第一幕 酒場


 カルフォルニアのとある酒場『ポルカ』。木造のこの少し傷んだ店に誰かがやって来た。
 もう夕暮れ時である。荒れた山場にあるこの店はこの時間になると仕事を終え疲れた男達がやって来る。言わばこの店は故郷を離れ金を捜し求める彼等の癒しの場であった。
「少し早く来過ぎたかな」
 男は店の中を見回して言った。
 黒い服の上に丈の長いコートを着ている。短く切った黒い髪に口髭を生やしている。三十を過ぎたばかりの精悍な顔立ちの男である。
「ミニーどころか他の連中もまだか」
 彼はそう呟くとまだ暗い店の中を進んでいった。木のテーブルや椅子がその薄暗闇の中に見える。
「さてと」
 彼はカウンターん席に腰を下ろした。
「皆が来るまで一服するか」
 そう言うと懐から葉巻を取り出した。
 マッチでそれに火を点ける。そしてそれを吸い白い息を噴き出した。
 する遠くから声が聞こえてきた。
「来たか」
 彼は店の入口へ顔を向けた。そこからは山が見える。登頂に雪があるその山は夕陽を浴び薄紫と黄金色にかすんでいる。
 その光も次第に弱まっていく。そしてそれを懐かしむように声が店に次第に近付いて来る。
「さあ、一杯やろうぜ」
 中年の男の声がした。そして鉱夫達が店の入口をくぐった。
「よお旦那、今日は早いね」
 彼等はカウンターに座るその男を見て声をかけた。
「今日は暇だったんでな。いつもより早く来ることが出来たんだ」
 彼は葉巻を口から離して言った。
「そうかい、保安官も色々と大変だからなあ」
 鉱夫の一人がそれを聞いて言った。
「そういうわけでもないがな」
 彼は葉巻を手にしながら言った。
「それはどういうことだい?」
 別の鉱夫が尋ねた。
「御前達と盗賊共が大人しくさえしてればな」
 彼はそう言うとニヤリ、と笑った。そして腰の拳銃を見せつけた。
「おいおい、ランスの旦那は相変わらず物騒だな」
 鉱夫達はそれを見て言った。
「物騒なものか。これが無ければ西部では生きていけないだろうが」
 ランスはその拳銃を指差して言った。
「これがなければコヨーテも退けられないんだぞ」
「それに盗賊もね」
 店の入口から声がした。
「全く物騒なところだよ、ここは」
 見れば小柄な男が店に入って来る。
「まあそれでも商売が出来るだけまだましか」
 彼は笑いながら言った。
「そうだ、あんたがここで食べていけるのは俺達のおかげだぜ」
「ニックさん、それはわかって欲しいな」
 鉱夫達は口々に言った。
「ああ、わかったわかった」
 ニックと呼ばれたその男は鉱夫達の声を適当にあしらいながら暖炉の前に来た。そして暖炉に火を点け店のあちこちに置かれているランプに石油を入れそこに火を灯した。
「これでよし」
 彼はそれを終えるとカウンターに入った。
「じゃあ皆楽しく一杯やってくれ」
 これを合図に男達は席に着いた。そして酒を飲みカード遊びに興じだした。
「ニックさん、バーボンを一杯」
「あいよ」
 ニックは注文のあった席へ向かう。
「こっちは夕食を。何がある?」
「塩漬けの肉ならあるよ」
「じゃあそれを」
 そうしている間にも鉱夫達は次々と店に入って来る。そして席に着き注文をし歌やカードに興じる。
「ふう、いつもながら忙しいな」
 ニックはカウンターに戻って言った。何処かその忙しさを楽しんでいるようである。
「旦那は何を注文しますか?」
 彼はカウンターに座るランスに対して尋ねた。
「そうだな。テキーラを一杯」
 彼はカウンターの後ろに並ぶ酒瓶を見ながら言った。
「わかりました。旦那はテキーラがお好きですね」
 ニックは注文を受けて言った。
「まあな。初めは抵抗があったんだが慣れると美味い」
 彼は前に出された瓶を見ながら言った。
「メキシコの酒だけどな」
 戦争が終わってかなり経つとはいえまだメキシコへの感情は良くなかった。ましてやこの地はかってはメキシコ領である。
「俺もメキシコの連中とは色々あったしな」
「例の盗賊共ですか?」
 ニックは顔を暗くして言った。
「ああ。近頃またこの辺りをうろついているらしいな」
 彼はそう言うとテキーラを一口飲んだ。
「まあ何れ全員捕まえてやるさ。そして一人残らず縛り首だ」
「早く捕まえて下さいよ」
「ああ。このジャック=ランスの名にかけてな」
 彼はこう見えてもこの辺りでは有名な人物のようだ。まあ腕が立つから保安官をしているのだろうが。
「ところでミニーは遅いな」
 彼はコップを置きニックに言った。
「ええ。今日はちょっとね」
 ニックは笑って言った。
「寄るところがあるそうなんで」
「寄るところ?」
 ランスはその言葉に顔を上げた。
「はい。まあもう少ししたら来ると思いますが」
「そうか。じゃあそれまでゆっくり待つとするか」
 そう言ってテキーラを再び口にした。その時後ろから騒ぎ声がした。
「おい、どうしたんだ?」
 見ればカードでイカサマをしたとか言って揉めている。
「またか。で、どいつがやったんだ?」
 ランスは少し呆れた声でその席に行き尋ねた。
「こいつでさ」
 その席にいた男達は一人の若い男を指差した。
「また御前か。全く懲りないな」
 ランスはその男を見て言った。どうやら常習犯らしい。
「で、今度はそう落とし前を着けるんだ?」
 ランスは彼に対して問うた。
「それは・・・・・・」
 その男は下を俯いている。
「もう御前はカードはするな。そうすれば問題は起こらない」
 ランスは彼に対して言った。
「・・・・・・・・・」
 男は下を俯いたまま答えない。
「わかったな」
「・・・・・・はい」
 男はそれに対し答えた。そして金を払い店を後にした。
「全くしょうがない奴だ」
 ランスはその後ろ姿を見送りながら言った。
「まああれは一種の病気ですからね」
 ニックがカウンターに戻った彼に対して言った。
「だな。一旦癖になると止められないと聞いた」
「まあ上手い奴は見つかりませんけれどね。あいつは不器用だから」
「これで二度とカードも触らないだろう。頭を冷やせばいい」
 そこへ少し年をとった大柄な男がやって来た。
「おお、ソノーラじゃないか」
 ランスは彼の姿を認めて言った。
「久し振りだな。暫くこの店に顔を出さないからどうしたんだろうと思ってたよ」
「ちょっとテキサスの方に行っててね。今日やっと戻ってきたんだ」
 ソノーラと呼ばれたその男は笑顔で答えた。
「そうだったのか。で、向こうはどうだった?」
「そうだなあ、まあこっちよりは穏やかだったかな」
「おい、じゃあこっちはあの荒くれ者共よりタチが悪いっていうのか」
 ランスは苦笑して言った。
「それは保安官であるあんたが一番良く知っていると思うけれど」
 ソノーラは笑って言った。
「まあな。あそこにはあんな大勢の盗賊共はいないだろうし」
「相変わらず手こずっているみたいだね」
 ソノーラはそれを聞いて言った。
「ああ。もう三ヶ月みなるかな」
 ランスは遠くの山を見て言った。
「あの辺りに潜むようになってから」
「三ヶ月か。連中も粘るねえ」
「今のうちだけさ。そのうち全員まとめて縛り首にしてやるさ」
 ランスは葉巻を噛んで言った。
「まあ連中は人殺しとかはしないけれどね。盗賊にしちゃあやけに大人しい」
「その分盗みっぷりが凄い。堂々としてやがる」
 ランスはソノーラの言葉に賞賛が混じっているのを聞いて少し不快になった。
「何でもアメリカ人じゃないそうだが。スペイン人かい?」
「いや、聞いたところによるとメキシカンだそうだ。まあそんなに差はないな」
 メキシコ人への差別はこの頃からあった。
「ニック、ここも用心しといたほうがいいぞ」
 ソノーラはニックに対して言った。
「驚かさないで下さいよ」
 ニックはそれを聞いて震え上がって言った。
「脅かしじゃないぞ。連中の頭はかなり切れる奴らしい」
 ソノーラは真剣な表情で言った。
「しかもかなりの拳銃の腕前で命知らずの奴らしい。ぼうっとしてるとすぐにやられるぜ」
「何か怖いな」
 ニックはそれを聞いて縮こまっている。
「おい、そんなにニックを怖がらせるな」
 ランスはその様子を見て苦笑して言った。
「安心しろ、この店は俺が絶対守ってやる」
 彼はニックに微笑んで言った。
「何せ俺はミニーと結婚するんだからな」
 そう言ってニヤリ、と笑った。
「あんた結婚してたんじゃ?」
 ソノーラが尋ねた。
「この前別れたよ。女房の親父が切れちまってな」
「おやおや、どうしてだい?」
「こんな辺鄙なところに何時までいるんだってな。生憎あの親父は東部の頭のお固い先生様でね」
「学校の先生か。ならこんなところはお嫌いだろうな」
「フン、俺達アメリカの男は自分でものを掴み取るんだ。その為に皆ここにいるんだろうが」
 彼は顔を顰めて言った。酔いはそれ程回ってはいないというのに。
「その為に俺はカンザスからはるばるここにやって来たんだ。こいつだけを頼りにな」
 そう言って腰の拳銃を指し示した。
「言うねえ。じゃあ早いとこあの盗賊共をやっつけてくれるんだな」
「おお、あいつ等の首を取れば賞金が山程手に入る。絶対やってやるさ」
 そう言うとテキーラを口にした。
「おや、またテキーラかい?あんたも好きだねえ」
 そこへ女の声がした。
「おお、やっと来たか」
 ランスはその声を聞くと笑顔で顔を上げた。
「うん、遅れて御免ね」
 その女も笑顔で返した。
 青い瞳に金色の波がかった長い髪を後ろで束ねた若い女である。整った顔は少し日に焼けている。西部の女らしく動き易い服に身を包んでいる。彼女がミニーである。このポルカの女主人である。
 彼女がどうしてここに来たか誰も知らない。気が付くとこの店を開いていた。ソレドートという町から来たとだけ言う。しかしそれ以外は何も語ろうとはしなかった。
 西部はこうした過去を持たない者が多い。中には罪を犯し逃れてきた者もいる。だが誰もそれについて尋ねようとはしない。今ここで生きている、それだけでいい。過去は問はない。それこそが西部の者達であり束縛の無い彼等にとって数少ない掟なのであった。
 ミニーはまだ若かった。二十に届くかどうかであろう。そうした若い娘がこうして西部で店を開いているのも普通では出来なかった。
 彼女は気が強かった。そして拳銃も扱えた。それにより襲って来た男達を逆に返り討ちにしたこともある。だがそれだけではなかった。
 彼女は気が強い反面心優しい娘であった。よく気がつき面倒見も良かった。その為男達はこの店に集まってくるのであった。
「一体何処へ行ってたんだ?」
 ランスは尋ねた。
「ちょっと教会まで」
「教会!?」
「ええ。聖書を貰いにね」
「聖書か。そういえばあんたは字が読めるんだったな」
 ランスはそれを聞いて言った。
「あんたも読めるんじゃなかったっけ」
「少しくらいはな。けれどあんたみたいにスラスラ読めるわけじゃない」
 彼はそう言うとテキーラをコップに入れた。
「大体俺に聖書は似合わんさ」
「あら、じゃあ何が似合うのよ」
「拳銃と・・・・・・」
 そしてミニーへ視線を向けた。
「あんただけだ」
 そう言うとニヤリ、と笑った。
「言うねえ、奥さんはどうしたの?」
「・・・・・・別れたよ、この前な」
「本当!?初耳よ」
「どうしてもというんならそこの二人に聞いてくれ」
 ランスはニックとソノーラを指差して言った。
「本当?」
 二人はミニーの問いに黙って頷いた。
「そういうことだ。もう俺は自由なんだ」
 彼は少し寂しく笑って言った。
「俺はカンザスを出てから随分経つが結局家も女房も思い出したことはない。だから別れてもそんなに寂しくはない。女房の親父には頭にきているがな」
 そう言うと言葉を続けた。
「だがこことあんたは別だ。俺はもうポルカとあんた抜きでは生きてはいけない」
「言ってくれるねえ。悪い気はしないわ」
 ミニーは微笑んで言った。
「おい、俺は本気で言ってるんだぞ」
 ランスは少しムキになって言った。
「遠く身一つでここまで拳銃だけを頼りに来たけれどな。今こうして俺は夢を見つけたんだ」
 彼は表情を戻した。
「あんたも西部で一人じゃ色々と心細いだろ。俺と一緒になろう、そうすれば俺はこの店を絶対守ってやる」
「気持ちは有り難いけれどね」
 ミニーは微笑んだまま言った。
「生憎あたしは今の一人身の生活が気に入ってるのよ」
 そう言って胸から拳銃を取り出した。
「あんたの相棒も頼りになるみたいだけれどあたしにもこの心強い相棒がいるからねあたしはこれと一緒ならたとえ
地獄の中だろうと怖くはないわよ」
「地獄の中もか」
 ランスはそれを聞いて言った。
「ええ、今までこれだけを頼りに生きてきたからね。これからもずっとそうだよ」
「そうか」
 ランスは言葉を止めた。
「しかしな」
 すぐに再び口を開いた。
「俺はずっと待つからな。あんたが心変わりするのを」
 そこへ郵便屋がやって来た。
「どうも」
 彼は店に入ると一礼した。
「今日は遅いね」
 ニックは彼を見ると言った。
「申し訳ない、実は彼女が出来て」
 彼は苦笑して言った。
「またか。あんたも好きだね」
 ミニーはそれを聞いて苦笑した。
「で、今度の相手は?」
「ニーナっていうんだけれど。知ってるかな?」
「ああ、ニーナね」
 ミニーはそれを聞いて顔を顰めた。
「あの女は止めといた方がいいよ」
「えっ、どうして!?」
 郵便屋はそれを聞いて狼狽した。
「あいつは盗賊の頭の女だて話だ。まあ噂だがな」
 ランスも言った。
「そうだったのか・・・・・・」
 郵便屋はそれを聞いてしょんぼりとした。
「まあすぐにわかってよかったよ。諦めな。さもないと大変なことになるよ」
「ああ・・・・・・」
 郵便屋は郵便物を置くと肩を落として帰って行った。
「あいつの女癖にも困ったものだな」
 ランスはその後ろ姿を見送って言った。
「本当にね。あれさえなければ完璧なんだけど」
 ミニーも呆れている。
「まあ人間完璧ってわけにはいきませんからね。まあ仕方ありませんよ」
「そうだな。それに今回は早いうちに気付いてよかった」
 ランスはニックの言葉に対して言った。
 そして再びテキーラを飲んだ。その時店に誰かが入って来た。
「どうも」
 見れば黒い服に長身を包んだ男である。コートもスカーフも黒だ。
 顔から見るにラテン系か。彫が深く端整な顔立ちをしている。
 黒い帽子の下の髪は縮れていて黒い。そして腰には拳銃がある。
「ウイスキーを一杯もらいたいのですが」
 男はカウンターにいるミニーに対して言った。
「えっ・・・・・・」
 ミニーは彼の顔を見てハッとした。だが表面上は冷静さを装った。
「ウイスキーですか?」
 声をうわずらせないように必死だった。
「はい」
 男は店の中央にやって来た。
「ニック、ウイスキーを」
「はい」
 ニックはミニーに言われるままカウンターにウイスキーを出した。
「どうぞ」
 ミニーはそれを差し出した。
「どうも」
 彼は席に着いた。
「貴方は何処から来られたのですかな。見たところアメリカ人ではないようですが」
 隣にいたランスが尋ねてきた。
「貴方は?」
 男は尋ねられて逆に問うた。
「ここの保安官です。ジャック=ランスといいます」
「ああ、貴方があの有名な」
 この時一瞬だが男の目が歪んだ。しかしそれには誰も気付かなかった。
「私が有名かどうかは知りませんがね」
 彼は言葉を続けた。
「ただ今はここの安全を守る者の勤めとしてお聞きしたいのです」
 彼はさらに続けた。
「貴方はどちらから来られました?」
「サクラメントからですが」
 このカルフォルニアはかってはメキシコ領であった。
「成程、だからメキシコ人に顔が似ているのですね」
「ええ。実際メキシコ人の血も入っていますが」
「そうですか」
 やはりメキシコ系に対する偏見かと思われた。
「まあそれはどうでもいいのです。実際ここにもメキシコ系の者は多くいます」
 ランスは別にメキシコ系だからという偏見は無かった。彼はこれまで銃一つで生きてきてきて多くの人間を見てきた。そして出身や人種による価値判断がどれだけ無意味なものか知っていたのだ。
「ただね」
 彼はここで目を光らせた。
「今この近くにメキシコから来た盗賊の一団が来ていましてね」
「それは聞いています」
「なら話は早い。そういうわけで余所者には少し神経を尖らせているのです」
 彼はそう言うと男を見た。実はミニーが彼の顔を見てハッとしたのが気になっていたのだ。
「お名前は?」
「ジョンソン。ディック=ジョンソンといいます」
「ほう、いい名前だ」
「有り難うございます」
「そして何も目的で来られました?」
「旅をしていまして。ちょっと休む為に馬を止めました」
「旅ですか。どちらまでですか?」
「サンフランシスコまでです」
「そうですか。お気をつけ下さい。あちらはここよりもずっと柄が悪いですからな」
「そうなのですか」
 この時代のカルフォルニアは今とは違っていた。西部といえば荒くれ者や犯罪者の集まりという世界だった。ネイティブとの争いもあり騎兵隊があちこちで戦っていた。余談であるが騎兵隊やカウボーイ、ガンマンにはアフリカ系も多くいた。差別されている筈のアフリカ系もやはり他所から来たアメリカ人であり彼等もまたネイティブ=アメリカン達から見れば侵略者であったのだ。歴史とは一面からは言えない。
「ランス、もうそれ位でいいでしょう」
 ここでミニーが口を挟んだ。
「うむ、そうだな。出身と名前もわかったし」
 彼はまだ色々と聞きたそうであったがここで止めることにした。
「ジョンソン、ようこそポルカに」
 ミニーは笑顔で言った。
「有り難うございます」
 ジョンソンはその言葉に対し一礼した。
 ミニーは彼に対し顔を近付け小声で言った。
「覚えているかしら」
「ええ、とても」
 彼は答えた。
「ソレーダ出身のミニーさん」
「そう、覚えてくれていて有り難う」
 ミニーは顔をほころばせた。
「ソレーダにいた頃が懐かしいわ。お父さんもお母さんもよくカードをしていたわね」
 彼女は幼い頃を思い出していた。
「お父さんもお母さんも私も脚を寄せ合って暮らしていたわ。貧しかったけれどとても幸せだった。あの頃が本当に
懐かしいわ」
「何時聞いてもいい話だね」
「有り難う。あの時が一番幸せだったかもね」
「じゃあ今はどうなんだい!?」
 ここでランスが尋ねてきた。自分だけ話の外にいるようであまり気分がよくなかったのだ。
「今もとても幸せよ。けれど昔を懐かしむ気持ちってあるじゃない」
「まあ確かにな」
 ランスはここで首を引っ込めた。
「貴方と会ったのはモンタレーだったわね」
 ミニーは話を再開した。
「そう、そして僕がジャスミンの枝をあげたんだった」
「よく覚えてるわね」
「ええ、自分でも驚く程」
 ジョンソンは上機嫌で言った。
「あの時また会おうって言ったの覚えてるかしら」
「ええ」
「嬉しいわ、それで今日また会ったわね」
 彼女はその言葉を聞いて微笑んだ。
「これも神様の思し召しかしら」
 ランスはその会話を不機嫌そうに聞いていた。そしてテキーラを頼んだ。
「ジョンソンさん」
「はい」
 ランスはジョンソンをその不機嫌な目で睨んだ。
「申し訳ないが今貴方をここに入れるわけにはいかない。盗賊達の動きが気になるんでね」
「ランス、何てこと言うのよ」
 ミニーがその言葉に顔を顰めた。
「ミニー、俺は保安官として言ってるんだ」
 口ではそう言った。しかし内心では違うのは自分が最もよくわかっていた。
「余所者は今はここには泊めない。悪いがこれは治安上の問題だ」
 そう言ってジョンソンを帰そうとする。そこへ店に何人か大声で入って来た。
「保安官、ここにいたか!」
 そのうちの一人が言った。
「どうした?」
 ランスは入口の方に顔を向けた。
「おっ、アッシュビーか」
 その口髭を生やした男を見て言った。
「ああ、凄い奴をとっ捕まえたんだ!」
「何だ?またコヨーテのでかいやつか?」
「まあ近いね」
 アッシュビーはその言葉を聞いて笑った。
「見てくれよ!」
 そう言って縛り上げられた一人の男を床に放り出した。
「こいつは?」
 ランスはその男の顔を見てアッシュビーに尋ねた。
「あの盗賊共の一人さ。この辺りをうろうろしていたんで怪しいと思って問い質したらボロを出しやがった」
 床に転がされた男は震えて縮こまっている。
「ほう、それは間抜けな奴だな」
 ランスはそれを聞いて笑った。
「まあだから捕まったんだろうがな」
 そう言いながら男に近寄った。
「おい」
 ランスは彼に対して問うた。
「名前は何というんだ?」
「カストロです」
 男は震える声で言った。
「あの盗賊共の一味だな」
「はい」
 カストロはそこでジョンソンがいることに気が付いた。
「あ・・・・・・」
 ジョンソンは彼にそっと目配せした。カストロはそれに対し目で頷いた。
「ところで」
 ランスはまだ尋ねようとする。
「御前達のアジトを聞きたいのだがな」
「それは・・・・・・」
「知らない筈がないな」
 ランスは少し凄んで言った。
「はい・・・・・・」
 カストロは顔を俯けて答えた。どうもあまり気は強くないらしい。
「ここから少し行ったところです。マドロナ=カニャダです」
「あそこか」
「はい」
「本当なんだろうな」
 アッシュビーが言った。脅しが入っている。
「嘘は言いません。お望みなら案内致します」
「ふん、腰抜けが。信用できるか」
 アッシュビーはそんな彼に対し蔑みを込めて言った。
「保安官どうするんで?」
 ソノーラが尋ねた。
「そうだな」
 ランスはカストロを見下ろしながら考え込んだ。
「馬はあるか?」
 彼はニックに尋ねた。
「はい」
 彼は答えた。
「そうか。ならば問題は無い」
 彼は表情を変えず頷いた。
「行こう、賞金が欲しい奴は俺について来い」
「よし」
 店にいる者の殆どがそれに乗った。そして馬を厩から出しに行く。ミニーもそれについて行った。
 店にいるのはニック、そしてジョンソンとカストロだけになった。カストロはニックに対して言った。
「あの、水を」
 ニックはそれに対して頷きカウンターの裏に向かった。
 ジョンソンはそれを見るとそっとニックに近寄った。
「大丈夫か?」
 彼はカストロを気遣うように尋ねた。
「ええまあ」
 カストロは申し訳なさそうに返答した。
「わざと捕まったんですし」
「そうだったのか」
 ジョンソンはそれを聞いて少し安堵したようであった。
「皆が私を追って森にやって来ます。そうしたら合図の口笛が聞こえて来ると思います」
「そうか」
 ジョンソンはそれを聞いて頷いた。
「そうしたら合図をして下さい」
「わかった」
 そして二人は離れた。すぐにニックが戻って来た。
「ほら、水だ」
 そしてカストロに水を飲ませる。
「すいません」
 カストロはそれを飲んで礼を言った。そこでミニーとランスが戻って来た。
「行くぞ、案内しろ」
 店の外から馬の嘶きが聞こえて来る。
 ランスはカストロを連れて出て行った。ニックとミニーはそれを見送った。
 ニックは見せの奥に入った。店の金を持って行く。店の中はミニーとジョンソンだけになった。
「あら」
 ミニーは店の中に顔を戻して気付いた。
「貴方は行かなかったの?」
 見ればジョンソンは店の中に残っていた。
「ええ。賞金には興味がありませんし」
 ジョンソンは答えた。
「そうなのですか。じゃあ二人で飲みませんか?」
「ええ。貴女さえよろしければ」
 ミニーはカウンターに入った。ジョンソンはその前の席に座った。
「どうぞ」
 ウイスキーを差し出した。
「どうも」
 彼はそれを笑顔で受け取った。そして一口飲む。
「ところでこの店に住んでいるんですか?」
 ジョンソンはふと尋ねた。
「いえ」
 ミニーはそれに対して答えた。
「ここからすぐにある山の中腹にある小屋に住んでいるのよ」
「山小屋にですか?」
「ええ。その方が何かと気楽ですし」
「そうですか。それはまた質素な」
「そういうわけでも。食べるのには困らないし」
 ミニーは微笑んで言った。
「それに寂しくはないし。このポルカがあるから」
「それはいい。私は今は天涯孤独の身の上だ」
 ジョンソンはそれを聞いて言った。
「そうだったんですか」
「ええ。父がいましたが」
 彼はふと寂しげな表情になった。
「この前亡くなりました。遺産を残してくれたので食べるのには困りませんが」
「そうなのですか」
 ミニーはふとこの男に対し同情した。
「あ、いや別に悲しんでいるわけではないので。あちこち旅をする気儘な身分ですし」
「そうですか。けれど旅をしている間は寝る時はいつも空の下でしょう?」
「まあ。それでも慣れれば結構いいものですが」
「・・・・・・・・・」
 ミニーはそれを聞いて考え込んだ。
「あの・・・・・・」
 そしてジョンソンに対して言った。
「よろしければ今日はあたしの小屋に泊まりませんか?」
「えっ、しかしそれは・・・・・・」
 ジョンソンはそれに対し申し訳ないと断ろうとする。
「あたしは構いません。貴方のことが気にいりましたし」
「しかし・・・・・・」
 ジョンソンはまだ申し訳なさそうにしている。そこにニックが戻って来た。
「ミニー、まずいぞ」
 ニックは表情を曇らせて言った。
「どうしたの?」
「この近くにもう一人盗賊の一味がいるらしい。さっき通り掛かりの奴がそう噂していた」
「それは本当!?」
 ミニーはそれを聞いて表情を曇らせた。
「ああ。どっちにしろ盗賊の奴等がこの辺りに入り込んでいるのは間違い無いだろう」
「そう」
 ミニーは表情を険しくさせた。そこで口笛が聞こえて来た。
「!?」
 ミニーとニックはそれを聞いて表情を一変させた。ジョンソンは眉を顰めた。
(まずい時に・・・・・・)
 彼は内心舌打ちした。しかしそれは顔には出さなかった。
「お金は今日は俺が見張っておくよ」
 ニックはミニーに言った。
「そう、それじゃあお願いね」
 ミニーは彼を頼み込む目で見て言った。
「ジョンソン」
 彼女はジョンソンに顔を戻した。
「ちょっと待っててね」
 ミニーはそう言うとニックと共に店の奥に入って行った。
「行ったか」
 ジョンソンはそれを見て呟いた。そしてそっと店から出た。
 すぐに戻って来た。そしてカウンターに戻り席に着く。
「お待たせ」
 ミニーは戻って来た。ジョンソンはそれを笑顔で向かえた。
「用心深いんだね」
 彼は素っ気無く言った。
「ええ、それはもう」
 ミニーは真剣な表情で答えた。
「大事なお金なんですもの」
「大事な」
 ジョンソンはそれを聞いて眉を顰めた。
「ええ。とても大事な」
 ミニーは言った。
「あの人達が家族の為に、自分が生きる為にここまで来て稼いだお金。あの鉱山でね」
 そう言って店の入口から見える岩山を見た。
「・・・・・・・・・」
 ジョンソンもその山を見た。何も語らない。しかし目は何かを語っていた。
 彼は岩山から目を離した。そして別の山を見ていた。盗賊がいるという山を。
「中には事故で死んでしまった人もいるわ。そんな危険を冒してまでして手に入れたお金なのよ。盗賊なんかには絶対に渡さない」
「・・・・・・そうだね」
 ジョンソンは複雑な表情でそれに答えた。
 大方はミニーに同意していた。だが僅かに同意出来ないようであった。
「貴女は優しいんだな」
 彼は言った。
「その人達の為にそこまで親身になるなんて。大丈夫だ、盗賊はここまでは来ないよ」
「そうしてそんなことが言えるの?」
 ミニーは不思議な顔をした。
「うん。勘だけれどね。盗賊はもっと派手な場所を襲うものさ」
 ジョンソンは言った。
「特にあそこにいる連中はね」
 そう言って店の外に見える山を見た。
「詳しいのね」
 ミニーは言った。
「有名な連中だからね。カルフォルニアであの連中と頭目の名前を知らない奴はいないさ」
 ジョンソンは自嘲するような笑いを浮かべて言った。
「じゃあこれで。お金はここに置いておくね」
 彼はそう言うと懐から数枚のコインを取り出した。そしてそれをテーブルに置き立ち去ろうとする。
「待って」
 ミニーが呼び止めた。
「泊まるところが無いのでしょう?」
「いつものことさ」
 彼は振り返って言った。
「さっき行ったわね。山小屋に来ない?貧しいけれど温かい食事と暖炉があるわよ」
「それは有り難いけれど」
「遠慮する必要は無いわ。それにまだお話したいことがあるし」
 ミニーは彼に熱い目を送った。
「いいのかい?」
 ジョンソンはそれを見て言った。
「いいのよ」
 ミニーは言った。
「それじゃあ」
 彼はミニーの申し出を受け入れた。
「良かったわ、断られなくて」
 彼女はそれを見て微笑んで言った。
「行きましょう。陽が落ちないうちに」
「うん」
 二人は店を出た。そしてそれぞれの馬に乗りポルカを後にした。




ジョンソンは盗賊の仲間なのかな?
美姫 「顔見知りだったしね」
さて、これからどんな展開を見せるのかな。
美姫 「続きが早くも気になるわね」
うんうん。次回も楽しみに待ってます。
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。



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