『光陰の剣士』




 慣れ親しんだ我が家の玄関の前で恭也はふぅ、と息を吐く。
 そんな恭也の、なのはを抱き上げるその腕に、レンはそっと手を添えた。
 解っているのだ。
 恭也が感じているものを。
 二年前、恭也が選んだ道が皆にどれ程の傷を与えてしまったのか、レンやなのは、あの場にいた総ての者達から見て取った。
 だから、恭也は躊躇う。
 桃子やティオレ、フィアッセ達に刻んだ傷もまた、深いだろうと知るから。
 そんな傷を与えた自分が、会ってもいいのかと躊躇ってしまう。
 それは、恐れに似ていた。
 自分が与え、刻んだ痛みを知る事が怖かった。
 解っている。
 それは、己が背負わねばならないものだと承知している。
 覚悟もしている。
 だが、それでも――
 胸に湧き上がるその思いを掻き消す事は出来なかった。
 だからこそ、恭也は一瞬だけ足を止めたのだ。
 レンはそれを知るからこそ、恭也の腕に自らの手を添えた。
 大丈夫。
そう、伝える様に。
 ずっと支え続けてくれた、何度も何度も救ってくれた、ただ一人の想い人の不安を癒す様に、支える様に。
 そして、微笑む。
 大丈夫、隣には自分も居ると教える様に微笑む。
 一人で抱え込まなくて良い。
 自分も一緒に支えるからと、言葉を紡ぐ変わりに、微笑む事で告げる。
 そんなレンの想いが解るから、恭也もまた微笑みを浮かべ――
 ドアを。開いた。
 その音を聞きつけたのか、リビングから桃子の声が響く。
「あら、随分早かったのね。確か、二泊三日の予定じゃ・・・」
 予定よりもずっと早い帰宅にどうしたのかと言う表情を浮かべ、玄関へと出向いてきた桃子の言葉が途切れた。
 レンの隣に立つ、眠るなのはを抱き上げた男性の姿に、目を瞬かせ――
「きょう・・・や・・」
 見開かれた、桃子の瞳に大粒の涙が溜まる。
 そんな桃子に恭也は、「ただいま」と返す。
 ペタリと力を失った様に座り込んだ桃子が大きな声をあげるより、速く、レンが人差し指を唇の前に立てた。
「桃子ちゃん、気持ちは解りますけど、なのちゃんが起きてまうから」
 そう言って優しく笑うレンに何とか気を取り戻すと、桃子はリビングへと一目散に走る。
 そんな姿を苦笑しながら眺め、恭也は取り敢えず眠るなのはをベッドへと運ぶべく、久々の我が家へと足を踏み入れた。

 少しの後、なのはをベッドに寝かせた恭也がリビングへと降りると、ティオレとフィアッセの目が大きく見開かれた。
 瞬く間に涙を湛える二人に、恭也は「ただいま、フィアッセ、ティオレさん」と告げる。
 途端に、フィアッセが飛び込んできた。
「恭也!」
 抱きついてきたフィアッセを優しく抱きとめると、ティオレがゆっくりと近づいてくる。
「恭也・・・」
 涙を湛えた目で見てくるティオレに頷いて返し、言葉がない様に涙する桃子に笑みを見せる。
 崩れそうになる桃子をレンが優しく支えてソファーへと導き――
「・・お師匠、お帰りなさい」
 改めて恭也へと、満面の笑みで帰還を祝う言葉を告げた。
 その短い言葉に込められた万感の想いが解るから、だから恭也も微笑みを浮かべて返す。
「ただいま、レン。皆」
 その短い言葉に、今ここに至るまでの総ての想いを込めて、そう、告げた。

 暫しの時を置き、ようやく落ち着いた桃子、フィアッセ、ティオレと向き合う様に、恭也はリビングのソファーに腰を下ろしていた。
「お師匠、お茶です」
 そう言って恭也をはじめ皆の前にお茶を入れた湯飲みを置くレンに、恭也は「ありがとう」と返す。
 その言葉に「いぃえ〜」と笑って返すと、レンは恭也の隣に腰を下ろした。
 ゆっくりと湯飲みを傾け、熱い茶を流し込み、ふぅ、と大きく息を吐く。
「やはり、落ち着くな」
 そう言って微かな変化ながら寛いだ表情を浮かべる恭也を見て、レンも幸せそうな表情を浮かべる。
 あの日以来見る事が出来なかった、レンのそんな表情は桃子達にとっても嬉しいのだが、今はそれ以上に聞きたい事がある。
 だから桃子は申し訳ないと思いつつ、言葉を挟んだ。
「で、恭也。説明してくれるんでしょうね?」
 その言葉に恭也は湯飲みを置くと、軽く息を吐いた。
「あぁ。まぁ、今、ここにいない者達も居るからな。詳しい話は明日にするとして、簡単にはな」
 そう言って表情を改める恭也に、知らず全員が姿勢を正す。
「あの時――至近距離で爆発を受けた時だが・・・あの瞬間に、俺は別の世界に跳ばされた・・らしい」
 行き成りの発言に驚愕するものの、そこは異常事態に慣れきった高町家関係者と言った所か、パニックに陥る事は何とか避けられた。
 まぁ、かといって驚いていない訳ではない、と言うのは表情その他から見て取れるが。
 そんな中、他の面々に比べれば落ち着いた様子のレンが口を開く。
「お師匠、別の世界〜やらもそうなんですが・・らしいゆぅんは?」
 その言葉に、恭也は軽く頷く。
「その辺りの事情はいずれするが・・・より正確に言うなら、跳ばされたと言うより、“呼ばれた”と言う事になるらしいんだ。まぁ、この辺りは向こうで世話になった方からの受け売りになってしまうがな」
 そう言って茶を一口飲み、話を戻すぞ? と続ける。
「まぁ、そんな訳で直前の転移で死ぬ事は免れたんだが・・・事前の美沙斗さんとの戦いも含め、それなりに傷を負っていたからな。それが癒え切るまでその方の世話になっていたんだ。それで今回、こちらに戻る手が見つかってので帰還した。とまぁ、経緯としてはこんな所なんだが・・・」
 納得はしないだろうな、と思いながら周囲を見渡せば、当然の如く説明不足と言いたげな桃子にフィアッセ、ティオレの表情。
 それを見て軽く嘆息する恭也の隣で、何故か落ち着いた様子のレンを見て、フィアッセが口を開く。
「・・何だかすごく落ち着いてるけど、レンは気になったりしないの?」
 あの時の別離でレンが誰よりもショックを受けていた事を知っているからこそ、フィアッセにはそれが疑問だった。
 あの日のレンと、それから皆を支えよう、癒そうと痛みを堪えて頑張り続けたレンをフィアッセは知っているから問う。
 そんなフィアッセに、レンは微笑んで答える。
「それは勿論気になりますよ。でも、お師匠は話す時が来たら話してくれますから。それに、皆が揃ったらゆぅてましたし。なら、待つだけです」
 一片の迷いもない笑顔でそう言い切られては、もう何も言えず、フィアッセはただ敵わないなぁと思う。
 その信頼の強さと、そう言い切って笑う事が出来る絆の強さ。
 誰よりも辛く、悲しい日々を過ごした筈なのに、こうして責める事無く笑顔で迎え入れて上げられる想いの強さ。
 それを目の当たりにして、改めて思う。
 レンには敵わない、と。
 痛みを抱え、辛さを堪え、皆を支えてきたレン。
 そして今、目の前で幸せそうに笑うレン。
 それは、恭也の隣に立ちたいと願い続け、そうあろうとし続けたレンが手に入れた、レンだけの強さ。
 それが解ったから、フィアッセは笑って言う。
「そっか。じゃ、この話は今はここまでにしよう」
「そですな。そろそろ美由希ちゃん達も帰ってくる頃やし・・お夕食の準備しとかんと」
 そう言って立ち上がると、ん〜と背伸びを一回。
「お師匠、夕食は何がえぇです?」
 そう尋ねてくるレンに、恭也は「任せるよ」と笑って返す。
 その言葉にレンは膨れて見せる。
「お師匠、その任せるゆぅんが一番困るんですけど」
「そう言われても、レンの作る飯は美味いからな」
「うぅ、それは卑怯です、お師匠。それを聞いてもぅたら手ぇ抜いたり出来へんやないですか」
「元から手を抜くつもりもないんだろ? なら、良いじゃないか。それに、俺は嘘は言ってないぞ?」
 その言葉に頬を赤くしながら、それでも嬉しそうにレンはキッチンへと向かい、恭也は横目に見送りながら口元に優しげな笑みを浮かべる。
 そんな二人の様子を眺めながら、桃子達は顔を見合わせて微笑みあった。



《後書き》
お久しぶりです。詩月凍馬です。
今回は久方振りの更新と相成りました。まぁ、少し前に『左手〜』を投稿させて頂いてはおりますが、改めて。
荒斗「・・・久方振り、で済むのか? お前の作品を読んでくれる奇特な読者がどの程度居るかは知らんが・・・既に此処までの経緯を忘れられている可能性が高いと思うんだが?」
・・・言うな。己でもそうかも知れんとは思ってるんだから。
荒斗「それに、だ。此処まで話数を使って漸く帰宅か? お前、全部で何話書く気だ?」
・・・何話で終わるんだろうか、これ。
荒斗「・・・愚者が。自分でも解らんのか?」
うむ。内容は総て構築してあるし、場面ごとにどう区切るかも出来てるんだが・・。
荒斗「だが、何だ?」
根っからの長文書きの性か、書き出すと長くなる事長くなる事。
その性で展開が凄まじく遅くなる。
荒斗「・・・オイ」
他の先人方の様にテンポ良く進ませると言うのが如何に難題かとつくづく実感する毎日だ。
まぁ、それに関しては鋭意努力あるのみなのだが。
荒斗「・・そうしろ。せめて見捨てられん内に達成することだな」
・・・そうだな。
さて、気を取り直して・・。
この場をお借りして長らく投稿が滞った事をお詫び申し上げます。
これからも少々不定期な投稿になってしまうと思いますが、何卒お許し下さいます様お願い申し上げます。
荒斗「・・・謝罪は当然ではあるんだが・・読んでくれる方が居るなら、と言う前提がつくんだが」
・・・頼むから凹みそうな事を呟くな。



恭也が今まで何をしていたのか判明したな。
美姫 「まさか、異世界とはね」
だな。しかし、すんなりと受け入れる辺りは流石は海鳴住人か。
美姫 「もう少し詳しい話は後日みたいだけれど」
今回の事件と恭也の帰還には何か関係があるのかな。
美姫 「ああ、続きが気になるわ」
次回も待ってます。



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