それは少し昔の話。

 

 当時の自分は天才と呼ばれ、自惚れていたのだろう。

 自分はなんでも出来ると、誰よりも強いと、本気で信じていた。

 

 そんなときに彼と出会った。

 

 それはまだ、『高町士郎』が『不破士郎』だった頃。

 

 それは桃子と出会う前。

 恭也が生まれる前。

 

 

 もう二十年も前の話になる。

 

 

 

 

 

 

      第4話  「少し昔の話」

 

 

 

 

 

 

 永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術。

 通称、御神流。

 

 その剣を現代に伝え、その力を持って要人の護衛を務めてきた御神家。

 そしてその分家筋に当たり、その力を持って暗殺を生業としてきた不破家。

 

 その不破家の中で「天才」と呼ばれ、御神の当主に匹敵する実力を持つといわれる人物がいた。

 その人物の名は不破士郎。後に高町士郎となる男である。

 

 事実、そのときはまだ士郎は負けることを知らなかった。

 

 

 そんなある日、少し奇妙な依頼を受けた。

 

 ――対象の生死は問わず、だが絶対に戦闘不能以上の状態まで痛めつけて連れてくること。

 

 暗殺を主に手掛けてきた不破家に対してわざわざ生死を問わずという依頼。そして必ず対象を連れてこいという内容。しかもその対象が、なんら特殊な地位にいるわけでもない一般人であることも、奇妙さに拍車を掛けていた。

 

 だが、なにが奇妙であろうとも実質どうでもいいことだ。それが何者であれ、不破家に暗殺を依頼される時点でまっとうな生き方をしているとは思えない。

 

 そのときはそう考えて、その依頼を受けてしまった。

 その考えが半ば正しく、半ば間違いだと知ったのは、すべてが終わる頃だった。

 

 

 標的の名は神雷。

 依頼人から渡された隠し撮りと思われる標的の写真を見て、眉をひそめる。顔立ちは日本人なのに、真白い髪や金色の瞳のせいで日本人離れした容姿になっている。しかし、これはこれで、捜しやすくていい。

 

 それから、依頼人から提供された情報を元に標的を捜すこと数日。

 

 士郎が神雷を見つけたとき、彼は隠れるような真似を一切せずに、呑気に月見酒などやっていた。

 一気に毒気が抜かれる。自分はこれから、あんな隙だらけの人間を暗殺しようというのか。仕事は仕事と割り切ろうとしても、わざわざ自分が出るような相手かと疑念を持ってしまう。

 

 だというのに――

 

「そこの奴。何か用か?」

 

 彼は一度たりとも視線を向けることなく、出鼻を挫くタイミングでそう言った。

 

 最初、それが自分に向けられたものとは気づかなかった。いくら脱力しそうだったとはいえ、気殺は完璧に行っている。

 だが、自分でも気配を探ってみても他に誰もいない。それどころか、圧迫感さえ感じる気迫を直接向けられた。間違いなく、自分の存在に気づいている。

 

 存在を気づかれている今、もはや奇襲など意味を為さない。気殺をやめて隠れていた藪から出る。

 そうして、ようやく神雷は士郎の方を見た。その視界の中に士郎が手に持つ小太刀を収めて察したらしい。ぐいっと手にしたコップの中身を飲みほし、立ち上がる。

 

「今夜の刺客はお前か……」

 

 今夜『の』?

 その言い回しが少し気になったが、そんなことを気にする余裕はない。

 

「さぁ、俺を殺しに来たんだろう? 殺して見せろよ」

 

 そう言って腰の後ろからするりと小太刀を一本抜刀した。

 

 その姿に息を呑む。彼が小太刀を持つ姿はとても自然な形で、ぎこちなさなど一片もない。剣を完全に自身の一部としている姿から、彼が熟練の剣士であることを想像するのは難くない。

 

 ならばと、自分もまた剣士として名乗りを上げる。

 

「永全不動八門一派、御神真刀流小太刀二刀術、不破士郎。参る」

 

 

 結果だけを言おう。

 

 惨敗だった。

 

 持てる技のすべてを使い、持てる力のすべてを尽くし、奥義の極み『閃』さえも駆使して――

 それでも士郎が立っていられた時間は三分もなかっただろう。そして彼は『閃』によって左腕を負傷しただけで、他はまったくの無傷で立っていた。

 

「最後に呪いの言葉を吐くくらいなら待ってやるが」

 

 手にした得物の切っ先を鼻先に突きつけながら、なんの感情も宿らぬ黄金の瞳を向け、ただそれだけを言い放つ。

 

 その姿が、これからお前は死ぬのだと、はっきりと告げていた。

 

 それを寸分違わず認識して、それでも抑えようもなく、笑いがこみ上げてくる。

 これまで仕事で何人も斬ってきた。そこに罪の意識は覚えても、償いを求める気持ちなど持たなかった。仕方がないと。これは仕事なのだと。

 ならばこれは報いだろう。因果応報。盛者必衰。まったく、日本語というのは表現が豊かで助かる。

 だったら――

 

「だったらむしろ、伝言を頼みたいんだけど、いいかな?」

 

 その言葉で、これまで始終鉄面皮だった彼の表情が少しだけ動いた。

 

「子供に名前を考えたから、それを伝えてほしい」

 

 何故? と、彼は心底不思議そうに問うた。

 

「ここで死んでしまうなら、他になにも遺してやれないからな」

 

 数秒、驚いたように目を見開き、それから心底呆れたように溜め息を吐き、

 

「だったら、最初から襲ってくるな、阿呆」

 

 ゲシッと脇腹を蹴られた。だがそれだけで、本来受けるべきはずの死は訪れなかった。

 それからしばらく話をして、結局、三つの誓いを条件に見逃してもらえた。

 その条件とは――

 

 一つ  二度と殺す為の刃を振るわぬこと

 一つ  二度と敵となって現れないこと

 一つ  己の守るべき全てを守り通すこと

 

 それだけを言い残し、彼は去っていった。

 そうして――

 

 それ以来、彼とは会うことはなかった。

 

 

 

      *   *   *

 

「――と、まぁそんなことがあってな」

 

 語り終え、士郎はズズッと茶を啜った。

 

 場所は高町家のリビング。途中だった食事もすでに終わっており、今は座談会のような形で士郎から昔話を聞かされたところだ。本来なら食後に帰るはずだった那美やクロノたちも、その後のことが気になるらしく全員残っている。

 

 外をもう何台目になるか分からないパトカーのサイレンが通り過ぎた。たぶん、さっき神雷の投げた雷の槍が起こした爆発のせいだろう。高町家はわりと離れていたため被害はないが、爆発の直下の地域ではどうなっているか想像するのも怖い。

 

「そして、その後産まれた子供が恭也、お前だ」

 

 これには皆驚く。なぜなら――

 

「あの人、いったい何歳なの?」

 

 桃子が代表するように、それを言葉にする。士郎を打ち負かしたということよりなにより、まずそこが全員共通の疑問として浮かび上がっていた。

 それは無理もない疑問だ。彼の容姿から推定できる年齢は二十歳前後。さっきの話の子供がなのはでも疑わしいのに、それが恭也ときてはもはや計算が合わないどころの話ではない。

 だが士郎はそんなことはどうでもいいとばかりに、

 

「それは俺も知らないが、まぁ見た目の年齢なんていくらでも誤魔化せる。それだけで相手を評価するようならまだまだ三流だぞ」

 

 ……確かに。

 なにせここには、それがどういうものか実感が湧かないのが大半だが、なのは、フェイト、クロノ、そして久遠という実例がいる。

 

 なのはとフェイトはまだ十歳にも満たないのに管理局でも五パーセントしかいないAAAランクの魔導士だし、クロノは十二歳で最年少で執務間になったという経歴がある。さらに久遠は数百年前の妖狐でありながら見た目はなのはたちより幼いときている。

 

 ついでに言うと、桃子のような童顔だっている。彼も見た目は若いくせに実は三十路……どころか四十路前かもしれない。

 

 そう考えると、なんとなく納得できそうなのだから不思議だ。

 

「それじゃあ、さっき訊かれてた名前って……」

 

 さっきまでの青年の会話と今の士郎の昔語りの流れからすると、その後士郎が恭也の名前を付けたはずだ。だが、青年の問いに対する士郎の答えは否定だった。

 

「ああ。結局、『恭也』って名前は俺が付けてやったわけじゃない。夏織がお前にただ一つ残したものだ」

 

 夏織――それは恭也を産んだ母親の名前。とは言っても恭也自身の記憶に彼女の姿はなく、もはや知識の一つ程度でしかなかった。

 その女性がたった一つだけ残したもの。

 

 今初めて知る事実。まさか自分の名前にそんな複雑な因縁があるとは思いもしなかった。

 

「あのときは驚いたぞ。書置き一つと恭也だけを残して、有り金すべて持っていかれてたからな」

 

 からからと言ってる内容の悲惨さとは不似合いに笑う。

 

「そんなあっさり笑っていいことなんですか?」

 

 フェイトが、理解できないというように言う。『家族』というものに対していまだ複雑な感情を胸に持つこの少女にはなぜそんなに陽気でいられるか分からないのだろう。

 それを察してか、士郎も真剣な顔になって答えた。

 

「……確かに、そう笑えることじゃない。だけど、だから桃子と出会えた。そう思えば決して悪いだけのことじゃない」

 

 ま、これはあいつの受け売りだけどな。

 

 そう後に続ける士郎の顔は少年のように無邪気で――

 それを見た何人かが一気に赤くなる。恭也の面影を持っていて、恭也ではめったに見せない笑顔に一発で撃墜されてしまったらしい。

 そうはならなかった何人かはただ苦笑するだけで、士郎はなんとなく事情を察し、やはり恭也だけは理解できていなかったりする。

 

「あ、そういえば一つ、訊いてもいいですか?」晶がまだ少し赤い顔のまま挙手してから「一番最初、なんで窓ガラスぶち割って入って

きたんです?」

 

 その声に、やや咎めるような雰囲気が気配が混じったのは否めない。

 割れたガラスは掃除したし、開いた窓にもとりあえずダンボールを当てている。

 だがやはり、隙間風が寒い。

 

「ああ。あいつの姿を見て、『十年ぶり』と言った瞬間、蹴り飛ばされた」

 

 「は?」と全員が怪訝な顔になる。

 

「どうやら、俺が十年も前に死んでいたのが気に入らないらしい」

 

 実は、その本当の理由について、士郎は知っている。庭に連れ戻されてから聞いた神雷の科白は今も耳に残っている。

 

――自分自身の命すら守れない奴が、なにを守ったと言うつもりだ。……ああ、お前の死に心を痛める者は誰もいなくて、お前の死に涙する者は誰もいない。そんな虚しい人生を送ったというならさっきの帳消し分として一発殴らせてやろう。……で、どうだ?

 

 そう問われて士郎は殴れなかった。

 実際はどうだったかなんて、死んだ後のことは知らない。けどたぶん、ああ言われて殴れるような人生を送ってはいないと思う。

 

 桃子は――強い女性だ。もしものことがあっても泣かないと約束していたが、それでも辛い思いをさせてしまったか。

 恭也は――こいつは泣くような奴じゃないな。だが、きっとなにか重いものを背負わせてしまったかもしれない。

 美由希は――帰ったら御神流を教える約束をしていた。それを果たせないまま死んだことは、未練といえば未練か。

 そしてフィアッセは――あの優しい娘のことだ、きっと自分にすべての責任を被せて、泣いてしまっただろう。

 

 それに……士郎の視線は一人の少女へと向けられる。

 

 その少女は、高町なのは。士郎の記憶の中では、まだ桃子の腹の中にいた自分の子供。

 それがこんなにも成長した姿で出会っても、いまいち実感が湧かない。まぁ、相手もいきなり現れた初対面の男が父親だと言われて、似たような気分かもしれないが。

 

 ただ気になるのは、さっきからチラチラと視線をこっちにやってくるのが気になる。しかもその際に、やけに緊張した感じで肩を張っていたりする。

 なにがしたいのかは、なんとなく分かる。

 

 でも、応えてやれない。

 神雷から聞いている。今の自分はあの男の命を分けられて存在しており、他の『縁者』に触れればその相手からも命を吸い上げてしまうと。

 『縁者』とは血の繋がりや、人生の転機となった人物を指すらしい。その理屈で行くと、神雷は確かに『縁者』になるし、ここにいる中では『高町』の姓を持つ四人が該当する。

 そんなわけで、触れれば相手を死なせてしまう今の自分では、撫でてやることも、抱き上げてやることもできない。

 

 そんな気分を紛らわすように、

 

「まぁ、俺の話はこれぐらいにしておいて……」後ろを振り返り、「そっちの子も、神雷のことを知っているみたいだし」

 

 その視線の先にいるのは狐耳の金髪の女の子。名前は久遠というらしい。いったい彼とどういう関係かは知らないが、士郎の一挙手一投足にいちいち反応しており、『士郎が誰にも接触しないよう見張れ』という神雷の命令を愚直なまでに守っている。

 

 その話題振りに乗せられて、士郎に続き全員の視線が久遠へと注がれる。

 

「久遠もあの人の事知ってるんだよね?」

「……うん」

 

 那美の問いに、おずおずと首を縦に振る。

 

「いったいなにがあったの? ひょっとして、士郎さんみたいに戦ったとか?」

 

 さっきのあの、敵意と雷を剥き出しの姿を見たからか、声にわずかながら怯えが混じっている。

 だけど、それはないだろう。もしそうだとして、どんな経緯があればあそこまで懐くというのか。

 

 そしてやはり、久遠の答えは違った。

 

「くおん、じんらいのち、のんだ」それから自分の姿を見せるように両腕を広げ、「そしたら、こうなった」

 

 『こう』というのは変化ができるようになった、ということだろうか。

 つまり、彼の血には妖怪化の因子があるということか。

 

 しかし、一部の人間は、そこからある答えを出した。

 

「つまり、あんたはあの男の使い魔ってことかい?」

 

 この場で唯一、自身が使い魔のアルフがその疑問を口にする。だが――

 

「つかいまじゃ、ない」そして、まさに誇るように「くおん、じんらいのけんぞく」

 

 胸を張ってそう答えた。

 

 理解不能、といった感じの空気が漂う。ここにいる大半が、魔法についてほとんど知らない一般人である。さらに、士郎にいたっては魔法という言葉を聞いたのも初めて。そして、魔法について造詣のあるクロノやフェイトでさえ、

 

「それは、使い魔とどう違うんだ?」       

 

 という疑問を禁じえなかった。

 

「くぅ……」

 

 しかし久遠は、分からない、というように自信なさそうに首を傾げる。

 

 ……よく分からないが、どう違うかなど実はどうでもいいことかもしれない。ミッドチルダ式では使い魔、ベルカ式では守護獣と呼ぶように、彼が未知の魔法体系を持っていて、それによる呼び名かもしれない。

 

「あの人が起きたら、ちょっと問い詰めてみようか……」

 

 そう呟く恭也の甘い考えに、士郎が冷静に指摘する。

 

「訊くのはいいが、あいつが素直に喋ると思うか?」

 

 士郎の問いに、恭也は沈黙で答えた。

 やっぱり、喋るとは思わないか。恭也も気づいていたのだろう。彼は一度たりとも、士郎と久遠以外の誰かを見もしなかった。それでも訊かれたことには答えていたが、そのときとは質問の重要度が違う。

 

「だったら、こっちでちょっと調べておきます」

 

 恭也と同じように考えたのか、クロノが言った。

 今は自分たちになんの害意も敵意も見せていないが、かといって友好的というわけでもない。備えをしておいて、考え過ぎということはない。

 

「あ〜〜もう。休暇明けから、いきなり大仕事だよ」

「そうなるな。ついでに、ユーノにも協力させるか」

 

 ユーノは年明けから無限書庫の司書として働いている。新任で忙しい時期かもしれないが、なのはに関わっていると知れば最終的には請け負うだろう。

 

「わたしも、実家に連絡してみます。薫ちゃんなら、なにか知ってるかもしれません」

 

 なにせ彼は久遠を妖怪化させた人間――かどうかも怪しい自称『鬼』。望みは薄いがもしかしたら、神咲の伝承になにか手がかりがあるかもしれない。

 

 リビングの空気が重くなる。ここへ来てようやく、神雷という存在の異質性をはっきりと認識してしまったために。

 そんな空気を打ち消すように士郎はパン、と手を一つ打ち注目を集める。

 

「さて、この話はここまでにしておこう。それより一晩限りとはいえ、せっかく生き返ったんだ。恭也、お前がどの程度の腕になったか、見ておこうか」

 

 とりあえず、その場はそれで解散になった。

 

 

 

  1月10日 (火)  AM  2:46

 

「もういいのか?」

 

 音もなく、気配も殺して近寄ったはずなのに、神雷は目を閉じたままそれを察知した。

 

 まだ時刻は午前の三時前。彼の定めた刻限には十分猶予がある。

 だが桃子とは話ができたし、恭也と美由希がどれほどの腕前かも確かめられた。ただ一つ無念があるとすれば、なのはと話ができなかったことだが、それは多くを望み過ぎだろう。

 だから――

 

「ああ、もう――」そこで気づいた。「神雷。その右腕……」

 

 何時間か前に光が貫きどこかに飛んでいった右腕は、肉どころか骨まで剥き出しにしているもののあるべき場所に戻っている。よくよく見れば、胸に開いている穴も半分以下にまで塞がっている。

 そのあまりの異様さに絶句する士郎に構わず、神雷はただ一言。

 

「繋いだ」

 

 なんとも端的に答える。というかありえないだろ、こんなこと。

 だが、この男の非常識は今に始まったことじゃない。だから、

 

「そうか」

 

 とだけ答える。

 

 すうっと神雷の右目が開かれる。その目はしっかりと士郎を捉えた。その視線を正面にして突っ立っているのもなんだか間抜けなので、彼の隣に座り込む。

 

 空は一面の雲。街の灯もほとんどが消えて、今この場所を照らしているのは道端の街灯が一つきり。

 そこが自分の終着点。

 まぁ、それでもいいと思う。ここにいる自分は『高町士郎』であって『高町士郎』でないものなのだから。

 

「これから俺はどうなる?」

「さあな。冥界に行くのか、虚無に還るのか。それは俺も知らない」

「そうか……」

 

 正直、怖いとは思う。今ここにいる自分が高町士郎の残留思念から作られた複製であるとは最初に聞いていた。

 だが、これから訪れるのが『自分』にとって『死』に他ならないことは確かなのだ。

 

「言っておくが、余計なことは考えるなよ。どう足掻こうが、今のお前は太陽の光を浴びれば一瞬で喰われてより深い地獄に堕ちる。どの道、お前に先はない」

 

 それが刻限が夜明けまでと言われた理由か。

 

 それにしてもとことん容赦なく、彼は事実のみを突きつける。命乞いの言葉など、聞き届けないどころか言うことすら許さないと言わんばかりに。

 そしてそれが分かっているからこそ、士郎もそんな言葉は言わない。すでに諦めにも似た形ではあるが覚悟は決まっている。

 

「……最後に一つだけ、訊いていいか?」

「……なんだ?」

「なんであの時、俺を殺さなかった?」

「…………」

 

 沈黙と静寂。

 だが、それも束の間。やがてぽつぽつと語りだした。

 

「お前は……」そこで神雷は言葉を探すように一度区切り、「お前は、俺が失くしたものをたくさん持っていた。俺にない未来が許されていた。だから、見てみたくなった」

「なにを?」

「『もしも』の可能性」

 

 もしもあの時。もしもあの時――

 そうやって人は過去を振り返る。それは彼も同じということか。

 

「こんなことができる魔法使いでも、やっぱり後悔はするのか……」

 

 思いっきり怪訝そうな顔で見られた。

 

「? なんだその顔……」

「魔法使いってお前、どこのお伽噺と現実をごっちゃにしてる」

 

 呆れたように、というより思いっきりバカにするように言われた。ついでにため息まで吐かれた。

 さすがにその態度にはカチンと来るものがある。

 

「いやいや、どうやら実際にいるらしいぞ。俺の子供も一人はそうらしいしな」

 

 そう前置きしてから、さっき聞いた話を神雷に語る。

 こことは違う次元にある異世界。そしてその世界からこの世界へとやってきた魔法使いたち。

 それらを語り終え、それに対する神雷の反応は、

 

「そうなのか……」

 

 興味があるのかないのか、それだけ呟いた。

 だがしかし……。それゆえに、士郎の興味は核心を求める。

 

「けど魔法使いじゃないっていうなら、なんでこんな事ができる?」そしてとうとう、その言葉を口にしてしまう「……お前はいったい何者だ?」

「……まぁ、お前なら構わないか」

 

 それは、その程度は信用しているのか、それともすぐに消えるからか……。たぶん後者だろうけど。

 

「俺は――」

 

 ひゅうっと、一陣の風が吹き、神雷の言葉をかき消そうとする。

 だが、神雷の言葉は士郎の耳に一言一句違わず届いた。

 

 絶句する。それならば確かにこの男の異質性にも納得がいく。

 というか、どっちがお伽噺だ。こんな化け物相手に勝てるか。

 

「さて、それじゃ、ここまでにしとくか」

 

 ぎこちない動きで右腕が持ち上げられる。

 

 最後まで、この男は容赦も甘さも見せなかった。

 けど、それがこの男なりの優しさと厳しさかもしれない。

 それが決して避けられぬ終わりならば、それを受け入れる覚悟を持てと。覚悟を決めるために期限を教え、悔いを残さぬように自由を与え、それでも決して続きを望まぬように甘さは与えない。

 

 神雷は士郎にもしもの可能性を当てはめようとしていたようだが、それは無理な相談だろう。自分は彼ほどに冷酷にも高潔にもなれない。

 

 そんなことを考えているうちに、終わりはすぐそこに来ていた。トン、と胸を指先で突かれて、

 

 感覚が急激に薄くなっていく。消えるということはこういうことかと、思い知らせるように。

 その中で、消え行く恐怖へのせめてもの抵抗のように士郎は笑う。

 

「ああ、じゃあな」

 

 それだけを言い残して――

 

 今、ここにいた高町士郎は、この世界から消滅した。

 

 

 


 第4話お届けしました。

 

 ……おかしい。最初に遅筆と断っておいたはずなのに、気がつけば週間連載みたいなペースで投稿している。

 まぁ、そんな快進撃もここまででしょうが(諦め早っ)

 

 それはそれとして、今回いくらか原作とは違ったことを書いています。

 たとえば士郎が『閃』を使っていたとか(原作では士郎は『閃』に達していません)、久遠が神雷の血を飲んで妖狐になったとか(はっきりと描写されてなかったけど、高齢によってなったのでは?)。

 まぁ、その辺り弄れるのが、二次創作の面白いところということで。

 

 あと、最後の方で神雷が士郎に正体を明かす場面、お約束のように隠していますね。

 ……隠すまでもなく、バレてるのでは? (本気でそう思う)

 でもこれはこの物語の中核の部分であり、そういうのはとことんもったいぶって引っぱって、その上で読者の予想を(いい方に)裏切るべきだと思うのですよ。

 

 それと、今後使う予定がないので解説を。

 

  外法『御霊降し』

 

 神雷が士郎を生き返らせるために使った術。

 術の原形を作ったのは別の人物。開発当初は人形に死者の魂魄を入れて会話する程度の目的だった。

 だが、それを知った神雷の手により、死者の魂魄、もしくは思念を仮の器として作った肉体に入れて、擬似的に生き返らせるのと同様の効果となる。これは神雷の特異な性質ゆえに可能となっているため、他の誰にも真似はできない。

 今回士郎の現界ができたのは、士郎の死の瞬間の思念が遺骨とともに高町家へと戻り、恭也たちの思念により念縛霊化していたためでもある。本来なら十年も経てば自分が何者であるかを忘れ、使い物にならない。

 なお、この術には以下の条件が必要となる。

 

・術者と対象者の間になんらかの『縁』を必要とする。

・仮の肉体の核、そして死者へと命を供給する触媒として術者の肉体の一部を要する。(今回は神雷の左腕)

・仮の肉体の構成と安定のため、術者は術中土に触れていなければならない。

・術者は世界の禁を犯す代償として、触媒に使った部分に術中地獄の業火も凌駕する苦痛を味わう。

・一度『御霊降し』をした相手には、二度と同じ術は使えない。

 

 他にもいろいろありますが(なぜ触れてはいけないかとか)、その辺は作中でも説明するでしょう。

 

 





神雷とは一体何者なのか。
美姫 「その正体が分かるのはまだ先みたいね」
士郎もあっさりと戻っちゃったし。
美姫 「なのはとの絡みがなかったのはちょっと哀しいわね」
でも、仕方ないかも。一度も会った事がない以上、記憶にもない訳だしな。
美姫 「でも、切ないわね」
まあな。まあ、それはさておき、今後の展開がどうなるのかというのも気になるところ。
美姫 「襲撃者とか色々あるものね」
今後、どんな展開をするのかな〜。
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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