『夢遊病の女』
第二幕 思いも寄らぬ喜び
婚礼が破棄された村の中。村人達の顔も浮かない。
「森は深くて暗く」
「小川は澄んでいる」
「見渡す限りの青と緑」
「この村は今日も奇麗だ」
「しかし」
しかし、なのだった。
「伯爵様は何処に行かれたのか」
「お城に行かれたのか?」
「あのお城に」
少し離れた山のところにその城が見えていた。まるで白鳥の城である。
「だが。それにしてはおかしくないか」
「そうだな。馬車もまだあるし」
「荷物もある」
「まだこの村におられるのだな」
「どうやらな」
こう話していくのであった。
しかし彼の姿は見えない。このことを心配していた。
そして。今彼等が暗くなっている原因についても話が為された。
「アミーナはな」
「ああ、一体何故」
「あんなことになったんだ?」
「あの娘があんなことをするだろうか」
「とても考えられないぞ」
誰もが彼女のことを知っていた。だから少し時間が経つとどうにも朝のことが信じられないのである。それもどうしてもであった。
「他の男の部屋にいるなんて」
「しかも寝巻きで」
「そんなことは有り得ない」
「全くだ」
そうしてこう言い合うのだった。
「潔白ならだ」
「神は守って下さる」
「そうだ」
まずは皆こう考えた。
「だが罪があるなら」
「その時は」
「神よ、どうか御救い下さい」
「あの娘を」
皆何とかアミーナを信じたかった。そうして幸せになって欲しかったのである。
それが心に出ていた。そのうえで話されるのだった。
「そしてエルヴィーノは」
「信じて欲しいのだがな」
「全くだな」
「アミーナのことをな」
彼に願うのはこのことであった。
「わし等はエルヴィーノも知ってるしな」
「そうだな」
「いい奴だ」
「真面目で穏やかで」
「しかも人を分け隔てしたりしない」
そうした美徳の持ち主なのである。だからこそ皆から好かれているのだ。
「若いのにしっかりしているしな」
「そんな奴だからな」
「是非幸せになってもらいたいが」
「どうなるんだ?」
彼等にしても困り果てていた。
「こうなってしまっては」
「打つ手がないのか」
「せめて悪魔の正体がわかれば」
「あの娘をあそこにやった悪魔の実態がわかれば」
「いいのにな」
彼等はこう言うしかなかった。そしてアミーナは今も泣いていた。村の外れの自分の家の前でテレサに抱き締められその胸の中で泣いているのであった。
そのアミーナが。テレサに言っていた。
「ねえお義母さん」
「どうしたの?」
「お義母さんがいてくれてよかったわ」
こう彼女に言うのだった。
「本当にね」
「いてよかったの、私が」
「ええ」
まさにその通りだというのだ。
「さもなければ私はもう悲しくて死んでいたわ」
「元気を出すのよ」
その娘に優しい声をかけるのだった。
「きっとね」
「きっと?」
「伯爵様が助けてくれるから」
「あの方が」
「そうよ。だからね」
そしてまた優しい声を娘にかけた。
「元気を出すのよ」
「元気を」
「気を取り直してね」
こうも告げるのだった。
「それでいいわね」
「ええ・・・・・・けれど」
「けれど?」
「私はもう」
その悲しみは顔から消えはしなかった。
「何もかもが消えてしまって」
「アミーナ・・・・・・」
「何もないから」
涙は涸れなかった。今も彼女の目から流れ続けている。
「だから。誰が守って下さっても」
「それは・・・・・・」
「私はもう」
「私がいるわ」
またこう言うテレサだった。
「それに」
「それに?」
「あの人もよ」
さらに言うのだった。
「まだ貴女を愛してるわ」
「エルヴィーノも?」
「そうよ。それは間違いないわ」
「そんな筈がないわ」
「いえ、貴女がそう思っているだけよ」
こう娘に言うのだった。
「それはね」
「けれど」
「エルヴィーノも苦しんでるのよ」
そうなのだという。
「貴女が今悩んでいるようにね」
「そうなのかしら」
「そうよ」
あくまでそうだと語るのだった。
「だから安心して。いいわね」
「けれど」
「気を確かに持って」
あくまで優しく言うのであった。
そしてここで。エルヴィーノが来た。テレサは彼を指し示してそのうえで話すのだった。
「いいわね」
「えっ?」
「来たわよ」
「エルヴィーノ・・・・・・」
「頑張りなさい」
さらに優しく言う彼女であった。
「わかったわね」
「けれど」
「勇気を持つのよ」
そうしろというのだ。
「いいわね」
「けれど私は」
「私がいるわ」
どうしてもという彼女の背中についての言葉だった。
「いいわね」
「わかったわ。それじゃあ」
こうしてようやくであった。アミーナはエルヴィーノと対するのだった。
そのエルヴィーノは一人呟いていた。その晴れない顔で。
「全ては壊れてしまった。もう僕には何もない」
彼もまた同じことを言っていた。そして。
そのエルヴィーノにだ。アミーナが声をかけてきた。
「エルヴィーノ」
「うっ・・・・・・」
アミーナのその顔を見て表情をさらに暗いものにさせたのだった。
「君か」
「心を静めて下さい」
切実な顔での言葉だった。
「どうか」
「駄目だ」
暗い顔での言葉だった。
「そんなことはできない」
「私には何の罪もないわ」
そうだというのである。
「それは本当に」
「君は僕から全てを奪った」
だがエルヴィーノはこう言うのだった。
「そんな君がどうして」
「私は潔白よ」
それは確かに言うのだった。
「それは誓います。私には何の罪もないわ」
「嘘だ」
だがエルヴィーノはその言葉を信じようとはしなかった。
「そんな筈がない、決して」
「どうして信じようとしないの?」
「ではどうして今朝あそこにいたんだ?」
そのことを問い詰めるのだった。
「何故だ、それは」
「それは・・・・・・」
「言えないな。それが何よりの証拠だ」
まさにそうだというのである。
「そういうことだ」
「いえ、それでも」
まだ言おうとする。だがエルヴィーノは去ろうとするのだった。
しかしここで。遠くから声がしてきた。
「伯爵様、それは本当ですか?」
「まことですか?」
「伯爵様?」
エルヴィーノはその言葉に足を止めた。
「あの人が」
「どうかここにいて」
「御願いよ」
アミーナだけでなくテレサも言うのだった。
「エルヴィーノ、そして私の言葉を聞いて」
「私からも」
「いや、僕は」
エルヴィーノは二人の言葉を振り切ろうとする。だがその彼のところに村人達が来てであった。そうして彼に対して言うのであった。
「エルヴィーノ、いいか?」
「いい知らせだよ」
「いい知らせ?」
「そう、いい知らせだよ」
「聞くといい」
こう彼に告げる。そうしてだった。
「伯爵様が仰って下さったんだよ」
「あの方が?」
「そう、アミーナは潔白だってね」
「それは間違いないと」
そうだというのである。
「だからだ。もうアミーナを許していいんだよ」
「わかったな」
「君達には幸せになれるんだよ」
「いや」
しかしであった。彼はまだこう言うのだった。
「僕は信じない」
「おい、伯爵様が仰ったのにか?」
「それでもなのか?」
「僕は自分の目で見たものしか信じない」
こう言うのである。
「決して。だから」
「エルヴィーノ・・・・・・」
「これを返そう」
今度は自分の指輪を取ったのだった。左手の薬指のその指輪をだ。
そうして再び。彼女に対して告げた。
「これが何よりの証だ」
「そんな、その指輪は」
「ちょっと待ってくれエルヴィーノ」
「それはあんまりじゃないのかい?」
「そうよ」
村人達はここで彼に対して怪訝な顔で言った。
「伯爵様が折角仰ってくれたのに」
「それでどうしてなんだ?」
「一体」
「けれど捨てられない」
エルヴィーノは俯いて呟いた。
「君を消し去ることができない」
「エルヴィーノ・・・・・・」
「伯爵様が仰ってもだ」
まだ言う彼だった。
「それでもだ。今は」
「今は?」
「僕はこの目で見たものしか信じない」
これが彼の言葉だった。
「だから。僕は」
「何処に行くんだ?」
「行かない方がいい」
「少し風に当たってくる」
こう言って去るのだった。
「少しね」
「待って、エルヴィーノ」
「いや、僕は行く」
しかし彼は行くのだった。彼はそのまま広場に去ってしまった。村の広場に行くとであった。そこにはリーザとアレッシオがいた。二人はそこにいるのだった。
「あれっ、エルヴィーノ」
「アレッシオかい」
「どうしてここに?」
彼は怪訝な顔でエルヴィーノに問うた。
「ここにいるんだい?」
「何でもないよ」
彼は浮かない顔でアレッシオに返した。
「別に」
「それなら」
リーザはそっと彼のところに来て言うのだった。
「心を落ち着ける為に飲まない?」
「お酒を?」
「ええ、私の宿屋にいいワインがあるわ」
それを勧めるのである。
「だから。どうかしら」
「ワインをかい」
「それを飲んで心を落ち着かせるのよ」
こっそりと彼に勧めるのだった。
「いいわね」
「そうだね。それじゃあ」
「いや、待ってくれ」
しかしここでアレッシオが言うのだった。
「それは」
「それはって?」
「エルヴィーノ、君はお酒に頼るべきじゃない」
それを止めるのである。
「今はね」
「それはどうしてなんだい?」
「もっと彼女の話を聞くんだ」
切実な顔での言葉だった。
「いいね、それは」
「けれどそれは」
「気持ちはわかるよ。それでもだよ」
彼は優しくエルヴィーノに言う。
「君は今はね」
「それでも僕は」
「おお、ここにいたか」
迷うエルヴィーノだったがここで今度は。伯爵が彼の前に出て来て声をかけてきた。
その表情は穏やかなものだ。その彼がエルヴィーノに声をかけてきたのだ。
「いいかな」
「伯爵」
「君が沈んでいる理由はわかっているよ」
声もまた穏やかなものである。
「それはね」
「では今は」
「いいかい?」
その穏やかな声での言葉が続く。
「アミーナは信じるに値する女性だ」
「アミーナは」
「そう、君の愛と尊敬を受けるに足る」
そうだというのである。
「若し君が望めば」
「僕が?」
「その時は彼女の美貌と長所の証人になろう」
「そう言って下さるのですね」
「それを今誓おう」
こう彼に言うのである。
「それでいいかな」
「御言葉は有り難いです」
それは受けるという。
「ですが」
「ですが?どうしたんだい?」
「僕は僕の目で見たものしか信じません」
これが彼であった。
「ですから。今朝のあれは」
「あれについては私が知っているよ」
「伯爵様がですか?」
「君は思い違いをしている」
そうだというのである。
「私は私の名誉にかけてそれを保証するよ」
「そこまで言われるのですか」
「うむ、言おう」
今度は確かな声になっていた。
「今ここでね」
「ですがアミーナはあの部屋にいました」
彼は伯爵に顔を見ながら話した。
「貴方が使われていたあの部屋にです」
「それはその通りだ」
「では何故」
「しかしだ」
ここで伯爵はさらに言う。
「彼女は目覚めて来たのではないのだよ」
「えっ、それは」
「一体」
これにはリーザとアレッシオも驚きの声をあげた。
「目覚めて来てはいないとは」
「それはどういうことですか?」
ここで村人達も来た。エルヴィーノを探してである。
テレサもいる。いないのはアミーナだけだった。
村人達はこのことをテレサに対して尋ねた。
「アミーナは一体」
「何処に?」
「悲しみのあまり泣き伏してしまって」
語るテレサも悲しい顔になっている。
「それで家で休ませているのよ」
「そうだったのか」
「気の毒なアミーナ」
「全くだ」
今は彼女に対して同情している彼等だった。
「早く気を取り戻してくれないと」
「取り返しのつかないことになってしまう」
「その通りね」
彼等も気が気でなかった。そうしてだった。
伯爵はその彼等に対して話すのだった。
「ある人達は」
「はい」
「どうなっているのですか?」
「眠っている時にまるで目が覚めているかの様に歩き回ります」
こう話すのである。
「そして話し掛けるとです」
「その時は」
「どうなるのですか?」
「話もするし答えもできる」
そうなるとも言う。
「眠り且つ歩き」
「何という奇妙な話だ」
「全くだ」
これは村人達の全く知らないことだった。彼等にしては全く奇妙な話だった。
「この病を夢遊病といいます」
「夢遊病!?」
「それがその病気の名前か」
「また奇妙な名前の旗だ」
こう言ってそれぞれ首を傾げさせる。伯爵はさらに言うのだった。
「私は嘘は言いません」
「それは本当ですか!?」
エルヴィーノもそれを聞いて首を傾げさせていた。
「それは」
「私の言葉を偽りだと思うのかね?」
「あまり信じられません」
こう返す彼等だった。
「そんな奇妙な病気があるのですか」
「それは見ればわかることだよ」
伯爵はここでもエルヴィーノに対して話した。
「何なら今夜でも」
「今夜にでも」
「そうなのですか」
「そう、今夜だ」
その時間まで話すのだった。
「今夜だよ。いいね」
「それは」
「アミーナを信じて」
ここでテレサも村人達に言ってきた。
「どうかここは」
「そうだな。伯爵様が嘘を仰るとは思えない」
「全くだ」
それについては彼等も感じ取っていることだった。
「それではここはやはり」
「今夜だな」
「そうだな」
「そうだ」
ここで伯爵はまた言った。
「一つ思い出したことがありました」
「思い出したこと?」
「それは一体」
「これですが」
言いながら昨日拾ったハンカチを取り出して一同に見せるのであった。
「このハンカチは」
「あっ、それは」
リーザはそのハンカチを見て思わず声をあげた。
「まさか」
「貴女のものですね」
伯爵もここでリーザに対して問うた。
「そうですね」
「はい、そうです」
彼女自身そのことを頷いて認めた。
「それは」
ここでリーザの顔が曇っていった。次第に、ではあるが。
「ということは」
「リーザさん、貴女も見ましたね」
「では昨日のあれは」
「そうです、あれこそがです」
こう彼女に話した。
「あれこそが夢遊病だったのです」
「私はてっきりあれは」
「それで黙っていたのですが」
「宿屋をしていると多くの秘密を見てきます」
こんな風にも言う彼女だった。
「それをおおっぴらに言っていては宿屋なぞできませんし」
「しかし真実も言いませんでしたね」
「まさかと思いました」
それでだというのだった。
「それに私は」
「貴女は?」
「いえ」
エルヴィーノの方をちらりと見ただけで言葉を止めたのであった。
「何でもありません」
「それでも認めて下さいますね」
「はい、そのハンカチは私のものです」
まずはそのことを認めるリーザだった。
「それに私は確かに昨夜アミーナを見ました」
「はい、その場所は」
「伯爵様が泊まっておられたあの場所に」
「となるとだ」
「つまりは」
ここで一同あらためて述べるのであった。
「伯爵様が正しい」
「その仰ることは」
「そうだよな」
「そう、私は最初から嘘をついてはいませんでした」
それをまた言う伯爵だった。
「リーザさんが御覧になられたそのままです」
「成程な」
「これでわかったわね」
「そうだな」
村人達はこれで納得した。しかしであった。
エルヴィーノはまだ。浮かない顔をしていた。そうしてそのうえで言うのであった。
「しかしだ」
「しかし?」
「エルヴィーノ、まだ言うのかい?」
「僕はこの目で見ていないんだ」
彼はそれを言うのだった。
「彼女が本当に夢遊病なのかどうか」
「やはりその目で見ないと信じられないのだね」
「そうです」
伯爵にも少し申し訳なさそうにはあるが述べた。
「やはりこの目で」
「わかりました。では今夜」
見ようと話した。しかしであった。
ここで村人達がまた騒ぐのであった。
「お、おいあれ」
「ああ、間違いない」
「そうよね」
その声は慌てたものであった。その声で騒ぐのである。
「アミーナじゃないか」
「間違いないわ」
「本当だったなんて」
「本当!?」
エルヴィーノはその言葉に反応しすぐに皆が見る方に顔をやった。すると。
そこにアミーナがいた。虚ろな顔で歩いている。そのまま水車の上の橋を歩いている。
その細い橋を見て皆は。言うのだった。
「お、おいこのままじゃ」
「寝ているのなら本当に」
「まずいわよ」
橋の下の水車の動きは速い。若しその中に落ちればどうなるかは言うまでもなかった。
「本当に夢遊病だったけれど」
「あのまま若し落ちたら」
「大変なことになるわよ」
「い、いけない!」
最初に動こうとしたのはエルヴィーノだった。
「早く助けないと」
「待つんだ」
しかし伯爵はその彼を呼び止めたのだった。
「それは」
「ですがそれは」
「いや、安心していい」
伯爵は落ち着いた声で彼に告げる。
「むしろ今は慌てないことが大事なんだ」
「慌てないことですか」
「そうだ」
まさにそうだというのだ。
「今はだ。下手に声をかけて起きて驚きでもしたら」
「下にですか」
「そう、落ちてしまう」
彼が危惧しているのはこのことであった。
「だからだ。いいね」
「そうですか。それでは」
「皆さんもです」
伯爵は他の者に対しても告げた。
「宜しいですね」
「は、はい」
「わかりました」
「けれど」
しかし、なのであった。
「あのままでは本当に」
「ふらふらしているし」
「落ちそうですけれど」
「大丈夫です」
しかしそれでも伯爵は一同に言う。
「こうして見守ることがです」
「今は大事なのですか」
「それこそが」
「そうです」
まさにそうだというのである。
「そうさせてもらいます」
「ここは」
「ああ」
そのアミーナがここで声をあげた。
「若し私が」
「私が?」
「あの人に会うことが出来れば」
「あの人が」
「君のことだ」
伯爵はここでエルヴィーノに告げた。
「間違いなく」
「僕のことを本当に」
「聞きましたね」
テレサも彼に言ってきた。
「娘は貴方のことをです」
「僕のことを」
「想ってるのです」
このことを確かに告げるのだった。
「あの通りです」
「そうだな、間違いない」
ここでようやく彼もそのことを完全に認めた。
「これでわかりました」
「はい、それなら」
テレサも満足するのだった。
「どうかあの娘を」
「わかりました」
「空しい望み。私はエルヴィーノと共に教会で」
「僕と共に」
「そうして清らかなまま祝福を」
「彼女は潔白だった」
エルヴィーノは呟いた。
「そうだった、間違いない」
「神よ」
アミーナは歩きながら話していく。
「私の涙を御覧にならないで下さい。私はずっとあの人を見て生きていますので」
「そこまで想っているんだな」
「本物だ」
「間違いない」
そのことを誰もが確信した。
「アミーナは心からエルヴィーノを愛している」
「永遠の貞節も誓っている」
「その通りだ」
「あの人の指輪」
アミーナの虚ろな悲しい言葉が続く。
「それでも私は信じるわ。そうよね」
胸に花があった。あのエーデルワイスだ。エルヴィーノから貰ったその花を手に取ってそのうえでさらに言葉を続けていくのであった。
「この花をくれたのだし」
「僕の花だ」
エルヴィーノはそれを見てまた言った。
「間違いない、あのエーデルワイスは」
「この花があるから。私はきっと」
「そうだったんだ。アミーナはエーデルワイスだったんだ」
「どういう意味だい?」
伯爵は今度はそれを彼に問うた。
「それは」
「清らかなのです」
まさにそれだというのである。
「彼女は」
「それはよくわかったね」
「はい」
伯爵の言葉にまた頷く。
「これでよく」
「それならいい」
「僕はもう疑いません」
これからもというのだった。
「何があろうとも」
「そう、そうするべきだ」
「彼女を信じます」
それを今確かに誓った。
「何があろうとも」
「そうするべきだ」
伯爵もそうであれというのだった。
「君は。何があっても」
「アミーナを信じます」
彼も遂に言った。
「もう何があっても」
「それでいい。それではだ」
「はい」
「指輪をはめなさい」
伯爵がここで彼に告げる言葉はこれだった。
「いいね」
「わかりました。それじゃあ」
こうして彼はその指輪を再び指にすることになった。だがそれを入れようとする彼に対して伯爵はまた告げたのであった。
「いや、ここでは駄目だ」
「駄目なのですか?」
「そうだ。彼女はもうすぐ橋を渡る」
見ればその通りだった。今にも渡ろうとしている。
それを彼に見せてから。話すのだった。
「渡ってからそのうえで起こそう」
「そしてそれから」
「指輪をはめるんだ」
あらためてそうしろというのである。
「わかったね、それで」
「わかりました。それじゃあ」
伯爵のその言葉に頷いてである。彼は今は指輪をしなかった。そうして橋の前に向かった。それは彼だけでなく皆が続いていた。
こうして皆で待つ。彼女は橋を無事に渡り終え待っているエルヴィーノの前まで来た。
するとであった。エルヴィーノがアミーナにようやく声をかけたのだった。
「アミーナ」
「私を呼ぶのは?」
「僕だよ」
この上なく優しい声をかけた。
「僕だよ、エルヴィーノだよ」
「エルヴィーノ?」
「目を覚ますんだ」
こう彼女に告げるのだった。
「いいね、今ここでね」
「エルヴィーノ・・・・・・」
彼の名前を聞いて少しずつ意識を覚ます。その彼女が見たものは。
今自分の指に指輪を入れる彼女がいた。彼女は確かに指輪をしたのである。
それを見たアミーナはまずは自分が見ているものを信じなかった。しかしそれを見てゆっくりと、だが確実な声でこう言ったのであった。
「これは・・・・・・夢では」
「夢じゃないよ。僕は君のことがわかったんだ」
「私のことが」
「そう、貴女は」
彼の横にいる伯爵が言ってきた。
「潔白だ。そして」
「そして?」
「病気なのです」
このことを彼女にも話すのである。
「夢遊病なのです」
「夢遊病?」
「眠ったまま歩いたりする病気だよ」
「それだったのよ、あんたは」
「そうだったんだよ」
村人達もまた彼女に話した。
「実はね。それだったんだよ」
「それで今朝あの部屋にいたのよ」
「伯爵様の仰る通りだったんだよ」
「そうだったの」
彼等に言われてあらためてそのことを知ったアミーナだった。
「私は。それで」
「うん、だからね」
「あんたは何もしていないのよ」
「それはもう皆がわかったから」
「それでは私は」
「疑ったりして御免」
エルヴィーノは今度はアミーナに対して謝罪した。
「けれどもうそれは」
「ないのね」
「もう絶対に君を疑ったりなんかしない」
それを確かに言うのである。
「そう、何があってもね」
「そうなの。もう」
「君は誰よりも誠実で美しい」
そしてこうも言った。
「だからだよ。絶対にね」
「有り難う、それじゃあ」
「これでいいのね」
リーザはそんな彼等を見届けて呟いた。
「もうこれで」
「そうだね。ねえリーザ」
アレッシオが彼女に声をかける。
「これからだけれど」
「これからのこと?」
「そう、これからは」
「少し待って」
それは待つ様に言うのだった。
「今はまだね」
「まだなんだ」
「少し時間を置いてから」
こう言うのである。
「それからにしてくれるかしら」
「わかったよ。それじゃあ」
「絶対に貴方に応えるから」
そっと彼を見ながらの言葉だった。
「だからね。今はね」
「待つよ、何時までもね」
「有り難う・・・・・・」
二人もそんな話をした。そうしてであった。
村人達はアミーナとエルヴィーノを囲んで。そうして言うのだった。
「さあ、今から」
「教会に行こう」
「いいね」
こう言うのである。
「いいね、これからね」
「皆でね」
「そうして本当の幸せの中に浸ろう」
「何という喜び」
アミーナはその彼等の言葉を聞いて思わず言った。
「これは本当のことなのね」
「そうだよ。本当のことだよ」
「真実なのよ」
皆もそれを告げた。
「だからね。皆でね」
「楽しくやろうよ」
「神の御前で祝福を」
「今私を満たしている喜びは」
アミーナも歓喜の言葉を出す。
「誰にも考えられるものではないわ。自分でさえ信じることができない程よ」
「アミーナ、そこまで」
「そうよ、エルヴィーノ」
また彼に対して告げる。その歓喜の顔で。
「けれど私は貴方を」
「信じてくれるんだね」
「ええ、そうよ」
まさにそうだというのである。
「だからね、今は」
「今は?」
「私を抱擁して」
そうしてくれというのだ。
「そして永遠に一つの希望に結ばれて」
「そしてその希望と一緒に」
「私達が暮らす大地の上に愛の天国を造りましょう」
「うん、その為にも今は」
「教会へ」
「全ての誤解は解け幸せがはじまる」
伯爵が言った。
「さあ、それじゃあ」
「教会にですね」
「うん、皆で行こう」
こうテレサに応えてであった。皆を教会に誘う。誰もが満面の笑顔でその教会に向かい。アミーナとエルヴィーノの永遠の幸せを祝福するのだった。
夢遊病の女 完
2010・1・3
やっぱり夢遊病だったのか。
美姫 「タイトルの通りね」
だな。でも誤解も解けたみたいで良かったじゃないか。
美姫 「本当に。このまま違う人とくっついてとかなるかと思ったけれど」
今回はそうはならなかったな。
美姫 「良かったわね。投稿ありがとうございました」