『左手に風を、右手に雷を』




 フィーの編入から数日。
 既にしてフィーはクラスの一員として完全に馴染んでいた。有名な‘単独者’狼が始めて受け入れた守天使として集めた注目と抱かれた幻想は、初日で完全に砕かれ、クラスのメンバーには『ドジでおっちょこちょいだが一途で頑張り屋』な少女としてすっかり定着していた。と言うより、元々狼とフィーの立場――守られるべき主と守るべき守天使――を逆にして見れば、おかしい点等どこにもないのだ。最も、そんなパターン等例外中の例外であり、珍しいにも程があるのは事実だが、そうやって逆パターンな二人にも、クラスは既にして慣れており、狼への注目も以前に比べ落ち着いた。
 だが、今度は別の意味で注目が集まっている。
 それは――
「狼様〜、デート行きましょうよぉ〜」
「阿呆。それは恋人でも作ってソイツと行け」
「そんなぁ〜・・」
 これである。
 狼はともかく、フィーが狼に好意を抱いているのは公然の事実だし、フィー自身が隠そうとはしていない。で、『ドジでおっちょこちょいだが一途で頑張り屋』としてクラス内ですっかり人気者になってしまったフィーが、こうやって狼の気を引こうと頑張れば頑張る程、持ち前の『放っとけないオーラ』がクラス女子の母性を擽り、男子の好奇心にも火をつける。
 今や、女子は何とか狼とフィーをくっつけようと相談やら何やらと応援にまわり、男子は男子で『いつくっつくか』と興味心身で見守っている始末だ。
 狼にして見れば、厄介事の方向性が変わっただけ――それも、より面倒な方向に――であり、以前に輪をかけて気だるげな様子だ。何より――
「ロー、照れないで行ってくればいいのに」
 満面の笑みでほざく久義を冷めた目で見据える。
――よりにもよってコイツが中心だってのがかったりぃぜ・・・。
 嘆息混じりに胸中で呟く。
 そうなのだ。楽しい事大好きなこの男が、今の状況を黙って見ている訳がなく、あれやこれやと策を練ってはフィーをけしかけている。そしてフィーはフィーで久義の過激な提案も疑う事無く実行に移すので厄介である。
 狼としては仲間内最後の良識であるリュイーに期待していたのだが――
「? どうかいたしましたか、迅野様?」
「いや、別に・・」
 小首を傾げるリュイーに、深く嘆息。
「・・・ったく、面倒臭ぇ」
 呟いてガリガリと頭を掻く。そんな狼に、リュイーは苦笑交じりに
「ですが、迅野様も年頃の殿方ですし・・恋人の一人くらいお作りになられてもよろしいのではないですか?」
 と声をかける。
「いらねぇよ、んなモン。・・かったりぃ」
 心底面倒臭そうに返した狼に、リュイーが苦笑を深めた。
 そんな狼から少し離れた所では、女子数人とフィー。そして何故か久義が集まって密談をしている。
 狼はそれをチラリと横目で見ると、再度嘆息し、鞄から取り出した雑誌へと視線を落とす。
――・・・ったく。一々関わってられっか。
 胸中で呟き、勤めて意識の外に追い出――
「じゃ、フィーちゃん。これ、行ってみよっか。多分、いや絶対ローも名前どおり狼になるから!」
――いや、気にするな。気にしたら負けだ・・。
「そう! これぞ乙女の最終武装形態! その名も・・・裸エプロン!」
「はいっ!」
「え、マジでやっちゃうの!? フィーちゃん!?」
「やります!」
「恥ずかしくない?」
「それは・・・恥ずかしいですけど・・」
 顔を真っ赤にしながらそう言うと、狼へと視線を向けるフィー。それを追って、周囲の女子達の視線も狼へと集まる。
 そんな彼女達の好奇心に満ちた視線を受け、狼は――
「因みに、だ。実行したら速攻で追い出すから、覚悟の上でな。前もって警告しとくがよ?」
 雑誌に視線を落としたまま、至極平然と釘を刺す。
「そ、それはいやですっ!」
 大慌てで返したフィーに、「だったら止めとけ」と答え、雑誌のページを捲る。
「襲わないの!?」
 そんな狼に、久義が驚愕した表情で尋ねる。
「そう言ってんだろ、阿呆」
 顔色を変える所か、視線すら動かさないままに即答して見せた狼に、久義は一瞬唖然とした表情を浮かべ――
 まるで化け物を見たかの様な表情でガタガタと震えだした。
「信じられないよ・・ロー、君は漢の浪漫が分からないのかっ!?」
 邪竜の王の心臓を貫く勇者の聖剣の如く突き出された久義の指を、やはり視線を動かさないままにヒョイと埃でも払うかの様にどかし、
「前にも言ったがよ? 妄想と書いてロマンとは読まねぇぞ?」
 呆れ交じりの声で答える狼。
 それをきっかけに、ギャーギャー喚く久義と、涼しい顔でスッパリ切り捨てる狼、と言ういつもの光景が展開した。フィーはと言えば、核心にいるはずなのに完全に置き去りをくらってポツーンとしており、周りの女生徒達もマシンガンを上回り、今やガトリングトークで狼を糾弾する久義と、普段通りの口調、速度ながら完璧に切り返す狼に呆気に取られ、フィーのフォローに回る事ができずにいる。
 それを見て、リュイーは苦笑をもらす。
――久義もフィーさんを焚き付けるのは良いんだけど・・・迅野様が一枚上手かな?
 次から次へと過激なアプローチを思いつき、フィーを焚き付ける久義だが、結局、久義が出す案と言うのは狼を相手に一度や二度は『漢の浪漫』と称して語った事がある事ばかりだ。一方の狼はと言えば、常日頃久義を相手にしているだけあって、過去の言動等から久義の思考パターンを読んでいるらしく、『大体こう来るだろう』程度の予測はたっているらしい。
 と言うより――
――迅野様、久義の台詞に言葉で揺手(ゆらぎて)使ってるような?
 リュイーの脳裏に、異種の攻撃に対して、揺手――真横から左の掌打をぶつけて軌道を逸らす――を行っている狼と言う映像が浮かび、目の前で行われている光景が被って浮かび――
「あ、あははは・・」
 余りにピッタリと当て嵌まってしまい、リュイーは一人渇いた笑いを漏らした。
―まぁ、でも・・・
 最初は心配だったが、フィーが来た事は正解だったのかもしれないと、目の前の光景を眺めながら思う。
 確かに狼は未だ久義、リュイー以外には関わろうとはしていない。だが、そこに強引にフィーが割り込んだ。そして持ち前の猪突猛進なまでの前向きさで狼にアタックを繰り返す。それこそ、狼がどれほど邪険にしてもへこたれずにだ。そして、そんなフィーを応援するクラスの女子と好奇心から眺める男子。
そんな中でフィーはいつも狼にじゃれ付き、久義が突拍子もない案を披露する。それに対し、狼はいささか冷たいながらも反応を返す。それをこの数日間繰り返してきた結果、今までは‘危険物’扱いだった狼にクラスメイト達は馴染みつつあった。
要は、反応である。
クラスメイトが話しかけても無関心。協調性は皆無。かと言って自分の意思を強引に押し付けるわけでもない。これでは、ハッキリ言って何を考えているか分からない。コレだけでもクラスメイトが遠巻きにするには十分だ。が、狼はそれに加えて人間離れと言っていい程高い戦闘力を持つ。クラスの中には、狼が異種と戦っている所を目撃した者もいる。‘守天使並みに強くて何を考えてるか分からない奴’では誰だって避けるだろう。自分に危害が及ばないとも限らない。
今まではその状況だった。
が、ここ最近はフィーと言う台風がクラス全員を巻き込んでいる。そんな中でフィーが猛烈なアタックをかけ、久義が炊きつけ、それに対して狼は呆れ交じりの突込みを返している。この状況なら、完全に、等とは決して言えないが、少しは狼と言う人物を知ることが出来る。知る事は理解に繋がる。クラスメイト達は、徐々に狼を理解し始めていた。
・・・最も、張本人たる狼はそんな事など、露ほどにも気にしてはいないのだが。
――でも、ここまでくればその内迅野様も、ね。
 そんな事を思いながら、リュイーは自分の主に静かな突込みを入れる狼を眺めた。



「・・・あぁ・・ったく。よーやく終わりか」
 気だるげにボヤキながら、狼は殆ど空の鞄に雑誌を突っ込む。ここ最近いつも通りになりつつある休み時間ごとの騒動や、事業中のフィーのロースペックぶりとで、元々面倒事を嫌う狼には疲れが溜まりつつある。ボヤく声にもいつも以上の気だるさが滲もうと言うものである。
――ったく・・あの阿呆どもは・・。
 胸中でその原因達に嘆息しつつ、頭をガリガリと掻く。
 と、そんな狼に「ちょ、ちょっとお待ちくださいです! すぐ終わりますから〜」と慌てた様子のフィーが声をかけてくる。これも、ここ最近ではいつもの事だ。普段なら嘆息交じりに待つのだが――
「・・・慌てんな。俺は一人で帰っから、リュイー達と帰れ」
 と言うと、狼は鞄を引っつかんで席を立った。
「え、は、はい・・って狼様!? そんなぁ〜!?」
 おお慌てて立ち上がるフィーを気にするでもなく、狼はリュイーに視線を送る。リュイーはそれに分かってる、と言う様に頷いて見せた。それに短く頷いて返すと、狼はさっさと教室を後にする。フィーは慌てて追おうとするものの――
「まっ・・・て、は、はわあぁっ!?」
 慌てた表紙に机の脚に躓いて盛大にコケる。ビターン、と大の字で床に張り付いたフィーが打ったらしい鼻を擦り擦り起き上がる頃には、既に狼の姿は消えていた。
「あ、あれ? あれれ? 狼様? 狼様は何処へ!?」
 キョロキョロと周囲を見回しながら大慌てのフィーと、自らの守天使を置き去りにさっさと帰路に着いた狼に、クラスメイト達もポカンとした表情をしている。それも、狼とフィー、と言う組み合わせが定着してきた以上は余計に、である。
 そんな中、事情を知っているらしい久義とリュイーだけは落ち着いた様子だ。
「あぅ〜! 狼様〜!? 何処ですかぁ〜!?」
 普通なら教室を出たんだろうとさっさと追いかけるのだが、それにすら思い至っていないらしく、狼を探して大声を上げるフィーを見て、久義とリュイーが顔を見合わせて苦笑する。
「さて、どうしよっかな・・」
 どうやって落ち着かせたものかと困った様子のリュイーに、
「面白いからも少し見てる?」
 と返す久義。
 そんな主に「ダメでしょ、それは流石に」と苦笑交じりに返し、リュイーは未だ騒ぎ続けるフィーへと歩み寄り、肩を叩いた。
「フィーさん」
 その声にフィーが振り向き――
「うわぁ〜〜ん! りゅ、リュイーさぁん〜!」
 滂沱の涙を流したフィーがタックルよろしく抱き着いてきた。
「えっ、ちょっ、フィ、フィーさん?」
 普段のトロくささからは想像も出来ない速さで飛びついてきたフィーをどうにか受け止め、リュイーが驚いた様に声を上げた。



 いつも通りの雑踏の中を、狼は一人歩いていた。
 周囲は相変わらず人と守天使とで賑わっている。その中にあって、狼は一人。伴うべき守天使を伴わず、一人足を進める。
 見慣れたとは言え、守天使を伴わない単独者へは、やはり奇異の視線が向けられる。特徴的な容姿から、既に街中で知らない者はないとは言え、常識から外れたものには一瞬でも視線が留まるものなのだろう。
 狼とてそれは理解しているし、もとより気にする様な質でもない、。
 とは言え――
――相っ変わらず人が多いな・・ったく、ウザってぇ・・。
 面倒ごとと並んで人ごみを嫌う狼は、胸中ではき捨てた。
 自分へと向けられる視線等どうでも良いが、歩くのに一々人ごみを縫わなければならないというのが、面倒なのである。
「・・裏、入っか」
 誰とはなしに呟くと、狼は大通りを外れ、細い路地へと入りこむ。
 “異種”と言う害悪が存在すると知れてから、裏路地を歩く人間は少なくなった。
 まぁ、当然と言えば当然である。
 幾ら守天使と言う守護者がついているとは言え、一度に複数の異種に襲われれば、如何に守天使と言えど確実に守りきれるとは言いがたい。複数の敵を相手に単独で相対し、誰かを守り抜くのが、どれほど難しいか等、考えるまでもなく分かることだ。たとえ守天使が『神理』と言う超常の力と優れた能力を備えていても、万能と言う訳ではないのだ。
 自らの守天使を信じていても、人が多い方へと足が向くのは自然なことだ。人が多いと言う事は、異種と戦える守天使が多くいると言う事なのだから。複数の異種に襲われようと、複数の守天使が居れば何ら問題等ない。複数に対し、複数で挑むのだ。どちらが安心できるか、と問われればそちらを選ぶのは当然だろう。
 そんな理由から、本通りには自然と人が多くなる。
 それ程大きい町ではないとは言え、人工が本通りに集中すれば、その混雑は結構なものである。
 人ごみを嫌う者には、許容しがたいのも無理はない。それでも裏路地を使わないのは、異種に対する恐怖が勝るからだ。
 では、それに当てはまらない者は?
 異種に対して恐れを抱いておらず、守天使にも頼らず、その上で人ごみを嫌う者はどうするのだろう。
 今回狼が取ったのは、それである。
 人々が避ける裏路地に入り、狼は軽く伸びをするとポケットからタバコを取り出し、火を点けた。
 咥えタバコで歩く狼の表情は、清々したとでも言った感じである。
 如何にもリラックスしきった表情で、狼は路地を歩いていった。
 そして、大きな建物に入り、受付に声をかけ、階段を上り、目的の部屋のドアを叩く。
「はーい、どうぞー」
 中から聞こえた声に、狼の口元が柔らかな笑みを刻む。そして狼は、ドアを開き、部屋へと歩み入った。



狼よりも打ち解けているような様子だなフィー。
美姫 「確かにそれはあるわね。まあ仕方ないかもしれないけれど」
にしても、フィーもめげないな。
美姫 「それをいなす狼との構図が既に出来上がってるわよね」
で、単独行動して何処かへと向かったみたいだけれど。
美姫 「一体、何処なのかしらね」
気になる次回はこの後すぐ。



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