ずっと、探していた。

 あの日、別れてからずっと。

 

 ずっと共にいたいと、今も変わらぬ当時の願いをあの方に言って、

 それは無理だと、少しだけ困ったようにあの方は答えた。

 

 いったいなにが、自分とあの方の間に溝を作ったのか、今になっても分からない。自分はただ、自分の願いを口にしただけなのだから。

 それでもいつの間にか、別れのときは通り過ぎていた。

 ある朝目覚めてみれば、隣にあの方がいなかった。

 

 ただそれだけ。

 なんの未練も余韻も残さず、あの方は姿を消していた。自分と共にいた十年など無価値なもののようにあっさりと捨てて。

 

 それからどれだけの時間が過ぎただろうか。

 一人の寂しさに耐えかねてその場しのぎにあの方の代わりを求めて、だがすぐにそれはあの方ではないと思い知り、逆上し、引き裂いて、その血溜まりの中で苦しむ。

 何度もそんなことを繰り返しながら、長い、長い間探し続け――

 そしてこの街で、ようやく気配の端を掴んだ。

 

 必ず見つけ出します。

 もう決して、離れないために。

 

 

 

 

 

 

      第7話  「〜殲鬼姫〜 誇りと誓い」

 

 

 

 

 

 

  1月15日 (日)  AM 9:54

 

 空は晴れていた。

 雲一つない青空が広がり、その一点で太陽は自己主張するように煌々と輝いている。

 

 けれども、外はまだ雪が少し残っているし、しかも昨晩の放射冷却のせいで、この時間になってもメチャクチャ寒かった。

 そんなわけで、今忍はサンルームで来客の相手をしている。

 その来客はさくらだ。何日か前に、恭也に頼まれた調べ物を任せていたのが片付いたということで来てもらった。

 

「一応、調べてはみたんだけどね、あまりいい答えは出てこなかったわよ」

 

 少し疲れたように、まずさくらがそう言った。実際疲れているのだろう。少しどころではないくらいに無茶な依頼をしたのは自分だ。そう考えると申し訳なくなる。

 

「お姉ちゃん、いったいなに頼んだの?」

 

 さくらとは反対側に座っている義妹の呆れたような言葉と視線が痛い。どうもこの子は『わたしが積極的に意味不明なことをする』を『新しいいたずらを仕掛けている』とつなげて考えるらしい。……いや、心当たりがないわけじゃないけど。

 今はわたしとさくら、さらにすずかも加えて、三人で丸いテーブルを三角形の位置になるように座っている。すずかは席を外そうとしたのだが、なぜかさくらが呼び止めてここにいる。

 コンコンと、ノックが控えめに響いた。

 

「お飲み物をお持ちしました」

 

 そう一言断りを入れてから扉が開き、それぞれにトレイを手にしたノエルとファリンが入ってくる。ノエルが持つトレイにはティーポットとカップが三つ、ファリンが持つトレイにはお茶菓子のクッキーを並べた皿が乗っている。

 その姿を認めた途端、黒猫が一匹、忍の足元から勢いよく走り出した。

 その猫の名前はねこ。猫屋敷となっているこの月村家で唯一、忍が飼い主ということになっている猫だ。(他はみんなすずかが飼い主ということになっている)
 

「あ、ねこちゃん。ダメだよ」

 

 すずかの制止の声にも構わず、ねこはファリンの足元を駆け回り、

 

「うわ、わひゃ、ひや、と……っと……っと」

 

 ファリンがバランスを崩した。

 だが決定的に崩れる前にノエルに肩を支えられ、転ぶことは免れる。

 

「あ、ありがとうございます、お姉さま」それからねこの方に向き直り「もう。こんないたずらしちゃいけないって、何度も言ってるでしょ!」

 

 いつものように起こって見せるがねこは分かっているのかいないのか判別できない風に――というか、からかうように「にゃ〜〜」と鳴くだけ。どうもこの猫はファリンで遊ぶのが趣味らしい。

 そのやりとりを見て、さくらが一言。

 

「……すずか、あの子はもう直ってるのよね?」

「うん。何度かバランサーを調整してみたんだけど、どうしてもああなっちゃって……」

 

 わたしもそこは見てみたけど、理由は不明。他の部分はすでに完璧なのに、どうしてもそこだけはうまく設定できない。

 

「そう……」昔を思い返すように目を細めて「……あれからもう一年になるのよね」

「うん……」

 

 誰が気づくだろう。

 彼女が、かの『最終機体』の生まれ変わりも同然の自動人形だと。

 

 

 ことの始まりは一年半ほど前になる。

 忍の持つ遺産を欲しがっていた親戚、月村安二郎が連れてきた自動人形。それが『最終機体』イレインだった。

 

 束縛されず、従属せず、人間として生きるために作られた自動人形。

 起動者殺しの『最終機体』。

 

 その『最終機体』を起動させたことで安二郎は致命傷を負い――かろうじて一命は取り留めたと聞いている――その後の暴走同然の戦闘で屋敷は半焼し、そのときの戦闘でノエルは右腕を大破。全身にも大小さまざまな損傷を負った。

 

 だがそれでも、それだけで済んだのは僥倖だった。かろうじてとはいえ死人は出なかったし、ノエルも燃える屋敷から恭也が助け出してくれた。(そのせいで膝を悪化させ、彼が主治医に怒られたのは言うまでもない)

 それから二ヶ月も経った頃にはノエルの修復は完了しており、半焼した屋敷も元通りになっていた。

 

 そして最後に残った問題が、イレインの残骸の処分だった。

 なにせ、壊れているとはいえ、現代科学でさえ及ばぬ古代の技術の結晶である。ただ捨てるのはもったいない……という言い方もなんだが、どんな形であれ、人の姿をして人と同じように動いたものをゴミにして捨てるというのは倫理からして問題があった。

 そこへ、さくらが提案してきた。

 この子はすずかが直してあげたらどうか、と。

 忍にとっても、その案に反対する要素はなかった。壊れたイレインに対して、最も悲しみを持ったのがすずかだったのだから。

 それに、ノエルも忍が今のすずかくらいの頃にさくらからクリスマスプレゼントとしてもらったものだ。とはいっても当時は完全に壊れていて、足りないパーツはさくらに集めてもらい、いくつもの試行錯誤を繰り返し、実に一年半もの時間をかけてようやくの完成といった感じだったが。

 だが、今回足りないパーツは五機のオプションがある。それらも恭也との戦闘で多少の損傷はあるものの、本体ほどではないためパーツ流用に問題はなかった。

 技術の方も、ノエルを復元した実績を持つ忍がいる。

 そういったあれこれが迷っていたすずかの背中を押し、そしてわずか半年で復元を成功させた。

 

 ファリン・K・エーアリヒカイト。

 

 新たにその名を与えられ、ノエルの妹として彼女は新たな生を与えられた。

 

 

 ――と、そういった経緯を話して、何人が信じるだろう。

 その当人はのほほんとした笑顔でテーブルにお茶菓子の皿を置いて、自分に向けられている視線を不思議に思ったのか、小首を傾げて、

 

「? あの、どうかしましたか?」

「あはは、なんでもないよ。ファリンは可愛いなって思ってただけ」

「はぁ、そうですか……って、ええっ!?」

 

 すずかの冗談とも本気ともつかない言葉に、一拍遅れて大げさなまでに驚いている。

 それを、後ろからノエルが肩に手を置き制した。

 

「ファリン、いつも言っているでしょう。あなたはもう少し落ち着きを覚えるべきです」

「あ……はい、そうでした。すみません、お姉さま」

 

 すー、はー、と深呼吸する。その姿はどう見ても人間であって、自動人形とは思えない。

 その横でノエルは、ファリンの深呼吸が終わるのを見届けてからこっちを向いて、

 

「それでは、私どもは下がっておりますので、ご用があればお呼びください」

 

 そう言って、しずしずと二人は退出していく。

 それを見届けて、それからさくらが切り出した。

 

「で、頼まれていた調べ物だけど……」

「うん」

「まず、死者蘇生術についてだけど、これは夜の一族には記録がないわ」

「……そうなの?」

 

 少し意外と思う。

 なにせ吸血鬼のいる一族なのだから、それくらいあってもおかしくないと考えていたのだ。

 

「ええ。少なくとも、私の調べた限り、ではあるけどね」

 

 聞きようによってはどうとでも取れる言葉で一度締めて、紅茶を注いだカップに口をつける。

 ……つまり、『本当に』夜の一族に死者蘇生術がないとは言い切れない、ということか。

 と、そんなことを考えていると、義妹の怪訝そうな視線に気づいた。なに? と視線で問いかけると、すずかが口を開く。

 

「お姉ちゃん、なんでそんなこと調べてるの?」

 

 あれ……なんだろうその、『今度はどんないたずらを考えてるの』みたいに呆れ返った目は。

 

「えーと、なのはちゃんから聞いてない? 先週くらいにお父さんが生き返ったとか」

「え?」

 

 心底驚いたような顔。

 ということは聞いてなかったということだろう。まぁ確かに、軽々と言いふらすことでもないか。

 

「忍……、それはわたしも初耳よ」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてないわよ」呆れたようにため息を吐いて「まあいいわ。それともう一つ、白い髪の青年とそれを探している女の子のことだけど……その前に、あなたその二人とどういう関係?」

 

 いきなり、さくらの目が異様なほどに真剣味を帯びる。

 いったいなに? っていうか、話してなかったっけ?

 

「白い髪の人の方は恭也に頼まれたんだけどね。女の子の方は私が興味あるだけだけど」

 

 その説明ともいえない説明でなにを納得したのか、さくらはなにやら難しい顔で考え込んで、

 

「一緒に頼むのが死者蘇生なんてものだから、一応お祖父様にも訊いてみたのよ。それでその女の子の特徴を話したら目の色を変えて、『もし出会ったら連れて来い』なんて言うから」

 

 そう言うさくらの顔には困惑のようなものが浮かんでいる。

 少女の姿を思い返してみる。

 確かに、あの少女は『絶世の美少女』と言ってもおかしくないほどだが、それだけであの祖父がそんなことを言うだろうか。一族でも長老格にあり、わたしの後見を務めてくれているあの人が……。

 ……まぁ、なにか深遠な理由でもあるのかもしれない。まさか、色恋関係などというオチはないだろう。

 

「分かった。お祖父ちゃんにはそう伝えといて。すずかも、いい?」

「うん、いいけど……。でももうちょっと分かりやすい説明をしてほしいんだけど」

「それはわたしも同感ね。『面倒だから詳しい話は後で』なんて言って。おかげで結構苦労したのよ」

 

 二人分のじとっとした視線が突き刺さる。

 

「あ、あはは。分かってるって。え〜〜っと、それじゃあ……」

 

 ちょっと考えて、とりあえず、恭也に聞いたことから説明することにした。

 

 

 

  1月15日 (日)  PM 3:13

 

「そうか……。夜の一族でもあの人のことは分からないか」

「うん。ごめんね、こんな情けない調査報告で」

「いや、仕方がない。那美さんやクロノも分からないと言っていたしな」

 

 これで手詰まりだと、恭也はため息を吐く。

 今は恭也と二人で街を歩いている。これは調査の報酬として約束したデートの途中。

 とはいえ、恭也はこれをデートと認識しているかさえ疑わしい朴念仁っぷりなので、油断してはならない。

 実際、今恭也の関心は隣にいるわたしではなく、ただ一回ずつ会っただけの二人に向いている。なぜそうも気にするのか、わたしには分からない。触らぬ神に祟りなしというではないか。

 ついついこっちまでため息まで吐いてしまう。それでも、ある種の義務感のように問いかける。

 

「で、次はどうする気?」

「ああ、こうなったら、本人に直接――」

 

 突然、恭也が足を止めた。

 

「? どうしたの?」

 

 問いかけても答えず、じっとあさっての方向を見ている。

 百聞は一見にしかず。わたしもその視線を追ってみる。

 その先にいたのは、なんとなく見覚えのある人影。

 

「あれってもしかして……」

 

 少し距離は離れているが、たぶん間違いない。

 今まさに自分たちが話題にしていた少女だ。

 それが四人くらいの男性に囲まれてなにか話している。表情はちょっと見えないが、嫌がる素振りや迷惑そうな様子は感じられない。

 そしてそのまま、路地の方へと消えていった。

 その後姿を見送りつつ、

 

「本人に直接――どうするの?」

「む……」

 

 さっき彼女に嫌がる様子でもあれば、助けるついでに会話のきっかけもできただろうけど、その様子はなかった。

 となると、どう手を出すつもりなのか―― 

 

 

 ドォォン!!!

 

 

 重く響く轟音と共に、わずかに空気が震えた。

 事故か? と、反射的に視線を巡らす。周りの人たちも同じように、いったいなんの音かと周囲を窺っている。

 だけど、少なくとも目に付く範囲で事故らしい事故は起きていない。

 いったいなんだったのか、疑問に思っていると、突然恭也が動いた。

 

「行くぞ」

「え? ちょ、ちょっと、いきなりなに?」

「今の音、あの女性が消えた方からだ」

 

 よくよく周囲を見てみれば、周りの何人かも恭也と同じように路地の方を見ている。でもなぜか動こうとする人はいない。

 その中で動いている自分たちはさぞ奇異に映ることだろう。

 と、そんなことを考えながら、そして間違いなくそういう視線を受けながら、路地の入り口に辿り着き、

 目の前を、なにかから逃げるように一目散に走り去る三人の男たち。その姿には見覚えがあったのだが――

 ……あれ? さっきは四人いなかったっけ?

 怪訝に思いながら、路地へと入る。

 直前の疑問は、その光景ですぐに解決した。

 路地の真ん中にたたずむ黒い少女と、その前で倒れている一人の男。

 その倒れている男は、片腕が変な方向に曲がっていた。その苦痛にか喘ぐように悶えており、少女はそれを冷めた目で見下ろしている。

 足音で気づいたのか、少女が振り返った。暗い、殺意と敵意を煮詰めたような目がわたしたちを見据える。

 

「あなたたちも、こいつの仲間か?」

 

 一切の感情を排した冷たい声。

 ヤバイ。なにがあったかはさっぱり分からないけど、このままだとそこの男と同じことになる。

 じゃりっと地面を踏みしめるように近寄ってくる少女を制するために、

 

「あー、ちょっと、ちょっと待った! 覚えてないかな。何日か前に翠屋――喫茶店で少し話をしたんだけど……」

「前……?」忍の言い様に怪訝そうに眉根を寄せて「ああ……、『血吸い』と御神か」

 

 すぐに思い出したのか、そう言って納得した。それとともに、肌を刺すようだった殺気も消える。

 

「それで、その二人揃ってなんの用だ?」
「え? いや、あなたにちょっと訊きたいことがあったんだけど……」なんとなく倒れている男の人を指差して「その人、ひょっとして、あなたが?」

 

 よくよく見れば、横の壁にはクレーターのような、身長ほどのヘコミがある。たぶん、さっきの轟音はこれが関わっているんだろう。

 

「ああ。こいつらが、神雷様がどこにいるか知っているなどと嘘をついたからだ」

 

 そう言いながら今もまだ悶えている男を冷たい目で見下ろす。その横顔には侮蔑だけがあり、罪悪感など欠片も見られない。まぁ、自分でも同じだろうけど。

 たぶん、ナンパの手口かなにかだろう。相手の要求を呑むように見せて誘い出す手法。彼女に対してはその神雷という人の情報をちらつかせてどこかへ連れて行こうとして――

 だが、それは今回は相手が悪かったらしい。

 それが嘘であると知れた瞬間にでも、彼女は報復した、と。それが腕を折るというのはやりすぎな気もするけど。

 だが、その考えすらまだ甘かった。

 

「本来なら嘘つきは舌を切り落とす。この程度で済んで幸運と思え」

 

 聞くだけで恐ろしいことをあっさりと言い放ち、ついでに倒れている男に蹴りを加える。男はその蹴りで追い立てられるように逃げていった。

 その逃げていく後姿を見送り、それで少女はなにかに気づいたようにこっちへと視線を移して、

 

「まさか、あなたたちの言葉も嘘ではないだろうな」

「いえ、そん――」

 

 その言葉は最後まで言わせてもらえなかった。

 そのときには既に、恭也の喉元に少女の袖から伸びるナイフが突きつけられていた。

 いつ動いたのか、いつナイフを突きつけたのか、まったく見えなかった。一瞬だけ恭也が浮かべた驚愕の表情からすると、彼もそうなのだろう。

 だが恭也はすぐに表情を引き締め、少女を見詰める。

 少女もその視線から逃げることはなく、恭也を見返す。

 ぷつり、と切っ先を突きつけられた恭也の首筋に赤い玉が浮かび、すぐに崩れて流れた。

 その間も、恭也と少女は視線を逸らすことなく見詰め合い――

 その空気もやがて、少女のため息とともに霧散した。突きつけていたナイフも離して一言。

 

「どうやら、嘘ではないようだ」

 

 自分に言い聞かせるように呟いて、一歩退がる。それから切っ先に指の腹を当て、そのまま袖の中に押し込み、刀身が袖の中に完全に入ったところでガチャッと音がして、少女は指を放す。ナイフは出てこなかった。

 どうやら、彼女は袖の中になんらかの仕掛けを仕込んでいるらしい。たぶん理屈はスリーブガン――袖から小型拳銃が出てくるあれと同じだろう。

 それにしても、無茶なことをする。そんなものを仕込んでいては、下手をすると自分の手を――

 ……あれ?

 そこでおかしなことに気づいた。

 さっきナイフを突きつけられた恭也の首にはしっかりと赤い筋が残っている。

 なのに、その切っ先を押し込んだ少女の指には髪一本ほどの傷さえ残っていない。

 恭也もそれに気づいているのか、警戒するように少女の様子を見ている。

 その視線に気づいてか、少女は恭也を見て、

 

「そういえば、あなたは神雷様と手合わせの約を結んだのだったな。それはもう済ませたのか?」

「いえ、まだです。そもそも、傷が治ったらという話ですし」

「傷?」

「ええ。両腕と胸に穴を空けられてました」

 

 前にこの少女に会った日にも聞いたことだけど、それはどう考えても致命傷だろう。胸に穴って、規模の大小はともかく無事でいられるとは思えない。

 だが少女は狼狽する様子もなく考え込み、やがてため息を吐いて、

 

「……まあいい。その程度で、あの方が死ぬはずがない」本当になんの心配も要らないとばかりにそう言って「それより、だとするとあの方はじきにあなたの前に現れるということか。……なら、この男の側を張る方が利口か」

 

 それは独り言のように呟いてるようで、しっかりと二人にも届いている。

 っていうかもう、なにか誘っているようにさえ聞こえる。

 それを恭也も感じたのか、

 

「……あー、よかったら、神雷さんが来たら連絡しましょうか?」

「……どうやって?」

「どうって、携帯の番号でも教えてもらえれば……」

 

 当然といえば当然の提案のはずだ。なのに、少女は「けいたい」とポツリと呟いて、

 

「なんだそれは」

 

 時が、止まった。

 

 ――というのは気のせいで、実際は何秒か思考が停止していただけだ。

 しかし、それもしょうがないと思う。いまどき携帯を持ってないどころか知らないなんて、どこの奥地の出身だ。

 まぁ、なんにせよ、彼女には必要なときに連絡する手段は使えない。となると――

 

「あ、じゃあ、ウチ来る?」

「……なんだと?」

「だから、ウチに来ないかって。恭也の家からはちょっと離れてるけど、車を使えばそう遠くないし、それになんでかお祖父ちゃんも会いたがってるみたいだしね」

 

 お祖父ちゃん、の部分を聞いたところから、少女はなんだか難しい顔で考えていたが、

 

「そうか。なら世話になろう」なにが決め手になったのか納得して「……ところで、蓮火は壮健か?」

 

 言った覚えのない祖父の名を当然のように口にする。やっぱり知り合いか。

 

「あ、うん。あの調子ならあと五十年は軽く生きると思うよ」

「そうか……」

 

 そう言って吐かれたため息は安堵か、それとも落胆か。

 

「それじゃあ、よろしくね。え〜〜っと……」

 

 そこで言葉が止まる。

 

「? ……どうした?」

「そういえばまだ、あなたの名前……」

 

 聞いてなかった。そんな当然のことを、なぜ忘れていたのだろうか。

 だが、少女はそれに気を悪くすることもなく、ああ、と納得したように頷いて、

 

「神無だ」

 

 堂々と、まるでその名前さえあれば恐れるものはなにもないと言わんばかりに胸を張って、彼女は名乗った。けれど――

 

「……えっと、そんな堂々と名乗ってもらってなんだけど、名字は?」

「そんなものは要らない。それに、この名は神雷様より賜った名だ。誇りこそあれ、怖じも恥じも必要ない」

 

 すごい、と正直に思う。そうまで誰かを想い、誇りとする。それができる人間がどれだけいるだろうか。自分の周りには何人かいるけど、その想いはきっと尊いものだ。

 そんな感銘に浸っていると、横から恭也が口を開いた。

 

「こんなところで立ち話もなんですし、ちょっと場所を変えませんか?」

 

 もちろん俺の奢りです、と付け加えたその提案を、神無は少し迷ってから首を縦に振って答えた。

 

「それじゃあ……」

 

 どこにしようか。ここはやっぱり、定番として――

 

 ぐごきゅるるぐぉぉ〜〜。

 

 ……なにやら盛大に、形容しがたい音が聞こえた。

 なんとなく、一度恭也と顔を見合わせ、それから音のした方を見てみる。

 その先では神無が、頬を真っ赤に染めて俯いていた。

 

 

 

      *   *   *

 

 とりあえず翠屋で軽食ということになった。

 なにせ彼女がまともに食事をしたのは三日前が最後だという。

 とはいえ――

 

「……むぅ」

「……すごいね……」

 

 やめられない、止まらない。

 

 昔テレビで聞いたそんなフレーズが脳裏を駆ける。

 そんな評価を受けている少女は決してがっついているわけではない。むしろその動きには気品さえ漂って見える。

 しかし、一時たりとも手は止まることなく、とんでもない速さで次々と、もう三人前は彼女の腹の中に消えていた。

 そして最後にコーヒーを一口啜って、

 

「……はぁ〜〜。落ち着いた」

 

 そう言って音もなく、手にしたカップをソーサーに戻す。

 

「……で、私になにを訊きたいって?」

 

 そう言ってこちらを見据える目は射抜くように苛烈だが、さっきまでの険はない。

 やっぱり仲良くなる基本は餌付けということか。

 

「ええ、まあ。いろいろあるんですが、とりあえず神雷さんのことを――」

「それは駄目だ。わたしの一存で勝手に暴いていいものではない」

 

 それもそうか。誰だって、自分の知らないところで好き勝手言われても気持ちのいいものではない。

 

「じゃあ、あなたが神雷って人とはどんな関係かとかも?」

 

 横から忍が出した質問に、神無は少し迷ってから、

 

「……わたしにとって、あの方は全てだ。この身の髪の一本、血の一滴、そして魂までも全てを捧げる方。かつて共にあったときに、そう誓った」淀みなくそう言ってから胸に手を当て「その誓いは今も、ここにある」

 

 その姿を、美しいと思った。

 一切の淀みも曇りもなく、ただ一人を想うその姿。自分がいつか誰かを選んだとき、彼女のように高潔でいられるだろうか。そんな憧憬さえ抱く。

 それは隣にいる忍も同じなのだろうか、羨望の眼差しで神無を見詰めている。

 

「その『誓い』で神雷さんの恋人になったってこと?」

 

 そういうことか。

 恭也は一年半前に忍が『夜の一族』であることを知った。そして、共に生きると『誓い』も済ませた。

 けれど、そこまでだ。共に生きるといっても、どんな形かまだはっきりと答えを出せないでいる。いいかげんなんとかすべきだと思ってはいるのだけれど。

 

 だが神無は表情を少し曇らせ、

 

「それは少し違うな」

「へ? 恋人とかじゃないの?」

 

 忍が神無の否定を驚いて追求する。

 それにも彼女は淡々と、

 

「さて、わたしはそれでもいいが、あの方はなんと答えるだろう……」そこで愉快そうな、それでいて不安そうな笑みを浮かべ、「それを確かめるために、わたしはあの方を探しているのだろうな」




 皆さんは覚えているでしょうか。初めてリリカルなのはアニメ製作決定を知ったときの感想を。

 

 私の場合は、書店でアニメ雑誌を立ち読みして知ったのですが、総括するとなんじゃこりゃってな感じでしたね。

 タイトルと主人公を見て、リリカルおもちゃ箱のアニメ化かとか思った次の瞬間、登場人物紹介の中に士郎とアリサの名前を見てなにこれ? と思い、すずかとファリンとフェイトを見て誰これ? と思いました。

 結局、平行世界みたいなものかと納得し、どうせ自分のとこでは見れないからと諦めていたので、後に財布に余裕のあるときにレンタルショップで見つけていなければそれっきりだったかもしれません。

 そうなるとこの作品を作ることもなかったでしょうね。

 

 さて、それは私の人生にとってプラスかマイナスか、どっちなんでしょう。

 

 では、あとはいつもどおりに。

  

・忍視点

 

 思うに、クロス作品で一番重要で面倒なのは矛盾の統合でしょう。

 さらに、いつかも書いたことですがこの作品は『出せるだけのキャラは出して書いてみよう』という無謀な挑戦もあるので、イレインをどう使おうかと考えた結果、あの無駄に長い設定――ファリンの説明ができました。

 

 そしてもう一つの伏線に気づいた人もいるかもしれませんが、これら二つの伏線が活きるのはずっと先――っていうか第二部の予定です。いつになるかも、そもそも書くかどうかも分からないのに。

 

 なお、いまさらなことですがこの作品では、士郎とノエルはとらハの設定。アリサ、クロノ、リンディは一応リリカルの設定で書いています。

 

・忍視点その2

 

 昔、小さい頃に嘘を吐いたら閻魔様に舌を引っこ抜かれるとか聞いた覚えが……。最近は泥棒の始まりとかしか聞かないですが、作中で切り落とすと言っているのは、そこから来ています。

 

 あと、忍の祖父の名前(蓮火)は勝手に決めてます。実はどこかで正式に出ていたという可能性もあるのですが、私は見てません。なので、もし違っていたら教えてください。ついでに、他にも矛盾点などあれば一緒に。

 

・恭也視点

 

 短っ!
 それにここは特に語ることはないようです。……たぶん。

 

 





少しずつ色々と分かってきてるな〜。
美姫 「神雷と神無の関係」
また、夜の一族でもある忍の祖父とも知り合いみたいだし。
美姫 「これらが一つ所集まった事の意味とは」
次回はどんなお話かな。
美姫 「次回も待ってますね」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る