『ノルマ』




                          第二幕  二人の誓い

 ポリオーネを追い払ったノルマは自身の家に帰っていた。樫の木で作られた家の中には熊の毛皮のかかったベッドがある。そのベッドがローマ風なのはポリオーネの贈り物だったからだ。
 そのベッドには二人の幼子が眠っている。ノルマとポリオーネの子供達が。ノルマは彼女等を見て蒼ざめ放心したような顔になっている。
 その右手にナイフを持ち。ただ二人の前に立っているのであった。
「二人共よく眠っているわ」
 ノルマは二人の子供達を見下ろして呟く。
「けれど今からそれは永遠のものになる。この私の手によって」
 己の手で子供達を殺すつもりだったのだ。
「ここにいてもローマにいても苦しむのなら。継母の手で辱められるよりは」
 完全に思い詰めていた。言葉も虚ろである。
「ここでその命を終わらせるべきなのよ」
 そうして一歩前に出るが。それ以上は動けないのだった。
「死ななければならない。殺さなければならない」
 子供達と自分に対しての言葉だった。
「だから。けれど」
 子供達の寝顔を見ると。やはり動けないのだ。
「神々の赦しの様なその笑顔を見て。子供達は何もしていない」
 それを今おもう。
「あの男の子供。それが罪」
 言い聞かせる言葉も虚ろであった。
「だから。死ななければならない。だからこそ」
 ナイフを何とか振り上げる。だが。
 それを振り下ろすことはできなかった。それどころか放り投げてしまった。
「駄目!」
 その言葉と共に。
「御前達は・・・・・・やっぱり私の子供達!その子供達を殺せはしない!」
 泣き叫んで眠っている子供達を抱き締める。やはり彼女に我が子達を殺すことはできなかったのだ。彼女はノルマでありメディアではなかったのだった。
 そこにクロチルデがやって来た。そうしてノルマに告げてきた。
「ノルマ様」
「どうしたの?」
 子供達から離れ涙を拭き。立ち上がってから彼女に顔を向けて問うのであった。
「アダルジーザ様が来られました」
「アダルジーザが?」
「ノルマ様に御会いしたいと。どうしてもと」
「そう。私に」
 ノルマはそれを聞いて俯いた。そうして考えるのであった。
「どうされますか?」
「会うわ」
 考えた結果そう判断したのであった。
「ここへ連れて来て。いいわね」
「わかりました。それでは」
 こうしてアダルジーザがノルマの前に案内された。見れば彼女も泣き明かしたのかその目を真っ赤にさせていた。ノルマと同じであった。
「ノルマ、私は」
「同じね」
 その真っ赤になった目と蒼ざめた顔を見てノルマは言った。
「私と」
「貴女とですか」
「そう、私達は同じ」
 またアダルジーザに対して述べた。
「だから貴女に言いたいことがあるの。いいかしら」
「何でしょうか、それは」
「私の恥辱を」
 まずはこう告げてきた。
「今の私の悲しみやこれから味わう悲しみを哀れに思うのなら一つだけ約束して欲しいの」
「約束ですか」
「いいかしら」
「はい」
 アダルジーザはノルマの言葉に対してこくりと頷いてみせた。
「わかりました。何でも致しましょう」
「誓ってくれるのね」
「はい、誓います」
 誓いもした。
「それでは。御願いします」
「わかったわ。それでは」
 ノルマはアダルジーザの誓いの言葉を受けた。それから遂に彼女に対して話しはじめるのであった。
「私は死ぬことにしたわ」
「死・・・・・・」
「けれどね」
 死という言葉を聞いてさらに蒼ざめたアダルジーザに対してさらに言ってきた。
「子供達は別よ。それはとてもできないわ」
「そうですか」
 その心境はアダルジーザにもわかった。彼女の心は。
「それでね」
「ええ」
 話はさらに続く。
「子供達を貴女に預かって欲しいのよ」
「私がですか」
「子供達を連れて行って」
 またアダルジーザに対して頼む。
「あの人のところに。いいわね」
「それは・・・・・・」
「私はもうそれでいいの」
 諦念した声になっていた。
「だから。御願いしたいのよ」
「それは」
 しかし。アダルジーザはそれには顔を曇らせるのであった。
「私には」
「あの人の子供の為なのよ」
 顔を曇らせたアダルジーザに対してまた言うのであった。
「守って欲しいの。私はもう誇りも名誉もいらないわ」
「何もかも」
「そう、何もかも」
 それをも言ってきた。
「けれど子供達が不幸の神に魅入られては欲しくないの。だから御願い」
「駄目です、ノルマ」
 だがアダルジーザは言うのであった。
「貴女はこの子供達の母としていて下さい。それに」
「それに?」
「私はこの国からは離れません」
 それを今言うのであった。
「決して」
「今誓ったというのに」
「確かに誓いました」
 それは認める。
「それでもそれは貴女にとってよいことだけです」
「私だけに」
「そうです。私は今またそれを誓います」
 再び誓ってからまた言葉を告げる。
「ローマ軍の陣地に行きあの方を説き伏せましょう。貴女の御心を受ければきっと」
「どうなるというの?」
「私の心が動きました。きっとあの方も」
「心変わりするというのかしら」
「心変わりではありません」
 そうではないとノルマに告げた。
「むしろこれは」
「これは」
「本来の愛に戻るだけです」
「私とあの方の愛に」
「そうです」
 それをはっきりとノルマに対して告げる。
「望みを持たれて下さい。あの方もきっと本来の愛を思い出して貴女を再び思い出されるでしょう」
「まさか。そんな」
「希望だけは忘れないで下さい」
 アダルジーザはまた言うのだった。
「何があっても」
「けれど私はもう」
「御覧になって下さい」
 アダルジーザは遂にその眠っているノルマの子供達を指し示すのであった。
「彼等を。貴女の子供達を」
「私の子供達を」
「そうです。御自身のことは構わないと仰られててもこの子達を可哀想とは思っておいて下さい」
「何故私にそんな言葉を」
 ノルマの蒼ざめていた心が溶けようとしていた。
「私にかけるの。私の心を動かすというの。これから死のうとしている人間に幻や望みを述べるというの?」
「私の言うことを聞いて下さい」
 アダルジーザはまだ言う。
「そうしてあの方と共に」
「それが貴女が」
「いえ、それは私ではありません」
 アダルジーザはなおもノルマに声をかけるのであった。
「ですからどうぞ」
「貴女はいいのね」
「あの方に相応しいのは貴女だけです」
 身を引くというのだった。
「ですから」
「それで私は」
「あの方と一緒になれるのです」
 今またノルマの心に囁いた。これまでになく優しい声で。
「もう一度」
「言わないでっ」
 ノルマはその言葉を拒む。
「あの人が愛しているのは貴女なのよ」
「いえ、あの方は悔やんでいます」
 だがアダルジーザはまだ言う。
「ですから」
「悔やんでいる。では貴女は」
「私もです」
 それアダルジーザも同じだと。他ならぬ彼女が言うのであった。
「確かに愛しておりました」
「ええ」
「けれど今はそれは」
「では貴女は」
 ノルマはまたアダルジーザに対して問う。真剣な顔で。
「貴女のもとに帰ります」
 それがアダルジーザの今の望みであった。それを言うのだった。
「さもなければ」
「さもなければ」
「貴女の前からも神々からもあの方の前からも姿を消します」
「本気なのね」
「はい」
 ノルマの問いに対してこくりと頷くのであった。
「そのつもりです。ですから」
「わかったわ。それじゃあ」
 ノルマはそのアダルジーザの手を取った。そうして言うのだった。
「ノルマ」
「アダルジーザ」
 二人は見詰め合う。それからその二人で言い合う。
「私は心の支えを得たのね」
「私もです」
 見詰め合ったまま話を続ける。今二人はまことの友情を得ていた。
「これからの時間を」
「これからの生命を」
「貴女と共に」
 二人の声が重なり合う。
「この大地は広い」
「そうです」
 重なり合った声がつむぎだされ。完璧な調和となっていた。
「私達の愛を隠す程に大きく」
「そして優しい」
 そのことを感じて心から喜んでもいた。
「貴女と共に励まし合って」
「この数奇な、過酷な運命と戦っていきましょう」
「私の鼓動が止まらない限り」
「私が貴女のこころの鼓動を聞いている限り」
 二人は今完全に一つになった。ノルマがアダルジーザに、アダルジーザがノルマに。それを確かめ合い誓い合うのであった。



再び、ノルマの元に帰ってくるのかな。
美姫 「今回のお話はハッピーエンドになるのかしらね」
うーん、どうなるんだろう。かなり気になる。
美姫 「そんな気になる次回は……」
この後すぐ!



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