『ニーベルングの指輪』
第二夜 ジークフリート
第三幕 恐れ
「エルダよ」
さすらい人は岩山の上で誰かを呼んでいた。
辺りは漆黒の幕に覆われていて何も見えない。その暗闇の中で彼は槍をかざしそのうえでその名を呼んでいたのである。
「ここに来るのだ。長い眠りからまどろむ御前を今起こそう」
こう言うのだ。
「霧の洞穴から、夜の底から現れるのだ」
言葉をさらに続ける。
「御前の住処の深みから高みに出るのだ。根源の世界の女よ」
それが彼女だというのだ。
「全てを知る女よ。今ここに」
「声がした」
するとだった。彼の前の岩山の上から頭が出て来た。
「力強い歌声が呼ぶ」
「来たか」
「強い魔法の力が働く。私は知の眠りから目覚めた」
それは紛れも無くエルダだった。だがその顔にはもう美しさはない。やつれ髪も乱れている。顔の至るところに深い皺が刻まれている。あの深い美貌は何処にもなこあった。
「私を目覚めさせたのは」
「私だ」
さすらい人は己の前に全身を出してきた彼女に告げた。
「私なのだ」
「貴方が」
「そうだ。私の歌はあらゆる者を起こす」
こう彼女に告げるのだった。
「様々な知識を得る為にだ」
「その為に」
「そう、そして」
エルダを見ての言葉であった。
「この世を彷徨い探したが御前より賢い者はいなかった」
「私よりも」
「深みが隠すものよりも」
彼はエルダに告げる。
「山や谷、地上や水の中のことも全て知っている」
「ただそれだけ」
「あらゆる生きる者に御前の息が通っていて」
このことも言うのだった。
「誰かが考えていることにも御前はいつも通じている。その御前にだ」
「私に」
「教えてもらう為に今目覚めさせたのだ」
「私の眠りは夢見ること」
こう返すエルダだった。
「私の夢は考えること」
「そうだったな」
「私が考えることは知を支配すること」
エルダの言葉は続く。
「しかし私が起きている時に」
「その時に?」
「私のあの三人の娘達は起きていて」
「ノルン達か」
「そう」
エルダはここでその己の三人の娘達の名を呼んだ。
「ウルズ」
まずは彼女だった。
「ヴェルザンティ」
そして彼女を。
「スクルズ」
最後に彼女を。その娘達の名を呼んだのだ。
「あの娘達は起きている」
「それはわかっている」
「なら何故彼女に問わないのか」
エルダはこう彼に問い返した。
「運命の糸を紡いでいる彼女達に対して」
「ノルン達は世界の圧迫に従っている」
「世界の」
「そう、この世界のだ」
さすらい人は答えた。
「この世界の圧迫に従いそれを紡いでいる」
「運命の糸を」
「運命に対することはできない」
「それはできないと」
「回る運命の車を止める為に」
彼はエルダを見ながら言った・
「御前の知恵が必要なのだ」
「男達のすることは私の知恵をぼやけさせる」
「どういうことだ?」
「私はかつて貴方に奪われた」
ワルキューレ達をもうけたその時のことである。
「あの娘達がいるのにまだ私に用があるというのか」
「ワルキューレ達か」
ここで彼はある女のことを思い出さずにはいられなかった。
「そしてブリュンヒルテか」
「あの娘は」
「嵐を支配する私がだ」
ここで突如一陣の突風が起こった。
「自己を制するのに苦しんでいる時に私に逆らった」
「しかしそれは」
「言うな」
そこから先は言わせようとしなかった。
「己の心に従えなかったその時は」
「そう。その時に」
「あの娘は小賢しくそれをした」
「しかしそれこそは」
「だが私はしなければならなかったのだ」
厳かな中にも苦渋の見られる言葉であった。
「戦いの神はその娘を罰し」
「戒律の為に」
「そして瞼を眠りで覆い」
かつてのことであった。
「岩の上で眠らせたのだ」
「それが前のこと」
「その聖なる乙女は」
それがブリュンヒルテに他ならない。
「女として男の愛を勝ち得た時に」
「その時にこそ」
「眠りから覚めるのだ」
「そう。その娘は」
「彼女に問うことが何の役に立つのか」
「ローゲももういない」
エルダの方からその名前を出した。
「彼ももう」
「ブリュンヒルテを護っている」
さすらい人は彼についても答えた。
「それによりだ」
「そう。彼は人についた」
「神であることを放棄してしまった」
それがローゲなのである。
「私の前から去ってだ」
「彼は炎に戻ってしまった」
「だからあの者も私に教えてはくれないのだ」
語るその言葉がさらに苦々しいものになった。
「もう何もだ」
「しかし貴方はまだ」
「そうだ。やらなければならない」
苦々しい、しかし強い言葉であった。
「それが私の今なのだ」
「正義と誓いを護る者が」
エルダはさすらい人を指し示して告げた。
「それを破るのですね」
「そうしてもだ」
「もう私の役目は終わった」
遂にはこんなことを言うエルダだった。
「それはもう」
「終わったというのか」
「そう」
彼にも答える。
「もうこれで」
「行かせはしない」
だが彼はそのエルダを止めようとした。
「その魔力を私は使うことができる」
「私をまだ止めると」
「まだ何も聞いてはいない」
だからだというのである。
「御前は全てを知っている」
「またそのことを言うのね」
「それによりかつて」
またしても過去の話である。
「ヴォータンの大胆な心に不安の剣を突き刺した」
「遥かな昔のこと」
「そうさせたのが御前の賢い知恵だった」
それだというのである。
「その御前なら私に教えてくれることができるのだ」
「私なら」
「そうだ。神はどの様にして」
その言葉を出した。
「この不安を取り除けるのか」
「貴方は自分が思っているのとは違う」
「何?」
「それもわかっていない」
「わかっていないというのか」
「そう」
エルダの今の言葉には感情はなかった。だがそれでもその言葉はさすらい人にとってまさに無知と言うべき、そんな言葉になっていたのだった。
「その貴方がまだ問うというのか」
「その御前もだ」
ヴォータンも彼女に言い返した。
「わかっていないのだ」
「私が」
「自分がどんな女なのかをだ」
それをだというのだ。
「わかっていないのだ」
「私がわかっていない」
「如何にも」
言葉をさらに続けていく。
「私の意志の前には御前の知恵も飛び去るのだ」
「それこそが貴方だというのに」
「その御前の知恵も終わりなのか」
不意にこんなことも言う彼だった。
「最早」
「だとしたらどうするのか」
「もういい」
彼は言ってしまった。
「眠れ」
「もう永遠に」
「そうだ。眠ってしまうのだ」
彼はこうエルダに告げた。告げてしまった。
「そしてかつて激しい葛藤の中で絶望の中で決めてしまったことを」
「どうするというのか」
「喜び勇んで行おう」
そうするというのである。
「激しい嫌悪の中で世界をニーベルングに譲ろうとも覚悟したが」
「しかし今は」
「輝かしいヴェルズングに譲る」
その若者にというのだ。
「その何の邪気もない若者にだ。その者こそはだ」
「アルベリヒの呪いも意味がないと」
「そうだ、間違いない」
彼はそう信じ込んでいた。
「だからこそだ」
「そうなればいいのだが」
「きっとなる。そしてあの若者は」
言葉にいささか希望が宿っていた。諦観と共に。
「ブリュンヒルテを目覚ましこの世を救うのだ」
「ではわたしはもう」
「最早会うことはない」
彼女に再び告げた。
「さらばだエルダ、原始の母なる恐怖よ」
「そう、私はその中にあるもの」
「もう会うことはない」
その言葉には寂寥が確かにあった。しかしそれを押し殺し。
「沈むのだ、永遠の眠りへと」
「さようなら、嵐の神よ」
エルダは沈みながら最期に彼に告げた。
「もうこれで二度と」
こうしてエルダは消えた。するとそこに新たに人の気配がしてきた。
「来たか」
さすらい人は気配の方に顔を向けて告げた。
「ジークフリートが」
「ここか」
そのジークフリートが出て来た。
「小鳥は行った。その小鳥に導かれて来たが」
「若者よ」
さすらい人はその彼に声をかけた。
「何処に行くのか」
「んっ、あんたは」
「何処に行くのか」
「炎に囲まれた岩を探している」
こうその彼に答えるジークフリートだった。
「僕はその中にいる乙女を探し出して」
「何をするというのだ?」
「彼女を目覚めさせようと思っている」
宝を足元に置いてからまた答えたのだった。
「そうしようと考えている」
「それは誰に言われてだ」
さらに彼に問うさすらい人だった。左手に持つ槍を動かしながら問う。
「誰に言われてそれを決めた」
「森の小鳥の声を聞いてだ」
ありのまま答える彼だった。
「それでだ」
「それでだというのか」
「小鳥が僕に知恵を授けてくれた」
彼は言う。
「それによってここに来たのだ」
「そう言うのだな」
「何がおかしい」
「小鳥は色々と話すが」
さすらい人が言った。
「それでも人には分からないものだ」
「僕にはわかることだ」
「それは何故だ?」
さすらい人の問いは続く。
「何故それがわかった。
「欲望の洞穴で竜を倒した」
「竜をか」
「そうだ、僕は竜を倒した」
また答える彼だった。
「そいつの血を舐めたからだ」
「竜の血をか」
「燃える熱さがこの舌を濡らすや否や」
ジークフリートの言葉が続く。
「僕には小鳥の声がわかったのだ」
「貴様がその竜を倒したのか」
「ファフナーといった」
その名前も告げるジークフリートだった。
「その巨人は」
「巨人が竜にその身を変えていた」
さすらい人は知っていた。しかし知らないふりをして話を聞くのだった。
「それではだ」
「今度は何だ?」
「誰が貴様をそそのかした」
また問うさすらい人だった。
「その竜を倒せと告げたのだ」
「忌々しい小人のミーメがだ」
彼がだというのであった。
「僕に恐れを教え込もうとしたが」
「恐れをか」
「そうだ。それで倒した」
このことも話したのである。
「そのせいでだ」
「その腰にある剣でだな」
「それもわかるんだな」
「当然だ」
さすらい人はその槍で彼の腰にある剣を指差した。
「その剣だが」
「この剣がどうしたんだ?」
「それで竜を倒したのだな」
またしても問うた。するとだった。
「巨人ファフナーを」
「そうだ」
「その剣は誰が作った」
「誰がだって?」
「今度はそれを答えるのだ」
問いは続く。
「剣は誰が作ったのだ」
「作ったのは誰かか」
「そうだ。誰なのだ」
そしてこう問うたのである。
「そのミーメか」
「ミーメではない」
それは否定するのだった。
「あいつはこの剣を作れなかった」
「そうだったのか」
「それで自分で作った」
「御前がか」
「そうだ、僕がだ」
まさに彼がだというのだった。
「僕が作った。自分でだ」
「御前が造り上げたその剣の破片はだ」
「まだ問うのか」
「そうだ、誰が作った」
やはりここでも問うのだった。
「その剣のもとは誰が作ったのだ」
「そんなことを知るものか」
流石にそこまでは答えられないジークフリートだった。
「僕が知っているのはただ一つだ」
「一つか」
「そうだ。破片では役に立たないというころだ」
それだというのである。
「それで僕が作ったんだ」
「それはその通りだ」
ジークフリートの言葉に頷く彼だった。
「それはな」
「そうか」
「ふむ」
ここで、だった。さすらい人は彼を見て笑ってきたのだった。
そうして言おうとするがジークフリートがまた言ってきたのだった。
「何故笑うんだ」
「笑う理由か」
「何故だ。何度も話を問うてきて」
実はそれが不満の彼だった。
「もういいだろう。道を教えてくれるか」
「道をか」
「そうだ。教えてくれるのかどうなんだ」
あらためて彼に問うのだった。
「そうじゃないなら黙っていてくれ」
「そう焦るな、若者よ」
こう言いながら彼に返す。
「老人は敬うものだぞ」
「それも悪くはないが」
「ならそうするのだ」
「僕は今まで一人だった」
ミーメのことは数には入れていなかった。
「邪魔な年寄りを知っているだけだ」
「それがミーメだというのだな」
「そうだ。そいつはもう倒した」
そうしたというのだ。
「次は御前になるのか」
「私だというのか」
「そうだ。若し御前が僕を頑固に引き留めるなら」
剣に手をかけての言葉である。
「あいつと同じことになるぞ。しかし」
「しかし?」
「御前の帽子は大きいな」
このことにふと気付いたのだ。
「何故なんだ、それは」
「風に逆らって歩く為だ」
だからだというのだった。
「それがさすらい人のやり方だ」
「そして御前は」
ジークフリートはまたあることに気付いたのだった。
「片目だな」
「片目か」
「そうだ、片目だな」
あらためてそのことを言うのだった。
「そいつはきっと御前に邪魔をされた奴がえぐり取ったのだな」
「それは違う」
「違うというのか」
「私はかつて片目を自ら捨てたのだ」
そうしたというのである。
「知識を得る為にだ」
「その為にか」
「そうだ。その為にだ」
さすらい人は言った。
「私は片目を捨てたのだ」
「ではその残った目は僕がだ」
「どうするというのだ」
「邪魔をするなら僕が奪ってやる」
実際にそうしかねない勢いだった。
「覚悟はできているな」
「御前は何も知らない」
しかし彼は言うのだった。
「何一つとしてだ」
「今度はそう言うのだ」
「そうだ、知らないから言えるのだ」
言いながらその片目でジークフリートを見ている。
「私は確かに片目しかない」
「それはわかっているのだな」
「しかし御前がだ」
「僕が?」
「そうだ。御前がだ」
また言う彼だった。
「御前がその片目なのだ」
「僕がというのか」
「そうなのだ。御前がだ」
「馬鹿を言え」
ジークフリートは彼のその言葉をすぐに否定した。嘲笑する顔になっている。
「そんなことがあるものか」
「御前は何も知らないのだ」
「知っていてもそんな話信じるものか」
言いながら一歩前に出るのだった。
「御前の言葉なんかな」
「そう言うのだな」
「そうだ。そしてまた言うぞ」
言いながらいよいよ剣を持とうとする。
「道を教えてくれ。いいな」
「道をか」
「そうだ。どうなのだ」
さらに彼に問う。
「教えられるのかどうだ」
「大胆な若芽よ」
ジークフリートをこう呼んだ。
「私が誰か知ったならそんなことは言わなかっただろう」
「御前をか」
「そうだ。そうした言い方はしなかっただろう」
また言うのだった。
「御前を信頼している私にはだ」
「僕を信頼している?」
「そうだ。その言葉は悲しいものだ」
彼はジークフリートを見ながら述べた。
「御前の心を愛している」
「僕の心をか」
「その私を悲しませないことだ」
こう話す彼だった。
「いいな」
「それで道をだ」
とにかくそれを聞こうとするジークフリートだった。
「教えてくれないのか。頑固な奴だ」
「頑固だというのか、私が」
「そうだ、眠れる女のいる場所をだ」
そこだというのである。
「知っているのか、どうだ」
「道はだ」
「可愛い小鳥はいなくなったが」
小鳥のこともここで話す。
「その女のことは教えてもらった」
「それを教えるつもりはない」
ここで言うジークフリートだった。
「何一つとしてだ」
「教えるつもりはないというのだな」
「そうだ。御前はそこに行ってはならない」
ジークフリートの前に立ちはだかるようにしてきた。
「決してな」
「何故止めようとするのだ」
「それはだ」
「それは?」
「岩を護る者を恐れるのだ」
こう言うのである。
「眠れる乙女は私の力で眠らされているのだ」
「御前の力でというのか」
「如何にも」
まさにそうだというのだった。
「彼女を起こす者は、そして」
「そして?」
「彼女を得る者はだ」
「どうだというんだ?」
「我が力を永遠に無力にするのだ」
そうするというのである。
「彼女の周りに炎の海が流れているが」
「それはもう知っている」
「あれを見るのだ」
彼から見て左手をその槍で指し示した。そこは。
赤い光が見える。岩山の上にであった。そこにあるのだった。
「あの光をだ」
「光だと?」
「そうだ、あれが見えるな」
その赤い光をまた指し示すのだった。
「あれをだ」
「あそこにその女がいるんだな」
「そうだ」
それはその通りだというのだった。
「女はあの中にいる」
「なら今からそこにいる」
「光はさらに輝き」
さすらい人は槍でその光を指し示し続けていた。
「灼熱もさらに激しくなっている。空を焦がす雲に」
「雲もか」
「揺らぐ炎が狂うが如く」
彼の言葉が続く。
「音を立てて燃え上がり」
「音も聞こえるのか」
「そうだ、聞こえるな」
「確かに」
言われると実際に聞こえてきた。
「それは聞こえる」
「それが貴様を焼き尽くすのだぞ」
言いながらだった。
「それでは。いいな」
「行くなというのか」
「まさか行くつもりか」
「そうだ、何があってもだ」
ジークフリートも引かない。あくまで行くというのである。
「どけ、僕は行く」
「貴様が炎を恐れないのならだ」
さすらい人は彼の前に立ちはだかる。
「私の槍が行く手を塞ぐぞ」
「闘うというのか」
「我が槍にはまだ支配の力がある」
「支配するというのか」
「そうだ、あるのだぞ」
左手のその槍で指し示しての言葉であった。
「御前の振るその剣はだ」
「この剣は?」
「この槍で砕けたのだ」
それを今告げたのだった。
「かつてはな」
「今は違う」
「いや、今もだ」
その言葉が強いものになっていた。
「この槍で再び、そして永遠に砕けることになる」
「砕けるというのか」
「父の仇だったのか」
いよいよその言葉を聞いて目が鋭くなる彼だった。
「御前は」
「だとしたらどうする」
「仇を取る」
言いながら遂に剣を抜いたのだった。
「いいな、これでだ」
「ならばだ」
さすらい人もまたその槍を構えた。そうして突きたてる。しかしだった。
ジークフリートの剣が一閃された。それで終わりだった。
槍は柄のところで真っ二つになった。さすらい人はそれを手に力なくしゃがみ込んだ。
そうしてだった。彼は項垂れた声で言った。
「行くがいい」
「最初からこうすればよかったんだ」
「最早私に引き止めることはできない」
彼は空しく去った。まるで風が消える様に。そして後に残ったジークフリートは。
「炎を浴びに行く。炎の中に花嫁を見つけるんだ」
こう言ってその炎に向かう。険しい岩山を何なく登りそうしてであった。
「日の光の明るい荒野だ」
彼はそれを気に入っているのだった。
「果たして誰がいるのか」
そのことも考える。
「どんな女なのか」
炎は何なく通り過ぎた。しかし彼はここで気付いていなかった。その炎は実はジークフリートを見て自然に避けたことを。そして炎が彼を見ていたことを。
「来たか」
それはローゲの声だった。
「遂に彼が来たな」
こう言って笑っていた。
「人間の時代を切り開く若者が」
温かい声だった。その声で見ているのだった。
「彼女を目覚めさせるのか。なら私はもう」
「あれは」
ジークフリートはここで横たわっている者を見た。
「男か?」
「ふむ、まだわかっていないな」
ローゲはそんなジークフリートを見てまた言った。
「女というものが」
「まず兜を取るか」
言いながらその兜を取る。するとそこから出て来たのは。
「!?これは」
「わかったな、これで」
「何と美しい姿だ」
美女なのだ。それに気付いたのだ。
「これが女か」
「そう、女だ」
「輝く雲がうねりつつ明るい空を縁取っている」
その美女を見ながら驚いていた。
「胸が膨らんでいる」
今度は女の胸を見たのだった。
「何という豊かな夢なんだ」
「夢ではない」
「どうしたらいいんだ」
彼は躊躇した。
「僕はこの人に対して何をしたらいいんだ」
「そうか。ここでか」
「怖い・・・・・・」
今はじめてこの言葉を自分から言った。
「何をしたらいいのかわからない。鎧を断ち切るべきか」
「さて、恐れを知ったか」
ローゲはわかっていた。しかし彼に気付く者は今はいなかった。
「これでよし」
「瞼が開かないのか。若し開いたら」
その閉じられた目を見ての言葉である。
「僕はその光に耐えられるのか。辺りが浮かび揺れ動き」
言葉だけが出て来る。
「回っているかの様だ。切ない憧れに気が遠くなる」
「それが恐れだ」
「心が震える」
彼だけではどうしようもなくなっていた。
「これが恐れなのか」
そして言うのだった。
「この乙女を見て恐れる。恐れをなくすのには」
「さて、それはどうする?」
「勇気を出すにはどうするのか」
震えながらも何とか前に出ようとする。
「どうすればいいんだ」
「面白いものだ。竜で恐れを知らなかった若者が」
ローゲはそんな彼を見守り続けていた。
「これで知るのだからな」
「唇が美しい」
恐れの中で見ながら唇に気付いた。
「この花咲く口元を見ればどうするか」
また言う彼だった。
「甘い吐息のかぐわしさ。そうだ」
自然とそうしたのだった。
「この唇と僕の唇を会わせよう。そうしてみよう」
「よし、動いたな」
ローゲの言葉は微笑んでいた。
「いよいよだ」
ジークフリートはここで接吻した。その唇を重ね合わせる。するとだった。
彼女がゆっくりと目を開きだした。ローゲはここで姿を消した。炎はジークフリートに気付かれないように姿を消したのであった。
「さて、あとは最後の仕事だ」
こう言って姿を消すのだった。
「ブリュンヒルテ、その時を待っているぞ」
「私は」
そのブリュンヒルテが目を開いたのだった。
「目覚めたのね」
「目覚めたのか、今」
「私を起こしたのは誰なの?」
こう言うのだった。
「その英雄は誰なのかしら」
「それは私だ」
ジークフリートの言葉は自然と変わっていた。
「私が炎を越えてやって来たのだ」
「あのローゲの炎を」
「それが私だ」
そして名乗るのだった。
「ジークフリートだ」
「ジークフリート」
「そう、それが私だ」
彼はまた名乗った。
「神々に祝福を」
「神々に?」
「そう、世界に祝福を」
上体を起こしながら言葉を続ける。
「光り輝く大地にも祝福を」
「祝福を」
「そう、私の眠りも終わりです」
ジークフリートに顔を向けていた。
「そして私を起こしてくれたのが」
「そう、私で」
「ジークフリートなのですね」
「私を生んでくれた母さんに祝福を」
彼は言った。
「私を育ててくれた大地に祝福を」
「そう、祝福を」
「この幸せに微笑みかける瞳を見るkとができるのだから」
「私への眼差しは貴方にだけ」
ブリュンヒルテはそのジークフリートを見詰めていた。
「貴方にだけ向けられるもの」
「私にだけ」
「ジークフリート」
ジークフリートの名前を自分から呼んだ。
「その名前を口にするだけで」
「どうだというのですか?」
「この上ない喜びに包まれる」
そうなるというのである。
「それに耐えられないまでに」
「耐えられない」
「そう、とても」
その顔は何時しか微笑んでいた。
「私も。これで」
「これで」
「私が貴方を愛していることをわかてってくれたら」
「愛を」
「そう、愛を」
こう彼に言うのだった。
「貴方は私の心だった」
「私が」
「そう、生まれるその前から愛していた」
彼をというのだ。
「愛していた。そして見ていたということを」
「けれど私はそれは」
「そう。気付かなかった」
そうだったというのだ。
「何一つとして」
「けれどそれは仕方のないこと」
「仕方のない?」
「そう、しか他のないこと」
こう彼に告げるのだった。
「何故なら貴方は今私に会って私を知った。けれど私は」
「その前からだというのですね」
「そう。その前から」
そうだったというのである。
「知っていた。だから今私は」
「貴女は?」
「貴方になります」
「私に」
「そう、なります」
彼への愛の言葉に他ならなかった。
「今それを誓いましょう」
「何と。私になってくれるとは」
「歓喜の人」
微笑んでいる言葉だった。
「ジークフリート、勝利の光」
「そしてブリュンヒルテ、貴女は私の」
「私はいつも貴方を愛していた」
彼のその両手を握った。
「そう、いつも」
「いつも私を」
「貴方を愛することこそが今の私の全て」
「何という言葉か」
ジークフリートもブリュンヒルテのその言葉を聞いているうちに恍惚となっていた。
「何という不思議な響きなのか。けれど」
「けれど?」
「私にはよく分からない」
こう言うのだった。
「貴女の瞳の輝きを明るく見る」
「私の瞳を」
「貴女の温かい息吹も感じる。歌声も甘く響く」
それでもなのだった。
「けれど貴女が歌いつつ教えてくれた言葉は驚くばかりだ」
「分からないのですね」
「そんな遠くの事柄はわからない」
彼はまた言った。
「私の感覚は全て貴女を見て感じるだけだ」
「それで充分なのです」
「ですが私は」
ここであの感情を思い出してしまったのだ。
「恐れを抱いている。貴女が教えてくれたこの教えを」
「ですがそれは」
「勇気が抑えられている」
こう感じていたのである。
「それはどうしても感じてしまう」
「そう考える必要はありません」
「ないというのですか」
「そうです」
これ以上はないまでに優しい声と微笑みで彼に告げるのだった。
「それはです」
「それは何故ですか?」
「あれを」
ここで後ろを指差す。するとそこには何時の間にか一頭の馬がいた。
「あれは馬です」
「馬、ですか」
「森には居なかった筈です」
このこともわかっているブリュンヒルテだった。馬は森の奥にはいないからである。
「あの馬の名前はグラーネといいます」
「グラーネですか」
「そうです」
「いい名前ですね」
半ば無意識のうちに出て来た言葉だった。
「それが馬の名前ですか」
「ええ」
「わかりました」
その名前を聞いて頷いたジークフリートだった。
「その名前は」
「あの馬はです」
グラーネのことも話すジークフリートだった。
「私と共に眠っていたのを貴方が目覚めさせたのです」
「私がですか」
「はい、そうなのです」
そうだと告げたジークフリートだった。
「それでなのです」
「私が起こしたと」
「その通りです」
「馬を私が」
また言うジークフリートだった。
「ですがそれが何を」
「ワルキューレを護った盾が」
「ワルキューレ、盾」
今のジークフリートの言葉は知っている声だった。
「戦場を駆け巡るヴァルハラの乙女ですね」
「そう、盾は」
「私は使ったことはありません」
それはないというのだった。
「ですが聞いたことはあります」
「そうなのですか」
「そして兜も」
それも指し示したのだった。
「もう私も覆ってはくれません」
「もうですか」
「必要のないものになりました」
「それもですか」
「そして鎧も」
それもだというのである。
「私には必要のなくなったものであります」
「それも必要が」
「何故なら」
ブリュンヒルテはここで言った。
「貴方の勇気があるからです」
「私の勇気が」
「そうです。貴方は剣だけで来た」
このことを言うのだった。
「その剣だけで、です」
「このノートゥングだけで」
「そうです。それこそが何よりの証」
ブリュンヒルテは言った。
「貴方がここに来るのに炎を越えましたね」
「はい」
そのことも答えるジークフリートだった。
「それもです」
「炎を恐れませんでしたね」
「ええ、それは」
全く恐れていなかったのだ。これもまた事実である。
「その通りです」
「ええ、それは」
「私は炎を越えました」
「それが勇気なのです」
「それこそがですか」
「そうです」
まさにそれだというのだった。
「それこそがです。貴方の勇気なのです」
「それが私の勇気だと」
「何もかもを恐れることなくそして今恐れを知った」
「それが勇気だと」
「恐れを知ってこその勇気なのです」
ブリュンヒルテが言うにはそうなのである。
「それがなくてはです」
「勇気とはならない」
「貴方は恐れを知り」
「そして」
「それを克服することができます」
それができるというのだった。
「貴方ならば」
「私にそれができると」
「できます。貴方だからです」
それを確信しているのだった。
「それもまた」
「そうなのですか」
「そしてです」
ブリュンヒルテはそのうえで話を変えてきた。
「貴方は別の炎も感じておられますね」
「はい、確かに」
それはまさにその通りだった。
「私は今心が燃え盛っています」
「そうですね。それは私も感じています」
「そうなのですか。炎を」
「貴方から感じています」
「あの周りで燃えていた炎が消えました」
それは消えたというのだ。
「ですがそれでもです」
「そうですね。その炎が私の中に」
「貴方の胸の中に」
「そして私は今願っています」
そうしているというのだった。
「この炎を消すことを」
「炎をですね」
「そうです。炎をです」
また言う彼だった。
「消す方法は知っているでしょうか」
「はい、それは私が知っています」
微笑んで答えたブリュンヒルテだった。
「私だからこそ」
「貴女だからですか」
「そうです。ですから」
微笑んで言うブリュンヒルテだった。
「私を受け入れて下さいますか」
「私が貴女を」
「そうです。できるでしょうか」
「はい、できます」
また答えるのだった。
「ですから私を」
「ではそれでは」
その手を取ったジークフリートだった。
「こうして」
「私の意識は乱れ知恵も黙ってしまう」
ブリュンヒルテは何かを手を取られ恍惚となっていた。
「けれどそれでも貴方を」
「貴女の知恵は私への愛の輝きとなります」
「私の知恵が」
「ですが私は」
「そうです。どうか」
言葉を続けていく。
「私と共に」
「悲しい暗闇が眼を曇らせ光は消える」
そうなっていくというのである。
「周りが夜になり霧と黄昏の中から激しい不安が吹き荒びます」
「不安が?」
「恐れが迫り膨れ上がります」
その言葉が続く。
「私はです」
それに応えて言ったジークフリートだった。
「夜が閉じた瞼を包みます」
「瞼をなのですね」
「そうです。その束縛から逃れれば暗黒の闇も消え去ります」
彼は言った。
「暗闇から抜け出してです」
「そうして」
「見るのです、太陽が輝くのを」
「わかりました」
それを聞いて頷いたブリュンヒルテだった。
「それでは。ジークフリート」
「はい」
「私の不安を見て下さい」
「貴女の不安をですね」
「私は永遠でしたし今も永遠ですが」
「永遠ですか」
「そうです。貴方の幸せの為にこそ永遠です」
そうだというのだった。
「甘い憧れの喜びの中でこそ永遠なのです」
「それは私によってですね」
「その通りです。ジークフリート」
彼の名を呼んだ。
「素晴らしい人、世界の宝」
「私が宝」
「大地の命、微笑む英雄」
その彼を讃える言葉だった。
「私から離れて下さい、近付かないで」
「それはどうしてですか?」
「貴方に触れられただけで壊れてしまいそうで」
だからだというのだった。
「ですから」
「私に触れられると」
「そうです。もうそれだけで」
言葉がまた恍惚となっていた。
「私はそれによって壊れてしまいます」
「まさか。そんな」
「いえ、そうです」
そして言うのであった。
「澄んだ小川で自分の姿を見たことはありますね」
「それは」
「ありますね」
「はい、そうです」
それはあるというのだった。
「それが何か」
「その中に手を入れてかき回すとです」
「かき回すと」
「その水面が砕けてなくなってしまいますね」
そうなってしまうと。ジークフリートに告げた。
「だからです」
「離れよと」
「そうです。愛を自分に向けて私から離れて下さい」
そうせよというのだ。
「それによって貴方の宝を駄目にしないで下さい」
「私の宝を」
「ですから」
「私は貴方を愛します」
ここでこうブリュンヒルテに返したジークフリートだった。
「何があろうともです」
「何があろうともですか」
「そうです。ですから」
そのうえで言葉を続けたのだった。
「貴女も私を愛して下さい」
「私が貴方を」
「そうです。何があっても」
ジークフリートの言葉が強いものになっていた。
「貴女さえ得られれば」
「私が」
「私というものはありません」
「どういうことですか、それは」
「素晴らしい小川が目の前にあります」
彼もまた小川を話に出してきた。
「私はそれを眺めています」
「その小川を」
「その素晴らしくうねる波を」
見ているというのである。
「私は見ています」
「その波を」
「私の姿が崩れれば燃え上がる炎を」
言葉が続けられる。
「私自身で燃え立たせそのうえで流れで冷やそうと」
「どうされるのですか?」
「小川の中に飛び込みます」
さらに言う。
「その大波が私を飲み込み」
「貴方を」
「流れの中に憧れが消えればいいのです」
言葉は恍惚としたままだった。
「ですからブリュンヒルテ」
「はい」
「起きて下さい」
言葉がかけられる。
「乙女よ、起きて」
「私が起きて」
「そして生きて笑うのです。甘い喜びの中で」
「私が貴方と共に」
「そして私のものとなって下さい」
熱い目で彼女を見ての言葉だった。
「どうか」
「はい、ジークフリート」
恍惚となって返したブリュンヒルテだった。
「私は前から貴方のものです」
「そう言って下さるのなら」
「どうだというのでしょうか」
「今私のものになって下さい」
これもジークフリートの心の言葉だった。
「是非共」
「はい、では」
そして言ったブリュンヒルテだった。
「私は永遠に貴方のものになります」
「なるであろうものに」
ジークフリートもここでまた言った。
「貴女は今なって下さい」
「私がそれに」
「私の手で貴女を捕らえ抱き締めます」
「私がなのですね」
「はい、では」
言いながらジークフリートの方に歩み寄った。
「今から」
「我が胸を激しく貴女の胸に押し付けます」
言いながらブリュンヒルテを見続けていた。
「目と目が互いに燃え上がり熱い息が弾みます」
「私を見てそれで」
「それで貴女は私のものになります」
彼は言った。
「私の不安は過去にも未来にもありません」
「そして現在にも」
「そうです。何故なら」
ブリュンヒルテにまた告げた言葉は。
「ブリュンヒルテは私のものかどうかという燃えるような心配は消えました」
「私は今から貴方のものなのか」
ブリュンヒルテも言った。
「神の静けさが我が身の中に波立ち」
「そして」
「最も純潔な光が灼熱に燃え上がります」
「私の手によって」
「そうです。貴方の手で、です」
お互いに熱い目で見合っていた。
「天上の知識は私から消え去る。愛の歓喜がそれを追い払ったのです」
「愛の歓喜が」
「そうです。私は今貴方のものなのか」
そして彼の名を呼んだ。
「ジークフリート」
「はい」
「私が見えますか」
こう彼に問うのだった。
「私があまりにも見るので目が見えなくなっていませんか」
「その目がですか」
「そうです。私の腕が貴方を押し付けても」
その手をジークフリートの前に出した。
「私の手が貴方を押し付けても貴方は燃え上がりませんか」
「その炎で」
「そうです。私の血が今」
恍惚となった言葉が続く。
「奔流の様に貴方に向かって流れ出した」
「それを」
「その激しい炎を感じませんか」
ジークフリートに対して問う。
「ジークフリート、貴方は私を恐れませんか?」
「私をですか?」
「そうです。この野生の激しい女を恐れないのですか」
「血の激流に火が点いた時」
ジークフリートはそれに応えて述べた。
「眼差しの輝きが己を苛んだその時」
「その時は」
「私はです」
言葉を続けていく。
「眼差しの輝きが己を苛んだ時」
「その時には」
「腕が激しく固く抱き締めたその時には」
言葉はもう自然と出されていた。
「私の大胆な勇気がまた私に戻って来ます」
「私がその勇気だというのですね」
「そうです」
話はそう移っていた。
「一度も習えなかったその恐れを」
「恐れを」
「貴女が教えてくれたばかりのその恐れをです」
「恐れを」
「愚かな私は全く忘れてしまいたいのです」
熱い言葉で語ったのだった。
「それをです」
「その言葉こそがです」
ブリュンヒルテは微笑んでその言葉を受けたのだった。そうしてまた告げた。
「私はです」
「貴女は」
「子供らしい英雄、素晴らしい若者」
彼を評した言葉だった。
「貴方は気高い行為の愚かな宝です」
「それが私なのですね」
「そうです、貴方なのです」
まさにそうだというのだった。
「まさにです。ですから」
「ですから」
「私は笑いながら貴方を愛さなければならないのです」
「私をですか」
「そう。そして」
恍惚とした言葉はさらに強いものになってきた。
「私は盲目にならないといけないのですね」
「それは何故ですか?」
「愛の為にです」
その為だというのだった。
「私は盲目にならないといけない、笑いながら微笑んで」
「微笑んで」
「滅んでいくのです」
今言った言葉は。それであった。
「それが私の願いです」
「貴女の」
「ヴァルハラの輝く世界よさようなら」
ヴァルハラに別れを告げた。
「誇りの城よ、粉々に砕けよ」
砕けよと。そうして。
「光り輝く神々の壮麗さよさらば。永遠の種族よ」
さらに言うのだった。
「歓喜のうちに終焉を迎えるのです」
「全てがですか」
「そう、全てがです」
言いながらも今見ていたのだった。歓喜の中での滅亡を。
「ノルン達よ運命の絆を断ち切れ」
「時の糸を」
「そう、それもです」
そう言葉を続けていく。
「神々の黄昏よはじまるのです、破滅の夜よ」
「夜もまた」
「湧き上がるのです。そして」
「そして」
「今はジークフリートの星が輝くのです」
神々を捨ててだった。ジークフリートを見ているのだった。
「彼は私に永遠のものでそして」
「そして」
「全ての宝で唯一で全て」
言いながらさらに恍惚となっていく。
「輝く愛で微笑む死です」
「微笑みながら目を覚ました」
今度はジークフリートが言ってきた。
「素晴らしい人よ」
「私への言葉ですね」
「そうです。ブリュンヒルテは生きています」
そう言ってであった。
「ブリュンヒルテは笑っている」
「私が」
「我々を照らす昼に祝福を」
「貴方もまた」
「そうです。ブリュンヒルテの生きているこの世界に祝福を」
彼女と世界を讃えていた。
「彼女は目覚め生きています」
「私がそうして」
「そうです。私に向かって微笑みかけています」
それは彼も同じだった。
「私に向かい微笑みかけてくれるブリュンヒルテ」
「私が」
「光り輝くブリュンヒルテの星よ」
あくまで彼を見ているのだった。
「彼女は私にとって永遠のもので」
「貴方もなのですね」
「そうです。全ての宝で唯一であり全てであります」
二人は見詰め合っていた。これ以上はないまでに。
「輝く愛であり微笑む死です」
「貴方は私で」
「貴女が私で」
二人は同じだと。確かめ合っていた。
「そして永遠に」
「そう、永遠に」
「微笑みましょう」
「この輝かしい死に」
炎は消えその中で微笑み合う二人だった。二人は運命の出会いを果たした。そしてそれはまさに黄昏と曙のはじまりなのであった。
ジークフリート 完
2009・11・20
ブリュンヒルテが目覚めたな。
美姫 「その前に槍が砕けたりもしてたわね」
この後、ジークフリートはどう行動するんだろう。
美姫 「どんな結末が待つのか楽しみだわ」
だな。次の章は誰が出てくるのかな。
美姫 「次夜も待ってます」
ではでは。