『賢者と獣と剣聖と』




 暫し後、夕食まで自由行動と言う事で落ち着く、
 志摩子と乃梨子はもう少しテラスで風に当たると言うし、久音もそれに付き合う様だ。
――聖は部屋でノンビリするって言ってたし・・私はどうしようかしら?
 正面へと回る小道を歩きながら、蓉子は少し考える。
 特にやりたい事もないし、特別疲れている訳でもない。
 部屋に戻った所で休むにはまだ早い。
 夏季休暇の課題であるレポートを進めても良いが、何となく気分が乗らない。
――仕方ないわね。部屋で本でも読んでましょう。
 そう思い、部屋へと向かう。
 部屋のソファーで本を開いてから暫く、ふと目を上げると大分外も暗くなってきている。
 腕時計に目を落とせば、事前に聞いていた夕食の時間まであと20分程となっていた。
 時間つぶしの筈が思いの他集中してしまっていた事に気付き、小さく苦笑すると、栞を挟み、ソファーから立ち上がる。
 少し早いが、もう向かう事にしようと明かりを落とし、部屋を後にする。
 階段を降り、数時間前に聖達とお茶をした部屋のドアを開く。
 と、そこには既に先客が居た。
 MP3プレイヤーから伸びるイヤホンをつけ、瞑目して紫煙を燻らす長髪の青年。
 両の足を軽く伸ばしたままやや浅めに腰を下ろし、左手はズボンのポケットに入れている。
 そんな荒斗が身に纏う普段通りの、鋭利で排他的な冷たい雰囲気に、蓉子はどうしたものかと戸惑う。
 荒斗が一人の時間を好むのを知っている以上、それを邪魔するというのは本位ではないが、二人きりと言う状況に浮き立つのも事実。
 そんな事を蓉子が考えていると、荒斗がゆっくりと目を開き、視線を移す。
 そして蓉子の姿を確認すると、プレイヤーを操作して電源を落とし、イヤホンを抜き去った。
「どうした?」
 紫煙越しにそう尋ねてくる荒斗の言葉に我に返ると、「そろそろ夕食の時間だから。少し早いけど席に着いておこうかなと思って」
 そう言ってくる蓉子に、荒斗は視線を左手首に嵌めた腕時計に落とす。
「もうこんな時間か・・・。思ったより、時間が経っていたらしいな」
 と軽く嘆息。
 そんな荒斗の向かい腰を下ろしながら、蓉子は小さく笑った。
「荒斗さん、少しお疲れのようね」
「まぁ、な」
 短くなった煙草を灰皿に押し付けてもみ消すと、再度嘆息。
 ふと、荒斗の脇に数枚の紙束があるのに気付き、尋ねると荒斗が無言のまま手渡してくる。
 受け取って開いてみるも――
「えーっと、何かの設計図・・・かしら」
 と言う事しか解らない。
 紙面に踊るのは無数の線と数字、そして記号だ。
 線の種類も実線、破線と様々で、記された数字の数も多く、細かい。
 描き方の為か立体的なイメージも出来るが、専門知識のない蓉子にはそれが何かの部品なのだろうと言う事しか解らない。
 蓉子が首を傾げていると、荒斗が苦笑――と言っても口元を僅かに歪めただけに過ぎないが――を浮かべ、口を開く。
「バイクのエンジン・・・正確には、それを構成するパーツの図面だ」
 正確な名称を告げても解らないだろうとやや噛み砕いた荒斗の説明に、蓉子はふぅん、と曖昧に頷く。
「もしかして、これ荒斗さんのお手製かしら?」
 まさかと思いながら尋ねれば、「あぁ」といともあっさりと答えが帰ってくる。
 あまりにもあっさりと肯定された事で蓉子がキョトンとした表情を浮かべていると、荒斗は小さく嘆息して説明を始めた。
 どうやら、冬月がどこからかバイクを手に入れたらしいのだが、そのバイクにはエンジンを始め色々とパーツが足りていないらしい。
 最も、冬月はそれを知った上で手に入れたふしがある様だが。
 まぁ、普段の移動用に既に一台バイクがある以上、当座の居動力としては考えていないのだろう。
 元々バイク弄りが数少ない趣味になっている冬月は、自力で組む事にしたらしいのだが、ただ規制品を使っただけではつまらないと荒斗を巻き込んで自作パーツの製作に乗り出した・・・との事だ。
「・・まぁ、まさかその時は設計、演算の総てを俺が手がける事になるとは思わなかったがな」
 そう言って再び嘆息。
 いざ自作と意気込んだは良いものの、蓋を開けてみれば色々と課題は山積みだった。
 まず、設計。
 日頃からバイクを弄っている冬月は各部の役割等は理解しているものの、それを設計するとなるとまた別だ。
 それぞれに要求される機能にそった強度や材質、と言ったものの選別から実際にその形に形成した時の強度の割り出し・・・等々。
 やるべき事は非常に多く、また、要求される精度も高い。
 冬月もそこに至ってどうしたものか、と思ったらしいが、幸か不幸か荒斗がそれを出来てしまった為、続行になっているそうだ。
 基本設計後の図案化――所謂製図に関してもCAD(キャド)(製図用のソフトウェア)を使って書き出したのは荒斗だったりするのだから、冬月の計画の上で荒斗が占める割合は非常に大きい。
 無論、バイクの様な一歩間違えれば死に繋がり兼ねないものの部品である。
 如何に荒斗の頭脳が図抜けていても、それをそのまま信じるのはどうかと思うが、そこは冬月が抜け目なかった。
 知り合いのバイク屋の伝手を使って、専門の技術者に設計図の一部を見せて信頼性を確認済みらしい。
 その際、その技術者の顔がやや引き攣ったものであったらしいが、それは全くの余談なので割愛する。
 ともかく、そんなこんなで設計、演算を荒斗が手がけ、冬月は材料の確保や実際に作る為の発注ルートの確保等と完全に手分けして進めているのだそうだ。
 淡々と説明されて、蓉子はややぎこちない笑みを浮かべた。
――・・荒斗さんって、一体・・・。
 頭が良いと言うのは分かっていたが、専門の教育を受け、経験を積み重ねた人間がやる様な事をこうも容易くやってのけられると、実際どう反応していいか解らない。
 すごいですね、と賞賛しようにも当人に自覚はないようだし。
 一瞬戸惑うものの、荒斗が疲れた様に首を回しているのに気付き、これ幸いと話を変える事にする。
「あら、肩こり?」
 苦笑混じりに尋ねた蓉子に、荒斗もまた薄いながらも苦笑する。
「あぁ。流石に、あれだけパソコンの前に向かっていると・・な」
 元より左程性に合っているとも言えんしなと苦笑する荒斗に、蓉子は席を立つと荒斗の後ろへと回る。
 怪訝そうに視線を向けてくる荒斗に悪戯気に微笑むと、蓉子は荒斗の肩に手を置いてゆっくりと握っては開き、を繰り返す。
「あら、本当。随分と凝ってる」
 その予想以上の硬さに驚きながら、両手に込める力を少し強める。
 そして荒斗が何か言う前に、言葉を続けた。
「あまり上手とは言えないけど、こうすれば少しは楽になるんじゃないかしら?」
 そう言って笑う蓉子に荒斗は苦笑を深め、
「まぁ、否定はせん。そうだな、いずれ何か礼はしよう」
 と言って目を閉じる。
――お礼、か。別にそれが目当てって訳じゃなかったんだけど。
 内心苦笑しつつ、それも良いかもと口を開く。
「それなら、今度カクテルでも作ってくださる? 高町さん達から聞いて、どんなものか一度飲んでみたかったのよ」
「まぁ、その程度で良いなら構わんが・・・俺より本職のバーにでも行った方が美味い酒が飲めると思うがね」
 そう言う荒斗に微笑みながら、
「良いのよ。私は、荒斗さんが作ったものに興味があるんだから」
 と告げる。
 それに対して荒斗は「なら構わんが」と言うと、表情を元の冷めたものに戻し――
「で? いつまでそこに隠れている気だ?」
 とドアへと視線を送る。
 ぎこちなく固まり、ドアへと視線を向ける蓉子。
 が、シーンと静まり返ったまま変化は見られず・・・。
 ひょっとして荒斗の勘違いだろうか、と思ったとき、荒斗が再び口を開いた。
「既に見破られている以上、隠れていても無意味だ、久音。それに、佐藤に藤堂、二条だったか?」
 先程蓉子と話していた時の様子など欠片も見られない冷め切った声音から数秒置いて、ゆっくりとドアが開く。
 そして、そこには、ぎこちない笑みを浮かべる聖と楽しそうに笑う久音、済まなそうな表情を浮かべる志摩子、やっぱりと言いたげな様子で嘆息する乃梨子がいた。
「いつの間に・・」
 表情を引き攣ったものに変えた蓉子が呟くと、なんでもない様に荒斗が返す。
「時間にして蓉子が着た5分程後だ」
 その言葉に、蓉子は額を抑え、聖は驚いた様な表情を浮かべる。
「って、気付いてたの!?」
 対して荒斗は煙草を振り出しながら冷めた視線を送った。
「気配を消してもいないんだ。気づかぬ方がおかしかろう?」
 それを聞いて呆気に取られた様な聖に、更に追い討ちを賭ける様に言葉が続く。
「恭也、冬月。貴様らもいつまで隠れている。俺に認識されている事位、既に把握している筈だが?」
 そう言って嘆息する荒斗に従う様にドアの影から二人の男性が姿を現す。
「やはり気付いてましたか。気配は消したつもりだったんですが、俺もまだまだ未熟な様ですね」
「・・・恭也、俺は単純に先輩が人間やめてるだけな気ィすんぜ?」
 苦笑混じりの恭也と、嘆息混じりにぼやく冬月である。
「随分な言い草だな、冬月」
 呆れた様に言う荒斗に冬月は「つーてもなぁ、実際そうとしか思ねぇし」と反省の欠片もなくのたまうとドカっとソファに腰を下ろす。
 そんな冬月に軽く嘆息すると、
「で、何故お前らまで隠れてたんだ? 久音達もそうだが、正直、身を隠す理由もなかろうに」
 新たな煙草を加えつつ尋ねる。
「ん? あぁ、俺らも隠れるつもりなんざなかったんだがよ。何か知らんが、久音と佐藤に止められてな」
 同じ様に煙草に火を点けながら冬月がそう答え、
「えぇ、まぁ。ドアの近くまで来た所で、久音さんと佐藤さんに静かにする様に合図されまして」
 恭也が苦笑混じりに頷いた。
 その後ろでは必死に口元に人差し指を立てて合図していた聖が、あちゃぁ、と言わんばかりに頭を押さえていた。
 そして、荒斗の後ろで固まっていた蓉子は――
「聖? 久音?」
 ニッコリと――何やら妙なプレッシャーが感じられたが――笑みを浮かべて二人へと歩いていった。
 それを見て引き攣った笑みを浮かべる聖の脇では、久音が小さく苦笑していた。
「さて、何か言い訳はあるのかしら?」
「よ、蓉子? 何か笑顔が怖いんだけど・・?」
 笑顔の蓉子の前にタジタジと言った感じの聖。
 その隣では志摩子がどうしたものかと言った表情を浮かべ、乃梨子が一際深く溜め息を吐いていた。
「聖様、だから止めたほうがいいと・・・」
「って、乃梨子ちゃん裏切る気!?」
 慌てた様子で乃梨子を見る聖に、乃梨子は呆れた様な視線を向ける。
「裏切るも何も・・。私とお姉さまは最初からお止めしたじゃないですか」
 言わん事じゃないと言いたげな乃梨子の言葉に、聖は志摩子へとターゲットを変える。
「し、志摩子。志摩子はお姉さまを見捨てたりしないわよね?」
 そう言ってくる聖に、志摩子は済まなそうな顔をすると、
「申し訳ありません、お姉さま。ですが、こういった行為はあまりよろしくはないと・・」
 と言って頭を下げる。
 とは言え、聖に押し切られたとは言え、結果的に自分も参加してしまったのは事実。
「申し訳ありません、蓉子様。お姉さまや妹共々、はしたない真似をしてしまいまして」
 そう言って蓉子へと深々と頭を下げる志摩子の隣で、慌てた様子で乃梨子も頭を下げる。
「済みませんでした、蓉子様」
 そんな二人に蓉子は微笑んで見せ、
「あぁ、良いのよ。志摩子も乃梨子ちゃんも、あまり気にしないで」
 と頭を上げさせる。
 それでも済まなそうな顔をしている二人に、本当に気にしなくても良いと笑う。
「ほら、もう少しで夕食の時間でしょ? 席に着いて待っていなさいな」
 微笑みながらのその言葉に、志摩子と乃梨子も笑みを浮かべると、それぞれに返事を返してソファーへと向かう。
 ちゃっかり聖がその後に続こうとして――
「貴女は待ちなさい、聖」
 蓉子にガッシリと肩を掴まれた。
「って、何で私だけ!?」
「首謀者の一人が何言ってるの!」



設計って、荒斗って本当に何者だ。
美姫 「まあ、何はともあれ今回は蓉子が頑張っていたんだけれどね」
こっそりと盗み見されてたけれどな。
美姫 「それでも楽しんでいたみたいだし良かったじゃない」
だな。さて、次はどうなるのかな。
美姫 「気になる次回はこの後すぐ!」



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