『賢者と獣と剣聖と』




 微笑ましげに蓉子を眺める久音達の会話を聞くとはなしに聞きながら、聖はもしかして、と言う気持ちを抑えられないでいた。
 蓉子に気になる男性が、と聞いた時は驚きながらも喜ばしく思っていたものだが、今になると少しその喜びに苦いものが混じってきている。
 思いもかけず手を貸してくれた男性三人の内、二人と再会した時はあの人もいるのだろうと一瞬浮かれたものだが――
――え〜っと、蓉子の惚れた人ってなんて名前だっけ?
 会話の途中でさらっと聞いただけである為か、どうにも出てこない。
 それに元々、聖は人の名前を覚えるのが苦手な方だ。
 妹である志摩子や山百合会で関わりのあった友人達を除けば、それ程多くの名前を覚えている訳でもない。
 そんな聖に会話の中で一度だけ出てきた名前を覚えろ、と言うのは少々酷と言うものではあるが――聖は初めて自分のそんな性質(たち)を恨めしく思っていた。
 そんな聖の前で、二人の青年を蓉子が紹介していく。
 高町恭也。
 静花冬月。
 冬月の紹介に際して軽い騒ぎはあったものの、その裏で聖の思考は回転を続け――
――あ、先輩って言ってたっけ。
 そこに思い至る。
 となると、今目の前に居る二人は同期生らしいので除外される事になるのだが・・。
――って、待ってよ。そうなると蓉子の好きな人って・・・。
 脳裏に浮かぶのは、今ここに居ない三人目の男性。
 長く伸びた前髪の影に、鋭く、冷たい瞳を隠した青年。
 それに思い至り、どうにも胸がざわめくのを憶えながら、聖は歩いていく蓉子を見つめる。
 視線の先で蓉子が微笑みながら何かを行っているのが見え――
「あ・・」
 蓉子の隣に立つ、長髪の青年の姿を見て、聖は知らず、小さく声を上げた。
 幸いにしてその声は誰にも聞かれていなかった様だが、聖は自分が発したその声にビクリと小さく肩をすくめ、気付かれていない事に安堵の息を吐いた。
「お待たせ」
 そう言ってくる蓉子に笑って返し、改めて青年に視線を向ける。
 その長い髪が特徴ではあるものの、取り立てて美形と言う訳ではない。
 図抜けて長身という訳でもないし、細身ながら鍛えられているのは袖抜きのシャツから覗く腕や襟口から僅かに覗く胸板から分かるが、それにした所で標準よりは、と言う程度。
 テレビで時々目にするような格闘家と言う程ではない。
 かと言って、周囲に埋没するような事もなく、例え人ごみであっても人目で分かる雰囲気を纏う青年。
 以前、前黄薔薇様――鳥居江利子と蓉子に恋人ができたら・・と話の種に話した事があったが、その時に出てきた人物像とはあまりにかけ離れている。
 だと言うのに、その青年と並び歩く蓉子の姿は、あまりにも――こう言ってはなんだが、“嵌って”見えた。
 あるべき場所にある様な、そんな感覚を受けたのだ。
 そして、同時に聖の胸に奇妙な感覚も沸いてきた。
 苦しいような、寂しいような、そんな言い様のない“何か”。
――ま、気のせいでしょ。
 極々薄い“それ”を苦笑して吹き飛ばすと、聖は笑顔で親友を迎えた。
 聖はまだ、気付いていない。
 胸の中にある“それ”の名前を、まだ気付いていない。
 そう――
 それが、好意であると、未だ気付けていない。

 
「あいよ、先輩」
 テラスに到着した青年に、冬月が何かを投げ渡す。
 それを片手で受け止めると、軽く振って細い円柱を振り出し、口に咥える。
 聖達はズボンから取り出したライターを近づけ、細い紫煙が立ち上った所で、それが煙草だと理解した。
 無言のまま煙草の箱を冬月へと投げ渡す青年を、蓉子は苦笑混じりに示し、口を開く。
「こちら、大学の先輩で阿鷺荒斗さん」
 それを受けて、青年――荒斗は煙草を持った手を下ろす。
「阿鷺荒斗。それが、俺の名だ」
 極短い名乗りに返礼するように、聖や志摩子達が続いて名乗る。
 三人が名乗り終えると、冬月が口を開いた。
「んじゃ、先輩も起きたこったし、ちっとやっとこうぜ?」
 そう言って腰を上げ、軽く伸びをする冬月に、荒斗も頷く。
「あぁ。欲を言うなら、今日の内にあたりを付けたい所ではあるが・・・」
 こればかりはな、と煙草を灰皿に押し付けながら嘆息し、踵を返す。
「ま、そう言うなって。それによ、そんな簡単に終わっちまったら面白みも何もねぇだろうが」
 そう言って笑う冬月に、「・・それもまた思考の一例か」と嘆息混じりに呟くと、さっさと足を進める冬月に続く様に歩き出す。
 そんな二人を見送りながら、聖はパチクリと目を瞬かせた。
「あれま。随分あっさりしてるというか何と言うか・・・」
 呆気にとられた様な聖の言葉に、「まぁ、あの二人ですから」と苦笑混じりに恭也が答える。
 そんな恭也に「いや、でもさ」と言いながら志摩子、乃梨子、蓉子、久音の順で見回し――
「この豪華な布陣だよ? お淑やかな志摩子でしょ? 大和撫子な乃梨子ちゃんに大人っぽい蓉子、まんまお嬢様な久音さん。こんだけタイプの違う美少女揃ってて反応なしっておかしくない?」
 そう言って首を傾げる聖の脇では、美少女――まぁ、間違いでは決してないが――呼ばわりされた四人が一様に顔を赤らめていた。
 そんな四人を見て恭也は苦笑を深めると「確かに美しい方達ばかりだと思いますが」と頷く。
 その声に志摩子と乃梨子は更に俯いて顔色を赤くし――恭也は首を傾げた。
「お二人とも、顔が赤いのですが・・・体調でも悪いんですか?」
 それを聞いた聖はポカンとした表情を浮かべ、久音はクスクスと小さく笑う。
 それを見て更に首を傾げていた恭也だったが、
「では、俺は一度部屋に戻りますので、皆さんもあまり風に当たり過ぎると毒ですよ?」
と言って一礼し、テラスから出て行く。
その後姿を見送りながら、聖は蓉子に尋ねる。
「あのさ、蓉子。高町さんって・・・」
 その先では、分かってると言った表情の蓉子が
「あの人はそう言う人なのよ・・」
 額を押さえて溜め息を吐いていた。
 それを聞いて聖はなるほど、と言った表情を浮かべる。
「でもさ、あれじゃ落ちる人、多いんじゃないの?」
「えぇ、当の本人は下心も何もなく、純粋に心配してるものだから余計。無意識で落として、それに気付かないんだもの」
「まぁ、あの容姿じゃ、ねぇ・・」
――つまり、とんでもなく鈍感な訳だ。
 なるほど、これは安全な訳だ。
 先程の様子を見る限り、三者揃って異性への反応は見られない訳だし。
 と、なればもう一つの可能性も考えられる。
「ねぇ、蓉子。あの三人って柏木の同類、って事はないわよね」
 聖は脳裏に祥子の従兄妹であり、婚約者でもある一人の男性を思い浮かべる。
 通称『ギンナン王子』こと、柏木優。
 一見、人当たりもよく、成績優秀、スポーツ万能で容姿と言う点でも爽やかな好青年――なのだが、どうやら彼は異性に恋愛感情を持つ事の出来ない同性愛者であるらしく、去年のリリアンでの学園祭ではそれに関して一悶着起きてもいる。
 あそこまで反応がない以上、もしや、とも思ったのだが――
「それはないわよ。単純に、あの三人は恋愛って面に関して恐ろしく鈍感と言うか、それだけよ」
 そう言ってクスクスと笑う蓉子に、聖は「そっか」と返す。
 正直、天敵と言っても言いあの柏木の同類とこれから一つ屋根の下・・等怖気が走りそうだったので、それに関しては安堵する。
 と、それまで黙っていた久音が唐突に口を開いた。
「それに、そうでなければ蓉子さんの想いは報われませんし」
「久音!?」
 真っ赤になって久音に振り向く蓉子を見て、聖は楽しそうな笑みを浮かべた。
「そっかそっか。阿鷺さんがノーマルじゃなかったら、蓉子ってば失恋確定だもんね」
「って、聖まで!」
「いや、バレバレだから」
 そう言って、ねぇ、と志摩子達に視線を移す聖。
「あの、すいません・・・」
「流石に、あれは・・」
 そう言って微苦笑を浮かべる志摩子と乃梨子。
「兄様や恭也さんに対しての表情と、阿鷺先輩に向ける表情が明らかに違いますもの。蓉子さんは」
 あれで気付かないのは阿鷺先輩位なものですよ、とこちらもやはり微苦笑を浮かべる久音に続く様に、
「いや、全く。しっかしあの蓉子があんな乙女な表情を浮かべるとはねぇ。っていうかさ、あんだけ熱い視線送られてて何で気付かないかね、あの人は」
 からかう気満々と言った表情で言う聖。
 最早十年来の親友と言った感じで楽しそうに話す聖と久音の前で、蓉子は痛み出した頭を抑え――そんな蓉子に志摩子と乃梨子は同情的な眼差しを送るのだった。




《後書き》
みなさん、初めまして。詩月凍馬(しづき とうま)です。
荒斗「・・・既にして幾つか掲載して頂いている現状で、初めましてが妥当かは解らんが・・良いのか、凍馬?」
まぁ、確かにそうではあるが・・・。
こうして後書きと言う形での顔出しが初めてである以上、致し方あるまい?
荒斗「・・・まぁ、それに関しては管理人諸氏の判断に任すとしよう。で? 唐突に後書きを書いた事、対話式と言う形を取った事。この二つに関してはどうした?」
前者に関しては、こう言った物もあってもいいかと言う単純な考えだ。
後者にしても、単純である事には変わらんが、先人達に習うのも良いかと言った所だな。
荒斗「・・・蛇足、と言う気もするがね」
その可能性は否定せん。よって、蛇足であるとの判断が下れば、なくなる程度の物だと考えろ。
物書きである以上、本文での評価が重要であって、後書きにさしたる重要性はないと俺は考えるしな。
荒斗「そう言いつつも、手を出した訳か・・。まぁ、良い。評価するのは俺ではないしな」
そう言う事だ。
荒斗「・・・で、本作については良いのか?」
そちらの判断はそれこそ読者諸氏に任すしかなかろう?
荒斗「・・・道理だな。で、本作でも“阿鷺荒斗”が出ている様だが・・俺自身に覚えがない所を見ると、並行世界の“俺”と言う事か。また無茶をしたものだな」
・・・致し方なかろう。後書きを対話式で、と決めたは良いが、俺のオリジナルの中で対話式をやりやすい者を・・と探した結果
荒斗「・・・俺だった、と」
まぁ、そう言う事だ。ここでのお前と作品内でのお前に関連性はない、と考えて良い。
荒斗「まぁ、俺は構わんがね・・・それより、あまり長々と邪魔をしても問題ではないか?」
あぁ、そうだな。
さて、氷瀬さん、アシスタントの美姫さんともども、長々と失礼しました。
では、また作品にてお会いしましょう。
荒斗「・・・失礼する」



どもども〜、と、後書きに対して挨拶を返してみる。
美姫 「まあ、それはそれとして荒斗に対して蓉子だけじゃなく聖もみたいね」
聖の方は自分でもまだ気付いてないみたいな感じだったけれどな。
美姫 「それと、荒斗たちも何か目的みたいなのがあるのかしら」
何かあたりがどうとか言ってたしな。単に遊ぶ予定だったりしてな。
美姫 「どうなのかしらね。その辺りも含め、今後どうなるのか楽しみよね」
うんうん。次回も待っています。
美姫 「待ってますね」



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