第二幕 山小屋
ミニーとジョンソンはそのまま馬で話をしながら山を登っていた。やがて小さな小屋が見えてきた。
「あれよ」
夕暮れが落ちようとしている。その赤い夕陽の中にその小屋はあった。
「あれか」
ジョンソンはその小屋を見て言った。
「中々いい家じゃないか。粗末だなんて言って」
「それは中を見てから言ってね」
ミニーは苦笑して言った。
二人は馬を繋ぎ止めた。そして小屋の中に入った。
「これは・・・・・・」
ジョンソンは小屋の中を見て言葉を漏らした。
中は確かに質素である。調度品は少ない。しかしそのどれもが綺麗に手入れされており部屋の中もよく掃除されている。綿のカーテンは赤っぽい色であり何処か女性らしい。確かに質素だが整った家である。
「いい家じゃないか。予想以上だよ」
ジョンソンは彼女に対して言った。
「有り難う。褒めてくれて」
ミニーはその言葉を聞き微笑んで言った。
「けれど狭いでしょ。本当にあばら家だから」
そう言いながら暖炉に薪を入れる。
「いやいや、立派な家だよ」
ジョンソンは火打石を出しながら言った。
「ありがと」
ミニーはその火打石を受け取って答えた。そして薪に火を点ける。
火は瞬く間に薪を包んでいく。小屋の中に温もりが満ちていく。
「どうぞ」
そして食事を出した。パンと干し肉だ。
そして薪の上でポタージュを作っている。ジャガイモと野菜のポタージュだ。
「召し上がれ」
まずはパンと干し肉をテーブルの上に置いた。
「有り難う」
ジョンソンはテーブルに座った。そしてミニーに対し礼を言った。
「いえ、簡単なもので申し訳なくて」
ミニーもテーブルに座った。そして恥ずかしそうに言う。
「いやいや、そんなことは」
ジョンソンは彼女の言葉を否定した。
「とても美味しいし」
パンを口にして言った。
「それに温かい食事というのはやっぱり有り難いしね」
煮え出しているポタージュを見ながら言った。
「普段は何を食べているの?」
「手に入ったものを。もっぱら捕まえた獣の肉だね」
「そう。それじゃあ辛いでしょう」
「干し肉とかにしてるからね。この肉みたいに」
そう言って干し肉を手に取った。
「けれどこの干し肉の方が美味しいな。男が作るとやっぱりまずい」
干し肉を口にして言った。
「うふふ、口が達者なのね」
ミニーはそれを聞いて微笑んで言った。
「コーヒーも如何?」
ミニーはブリキのカップに入ったコーヒーを差し出した。
「これは有り難い」
ジョンソンは笑顔でそのコーヒーを受け取った。
「実は大好きなんだ」
そして笑顔で口に含む。その香りが口中に拡がる。
「それにしても不思議だな」
ジョンソンは小屋の中を見回して言った。
「何が?」
ミニーはそれに対して尋ねた。
「うん、ここにこうやって一人で住んでいるのが。ポルカかその側に住むのが普通かな、と思うし」
「訳を知りたい?」
ミニーは両肘をつき顎を両手の甲の上に置いて問うた。
「うん。良かったら」
ミニーはそれを聞き笑顔で語りはじめた。
「私がソレダードで生まれたのは話したよね」
「うん」
「私の家は山の麓にあったのよ。そして私はいつも野山の中を駆け回って遊んでいたわ。野原に下りてカーネーションやジャスミンを探したりしてね」
彼女は少しうっとりとした目で言った。
「山には松の並木があってそこでマツボックリを取ったわ。そしてそれでいつも遊んでいたのよ」
ふと小屋の壁を見る。そこにはマツボックリが数個掛けられていた。
「今も時間があればそうしてるわ。私は今でも野山や野原に行くのが大好きなの」
「山が荒れた時は?」
ジョンソンは尋ねた。
「その時は本を読むわ。聖書をね」
「聖書か。その他に読む本はある?」
「あるわ。これよ」
そう言って一冊の本を取り出した。
「これは・・・・・・恋愛小説かい?」
ジョンソンは表紙に書かれた題名を見て言った。
「そうよ。柄に合わないけれど」
ミニーはクスリ、と笑って言った。
「けれどまだよくわからないの」
ミニーは席に戻って言った。
「恋愛がどんなものかは。ひょっとしたらこれからずっとそうなのかも」
苦笑して言った。
「束の間の恋も永遠の愛も私には関係無いのかも」
「それは違うと思うよ」
ジョンソンは言った。
「世の中にはその束の間の恋や永遠の愛に全てを捧げる人がいるのだから」
「そうかしら」
「ええ。今ここにも」
そう言ってミニーを見つめた。
「嫌だわ、そんな冗談」
ミニーは顔を赤らめてそれを否定した。
「嘘なんかじゃありませんよ」
ジョンソンは首を横に振って言った。
「あの時会ってから」
その言葉を聞いたミニーの脳裏にあの時のことが甦る。
「あの時ですね」
二人がはじめて会ったあの時だ。
「モンタレーでのことを」
「ええ、よく覚えているわ」
ミニーは答えた。
「忘れる筈がないわ。けれど」
そこで言葉を区切った。
「けれどあたしには・・・・・・」
それを容易に受け入れられないのだった。
「怖いのですか?」
「え!?」
ミニーはジョンソンのこの言葉に顔を上げた。
「恋が」
「それは・・・・・・」
言葉が出なかった。
「僕はあの時から・・・・・・」
ジョンソンはミニーを見て言った。
「止めて・・・・・・」
ミニーはそれに対し目を瞑り耳を塞ごうとする。
「駄目だ、聞いて欲しい」
ジョンソンは食い下がった。
「それは・・・・・・」
ミニーはそれを断ち切ろうとする。
「受け入れてくれないならそれでいい」
ジョンソンは言った。
「そうならもう旅立つから」
そう言って席を立った。そして小屋から出ようとする。
「駄目よ、外は吹雪よ」
ミニーはそれを止めた。
「しかしもう僕はここにいても仕方がない」
「いえ、そんなことはないわ」
ミニーは言った。
「何時までもいて欲しい位よ」
そして本心を言った。
「・・・・・・いいのかい?」
ジョンソンはその言葉に振り向いた。
「・・・・・・ええ」
ミニーは顔を少し俯けて答えた。
「・・・・・・良かった」
ジョンソンはミニーのところへ戻った。そして二人は強く抱き合った。
そこで銃声がした。二人はハッと顔を上げる。
「聞いたか」
「ええ」
二人は顔を見合わせた。
ジョンソンは戸口に顔を近付けた。そして聞き耳を立てる。
風の音が聞こえる。どうやら吹雪というのは本当らしい。
その中から人の叫び声もあうる。どうやらこちらに近付いて来ている。
「風の音だけじゃないな」
「えっ!?」
「人の声も聞こえて来る」
「誰かしら?」
ミニーも扉の前に来た。そして聞き耳を立てる。
「あの声は・・・・・・ソノーラね」
ミニーは声を確かめながら言った。
「あとは・・・・・・アッシュビーかしら。そして・・・・・・」
ミニーの顔が暗くなった。
「まずいわね、あの人がいるわ」
「あの人!?」
「ランス。ジャック=ランスよ」
「保安官か」
「そうよ、これはまずいわね」
ミニーはジョンソンを見て言った。
「どうしてまずいんだい?」
「あの人凄く嫉妬深いのよ。外見に似合わず」
「そうなのか」
ジョンソンにもそれは思い当たるふしがあった。
「こっちに近付いてるわね。どうやらあたしのことが心配で来てくれたみたい」
ミニーはジョンソンに顔を戻した。
「まずいわ、隠れて」
「どうしてだい!?」
「言ってるでしょ、あの人嫉妬深いから。貴方がいるなんてわかったら大騒動よ」
「そうか」
ジョンソンはすぐに寝台のカーテンの陰に隠れた。ミニーはそれを見てホッと胸を撫で下ろした。
「おおいミニー」
そこへ扉の向こうから声がした。ソノーラの声だ。
「どうしたの?」
ミニーは何事も無かったかのように声を返した。
「開けてくれないか、ちょっと伝えたいことがあるんだ」
「ええ、いいわよ」
ミニーはそれに従い扉を開けた。するとソノーラ達が小屋の中に入って来た。
「おお、寒かった」
身体中雪にまみれている。手で雪を払いながら小屋の中に入る。
「大丈夫!?」
ミニーは彼等を気遣って声をかけた。
「ああ、まあな。寒くて凍えそうだが」
アッシュビーは笑顔で答えた。
「ところであたしに伝えたいことって何?」
ミニーは問うた。
「うん、実はな」
ソノーラが話そうとする。そこへランスが出て来た。
「あの男のことだが」
その表情は険しい。
「あの男って!?」
ミニーはそれが誰かわかっていた。だがあえて尋ねた。
「あの余所者だが」
「ジョンソンのこと!?」
「そうだ、あいつだ」
ランスがさらに表情を険しくする。ミニーはそれを見て何か良からぬことだと悟った。
「あいつの正体がわかった」
「正体!?」
「そうだ。あいつがラメレスだ」
「えっ!?」
ミニーはそれを聞いて思わず声をあげた。危うくカーテンの方を振り向きそうになったが首を止めた。
ランスはその様子に何かを察したようだがあえて言わなかった。
「嘘でしょ!?」
「本当だ。俺は嘘は言わない。保安官の誇りにかけてもな」
「どうやらあいつはポルカに盗みに入ったらしいな」
アッシュビーが言った。
「けれど盗まなかったじゃない!」
ミニーは激昂して言った。
「そういえばそうだな」
ソノーラはそれを聞いて呟いた。
「盗もうと思えば出来た筈なのに。どうやら一人になった時もあったようだし」
「この小屋に来てるんじゃないかと思ってな」
ランスはミニーを疑う目で見て言った。
「私を疑うの!?」
ミニーはランスに対して言った。
「ああ、悪いがな」
ランスははっきりと言った。
「あんたはあいつにやけに親しげだったしな」
彼は自分がジョンソンに嫉妬しているのを感じた。それを慌てて打ち消した。
「いや、とりあえず奴がいそうなところは一通り回ってみることにしたんだ」
「そう」
ミニーはそれを聞いて言った。
「そうだ。そして一つ伝えておきたいことがある」
「何!?」
言葉が刺々しいものになってしまっていた。
「ニーナ=ミケルトレーナだけどな」
「ああ、あのあばずれね」
「あいつの女だ」
「そういう噂だけどね」
「本当だ。証拠もある」
ランスは言った。
「あのカストロの野郎が俺達を仲間のところに連れて行こうとした。それに気付いて白状させたんだ。そしてあの女のことも言ったんだ」
「嘘ね」
ミニーは顔を横に向けて言った。
「信じないならそれでいい。だが俺は真実を言ったんだ。それは覚えておいてくれ」
そう言ってランスは踵を返した。
「じゃあな」
ソノーラとアッシュビーも帰って行く。
「さよなら」
「お休みなさい」
ミニーも言葉を送った。彼等は小屋を後にした。
「・・・・・・どういうこと!?」
ミニーは後ろを振り向いて言った。
ジョンソンはカーテンから出て来た。
顔を右に向けてミニーの方を見ようとしない。だがその顔は蒼白である。
「・・・・・・・・・」
何も答えない。否、何も答えられないのだろうか。口を固く閉ざしている。
「盗賊だったのね」
「・・・・・・・・・」
「盗みに来たのね!」
ミニーは激昂して言った。
「違う・・・・・・」
ジョンソンはようやく口を開いた。そして重い声で言った。
「どう違うのよ、この嘘つき!」
彼女は泣きそうな顔で叫んだ。
「違うんだ」
ジョンソンはまた言った。
「じゃあどうしてポルカまで来たのよ!」
「それは・・・・・・」
ジョンソンは顔を俯けた。
「何もやましいことが無いのなら答えられるでしょう!?」
「・・・・・・・・・」
ジョンソンは答えられなかった。
「ほら、答えられないじゃない、やっぱり嘘なのよ!」
「いや、違う!」
「違わないわ、貴方は盗賊よ!」
「ミニー、僕の話を聞いてくれ!」
今度はジョンソンが激昂して言った。
「・・・・・・いいわ」
ミニーはその声を聞いて気を落ち着けた。そして一呼吸置いて言った。
「言って御覧なさい。聞いてあげるわ」
「・・・・・・有り難う」
ジョンソンも気を落ち着けた。そして息を大きく吸い込んだ後語りはじめた。
「あの保安官の言ったことは本当だ。私の本当の名はラメレスという。盗賊達の首領だ」
ミニーはそれを聞いてそれ見たことか、という顔をした。
「私は盗賊達の首領の息子として生まれた。だが私はそれを知らなかった。父は事業をやっていると聞かされていただけだった。そして裕福な生活の中で暮らしていた」
「人々から盗んだお金でね」
「・・・・・・否定はしない。父が盗賊だということを知ったのはほんの半年前だった」
彼は言葉を続けた。
「父が亡くなった。そして私の許に残された遺産はその盗賊達だけだったのだ。私は彼等を率いて生きるしかなかったのだ」
彼は自分の運命を呪って言った。
「こんな生活から一日でも早く逃れたかった。だが出来なかった。そして今もそうだ」
ミニーは彼を黙って見た。
「私は確かに盗賊だ。だがこれだけは言いたい、ポルカに入ったのは決して盗む為じゃないんだ」
「じゃあ何の為に!?」
ミニーは問うた。
「それは・・・・・・」
ジョンソンは言葉を止めた。
「ほら、言えないのでしょう!?」
彼女は冷たい声で言った。
「・・・・・・わかった、言おう」
ジョンソンは再び口を開いた。
「貴女がいたからだ」
ミニーはそれを聞いてジョンソンの顔をハッと見た。
「モンテレーで会った時から思っていた。もう一度会いたいと。そしてずっと捜していた」
「・・・・・・嘘なのね」
「嘘じゃない、そしてポルカに辿り着いたのだ。長い間捜し求めて」
「・・・・・・・・・」
ミニーはそれを聞いて再び沈黙した。
「やっと会えた。だがそれも終わりだ。私はこの場を去ろう」
「・・・・・・ええ、出て行って」
ミニーは言った。
「貴方は確かに何も盗んでいない。けれど私に嘘をついた、それだけで充分よ!」
彼女は涙を流していた。
「早く出て行きなさい!そして二度と私の前に姿を現わさないで!」
「・・・・・・わかった」
ジョンソンはその言葉に頷いた。そして扉に向かった。
擦れ違う。だが二人は顔を合わせなかった。
ジョンソンは小屋を出た。そして繋いである馬に向かった。
「吹雪も止んだか」
彼は辺りを見回して言った。足下には雪が積もっている。
「出て行くには絶好の時だな」
そう呟いて馬を解き放とうとする。
「やっと出て来たな」
その彼を遠くから見る男がいた。
ランスである。彼は帰るふりをして彼が小屋から出て来るのを待っていたのだ。
「落ち込んでいるな。どうやらミニーにも振られたらしい」
彼はそれを見て笑みを浮かべて言った。
「だがそれも少しの間だ。今楽にしてやるからな」
そう言ってライフルを構えた。慎重に狙いを定める。
銃声がした。それは小屋の中にいるミニーにも聞こえた。
「まさか・・・・・・」
ミニーはそれを聞いて顔を蒼くさせた。
「いや・・・・・・」
だが彼女は頭を振った。
「そんなことあたしの知ったことじゃないわ」
必死に思いを振り解こうとする。だがその時何かが小屋に当たる音がした。
「駄目よ・・・・・・」
ミニーは再び頭を振った。
「駄目なのよ・・・・・・」
だが気持ちまでは抑えられなかった。堪らなくなって扉を開けた。
「あ・・・・・・」
ミニーはそれを見て息を飲んだ。足下の雪が紅く染まっていたのだ。
そしてその中心に彼がいた。撃たれて倒れている。
「ミニー・・・・・・」
ジョンソンは彼女が扉を開けてこっちを見ていることに気付いた。
「大丈夫!?」
ミニーは咄嗟に駆け寄った。
「駄目だ・・・・・・」
ジョンソンはそれを拒絶しようとする。
「いえ」
だがミニーは逆にその拒絶を拒んだ。
「怪我人を放ってはおけないわ」
そして彼を小屋の中に引き摺るようにして入れた。
「ミニー、僕は出て行かなくてはいけないんだ」
ジョンソンはそれでも小屋を後にしようとする。だが怪我の為思うように動けない。
「そんな怪我で何処に行くのよ」
ミニーはそんな彼に対して言った。
「今は私に任せて。そんな身体で外に出ても凍え死ぬだけよ」
そう言って彼を屋根裏に押し上げた。
「多分あの男すぐにやって来るから」
ミニーにはわかっていた。誰が彼を撃ったのかを。
梯子を片付ける。そして何も無かったかのように小屋の中を取り繕った。
すぐに扉をノックする音が聞こえてきた。
「・・・・・・来たわね」
ミニーは思わず身構えた。そして扉の前に行く。
「どなた?」
ミニーは尋ねた。
「俺だ」
ランスの声だった。
「どうしたの?」
「ラメレスを捜しているのだが」
ミニーはそれを聞いてやはり、と思った。
「ここにはいないわよ」
「じゃあこの血は何だ!?」
ミニーはそれを聞いて内心舌打ちした。
「疑っているのね」
「保安官として当然だ」
ランスは答えた。
「小屋の中を調べたいんだが」
「・・・・・・いいわ」
ミニーは覚悟を決めて言った。
「どうぞ」
そして扉を開けてランスを小屋の中に入れた。
「ううむ・・・・・・」
小屋に入ったランスは中を見回した。
「好きなだけ捜したら!?」
ミニーは覚悟を決めた。そしてそのうえでランスに対して言った。
(何と気の強い女だ)
彼は内心そう思った。だが口には出さなかった。
「それで誰もいなかったら帰ってね。そして二度とここには来ないで」
「わかった」
ランスは内心歯噛みしながら答えた。そして小屋の中を調べ続ける。
カーテンの中を見る。寝台も調べる。
「どう、何かあった?」
ミニーが半ば勝ち誇るように言った。
「いや、何も」
ランスは彼女を悔しそうに見ながら言った。
(だが絶対にここにいる)
確信はあった。だからこそ調べているのだ。
(それに俺は奴をここに入れるのを見ているのだしな)
小屋から外に出して隠すにしても窓からしかない。窓からは傷を負っていて無理だろう。
それに外だとこの寒さでは凍死しかねない。厩も馬が騒ぐ。だとすればここしかない。
(しかし一体何処に・・・・・・)
何処にもない。ふう、と溜息をついた。
「ね、誰もいないでしょう?」
ミニーは勝ち誇った声で言った。ランスはそれを聞いて舌打ちした。
止むを得ない、諦めようとした。その時だった。
「!?」
見れば右手の甲に何か着いている。
「これは!?」
それを見たミニーの顔が蒼白になった。
「・・・・・・血か」
ランスはその赤いものを見て言った。
「何処かでひっかけた記憶は無いしな」
拭いた。やはり傷は無い。
「だとすれば何処かで着いたんだな」
考える。
「一体何処だ・・・・・・」
その時手の甲に再び着いた。
「ムッ!?」
上からだ。咄嗟に見上げる。そこは屋根裏だった。
「そうか、そこか・・・・・・」
ランスは上を見てニヤリ、と笑った。天井から血が滴り落ちてきているのだ。
「ミニー椅子を借りるぞ」
そう言って天井に行こうとする。
「駄目、それは駄目!」
ミニーは蒼白となった顔で叫んだ。
「いや、俺は遂に見つけたんだ!」
ランスは椅子を持って来ながら言った。
「ラメレス、貴様は縛り首だ!」
そして椅子に足をかけようとする。だがミニーがそれを押した。
「ウワッ!」
慌ててバランスを立て直す。何とかこけずに済んだ。
「ミニー、何をするんだ!」
そしてミニーに向かって叫んだ。
「今あの人は傷を負っているのよ!」
「それがどうした!」
「あんた怪我している人間を連れて行くつもりなの!?」
「そうだ、それが悪いか」
ランスはミニーを睨み付けて言った。
「俺は保安官だ。罪人をしょっぴくのが俺の仕事だ」
「あんた前言っていたわよね」
ミニーはランスを睨み返して言った。
「例え罪人でも怪我している奴は捕まえないって。怪我している奴を捕まえて喜んでいるのは本当の西部の男じゃないって」
「・・・・・・・・・」
ランスは何も言い返せなかった。確かに言ったからだ。そしてそれは彼の西部の男としての信条であったからだ。
「・・・・・・思い出したかしら」
「・・・・・・ああ」
ランスは苦味に満ちた声で答えた。
「・・・・・・だが条件がある」
彼は怒りに満ちた目で言った。
「俺と勝負して勝ったならな」
「怪我人に対してよくそんなことが言えるわね」
「安心しろ、そこにいる盗賊に対してじゃない」
彼は天井を見上げて言った。
「俺が勝負を申し込むのは・・・・・・」
顔を下に戻した。
「あんたにだ」
そしてミニーを指差して言った。
「あたしに!?」
「そうだ、あんたにだ」
ランスはミニーを睨み付けて言った。
「あんたが勝ったら俺はここから何も言わず引き揚げる。だが俺が勝ったら・・・・・・」
ランスは言葉を続けた。
「あの男は捕まえる。そしてあんたは・・・・・・」
ミニーは次の言葉を待って息を飲んだ。
「俺のものだ」
ランスの自分への気持ちはよくわかっている。ランスもそれは隠そうとはしていない。ポルカでもそうだったのだから。
「・・・・・・いいわ」
ミニーは答えた。そしてランスを睨み返した。
「で、勝負は何?銃?望むところよ」
「いや、それは止めにしよう」
ランスは言った。
「じゃあどうするつもり!?」
「カードだ」
ランスは言った。
「俺は元は博打打ちだ。あの男は盗賊。そしてあんたは居酒屋と賭博場の女主人。どいつもこいつもカードとは切っても切れない関係だ。悪くないだろう」
「・・・・・・ええそうね」
ミニーはそれを聞いて答えた。
「所詮同じ様な状況に住んでいる人間だからね。盗賊も博打打ちも」
「そういうことだ。この西部では特にな」
「で、何で勝負するの?ポーカー!?ブラックジャック!?」
「ポーカーにするか。それがこの西部には最もお似合いのカードだ」
「わかったわ」
「いいな、俺が勝ったらあんたとその男は俺のものだ」
「ええ。その代わり私が勝ったなら・・・・・・」
「わかっている」
ランスは頷いた。そして二人は席に着いた。
「用意はいいか!?」
ランスはカードを取り出してながら問うた。
「ちょっと待って」
ミニーは戸棚のところに行き何かを探している。
「どうしたんだ?」
ランスはカードを切りながら尋ねた。
「ちょっとね、新しいカードを」
戸棚から何かを出した。
「カードならここにあるが」
ランスは切ったカードをテーブルに置いて言った。
「そう、それならいわ」
取り出した何かをサッと靴下の中に入れた。
「御免なさいね。少し慌ててしまって。何しろ人一人の命がかかっているんですもの」
「・・・・・・そうだな」
ランスは顔を強張らせて言った。
「では用意はいいか?」
「はい」
ミニーは席に着いた。
「何回勝負!?」
「三回だ」
ランスは言った。
「わかったわ。じゃあはじめましょう」
「よし」
二人はカードを挟んで睨み合った。そして勝負がはじまった。
「何枚だ!?」
ランスは問うた。
「二枚」
ミニーは答えた。カードが手元に投げられる。ランスは三枚取った。
「ツーペアだ。そっちは?」
「ファイブカード」
ミニーは答えた。
「そうか。まずはあんたの勝ちだな」
ランスはそう言うと再びカードを切った。
「だが次はこうはいかない」
そしてミニーと自分に五枚ずつ投げた。
二人はそれをそれぞれ手に取った。そしてカードを見る。
「何枚だ?」
ランスは問うた。
「二枚」
ミニーは二枚のカードを交換した。
「俺は一枚だ」
ランスは一枚交換した。
「エースのワンペアだ」
「あたしは何もないわ」
ミニーは表情は変えなかったが険しい声で言った。
「これで五分と五分だな」
ランスは彼女を睨んで言った。そこには欲望はなかった。ただ勝負に燃える賭博師の顔があった。
(どうやらこれが俺の本性らしいな)
ランスはふと思った。それを何故か楽しく思った。
(勝ちたい)
ランスはその考えを抑えられなくなった。
(カードと銃だけは誰にも負けん)
彼の心の中にある血が騒いでいた。そこにはジョンソンやミニーへの感情とは別のものがあった。
「これが最後ね」
ふとミニーが言った。ランスはその言葉にハッとした。
「そうだ」
彼は低い声で言った。
「ぞっとするわね、これで決まるかと思うと」
ミニーは険しい声のまま言った。
「そうか。俺は一つのことしか考えていないがな」
ランスは表情を変えずに言った。
「この勝負に勝つことだけだ」
毅然とした声で言った。そして切ったカードを投げる。
「そう」
ミニーはそれを聞いて答えた。カードを受け取った。手に取り見る。その時だった。
「一つお願いがあるのだけれど」
ミニーの青い目が一瞬光った。しかしランスはそれはカードに注ぐ光だと思った。
「何だ!?」
ランスは尋ねた。
「お水を取って頂戴。喉が渇いたわ」
「そんなことか」
ランスは少し拍子抜けしたがそれを顔には出さなかった。
彼は席を立った。そして瓶とコップを手に取った。
コップに瓶の中の水を注ぐ。その時彼はミニーから目を離した。
それは一瞬であった。だが彼女はその一瞬の時を逃さなかった。
手にするカードを自分の服の胸のところに隠した。そして靴下から五枚のカードを取り出したのだ。
「ほら」
彼はその水をミニーに差し出した。
「有り難う」
ミニーはそれを受け取った。そして口に含んだ。
「怖いのか」
彼はそれを見て問うた。
「どうして?」
ミニーは逆に尋ねた。
「俺に負けるのが」
「いいえ」
ミニーはそれを否定した。
「喜びのあまり喉が渇いたのよ」
そう言うとニヤリ、と笑った。
「どういう意味だ!?」
ランスはそれに対して問うた。
「カードは変えないの?」
「ああ」
「じゃああたしも」
「そうか」
彼はミニーの顔に何かを感じたが口には出さなかった。
(あの自信、かなりのカードか)
そう思った。しかし顔には出さない。
「貴方のカードは?」
ミニーは再び尋ねてきた。
「スリーカードだ」
彼はカードを見せて答えた。
「あたしの勝ちね」
ミニーは再びニヤリと笑って言った。
「あんたのカードは!?」
「エースのフルハウス」
そう言ってカードを見せた。その通りだった。
「そうか」
ランスはそれを見て言った。顔にも声にも出さなかったが落胆した。
「邪魔したな」
彼は席を立った。そして扉を出て小屋を後にする。
ミニーはすぐに席を立ち小屋の扉に錠を下ろした。遠くから馬の鳴き声が聞こえる。それはすぐに遠くへ消えていった。
「終わったわ・・・・・・」
ミニーはそれを聞いてホッと胸を撫で下ろした。
「あたしは勝ったのね」
屋根裏からジョンソンを出す。彼は気を失っている。
「貴方は助かったのよ・・・・・・」
そしてジョンソンを抱く。
「成功してよかった・・・・・・」
彼女はイカサマが成功したのを心から喜んだ。
「こんなこと神様はお許しにならないでしょうけれど」
泣いていた。ジョンソンを救った喜びと神に許されることをした悔恨から泣いていた。
「それでもあたしは貴方を救いたかった・・・・・・」
そして救った。彼女はジョンソンにしがみついて泣いていた。
ジョンソンの正体が!
美姫 「まさか頭領とはね」
いやはや、驚きだよ。
美姫 「怪我を負ってしまったけれど、保安官には捕まらずに済んだわね」
うんうん。さて、これからどうなるのかな?
美姫 「本当にどうなるのかしらね。ああ〜、次回も楽しみ〜」
次回を待ってます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」