『光陰の剣士』




「・・イィヤァッ!」
 裂帛の気合と共に、美由希の小太刀が迅る。
 即座に別の敵に数本の飛針を投げつけて前進を牽制し、それでも近づいてくる者には御神流最長の射程を誇る虎切で迎撃。
 期待した効果を発揮できていないと見るや否やバックステップ。
 同時に左の手で繰り出した鋼糸を操り、先頭の敵を絡めとり、即座に右手を引き絞る。
 刹那、爆発的な踏み込みにより矢の様に放たれた右の小太刀は、鋼糸によって縛り上げられた敵の胸部を貫いた。
 即座に引き抜き、次の技へと派生させること無く蹴りを繰り出し、距離を取る。
「って、効いてない!?」
 目の前で胸部を貫き、絶命させた筈のそれが何事もなかったかの様に動き出すのを見て、美由希は驚愕の声を上げた。
 その一瞬の隙を見逃さず、敵が放った“何か”を美由希は咄嗟に身を屈めて避ける。
 髪の毛の先を掠ったそれに背筋を冷たくしながら、それでも美由希は退く事無く戦い続ける。
 その背に護るべきもの達が居るから。
 一本の巨木の根元に身を寄せ、震えるなのはを囲む様にするレン、晶、忍と、それを庇う様に立つ、赤星、那美、ノエルが。
「やらせない・・・! ここは・・・絶対に抜かせない!」
 美由希が今、背に庇う者達は、総てその師であり、兄である恭也がその身を張って護り抜いた者達だ。
 美由希にその技を教え、理を教えた師が、命に換えて護った者達――
 その命を背負うからこそ
「御神の剣は・・・私達の剣は、護る者があれば絶対に負けないんだから!」
 美由希は吼える。
 戦力差等関係ない。
 ただ、護り抜く。
 美由希の師は――恭也はそれを実践し続けて見せた。
 なら、今度は自分の番だ。
 最高の師に導かれ、受け継いだ不敗の剣を、今度は己が振るう番だとその身を持って吼える。
 疲れ等、痛み等何だと言うのか。
 怖いのは、護れない事。
 護りきれず、大切な者を失う事。
 それを、知った筈だ。
 兄であり師であり、一方通行ながらも想い人でもあった恭也の死で、知った筈だ。
 その痛みに比べれば、肉体の痛み等恐れるに足りない。
 何より、この身に受ける痛みを誰かに感じさせたくはない。
 だから、美由希はその剣を振るい続ける。
 二人の父が、産みの母が、そして最高の師である兄が修め、振るい続けたその剣に敗北はないと信じるが故に。
 何より、理に準じた師や父が振るった、その剣が誇る“不敗”の文字を汚させぬ為に。
『護る者あるならば、何者にも破られず、退かず、戦えば必ず勝利する』
 その理を背負う一人として、持てる総てを行使する。
 圧倒的な数の差も。
 攻撃の総てを無効化するその防御力も。
 自身を上回る攻撃力も。
 その総てを承知してなお、美由希は戦意を棄てていない。
 己の持ち得るあらゆる術理を尽くし、僅かな隙をも見定めんと戦況を持てる感覚の総てを持って注視し、思考は刻一刻と移り変わる戦況を把握し、打倒する為に回転を続ける。
 そして――
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
 咆哮と共に、美由希は再び駆け出した。




「大丈夫や。な、なのちゃん」
 レンは蹲って震えるなのはを抱きしめ、あやす様にその背を撫でる。
 その言葉に顔を上げたなのはの涙を優しく拭い、微笑んでみせる。
「美由希ちゃんが強いんは、なのちゃんも知っとるやろ? それに、耕介さんや薫さんもおる。那美さんに赤星さん、ノエルさんにクーかておる。皆、強い人達ばっかりや。そやろ?」
 優しく背を撫でながら、ゆったりと話すレンに、なのははコクリ、と小さく頷く。
「それにな、ウチも忍さんもおるし、あんま頼りにならんけど、おサルもおる」
 その言葉に晶が一瞬反応しかけるが、状況が状況だけにぐっと堪える。
 そんな晶に気付いているのかいないのか、レンはゆっくり、ゆっくりとなのはの背を撫で、微笑んだまま言葉を続ける。
「だから、な。大丈夫や。きっと、こんな怖いんはすぐに終わる。せやから、なのちゃん。泣く必要あらへんよ? 皆、すぐに勝って戻ってくる。そん時に泣き腫らした顔で迎えたないやろ?」
 小さく頷くなのはに、レンは笑みを深めた。
「うん、そや。お疲れ様、って笑顔で迎えたげな。な?」
 そう言って笑うレンに、なのはは涙を拭い、ぎこちないながらも笑みを浮かべてみせる。
 そんななのはに小さく頷いて見せ、その小さな身体をギュッと抱きしめる。
――・・・お師匠。お師匠のせいですよ?
 恭也を目の前で失ったあの日以来、なのはは失う事に敏感になった。
 別離の危険に怯え、今まで以上に涙を見せる様になった。
 勿論、普段はそんな所を見せず、恭也がいた頃の様に天真爛漫、と言った様子で振舞っているが、ふとした拍子に寂しげな表情を浮かべたり、夜中に泣きながら目を覚ます事すらある。
 それだけ、なのはにとって恭也は大きな存在だったのだ。
 高町唯一の頼りがいのある男性であった以上に、父を知らないなのはにとって恭也は、誰よりも頼りがいがあって信じられる存在――絶対的な守護の象徴だった。
 その恭也との別離が、なのはの心に傷跡を残した。
 それを知っているから、レンは出来る限りなのはの近くにいた。
 寂しくない様に行動を共にし、泣きながら目を覚ました時には、一緒に寝てやりもした。
 そんな甲斐あって、なのはも随分と元の明るさを取り戻してきていたのだ。
 そんな矢先にこれが起こった。
 たまたま耕介や薫を保護者として赤星、忍、那美、美由希、レンになのは、晶、ノエルに久遠。
 そんなメンバーで訪れた、山奥のキャンプ場。
 楽しい日になる筈だった。
 レンは晶と喧嘩しながら料理を作り、なのはがそれを止めて説教する。
 そんな脇で耕介と薫が苦笑混じりに自分達の調理を進めながら、手伝おうとした美由希を赤星がやんわりと止めて、それをからかおうとしてノエルに止められ、むくれる忍を那美が宥める。
 賑やかで明るく過ごせる筈だった。
 そんな団欒を壊すかの様に突然現れた異形。
 それによって、総てが壊れた。
 簡単な鍛錬を合間に行うつもりで“十六夜”“御架月”の二本の霊剣を耕介達が持ってきていた事、美由希も自分の武装を持って来ていた事が幸いし、何とか対抗できているが、何者かも解らない異形相手に明らかに苦戦している。
 一番厄介であろう一際大きな一体を耕介と薫、久遠が足止めする間に安全圏まで下がったなのは達を護る形で赤星達が立ち、その殿を務める意味で美由希がその前に陣取った。
 それでも、形勢は明らかに不利だ。
 蹲っていたなのはは目にしていないだろうが、先ほど異形の腕によって巻き起こされた風で耕介と薫が吹き飛ばされたのをレンは目にしていたし、一歩も引く事無く戦い続けている美由希とて、圧倒的な数の前に苦戦している。
 今は美由希の必死の応戦で、最終防衛ラインである赤星達の所まで異形は着ていないが、あの数を考えれば、美由希が破れずともその防衛線を掻い潜る者が出てきてもおかしくはない。
――今は何とかもっとる・・・せやけど、長引けば・・・。
 なのはを優しく抱きしめながら、レンは心の中で呟く。
 そして、そんなレンの心配が実現したかの様に――
   ゴゥンッ!
 異形の内の一体が放った光弾が、美由希の脇をすり抜けて後ろへと走る。
 赤星やノエルが割り込もうと駆け寄るが、それより速く光弾はなのは達へと接近し――
 躱せない。
 そう思った瞬間、レンはなのはを庇う様に光弾に背を向け、なのはを強く抱きしめた。
 背後から自分の命を奪うだろう光弾が迫るのを感じながら、それでもなのはだけはやらせまいと、その華奢な身体を楯にする。
 なのはが何かを叫んでいるのが聞こえた様な気がするが、レンの耳には届かず、レンは心の中で小さく呟いてた。
――・・・お師匠。
 愛した男を心の中で呼び、その身に光弾を受けようとしたその瞬間――
「・・・させると思うか?」
 凍て付くような声が響き――
 光弾を遮る様に、漆黒の光が壁を形作った。



所変わって美由希たち。
美姫 「こちらもこちらでピンチな状況だったのね」
キャンプに来ていて出合った事態か。幸いにして武装があって良かったが。
美姫 「それでも不利な状況だったわね」
いや、本当に。レンやなのはが絶体絶命な状態になってしまっているし。
美姫 「手に汗握る瞬間だったけれど、どうにか無事なのかしら」
一体何が起こったのか。
美姫 「続きがとっても気になるわね」
だな。次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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