1月10日 (火) AM 10:34
「……うん、分かった。…………え? ……ううん、たぶん大丈夫だと思う。……じゃあ、また連絡するね」
そう言って、携帯電話の通話をOFFにする。
電話の内容は、昨夜のことを鹿児島の実家に尋ねてみた結果だ。
答えは――分からない。
長い、四百年にも渡る神咲の伝承でも、あの白い髪の青年のことを何一つ説明できないらしい。
死者蘇生の術。
久遠の妖怪化。
これだけのことをしておいて、神咲にもなにも分からないというのも不思議な話だ。
ひょっとしたら、そもそも探す分野が違うのかもしれない。他の皆が探しているような『夜の一族』や『異世界の魔法使い』が正解なのかもしれない。
でも、久遠と関わりがあるということが、どうしても気になる。
ふと、思いついた。
あの人は、なにか知っているだろうか。
脳裏に思い描くのは、まだ出会って一週間もない、かつて物の怪退治をしていたという女性。
正直、こんな話まともに聞いてくれるかも、ちゃんと答えてくれるかも分からない。
それでも、訊いてみる価値は、あるかもしれない。
第3話 「〜無刃〜 穏やかな日に」
1月10日 (火) AM 11:16
「ただいま〜〜」
もう精根尽き果てましたと言わんばかりに力のない声を出して、リスティはさざなみ寮へと帰宅した。
なにせ、昨夜は警察や消防は大騒ぎだった。
住宅地上空で、突然の、花火などでは決してない大爆発。
二度目の爆発を警戒して、一晩中、可能な限りの全ての警察署員と消防署員で海鳴市全域をパトロールして回っていたのだ。
おかげで昨夜は徹夜。それ自体はそう珍しいことでもないが、連日の疲れもあって今にも倒れそうだ。署で仮眠でもしてから帰ろうかとも思ったけど、人手不足とかで起こされたくなかったから、わざわざさざなみ寮に帰って寝ることにしたのだ。
それにしても……。
昨夜のことを思い出し、ブルッと震えた。あの瞬間、たまたま外を見ていたために目にしたのだが、あれはもの凄かった。
なにせ、一瞬のことだが夜が明けたのかと錯覚するほどに強烈な光。それから遅れて、窓ガラスがガタガタと揺れるほどの衝撃波。
爆発の中心から相当な距離があったはずなのにこれだ。爆発の直下ではどれほど凄かったのだろう。
そして、それによる被害もなかなかひどい。
まず交通事故が二十件以上。細かい件数やそれによる死傷者は正確な数字はまだだが、結構な数になるだろう。
さらに、爆発のあったあたりを中心に、大規模な停電もあった。それについてはいまだ復旧していない地域もあるらしい。なんでも、何箇所かで電線が切れているとか。
唯一幸いだったのは、時間と場所が夜の住宅地上空ということだろうか。交通量も少なかったし、これが市街地だったら何倍の被害になっていたか、考えたくもない。
それでなくても、ここ最近警察は忙しい。
その理由は年末から始まった連続殺人事件のせいだ。
三週間ほど前に市街地の裏路地で遺体が発見された。そしてそれだけでは終わらず、ほんの二日前に、二人目の被害者を出している。
いずれの事件も、被害者の関係や遺体の発見場所に共通項はなし。
共通しているのは二つ。
被害者はいずれも若い女性ということ。
そして、遺体は直視も躊躇うほどのリンチを加えられていたということ。
唯一共通していると言える、やりすぎとしか言いようのないその状況から、警察は同一犯を想定して捜査している。
――とまあ、そういったあれこれのせいで、リスティは最近寝不足と過労気味なのだった。
とりあえず、なにか飲んでから部屋で寝ようと思い、リビングへと足を伸ばし――
そこで、その姿が目に飛び込んできた。
その女性は、庭で弓を引いていた。
弦に矢はつがえていない。だがその緊張感は息苦しささえ覚えるほどに重く、さっきまでの眠気など吹き飛ばされてしまった。
最初、それが誰だか分からなかった。
……いや、分かってはいたのだが、そうと認識することができなかった。
少なくとも自分の知るその女性――比良坂志乃は、こんな近づくだけで切れそうな威圧感を発する人物ではなかったから。
ゴクリ、と唾を飲む。
その音が聞こえたのか、志乃の鷹のように鋭い左目がリスティを捉えた。
途端、場の空気が弛緩する。志乃は弓の構えを解き、眼帯を左目から右目へと移しながら、
「あ、おかえり」
とだけ言った。
それだけでさっきまでの緊張感は余韻も残さず消えてしまった。
「あ……、ああ。ただいま」
動揺が隠しようもなく出てしまった。でも仕方がないだろう。さっきまでの姿を見ていると、この豹変振りはギャップが大き過ぎる。
それに――
チラリ、と目がどうしてもそちらへといってしまう。
その視線の先にあるものは、いまだ志乃の左手に握られた長弓。それは彼女の背を越えるほどに大きく、彼女の手には不似合いなほどにゴツい。
リスティ自身、弓に対して造詣があるわけではない。実際に見るのも、何年か前にさざなみ寮を訪れた神咲葉弓の持つ神弓『尹沙奈』の次で二回目だ。
だが、この弓はなにかが違う。
その視線に気づいたのか、
「ああ、これ?」首を傾げ、重さなど感じさせないように動かし「本当は早朝にやろうと思っていたんだけど、耕介くんは朝が早いからできなくてね。今なら誰もいないと思ってたんだけど……」
……気になったこととは少しズレた答えが返ってきた。
でも確かに、今の時間なら学生たちは学校。愛は動物病院。そしておそらく耕介や真雪にも帰る時間を確認しておいたのだろう。それで大丈夫だと思っていたら自分が帰ってきてしまったと。
「そうか……、帰る前に連絡しといた方がよかったかな」
「ああ、いいよ。見られて困るものでもないし」
ならなんで、わざわざ人のいない時間を選んだんだろう。歓迎会のときに、自分から物の怪退治云々をばらしたくせに。
まあいい。それはともかく――
もう一度、彼女の手にする弓を見てみる。さらに、彼女が弓を引いた姿を脳裏に思い返す。
自分は弓道のことなどなにも知らない。それでも、唯一つはっきりと言えることがある。
あの立ち姿は、とても綺麗だった。
それはまるで、一つの完成された彫像のように凛としていて、美しいという言葉ですらまだ足りない。
「一応訊くけど、素人じゃないだろ? でなきゃ、あんな堂に入った使い方ができるはずがない」
「……そんな言うほどのものじゃないよ。私の弓術は我流だし、弓道のような礼節も知らないし」
弦を弾きながら、照れる様子もなく淡々と答えた。
その様子をわずかに怪訝に思うが、答えはすぐに出た。
彼女の弓は、実戦向けなのだ。恭也たちの剣と同じ、人を傷つけることを承知で手にしている。
そして、大切なのはなによりも結果。狙った相手を仕留めることができるかどうかだけ。
それを理解すると同時に、直感が自分でも分からない警鐘を鳴らし、本能と同然にスイッチが入る。
最初の夜、歓迎会で会ったときから何度か試みてきた行為。
それはテレパシーによる、相手の素性の確認。
リスティはその経歴や能力ゆえに、簡単に他人を信用しないようにしている。もう何年も『そういう』入寮者はいないが、それでも油断はできない。
その油断で万が一にも失われるものは決して許容できないものなのだから。
だが、おかしい。
目の前の女性はそれができない。思考のブロックとは違う。あえて言うならジャミング、だろうか。まったく得体の知れないなにかに阻害されてまるで分からない。
唐突に、志乃は疲れたような笑みを浮かべてリスティを見据えた。
「で、もう気は済んだ?」
そう言われ、リスティの意識は現実へと戻り、目の焦点は志乃の目に合う。その目はまるで、全てを見抜いているようにリスティを見詰めている。
内面の動揺を気取られないように問う。
「ボクがなにをしているか、分かっているのか?」
「分かるわけじゃないけど、だいたいの察しはつくよ。ついでに言えば、それがうまくいかなかったという事も……」
「まさか、キミも……」
その後に続く言葉はなんとか呑み込んだ。勘でしかないが、たぶんこの女性は違う。
「? なにが言いたいか分からないけど、たぶんそれは違うよ。これでも結構長く生きてるし、たくさんの人を見てきた。だから、だいたいは分かる」
久遠のときのように、経験から来る観察力、というやつか。
正直、侮れない。こうも簡単に見抜かれると、テレパシーを使えるのかと疑いたくなるほどだ。
その本人は、リスティの気持ちなど気にもかけず壁に弓を立てかけて、
「お茶、飲む?」
いきなりそんなことを言ってくれた。
「あ? ……ああ、もらおうかな」
そういばもともと、なにか飲むのが目的だった。眠気はまだ少し残っているが、後の予定があるわけでもないのでそのくらい付き合ってもいいだろう。
「うん。じゃあ、ちょっと待ってて」
そのままキッチンに入って数分、お盆の上に急須と二つの湯のみを乗せて戻ってきた。
「はい。お待たせ」
「ああ。Thanks」
幸い、今日は日差しは暖かく風は穏やか。日向ぼっこにはちょうどいい。
どちらからともなく、縁側に座り込んで――
「なあぉ」
この場の二人のどちらでもない声。
見れば志乃の足元に赤みがかった三毛猫が一匹、体を摺り寄せている。
その猫はリスティも見覚えがある。
名前は紅虎。
親の黒虎は、あの次郎と小虎の子供で、一時期はここら一帯の野良猫のボスを務めていた。
「珍しいね。キミに懐くなんて」
実際初めて見る光景だ。彼女が動物に触れれた場面というのは。
初日に志乃自身が言っていたように、彼女はフィリスといい勝負なほどに動物に嫌われていた。
美緒や耕介がいるからか猫たちがここら辺からいなくなることはなかったが、それでも彼女が庭にいるときは姿を見せることはなかった。
それが今、一匹とはいえ懐いている。
「うん」恐る恐るという感じで、足元に擦り寄る紅虎を抱え上げ「君は、私を怖がらないのかな?」
それに対しても紅虎は嫌がる様子を見せず、むしろ気持ちよさそうに「にゃ〜〜」と鳴いた。その姿は猫とは思えないほど警戒の欠片もない。
だけど、その無邪気な姿に志乃の口元が綻んだ。
「う゛……」
その笑みを見てリスティは呻いた。
ヤバイ。かわいい。
宴会でこんな顔をして、それを真雪が見たら真っ先にターゲットにしそうだ。冷酷無比な一面を持つかと思えば、少女みたいな一面も見せて――
口元が笑みの形に緩むのを抑えられない。
「まったく、よく分からないやつだな、キミは」
言われた志乃も、一瞬だけキョトンとしてから一転、苦笑して、
「よく言われる」
二人、笑いあいながら、心地好い空気が流れる。
気がつけば、紅虎も志乃の膝の上で丸くなって眠っている。
そこへ――
「ただいま帰りました〜〜」
玄関を開ける音と一緒に、帰宅を告げる声が届いた。
* * *
「ただいま帰りました〜〜」
玄関を開けながら、那美はそう告げる。
今日は始業式と二時間の授業だけで、午前中で学校は終わった。那美は部活動に所属していないため、今日はそのまままっすぐ帰ってきたのだ。
とりあえず、昼ごはんをどうしようか思案しながら、靴を脱ぎ確認する。
玄関にある靴は二足。これはリスティさんと志乃さんの分のはず。
ちょうどよかった……かどうかは微妙なところだ。
確かに、志乃さんには訊きたい事があった。
それは昨夜見た、白い髪と金の瞳の青年。
実家の神咲でも分からなかったとなると、あとはもう那美に調べられるのは彼女に訊くくらいだ。だけど、彼のしでかしたことを考えると、そう大々的に訊けることでもない。
それを考えると、人数の少ない今はチャンスなのだろう。
だが、そのもう一人の在宅者がリスティさんとなると、少し躊躇いを覚える。
なにせ、悪い人ではないけれど、面白そうなことはとことん引っ掻き回す人だ。今回の相談事を知られたらどうなることか、考えるだけで頭が痛い。
そんなことを考える間にも足は動き、とりあえずリビングに顔を出す。
縁側でお茶を飲んでいたらしい二人が振り返り、
「おかえり」
「おかえりなさい」
そう言って迎えた。
「はい。いま帰りました」
もう一度、その言葉を告げる。
が、その笑顔の裏ではもう混乱の一歩手前で考えを巡らせていた。
さて、どうしよう。選択肢はいくつかある。一度部屋に戻るか、このまま昼食にするか、それとも志乃に質問するか――
だがそのどれかを選ぶよりも早く、志乃さんが時計を見上げて確認し、
「もうお昼だけど、どうする? 耕介くんは昼は戻らないって聞いてるけど」
この場にいるのは三人だけ。今から作るか、外に食べに行くか、どちらにするかと訊いている。
まず、リスティさんが答えた。
「じゃあ、ボクはちょっと寝るよ。昨日徹夜だったから、正直キツい」
そう言って、手にしていた湯飲みをお盆の上に置き立ち上がる。
「ああ、うん、おやすみ」
「あ……おやすみなさい」
こんな太陽の昇った時間に言う言葉ではないからか、言うのに少し戸惑う。
その言葉にリスティさんは片手を挙げるだけで答え、ほんのわずかにふらつきながらリビングを出て行った。
二人でその背中を見送り、どちらからともなく二人の視線が合う。
「で、あとは那美ちゃんだけど……」
「そうですね。わたしは……」
けどその前に。
今が絶好のチャンスだ。
でも、なんと切り出そうかちょっと迷う。ただ単純に訊くだけでもいいのだが、それだとどう話せばいいか考えてしまい言葉にならない。本当のことを話すほどに、信憑性がなくなりそうなのだから面倒だ。
こういう『説得』ではなく『尋問』のような交渉は得意ではないので、どうにももどかしい。
だが、それより先に志乃さんはわたしの変化を感じ取ったのか、
「その前に一つ。昨夜、どこに行ってたの?」
機先を制されるように問われ、一瞬混乱する。
それでもなんとか、答えだけは出せた。
「え……、その、友達の家に……」
「そこでなにか変わったことは?」
変わったこと。……それはやはりあの白い髪の青年のことになる。
ちょうどその話をしたかったところだ。話題振りは十分。早速そのことを訊こうと思い、
だが、志乃さんは返答を待つことなく、
「あの男にはもう、絶対に関わっちゃダメ」
はっきりと、有無を言わせぬほどの気迫を込めて、彼女は断言した。その剣幕に押される形で少し体が後退さる。
「え……っと、知り合いですか?」
そうでもなければここまでは言わないと思う。
「あの男は自分を『鬼』と、名乗ってなかった?」
「あ、はい」
その場に立ち会ったわけではないが、恭也さんたちからそのことは聞いている。本当の鬼じゃあるまいし、どういう意味かよく分からないけど。
「あの男は、わたしが昔ただ一度果たせなかった退治の依頼の相手。当時、どんなに軽く見積もっても千人以上は殺していた」
……え? ちょっと待って。今彼女はなんて言った?
千人……?
言葉にすればたった四文字のその数字がとても理解できない。というか、いまどき一人や二人殺しても騒ぎになるのに、千人なんてありえないだろう。
そして、その考えを見透かしたかのように――
「嘘だと思う?」
「え? あ、その……」
覗き込むような目に見詰められて、とっさの返答が出てこない。
そのまま数秒の膠着。やがて、志乃さんはクスリと笑って、不意に視線を切った。
「まぁ、信じなくてもいいよ。殺したのが一人でも千人でも、あの男が危険だということに変わりはないから」
「はぁ……」
その理屈はなんとなく分かるものの、どうも実感として受け止めにくい。彼女が言っていることが嘘だというのではなく、彼が実際に誰かを傷つけた姿を見ていないからかもしれない。
あれ? でも……
始終押される形だったせいで気づく余地がなかったが、彼女の言葉は前提からおかしくなかったか?
「なんでそんなに分かるんですか?」
まるで見ていたみたいに言う志乃さんに疑問を覚えると、
「なんでって、見てたから」
あっさりと、とんでもないことを言ってくれた。
なに言ってるんだろう、というのが最初の感想。
そこで、壁に立てかけてある弓が目に入った。そしてその可能性に思い至る。
ひょっとして……。
だが、その思考を遮るように……いや、肯定するように彼女は呟く。
「まぁ、余計な心配はしなくてもいいよ」そこで息を吐いて彼方を見据え「あの男は、あたしが――」
決して譲りも揺らぎもしない決意を以って、志乃さんは宣言した。
1月10日 (火) PM 11:43
その夜もまた、志乃は弓を手に外へ出ようとしていた。
目的は当然、神雷の抹殺。
しかし、昨日の今日では抹殺はおろか発見さえ無理かもしれない。あの男は(認めたくはないが)あらゆる分野において超一流。隠密も例外ではないだろう。
それでも、万に一つの可能性があるならやってみる価値はある。見つからなくても失うものは睡眠時間くらいのものだし。
夕食の後に耕介に深夜に外に出るとだけ話はしており、そのときに玄関の鍵を預かっている。
こんなに簡単に信用されていいのかと疑問に思いながら玄関を出ようとして――
気づいた。
バッと勢いよく振り返り、『それ』を見た。
廊下の奥、管理人室の辺りになにかがいる。
「誰?」
油断なく視線を向けながら、周囲への警戒も怠らない。すでに眼帯は右目に移り、左目が開かれている。
だが、その問いに応えた声は敵意を感じさせないものだった。
(僕が分かるんですか?)
空気を震わせない声が響き、式服を纏った銀髪の少年が姿を現した。
その少年を見て思う。
やはり勘違いではなかった。最初の夜に感じた『もう一人』の気配。
そして、その少年の名を志乃は知っている。
「御架月……」
日本で十本も確認されていない霊剣。その中で、おそらく最も異質な存在になるであろうその名が口から漏れ出る。
「僕を知っているんですか?」
心底不思議そうな声。当然だ。直接会うのはこれが初めてなのだから。
「まぁ……ね。昔、話に聞いたことがある」
そこで思い出した。
「……あれ?」
「なんでしょう?」
「那美ちゃんは『神咲』のはずじゃあ……」
君にとって『神咲』は憎しみの対象ではないのかと、言外に問う。
そして目の前の少年もそれを察したらしく、苦悩に満ちた表情になる。
「それは……話せば長くなるんですが、今は耕介様に仕える霊剣としてここにいさせてもらっています」
「そう」
なにがあったかは分からないが、それでもこの少年はもう神咲への憎しみと呪いに満ちた魂ではなくなっている。
ここで御架月に出会ったこと、その御架月が自分の知らない在り様になっていたことなど、不思議な気分で噛み締める。
噛み締めていると、その本人から思いもかけない――いや、ある意味予想通りの問いが放たれた。
「あなたはいったい何者ですか? なんで僕のことを……」
……後悔先に立たずとはこのことか。
最初に名前を言ってしまったのは失敗だった。でなければ、適当に誤魔化せたかもしれないのに。
だが、今目の前の少年は警戒を露わにしている。答えによっては一戦も辞さないと、空気が物語っている。いまさら適当なことを言っても事態が悪化するだけだろう。
……ここはやはり、正直に話すべきか。それに、後のことを考えると、彼にはぜひ味方になってもらいたい。
そうと決まれば周囲を確認。……とりあえず、聞き耳を立てている寮生はいない。
とりあえず、一度深呼吸。
それから、忌避すべき真実を語る。
「……あたしは――」
そこで口をつぐむ。
御架月が怪訝そうな顔をするがそれに構わず、
「その前に一つ確認するけど、自分の意思に関わりなく、人でないものに堕とされた気分はどう?」
その問いは予想外だったのか、御架月は怪訝そうな顔をしたものの、
「……最初は恨みました。姉さまを殺されて、その復讐のために姉さまさえも手にかけようとした。……それぐらい、この世界を恨み、神咲を憎み、僕自身の存在を呪う四百年でした」
銀髪の少年は暗い陰を落として語る。その奥にある後悔はきっと、理解できるなどと言ってはいけないくらいに重い。
「でも今は違います。こんな僕を耕介様たちは救ってくれました。だから僕はその恩に報いたい。だから――」
あなたが耕介様たちの敵となるのなら、容赦はしない。
少年の瞳はそう訴えている。
「そう……。そういうものかな」
そういう考え方もあるのか。わたしはそうやって受け入れることはできないけど。
その呟きが聞こえたのか、
「なぜそんなことを訊くんです?」
「分からないかな? 霊剣『御架月』」薄く笑んで「あたしが、君たちを作ったんだよ」
銀髪の少年の顔にゆっくりと理解と驚愕が浮かんでいく。
その変化が面白くて、また違う笑みが志乃の顔に浮かんだ。
……誰か、文才とネーミングセンスを私に分けてください。いや、マジで。
毎回各話タイトルやらオリキャラの名前やらで苦労してます。
『志乃』という名前も実は、投稿直前までは星を連想する名前というイメージで『昴』とか使っていたくらいです。今はちょっとヤバイので変えましたけど。
では、いつもどおり解説(と書いて愚痴と読む)コーナー。
・リスティ視点
今後、志乃のパートナー的立場に立ってもらうキャラです。なぜリスティを選んだかは……訊かないでください。なんとなくなだけですから。
今回いくつかの伏線をばら撒いていますが回収できるのはいつでしょうね。本当に。
しかし、次郎と小虎の孫って……。早速オチが読めたな、オイ。
・那美視点
最近の学生ってどうなっているのでしょう。仕事や水曜定休で昼に外に出ると制服姿をよく見かけるんですけど……。
まぁ、それはさておき、前々話で語られなかった神雷の可能性の最後の一つ、『妖怪に類する者』を調べてもらいました。
でも結局収穫はなし。というか話が変な方向へ。
しかし、記録というものは残さなければ残らないんですよね……。(こういうのが、なにか不正をする人の考え方かな?)
・志乃視点
かなり無理のあるキャラ――御架月の登場です。この時点で耕介は『愛と夫婦で御架月の継承者』といういろいろ非難の出そうな設定を確立しました。
ですが、この作品自体、出せるだけのキャラは出して書いてみようという無謀な挑戦を求め(だったらとらハ1のキャラたちも出すべきでしょうけど……)、やれるだけの展開はやってみようと考え(おかげで現在伏線張りまくりで訳分からない文章なわけで)、オリキャラたちもそれぞれ別のテーマを持って物語を展開させようと努力しています(最近ちょっと怪しいけど……)。
しかし、御架月の人物像を知るためにとらハ2を現在攻略中だったのですが、なぜ薫シナリオに入れないんでしょう?
さて、今回でとりあえず志乃の出番はお休みです。
次回からはまた、別のキャラたちと舞台で物語は動きます。
いよいよ語られるのか、志乃の正体が。
美姫 「彼女は一体何者なのかしら」
うーん、非常に気になる所で次回と相成りまするな。
美姫 「気になる次回は、また今度」
次回を待ってますね。
美姫 「それじゃ〜ね〜」