『ルサールカ』




               第二幕  愛は破れ


 城の大広間。夜の帳が下りようとしている中を城の者達がせわしなく動き回っていた。
「ほら、まずは蝋燭だ」
「よし」
 使用人の一人が大広間の所々にある蝋燭に火を点けて回っていた。その暖かい火に照らされて部屋の中が浮かび上がる。赤いカーテンに壁のタペストリー、そして大きなテーブルがそこにあった。
「これで明るくなったぞ」
「じゃあ次の仕事だ」
「えっ、これで終わりじゃないのか」
「何言ってるんだ、これからだぞ」
 立派な身なりの執事が蝋燭を点けた使用人に対してそう言った。
「夜の仕事は灯りを点けてからはじまるんだ」
「ちぇっ」
「ちぇっじゃないよ」
 舌打ちする彼を叱る。
「わかったらさあ次の仕事だ」
「御褒美ははずんで下さいよ」
「はずんで欲しかったら真面目にやるんだな」
「わかりましたよ」
「じゃあお皿はそっちね」
「ええ、わかったわ」
 彼等と入れ替わりにメイド達がやって来る。
「銀の皿はここで」
「普通のお皿はここ」
「あれ、今日は銀のお皿が多いわ」
 小さいメイドがそれに気付いた。
「今日のパーティーは何か特別なの?」
「ええ、そうらしいわ」
 大きなメイドがそれに応える。
「ほら、この前王子様が連れて来た方」
「ああ、あの奇麗な黄金色の髪の」
 ルサールカのことである。
「あの人の為のパーティ^なんだって」
「そうだったの」
「王子様としてはあの人と結婚したいみたいだし」
「いいんじゃない?奇麗な人だし」
 小さなメイドはそれに頷いた。
「お似合いだと思うわよ」
「けれどあの人って何処かおかしくない?」
 大きなメイドは怪訝な顔をして小さなメイドに囁く。
「何かさ」
「喋れないから?」
「それもあるわね」
 ルサールカは城に来てからも一言も話さない。話せないのだがそれを知る者はいない。
「けれど他にも」
「そういえばあの人何処から来たのかしら」
「湖の森かららしいわ」
「あの森から!?」
 それを聞いた小さなメイドの眉がしかむ。彼女もあの森のことは聞いているのだ。
「それじゃあまさか」
「有り得るわよ」
「有り得るどころじゃなくて本当にそうかも知れないわね」
「そうね」
 大きなメイドもそれをどうにも否定出来なかった。
「あの森だから」
「けれどそれだと王子様はどうなるの?」
 小さいメイドはふと自分の主のことが心配になった。
「精霊が奥様になったら」
「死んじゃうかもね」
「死ぬって」
「話は聞いているでしょ?」
 大きなメイドは同僚に小声で囁きかけてきた。
「人間と精霊が付き合っていいことはなかったって」
「若し浮気なんかしたら」
「呪いで死んじゃうし」
「けれどまさか」
 あの王子様に限って、と言おうとした。だが大きなメイドは冷めた目で言う。
「裏切っても駄目なのよ」
「裏切っても」
「悲しませてもね」
「それじゃあ人間と付き合うよりずっと難しいじゃない」
「だからなのよ。今までうまくいった試しがなかったのは」
 彼女は小さなメイドに言う。
「少しでも過ちを犯せば死ぬのはこっち」
「だから付き合えない」
「誰もね。それこそ奇跡が起こらない限り」
「奇跡、ね」
「そんなの滅多にないでしょう?だから奇跡なのよ」
 彼女の言葉までも冷めていた。
「有り得ないことだから」
「そうなの」
「じゃあ私達は現実のことをしましょう」
 同僚に仕事を急かす。
「お皿の次はお酒よ」
「もうコルクは抜かれてるかしら」
「そろそろね。だから余計に急がないと」
「わかったわ。それじゃあ」
「ええ、急いで」
 彼等はいそいそと仕事をしていた。その中で他の者達もそれぞれの仕事をしている。彼等もまたヒソヒソと話をしているがそれはやはりルサールカについてであった。
「何者なのか」
「本当に人なのか」 
 そうした話ばかりであった。彼等もまたルサールカに目を向けていたのだ。だが。彼女が何者であるのか、確かに知ることは適わなかったのだ。誰にも。
「おかしなことだ」
 王子はその中で従者に対して話していた。彼は今自室にいた。王子の部屋にしてはかなり質素な部屋である。あまり派手な装飾もなく落ち着いたものであった。
「話はいつもあの娘のことばかり」
「はい」
 従者はそれに応える。
「だが彼女は一言も話さない。これはどういうことなのだ」
「お医者様のお話では」
「ああ、どうなのだ」
 彼は従者の言葉に顔を向けさせた。
「お口や喉には何も変わりはないようなのです」
「では話せるのか?」
「お医者様のお言葉では」
「だが彼女は黙ったままだ。これはどういうことなのだ」
「司祭様のお話では人ではないのではと」
「精霊か」
 その可能性を疑った。
「まさかとは思いますが」
「ううむ」
 王子はそれを聞いて顎に手を当てて考えはじめた。
「精霊か」
「どうされますか?」
 従者は考えだす主に問うた。
「別れますか?」
「いや」
 だが彼はそれを断った。
「どうせこのまま飼い殺しの身分だ」
 彼は言った。実は彼はこの国の第十二王子だ。婚姻政策からも漏れてしまっている。本来ならばこのまま朽ちていくだけの立場だったのである。
「そんな私に好きな人が出来たのだ。それがどういうことかわかるだろう?」
「ええ、まあ」
 従者は応えた。
「それでは」
「だがな」
 それでも王子にとって無視できないことが確かにあった。
「彼女が精霊だったならば」
「御結婚は無理ですか」
「出来る筈もない。確かに縁談すら来ない立場だが」
 彼は言う。
「それでも人でない者と結婚するのは出来ないだろう」
「司祭様もそう仰っていました」
「当然だ」
 そこまで言って苦い顔を作った。
「人であることを祈るが」
「精霊であったならば」
「その時は残念だが」
「別れるしかないと」
「彼女に直接聞きたいが」
 だが彼女は話せない。余計に問題は入り組む。
「どうしたものか」
「では試されては?」
 従者はそっと提案をした。
「試すだと!?」
「はい、試してみるのです」
 彼はさらに言う。
「彼女が本当に人であるのかどうか。若し人であればそれでよしです」
「どうやってだ」
「まずは彼女を呼んで問うのです」
「話せと」
「そして十字架を見せて」
「怯えたならばか」
「それではっきりします」
 精霊は人ではないので十字架を怖れるとされていたのだ。
「これならどうでしょうか」
「そうだな。それで行くか」
「はい」
「では彼女を呼んでくれ。そして司祭も」
「わかりました。それでは」
「場所はここでいい。そこでやろう」
「はい」
 こうして話の場も決まった。ルサールカと司祭が呼ばれる。彼女は司祭を見てその白い顔をさらに白くさせていた。それは王子も見ていた。
(まさか)
 そんな彼女の顔を見て疑念が高まる。
(精霊なのか。ならば)
 別れるしかない。だが。
(それでも)
 別れたくはないとも思う。彼はもうルサールカの美貌に心奪われだしていたからである。それに自分も気付いていた。だがそれでも王子という立場が。彼を留まらせていたのだ。
「よく来てくれた」
 そうした心の動きを隠してルサールカに顔を向ける。
「実はそなたに聞きたいことがあってここに呼んだのだ」
「・・・・・・・・・」
 ルサールカは答えはしなかった。
「そなたは。私のことをどう思っているのだ?」
 彼は問う。
「あの湖で出会ってから暫く経つ。だがまだそなたの返事を聞いてはいない。だからだ」
「是非お答え下さい」
 従者も言った。
「王子様の御質問に。宜しいですか」
「・・・・・・・・・」
 だがやはり返事はなかった。ルサールカは俯くだけであった。
「そなたは一体何者なのだ?」
 王子は心配そうな顔で問う。
「一体何処から来たのだ?教えてくれないか」
「・・・・・・・・・」
 だがやはり返事はない。沈黙したままだ。
「答えられないのか?」
 王子はそんなルサールカに対して言う。
「話せない身体なのか、それとも理由があるのか」
「・・・・・・・・・」
「黙っていてはわからないではないか」
 少しずつ苛立ちを覚えてきた。
「話せないのなら。どうしたのだ」
「王子」
 司祭がそんな彼女を見て王子に声をかける。
「この者はやはり」
「精霊だというのか!?」
「御言葉ですが」
 彼は言う。
「間違いないかと」
「まことか!?」 
 再びルサールカに顔を向けて問う。
「そなたは精霊であると。司祭が申しているが」
「・・・・・・・・・」
「黙っていてばわからんではないか」
 次第に苛立ちが募る。
「話せぬのか?そなたは人だな」
「・・・・・・・・・」
 やはり一言も発しない。これでは自分が何者なのか言っているのと同じであった。
「王子、やはり」
 従者も声をかける。
「いや、待て」
 苛立ってはいたがそれでもまだ彼は諦めてはいなかった。
「もう一度聞こう」 
 ルサールカの整った顔を見て問う。ルサールカもまた王子の顔を見ていた。
「そなたは人であるな」
「・・・・・・・・・」
 だが答えはなかった。そのかわり悲しそうな顔で王子を見ているだけであった。その顔で充分であった。
「やはり答えはないか」
「王子」
 司祭と従者が彼にまた声をかける。
「やはり」
「だが」
 どうするべきか。彼は躊躇いを見せた。そこで急に扉が開いた。
「誰だ、今は下がれ」
 王子は開いた扉に顔を向けてまずはこう言った。
「重要な用件があるのでな」
「その重要な用件でお話があるのです」
「!?そなたは」
 王子がその入って来た者に顔を向ける。ルサールカもまた。するとその者の顔を見た彼女の顔に驚きの色が瞬く間に走った。
「私は水の精です」
 青い髭と目、そして服の蒼ざめた老人であった。その姿だけで全てがわかった。
「何っ、では」
「ルサールカ」
 お爺さんはルサールカに顔を向けた。とても悲しい顔をしていた。
「可哀想に。だから言ったのに」
 だが彼女を叱ることはなかった。そう言っただけであった。
「これでわかっただろう。精霊と人間達は永遠に分かり合えないのだよ」
「・・・・・・・・・」
「さあ、湖に戻ろう。白い花も緑の木々も紅の薔薇も御前を待っているよ。そして青いあの優しい湖も」
「まさか水の精霊がこんなところにまで」
「馬鹿なことと言われるか?」
 お爺さんはゆっくりとした動作で司祭に顔を向けた。
「可愛いルサールカの為にここまで来た老いぼれを。愚かと仰るなら仰ればいい」
「それは・・・・・・」
「ここには花も木も薔薇もないから。さあ帰ろう」 
 ルサールカを抱き締める。すると彼女の髪と目が青くなっていく。そして話せるようになった。お爺さんが魔法を解いたのである。そのルサールカを思いやる心で。
「お爺さん・・・・・・」
 ルサールカもお爺さんを抱き締めた。その目から一条の涙が伝わる。
「帰るね?」
「帰らなくてはならないの?」
「そうだよ」
 お爺さんは優しい声で言った。
「だからね」
「・・・・・・わかったわ」
「真に精霊だったとは」
 王子は蒼白になって抱き合うルサールカとお爺さんを見ていた。
「こんなことが・・・・・・」
「精霊であったならばどうだというのです?」
 お爺さんはその王子に対しても言った。悲しい声で。
「ルサールカは本当に貴方を愛していたのに。貴方は話せないというだけで」
「・・・・・・・・・」
 項垂れる。今度は王子が沈黙する番だった。
「これ程にまで責めて。ルサールカは言葉を捨てて貴方のところに入ったのに」
「言葉を捨てて・・・・・・」
「姉や妹達も捨てて。何もかも捨てて貴方の側に参ったのに。それなのに貴方は」
「そうだったのか・・・・・・」
「しかし所詮は」
「さっきも言いましたが精霊だからいいというのならそれでいいでしょう」
 また司祭に言い返した。
「ですが。精霊もまた生きていて恋をするのです」
「うっ・・・・・・」
 これには司祭も何も言い返せなかった。
「そしてその為には犠牲も厭わないのです。人と同じように」
「人と同じ・・・・・・」
「そうです」
 今度は王子に言った。
「同じなのですよ。だから今ルサールカは泣いているのです」
 自分の腕の中でさめざめと泣くルサールカに顔を向ける。
「さあ帰ろう。湖の中に」
「けれど」
「もういいんだよ。御前は何も心配しなくていいから」
 ルサールカを優しく抱いて言う。
「だから」
「けれど私は」
 王子の方を見る。彼と目があった。
「うっ」
 ルサールカと目が合い言葉を詰まらせる。背けはしない。だがその何処までも悲しい目に言葉を失ってしまったのだ。
「あの人の側に」
「もう駄目なんだよ」
 そんなルサールカに言い聞かせる。
「終わったんだ」
「けれど」
「何もかも終わったんだ。だから」
「そんな・・・・・・」
「さあ帰ろう」
 お爺さんは最後に言った。
「もうここにいてはいけないから。あの優しい湖の中に」
「お爺さん・・・・・・」
 二人は水に変わりそのまま霧の様になって姿を消した。後には何も残ってはいなかった。
「精霊でもか」
 王子は二人が消えてしまったのを見て項垂れて呟いた。
「生きていて恋をする」
「王子・・・・・・」
 そんな彼に従者が心配して声をかける。
「知らなかった。人でなくてもそうだとは」
「それは・・・・・・」
 司祭も何も言えない。豊かな学識を持つ彼もそうしたことは知らなかったのだ。とりわけ恋に関しては。彼は何も知りはしなかったのだ。
「私はどうすればいい?」
 彼は問う。
「どうすればいいのだ、これから」
「それは・・・・・・」
 従者も司祭も答えられなかった。王子は項垂れる。彼等は何をしていいのかわからなくなってしまっていた。自分達のしてしまったことに対しても。
 ルサールカは湖に戻った。髪の色も目の色ももう精霊のそれに戻っている。だが。心はそうではなかった。
「ねえルサールカ」
 お爺さんが湖のほとりで悲しそうに俯く彼女に声をかける。
「もう、笑わないのかい?」
「御免なさい」
 ルサールカは悲しい顔でそれに答える。森は夜の帳に覆われておりあの時の白銀の月が見える。しかしルサールカはそれを見ようとはしない。
「もうこの奇麗な湖を見ても美しい森を見ても何も思えないの」
「そうなのかい」
「ええ」
 悲しい顔のまま頷く。
「どうしても」
「やはり。まだ忘れられないんだね」
「・・・・・・・・・」
 その言葉には答えはしない。
「今も。そうなんだね」
「・・・・・・ええ」
 沈んだ声でそれに返す。
「そうかのか、やっぱり」
「どうしても忘れられないの、私」
「姉さん達や妹達が心配しているよ」
「それもわかっているわ」
 彼女はそれにも答える。
「けれど」
「そうなのか」
「あの方のことばかりなの。思うのは」
「けれどね、ルサールカ」
 お爺さんはルサールカを諭す。
「もう一度来たらどうなるかわかっているのかい?」
「どうなるの?」
「あの王子は御前を裏切ったんだ」
 お爺さんはまずこう言った。
「それは・・・・・・」
「精霊達の中で恋の裏切りがどれだけ罪深いことは知っているね」
「知ってるわ」
 ルサールカも精霊である。それを知らないわけはない。
「恋の裏切りは死」
 暗い声で呟く。
「そう、死なんだ。その時はあの王子は死なないといけない」
「どうしても?」
「そう、どうしても」
 お爺さんは言う。
「死ななくてはならない。それが掟なんだから」
「けれどそうなったら」
「同じだって言いたいんだね」
「王子様がいなくなったらそれは」
「けれどどうしようもないんだ」
「どうしようも」
「だから。もう諦めるんだ」
 お爺さんはまた言う。
「あの王子のことは。いいね」
「それは」
 出来ないと言おうとする。言いたかった。けれどそれは。
「わしはあの王子が来ないことを祈ってるんだ」
 おじいさんの言葉に防がれてしまった。
「そうしたらあの王子は死ななければいけない。御前がもっと悲しむことになるだろう?」
「お爺さん・・・・・・」
「悲しみは早くお忘れ。そして新しい恋に生きるんだ、いいね」
「新しい恋なんて・・・・・・」
 考えることも出来はしない。
「もう私には・・・・・・・」
「今じゃなくてもいいんだよ」
 その言葉で優しくルサールカを包もうとする。
「いいね、それで」
「それは・・・・・・」
 ルサールカは答えられない。どうしてもそれを言うことは出来なかった。
「さあ湖の中に帰ろう」
 お爺さんはまた優しい言葉をかける。
「皆のいる湖に。いいね」
「いえ、今は」
 だがルサールカはそれを断った。
「まだここにいたいから」
「そうなのかい。じゃあ何時でもいいから」
 ここは彼女をそっとしておくことにした。
「気が向いたら戻っておいで。いいね」
「はい」
 こくりと頷く。お爺さんは静かに湖の中に入って行く。その後にはルサールカだけが残る。彼女は悲しい顔のまま項垂れていた。
 湖にあの月が映る。あの銀色の月が。彼女の目にもそれは入っていた。
「あの時の月ね」
 ルサールカはその月を見て呟いた。
「あの時の月へのお祈りはもう」
 届きはしない。誰にも。それを思うとまた悲しくなる。
「どうにもなりはしないのね。私も」
「あっ、いたいた」
 そんな彼女を見て声があがる。
「ルサールカだ、やっぱりここにいたよ」
「よかった、何処に行ったかと思ったよ」
「誰!?」
 声の方に振り向くとそこには木の精達がいた。彼等は明るい顔をルサールカに向けていた。
「貴方達」
「探したんだよ、ルサールカ」
 彼等はルサールカに対して言う。
「何処に行ったのかって」
「けれどここにいたんだね。よかったよかった」
「私を探してたの」
「うん」
 彼等は答える。
「そうだよ」
「どうしてなの?」
「君を探している人がいるから」
「私を探している人?」
 ルサールカはそれを聞いて首を傾げさせる。
「風の精のお兄さん?」
「違うよ」
「じゃあ花の精の小さな男の子かしら」
「あの子でもないよ」
 小さいがルサールカに首ったけの可愛い子である。
「それじゃあ誰かしら」
「とても奇麗な顔の人だよ」
「奇麗な」
 そう言われても今一つわからない。首は傾げたままだ。
「ええと」
「金色の髪のね」
「金色」
「白い顔をしたとても奇麗な人だよ」
「まさか」
 ルサールカは彼等の言葉を聞いてハッとした。
「それってまさか」
「そうだよ、人間だよ」
「王子様。何でもルサールカに用があるんだってさ」
「何でここまで」
「それでどうするの?」
 木の精達はルサールカに尋ねる。
「えっ」
「会うの?会わないの?」
「それは・・・・・・」
 ルサールカにはその先はとても言えなかった。口篭もってしまう。
「会いたいんでしょ?」
「けれど・・・・・・」
「会いたいなら会えばいいじゃないか」
「そうそう」
 事情を知らないからこそ言える言葉である。だが彼女の心に届く。
「じゃあ呼ぶよ」
「会いたいみたいだし」
「ちょっと待って」
 そんな彼等を呼び止めようとする。
「それは」
「いいんだって」
 何もわからないまま言う。だがそれがルサールカを動かす。
「ルサールカはここにいればいいから」
「僕達に任せて」
「けれど」
「けれども何もないんだよ」
「会いたければ会えばいいのさ」
「会ったら・・・・・・」
 王子は死んでしまう。それを言おうとするが木の精達はそれより先に言う。どうしても彼等の方が早い。
「会わないで後悔するより会って後悔するだよ」
 彼等は戸惑い続けるルサールカにはっきりと言い切った。
「会えばそれで全部はじまるんだから」
「何があってもね。暗いものなら振り払う」
「振り払う・・・・・・」
「そうさ、それでいいんだ」
「変えられないものなんてないんだから」
「ないのかしら、本当に」
「ないよ」
 彼等はまた言う。
「絶対にね」
「だからルサールカも」
 彼女を急かそうとする。
「元気を出して」
「胸を張って。暗いものなら明るくする」
「愛は何よりも強いんだから」
「愛は何よりも強い・・・・・・」
「そうだ、だって僕達は誰かを愛する為に生きているんだよ」
 人間も精霊もそれは同じであった。
「その前には何だって恐くはないさ」
「死ぬことだってね。それを生きることに変えられるんだ」
「それは・・・・・・」
 そのものをはっきりと言った言葉であった。何も知らない彼等だからこその言葉だった。全てはルサールカを励ます為だったがそれは湖の水の様に彼女を包み込んだ。
「わかったよね」
 彼等はもう一度問う。
「じゃあ僕達行くから」
「待っていてね」
「あっ・・・・・・」
 木の精達はもう去って行った。後にはルサールカだけが残った。
「死ぬことだって」
 残された彼女は先程の言葉を反芻する。
「生きることに。そんなことが・・・・・・」
 出来る筈がない。そうわかっている。だが。その言葉が彼女の心を包み込んだのもまた事実であった。
「けれど出来たら」
 ふとそう思う。
「そうすれば私は」
 何かそれに賭けてみようとさえ思った。愛が本当に何よりも強いのならば。それを信じてみようと思った。
 意を決して顔を上げる。湖に戻って来てからはじめて。すると目の前にあの王子がもう立っていた。
「やはりここにいたか」
 王子はルサールカを見るとまずこう言った。
「あの子供達に言われた時はまさかと思ったが」
「どうしてこちらへ?」
 ルサールカは彼に問う。
「ここは。人の場所ではないのに」
「そなたに会いに」
 彼は言った。
「あれから考えたのだ、私も」
「何を」
「自分が何を思っているのか。そなたをどう思っているのかな」
 ルサールカの目をじっと見て言う。その目は青い瞳と合わさり離れることはない。
「それでわかったのだ」
 そのうえで言う。
「精霊でもいいのだ」
「精霊でも」
「そうだ、そなたが人であっても精霊であっても」
 目はルサールカの青い目からずっと離れない。
「そんなことはどうでもいい。やはり私は」
「けれど」
 ルサールカは目を逸らそうとする。だがそれは適わなかった。どういうわけか顔が動かなかったのだ。動かすことが出来なかったのだ。それは自分でもどうしてかわからなかった。
「私はもう」
「話は聞いた」
 王子は言う。
「精霊を裏切った場合の罪は。それは死だな」
「はい・・・・・・」
 その言葉にこくりと頷く。
「御存知なのですね」
「司祭からな。彼には止められた」
「ここへ来るのを」
「だが私は構わないのだ」
 まだルサールカを見ている。
「そなたを愛していることに変わりはないから。罪なら受けよう」
 そこまで言う。
「だからそなたを」
「お帰り下さい」
 ルサールカはそんな彼を拒絶した。
「私と一緒になることはこの世ではできないのですから」
「ならそれで構わない」
 彼はまた言う。
「そなたと少しでも一緒にいられるのなら」
「そこまで・・・・・・」
「だからここまで来たのだ」
「私の為に・・・・・・」
「そなたと共に」
 目を見るその目の光がさらに強くなる。
「少しでも一緒に」
「私は永遠にいたい」
 ルサールカのその目から涙が零れ落ちた。
「一瞬などではなく永遠に。貴方といたい」
「ルサールカ・・・・・・」
「だから少しなどと言わないで下さい」
 王子を見据えて言う。
「わかった」
 王子はその言葉に頷いた。
「では。永遠をそなたと共に」
「はい・・・・・・」
 ルサールカの手が自然に動く。そっと前に出た。
「永遠に私と」
「永遠にそなたと」
 王子も手を前に出す。
「一緒に・・・・・・」
 二人の手が触れ合った。その時だった。
 奇跡が起こった。何とルサールカの髪が再びあの黄金色になったのだ。
 それだけではなかった。奇跡はまだあった。
「これは・・・・・・」
 顔の横から見えるその豊かな黄金の髪に気付いて声をあげた。そう、声が出たのだ。
「どういうことなの!?」
 自分でも何が起こったのか掴めていない。
「何故声は・・・・・・」
「奇跡なのか!?まさか」
「そう、奇跡じゃ」
 王子も驚いていると湖の中からお爺さんが姿を現わしてきた。
「お爺さん」
「わしも信じられんが奇跡が起こったのじゃ」
 お爺さんは言う。
「本来ならば今ので王子は死んでおった」
「やはり」
「精霊の世界での裏切りは死、だからそうなる筈じゃったのだが」
「私のこの髪は」
「奇跡の証じゃよ」
 ルサールカにまた述べた。
「愛の奇跡じゃ。王子が助かっただけでなくルサールカはもう一度人になれた。そして」
 さらに言う。
「声もそのままなのじゃ」
「どうしてこんなことが・・・・・・」
「神の祝福なのかもな」
「神の・・・・・・」
 お爺さんの言葉に呆然としたように応える。
「左様、あくまで王子を想ったルサールカと死をも受け入れてルサールカのところへ来た王子への。神の祝福なのかもな」
「神が」
「私達を許して下さったのか」
「わしも長く生きたがこんなことははじめてじゃ」
 お爺さんは大きく息を吐き出して述べた。
「人と精霊の恋が実っただけでなく。奇跡まで起こるとは。だがこれは事実なのじゃ」
「王子様、私は今度は」
「ああ、今度こそそなたを離しはしない」
 二人は見詰め合って言い合う。
「ずっと一緒に」
「永遠に。同じ時を暮らそう」
「さあ、行くがいいルサールカよ」
「お爺さん・・・・・・」
「そなたはもう人じゃ。じゃがわし等のことは忘れないでくれよ
「はい・・・・・・」
 お爺さんの言葉にこくりと頷く。
「わかりました、ずっと」
「わしのこともな」
「お婆さん」
 お婆さんだけではなかった。姉や妹達も姿を現わす。
「こんなことはわしの魔法でもないことじゃ。こんなことがあるとはのう」
「ルサールカ、貴女は今奇跡を実らせたのよ」
「私達はそんな貴女の幸福を見られたのね」
「姉さん、そして妹達・・・・・・」
「ルサールカおめでとう!」
「何かよくわからないけれどその王子様とよりを戻したんだね」
「貴方達も」
 木の精達もそこにやって来てルサールカを祝う。
「皆祝福してくれるのね、私達を」
「そうじゃ。だから笑顔でお行き」
 お爺さんが皆を代表して声をかける。
「お城へ」
「けれどたまには思い出してね」
 姉や妹達も言う。
「私達のことも」
「わしのこともな」
 お婆さんも当然そこにいる。
「僕達もいるから」
「ここにいるからね」
「ええ、また来るわ」
 ルサールカは笑顔でそれに応える。
「その時はまた」
「私もよければ」
「勿論じゃよ」
 お爺さんは今は王子にも明るい顔を見せていた。
「二人はいつも一緒なのじゃから。無論」
「二人でどうぞ」
「待ってるよ」
 水の精達も木の精達も声をかける。
「宜しくね」
「ああこちらこそ。ではルサールカ」
「ええ、王子様」
 二人は手を取り合って見詰め合う。そして湖から離れていく。
「私達の出会いの湖よ、今はさようなら」
「そしてまた来るその日に再会の言葉を」
「待っておるからな」
 お爺さんがまた言った。
「ではな」
「その時また」
「ええ、また」
「会う日まで」
 二人と精霊達は別れた。そして王子とルサールカはそのまま城へと向かう。二人が永遠の愛を過ごす城へ。もう二人の間にわだかまりはなかった。愛が全てを消し去り、結びなおしていたのだから。愛は奇跡を起こし、全てに勝る。愛より尊いものはこの世にはないのだから。


ルサールカ   完


               2006・9・9




原作では悲しい結末だと言っていたから、どうなるかと思ったけれど。
美姫 「こちらでは良い結末になってるわね」
良かった。うんうん、本当に良かったな。
美姫 「投稿ありがとうございました」
ありがとうございました!



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