『オズのカエルマン』
第九幕 困っている熊
一行は迷路の森を進んでいきます、その中で神宝は首を傾げながらカエルマンに対して尋ねたのでした。
「熊が不機嫌な理由は」
「狼君達が話していたことだね」
「はい、何もなくて不機嫌ということはないですよね」
「それはないね」
カエルマンもこう答えます。
「何もなくてということは」
「そうですよね」
「誰でも不機嫌になるにはね」
「理由がありますね」
「そう、だからね」
「熊にしても」
不機嫌な理由が必ずあるというのです。
「何かね」
「そうですよね、だから不機嫌なんですね」
「そうだよね、絶対に」
「熊が不機嫌な理由となると」
それは何かとです、神宝は考えだしました。そして恵梨香に対して眉を顰めさせて尋ねました。
「日本で昔熊の騒動がなかった?」
「ええと、北海道の」
恵梨香は首を傾げさせつつ神宝に答えました。
「四年生の時先生がお話してくれたけれど」
「とんでもない事件だったよね」
「冬眠し損ねた熊が村を襲って」
「それで大変なことになったっていう」
「そうしたことがあったらしいわね」
「それかな」
「熊の中でもグリズリーじゃ」
ジョージも言います。
「もうとんでもなく怖いから」
「大きくて強いね」
カエルマンがジョージに答えます。
「グリズリーは」
「はい、熊の中でも一番」
「灰色熊ね、あの熊は本当に怖いわよ」
ナターシャも言うのでした。
「身体がとんでもなく大きいから」
「若しグリズリーだったら」
ケーキはその手のクッキーをじっと見詰めました。眠り薬がたっぷりとかけられているそのお菓子をです。
「これを使わないとね」
「ケーキのクッキーだとね」
カエルマンがケーキにすぐに答えます。
「誰でも飛びつくから」
「熊でもクズリでもね」
魔法使いも言います、勿論魔法使いはその手に眠り薬が入っている霧吹きを持っています。何時でも使えられる様に。
「そして食べたらね」
「それで、だからね」
カエルマンもまた言います。
「いいんだよ」
「それじゃあ」
「そう、安心してね」
それこそというのです。
「進もう、警戒するのはいいけれど怯えることが一番よくない」
「そうだよ、それが一番よくないんだ」
カエルマンだけでなく魔法使いも怯えることは注意します。
「怯えたら動けなくなるから」
「動けなくなってはどうしようもないよ」
「だからね」
「そのことは気をつけて」
「ですよね、動けなくなったら」
カルロスも二人のその言葉に頷きます。
「クッキーも投げられないですし」
「他の動きをしようにもね」
「出来ないから」
「そう、気をつけてね」
カエルマンはこうカルロスに答えました。
「くれぐれも」
「その通りだよ」
こうしたことをお話してでした、そのうえで。
一行は先に進んでいきます、その途中でなのでした。
前から紫のふさふさとした毛に白いものが入っている獣が来ました。その大きさは狼よりは小さいです。その獣を見てです。
ナターシャはすぐに皆に言いました。
「あの獣がね」
「クズリなのね」
「気をつけてね」
こう恵梨香にも答えます。
「本当に狼より怖いから」
「そうなのね、じゃあ」
「さて、それではね」
魔法使いもクズリを認めてでした、そうして。
その手にある霧吹きを構えます、ケーキもです。
クッキーを投げる用意をします、二人が身構えて。
カエルマンは後ろを警戒します、そうして子供達を守っています。三人共クズリだけでなく周りの不測の事態にも備えています。
子供達は三人を信じてここは逃げずにじっと待つことにしました。魔法使いはその五人を守りつつでした。
クズリを見据えてです、こう言いました。
「君はクズリだね」
「そうだよ」
その通りだとです、クズリは答えました。
「僕がこの森のクズリだよ」
「そうだね、狼君達から話は聞いてるよ」
「ああ、あの人達から」
クズリも納得します。
「そうなんだね、ただね」
「ただ?」
「狼君達は僕を怖いって言っていたよね」
「そうだよ」
「それはあくまで喧嘩の時とかだけだから」
「喧嘩?」
「何年か前に狼の子供が僕に悪戯をして怒ったんだ」
子供にはよくあることです、その中には悪い悪戯もあります。そしてクズリはその悪戯を受けたというのです。
「そしてたらその子の親が怒って」
「喧嘩になったんだ」
「その後仲直りはしたけれど」
それでもというのです。
「怖いっていうイメージは残ってるんだね」
「そういうことなんだね」
「普段の僕は静かなつもりだよ」
「クズリは怖いと聞いたけれど」
ナターシャがクズリに尋ねます。
「違うの?」
「だからそれはね」
「喧嘩の時だけで」
「そう、普段はね」
「喧嘩をしなければ」
「静かに暮らしてるよ」
クズリはナターシャにも言うのでした。
「だから今も君達とだよ」
「こうしてお話しているのね」
「そうだよ」
「だといいけれど」
「そもそも君達とは初対面で今知り合ったばかりで」
それにというのです。
「僕の巣に断りなしに入ったばかりじゃないから」
「何もしないのね」
「する理由がないからね」
「じゃあ今の貴方は」
「安心していいよ」
それこそというのです。
「しかもお腹一杯だし。ただ」
「ただ?」
「熊には気をつけてね」
「それ狼さん達からも聞いたよ」
ジョージがクズリに答えました。
「不機嫌だってね」
「うん、だから会ってもね」
それでもというのです。
「近付いたら駄目だよ」
「そうみたいだね」
「ただ、何で熊が機嫌悪いかっていうと」
それはというのです。
「訳がわからないんだ」
「訳がわからないと」
「その理由を知らないんだよ」
「ううん、その理由がわかれば」
また言ったジョージでした。
「何とかなるかも知れないけれど」
「クズリさんも知らないんだね」
神宝も言うのでした。
「その理由は」
「そうなんだ、だからね」
「熊に会っても」
「逃げた方がいいよ」
クズリも皆に忠告します。
「わかったね」
「それじゃあ」
「じゃあ僕はこれでね」
クズリはここまでお話して皆のところから去ろうとします、ですがここで。
ケーキがです、彼を呼び止めたのでした。
「あの、よかったら」
「どうしたのかな」
「お菓子どうかしら」
バスケットからクッキーが入っている袋を取り出して言うのでした。
「お知り合いになれたしその縁で」
「ふうん、クッキーだね」
クズリはお鼻をくんくんとさせてケーキが手に持っているその袋の匂いを彼がいる場所から嗅いで確かめました。
「そうだね」
「そうなの」
「それもかなり美味しそうだね」
「どうかしら」
「いや、それでもね」
「いいの?」
「僕は今さっき御飯を食べたばかりでね」
「お腹は空いてないの」
「そうなんだ」
だからだというのです」
「別にいいよ」
「そうなのね」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
これがクズリの返事でした。
「それだけをね」
「それじゃあね」
ケーキも無理強いしませんした、それで。
もうクズリに勧めることは止めてです、こう彼に言いました。
「また機会があれば」
「その時にね」
「ご馳走させてもらうわ」
「その時になったらね」
クズリも答えます、ですが。
カエルマンがです、こうクズリに言いました。
「いや、後で食べてもいいんじゃないかな」
「後で?」
「クッキーはそれなりにもつからね」
日にちがというのです。
「だからね」
「そういえばそうだね」
クズリも言われてそのことに気付きました。
「それじゃあね」
「うん、クッキーは幾らでもあるからね」
ケーキが焼いたそれはです。
「だからね」
「ここで貰って」
「そしてね」
そのうえで、というのです。
「後で食べてもいいと思うよ」
「けれど一回断ったから」
クズリはこのことからも言うのでした。
「また言うことは」
「私はいいけれど」
ケーキは別に構わないと答えるのでした。
「貴方が食べたいのならね」
「いいのかな」
「ええ、いいわ」
穏やかな優しい笑顔での言葉でいsた。
「気にしないで」
「そう言うのなら」
「どうかしら」
「貰えるかな」
こうケーキにお願いしました。
「そのクッキー」
「ええ、どうぞ」
ケーキはにこりと答えてです、そのうえで。
クズリにそのケーキを差し出しました。クズリもそのクッキーを受け取って頭を下げてお礼を言ってです。クッキーが入っている袋を咥えて去って行きました。
そのクズリを見送ってからです、カエルマンはジャンプして迷路を上からまた確かめてから皆に言うのでした。
「今度の道はね」
「うん、次はどの道かな」
「こっちだよ」
右の道を指差しての言葉でした。
「こっちに行けばいいよ」
「わかったよ、じゃあそっちに行こう」
魔法使いはカエルマンの言葉ににこりと笑ってでした。
そうして皆を先に案内しました、皆は迷路を先に先にと進んでいきます。
そしてその中で、です。カエルマンは皆に言いました。
「あと少しで出られるよ」
「この迷路を」
「うん、無事にね」
神宝にも答えます。
「何とか日が落ちる前には出られそうだね」
「じゃあ森を出て少し歩いて」
「今日は休もう」
「今日はあれですよね」
カルロスはこうしたことを言いました。
「お昼は歩きながらでしたし」
「サンドイッチやお握りをね」
ジョージはそのお昼御飯のお話をしました。
「食べたけれどね」
「美味しかったけれど」
神宝はジョージにも応えます。
「やっぱり歩きながら食べると」
「しっかりと座って食べるよりね」
「落ち着かなくてね」
「いい感じがしないよね」
「ちょっとね」
こうお話するのでした。
「どうにも」
「こうした時もあるよ」
カエルマンは子供達に答えました。
「歩きながら食べないといけない時もね」
「こうした冒険の時は」
「うん、だからね」
「このことはですね」
「いいとしよう」
神宝にも言うのでした。
「そうね」
「わかりました」
「晩は座ってしっかりと食べよう」
じっくりと腰を据えてというのです。
「そうしよう」
「ですね、急がずに」
「この森は迷路だしね」
魔法使いが言うことはといいますと。
「他の森とは見晴らしが違うから」
「座って食べていると」
「その熊に会ったらって思ってね」
「歩きながら食べることにしたんですね」
「うん、歩きながら食べてもすぐに対応出来るね」
「はい」
「座ったままだとそれが難しいから」
これは魔法使いの考えだったのです、この人にしても歩きながら食べることはあまり好きではないにしてもです。
「だからね」
「歩いて食べて」
「注意もしていたんだ」
「じゃあこのまま」
「そう、先に行こう」
「またね」
こうしたことをお話しつつです、そしてです。
皆でさらに先に進んでいきます、そのまま先に進んでいくとでした。
遂に出口が見えてきました、ですが。
その出口の前にです、よりによってでした。
「熊がいるけれど」
「やっぱりあの熊が」
「その不機嫌っていう」
「そうかしら」
「狼さん達やクズリさん達が言っていた」
五人はその出口のところに蹲っている熊を見て眉を顰めさせるのでした。
「参ったなあ」
「よりによって出口のところにいるなんて」
「もう少しなのに」
「あんなところにいられたら」
「どうしようもないじゃない」
こう言うのでした、そして。
カエルマンもです、困った顔で言いました。
「これは厄介だね」
「このままだと」
魔法使いも弱り果てたお顔です。
「森を出られないよ」
「それじゃあ」
ケーキがです、眠り薬をかけたクッキーの袋を自分の手に持ったうえで言いました。
「これを使いますか」
「そうだね、その時だね」
魔法使いもケーキのその提案に頷きます。
「今は」
「それじゃあ」
ケーキがクッキーの袋を開いてその中身を熊に投げようとしました、ですが。
ここでふとです、神宝が言いました。
「あれっ、何か」
「何か?」
「どうかしたの?」
「はい、あの熊ですけれど」
神宝は熊を見つつ言うのでした。
「何か右の前足を見ていますよ」
「あっ、確かにね」
カエルマンも言われて気付きました。
「何かいつもね」
「あれはどうしてでしょうか」
その熊を見つつです、神宝はまた言いました。
「右の前足に」
「そうだね、その掌を見ているけれど」
「前足の掌に何かあるんじゃ」
「そこに不機嫌の理由があるのかな」
「そうじゃないでしょうか」
「若しそうなら」
どうかとです、カエルマンはここで言いました。
「あの掌をどうにかしたら」
「不機嫌なのもなおりますよね」
「そうだね、確かに」
「眠らせてもね」
魔法使いも言いました。
「その場をやり過ごしただけでね」
「熊は不機嫌なままですよね」
「そうだね、森の皆は熊に怯えたままで」
「問題の解決にもなりませんし」
「ここはね」
それこそと言う魔法使いでした。
「森の皆の為にも」
「熊の機嫌をなおせれば」
「それがベストだよ、それなら」
魔法使いはカエルマンにもお顔を向けて言いました。
「あの熊に聞いてみるか」
「それがいいね」
カエルマンも賛成して頷きました。
「ここは」
「そうだね、それじゃあ」
「僕が聞くよ」
カエルマンは微笑んで自分から申し出たのでした。
「彼にね」
「君が行くんだね」
「それでいいかな」
「僕が行こうと思ったけれど」
「いやいや、仕事がしたくてね」
カエルマンはこのことは悪戯っぽくジョークめかして言いました。この辺りはこの人のユーモアと言うべきでしょうか。
「行かせてもらうよ」
「それじゃあ」
魔法使いとお話してでした、そのうえで。
カエルマンは熊に少し歩み寄りました、急に襲われても大丈夫な様に近くまでは寄っていません。そこからです。
熊にです、こう声をかけました。
「何か困っているのかな」
「あっ、貴方は確か」
熊は眉を顰めさせたお顔をカエルマンに向けました。
そしてです、こう言うのでした。
「カエルマンさんだね」
「僕のことを知ってるのかな」
「そちらの魔法使いさんもケーキさんもね」
熊は二人も見ました。
「知ってるよ」
「そうなんだね」
「貴方達はオズの国の名士だからね」
だからだというのです。
「知っているよ、僕でもね」
「そうなんだね」
「そう、それでね」
さらに言う熊でした。
「貴方達がこの森に来てるなんて」
「ちょっと冒険でね。それよりもね」
「それよりも?」
「見たところ君は機嫌が悪いね」
カエルマンは熊に単刀直入に尋ねました。
「そうだね」
「うん、実はね」
熊は困ったお顔のままカエルマンに答えました。
「そうなんだ」
「右の前足の掌をいつも見ているけれど」
「棘が刺さっているんだ」
「掌に」
「それがずっと抜けなくて」
熊は困ったお顔のままカエルマンに自分の事情をお話します。
「困っているんだ、痛いしね」
「ううん、何かと」
「大変な状況で」
「事情はわかったよ」
「この棘をどうしてもね」
抜きたいと言う熊でした、自分の掌をじっと見つつ。
「そうしたいけれど。ただ」
「何をしてもなんだ」
「抜けないんだ、どうすべきかな」
「見せてくれるかな」
カエルマンは熊のお話を全て聞いてからです。
あらためてです、こう熊に申し出ました。
「その掌を」
「うん、じゃあね」
熊も頷いてです、そして。
カエルマンの方に歩み寄ってでした、その大きな掌を差し出してカエルマンに見せました。見ればそこには。
棘が刺さっています、親指の付け根のところに。その棘は小さくそれでいて深く刺さっていて微妙な感じです。
熊の前足の指では抜けそうにありません、その掌を見てです。
カエルマンは微妙なお顔でこう言いました。
「これは厄介な状況だね」
「うん、だからね」
「君には抜けないね」
「何をしてもね」
「いや、この棘は」
ここでカエルマンはお顔の左右に離れている二つの目を光らせてでした。そのうえで熊に笑顔で言いました。
「抜くことが出来るよ」
「本当に?」
「うん、やり方があるよ」
「それはどうしればいいのかな」
「君は蜂蜜が好きだね」
カエルマンは熊にこのことも尋ねました。
「そうだね」
「熊だからね」
これが熊の返事でした。
「やっぱりね」
「そうだね、その蜂蜜をね」
それをというのです。
「この掌に塗るとね」
「棘が抜けるんだ」
「蜂蜜の方に出ていくんだ」
その棘がというのです。
「だからここはね」
「掌に蜂蜜を塗るんだね」
「そうするといいんだけれど」
それでもとです、カエルマンはここでこうも言いました。
「君は蜂蜜が大好物だから」
「塗ったらね」
それこそとです、熊もカエルマンに答えます。
「すぐにだよ」
「その蜂蜜を舐めてしまうね」
「そうせずにいられないよ」
好きで仕方がないからです、蜂蜜を。
「もう見付けたらね」
「だからね」
「蜂蜜を塗っても」
すぐに舐めるからだというのです。
「棘は抜けられないよ」
「どうすればいいのかな」
「ううん、このことは」
「ここはどうしたらいいかな」
「ああ、それならだよ」
魔法使いがです、熊に言ってきました。
「いい薬があるよ」
「あっ、魔法使いさん」
「僕の鞄の中にね」
それがあると言ってです、そして。
ある丸い箱を出しました、それを熊に見せてです。
そのうえで、です。熊に対して言いました。
「この軟膏薬を君の掌に塗ればね」
「棘が出るんだ」
「そして棘が刺さっていた傷もね」
それもというのです。
「治るよ」
「そうしたお薬なんだ」
「刺はすぐに出るよ」
もう今すぐにというのです。
「簡単にね」
「蜂蜜よりも?」
「蜂蜜を塗ってもね」
「抜けるまでには時間があるから」
「君も舐めてしまうしね」
このことも言う魔法使いでした。
「けれどね」
「そのお薬ならですね」
「塗ってもね」
それでもというのです。
「舐めないし」
「それに刺もすぐに出て」
「傷も治るからね」
「蜂蜜を塗るよりもね」
「ずっといいんだね」
「そうだよ」
まさにその通りだというのです。
「だから塗っていいかな」
「是非頼むよ」
熊は魔法使いにとても切実なお顔でお願いしました。
「この刺が抜けるのならね」
「うん、刺さったままさとよくないしね」
「気になるし痛いし」
「それに刺さったままだとそこから雑菌も入ってね」
そうしてというのです。
「怪我が悪くなったりするから」
「今のうちにだね」
「抜いておこう、しかも君が不機嫌なままだと」
「森の皆もだね」
「そう、怖がっているから」
「怖がらせているつもりはないけれどね」
熊にしてもです、そのつもりはありません。
ですがそれでもです、不機嫌なままなので。
「不機嫌なままなのも確かだからね」
「そこも何とかしないといけないから」
「だからだね」
「今すぐ抜こう」
「わかったよ」
こうしてでした、魔法使いは熊のその右の前足の掌に軟膏薬を塗りました。すると。
刺が抜けてでした、そして怪我も治ってです。
熊は大喜びで魔法使い達に言いました。
「治ったよ、完全に」
「それは何よりだね」
「これで機嫌よく暮らせるよ」
「もう一度だね」
「本当にね、よかったよ」
「ただ、またね」
「うん、刺が刺さった時は」
またそうなった時についてです、魔法使いは熊に言いました。
「どうするかだよ」
「やっぱり蜂蜜を塗るのかな」
「それが一番だけれどね」
「けれど蜂蜜を塗るとね」
本当にどうしてもなのです、熊の場合は。このことはどの熊についても同じことであります。
「舐めずにはいられないから」
「どうすればいいかだけれど」
「それならね」
ここでカエルマンが熊に言いました。
「蜂蜜みたいなね」
「ああしたねっとりとしたものを」
「そう、塗ればね」
「出るんだね」
「そう、いいから」
だからだというのです。
「蜂蜜以外のねっとりしたものをね」
「それで置いておけば」
「刺は抜けるよ」
「そうなんだね」
「蜂蜜以外にもそうしたものはあるね」
「うん、この森にもね」
そうしたものは色々あります、森の中にも。それは植物だったり動物のものだったりと様々なものがありますが。
「あるよ」
「じゃあそういうものを塗るんだ」
「わかったよ、また刺が刺さったらね」
「そうするんだ」
「有り難う、いいことがわかったよ」
確かなお顔で答えた熊でした。
「これでもう刺は怖くないよ」
「これからも気をつけてね」
「そうするよ」
「けれどね」
ここで、でした。恵梨香がです。
不思議といったお顔になってです、こうしたことを言いました。
「熊さんの手でも」
「そうね、熊さんっていったら」
ナターシャも言うのでした。
「厚い毛と皮に覆われていて」
「刺なんかね」
「意味がないと思うけれど」
「掌だって」
ジョージも首を傾げさせて言いました。
「厚いのに」
「それで刺が刺さるの?」
カルロスは熊の掌をまじまじと見ています、ブラジルには熊がいないので彼にとってはあまり縁がない生きものということもあって。
「そんな厚い掌に」
「僕達のとは比べものにならないよ」
ジョージは自分の手も見ています。
「それでもなんだ」
「刺って刺さるのかな」
「多分だけれど」
神宝が考えつつ言うことはといいますと。
「これはね」
「これは?」
「これはっていうと」
「うん、それだけ酷い刺もあるんだ」
これが神宝の考えでした。
「木の刺でもね、それにね」
「それに?」
「それにっていうと」
「その刺の刺さり方が悪かったんだ」
だからだというのです。
「熊さんの掌にも刺さったんだ」
「そう、こんなことはね」
熊も言うのでした。
「今までなかったんだよ」
「そうですよね、熊さんにしても」
「僕の掌は強いからね」
熊自身もよくわかっていることです。
「どんな木の破片や石の上を進んだり触っても痛くないから」
「だからですね」
「刺が刺さったこともね」
それこそというのです。
「はじめてだったし」
「それで、ですね」
「うん、驚いてもいたんだ」
「けれどです」
「酷い刺、そして刺さり方が悪いと」
「刺さるんですよ」
「僕でもだね」
熊もしみじみとして言うのでした。
「刺さるなね」
「そうなんです」
「絶対ってないんだね」
熊はこのことも知ったのでした。
「そうなんだね」
「そうです、何でもです」
「絶対というものはなくて」
「熊さんでもです」
「こうしたことがあるんだね」
「そうなります」
「そのこともわかったよ」
また言った熊でした。
「本当にね」
「絶対のことはない」
カエルマンは少ししみじみとした口調になっていました。
「僕もわかっておかないと」
「駄目ですか」
「そう思うよ、井の中の蛙だとね」
かつての自分のことも思うのでした。
「そうしたこともわからないね」
「そういうことなんですね」
「全く以てね。さて」
ここでこうも言ったカエルマンでした。
「後はね」
「後は?」
「うん、熊君のことも終わって」
「ここを通られますね」
「これでね」
「僕達迷路を出られますね」
「そして青龍のところに行けるよ」
目的地にさらに近付けるというのです。
「迷路を抜けて」
「そうなりますね」
「ああ、僕はこれでね」
熊も皆に言いました。
「自分の巣に帰るよ」
「そういえばどうしてここにいたのかな」
出口のところにとです、神宝は熊に尋ねました。
「その理由は」
「あっ、それはね」
「それは?」
「たまたまだったんだ」
「たまたま?」
「ここに茸があったからね」
熊は自分の足元も見ました、今は茸は一つもありません・
「僕茸が好きだから」
「食べる為にですね」
「ここにいたんだ」
こう神宝にお話するのでした。
「そうだったんだ」
「そうなんですね」
「そう、だからね」
それでというのです。
「もうここには用はないよ」
「巣に帰られるんですか」
「それで寝るよ」
実に気持ちよくそしてのんびりとした言葉でした。
「これからね」
「わかりました、それじゃあ」
「またここに来たらね」
迷路の森にというのです。
「来てね」
「そうさせてもらいますね」
神宝も皆も熊ににこりと笑ってです。
別れの挨拶をしてお互いに手を触り合いました、そうしてなのでした。
一行は熊の姿が見えなくなってから森を出ました、その前には山が幾つも連なっていました。ケーキはその山を見て言いました。
「ここを越えて」
「そう、そしてね」
魔法使いがケーキに答えます。
「さらに先に進んでね」
「青龍さんのところに行くんですね」
「そしてどうやらね」
魔法使いはケーキにさらに言いました。
「そこにはね」
「玄武さんもですね」
「いるよ」
北の方角を司るこの人もというのです。
「多分だけれどね」
「じゃあ青龍さんと玄武さんにお会いして」
「そしてね」
「青龍さんに東に帰ってもらうんですね」
「マンチキンの国にね」
オズの東の国であるこの国にというのです。
「そうしてもらおう」
「わかりました、じゃあ」
「まずはね」
もうすっかり日が落ちてです、赤くなっていてその赤い色も次第に黒くなろうとしていました。紫のギリキンの世界も。
「今日は休もうか」
「そうですね、それじゃあ」
「あそこに川があるよ」
カエルマンは早速近くに川を見付けました。
「あの近くに行ってね」
「そしてですね」
「休もう」
こう言うのでした。
「ゆっくりとね」
「そして朝になって」
「出発だよ」
このことはいつもと同じでした。
「そうなるよ」
「そうですよね」
「さて、今日はね」
魔法使いが言うことはといいますと。
「何を食べようかな」
「ううん、今日はたっぷり歩きましたし」
恵梨香が魔法使いに答えます。
「その食べるものも」
「たっぷりとだね」
「食べたいなと」
「よし、それじゃあね」
魔法使いは恵梨香の言葉を受けてでした、そのうえで。
テーブル掛けの上に出したものはといいますと。
バーベキューでした、お肉にお野菜がどんどん焼けています。そのバーベキューを出してから言うのでした。
「さあ、どんどん食べよう」
「バーベキューですか」
「うん、これならたっぷり食べられるからね」
「どんどん焼いたものをですね」
「そう、皆遠慮は駄目だよ」
それこそというのです。
「食べてくれ」
「わかりました」
「果物も用意したよ」
見ればスライスした林檎やオレンジ、パイナップル等もあります。
「こちらもね」
「果物ですか」
「パイナップルは野菜だけれどね」
「あっ、そうでしたね」
恵梨香は魔法使いのその言葉に頷きました。
「木に実っていないので」
「そう、地面から出ているからね」
「お野菜になるんですね」
「こちらもですね」
苺や西瓜もあります、神宝はそちらを見て言うのでした。
「お野菜ですね」
「そうだよ」
「そういえば苺も西瓜も畑から採れますね」
神宝はこうも言いました。
「お野菜っていう証拠ですね」
「そうだよ」
「お野菜もデザートになる」
「そういうことだよ」
「じゃあ今から」
「まずはバーベキューを食べよう」
魔法使いはまた皆に言いました。
「そして楽しもう」
「わかりました」
「じゃあ今から」
皆で応えます。そしてどんどん焼けたお肉やお野菜をそれぞれのお皿の上に乗せていきます、それでお肉を食べてです。
ジョージはにこりと笑ってこう言いました。
「やっぱりバーベキューいいですね」
「ジョージは好きみたいだね」
「はい、お外で食べるお料理の中では」
「バーベキューがだね」
「一番好きです」
こうカエルマンにも答えます。
「嫌いなものはないですけれど」
「バーベキューだね」
「それが一番ですね」
「そうだね、ただね」
「ただ?」
「よく火を通さないとね」
カエルマンは自分のお皿の上のお肉を食べつつ言うのでした。
「バーベキューのお肉は」
「さもないとですね」
「あまりよくないからね」
「そこはステーキとはまた違いますね」
カルロスがカエルマンに尋ねました、自分のお皿の上のお肉を食べながら。そのお肉もよく焼けています。
「ステーキはレアでもいいですけれど」
「バーベキューはね」
「よく火を通して」
「そうして食べるものだよ」
「その方が身体にもいいですね」
「うん、ステーキはステーキでね」
バーベキューはバーベキューだというのです。
「それぞれだよ」
「生肉というと」
ナターシャはここで恵梨香を見ました、焼けたお野菜を食べつつ。
「やっぱりね」
「日本っていうのね」
「ええ、お刺身があるから」
「確かにね。お魚のお刺身にね」
「馬や鶏もよね」
「牛肉もね」
お刺身にして食べるとです、恵梨香も答えます。
「そうしてるわね」
「その通りね」
「ええ、ただいつもお刺身じゃないから」
「生肉ばかりでもないわね」
「そうよ」
日本人でもというのです。
「こうしたバーベキューも食べるわ」
「そういうことね」
「うん、私お刺身も好きだけれど」
「バーベキューもなのね」
「好きなの」
恵梨香はにこりと笑ってです、ナターシャに答えました。恵梨香はよく焼けたお野菜を食べています。人参や玉葱、ピーマンを。
「だから今もとても楽しいわ」
「私日本に来るまでは」
ここでナターシャが言うことはといいますと。
「生のお肉食べることはね」
「考えられなかったの?」
「タルタルステーキはあったけれど」
それでもだというのです。
「お肉は焼くか煮る、そうした料理の仕方でね」
「食べるものって思っていたのね」
「お刺身のことは」
「聞いていて。日本人ってね」
どうかというのです。
「変わった食べ方するわって思ってたわ」
「そうだったの」
「ええ、それでどんな味かって思ってたけれど」
「お刺身美味しいでしょ」
「お醤油、山葵醤油で食べたら」
ナターシャは微笑んで、です。恵梨香に答えました。
「凄く美味しいわよ」
「そうよね」
「馬とか牛肉は山葵よりもよね」
「大蒜とか生姜なの」
そういった香辛料をお醤油と一緒にというのです。
「使うのは」
「そちらよね」
「私は生姜が好きよ」
「あれいいわね」
「そうでしょ」
「香辛料もそれぞれなのね」
料理の仕方によってです、そして。
ナターシャはバーベキューのお肉を食べてまた言いました。
「こうした時はね」
「塩と胡椒だね」
カツロスが言いました。
「やっぱり」
「ええ、それよ」
「それと中華ースだね」
「ケチャップとかマスタードもいいよ」
神宝は中華ソース、ジョージはケチャップとマスタードをです。実際にお肉に付けてそうして楽しく食べています。
「塩胡椒のままでもいいけれど」
「こうしたものを付けてもね」
「私はお醤油かしら」
恵梨香はお皿の上にそれがあります。
「あっさりしていてね」
「私はマヨネーズね」
ナターシャはこちらでした。
「濃い感じでいいわ」
「タバスコもいいよ」
カルロスはタバスコをかけています、実際に。
「こちらもね」
「バーベキューの食べ方はそれぞれだよ」
魔法使いは普通のおソースでした。
「それでいいんだよ」
「そう、バーベキューはね」
カエルマンはそのまま焼いたものを食べています。
「色々だから」
「私は甘いおソースですね」
ケーキは赤茶色のそうしたおソースでお肉やお野菜を食べています。
「これが一番ですね」
「何か本当に」
神宝は皆のお皿を見回してしみじみとしました。
「バーベキューの食べ方もそれぞれですね」
「そうだね、このことも」
カエルマンがその神宝に応えます。
「人それぞれだよ」
「そうなんですね」
「うん、そしてそれでいい」
「一つでなくて」
「一つだとね」
カエルマンがここで言うことはといいますと。
「あまり面白くないよ」
「一つの色だと」
「色は一杯あってこそだよ」
「オズの国みたいにですね」
「オズの国は五色あるね」
それぞれの国の色です。
「けれど他の色も出せるからね」
「いいんですね」
「この国でもそうだよ」
カエルマンはこのギリキンの国のこともお話しました。
「ギリキンは紫だけれどね」
「紫以外の色もですね」
「出したいと思えば出せるし」
「出してもいいんですね」
「そうだよ、あくまでこの紫は地の色だよ」
ギリキンのというのです。
「けれど僕達もそうだね」
「はい、カエルマンさんは黄色で」
「君達もね」
それぞれの色です。ジョージは赤、カルロスは黄色、恵梨香はピンク、ナターシャは黒、そして神宝は青。五人共それぞれが好きな色の服を今も着ています。
「それぞれの色だし」
「魔法使いさんとケーキさんも」
「そうしたものだよ、それでね」
「それで、ですか」
「それを誰も拒まないから」
「いいんですね」
神宝も応えます。
「だから」
「そうだよ、色は一つだとかえってよくない」
「色々な色があってこそ」
「素晴らしいからね」
「色を光と考えると」
魔法使いが言うことはといいますと。
「絵の具でなくてね」
「絵の具でなくて、ですか」
「そう、絵の具の色を合わせるとね」
「何かどんどん」
「そうだね、混ざっていってね」
「変な色になりますね」
「けれど光はね」
光の色を合わせると、というのです。
「違うね」
「合わせていくと白くなっていきますね」
「より奇麗になっていくね」
「はい」
神宝は魔法使いに答えました。
「絵の具と違って」
「そうしたものなんだ、世の中の色はね」
「色々あって重なっていけば」
「より奇麗になるんだ」
「そういうものですか」
「そうだよ、オズの国でも君達の世界でもね」
魔法使いはバーベキューのお肉もお野菜も楽しみつつ答えました。
「一緒だよ」
「沢山の色があって」
「重なり合って奇麗になるんだよ」
こうお話しながらでした、一行はバーベキューを食べて身体を洗って歯も磨いてでした。この日もゆっくりと寝てです。
朝起きてトーストとオムレツを食べてでした、また北に向かいました。
熊に会って、不機嫌な理由を聞く事に。
美姫 「棘が原因だったのね」
みたいだな。魔法使いによってこれも解決したし。
美姫 「無事に森も出れたわね」
後は青龍たちの所へか。
美姫 「どうなるのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」