『ロミオとジュリエット』




             第二幕  愛は誓えど


 二人の出会いから暫く経った。その想いは募るばかりだ。だが二人はそれをどうすることもできずただその身を焦がすだけであった。
「ロミオ、何処だ」
 夜のバルコニーの外。草と石造りの建物の中にロミオはいた。遠くからマーキュシオが彼を探す声がする。
「何処にいるんだ」
「おいマーキュシオ」
 友人達の声も聞こえる。
「いたか?」
「いや」
 マーキュシオの声がそれを否定した。
「いない。そっちは?」
「こっちもだ」
 彼等は述べた。
「何処にもいない」
「では何処だ」
「もう一度探してみるか」
「ああ」
 こうして彼等はその場を去った。彼等にはロミオを見つけることはできなかった。彼は今バルコニーの下に一人立っていたのである。
「恋だ。それが僕の心を揺れ動かすんだ」
 彼はバルコニーの下で述べた。
「彼女のことばかり想ってしまう。それを自分でどうすることも出来ない。何という苦しみだ。おや」
 ここでバルコニーの奥の部屋に光が灯ったのが見えた。
「光・・・・・・太陽や星達の様に美しい光が今灯った。光が昇り、今そこに彼女が現われるおだろうか。光よりも美しい彼女が。恋よ、彼女に伝えてくれ」
 彼は言う。
「僕の願いを。そして彼女の側に。昇れ太陽、多くの星達もまた。彼女と共に」
 バルコニーに誰かが姿を現わした。
「あれは」
「あの人のせいで私は」
「彼女だ」
 出て来たのはジュリエットであった。その美しい顔を苦悩で暗くさせていた。
「何も考えられなくなってしまっているのね。ロミオ様」
 彼の名を呼んだ。
「貴方はどうしてロミオ様なの?その名前でなければ私達は引き裂かれることもないのに。そしてどうして私はジュリエットなの?私の名前さえも呪わしい。この名前でさえ」
「ジュリエット」
「その声はまさか」
 バルコニーの下を見る。そこに彼がいた。
「ロミオ様」
「ジュリエット、私を愛して下さるのですね」
 彼はジュリエットに問うた。
「この私を」
「ロミオ様でなければ」
 今にも涙が溢れそうになっていた。
「私も」
「名前は言わないで下さい」
 ロミオはジュリエットに対して言う。
「何故」
「僕は貴女の側にいられるのなら。この名前さえもいらないからです」
「名前でさえも」
「はい、貴女だけが全てなのです」
 闇の中でジュリエットの顔を見上げていた。
「貴女だけがです」
「私だけを」
「そうです。ですから」
「しかし私達は」
 ジュリエットは顔を顰めるしかなかった。
「それをどうすることも」
「ですが」
 ロミオは言う。
「貴女は僕を愛して下さっていますね」
「月の女神に誓って」
 彼女は言った。
「悲しい恋だけしか知らないアルテミスに」
 アルテミスは処女神である。だから彼女の恋は悲しい恋にしかならないのだ。それが彼女の宿命なのである。月の女神としての。
「仰って下さい、ロミオ様」
 ジュリエットはロミオに対して言う。
「私を愛して下さいますと。私も今誓いました」
「では僕も誓います」
 ロミオもそれに応えて述べた。
「貴女だけを愛すると。アルテミスに」
「ロミオ様、それでは」
「ジュリエット」
 二人は見詰め合う。
「どうして私達は一緒になれないのでしょう」
「呪わしい束縛なぞなくなってしまえばいいのに」
 バルコニーの上下で見詰め合う。
「そうすれば私達は」
「永遠に・・・・・・あっ」
「どうなさいました?」
「人です」
 ロミオは述べた。
「人が来ました。申し訳ないですが」
「はい」
 ロミオは姿を隠した。
「暫しこれで」
「一体誰が」
 それはグレゴリオであった彼は従者達を連れ宮殿の中を見回っていたのだ。
「怪しい者はいないな」
「はい」
 従者達はそれに応えた。
「今のところは」
「そうか、それは何よりだ。だが気をつけるようにな」
 見れば彼等は武装していた。剣を腰に、槍を手に。そして松明を掲げて辺りを見回していた。
「モンタギューの者達は何処にいるかわからない。狡猾な奴等だ」
「皇帝に与しイタリアを売ろうとする売国奴共ですな」
「そうだ、教皇様に弓引いてな」
 彼等から見れば皇帝派はそうなる。モンタギュー家もキャブレット家をそう見ているのだが。
「不届き者達だ」
「全くです」
「ですから何をしてもおかしくはない」
「そうだ、鼠一匹も見逃すな」
 彼は険しい声で言う。
「わかったな」
「はい」
「それでは」
 彼等は去る。そして残ったのはジュリエットだけになった。
「ロミオ様」
 誰もいなくなったのを見計らってロミオを呼ぶ。
「おられますか?」
「はい」
 幸いに声がした。
「ここに」
「よかった。それで」
「ええ」
「私の名誉も貴方にお預け致します。そして信じて下さい」
「勿論です」
 姿をまた現わしたロミオはそれに応えた。
「もう黙っていることはできなくなりましたから。分別も何もかもを捨てて」
「僕もです」
 それはロミオも同じであった。
「この素晴らしい夜に」
「ええ」
 二人は頷き合う。
「僕はこれが現実のものとは思えないのです」
「夢だと?」
「そうです、甘い夢に思えるのです」
 ロミオの目は恍惚としていた。
「貴女が僕を愛してくれているなんて」
「ロミオ様」
「ジュリエット」
 それぞれの名を呼び合う。
「けれど今は」
「お別れなのですか?」
「残念ですが。今はこの宮殿を兵士達が見回っていますので」
「だからですか」
「ですが」
 だがジュリエットはここで言った。
「何時の日か神殿の御前で私達が結ばれますように」
「はい、何時かきっと」
「私は貴方だけのものになり」
「僕もまた貴女だけのものとなり」
「全てを貴方にお渡ししましょう」
「僕も貴女に全てを預けましょう」
 二人はそれこそが二人にとっての世界なのだと今感じていた。
「愚かかも知れません」
 ジュリエットはふと思った。
「私は狂ってのかも。けれど」
「それは僕も同じです」
 ロミオも同じことを思っていた。
「ですがまた」
「御会いしたいです」
 二人はまた見詰め合う。
「僕の夜を追い払い、そこに貴女を導きたい」
「私もです」
 二人は何処までも互いを想っていた。
「ですからまた」
「御会いしましょう」
「お嬢様」
 バルコニーの奥から声がした。ジェルトルードの声であった。
「あの声は婆やの」
「お別れですね、これで」
 ロミオはその声に別れの時が来たことを悟った。
「これで今宵は」
「また御会いできますよね」
 ジュリエットにとってはそれが不安で仕方なかったのだ。
「また近いうちに」
「必ず」
 ロミオもそれを誓う。
「御会いしましょう」
「はい、では今宵は」
「これで」
 ロミオはバルコニーの下から姿を消した。
「神様、どうして」
 ジュリエットはロミオが去った後で空しく夜空を見ていた。
「私達をこのような運命に」
 そこにある白銀の月は何も答えはしない。だがその優しい光が二人を照らしていた。悲しい恋をそっと見守るように優しい光で二人を照らしていた。



このバルコニーのシーンは流石に知っているぞ。
美姫 「これを知らないと言われたら、どうしようかと思ったわよ」
ロミオとジュリエット。この二人を待つ未来を考えると。
美姫 「月の下での秘密の逢瀬。ああ、次回はどうなるのかしら」
それでは、この辺で。
美姫 「それでは」



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