『賢者と獣と剣聖と』




「・・・賑やかな事だ」
 お説教モードに入った蓉子と、そんな親友を前にタジタジといった聖を横目で眺めつつ、荒斗が呟く。
「全くだ。つーか、久音の奴は逃げてやがるしよ」
 荒斗同二人の様子を紫煙越しに眺めながら、この場に居ない妹に「ちゃっかりしてやがる」と嘆息する冬月。
 そんな二人を他所に恭也は腕を組んで何やら考えている様だ。
「あの、高町様。どうかなさいました?」
 声を掛けられ、視線を上げると心配げな表情を浮かべた志摩子。
「えっと・・藤堂さん、でしたか?」
「志摩子、と呼んでいただければ」
 そう言って微笑む志摩子に、「流石に知り合って間もない女性を名前で呼ぶのは・・」と返す恭也に、志摩子はやんわりと首を横に振る。
「いえ、リリアン・・私達が通っている学校では、下の名前で呼ぶのが一般なのでそちらの方が慣れているんです。高町様が宜しければ、そちらで呼んでいただけませんか?」
 そう言って微笑む志摩子を後押しする様に、荒斗の声が続いた。
「本人がそう言ってるんだ。そうしてやれ」
 困惑した様な視線を向ける恭也に、荒斗は表情すら変えぬまま続ける。
「どうした? 蓉子も同じ事を言っていた筈だ。蓉子が彼女の先輩に当たるならば、同じ様な違和感を覚えるのも然りだと思うが?」
 紫煙越しにそう言ってくる荒斗に微笑んで見せ、志摩子は「そう言う事ですから」と続ける。
 暫く考えていた恭也だが、本人が望むならと言う結論に達する。
「解りました。では、志摩子さん、で良いですか?」
 恭也がそう言うと、志摩子が満面の笑みで頷く。
 並みの男であれば一瞬で虜になるであろうその笑みを受けながらも、
――まぁ、礼は失するのかも知れんが、本人が喜んでくれるなら良いか。
 等と考えていたりするのだが、その点は置いておくとして、志摩子の呼び方がそうなれば、自然、その妹である乃梨子もそう呼ぶ事になる。
 こればかりは本人の承諾もなしには、と尋ねて見れば、当の乃梨子もあっさりと承諾し、現白薔薇姉妹の呼び方が決定された。
 呼び方が決まった後、志摩子が改めて先程の質問を繰り返すと――
「あぁ。別に大した事ではありませんよ。少し考え事をしていただけですから」
 と恭也が答える。
 その際、安心させようと微笑んで見せたのだが――
「「〜〜〜っ」」
 その笑みを直視した志摩子と乃梨子は顔を真っ赤にして俯いていた。
 ある意味、その光景を見慣れている冬月が『墜ちたな・・』等と内心で呟くも、それを引き起こした張本人に自覚はないらしく、急に顔を赤くした二人を見て小首を傾げていたりする。
――ったく、この男は自覚ってモンが欠落してやがるから性質悪ぃんだよなぁ。まぁ、それを言うなら先輩もだがよ・・。
 胸中で鈍感と呼ぶにも程がある親友二人に対する苦言を呟きながら、取り敢えず話題を振ってやる事にする。
「どうせ鍛錬のメニューだろ? 今度は気配関連ってとこか?」
「ん? あ、あぁ。流石に消した筈の気配にああも簡単に気付かれてはな」
 即座に反応し頷く恭也と、ホッとした様に息をつく志摩子と乃梨子。
 それを見て成功したらしいと内心苦笑しつつ、何でもない様に話しを続ける。
「つってもよぉ。あのレベルで消せんなら上等じゃねぇか?」
 実際、気配を消した恭也はすぐ近くにいてそこにいる、と解っている冬月をもってしてもその存在を希薄に感じる程だ。
 事前に“そこに居る”事を知っていてそのレベルだ。
 知らない者にとっては判別など出来よう筈もないのだが・・。
「いや、それでも先輩に気付かれているからな。気配を読む事に長けた者もいるだろうし、この程度で満足は出来ん」
 真面目な表情で言ってくる恭也に、冬月としては嘆息するしかない。
 自身の“現在”に納得せず、より上を目指すのは美点であるのは確かではあるのだが――
――よりによって“反逆の龍神”を相手にそれかよ? この鍛錬中毒者(ジャンキー)は・・・。
 胸中で突っ込むものの、言っても無駄と切捨て、取り敢えず釘を刺す事にする。
「まぁ、止める気はねぇけどよ? 罷り間違っても俺巻き込むんじゃねぇぞ、その鍛錬に」
 その言葉に憮然とした表情を浮かべる恭也を見て、やはり巻き込むきだったなと再度嘆息。
 そんな冬月を見て恭也は憮然とした表情を崩さずに口を開いた。
「巻き込む、等と心外な。俺はお前の為を思ってだな・・・」
「いや、んな押し売りじみた親切いらねぇから」
 そのまま言い合いに移行した二人を横目に、荒斗が再度呟く。
「・・・賑やかだな、こちらも」
 どこか呆れた様な表情を浮かべつつの言葉に、乃梨子が頷く。
 それに気付き、荒斗が視線を向けると志摩子が口を開く。
「ですが、それだけ自分を出す事が出来ていると言う事ですから。仲が良い証拠だと思いますよ」
 そう言って穏やかに笑う志摩子に「まぁ、否定はせんがね」と返し、軽く嘆息。
 好い加減この状況に収集をつけたい所ではあるが、志摩子や乃梨子にそれを期待するのは酷と言うものだろう。
 何せ、言い合いをしている二組の内、片方は彼女らの先輩だ。
 リリアンの校風とやらがどの様なものかは荒斗には解らないが、今時珍しい程の目上への口調や態度等から察するに、少々口出しし辛いものがあろう。
 特に、今回の様な深刻な仲違い等ではなく、一種のじゃれ合いの様なものであれば尚更。
 ならばと言って恭也達への制止もまた、女子高故の免疫の少なさ等から鑑みるに、少々荷が重い筈だ。それに加え、こちらもまた彼女達からすれば年上――目上に当たるわけでもあるのだから。
 と、なれば――
――・・・やれやれ、性分ではないが・・・俺が動かざるを得ん訳か。
 内心の呟きを紫煙と共に吐き出すと、仕方ないとばかりに口を開く。
「恭也、冬月。そこまでにして置け。幾ら議論しようが、どうせ平行線だろうしな」
 そう言って冷め視線を二人へと向ける。
 生来の剣士として鍛錬の重要性を理解し、また、それが習慣として根付く恭也と、持ち前の闘争本能と直観力に任せる冬月。
 鍛錬と言う言葉が持つ意味合いがまるで異なる二人である以上、どちらかが妥協しない限り接点等存在しようがない。
 片や日常の一部であり、当然の行為になっている人間と、日常に割り込ませる特別な行為である人間との間に、共通の解等あり得まい。
 冬月とてその必要性は理解しているのだろうが、恭也の様に息をするのと同じレベルでこなす人間との認識の差異は大きく、また、その逆も然りである。
 その点を理解しているかはさて置き、取り敢えずこの場で言い合う事もないと口論を止めた二人から視線を移し、荒斗は言葉を続ける。
「蓉子、佐藤。お前らもだ。じゃれ会うのも良いが、程ほどにしておけ」
 その視線の先では、仕方ないと言う様に聖を解放した蓉子と、疲れた様な表情を浮かべた聖。
 二人が揃ってソファーへと向かってくるのを認め、視線を動かさぬまま背後のドアへと声をかける。
「久音、お前もそこでタイミングを計ってないで、さっさと入って来い。料理を冷ますのは本意ではあるまい?」
 その言葉に、並んで座る志摩子と乃梨子。取り敢えずと言った感じで恭也の隣に腰を下ろした聖、荒斗の隣に腰を下ろした蓉子が一斉に視線を向ける。
 恭也と冬月は気付いていたのか無反応だが、そんな視線の先でドアが開き、微苦笑を浮かべた久音が料理の載せられたカートを隣に立っていた。
「って、ホントに居るし・・」
 呆気に取られた様に呟く聖の後を引き継ぐ様に、乃梨子が尋ねる。
「あの、高町様も静花様も驚いていない様ですが、気付いてたんですか?」
 心底驚いた様な表情を浮かべる乃梨子の隣では、やはり志摩子も同じ様な表情を浮かべている。
 そんな二人に対する回答は――
「えぇ、気配がしましたから」
「同じく」
 と言った極々平然としたもの。
「いや、あのさ・・・阿鷺さんもそうだけど、そんなものそう簡単にわかるものなの? って言うか、何で気付く訳?」
 どこか疲れた様に尋ねる聖に、三人は怪訝そうに顔を見合わせる。
「・・・俺は左程異常とも思わんのだが・・恭也、お前はどうだ?」
「俺も特には。精度の違いはあれ、出来ると思いますが」
「異常かどうかは置いとくとして、だ。解るモンは解んだし。何でって言われてもなぁ」
 僅かに眉を動かして怪訝そうにする荒斗と、首を傾げる恭也、そしてあっけらかんと答える冬月に今度こそ言葉をなくす聖に、配膳を使用人に任せた久音が冬月の隣へと腰を下ろしながら声をかける。
「兄様達に常識を求めても疲れるだけですから、止めて置いた方が無難ですよ?」
 その言葉に一瞬納得しかけ――
――いやいや、それってどうなのさ?
 声に出さずに突っ込む聖。
 取り敢えず、この三人組は一筋縄では行きそうにないと言うのが白薔薇ファミリーに共通する感想といえるだろう。

 そんなやり取りで始まった夕食も、直前の騒ぎに反して穏やかなものだった。
 洋風故か、やや重めの料理も多いのが目についたが、その辺りは調理した者の腕が良かったのと、マリネの様なサッパリとした味付けのものが多かったお陰か、然程食の太くない女性陣でも問題なく食べられた。
 対して、男性陣は良く食べる。
 荒斗はそれ程でもないが、冬月と恭也に関しては一般的な男性に比べてもかなりの大食漢と言えよう。
 現に、既に食べ終え、食後のお茶を楽しんでいる女性陣の前で、冬月と恭也は本日4回目のおかわりに突入している。
 その様子に目を丸くする白薔薇ファミリーを見て、こちらは慣れているらしい蓉子が苦笑を浮かべた。
 そんな蓉子に気が付いたのか、聖もまた苦笑しつつ口を開く。
「いや、驚いた。男の人っていっぱい食べるんだねぇ」
 蓉子はその言葉に苦笑を深めつつ頷いて返す。
「そうね。私も最初はびっくりしたもの。まぁ、この二人はその中でも特別に食べる方だから、余計にね」
 そう言って視線を送ってくる蓉子に、荒斗もまた口端のみを歪めた苦笑を浮かべる。
「・・・流石に、あの二人と同列に扱われては困るな。あいつ等と同じ量の食事を取ろうものなら、確実に動けなくなる。・・・それ以前にあれ程の量を食べる事自体不可能だが」
 口調自体は淡々としつつも、どこか呆れた様な印象を受ける言葉に、蓉子だけでなく聖達の顔にも微苦笑が浮かぶ。
 そんな様子を微笑みながら眺めていた久音が、「阿鷺先輩、お酒の方はいかが致します? 一応、兄様から好みの銘柄は伺っておりますし、それ以外にも種類は揃えてありますが」
 そう言ってくる久音に、荒斗がどうしたものかと一瞬考え――
「そりゃ飲むだろ。何つっても先輩だし。って訳で、頼んだ」
 口を開くより速く、冬月が答えた。
 そんな冬月に久音はクスクスと笑いながら頷いて席を立ち、発言に割り込まれた荒斗は軽く嘆息、恭也は半眼で冬月を見据えた。
「おい、冬月。俺達は一応護衛役だぞ? 護衛が酔っていては、意味がないだろ」
 そう言って睨んでくる恭也に対し、冬月はソファーの背に体重を移しながら答える。
「ガードっつわれてもなぁ。所詮一般人に過ぎねぇ俺らにんなモン任すか、フツー? っつーか、そこまで心配ならよ。志津原直営のガード頼めば良かった気ぃすんだが」
「それが出来れば、兄様達にご迷惑をお掛けしてまでお願いしておりませんよ。それに、志津原のセキュリティーより、兄様達の方が余程上ではありませんか」
「いやな、久音? さり気無く人外認定してねぇか? それはよ?」
 即座に突っ込みを入れた冬月に対し、久音は
「ご謙遜を。それに、そこは俺に任せろ、と仰るのが男ではありませんか?」
悪戯っぽく笑って返す。
「いや、男女関係なく無理なモンは無理だからな? お前がどんな幻想抱いてんのか知らんが」
「大丈夫です。私は兄様を信じておりますから」
「って、聞いとこうぜ、人の話」
「う〜ん・・・そうなると少し襲われるのも楽しみかも知れませんね。私の危機に颯爽と駆けつける兄様方・・・女としては一度は夢見るシチュエーションですね」
「・・・本格的に聞いてねぇのな、お前」
 心底楽しそうに話す久音に対して、冬月は疲れ切った様子で深々と息を吐いた。
 そんな二人を見ながら、蓉子は荒斗に向けて苦笑する。
「また始まったみたいね」
 どこか微笑ましげに言う蓉子の言葉に、荒斗は嘆息混じりに返す。
「・・いつもの事ではあるんだが・・・傍から聞いていると、漫才にしか聞こえんのは意図して行っているのか?」
「どうかしら? でも、久音は兎も角、静花さんにそのつもりはないと思うけど」
「・・・それより、“襲撃”と言うのは久音さんが言うと冗談にならないのでは?」
 荒斗達の言葉に続くようにして、苦笑混じりに呟く恭也。
 実際、志津原唯一の跡継ぎである以上、その手の危険は常に付き纏っているのだから、例え冗談とは言え、笑い話では済まない気がするのだが、当の久音本人はそんな事など気にした様子も見せず、御伽噺の姫よろしく、攫われた自分を助けに来る冬月達と言う話題を心底楽しそうに話している。
 一方で、王子、もしくは勇者役に抜擢された冬月はと言えば、疲れと呆れの混じった表情ながらも、一々突っ込みを入れている。
 何だかんだで仲がいい、と言う事なのだろう。
 最初こそそんな二人に戸惑っていた志摩子と乃梨子だったが、それがじゃれ合いだと解ると顔を見合わせて苦笑を浮かべつつ、恭也と静かに話しているし、元が面白い事好きの聖に至っては心底楽しそうに眺めている。
 その表情を見ていると、煽るタイミングを見定めている様にも見えるのは、決して気のせいではあるまい。
 隣で微苦笑を浮かべつつそんな皆を見守る蓉子に、荒斗もまた口端を歪めた苦笑を刻むと、ウィスキーの注がれたグラスを傾ける。
 どうやら、白薔薇ファミリーを加えた誌昂冠大一行のバカンスは、それなりに穏やかなスタートを切った模様である。



穏やかなというか、少々賑やかな夕食となったかな。
美姫 「でも、皆打ち解けているみたいで良いじゃない」
だな。それにしても、ガードは建前なのか、本当にその危険があるのか。
美姫 「どっちかしらね」
どのような展開を見せるのか楽しみです。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る