の日。

 本人は検査の度に必要ないと言って逃げ回っていて(そしてその度に自分が念動で押さえつけていて)、実はそんなに抵抗しなければ一日か二日早く退院できたかもしれなかったりする。

 

「はい。こちらどうぞ」

 

 そう言って差し出すのは、一着の服。

 

「それ、わたしの服?」

「ええ。預かってる間に洗濯しておきました」

 

 入院患者用の寝巻きを着せていた間に、最初に着ていた服の洗濯は済んでいる。それと一応シャツと下着は新しいものを用意しておいた。

 

「ちゃんと一人でできる?」

「バカにするな」

 

 あすかちゃんはそれを受け取りさっきまで座っていたベッドに置くと、躊躇いなくぽんぽんと着ていた寝巻きを脱ぎ捨てて裸になる。

 その勢いは羞恥心がないのか、それとも同姓だから構わないのか、堂々としていて注意をするのも憚られた。

 それにしても、これだけ堂々とした子供が実はこの病院ではまだフィリスにしか慣れていない人見知りだと誰が信じるだろう。他の医師や看護婦たちを相手にしていると一歩引くような態度を取るし、ドアがノックされるだけで見ていて可哀そうなほど緊張する。

 これからさざなみ寮での生活で少しでもいい方向に直ってくれるといいけど……

 そうは思うものの、それについてはあまり心配していない。なにせ、自分とシェリーという前例を知っているから。(思い出すのも恥ずかしいが)当時の自分たちの人見知りっぷりは、今のあすかちゃんに重なるものがある。

 だからきっと大丈夫だろう。

 そう思い、微笑みながら件の少女を見詰める。あすかちゃんは下着と半ズボンをはき、新しい白いシャツを頭からかぶる。それによって無防備にさらされた背中――傷一つない肌を見て、その背にあの翼を幻視してしまった。

 

 検査の結果、あすかちゃんの持つ特殊能力は発火能力と瞬間移動(テレポートとアポート)だと見当がついた。

 発火能力とアポートは文句なく実用レベル。

 けれどテレポートは発熱という副作用があるようで、使用は厳禁と診断が出た。

 そして他の特殊能力は、タバコ一本どうこうする力もない

 戦闘用として生産、調整された自分を基準にするのはおかしいと思うが、それでもやけに偏った能力だと思う。

 そんな彼女の翼に与えられた名前は『GF−04 ディス・レヴ』。

 それを彼女に教えると、返ってきた感想は、

 

――何度も言わせるな。これは病気なんかじゃない、呪いだ

 

 なんでそう意固地になるのか分からないけど、これだけは絶対に譲れないらしい。

 たぶん、あの日叫んでいた母親がなにか関係あるんだと思うけど……

 そんなことを考えるうちにあすかちゃんは上着の袖に腕を通し靴下を履いて、最後に靴を履こうとしていた。

 その手つきは歳相応にたどたどしいものの、最後まで一人でやり通した。いや、このぐらいの子供ならもうできてもおかしくないかな。

 

「さて」トン、と靴下を履くために座っていたベッドから飛び降り「行こうか」

「あ、ゴメンね。ちょっと待っててくれる?」

「? さざなみ寮とかいうところに行くんじゃないのか?」

 

 そう。その予定なんだけど……

 

「もうちょっと待ってて。その前にお客さんが来るはずだから」

「客?」

「ええ」

 

 時計を見る。

 十二時二分。

 前もって連絡しておいた予定ではそろそろなんだけど――

 

 コンコン。

 

 ノックの音が響いた。

 噂をすればなんとやら。どうやら来たらしい。

 

「は〜い。いいですよ〜」

 

 その返事から一拍おいて、

 

「しつれいしま〜〜す」

 

 控えめ声と共にドアがスライドして、茶色に近い金の髪が覗く。

 

「え……っと、もういいですか?」

「ええ、どうぞ。もうすぐここを出るから、あまりゆっくりできないけど」

「あ、はい」

 

 その茶色に近い金の髪の女の子――アリサちゃんは肩の力を抜くように息を吐いて、中に入ってくる。その後に、すずかちゃん、なのはちゃん、それから初めて見る金髪の女の子と続く。

 

「ほら、あすかちゃん。この子が――」

 

 言いながら振り返ったが、さっきまでいたはずの場所にあすかちゃんはいなかった。

 と、同時に服の腰元を掴まれる感触。驚いて視線を下ろすと、そこにぴったりと貼りつくようにあすかちゃんがいた。前の赤い髪の女の子のことがあるからだろうか、やけに警戒した様子で入ってきた四人を見ている。

 

「フィリス。この人たちは誰?」

 

 敵意とも勘違いしてしまいそうなほどに強い警戒を乗せた声。それだけでなく、全身も緊張していていつでも逃げ出せるように準備している。

 ……ひょっとして、今わたしにくっついているのは、盾かなにかのつもりかな……?

 

「あのね、あすかちゃん。この子たちは――」

 

 それを言い終わる前に、アリサちゃんが一歩前に出て、

 

「はじめまして、と言うべきよね。あたしはアリサ。あたしが、あなたをここに連れてきたの」

 

 朗らかに、友好的な態度を崩さずにアリサちゃんが簡単に自己紹介をする。

 でも、それに対してもあすかちゃんは、

 

「……おまえが?」

 

 懐疑的な視線で応える。なんでこの子はこう……

 それはやっぱり、翼のせいだろうか。

 入院していた数日の間、この子の話し相手をしていて分かったことがある。

 

 この子は、とても臆病なのだ。

 それを尊大の仮面で隠して、強気の鎧で身を守って。

 それでも、その努力はふとした切っ掛けで剥がれてしまう。

 その切っ掛けこそが、翼。

 いったいどんな過去を持つのか、それを聞くにはまだ至っていない。

 けれども、彼女の負の部分は全て、巡り巡って翼へと行き着いている。

 きっとまた裏切られる。傷つけられる。

 そう思い込むようになっている。

 

 けど、だとしたらそれは杞憂に過ぎない。

 

「大丈夫ですよ。この子たちはあなたの翼を見ても平気な子たちですから」

 

 特に、アリサちゃんはもうすでに見ているし。

 それに、なのはちゃんはフィアッセという前例がある。

 すずかちゃんともう一人の子についてははっきりとは言えないが、それでもアリサちゃんたちの友達だから、きっと大丈夫だろう。

 そして、それを肯定するように、

 

「そうよ。あなたのことはちゃんと聞いてるから、大丈夫」

 

 そう言って右手を差し出す。

 その意味するところは一つ。

 握手。

 けれど、

 

「嘘だ」

 

 そう言い張って頑なにその手を取ろうとはしない。

 

「嘘じゃないですよ」

 

 それを証明するために、コントローラーを操作。リアーフィンを展開。

 金色の燐光が舞い、三対六枚の金色の羽を背負う。

 初めて見るのか金髪の子が驚いた顔をしている。でも、騒ぐ様子はない。

 それを確認してあすかちゃんを見下ろし、

 

「ほら、ね? だから――」

「フィリスのそれが受け入れられるのはキレイだからだ。でも――」黒い燐光が舞い、あすかちゃんの翼が現れる「わたしのは醜い化け物の翼だ。おまえとは違う」

 

 そう言って自虐的に笑い、誰とも目を合わせようとせず俯く。

 位置的に顔は見えないけど、きっと泣きそうになってるかもしれない。それでも、わたしの服を掴む手はぎゅっと握り締めていて放す様子はない。

 重い沈黙が下りた。

 それを破るように、アリサちゃんが引っ手繰るようにしてあすかちゃんの右手を取り、ぎゅっと握った。

 驚いたようにあすかちゃんが顔を上げた。その目は思ったとおり滲んでいる。

 その目をまっすぐに見詰め返して、

 

「あなたがなんでそんなに怯えてるのかは知らないわ。でも、それであたしたちがあなたをどうするかまで決め付けないで」

 

 それはよほど予想外だったのか、あすかちゃんは目を見開いてアリサちゃんの目を見返した。それから他の皆にも、なにかを確かめるように視線を移す。

 

「……わたしは、化け物だ」

「そんなことないわよ」

 

 あすかちゃんの口から漏れるように呟かれた言葉を、アリサちゃんがはっきりと否定した。

 

「だって、こんな翼……」

「それがあなたの全部ってわけじゃないでしょ?」

 

 今まで一番の驚きの顔であすかちゃんはアリサちゃんを見詰めて、泣くのを堪えるように震える口を開いて、

 

「わたしは――」

「もういいわよ」握っていた手を引っ張ってあすかちゃんの頭を抱きしめるようにして「さっきも言ったけど、あなたがなにに怯えてるのかあたしは知らないわ。でもね、それでもあたしはあなたと友達になろうと思ってここにいるんだから、少しは信じなさいよ」

「友……だち……?」

「そうよ」

 

 迷いなく言い切った。

 その態度に感極まったようで、ぎゅっとあすかちゃんの両手がアリサちゃんの背中に回されて、いつかわたしにしたように、今度はアリサちゃんにしがみついて嗚咽を漏らしている。

 それをアリサちゃんは拒むことはなく、後ろで見守っていたなのはちゃんたちもあすかちゃんを囲んで慰めている。

 

 よかった。

 きっとこの子にはこういう温もりが必要だから。

 今までずっと、他人から拒絶や迫害されてきて、それが今の性格――対人恐怖症を思わせるほどに人から離れようとする性格を作ったというのなら、その分たくさんの愛情に触れさせてあげたい。

 できるなら、あの赤い髪の子にも友達になってあげてほしいけど……ちょっと難しいかな。たまに院内で見かけるから、そのときにでも話をしてみよう。

 

 そのことについてはそれでまとめ、パンッと手を叩いて、

 

「じゃあそろそろ、行きましょうか」

 『は〜〜い』と元気に返事が返る。声こそ出していないものの、あすかちゃんも異論ないというように頷いている。

 ドアを開けて、皆に外に出るように促す。

 その意味をちゃんと理解して、子供たちは一塊になって出て行く。その中であすかちゃんの手を引いて出ようとしているアリサちゃんを呼び止めた。

 

「あ、アリサちゃんはちょっと待ってください。少し話がありますから」

「? はい」

 

 怪訝そうな様子を見せるものの、アリサちゃんは振り返って足を止めた。

 それで離された手をあすかちゃんが少し名残惜しそうに見ていたが、すぐにすずかちゃんが代わりに手を取って四人は部屋を出た。

 ドアを閉める。ここから先の話は他の子たちに聞かせていいものか分からないから。

 

「アリサちゃん、夢はまだ……?」

 

 それは数日前にこの子がカウンセリングを受けに来た理由。

 内容は、最近おかしな夢を見ることについて。

 そのことについて尋ねると、

 

「ええ、まだ続いてます。……とは言っても、最初に見た夢ほどヒドイのは見ませんけど」

「そう……」

 

 とりあえず、最悪な状況ではないらしい。

 聞いた話だと最初に殺人現場を目撃する夢を見たとか。その後もふわふわと街を漂う夢を見るという。

 いったいどういう心理状態でそんな夢を見るというのか。その最初に見た夢が続くようなら、変な殺人願望とかをも疑いかねない。そう危惧して一度覗いてみたけれど、アリサちゃんの精神状態は概ね良好。ただ、一部なにか靄がかかったように見えなかった部分があった。ひょっとするとそれが影響している可能性があるかもしれない。

 しかも、調べてみたらその最初の夢を見た夜は実際に殺人事件が起きていたらしい。

 

 ……今日、もしさざなみ寮にリスティがいたならついでに見てもらおうか……。HGSの能力は自分が使えるものはリスティの方がより強く上手く使える。リスティならわたしが見えなかった部分も見れるかもしれない。

 けれど、それもアリサちゃんの許可次第だけど。誰だってそう簡単に心の中を見られたくはないだろうから。

 

「それじゃあ、皆を待たせるのも悪いですし、行きましょうか」

「はい」

 

 ドアを開ける。廊下には皆が待っていた。

 先にアリサちゃんが出る間に(あるはずがないけど)忘れ物がないか確認。

 大丈夫、問題なし。

 それをしっかりと確かめて、最後に病室を後にした。

 

 

 

  1月22日 (日)  AM 12:46

 

 アリサのリムジンが閑散とした住宅地を抜けていく。

 その中で、フィリス先生は助手席に、子供五人はちょっと狭いけど後部座席に座って談笑している。あすかもまだ少し緊張してるみたいだけど、それでも会話には応えてくれる。

 

 車はフィリス先生の案内で海鳴市の山の方へと入っていく。

 そのまま走ること数分。

 

「あ、そこです。そのベランダの見える建物」

 

 指示されて、車は一つの建物の前で止まった。

 それからドアを開けて順番に車を降りていく。

 あすかがフィリス先生の服を掴んで、

 

「ここが?」

「ええ。しばらくあすかちゃんを預かってもらうさざなみ寮です」

 

 あすかと並ぶようにして見上げるのは、『さざなみ寮』と表札に書かれた大きな建物。

 確か那美さんが住んでるのもさざなみ寮だったような……

 それより、これからどうしよう。予定ではもう少し――というか夕方まであすかの相手をするはずだったけど。

 すると、同じことを考えたのか、アリサがフィリス先生に尋ねた。

 

「あの、フィリス先生? あたしたちはどうしましょうか……?」

「ああ、大丈夫ですよ。一応、アリサちゃんたちのことも話してありますから」

 

 よかった。いきなりこんな大人数で押しかけたらここの人たちの迷惑になっちゃうかもしれないし、その皺寄せがあすかの今後の生活に行くなんてことにはなってほしくない。

 

「ではアリサお嬢様。また後ほど、お迎えに参ります」

「ええ、お願いね」

 

 そう言われて鮫島さんが一度頭を下げてからリムジンは動き出し、走り去る。

 それを見送ってからさざなみ寮の敷地に入ってフィリス先生がインターホンを押し、そのまま玄関を開けた。

 

「こんにちは〜〜」

『おじゃましま〜〜す』

 

 フィリス先生の後に続いて玄関に入る。 

 奥から大きな男の人と女の人が出てきた。

 

「いらっしゃ〜〜い」

「待ってましたよ」

 

 にこやかに、そう言って出迎えてくれた。

 フィリス先生とその二人の間で視線だけの無言の会話が交わされる。

 それから、

 

「ほら、あすかちゃん」

「え? あ、う……」

 

 いきなり前に押し出されて、あすかは戸惑って周囲を見回す。けどこればっかりはわたしたちにフォローはできない。頑張って。

 それでもなかなか最初の一声を出さないあすかを見かねてか、大きな男の人が助け舟を出した。、

 

「こんにちは。俺はここで管理人をしてる槙原耕介。よろしく」

 

 そう自己紹介して人好きのする笑みを浮かべて、あすかの頭を撫でた。

 それに驚いたように、あすかはバッと飛び退った。

 

「あ、ごめん。嫌だった?」

「……いや、悪くない」

 

 撫でられた頭を押さえて、まんざらでもなさそうにあすかは呟いた。

 それに続き女の人も、

 

「槙原愛です。よろしくね」

 

 あすかと目の高さを合わせて微笑みかける。

 その微笑みで警戒心をほぐされたのか、

 

「あ、その……あすか、だ」

 

 たどたどしい自己紹介にもう一度微笑みで答えて、

 

「そっちの子も初めてですよね?」

 

 いきなり水を向けられて焦った。

 

「あ、はい。フェイト・テスタロッサです」

「いらっしゃい。たいしたおもてなしはできないけど、ゆっくりしていってね」

 

 その笑顔に見惚れた。とても優しく、包み込んでくれるような感覚。それはまるで――

 

「さて、こんなところで立ち話もなんだし、とりあえず上がって」

『は〜〜い』

 

 耕介さんの催促と皆の返事でハッと我に返った。慌てて、皆と同じように靴を脱いでいく。

 それから先導されるままに付いていき、リビングらしき部屋に入った。

 

「座って待ってて。今飲み物取ってくるから」

 

 そう言って耕介さんはキッチンらしい場所――カウンターで区切られた区画に入った。立ったまま待っているのもなんなので、言われたとおりソファに座る。あすかはまだ緊張しているのか、アリサとフィリス先生の間に座った。

 そして一息ついて、フィリス先生が尋ねた。

 

「他の皆さんは?」

「ああ、今いるのはわたしと耕介さんと真雪さん、それにリスティと志乃さん……ですね。他の皆は今は出掛けてますよ」

 

 指を折りながら名前を挙げていく。当然だけど知らない名前ばっかり。

 

「あの、愛さん? 今――」

「耕介〜〜。今、誰か来た?」

 

 フィリス先生の言葉を遮って、銀髪をショートカットにした女性が入ってきた。

 

「リスティ……」

 

 手にしたトレイに人数分のジュースを注いだコップを乗せて、耕介さんは盛大にため息を吐いた。

 

「な、なんだよ。そんなあからさまに」

「いや、お客さんが来てると分かってるなら、もう少し遠慮した方がいいと思うぞ」

「え? ああ、それは、まぁ……」こっちを振り向いて「なんだ、フィリスだったのか」

 

 フィリス先生の知り合い?

 

「ということは……その子が羽持ちの?」

 

 リスティさん(?)から遠慮のない視線と質問を向けられて、あすかはフィリス先生に隠れるように引っ付いてしまった。

 

「ああ、そう警戒しなくていいよ。ボクもだから」

 

 あっさりと言って、病室のときと同じように燐光が舞い、銀髪の女性の背にフィリス先生と同じ金色の三対六枚の羽が現れた。

 それに対してなにか思う前に、フィリス先生が呆れたように咎めた。

 

「姉さん。そんなに間単に見せないでください」

「あん? いいじゃないか。こうするのが一番手っ取り早いんだから」

 

 悪びれる様子もなく、銀髪の女性は答えた。

 っていうか、今……

 

「姉さん……ですか?」

「ええ。リスティとは姉妹なんです」

 

 言われてみれば、似てる……かな?

 同じ銀髪だし、顔立ちも似てる。

 でも、雰囲気とかそういうのがまったく違うからすぐには分からなかった。

 

「でも、仕事の方はいいんですか? 最近忙しいって言ってたはずなのに……」

「ああ、今はちょっと休憩中。ついでに志乃に話を聞く約束をしてるからね。起きるのを待ってるんだけど」

「志乃……さん?」呟いてフィリス先生は不思議そうに「さっきも訊こうと思ったんですけど、わたしの知らない人ですよね? 誰です?」

「ああ、そうだった。フィリスは仕事で歓迎会に来れなかったんだっけ。今月の頭からここに住んでる寮生だよ。歳はフィリスより……ちょっと、上……かな?」

 

 ジュースを配りながら、やけに歯切れを悪くして耕介さんが答えた。

 なんとなく気持ちは分かる。だってフィリス先生は見た目が……なんて言うか……

 そしてたぶんフィリス先生もその意図に気づいたみたい。少しだけ拗ねるような仕草を見せて、

 

「……ああ、あのときの」

 

 どうやら、心当たりはあるみたい。今月の頭といえば、四家族合同の旅行に行っていた頃だ。

 

「ま、そっちのことは後にして」そう言ってリスティさんはあすかに向き直り「これから一緒に住むことになるリスティ・槙原だ。よろしく」

 

 邪気の感じられない笑顔で手を差し出す。それに対してあすかは、さっきのアリサという前例があるからか、少し躊躇う様子を見せてフィリス先生に引っ付いたままおずおずと手を出し、リスティさんはその手を取って軽く握って見せた。

 そしてすぐに手は離された。

 それでも、たったそれだけのことなのにあすかは感動したように目を円くして頬を朱く染め、それを誤魔化すように視線を巡らせて、

 

「あれ?」庭の方を見て「あれって、狐?」

 

 その視線の先には久遠がいた。

 

「あ、く〜ちゃん」

 

 なのはが呼ぶと、久遠はポンっと子供の姿になって、

 

「なのは〜〜」

 

 いつものように無邪気に駆け寄った。

 

「久遠!」

 

 耕介さんが驚いた、というか咎めるように叫んだ。

 そうだ。自分には当たり前のことで忘れてたけど、この世界で変身する動物は普通いない。

 しかも今日は新しく入寮する予定の子供――あすかもいる。いきなり変身なんて見せて大丈夫かな?

 でも、それは杞憂だった。全員が反応を見守る中であすかは、

 

「変化の獣だったのか……。初めて見た……」

 

 驚いてはいるものの、取り乱す様子はなかった。

 

「それだけ?」

「え? なに? 狐が化けただけだろ?」

「そうなんだけど……。でも、もうちょっとこう……ねぇ」

 

 アリサはもどかしい様子で同意を求めてくる。気持ちは分かるけど……ゴメン、どうフォローしていいか分からないよ。

 そして、それに反論するようにあすかは、病室のときと同じ自虐の笑みを浮かべて、

 

「……昔、変化できる獣がいると話には聞いたことがあるし、それに、わたしの方がその狐以上の化け物だ」

「あすかちゃん、まだそんな……」

 

 フィリス先生が悲しそうにあすかを説得しようとするけど、あすかは耳を貸す様子はない。

 そこで今のやり取りに気づいたのか、久遠があすかたちの方を見て、なにかに気づいたようにバッと勢いよく離れた。

 

「く〜ちゃん?」

「ありさ、じんらいのにおいがする」

「へ? 匂い?」

 

 匂いって……。わたしだけじゃなくて、皆呆気に取られてる。

 

「なに? あの男がどうかしたの?」

 

 アリサが詰問するように詰め寄る。なんでだろう、あの人のことになるとなんだか食いつきいいね。

 けれど、その勢いを久遠は怒られていると思ったのか、なのはの陰に隠れてしまった。

 その様子に苦笑して、怖がらせないように優しく訊いてみる。

 

「久遠は、神雷さんを探さないの?」

 

 あの夜、神雷さんに会ってとても嬉しそうに見えたけど……

 けれど久遠ははっきりと、泣きそうに顔を歪めて、

 

「やだ」

 

 あの日――神雷さんと初めて会った次の日から久遠はこんな調子だ。

 正確には、恭也さんから『契約』という神雷さんからの伝言を聞いたときから。

 それがどんな意味かは知らない。恭也さん自身も詳しいことは聞いてないみたいだし、久遠も教えてくれなかったから。

 けど久遠は、あの朝、恭也さんからその伝言を聞いて、その意味に思い至った途端に怯えだした。いったいどんな『契約』をしたらこんな――

 

「こんどあったら、くおん、じんらいをころさなきゃいけない」

 

 ……え?

 

「そんなの、やだ」

 

 今、なんて言った?
 ころさなきゃいけない?

 

「久遠。それってどういう――」

 

 ドダン、バタン、ゴトゴト、ドゴン!

 

 いきなり建物を揺らして、大きな音が響いた。

 なにかが転んだ……いや、階段から落ちた音に聞こえたけど……。

 

「志乃のヤツ、やっと起きたかな?」

 

 今の音になにか心当たりがあるのか、リスティさんがドアから体を半分出して、

 

「おい、大丈夫か?」

『痛ッ……た〜〜。お尻打った……』

「おいおい、気をつけろよ」

 

 そのまま、リビングを出て階段から落ちた誰かの方へと行ってしまった。

 

『キミ、お腹の子のこととかあるんだから』

『……あれ? もう死んでるって言わなかったっけ?』

『ああ……。それがよく分からないんだよ。なんでそれでお腹に子供がいるとか言うんだ?』

『……まぁ、それも話すから。とりあえず、ご飯』

 

 開けられたままのドアの隙間から向こうの声が聞こえてくる。

 なんだろう、今の会話。お腹の子供が死んでるとか、どういうこと?

 なんとなく周りを見回せば、皆も似た心境なのか困惑した顔で目が合う。

 そんな戸惑いなど壁の向こうの誰かは知るはずもなく、二人分の足音が近づいてくる。

 えっ……と、どうしよう?

 答えなど考えるまでもないはずだけど、なんだかここには居づらい気がする。

 

 そのとき、軽快な電子音が鳴った。この曲は確かなのはの携帯だったっけ。

 見れば思ったとおり、なのはが携帯を取り出し確認している。

 

「はやてちゃんからだ」カチカチと携帯を操作して「今うちに来てるんだって」

「え? どうして?」

「えっ……と、シグナムさんがお兄ちゃんと勝負するんだって。赤星さんが案内してくれたとか……」

 

 そう答えてなのはは携帯を閉じた。はやてからのメールにはそれくらいしか書いてなかったのかな。

 

 そして、こっちではそんな話をしている間に、向こうの二人はドアの前まで来ていた。そこで一度止まって話す声が、ドアの隙間から漏れてくる。

 

『今来てるのは、誰のお客さん?』

『ああ……、ボクの妹が子供たちを連れて来てるんだよ。しばらくここで子供を預かってほしいって』

『あっ、昨日耕介くんが言ってたね。……ここって託児所?』

『いや、違うけどさ。でもボクも似たような成り行きでここに来たしね・・・…』

『へぇ〜〜』

『一応、挨拶くらいはしといたらどうだい? これからしばらくは一つ屋根の下なんだし』

『う〜〜ん、そうだね。……そうしようか』

 

 キィッと少しの隙間を残して開いていたドアをさらに開けて、栗色の髪の女性がリビングに入ってきた。

 この人がさっき言っていた志乃さん……かな? 左目を隠している眼帯がやけに印象に残る女性だ。
 その人が入り口のところからリビングを見渡して、

 

「で、預かるのはどの子?」

「ああ、そこの――」

 

 それは最後まで言われなかった。

 リスティさんの指があすかを指して、あすかと志乃、二人の目が合う。

 その瞬間、空気を裂く音が鳴った。

 

 

「うわ!」

「きゃっ!?」

 

 あすかの驚いた声とアリサの悲鳴が重なる。驚いて振り返ってみれば、あすかが隣に座っていたアリサを押し倒していた。

 突然なにを、と言いかけて、その言葉は出なかった。

 なぜなら、直前まであすかが座っていた場所にクナイが三本、縦一列にソファに突き刺さっていたのだから。避けていなければ、喉、胸、鳩尾の三箇所に容赦なく刺さっていただろう。

 

「ちょっ!? キミ、なに――」

 

 リスティの声で志乃を振り返り、目を見張る。

 どこから取り出したのか、志乃の手にはすでに次のクナイが五本の指の間に一本ずつ、計四本用意されている。

 それらを再び一挙動で投げようとして――

 

 それとほとんど同時にあすかが、ガンッ! とテーブルを蹴り上げて起こす。

 それが盾になって、志乃の手から放たれた四本のクナイを受け止めた。

 志乃の舌打ちがやけに耳に響いた。

 その瞬間にもあすかは一歩踏み出し、蹴り起こしたテーブルの底に両手を当てて――

 

 ゴウッと炎が反対側に生まれた。その炎は蛇のように伸びて志乃を襲う。

 

「おっ?」

 

 それを志乃は難なくかわす。標的を見失った炎は、焦げ目一つ作ることなく消えた。

 

「っとお!?」

 

 勢いのままに倒れようとするテーブルを耕介が掴んで止めた。

 その一瞬の間にもあすかは走り、飛び込むようにガラスを割って庭に出た。

 それを追って志乃もあすかが割ってできた隙間を抜けて――

 

「STOP!」

「やめなさい!」

 

 ほぼ同時に銀髪の姉妹の叫び。それと同じくほぼ同時に金の燐光が舞い、三対六枚の翼が二人の背に現れる。

 そうして、突然の喧騒は止まった。

 リスティとフィリス。二人の念動で動きを止められた二人――志乃とあすかは、庭にまで飛び出して向き合う形で静止している。

 

 志乃はいったいどこから取り出したのか、右手に持った鉈をあすかの首に当てて、

 あすかは二対四枚のHGSの翼を展開して、陽炎を帯びた右手を志乃に向けてかざしている。

 

 あと一瞬遅れていたら、首無し死体と焼死体が一つずつ出来上がっていただろう。そんな不吉な予想も、今の二人を見れば難しいものではない。

 それから数秒、二人は固まったままだったが、やがて瞳に理性が戻った。

 

 

 志乃の目に理性が戻ったのをみて、ゆっくりと念動による拘束を解いていく。

 その前に念のため、手に持った鉈は取り上げておく。

 その取り上げられる様子を見て志乃が気まずそうに、

 

「あ〜〜……、ゴメン。ちょっといきなりだったから……」

「いきなりで人殺しをするのか、キミは……?」

「あ〜〜、そう……なんだけど、なんていうか……。そういう風にできてるんだよ、あたしたちは。出会ってしまったら、互いに殺しあうように……」

 

 そこにあるのは諦念か、自嘲か。志乃は力なく笑んで見せた。

 

「できてるって……」

 

 呆れた。

 もっと上手い言い訳ができないのか、コイツは。

 見れば、耕介たちや他の子供たちは言葉もないという感じで止まっている。

 

「本当のこと。あたしも、その子も、そういう宿命背負わされて生きてるんだよ」

「宿命……?」

 

 今度はやけに大げさな言葉を使う。もうツッコむ気にもならない。他の皆もどう言っていいのか困り顔だ。

 しかし、あすかだけはそれに共感するように真剣な顔で志乃を見詰めている。

 

「そう、『呪い憑き』の宿命。あたしは――」

(志乃様)

 

 空気を震わせない声で、少年の声が志乃の言葉を遮って響く。

 それから銀髪の少年――御架月が滲み出るように姿を現した。

 

「御架月!?」

 

 耕介が驚いて腰を浮かせた。その声に咎めるような響きが混じるのを感じる。

 それも当然か。今の出現を見て、御架月のことを知らない子供たちが驚いている。

 それらを横目に見ながら、しかし特に気にする風でもなく御架月は志乃に問いかけた。

 

「もしかして、あのことを話すんですか?」

「仕方ないよ。話さないと納得してくれそうにないしね」

 

 やや諦めの混じった様子で志乃は答える。

 というか、

 

「いつの間に御架月とそんなに仲良くなったんだ?」

 

 そもそもいつ知り合ってたんだろう?

 

「十日くらい前。あの時は驚いたよ。昔あたしが打った刀にこんなところで巡り会うとは思ってなかったからね」

「は? なに言ってんだ? キミが昔打ったって、御架月は――」

「それもすぐに分かる。……で、それも含めて説明するのはいいんだけど……、そっちの子たちにも?」

 

 そう言う志乃の視線は、なのはたち子供組に向けられている。

 

「いや、やめとこう。ボクの部屋で――」

「聞かせてください」

 

 ボクの言葉を遮って真っ先に金髪の子が答えた。けれど、

 

「ちょっと、フェイト……」

 

 横からアリサが宥めようと声を上げて、

 

「フェイトちゃん、やめたほうがいいと思うよ」

 

 すずかも、同意するようにフェイト(というらしい子)を説得しにかかる。

 けれど、それだけではフェイトは納得できないらしい。

 

「だって、もしかしたら神雷さんのこと、なにか分かるかもしれないんだよ? なのに――」

「でも、あの人はフェイトちゃんは知らない方がいいって……」

 

 なんのことだろう。さっきまでの会話のなにがこうもこの子供を突き動かすのか。 

 けれで、志乃の関心はそこではなかった。

 

「なんでその名前……ッ!」そこでなにかに気づいたようにじっとフェイトの顔を見詰めて「君……、あのときの子供?」

「え……?」

 

 いきなり意味不明なことを言われてフェイトは戸惑った声を出した。

 それもそうだ。あのときとか、自分だけに分かる言い方で喋られても聞いてる方は分からない。しかもコイツ、案の定テレパシーで思考が読めないし……

 しかしそれが志乃にどう作用したのか、いきなり腕を組み口元に手を添えて考え出した。

 そのまま数秒、辿り着いた結論は、

 

「リスティ。ちょっとその子も同席させていいかな?」

「……だったらいっそ、ここで話せば?」

「いいよ、別に。知ったところでどうということもないだろうし」

 

 そういうものか?
 そんなボクの困惑など気づかぬように、志乃はどかりとソファに腰を下ろす。

 それから深呼吸を一回。

 

「それじゃあ、改めて名乗ろうか」そう言って恭しく一礼し「あたしの名は志乃。二つ名は《無刃》。あたしは――」





 さて、今回のゲストにはアリサをご招待。

「は〜い、こんにちは。それともこんばんは?」

 どっちでもいいよ。まぁそれは置いといて、五人組の中ではフェイトと並んで(?)出番が多いけど、とりあえず今の気分は?

「あたしにそれを訊く? あの変な夢を見せてるあなたが」

 いいじゃないか。それはつまり、その件で今後の出番が約束されているということでもあるし。

「……そう、そう言うならいいわ。そのときになって納得いかなかったら暴れてやるから。……それにしても書いてもらって悪いんだけど、なんだか今回の話、ツッコミどころ満載の気がするのよね……」

 そうだろうねぇ。例えば『ディス・レヴ』とか……

「そう、それ。なんでその名前なわけ?」

 なんでだろ? 最初は炎使いだから『焼き尽くす者』っていう意味で『シリウス』とか付けるつもりだったんだよ

「ふんふん。それで?」

 で、理由は忘れたけど変更。次は翼の形状からして『セイタン』にでもしようとして、でも子供に『魔王』とか付けるか? と思って却下。なら『黒い翼』とか『黒い炎』のドイツ語訳はどうかと考えて、そこで他は英語っぽいのになぜドイツ語? とか考えてしまったために却下。で結局、たまたま見た本にその名前があって、語呂もいいしこれでいいかということで決定してしまったと……

「……結構いいかげんなのね、あなた」

 そうだよねぇ。A型は几帳面とかいう迷信の例外だし。それにもうちょっとネーミングセンスが欲しいと思ったことも一度や二度じゃないしね

「……はぁ……、他にも言いたいことはあるけど、まぁいいわ。傷口に塩を塗る趣味はないし。それで、ようやく真相暴露ってわけ?」

 いや、その前にちょっと寄り道。次話ではこのとき高町家で起きていた事件(?)を語ろう。

「……ああ、そういえばなのはにメールが来てたっけ」

 そう、そのときのこと。

「はやてになにかあったの?」

 それは読んでみてのお楽しみ。ではでは





遂に真相が語られる。
美姫 「でも、次回ではないみたいね」
うぅぅ。とりあえず、あすかはさざなみでどう変わっていくのかな。
美姫 「良い意味でさざなみは懐が広いからね」
物語もどんどん進んで行く〜。
美姫 「それじゃあ、また次回で」



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