『神殺しと花嫁』




「あ、そこで停めて下さい」
 自宅マンションから100m程の交差点に差し掛かった所で、和麻はタクシーの運転手へと声をかける。和麻の指示に従って、比較的停めやすい場所に停まったタクシーから降り、運転手に料金を手渡す。
 つり銭を受け取り、運転手に礼を言うと、マンションへと歩き出す。
――参ったな・・・こんなに遅れるとは思ってなかった。永遠、怒ってるんだろうな・・。
 左手首の腕時計に視線を落とし、胸中で呟く。途端に脳裏に頬を膨らます永遠の顔が浮かび、軽く溜め息を吐く。
――やれやれ・・今度は何を言われる事やら。
 そう思いつつも、和麻は足を速めようとはしない。夜半でも絶えない喧騒の中をゆっくりと進んでいく。
 とは言え、その理由は諦めから、等ではない。
 確かに約束した時間からはかなり遅れてしまったが、和麻には急ぐ事の出来ない理由があるのだ。
 自宅下の駐車場に着くと、和麻は両手に視線を落とした。そして、“感覚”の目を凝らす。両手に纏わり着く薄い“影”を認め、和麻は再度溜め息を吐いた。
「まだ残ってるのか。参ったな・・」
 痒くもない頭を掻き、呟く。
 そして最上階にある自室を仰ぎ見ると、諦めた様にズボンのポケットから携帯を取り出した。二つ折りの携帯を開き、液晶を覗き込んで――
「・・っちゃぁ〜・・」
 頭を押さえた。
 着信数5件。その全てが同じ番号である。
 若干の諦観交じりに着信履歴から番号を選び、電話をかける。
『はい、もしもし』
 2、3コールもしない内に返事が返ってきた。
「・・永遠、オレだ」
 幾分の緊張交じりで言った言葉に帰ってきたのは――
『・・誰ですか? オレ、なんて人知りませんけど』 
 と言う素っ気無い返事だった。やっぱりな、と思いつつ、「和麻だ」と言いなおす。
『あ、和麻。生きてたんだ? ふぅ〜ん・・で、何?』
「酷いな・・まぁ、良いけどさ。今、マンションの駐車場に居るんだ」
『居るんだ、じゃないでしょ!? 電話しないで急いで上がってくれば良いじゃない!?』
 突然の怒声に、和麻は若干携帯から耳を離す。
 キィーン、と音のなっている様な耳を再び携帯に当て、
「それが出来ないからこうしてかけてるんだろ」
 と溜め息混じりに返した。
 途端に、数秒の空白が生まれた。そして、『もしかして、怪我、した?』と言う若干の震えが混じった声が返ってくる。
 顔を青くしている永遠の姿が脳裏に浮かぶ。だから、安心させるように苦笑を混ぜて「いいや、怪我なんかしてないよ」
 と答えた。
『ホント?』
「もちろん。今回は大した事のない相手だったからな。それに、蒼夜だって居たんだ。怪我なんか、しようがないだろ?」
 “大した事のない相手”――邪神をそう切って捨て、和麻は苦笑して見せた。恐らく、永遠の耳にも和麻の苦笑が聞こえているだろう。
『蒼夜君も居たんだ? だったら怪我なんかしようとしてもできないね』
 クスクスと言う笑い混じりに、永遠が軽口を返す。
「そう言う事」
『じゃぁ、さ。なんで? 怪我してないなら、上ってこれるじゃない』
 不思議そうに尋ねる永遠に、
「・・邪気が消えてない。まだ少し掛かりそうだ」
 と答える。
『・・・・・』
 和麻の言葉を聴いた永遠が、一瞬言葉に詰まる。
 が、それも一瞬。
 すぐに気を取り直したように『少しなんでしょ? 大丈夫だよ』と言う声が返ってきた。
 だが――
「ダメだ」
 和麻はきっぱりと断言する。
『でも・・』と続けようとした永遠を遮り、
「ダメと言ったらダメだ。完全に消えるまで後10分位なんだ。少し待っててくれ」
 と強い口調で言い切る。
 普段温厚な和麻の強い口調に言い返す事が出来なかったのか、永遠からは『・・わかったよ。待ってる』と言う返事が来る。その言葉を最後に電話を切り、和麻は植え込みの柵に腰を下ろした。
 時計に視線を移す。
――後、10分。
 目安でしかない。そう知っていながら、和麻は時計の秒針を睨む様に眺め続けた。
 
暫くして、感覚の目を通しても邪気を確認できなくなると、和麻はエレベーターに乗り込み、最上階へと向かう。
フワッと軽く体が浮かぶような感覚を覚え、エレベーターが上昇を始める。
最上階に着き、エレベーターを降りると、曲がって直ぐの扉のインターホンを、表札を確認する事無く押した。
『はい』
 聞きなれた永遠の声に、「和麻だ」とこたえると、ガチャリ、と鍵が開く音がして扉が開く。
「お帰り、和麻」
 そう言って微笑んだのは、一人の少女。
 儚い。
 そんな言葉が口をついて出る様な少女だった。
 150前半だろう身長もそうだが、スレンダーと言うより華奢と言える線の細い体つきにも、整った顔立ちや、それを飾る長い黒髪にも、どこか生気と言うものが欠けて見える。
「ああ、ただいま。永遠」
 和麻もまた微笑むと、その少女――柚木永遠に言葉を返した。
「とりあえず、お風呂? それともお茶か何か飲んでからにする?」
 道を開ける様にしながらの言葉に、和麻は「そうだな・・」と一瞬考え、
「まずは一息つきたいかな。コーヒーでも淹れてもらえるかい?」
 と返し、室内へと上がる。
 玄関から廊下を抜け、ダイニングへ。
「ふぅ・・」
 柔らかなソファーに身を沈め、軽く息を吐く。
「はい、お待ちどう・・って、和真、お疲れ?」
 小首を傾げながらコーヒーの注がれたカップを差し出してくる永遠に、「まぁ、少しね」と苦笑混じりに答え、カップを受け取る。口元に近づけるや否や、嗅覚を刺激する香気。暫しそれを楽しむと、湯気の立つ液体をゆっくりと口に含み――
「ん?」
 何かを感じたのか、考える様な表情を浮かべ、もう一口。今度は口の中で転がす様に味わい、もしかしてと言った顔で永遠に視線を向ける。
「永遠、もしかして豆、変えた?」
「あ、分かった?」
「まぁね。種類までは分からないけど・・何だか味が違ったからさ」
 和真がそう言うと、永遠は感心と驚きが半々、と言った表情で
「へぇ〜、和真ってちゃんと味わってたんだね、コーヒー」
 と、からかう様に言った。
「どう言う意味だ、それ・・」
「だって、料理の味付け変えたって美味しい、しか言わないじゃない。だから」
「オレの味覚は鈍いんじゃないかって?」
「うん」
 軽口のつもりの発言を即座に、満面の笑みで肯定されて和真は一瞬言葉に詰まる。
 決して味オンチと言う訳ではないし、自分では至って普通のつもりでいる。
 もちろん、評論家と言った手合いの様にこの味がどうだとか、隠し味に使った何が後味をどうと言った表現が出来る程ではない。
 まぁ、そんな評価等したいとも思わないし、したらしたで永遠の方も喜ばないだろう。その辺も含め、普通。それが和真自信の評価だ。
 美味しければ美味しい、不味ければ不味い。
 その方が作る方も気楽だし、下手に小難しく言われるより嬉しいと言っていたのは永遠自身である。
 和真がその事を言うと、永遠は「そうなんだけどね」と笑って空いたカップにコーヒーのお代わりを注ぐ。
 それを飲みながら、永遠の話に耳を傾ける。
大学での出来事、帰って来るまでに目にした事、帰宅してから見たドラマ。
あちこちに飛びながらも、話す永遠の表情は明るく、何て事のない日常が楽しくて仕方ないと言う事がありありと伝わってくる。聞いている和真まで釣られて楽しくなってくるようで、和真にはそれが嬉しかった。
相槌を打ち、時にはからかう様に返し、何気ない日常を楽しんだ。


穏やかな夜はそうして更けていく


《後書き》
・・・・・・。
荒斗「ほぅ・・今回は随分と速く投稿できたな」
・・・・・・。
荒斗「これからもこのペースが続けば良いんだが・・」
・・それは俺に死ねと言う事か?
荒斗「・・・・・」
そこで黙るな!
今回は偶々時間の都合がついたからであって、これを続けたら俺が死ぬだろうが。
荒斗「・・・殺した程度じゃ死なない等と家族友人問わず言われる輩が言っても、著しく説得力に欠けるんだが・・死ぬのか?」
いや、死ぬだろ。どう考えても。
先人方の中には定期的にかなりの量を送ってらっしゃる方も居るようだが、俺には無理だからな。
荒斗「・・胸を張って言う事じゃないだろうが」
まぁ、そうなんだが。
荒斗「まぁ、良い。速く書ける分には文句もない。余りに遅ければ美姫嬢への救援依頼を出していた所だが、今回は止めておこう」
・・・本気だったのか、それ?
荒斗「無論。俺は冗談や嘘の類は好かん」
・・・勘弁してくれ
荒斗「さて、な。それはお前次第だ」
・・・・・。
荒斗「さて、脇道に逸れていて感もあるが、作者に代わり読者諸氏への御礼申し上げる。次作にてまたお会いしよう」



今度は和麻サイドのお話だな。
美姫 「そうね。蒼夜の方も気になるけれど、こちらはこちらで待ち合わせの時間から遅れてるしね」
とは言え、許してもらえたみたいだし、良かったじゃないか。
美姫 「同じ頃、もう一方は結構殺伐している事を考えればね」
こちらはほのぼのと和んでいる感じだな。
美姫 「次回はどんな話になるのかしらね」
次回も待ってます。



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