『オベローン』




                               第二幕  出会い

「それにしても大きな街だ」
「全くです」
 パックに案内されてバグダットに入ったヒュオンとシェラスミンは今度は唖然とした顔でバグダットの街中を見回していた。
 二人とパックは今バグダットの市場にいる。そこは夥しい人々でごった返し左右には様々な店が立ち並んでいる。そして様々な髪や目、肌の人々が行き交い威勢のいい声をあげている。中にはヒュオン達が聞き慣れた言葉までそこから聞こえてきていた。
「これは我が国の言葉だな」
「ええ。ビザンツの言葉も聞こえます」
 二人はそうした声を聞きながら言い合う。
「それに目が青い者もいれば」
「肌の黒い者もいますね」
「売られているものも凄いぞ」
 次に品物を見るのだった。見れば確かに様々なものが売られている。
 何かしらの道具もあれば食べ物もある。その食べ物も羊や鶏の肉もあれば牛のものもある。バターもあればヨーグルトもある。果物も豊富であり種類も多い。香料や砂糖もふんだんにある。衣服も実に様々な種類のものが飾られ売られているのであった。
「ここまで華やかな街だったとは」
「胡椒があんなに」
 シェラスミンはとりわけ胡椒がふんだんに売られていることに驚いていた。
「しかも皆気軽で買っていますよ」
「砂糖だってそうだ。菓子も果物も」
「皆凄く気軽に買ってますよね」
「バグダットはここまで豊かなのか」
「ええ、ですから世界一の街の一つなのですよ」
 唖然としながら市場を見回す二人の先にいるパックが振り向いて告げてきたのだった。
「ここは。けれどこの国は全体としてこんな感じですよ」
「何と、サラセンはそこまで豊かなのか」
「そこまでですか」
 二人は今のパックの言葉にさらに驚いたのだった。サラセンとはこの時代にイスラム教徒達の欧州での呼び名である。この呼び名は長い間続く。
「何とまあ」
「恐ろしいことだ」
「まあとにかくです」
 また言うパックだった。
「太守殿の宮殿に向かいましょう」
「レツィアがそこにいる宮殿に」
 それを聞いてヒュオンの顔が引き締まる。
「行くのだな」
「そうです。では行きましょう」
 パックはまた言うのだった。
「是非。行きましょう」
「そうだね。いざ」
「それでですが」
 パックはここでまた言ってきた。
「今宮殿でですね」
「何かあるのかい?」
「丁度いい具合にお姫様の一人の婿選びをしていますよ」
「婿選びというとまさか」
「それもお姫様の一人ですね」
 シェラスミンも言ってきた。
「ということは」
「つまり」
「はい、それです」
 パックは察した二人に対して告げた。
「レツィア様の婿選びです」
「そうか。それじゃあ」
「ヒュオン様、そこに忍び込みましょう」
「うん、そうしよう」
 意を決した顔でシェラスミンの言葉に頷くヒュオンだった。
「是非ね」
「それではこちらです」
 パックがそのヒュオンを案内するのだった。
「行きましょう。宮殿に」
「レツィア、待っていてくれ」
 ヒュオンは力強い声で言う。
「いよいよ僕達は」
「何かあれば私がいますから」
「私もです」
 パックとシェラスミンがその彼に対して声をかけてきた。
「御安心下さい」
「いざという時は」
 こうして三人で向かうのだった。宮殿の中は街中より遥かに豪奢なものだった。ヒュオンとシェラスミンはその宮殿の中を見てまた唖然とした。
「この中も」
「何と素晴らしい」
 宮殿の中はみらびやかなまでに飾られていた。紅の絨毯が至る場所に敷かれアラベスク模様であちこちが飾られている。服は絹であり誰もが見事に着飾っていた。
「街中も凄いが」
「この中も素晴らしいものです」
「ではこちらです」
 パックが二人を宮殿のさらに奥に案内する。
「こちらに来られればです」
「ううむ、しかも何と広いのだ」
「こんな宮殿フランクにはありませんよ」
「かつてはローマにあったのですがね」
「ローマに」
「はい、ありました」
 こうヒュオンに話すレツィアだった。
「今はありませんけれどね」
「そうなのか。昔はあったのか」
「まあ昔のことを話しても仕方ありません」
 このことについてはこれで終わらせたパックだった。
「では行きましょう」
「そうだな。それじゃあ」
「奥に」
 こうして三人で先に進んでいると遂にだった。三人で宮殿の太守の間に出て来た。ヒュオンとシェラスミンはその部屋を見てまた驚いた。
「何と広い」
「ええ。これだけ広いのは」
 二人でまた言うのだった。
「陛下の間よりも上だ」
「見たことがありません」
 見ればその部屋の中央にも絨毯が敷かれている。その左右に武装した兵士達が立ち並び階段が奥にある。それでその上に玉座がある。玉座は黄金と白銀、それに様々な宝玉で飾られそこに恰幅のいい口髭の男が座っている。頭にはターバンを巻き豪奢な服を着ている。彼のそのすぐ側に彼女が立っていた。
「レツィア、あれがレツィアか」
「そのようですね」
 パックが彼女を見て声をあげるヒュオンに横から囁いた。
「あの方が」
「そうか。遂に僕達は」
「ねえファティメ」
「どうしました?」
 レツィアもレツィアで横に控えているファティメに囁いた。
「あの人よ」
「その想い人ですね」
「ええ。まさかここに来られるなんて」
「全てはアッラーの御導きです」
 それだと答えるファティメだった。
「それに」
「それに?」
「お嬢様が想われている方はあの方ですね」
 彼女はまずヒュオンを指し示して尋ねるのだった。
「あのスマートな方ですね」
「ええ、そうよ」
 レツィアはその頬をぽっと赤らめさせて彼女の問いに答えた。
「あの人がそうなの」
「私はですね」 
 ここで言うファティメだった。
「あちらの方が」
「あちらの方とは?」
「あの赤い顔の太った方です」
 彼女が指し示すのはシェラスミンだった。
「あの方が」
「好みなのね」
「いいと思いませんか?」
 こうもレツィアに問うのだった。
「あの人。どうでしょうか」
「確かに貴女の好みね」
 レツィアは既にファティメの好みは知っていた。だから納得したのだった。
「あの人は」
「そうですよね。お近付きになれたらいいのですが」
 ファティメにも恋が生まれようとしていた。そしてそれはシェラスミンも同じだった。
「あのお姫様の隣にいる人ですけれど」
「あの人がどうかしたのかい?」
「凄い美人ですよね」
 うっとりとした顔でヒュオンに答えるのだった。
「あの人。とても」
「とても利発そうだね」
「ええ。気も利きそうで」
 彼女の頭の回転の速さをもう見抜いているのだった。
「ああいう娘と一緒になりたいものです」
「シェラスミンとはお似合いだね」
 彼等も彼等でそんな話をしていた。その中で玉座に座る太守がゆっくりとした口調で言ってきたのであった。
「ここに来たということはだ」
「はい」
 ヒュオンが恭しく一礼してから彼に応えた。この時の礼を見て太守はすぐに言ってきた。
「待て」
「どうされたのですか?」
「何故その礼をする」
 重厚な声でヒュオンに問うてきた。
「何故フランク式の礼をするのだ?」
「しまった」
 ここでこのことに気付いて内心舌打ちするヒュオンだった。
「つい。出てしまった」
「しかもだ」
 太守はさらに言ってきたのだった。
「そなたの髪と目の色はだ」
「迂闊でした」
 今度はパックが言った。
「そこまでは配慮が行き届きませんでした」
「我等のものではない。フランクのものだな」
「それは」
「そうか。フランクの密偵か」
 太守は彼の作法と姿からそう判断したのだった。
「娘を奪いに来た。そうだな」
「いえ、違います」
 ヒュオンは必死の顔でそれを否定した。
「僕は確かにフランクの者です」
「それは認めるのだな」
「ギエンヌ公爵のヒュオンです」
 今己の名を名乗った。
「それが私の名です」
「聞いたことがある。フランクの将軍の一人だな」
 太守は彼の名を聞いてさらに告げてきた。
「我がイスラムの軍勢を散々に破った」
「だが今の僕はレツィアを妻に迎える為にここに来ました」
 毅然と顔をあげたうえでの言葉である。
「ですからどうか姫を僕に」
「ならん」
 太守の返答は一言だった。
「そなたの神はキリストだな」
「はい」
「そなたがアッラーに仕えるのなら何の問題もなかった」 
 こう言うのである。
「しかしキリストに仕えるのなら娘をやるわけにはいかぬ」
「くっ・・・・・・」
「帰るのだ」
 またヒュオンに対して告げた。
「よいな」
「そんな、御父様」
 レツィアも今の状況に慌てて父に対して言ってきた。
「そんなことをしたら」
「では聞こう」
 太守は今度は娘に顔を向けて問うてみせた。
「御前はキリスト教徒と結婚できるのか?」
「それは・・・・・・」
「できるというのなら去れ」
 厳しい声で告げるのだった。
「このバグダットをな。よいな」
「おかしな話です」
 一連の話を聞いていたパックがここで言った。
「それが何だというのでしょう」
「何っ!?」
「仕えている神なぞ何の問題もありません」
 彼はこう太守に対して言うのだった。
「愛がこの世で最も尊いのですから」
「アッラーを否定するというのか?」
「それは否定しません」
 パックはそれは否定した。
「ですが貴方のその御考えには賛成しないだけです」
「ではどうするというのだ」
「ヒュオンさん」
 パックは今度はヒュオンに顔を向けた。そのうえで彼に告げるのだった。
「ここは私にお任せ下さい」
「君に?」
「そうです、これで」
 応えるとすぐに腰の角笛を手に取った。そうしてすぐにそれを吹くのだった。
 するとそれで太守も兵士達も動かなくなった。まるで彫刻の様に固まってしまったのだった。
 ヒュオンもレツィアもそれを見て呆然となる。パックはその彼等に対して告げるのだった。
「よし、今です」
「今って!?」
「一体何が」
「決まっています、今のうちに逃げ出すんですよ」
 パックが彼等に勧めることはこのことだった。
「さあ、早く」
「そ、そうか駆け落ちか」
「このバグダットを出て」
「そうです、この太守の方も兵隊さん達も動けない今こそです」
 チャンスだというのである。
「さあ、早く」
「そうだね。じゃあ今こそ」
「ヒュオン様、行きましょう」
「レツィア!」
 ヒュオンはすぐにレツィアの元へ駆け寄った。そうしてその手を取りすぐに駆けるのだった。
 だがそれは彼等だけではなかった。シェラスミンとファティメはそれぞれ駆け寄ってそのうえで階段の終わったところで手を取り合うのだった。
「あっ、貴女もですか」
「貴方も」
 二人は笑顔で手を取り合って言い合うのだった。
「私の名前はシェラスミンといいます」
「私はファティメです」
 それぞれの名をここで名乗った。
「どうやら一目惚れしてしまったようです」
「私も。それでは御主人様達も行かれることですし」
「そうですね、私達も」
「はい」
 また笑顔で言い合う二人だった。
「行きましょう」
「いざ、愛の旅へ」
 こうしてこの二人もまた旅立つのだった。パックはその四人に対して言うのだった。
「それではですね」
「それでは?」
「一体何をするのです?」
「まずは一目散にバグダットを離れ」
 彼が言うのはこのことだった。
「それから船でフランクに入りましょう」
「僕の祖国に」
「ヒュオン様のその国に」
 ヒュオンとレツィアはそれぞれ言う。
「戻ろう、そしてそこで」
「私達は」
「何度も言いますが愛こそが最も尊いのです」
 またこの言葉を出すパックだった。自身の左手の人差し指を前後に軽く振っていささか教訓がましい様子で述べるのだった。
「仕える神よりもです」
「それじゃあ僕達は」
「ええ」
 二人で顔を見詰め合う。その目はこれまでになく熱い。
「戻ろう、フランクに」
「行きましょう、貴方の国に」
「それじゃあ私達も」
「旅立ちましょう」
 シェラスミンとファティメもそれに続く。こうして彼等はすぐに宮殿を出てそのうえでチグリス=ユーフラテス河の港の一隻の舟に乗るのだった。
「既に用意してあったんだ」
「はい」
 パックはまだ人間の姿のままである。港もまた実に多彩な人でごった返している。遠くに砂漠が見える海のような河の港の桟橋の上にいるのだ。
「ではこれに乗ってまずは河を下り」
「それからまた海に出てフランクに向かうんだね」
「はい、そうです」
 それがパックの考えなのだった。
「それで宜しいですね」
「うん、それでいいと思うよ」
 ヒュオンはパックのその提案に満足した顔で頷いた。
「じゃあすぐに乗って」
「フランクに戻りましょう」
 またヒュオンに言うのだった。
「例えそれまでに何があろうとも」
「僕は必ずレツィアを守る」
 ヒュオンの言葉はこれまでになく強いものだった。
「そう、何があってもね」
「私もです」
 レツィアもまた強い言葉を出した。
「私も何があってもヒュオン様と共にいます」
「その言葉に偽りはありませんね」
 パックは二人のその言葉を聞いて念を押すようにして尋ねた。
「それで」
「うん、何があってもね」
「生きる時も死ぬ時も一緒です」
「わかりました」
 パックは二人の言葉をここまで聞いて頷くのだった。
「それでは。頑張って下さい」
「頑張る?」
「何かあるのですか?」
 二人は今のパックの言葉に感覚として妙なものを感じたのだった。
「一体それって」
「どういうことですか?」
「やがておわかりになられることです」
 パックは今はこう言うだけだった。
「しかしまずはともかく」
「はい、舟に乗りましょう」
「いざフランクへ」
 シェラスミンとファティメも手に手を取っていた。
「私が舵取りをしますので」
「帆も掲げていざ」
「食べ物も水もたっぷりと積んでいますよ」
 パックはこのことも告げた。
「それでは」
「うん、フランクに」
「二人で」
 こう言って舟に乗り込む。そのままシリアに出てそこから馬で進んで地中海に出る。地中海にも五人で出た。ところが地中海に出てすぐだった。
 地中海は青く何処までも澄んでいる。遠くに緑の大地が見える。それは北のギリシアであり東に今出て来たばかりのシリアもあった。彼等はその海と大地を見ながらすぐに気付いたのだった。
「パックがいない?」
「そういえば」 
 まずはヒュオンとレツィアが気付いたのだった。
「一体何処に」
「まさかシリアの港に置いててぼりなのでしょうか」
「いえ、それはありません」
「今さっきまでそこに」
 シェラスミンとファティメも舟の中を見回す。しかし彼の姿は何処にもないのだった。
「あれ、いませんね」
「どうしてでしょうか」
 やはり彼はいない。このことに首を傾げるしかなかった。だがここで今度は。
「あれっ、空が」
「何か急に」
 シェラスミンとファティメが空が急に暗くなってきたのを見た。
「それに海も」
「波が高くなってきて」
「嵐!?馬鹿な」
 ヒュオンは嵐を察して目を顰めさせた。
「今まで晴れていたのに」
「いえ、海の天気は変わりやすいものです」
 だがここでシェラスミンは言うのだった。
「ですからこれも」
「いけないな、すぐに帆をあげよう」
 ヒュオンはすぐに手を打ちだした。
「そして嵐を乗り切ろう。いいね」
「わかりました」
 シェラスミンが応える。こうしてすぐに帆を上げるが無駄だった。すぐに凄まじい豪雨と暴風が起こりそのうえで舟は無惨に転覆してしまった。
「うわっ!」
「舟が!」
 四人は海の中に放り出された。シェラスミンは咄嗟にファティメの手を取った。
「私に捕まって!」
「はい!」
「シェラスミン!」
 ここでヒュオンが彼を呼ぶ声がした。もう声は遠くになっている。波に流され声が話すその間にも遠くになろうとしている状況だった。
「レツィアは私と一緒だ!」
「そうですか!」
「私は必ずフランクに戻る!」
 真っ暗のその豪雨と暴風の音に何とか掻き消されないように必死に叫んでいた。
「その時に会おう!」
「わかりました!」
「ヒュオン様!」
 ヒュオンはレツィアをその両手に抱き締めていた。その彼女の言葉だ。
「私は貴方と」
「何があっても離さない!」
 彼はレツィアにここでも誓った。
「貴方は僕が守る!」
「私も貴方と」
 レツィアもそれに応えて言うのだった。彼にしがみつきながら。
「何があっても一緒です」
「ファティメさん、離しませんよ!」
「私も離れません!」
 四人はそれぞれ二組に分かれ嵐の中に消えた。ヒュオンとレツィアが気付いたのは砂浜だった。そこに二人抱き合ったまま打ち上げられていた。
「僕達は」
「生きているのでしょうか」
 二人は身体を起こした。そのうえで周りを確かめる。そこは白い砂浜だった。青い空と海は彼等を飲み込んだ嵐が嘘の様に静かで清らかだった。
「そしてここは」
「何処かの砂浜でしょうけれど」
 だが何処かまではわからない。しかし二人は共にいるのに気付いたのだった。
「僕達は生きている」
「間違いありません」
「生きているのなら」
 ここでヒュオンは立ち上がって言うのだった。
「僕達はフランクに帰ろう」
「はい」 
 レツィアはヒュオンのその言葉に応えて頷いた。彼女は上体を起こしたままでまだ砂浜の上に座り込んでいる。その足元に白い波が打ちつけている。
「何としても」
「海が、この巨大な怪物が」
 レツィアは言うのだった。
「例え私達を飲み込もうとも私達は一緒です」
「そうだ、離れることはない」
 ヒュオンもまた言う。
「僕達は何があろうとも」
「神に、そして愛に誓います」
 レツィアもここで立ち上がった。そうして言うのだった。
「何があろうも私達は一緒です」
「幸い僕にはまだこれがある」
 ここでヒュオンは腰の剣を出すのだった。
「この剣がある限り僕は君を守る」
「はい、私も貴方から離れません」
「永遠に」
 こう誓い合い砂浜で抱き合ったその時間だった。何とそこに海賊達が来たのだった。
「んっ!?御前達は」
「おい、上玉がいるぞ」
 見るからに柄の悪い連中だった。日に焼けた身体をしておりその手にはそれぞれシミターを持っている。髭を生やしターバンを巻いているところを見るとムスリムらしい。
「おい、売り飛ばそうぜ!」
「ああ、傷つけるな!」
 こう言い合いながら二人に迫る。ヒュオンはそれを見てレツィアを己の後ろに庇いそのうえで剣を抜いたのだった。
「そうはさせない!」
「何だ?男もいるのか」
「邪魔だ、どけ!」
 彼等はシミターを手に彼を脅しにかかった。
「さもないと痛い目を見るぞ!」
「どうなってもいいのか!」
「何があろうとも彼女を守る!」
 しかしヒュオンもまた引かない。
「そう誓ったんだ!」
「ヒュオン様・・・・・・」
「ちっ、ならしょうがねえ」
「痛い目に遭わせてやるぜ」
 彼等はそのままヒュオンに襲い掛かる。彼も剣を手に善戦するがやはり嵐の中で体力を消耗していたのと多勢に無勢だった。忽ちのうちに倒されてしまった。
「うっ・・・・・・」
「そこで寝ていろ」
「命だけは助けておいてやる、感謝するんだな」
「くっ、レツィア!」
「ヒュオン様!」
 二人は互いの名前を呼び合うが無駄だった。ヒュオンは倒れ伏しレツィアは海賊達に捕らえられた。そうしてそのまま彼女は何処かと連れさらわれるのだった。
「傷付けるなよ、売るんだからな」
「それで何処に売るんですか?」
「一体誰に」
「そうだな、チェニスの太守がいいな」
 海賊達はこんな話をしながら立ち去っていく。当然レツィアを引き立てて。
「あそこに売ればかなりの金になるだろう」
「そうか、じゃあ今から行くか」
「チェニスにな」
 そんな話をしながら姿を消す。後に残ったヒュオンはまだ倒れている。その中で一言呻くのだった。
「チェニス、そこに・・・・・・」 
 そのまま気を失う。するとすぐに彼の傍にあのオベローンと妖精の本来の姿に戻ったパックがやって来てそのうえで話をするのだった。
「嵐は見事だったな」
「はい、上手い具合にやってみました」
 こうオベローンに応えるパックだった。今二人はじっとヒュオンを見下ろしている。
「シェラスミンさんとファティメさんはそのままチェニスに送らせてもらいました」
「そうか」
「そこでもう庭師に雇われています」
 このことを話すのだった。
「一足先に」
「そして今レツィアもチェニスに向かったな」
「はい」
「では残る一人もだ」
 ヒュオンを見たまま言うオベローンだった。
「チェニスに運ぼう」
「わかりました、それでは」
「後はあの場所でどうなるかだが」
 オベローンはここで右手を口にあてて考える顔になった。
「それにしても今のところはだが」
「どうかされましたか?」
「いや、ティターニアと話したのだがな」
 その自分の妃のことである。
「このヒュオンという若者もレツィアという娘もだ」
「立派な方々ですよ」
「その通りだ。まさか二人共ここまで高潔だとは思わなかった」
 こう述べるのだった。
「どちらがより貞節を守るかと思ったのだが」
「今のところは御二人共ですね」
「そうだ。二人でそのことを話していたのだ」
 そうだというのである。
「もうどちらがより操を守るかではなく」
「二人がどれだけ高潔かですか」
「私達が見るのではなく見せられることになりそうだとな」
 彼は気付きだしていたのだった。
「そんな話をしていたのだ」
「左様でしたか」
「どうやら私達は思い違いをしていたようだ」
 彼はまた言った。
「どちらがより操を守るかではなく」
「人の高潔さをですか」
「見るのではなく見せられる」
 彼がわかってきたのはこのことだった。
「では見せてもらいたいとな」
「では陛下、その為にも」
「そうだ、チェニスだ」
 何につけてもその場所に行くことだった。
「この若者を連れて行こう」
「はい、見せてもらう為に」
 こう二人で話をしながらヒュオンの身体を魔法で宙にあげた。そのうえで横たわる彼をそのまま浮かべ砂浜を後にするのだった。そうして今彼等もチェニスに向かった。



すんなりと話が進んでいったかに見えたけれど。
美姫 「突然の嵐にあった上に海賊まで」
嵐はどうやらオベローンたちの仕業みたいだけれど。
美姫 「どんな事を考えていたのかしらね」
既に最初の目的とはちょっとずれたみたいだけれど。
美姫 「それでもまだ終わらせないみたいよね」
チェニスで何が起こるかな。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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