『神殺しと花嫁』




 夜道を歩く事暫く。
 数本の煙草を費やして帰路を辿った蒼夜は、実家である暦愁寺へ続く石段を登る。
清掃はされているものの、街灯のない石段は慣れない者には登りづらいのだろうが、生家である以上、蒼夜には慣れたものである。
 石段の両脇の林は葉を落としつつあり、虫の音が響く。
 その中を上り、本堂の裏手にある家へと向かう。
 暦愁寺の作り自体は、有触れた仏閣のそれだ。だが、敷地は広い。今は闇で見えないが、綺麗に整備された庭もあり、日中は散歩に来る者も多い。
 本堂も文化財でこそないもののそれなりに優雅な作りをしており、市外等から見に来るものも居ない訳ではない。
 そんな暦愁寺の裏手に、緋澄家はあった。
 木造二階建ての有り触れた家屋。
 その玄関を潜り――
 たたきにある二組の靴を見て、怪訝そうに眉根を寄せた。
――・・・客か・・この時間帯に来るとは、珍しいが・・。
 胸中で呟きながらも表情には出さず、無言のままに靴を脱ぎ、上がる。
 その時点で、客人の一人には検討がついていた。
――・・この気配・・文砥だな・・。
 意識せずとも気配を探ってしまうのは身についた癖だろう。
――・・気配からしてリビングに4人・・親父、お袋、伊月・・もう一人は女だろうが・・知らん気配だな・・。
 即座にそこまで判断すると、リビングへと足を運ぶ。
 もう一人の女性は分からないが、伊月の用には検討がついている。
 リビングのドアの前に立つと、中からは賑やかな話し声が聞こえてくる。その様子は割って入るのが申し訳ないと思わせるのだが・・・蒼夜は気にした様子も無く扉を開け放ち、室内へと歩を進めた。
 寺を預かる住職の自宅とは思えない、西洋風の室内が目に移る。硝子板を天板に配したテーブルを囲む様にコの字に置かれたソファー、二方の壁には据付の棚があり、その上にはやはりガラス製の花瓶が幾つか置かれ、12月と言う季節でも花が生けられている。暖炉を模したガスヒーターの上に飾られた風景画は、名のある画伯の作でこそないが、選んだ人間のセンスが良いと言う事を感じさせる。中庭に通じるガラス戸は閉めてあるが、それを覆うカーテンは開け放たれ、月に照らされた中庭の様子を一望できた。
 ここまでを上げれば、そのままパンフレットに載せても可笑しくない、西洋風の室内だ。
 だが・・・。
「おう、帰ったか蒼夜」
「お帰りなさい蒼ちゃん」
 口々に言葉をかけてくる家人は、若干異色と言わざるを得まい。
 まずは頭髪をそり上げた着流し姿の壮年男性。服の上からでも見て取れる隆起した筋肉と豪快な性格をそのまま現した様な顔立ちといい、格闘家かプロレスラーか、と言った印象を受けるが・・・これでも職業は坊主である。
 名を緋澄大悟。蒼夜の父であり、暦愁寺の住職を勤める。
 次にその隣に座るのは、髪を肩の辺りで切り揃えた金髪碧眼の女性。均整の取れた痩躯に纏っているシスター服からも分かるとおり、熱心なクリスチャンでもある。年齢より若く見える顔立ちは整っており、優しげな笑みを浮かべた今の表情からは20代でも通じるかも知れない。
 この女性、名は緋澄アリア。蒼夜の母であり、近くの教会とその敷地内の孤児院で働いている。
 そして
「うっす、お疲れさん」
 大悟たちの左手のソファーに座る一人の少年。160後半と見られる体躯は蒼夜程ではないが鍛えられている様だ。浅黒い肌に真っ黒な短髪。若干ダボついたズボンにフード付のトレーナーを見につけている。
 その少年を見て、蒼夜が口を開く。
「・・・ああ、待たせたか、文砥・・」
 その言葉に、少年――伊月(いつき)文砥(ふみと)は「気にしない、気にしない」と軽く手を振って見せた。
 蒼夜はその言葉に一瞬、微かに口元を歪める。が、即座に元の無表情に戻り
「・・・用件を済ませよう。無絶を預ける」
 と言って左手に携える2mを超える長大な太刀――無絶(むぜつ)を無造作に文人に手渡・・・そうとした時
「あの・・」
 唐突に割り込んできた声に、蒼夜は手を止め、声のした方向に視線を向ける。
 蒼夜の視線の先、丁度文砥の向かいのソファーそこに座る少女。天然物らしき銀髪を見るにロシアかフィンランド系の血筋なのだろう。整った顔立ちと均整の取れたスタイルをした中々の美少女だ。
 その少女が、真剣な表情で蒼夜を見つめていた。
 無言のまま見つめてくる少女に、蒼夜は軽く嘆息すると、文砥へと視線を向け、尋ねる。
「・・・お前の知り合いか? 文砥」
「え、いや、違うけど。蒼夜の知り合いじゃないの?」
 不思議そうな文砥の声に
「・・・玖珂や永遠以外に俺を訪ねる者などいない」
 と返す蒼夜。
「う〜ん・・って、それ、平然と言う事じゃないっしょ!?」
「・・・聞こえてきた会話から、お前の知人だろうと判断していたんだが・・」
「だから違うっての! 会ったの今さっきだから!」
「・・・そうか」
 極度に人懐こいのがこの伊月文砥と言う少年である。今更初対面の相手――しかも名前も知らないらしい――と楽しげに話している程度では驚くに値しない。
 だから蒼夜は軽く嘆息すると、文砥の隣に腰を下ろした。
 ポケットから煙草を取り出し、火を点ける。
 その間も、少女は蒼夜を見つめたままだ。
 無言のまま、立ち昇る紫煙を横目に少女の言葉を待つ蒼夜。
 そんな蒼夜の様子に、少女は小首を上げて尋ねる。
「あの・・・あなた?」
 妙な呼び方に怪訝そうにしながら、しかし少女の視線から自分への問いだと気づき、蒼夜は「・・・何だ?」と短く返す。
「もしかして・・アリアさん達から伺っていないんですか?」
 不思議そうな問いに、蒼夜は訝しげに眉根を寄せた。
「・・何をだ?」
 途端に、少女が深くため息をついた。呆れて、ではなく安心してらしい、と言うのはその感じから分かったが、蒼夜はそれを追求することなく、両親へと視線を向ける。
 その先で、ニヤついた笑みを浮かべる大悟と、楽しげに微笑むアリアを見とめ、蒼夜の視線が獲物を追う猛禽じみた鋭さを宿す。
「・・・どう言う事だ?」
 文砥や少女と話していた時より、温度にして10℃程は低いだろう声音で尋ねる蒼夜。その声に少女は驚いた様な表情を浮かべたが、文砥は慣れているのか平然とコーヒーを啜っている。大悟やアリアに至っては本当に楽しそうだ。
 そんな両親の様子を見て、蒼夜の目付きが一層鋭さを増した。
「・・・説明はどうした?」
 その言葉と同時に、左肩に立てかけていた無絶に右手をかける蒼夜。
 それを見て、ようやく大悟とアリアが笑いを引っ込めた。
「ま、待たんか。ちょっとしたお茶目じゃろうに」
 慌てて弁解する大悟に、蒼夜は冷め切った視線を向ける。
「うぉいっ! ワシを凍らす気か!? 視線が冷たいにも程があるじゃろ、蒼夜!?」
「・・・さっさと説明しろ」
「脅迫っ!?」
 なおもふざけた様な回答をする大悟に、蒼夜の視線が凶眼に代わりかけた瞬間
「あの、お父さん・・そこまでにしないと、蒼ちゃん本気で怒りますよ?」
 とアリアがフォローを入れた。
 いじけた様に「つまらんのう」と呟く大悟の頭部に、無絶の鞘がヒットした。
「ぬはぁっ!」
 頭を押さえて俯く大悟に心底冷め切った視線を向け、蒼夜が続ける。
「さっさと話せ」
「ワシの頭を割る気か!」
 即座に復活し、講義する大悟に、蒼夜は無言のまま右手を無絶にかける。
 その視線が「話さないならもう一発行くぞ?」と告げている。
 それに気づき、大悟が一瞬で態度を改めた。
「うむ、では、紹介しようかの」
 見事なまでの変わり身の早さに、キョトンとしている少女に視線を移し、「ヘレン君、自己紹介」と告げる。
 それを受け、少女は「あ、はい」と言って姿勢を正した。
「ヘレンです。よろしく御願いします」
 そう言って深々と礼をするヘレン。
 彼女が頭を上げるのを待って、今度は蒼夜を示す大悟。
「で、目の前のデカイのが・・」
「はい、蒼夜さん、ですよね?」
 その言葉に満足そうに頷くと、
「蒼夜、今日からヘレン君は我が屋で暮す事になっとる。仲良くしてやりなさい」
 と言ってガハハと豪快に笑う。
 流石に呆然として緋澄家一同を眺める文砥の隣で蒼夜は――
「・・そうか」
 と無表情で答えた。
 これには、大悟とアリアがうろたえた。
「そうか・・・ってそれだけか!? それだけなのか蒼夜!?」
「そうよ、何かないの、蒼ちゃん!?」
 驚愕の表情を貼り付け、詰め寄ってくる両親に対し、蒼夜は紫煙を燻らしながら「何か、とは?」とだけ返す。
「じゃから、一緒に暮すんじゃぞ!? 慌てるとか、驚くとか! もしくは・・・ほれ、ヘレン君を見てみぃ。結構な器量よしじゃろ? じゃからヘレン君の全身を嘗め回すように眺めて鼻の下を伸ばすとか! 何かあるじゃろう!?」
「蒼ちゃん、反対・・とかないの? そう言う意見も?」
 大悟の言葉に顔を赤らめながらも、不安そうに蒼夜を見るヘレン。
 一方、蒼夜は吸い終えた煙草を灰皿に押し付け――
「反対する理由があるのか?」
 と言うや否や次の煙草に火を点けている。
 その言葉にホッとした表情を浮かべたヘレンに対し、あまりにアッサリとしたリアクションを返された大悟とアリアと言えば――
「つ・・つまらん・・」
「くすん・・・もうちょっと動じてほしかったなぁ・・」
 と仲良くいじけていた。
 そんな両親を横目にくだらないと言いたげに息を吐くと、蒼夜は文砥へ視線を向ける。
「・・・馬鹿は放っておくとして・・文砥、無絶の点検だな?」
 と無絶を手渡そうとする。
「ん? まぁ、それもあるけどさ。今は違うよ?」
「なら、どうしたんだ?」
「あぁ、おじさん達に呼ばれた」
 その言葉に蒼夜が深く嘆息した時、大悟がガバッと立ち上がった。
「うむ! 何か面白そうだったから呼んだんじゃ!」
 腕を組み、轟然と言い放った瞬間――
  ズンッ
「グホアッ・・・!」
 鳩尾に無絶の鞘、その石突が埋まった。
 床に蹲って悶える大悟(愚か者)を平然と無視して、灰皿に灰を落す。
 気配が動いたのを感じて視線を動かすと、へレンが席を立ち、蒼夜の近くに立っていた。
 そして――
「ヘレン・プロムナードです。本日から家族として、妻としてよろしく御願いしますね」
 と微笑んだ。



帰宅するなりお茶目なご両親が待ち構えていたな。
美姫 「にしても動じなさ過ぎよ」
居候ができても平然だもんな。
美姫 「とは言え、どうもただの居候でもなさそうなんだけれど」
最後の最後に爆弾発言だしな。
美姫 「これでも平然なのかしら」
そんな気がするな。まあ、父親に対して冷たい反応をしそうだが。
美姫 「気になる所で次回ね」
だな。続きを待ってます。
美姫 「待ってますね」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る