『ロミオとジュリエット』




                 第一幕  出会い


 キャブレット家の屋敷である。黄金色の光で照らされる華やかな舞踏の場に場と同じように着飾った者達が仮面を着けて参加していた。
「さあ、今宵は楽しみましょう」
 道化師達が彼等の間を跳ね回りながら舞台を盛り上げようとはしゃぐ。
「何もかも忘れて。世事の喧騒も艶やかな笑いの中に」
「その為に宴はあるのです」
 彼等は言う。
「ですから」
「朗らかに」
 緑と赤の毒々しいまでに派手な上着とタイツ、そして素顔を隠した化粧。それはまるで悪魔にも見える。朗らかだが素顔には何があるかわからない、そんな彼等がはしゃぎを作っていた。
 皆それを眺めながら酒と御喋り、そして美食を楽しんでいる。その中で二人の仮面の男達がいた。
 一方は金髪、もう一方は茶色の髪だ。金髪の男は黒いマント、茶色の髪の男は白いマントにそれぞれ身を包んでいる。顔は仮面で見えはしない。
「なあパリス」
 金髪の男が茶色の髪の男に声をかけてきた。仮面を着けていても誰かはわかっていた。
「何だい、ティボルト」
 茶色の髪の男は名前を呼ばれて金髪の男に応えた。
「この宴、どう思う?」
「素晴らしいものだ」
 パリスはそれに応えて満足気に述べた。
「富と美が一つになったこの宮殿で。華やかな舞台が行われる」
「その中にいることに満足しているんだね」
「そうさ。これで満足しない者はいないだろう」
 パリスは述べた。
「君もそうは思わないかい?」
「確かに。だが」
「だが?」
「僕は嫉妬を感じずにはいられないね」
 ティベルトは仮面の下に笑みを浮かべてこう述べた。
「嫉妬?どうしてだい?」
「この華やかな宴が誰の為にあるのかを思うとね。嫉妬してしまうのさ」
「どういうことなんだい、それは」
「とぼけるというのか?君も意地が悪い」
「いや、どういうことなのか」
「ここには確かに何でもある」
「ああ」
 美酒も美食も美女も。全てがそこにあった。この時のイタリアは欧州で最も華やかな場所であった。その華やかな場所にも一つだけないものがあったのだ。
「しかしだ」
「うん」
「君だけの花がまだここにはない」
「成程」
 パリスはそれを聞いて仮面の下で笑みを作った。
「彼女か」
「そう、彼女だ。見たまえ」
 ここで彼は部屋の入り口の扉を指し示した。
「どうしたんだい?」
「彼女が来たぞ」
「おお」
 パリスはそちらを見て思わず声をあげた。黄金色の豊かな巻き毛を腰まで垂らした青い、翡翠を思わせる澄んだ瞳の小柄な少女が姿を現わした。白いシルクのドレスに身を包んでいるがその白に負けない程の白い肌と顔をしていた。細長めの顔は彫がはっきりとしていてまだ幼さが残っているが同時に艶やかでさえある。隣の長身で黄金色に青い目を持つしっかりとした印象の男にエスコートされた彼女の名はジュリエット、父でありこの家の当主でもあるキャブレット卿に連れられて舞踏会に姿を現わしたのである。
「おお」
「閣下」
 来客達は彼の姿を見て一斉に仮面を外した。そして道を開けて一礼した。
「ようこそ、我が家へ」
 キャブレット卿はジュリエットを横に置いて客達に挨拶をした。顎鬚が勇ましい。
「来て頂き何と御礼を申し上げてよいかわかりません。娘も喜んでおります」
「まことに感謝の念に耐えません」
 ジュリエットは頭を垂れてこう述べた。
「今宵は我が家に来て頂き有り難うございます」
 澄んだ、宝石を転がす様な美しい声である。その容姿に相応しい声であった。
「今宵はどうか楽しんで下さい。美酒と、そして音楽に」
「音楽に!?」
「ええ。美しい曲が私達を待っています」
 彼女は言う。
「さあ、こちらへ」
 楽器を持った男達が部屋の奥に現われた。そして曲を奏ではじめた。
 それはそこにいた者達が誰も聴いたことのないような流麗な曲であった。まるでジュリエットそのもののように美しい曲であった。
「この曲は」
「まるで花の様だ」
 客達はその曲を耳にして口々に言う。
「さあ、曲だけではありませんぞ」
 キャブレット卿が客達に対してまた笑顔を向けてきた。
「美酒もあれば」
「催しも」
 道化師達がまた姿を現わす。
「さあ、また仮面を着けられよ」
「そして現世のことは忘れ騒ぎましょう」
「仮面を着ければそれで貴方ではなくなります」
「ですから」
「ジュリエット」
 卿は娘の方に顔を向けた。優しい笑みであった。
「今日は楽しもうではないか」
「はい、お父様」
 娘は父に対して優しい笑顔を向けて応えた。
「それでは皆さんで」
「そうだ。さあ皆さん」
 卿はまた客達に顔を向けて挨拶をした。
「今宵は踊り、喜びを讃え合いましょう。若さを讃え、若き日に戻って」
 若きも老いも存分に楽しんで欲しいということであった。
「踊らぬ方は美酒と美食を楽しまれよ。音楽もありますぞ」
「おおそれは」
「何と気前のよい」
「道化師達の催しもございます。私も若き日を思い出します」
 と言っても彼はまだ四十であった。老いたというには少し若過ぎるが。
「その頃に戻り宴を楽しみましょう。それでは」
「ええ」
「キャブレット家に万歳!」
「キャブレット卿に幸あれ!」
 皆口々に卿を讃える。彼はそれを受けながらジュリエットに顔を向けてきた。
「さあ、御前も楽しむのだ」
「お父様は」
「私も無論楽しませてもらう」
 彼は満面に笑みを浮かべて娘に答えた。そこへ道化師達が卿とジュリエットの仮面を持って来る。卿の仮面は黒く厳しく、ジュリエットの仮面は美しい白の仮面であった。まるで二人を表わしているかの様に。
「さて、それでは」
「私もまた中に入って宜しいのですね」
「その為に御前を連れて来たのだよ」
 彼はまた娘に対して言った。
「御前にはいつも寂しい思いをさせているし」
「そんな」
 彼はキャビレット家の主として忙しい身分だ。母、つまり妻は早いうちになくしている。彼はそれからずっと男やもめでありジュリエットもまた母親というものをあまり覚えてはいない。そんな娘に対する父の気遣いであったのだ。
「さあ、行っておいで」
 優しい声で娘に宴の中に入るように言う。
「そして今宵を楽しむのだ。いいね」
「わかりました」
 ジュリエットは父にここまで言われこくりと頷いた。
「それでは行って参ります」
「うむ」
 ジュリエットは仮面を着けると父に一礼して宴の中へと消えた。その時その宴の中にある男達がいた。
「潜り込んだのはいいが」
 見ればまだ若い男達だった。めいめいの上着にタイツ、マント、そこに帽子と仮面といった出で立ちであった。誰もがかなりの洒落者であるようだ。
 その中心にいるのは栗色の髪に赤い上着、黒いタイツにマント、そして黒の羽根付き帽子という格好であった。顔は赤い仮面で上半分は見えない。だが下半分は端整で凛々しい顔立ちであった。きっと美しい少年なのだろうと思わせるものがそこにあった。
「さて、どうするか」
「仮面を外すか?」
「マーキュシオ」
 中央にいるその少年がふと仮面を外してはといった背が高く、黒い髪の者に対して咎め立てた。
「それは駄目だ。ここはキャブレット家の中なんだぞ」
「おいおい、ロミオ」
 その若者マーキュシオはそれを聞いて苦笑いを浮かべた。両手の平を前に出して制止するポーズを取っていた。
「本気になるなよ。僕だってそんなことはしないさ」
「当然だ」
 ロミオはそれを聞いて頷いた。
「若しそんなことをすれば大変なことになってしまう」
「ああ」
「それじゃあ今は」
「知らない顔をしていよう」
 ロミオは周りにいる友人達に対してそう述べた。
「しかしだ」
 だがここでマーキュシオがまた言った。
「どうにもこのままだと面白くないね」
「面白いとかそうした問題じゃないだろ」
 ロミオはまた反論した。
「違うか?」
「血が騒ぐんだ」
 それがマーキュシオの言い分であった。
「僕はね」
「君がか」
「そうさ。やはり男は斬り合ってこそ価値があるんだよ」
 腰の剣を眺めて楽しそうに述べる。
「違うかい?」
「慎重さも美徳の一つだ」
 しかしそれでもロミオは取り合わない。
「だからここは」
「妄想の女王に取り憑かれて」
「妄想の女王が何者かはわからないけれど今は」
「宴を素直に楽しむってことかな」
「そうするべきだと思う。幾らキャブレット家であっても」
「では妄想の女王からの警告を」
「歌うのか?マーキュシオ」
「歌ならいいだろ?」
 ワインがたたえられた杯を右手に言う。
「マブの女王の歌を」
「君のお得意だね」
「ああ、それじゃあ」
 彼は歌いはじめた。それはバラードであった。
「マブは妄想の女王、夢の城の中にいて世界を飛び回る。目にも止まらぬ速さで馬車で飛び交い世界を回る」
「彼女の御者は?」
「蚊なのさ」
 仲間の問いにバラードで応じる。そして歌を続ける。
「鞭の柄は蟋蟀の骨で手綱は月の光。女王の持ち物はどれも不思議なものばかり。やもめや貧乏人をからかい、そして笑う。兵士にワインをかけて濡らして遊ぶ稀代の悪女さ」
「何時聴いても不思議な歌だ」
 ロミオはその歌が終って述べる。
「幻を歌っているのか」
「幻だけじゃないんだ、これが」
 マーキュシオは言う。
「女性そのものも歌っているのさ」
「女の人をかい!?」
「そうさ。女ってのは勝手な生き物だからね」
 シニカルに笑って応える。
「そういうふうに我儘に意地悪に振舞うものさ。君はまだそれを知らないみたいだね」
「知っているも何も」
 ロミオは口を引き締めて言う。
「僕はまだ一人の女性も知らない」
「そうなのか」
「だから女性がどんなものかも」
「まあそれはそのうち嫌でもわかるさ」
 マーキュシオの言葉はまだシニカルなものを含んでいた。
「そのうちね」
「引っ掛かる言い方だね」
「そうかな」
 その言葉にはあえてとぼけてきた。
「何事も経験でわかるのさ」
「そんなものかな」
「君も恋を知ればわかるよ。僕みたいにね」
「恋、か」 
 そう言われてもまだロミオには実感が沸かない。
「どんなものか」
「おいロミオ」
 ここで仲間内の一人が彼に声をかけてきた。
「どうしたんだい?」
「あれ、見ろよ」
 そう言って宴の中央を指差した。
「あれって!?」
「見ろよ、凄い奇麗な娘がいるぜ」
「本当だ」
「な・・・・・・」
 それは仮面を着けたジュリエットであった。その白く美しい姿を見てロミオは忽ちのうちに心を奪われてしまったのであった。これは運命であった。
「何と奇麗な娘なんだ」
「おい、言った側からか」
 これにはマーキュシオも驚きを隠せなかった。
「これはまた」
「マーキュシオ」
 ロミオは胸の高まりを抑えられない様子で彼に問うてきた。その少女を見たまま。
「まさか今の僕の気持ちが」
「彼女を手に入れたいと思うかい?」
「ああ、何か急に」
「じゃあそれだよ」
 マーキュシオは述べた。
「それが恋なんだ」
「これがか」
「そうさ。それでどうするんだい?」
「そうするって言われても」
 彼には何と言っていいかわからなかった。
「今出会ったばかりで」
 だが彼の運命は大きく動こうとしていた。そしてそれはジュリエットも同じであった。
「ねえ婆や」
「はい」
 ジュリエットはまだ三十代後半の気品のある女性に声をかけていた。
「何か疲れてきたわ」
「それは大変です」
 その婆やジェルトルードはそれを聞いて彼女を気遣う。
「お嬢様に何かあれば」
「いえ、そこまではいかないけれど」
 ジュリエットは言う。
「ただ。何か」
「それではこれを」
 ジェルトルードはそっと杯を差し出してきた。
「これで元気を出されて下さい」
「ワインね」
「はい」
 彼女はそれをジュリエットに手渡して頷く。
「少し疲れた時は一杯飲まれると元気になられます」
「そうね」
 ジュリエットはにこりと笑ってそれを手に取った。
「それじゃあ私も。けれど」
「何でしょうか」
「私も近いうちに結婚するのよね」
「そうですね」
 ジェルトルードはそれに応えてまた頷いた。
「いつも申し上げていることですが」
「ええ」
「私がお嬢様の頃にはもう結婚していました」
「夢みたいな話ね」
 彼女にとってはどうも実感の沸かない話であった。
「結婚だなんて」
「ですが本当のことでございますよ」
 そうジュリエットに語り掛ける。
「そして子供も」
「私の子供」
「そうです。うちの息子も結構大きくなりました」
「それで婆やには今度お孫さんが産まれるのよね」
「そうでございます」
 こう答えてまたにこりと笑った。
「おかしいですか?私がお婆ちゃんになるなんて」
「いえ」
 そうではないがジュリエットには実感がないことも事実であった。
「そうではないけれど」
「まあ生きていればわかってきますよ」
「そうなの」
「そうですよ。私だってそうだったんですから」
「婆やも」
 そう言われてもどうしても実感が沸かなかった。
「私も恋をして」
「ええ」
 ジェルトルードは答える。
「私をうっとりとさせる夢の中に生き、優しい炎を宝物の様に見詰め、若さの陶酔の中に身を浸して」
「そういう日がすぐに来るのです」
「時として涙にくれ、心は恋に溺れる。陰気な冬から遠ざかり、薔薇の花びらの香りの中に愛の炎を感じられれば。私はそんな恋がしてみたいのだけれど」
「それはすべでお嬢様のものに」
「私のものに。そうなればいいのだけれど」
 ジュリエットは祈っていた。恋が自分にも訪れることを。彼女はこの時はまだ恋に恋をしているだけであった。だがその時に。その恋が近付いてきていた。
「あの」
 ロミオはその間にキャブレット家の者であるグレゴリオに声をかけた。無論彼はロミオのことには気付いていない。仮面のおかげであった。
「グレゴリオさん」
「はい」
「あの方はどなたですか」
 ジュリエットを指し示して問う。
「あの方ですか?」
「はい。どなたでしょうか」
「まさかとは思いますが」
 グレゴリオはロミオの問いに仮面の下で顔を顰めさせ、同時に首を傾げさせた。
「御存知ないのですか?」
「といいますと」
「お嬢様ですよ」
「お嬢様!?」
「ですから、ジュリエット様です」
 彼は述べた。
「あの方がですか」
「おわかりになられなかったのですか?」
「あっ、いや」
 その問いに何とか取り繕おうとする。
「その。仮面を着けておられたので」
「まあ無理もありませんがね」
 グレゴリオはそれを聞いて納得した。
「仮面は全てを覆い隠しますから」
「はい」
「若しですよ」
 ここでグレゴリオは言った。
「ここにモンタギュー家の者達が紛れ込んでいてもわかりはしないでしょう」
「ええ、それは」
 その本人が答えた。
「誰にもわかりはしないでしょう」
「思えば危険な宴です」
 実際に仮面舞踏会は密会や陰謀、暗殺の舞台ともなっている。華やかな宴の裏には毒があるのだ。
「ですが楽しくもある」
「人は誰もが仮面を着けていますからね」
 ロミオはふと哲学的な言葉を述べた。
「その上にまた仮面を被る」
「確かにそうした面はありますね」
 グレゴリオもそれに同意した。
「人間というのは嘘と虚栄から離れられません、残念なことに」
「ええ」
「それでお嬢様ですが」
「ジュリエット様に」
「御会いになられますか?」
 彼はロミオに尋ねてきた。
「ええ、よければ」
「わかりました。それでは」
 それを受けてジュリエットに声をかけてきた。
「お嬢様」
「何?」
「お客様が御会いしたいそうです。宜しいですか?」
「ええ」
 ジュリエットはそれを受けて返事をした。
「畏まりました。それでは」
 ジュリエットの返事をロミオに取り次ぐ。
「どうぞ。お待たせしました」
「はい」
 こうしてロミオはジュリエットと顔を合わせた。仮面を被ってであるが出会った瞬間に今稲妻が走った。
「貴方は」
 まず言葉を口にしたのはジュリエットであった。
「一体どなたですか?」
「僕ですか」
 ロミオはそれに応えて述べた。
「僕はずっと天使を探していました」
「天使を」
「はい、そして今それに出会いました。誰もが近付けない程尊い天使に」
「それはまさか」
「貴女です」
 ロミオは言う。
「貴女こそがその天使なのです。さあ御手をお貸し下さい」
「ええ」
 それに応えて右手を差し出す。ロミオはその前に片膝をつき接吻をした。
「さあお立ちになって下さい」
「宜しいのですか?」
「はい、そして私の前に」
「わかりました」
 ロミオはそれを受けて立ち上がった。そしてジュリエットと向かい合う。
「心は静まっていますが」
「聖人の様に」
「私はその様な尊いものでは」
「いえ、それは違います」
 ロミオはジュリエットを謙遜を否とした。
「聖人は薔薇色の唇を持っていると聞きます。そして貴女も」
「いえ、私にできるのは祈ることだけです」
 それでもジュリエットは言う。
「ただ祈るだけ」
「その祈りこそが聖人の祈りなのです」
「私の祈りが」
「そう、何もかもが」
 ジュリエットを見詰めて言う。仮面の下の目と目が重なり合った。
「私にとっては尊いものなのです」
 ロミオが言った。
「ですから僕は今ここに」
「私の前に」
「いけませんか?」
 ジュリエットに問う。
「そのことは。許されませんか?」
「いえ」
 ジュリエットにロミオの今の目を拒むことは出来なかった。顔を背けることも。
「それでは貴方は」
「頂きたいのです」
 彼はまた言う。
「貴女の御心を。なりませんか」
「返して下さいますか?それは」
「かわりに私の心を差し上げます」
 ロミオはそう返した。
「ですから」
「貴方はどなたなのですか?」
 ジュリエットはロミオの顔を見上げて問うた。
「一体。どなたなのでしょうか」
「僕ですか」
「はい、御存知だと思いますが私は」
「ジュリエットですね」
「はい。キャブレット家の」
「そうですか」
 それを聞いて一瞬悲しい顔になった。
「それが何か」
「いえ」
 だがロミオはそれには答えなかった。
「何もありません。ですが」
「はあ」
「それで僕の名前ですが」
「何と仰るのですか?」
「ロミオです」
 彼は自身の名を告げた。
「僕の名はロミオなのです」
「では貴方は」
「はい」
 悲しい顔が仮面の下に浮かび上がった。
「どうしてこんなところに来たのか。今は後悔しています」
「何故。こんなところで巡り合ったのか」
 ジュリエットもまた悲しい顔になった。
「一目で心を奪われて」
「もう離れたくはないのに」
 二人はそれぞれの口で述べる。
「どうして」
「巡り合ったのか」
「おい、ジュリエット」
「あっ、はい」
 悲しみは中断された。二人の側にティボルトがやって来たのだ。
「大変なぞ、すぐに下がれ」
「どうしたのですか、一体」
「敵がこの中にいるそうだ」
(まさか)
 ロミオはそれを聞いて勘付いた。仮面のおかげで素顔はわからないが。
「モンタギュー家の刺客が紛れ込んでいるらしい。既に叔父様は下がられた」
「そうなのですか」
「御前も下がれ。ここは私が敵を探し出す」
「わかりました。では」
(ロミオ様)
 密かにロミオに囁く。
(ここは)
(うん)
 ロミオもそれに頷く。
(わかったよ。けれど)
(また御会いしたいです)
 ジュリエットに今言える言葉はそれだけであった。
(ですから)
(また。僕も会いたいよ)
(それでは)
 ロミオはこっそりと姿を消した。そしてモンタギュー家の者達は一人ずつそっと宴の場から姿を消した。全てはロミオの配剤であった。
「お兄様、敵は」
「素早いな、いなくなったようだ」
 暫くしてジュリエットはティボルトに声をかけた。従兄の返事は浮かないものだったがジュリエットにとっては喜ぶべきものであった。
「そうなのですか」
 内心に嬉しさを隠して応えた。
「ああ、だが大胆な奴等だ。これからはそうはさせないが」
「モンタギューの家が憎いのですね」
「憎くない筈がない」
 ティボルトの声は憎悪で燃えていた。
「私もキャブレット家の者だ。そして御前も」
「はい」
 ジュリエットは悲しみと辛さを隠して頷いた。
「キャブレット家の者です」
「そうだ、キャブレット家の真の繁栄はモンタギューを倒してこそだ」
 彼は言う。
「だからだ。わかるな」
「わかっています」
 ジュリエットは俯いていた。だからディボルトは彼女の表情には気付かなかった。その悲しみに。
「キャブレットの名にかけて」
 彼はモンタギューの者達を討つと誓っていた。だがジュリエットは違っていた。愛を感じていた。自分ではどうしようもない愛をである。



ロミオとジュリエットはこうして出会ってしまったんだな。
美姫 「これから二人を待つものはかなり険しい道よね」
それでも、その気持ちは止めることはできないと。
美姫 「結末が分かっているけれど、ついつい読み耽ってしまうわよね」
だな。次の話も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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