『光陰の剣士』




「なのちゃん、よく眠ってますね」
 恭也の胸に抱き着くように眠る、なのはの顔を覗き込んだレンがそう言って微笑む。 
 あの後、薫の連絡で到着した救急車に耕介を押し込み、その付き添いとして乗り込んだ薫と別れた後、恭也達は家路に着こうとしていた。
 久しぶりに感じる事が出来た恭也と、そして今のなのはにとっては一番と言って良い姉、レンの二人の温もりに安心したのか、泣きつかれて眠ってしまったなのはを恭也が抱えてノエルが運転する車に乗り込む。
 ここで人数的な問題で耕介所有の一台と、月村家所有の二台と三台の車で来ていた事がある意味で幸いした。
 キャンプの後片付けには、当たり前だがそれなりの時間がかかる。
 設営したテントやルーフ等の撤去や、広げた荷物の始末など、雑多な事を上げればきりがない。
 最初は眠るなのはをレンに預け、恭也もその片づけを手伝おうをしたのだが――
「あのな、高町。今お前がしなきゃいけないのは、こんな片付けなんかじゃないだろうが」
「そうだよ。早く帰ってかーさんやフィアッセ達を安心させてあげなきゃ駄目だよ」
 そう言って呆れた様に嘆息する赤星と、苦笑混じりに言う美由希。
 聞けば、生涯の夢だったツアーを終えたティオレは娘であるフィアッセと共に高町家を訪れているとの事だった。
『私達が夢を叶えられたのは、士郎と恭也・・・守り抜いてくれた二人のおかげだから。ツアーを終えたら、報告に来ようと決めていたの』
 ティオレがこちらへと来る前に言っていた言葉を知る家族、友人一同はそんなティオレ達に一刻も早く恭也帰還の報を知らせてやりたかったのだ。
 自身の夢の為に恭也を犠牲にしてしまったと自身を責めるティオレと、母と歌いたいと言う夢を叶える為に、繋ぎ合わせられないながらも想いよせた幼馴染を失ったフィアッセに、何よりも先にその事を知らせたかった。
 恭也の帰還に、何よりも救われた一同だからこそ、同じ痛みを抱えた者達に、自身が感じた救いを感じさせてやりたかったのだ。
 愛した夫である士郎と、その忘れ形見であり、その面影を強く受け継ぐ血の繋がらない息子、恭也の二人を失いながら、一家の柱としてあろうとした桃子。
 自身と夫にとっての親友であり、自分達と娘を護りその命を散らした士郎。更には、その息子であり、自身にとっても息子の様な恭也を、自身の夢の為に差し出してしまったと己を責めるティオレ。
 士郎の死を自分の性だと責め続け、それを救ってくれた初恋の相手であり、繋ぎ合わせられずとも未だたった一人の想い人だった恭也もまた失ったフィアッセ。
 その痛みを知るからこそ、皆は自身が得る事が出来た救いを一刻も早く与えてやりたかったのだ。
 皆が負った痛みは、レンが癒した。
 だが、本当の意味での救いは、それによってしか得られないと皆が知っているから。
 高町恭也の帰還、と言う救いによってしか。
 だからこそ、皆はそれを望んだ。
 耕介を除き、車を運転できるメンバーはノエル、忍、赤星の三人。
 その中で最も大きなバンタイプの耕介の車をさざなみ寮に届ける赤星が真っ先に残る事を宣言し、恭也の帰還で未だ感情の制御が聞いていない忍が共に残ると言う事になった。
 自身の孤独を埋めてくれた恭也の帰還で、忍は少しの間、落ち着く時間をとらなければ運転などできないと解っていたから、忍にとって最も信頼し、家族でもあるノエルに送迎を託したのだ。
 そんなノエルの運転する車に乗るメンバーもおのずと決まった。
 恭也は当然として、泣きつかれて眠ってしまったなのは。
 そして、今まで誰よりも皆を支え続け、恭也を求め続けたレンの三人が先行して帰る事になった。
 これは、今まで支えて貰った者達、皆からの礼。
 支えてくれたその日々への感謝としてはささやかに過ぎるが・・・それでも、今、レンに贈る事が出来るたった一つの感謝の印だった。
 それが解るから、レンもただ「おおきにです」と返し、なのはを抱く恭也と共に車へと乗り込み――ノエルは、静かに車を発進させ、今に至る。
 恭也の膝に横抱きにされる形で座るなのはは、恭也の胸に頭を預ける形で心底安堵した様に安らかな寝息を立てていた。
 そんななのはの手をレンが優しく握ってやると、なのはの口元が笑う様に和らぐ。
 それを見て嬉しそうに、幸せそうに微笑むレンの肩を抱き寄せ、恭也もまた柔らかな笑みを刻む。
「・・・そうだな。レンが居てくれるからな」
「お師匠が戻ってきて、それを感じられたから、でもありますよ?」
 そう言って、笑いあう恭也とレン。
 そんな二人の温もりを感じながら幸せそうに眠るなのはを起こさぬ様に、かつて自分の主と、自分自身を救ってくれた男と、潰れそうな痛みを癒し、支えてくれた少女の、ようやく取り戻す事ができた幸福なその一時を壊さぬ様に、ノエルは静かに車を走らせる。
 時折覗くバックミラーに映る、三人の光景に知らず笑みを浮かべ、酷く満ち足りた気分で、ノエルはハンドルを操る手に意識を向けた。


 やがて高町家の前に到着すると、ノエルは運転席を降りて後部座席のドアを開いてやる。
「さ、着きましたよ。恭也様、レン様」
「すまないな。助かるよ、ノエル」
 微笑んで言うノエルに恭也も笑みを浮かべて返すと、なのはを抱き上げ、起こさない様に気をつけながら、車を降りる。
 それの後に「何や、様とかつけられるんはちょう恥ずかしいですなぁ」と照れた様に笑うレンが続く。
 そんなレンと、クスクスと笑うノエルを見て、恭也は軽く肩を竦めた。
「まぁ、諦めろ。俺も当時散々抗議したが、治す気配はなかったからな」
「はい。諦めてください。私にとって、恭也様もレン様も、主の様なものですから」
 恭也の言葉を受け、笑みを浮かべながらもキッパリと言い切るノエルに、恭也は参ったと言わんばかりに苦笑を、レンもまた仕方ないかと照れ笑いをそれぞれ浮かべる。
 そんな二人に改めて笑みを深めると、「そんな事より、皆様に早くお会いしてあげて下さい。桃子様もティオレ様も、フィアッセ様も長い間、恭也様を待っていたのですから」
 ノエルは、高町家の玄関を示す。
「そう、だな。それを果たさねば、皆の厚意を無にする事になるしな」
 そう言ってノエルに軽く会釈し、歩き出す恭也とその隣を歩くレンの後ろ姿に深々と頭を下げる。
 そのまま恭也達が門を潜っていくのを見送ると、ノエルは静かに車へと戻り――座席にもたれる様にして静かに目を閉じた。
 恭也の手前、抑えていたが――
 恭也との別離が悲しくなかった訳はない。
 そして、恭也との再会が、嬉しくなかった訳はない。
 忍の様に、人目を憚らず涙したいと想った。
 だが、恭也は――ノエルがもう一人の主と仰ぐ青年は、それよりも笑顔をこそ喜ぶと知っていた。
 知り合って間もない忍とノエルを孤独の淵から救い上げ、不断の努力によって得た力を振るって護ってくれた青年の願ったものが、皆の笑顔だと理解しているから。
 そして、そんな青年の消失と言う痛みを癒し、支えてくれた少女が願ったものもまた、皆の笑顔だと解っているから。
 だから、ノエルは笑みを浮かべたのだ。
 主を、そして己を救ってくれた二人の大切な恩人への恩に報いる為に。
 二人のしてきた事は無駄ではない、間違ってなどいないと証明するために、笑った。
 勿論、その笑みに偽りはない。
 恭也の帰還は身を震わせる程に嬉しかった。
 恭也との再会で、レンが浮かべた心の底からの幸せそうな笑みは、泣き出しそうな程に嬉しかった。
 だから、浮かべた笑みに偽りはない。
 だが・・・今は良いだろう。
 あの二人がくれた温もりと、優しさに。
 あの暖かな日々の再来に。
 ただ一時、涙を流しても許されるだろう。
 ノエルは再び得る事が出来た幸福に感謝する様に――ただ静かに、涙を流し続けた。



恭也、ようやく高町家へと帰還。
美姫 「そこでも久しぶりの再会が待っているんでしょうね」
だろうな。その再会が済めば、いよいよ恭也がどうして今までという話になるのかな。
美姫 「とても気になる部分よね」
ああ。そんな気になる次回は……。
美姫 「この後すぐ!」



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