『神殺しと花嫁』
咆哮が夜の闇に響く。
それは音にならず、大気を震わさず、無音のままに。
その叫びが震わすものは唯一つ。
魂魄。
総ての存在がその存在の核として持つ、形無き実在。
存在の核。
無音の咆哮は更に響く。
聞く者の魂魄を揺るがし、穿ち砕かんとでも言うかの如く。
その声を聞いた草木は枯れ、岩土は砕け、死と言う終わりを体現する。
この場は現世に現れた地獄。
夜の闇と、それよりも遥か深い終わりの闇が包む終焉の地。
「・・・耳障りだな」
突如、死と荒廃の世界の大気を揺るがした声。
咆哮の主は、その下へと視線を向けた。
月明かりに照らされ、浮かび上がったのは人影。
それは二人の男の姿。
一人は顔を覆うほどに長い前髪と、同様に肩に届きそうな真蒼な髪を風にはためかせ、炎の様な紅き瞳を持つ少年。だが、その瞳に色から連想される様な熱さはない。例えるなら、凍て付いた焔。絶対零度の冷たさを持って咆哮の主を射抜く。
「確かに、醜悪な声ではあるね・・」
傍らに立つもう一人の男が答える。
明るい茶の髪をした青年だ。端正な容貌は隣に立つ蒼髪の少年に負けずとも劣らず、だが、青年の濃い焦げ茶の瞳には温かみが感じられる。
二人共に落ち着いた声音である。
死を撒き散らす存在を目にして尚、怯えた様子は微塵も無い。
「でも・・・ま、世界に捨てられたんだ。同情には値するかもね」
青年が呟く。
「・・・不要なのは確かだ。同情などくれてやる理由は無いな」
少年が答える。
その声音には感情が感じられず、酷く淡々とした印象を与える。
青年にはその答えが予想できていたのか、軽く肩をすくめて見せた。その面には苦笑が浮かんでいる。
少年は苦笑する青年に視線を向けぬまま、呟く。
「さっさと済ませるぞ・・。これ以上この場に留まるのは、時間の浪費だ」
「そうしようか。正直、長く聞いていたい声でもないしな・・」
青年が同意の声を上げる。
その声に少年が左手に携えた太刀を――自らの武器を眼前に翳し、その柄を右手で握る。
だが、それは長大に過ぎた。全長2メートルはあろう。
長大な――人が扱うには余りに長大すぎる太刀を片手で軽々と構え、その切っ先を咆哮の主へと向け、少年が呟く。
「・・・教えてやる。人に神は殺せない・・等と言うのは、秩序の一つの側面に過ぎないと言う事をな・・」
一方、青年は瞳を閉じ、中空から何かを引き出すかの様に、右手を軽く中に突き出す。
その瞳が見開かれた時、怪異が起こる。青年の右手に焔が灯った。禍々しく、呪わしき黒き焔が。灯った黒焔はその大きさを増し、右手より迸る。
そしてそれは螺旋を描き、幾重にも絡まり、捻れ、そして実体を作り出す。
黒き刀身を持つ、忌まわしき剣を。
現れた剣を手に、青年もまた咆哮の主へと言葉をかける。
「見せてくれ、お前が神と呼ばれる訳を。オレはそれを切り伏せよう」
刹那。
二人の周囲で空間が変異を起こす。
少年の周囲の空間は凍て付き、青年の周囲の空間は陽炎の如く揺らぐ。
凍氷と熱波の闘気が、死の闇を掻き消し、押し戻し、咆哮の主へと迫る。
それを感じたか、咆哮の主が再度無音の咆哮を上げる。
「・・・・行くぞ」
「ああ!」
その声と共に、二人は咆哮の主へと――邪とされし神へと駆け出した。
“神殺し‐カミゴロシ”
○法治圏特殊例外任務ランク=0を実行し得る者の総称。
・魔具、神器と呼ばれる特殊霊製武装を扱う者。
・人智慮外の特殊能力を持ち、その特殊技能がランク=0を遂行するに足る者。
・何らかの神の転生者であり、その力に覚醒した者。
上記のいずれか、または複数に該当し、本来不死であるはずの神を殺す力を有する者。
これはそんな神殺し達の物語。
世界最大の禁忌、神殺しを生業とする者達が紡ぐ歴史の一部。
「お疲れ様でした。報酬は口座に振り込ませていただきます」
慇懃に礼をする黒服の男性に蒼髪の少年――緋澄(ひすみ)蒼夜(そうや)は五月蝿そうに手を振って返した。むっとした様な表情を浮かべる黒服を完全に無視すると、ジャケットのポケットから取り出した煙草を咥える。
「おいおい蒼夜、あまり邪険にするものじゃないよ」
火を点けようとした瞬間に割り込んできた声に、蒼夜は視線を動かす。
視線の先には一人の青年。
痩せ型で、明るい茶に染めた髪が街灯に照らされ、輝いて見える。髪色よりも幾らか暗い焦げ茶の瞳を抱く端正な顔立ちには優しげな苦笑が浮かんでいる。
「・・・・」
無言のまま紫煙を燻らす蒼夜に、青年――玖珂(くが)和麻(かずま)は苦笑を深めると、黒服に謝罪と労いの言葉をかける。
その言葉で若干は気が晴れたのか、黒服は再度礼をしてその場を後にする。
それを見送ると、和麻は蒼夜へ向き直る。
「君が無愛想なのは知ってるけど、もう少し労わってあげてもいいんじゃないか?」
苦笑しつつ声をかける。
それに対し、蒼夜は「無意味だな」とだけ返した。
そんな蒼夜の答えに、和麻は苦笑を一層深くした。
「全く・・相変わらずだな。その調子じゃ、恋人ができるのはまだまだ先かな?」
からかい混じりの台詞に、蒼夜は下らなそうに息を吐く。
「まぁ、どうこう言うつもりもないよ。蒼夜ならすぐ作れそうだとも思うけどね」
「・・俺にそのつもりが無い以上、永久にないな」
「・・・何だか、世間一般の男が聞いたら怒りそうな気がするよ」
苦笑しつつ和麻は蒼夜にざっと視線を通す。
181cmの自分よりも更に高い、190cmの長身は鍛えられ、鋼の様に引き締まっている。深く澄んだ蒼い髪と焔の様な紅い瞳は異様にも見えるが、生来のものである以上は個性でしかない。鎖骨にまで届きそうな長い前髪に隠されて見難いが、顔立ちも一種中性的な整ったものである。
――その気になれば選り取り見取りなんだろうけど・・・本人にその気がないからな・・。
そう思い笑みを深める和麻に、蒼夜が視線を向けた。
「・・・玖珂、良いのか?」
突然の言葉に惚けた表情を浮かべる和麻に、蒼夜が続ける。
「・・・時間だ。永遠(とわ)が待ってるんじゃないのか?」
その言葉に、和麻は時計に視線を落とす。
22時30分。
その表示を見て取ると、和麻は額に手をやり、しまったという表情を浮かべた。
「・・・その様子を見る限り・・手遅れと言うべきか?」
「ああ・・。拗ねると長いからな・・」
蒼夜の問いに、和麻は頭を掻きながら答えた。その表情は弱った様な困った様な・・と言った類のものだ。
それを見て蒼夜の口元が微かに歪む。付き合いの浅い者には分からないそれも、和麻には笑みと理解できた。
「あのな・・蒼夜、何も笑わなくても良いだろう?」
抗議する和麻に対し、蒼夜は新しい煙草を咥えると
「・・俺に抗議するよりも、さっさと行け。任務が終った以上、ここに用は無いだろう」
と言って太刀の柄で帰路を示す。
「そう・・だな」
和麻は踵を返し、一、二歩進んだ所で、振り返った。
「じゃ、またな」
無言のまま気だるげに右手を上げて見せる蒼夜に苦笑しつつ
「今度、また永遠を連れて遊びに行くよ。永遠も君に会いたがっていたからね」
と言って和麻は走り去った。
その様子を紫煙を燻らしながら横目で見送ると、蒼夜もまた帰路に着いた。
投稿ありがとうございます。
美姫 「ございます。今度は能力者の話かしら」
結構、物騒な集団がいるみたいだな。
美姫 「神殺しだものね」
さてさて、ここからどんな話になっていくのかな。
美姫 「気になる次回は……」
この後すぐ!