『メリー=ウィドウ』




                          第三幕  最後は華やかに


 そのマキシム。まるでロココ時代の宮殿の如き広間において早速賑やかに歌や踊りが繰り広げられていた。ハンナはそれを豪奢な椅子に座って楽しげに眺めていた。
「あら」
 ここで彼女は男爵夫人がいないのに気付いた。
「奥様は?」
「はい、実はですね」
 夫である男爵がここへ来て述べる。
「用事ができまして」
「用事!?」
「実は家内はこの店の踊り娘出身なのですよ」
「おや」
「それはまた」
 皆それを聞いて思わず声をあげる。見ればやはりあの四国の者達もダシに使われているカミーユもいた。皆ハンナの家からそのまま来たのである。
「そうだったのですか」
「といっても勿論専属ではありませんが」
 男爵は笑って答えてきた。
「遊びで来ていたのですよ。それでも踊りは見事なものですが」
「しかしまあ」
「貴族の子女とは少し思えませんな」
「まあまあそれは御気になさらずに」
 男爵はこれに関しても強引になかったことにしようとする。案外強引な解決法を多用する人物である。これは少し意外なことではあるが。
「私としても不本意ですが妻が是非にといいまして」
「それでは奥様の踊りを」
「そうです。踊り娘達と共に」
 男爵は皆に答える。
「御覧になれます。さあ」
 豪奢なゴブラン織のカーテンが開かれる。そこには舞台があった。舞台は左右に階段がありそこから二階に行ける。しかしその階段はオーケストラが占領し指揮者までいた。派手な踊り娘七人のグリゼット達が並んでいるそこには男爵夫人もいた。完全にその中に溶け込んで妖艶な笑みを浮かべていたのであった。
「ほう」
 カミーユがその男爵夫人を見て口笛を吹いた。
「これはまた」
「さあ皆さん」
 オーケストラに乗り六人の娘達は言ってきた。
「ロロ」
「ドド」
「ジュジュ」
「フルフル」
「クロクロ」
「マルゴ」
 まずは七人が名乗った。そのうえで男爵夫人も。
「そしてこの私。さあ皆さん」
 中央にいる男爵夫人が言う。すると音楽がはじまり派手な踊りをはじめた。
「夜の大通りを私達グリゼットはふらふらと」
「色目を使いながら行ったり来たり」
 調子よく歌う。男爵夫人に六人がついていた。
「トリッペル!トラップ!」
 掛け声であった。
「トリッペル!トラップ!」
「さあ皆さん」
 男爵夫人はその掛け声の中で歌で語り掛ける。
「黄金色のブーツでトリッペル、トラップ」
 リズムを取りながら言う。
「小粋な帽子でお洒落して行ったり来たり」
「トリッペル!トラップ!」
「それが私達パリのグリゼット」
「ロロ」
「ドド」
「ジュジュ」
「フルフル」
「クロクロ」
「マルゴ」
「そしてこの私!」
 またしても名乗りをあげる。
「リタントゥリ、タンティレット、これが美しいグリゼット達!パリのグリゼット達!」
「蜘蛛が巣を張って待ち構え」
 男爵夫人はそう妖しく歌う。周りの六人も妖しく踊る。煽情的なダンスであった。
「ツィッペル、ツィッペル、ツィッペルツァップ、小さな蝶を捕まえるように」
「私達の目当ては男達」
 踊りながら歌を続ける。
「相手がもがけばもがく程誘って。そうして楽しむのがグリゼット」
「如何ですか?」
 ハンナは彼女達の歌を前にして客人達に問う。にこやかな笑みであった。
「ここでの宴は」
「ふん」
 その言葉にダニロが面白くなさそうな顔を向ける。結局彼も同席する羽目になったのである。これこそ因果と言うべきであろうか。
「ここ、お好きなのでしょう?」
「どうでしょうか」
「あら、素直でない」
「いえ、私は素直です」
 ハンナの言葉に突発的に怒って言葉を返す。その怒りのまま言う。
「宜しいですか、奥様」
「何でしょうか」
「そもそも私はですね」
 席を立ってハンナに言ってきた。
「貴女には随分と言いたいことがあります」
「私に!?」
「そうです。カミーユさんと結婚してはなりません」
「あらまたどうして」
 二人は周りに人がいることをふと思い出す。そうして言うのだった。
「いえ、それは」
「まあそれはいいでしょう」
 一旦はそれはよしとした。
「場所を。変えましょうか」
「はい。それでは」
 こうして二人は一旦マキシムの個室に入った。そこで話をするのだった。
 そこはポーカーをする場所だった。そこでテーブルを囲んで話をはじめていた。一応はお互いにカードを手にして勝負をしているがそれは本題ではなかった。
「さて、お話とは」
 ハンナはカードを交換しながらダニロに声をかけていた。
「何でしょうか」
「さて」
 ダニロはさっきの言葉をとぼけてみせてきた。
「忘れてしまいました。何のことだか」
「何のこと!?」
 ハンナはその言葉に眉をピクリと動かしてきた。
「まさかとは思いますがとぼけていらっしゃるのですか?」
「とぼけている?まさか」
 しかし実際にとぼけてみせていた。
「何のことか。それにしても」
 ダニロはカードを切りながらハンナに言ってきた。
「よくもまあ。貞淑だと言いながらカミーユさんと」
「あら、そのことですの」
 カードの奥で眉をピクリと動かしてきた。
「そんなことを何時までも」
「何時までも、ですか」
 ダニロの言葉に怒りが含まれた。
「よくもまあそんなことを仰るものです」
「仰るも何も私はこの目で見ましたから」
 ハンナに対して言う。
「ですから嘘は」
「あれは私ではありませんわよ」
 ハンナは平気な顔で言い返した。ポーカーだが感情を露わにして見せてきている。
「また御冗談を。ではあれは」
「身代わりだったのです」
 ハンナは真実を述べてきた。
「私はある方の身代わりだったのですよ」
「身代わり!?」
「そうです。ですから貴方は誤解しておられうだけです」
「また嘘を」
「ダニロ」
 ハンナは遂に仮面を投げ捨てた。そうしてハンナとしてダニロに言葉を向けてきた。
「私が嘘をついたことがあったかしら」
「ないね」
 ダニロもまたダニロとなった。伯爵でも大使でもなくダニロとしてハンナに返す。
「そうよね。じゃあ」
「これはヴァイオリンの響きさ」
 そう言葉を誤魔化して言ってきた。
「それがワルツのステップを誘う。私を愛して、とね」
「私を愛して。それなら」
 ハンナはそれに応えて言う。
「握られた手ははっきりと告げる」
「その言葉は知っているよ」
 ダニロはそれに応えてきた。
「それは本当だ、貴女は私を愛している」
「ワルツのステップを踏む度に心も共に踊り高まっていく」
 ハンナは言葉を歌にして交あわせていく。
「私も貴女を愛していると。違うかしら」
「その通り、貴方は私を愛している」
 また言った。
「そうよね」
「そうさ。ほら」
 ダニロは自分のカードを出してきた。
「ストレートフラッシュ。僕の勝ちだね」
「いえ、私の勝ちよ」
 しかしハンナは優雅に笑って彼に返す。
「ほら」
 出してきたのはロイヤルストレートフラッシュであった。これで決まりであった。
「私の勝ちね、いいわね」
「じゃあそれでいいよ」
 ダニロも笑ってハンナに言葉を返す。
「それでね」
「そうね。じゃあダニロ」
「ハンナ」
 二人はカードを置いて笑みを見せ合う。もう言葉は必要なかった。
「これからは二人で」
「色々あったけれど」
 全てが決まった。そうすると部屋の中に皆雪崩れ込んできたのだった。
「やあやあ、やっと決まりましたな」
 男爵が満面に笑みを浮かべて二人のところにやって来た。そうして言うのであった。
「閣下、お見事です」
 ダニロに顔を向けて言う。
「これで公国は救われました」
「そう、そして男爵」
 ダニロは笑って男爵に声をかけてきた。
「あの時部屋にいたのは彼女ではなかったんだ。それはね」
「閣下」
 ここで秘書が出て来た。
「どうしたんだい?」
「これがあの部屋で見つかったのです」
「それは」
「あっ」
 それは扇であった。男爵夫人はその扇を見て声をあげた。
「私の」
「これは妻のだ。だとすると」
「あなた」
 しかし男爵夫人はしれっとして夫に対して言ってきた。
「浮気をしていたのを詫びるつもりかい?」
「いえ、ほらここを」
 夫に対して扇を広げてそこに書いてある文字を見せてきた。
「御覧になって下さい」
「むっ、これは」
 そこに書いてある文字は。こうであった。
「私は貞淑な人妻です」
 男爵はその言葉を読んだ。
「というと」
「そうです、私を信じて頂けますね」
「うん、勿論だとも」
 扇を妻から受け取って応える。
「こんなことだったとは」
「やれやれ」
 カミーユは何か全てが幸せに終わったと見て安堵の溜息をついてきた。
「今日は大騒動でしたね」
「全くです」
 日本の外交官が言った。
「しかもお株は全部奪われ」
「我々が貰ったのは」
 アメリカの外交官が続く。
「宴でのお酒だけ」
「しかしまあハッピーエンドを見れたのは」
 中国の外交官は苦笑いを浮かべていた。
「よしとしますか」
「しかし今回得られた教訓は」
 ロシアの外交官は薀蓄をたれてきた。
「とても大事なことですな」
「そうです」
 ハンナは皆に囲まれて優雅な笑みを浮かべて述べてきた。
「女を知ることは非常に難しいのです」
「僕達男を悩ませる」
 ダニロは苦笑いを浮かべてハンナ、自分の妻に顔を向けたうえで言った。
「女の心も身体も知ることは難しいもの」
「そう。それでも」
「優しい娘さんもおしとやかな奥様も」
 皆それに合わせて言い合う。何時しか皆の手にはシャンパンがある。あれ程あれこれと抜け駆けだの何だのと言っていた四国の者達もカミーユも踊り娘達も公国の者達も皆シャンパンを手にしていた。
「青い目をしたブロンドの美女も赤い髪の毛でも黒髪でも」
「皆同じこと」
「男は皆虜にされる」
「されど」
 ダニロはここで言ってきた。
「虜にされ、迷うことこそがこの世で最大の悦び」
「さあ皆さん」
 ハンナが音頭を取る。
「今こそ」
「ええ」
「乾杯!」
「乾杯!」
 こうして華やかな宴にまた入った。ダニロとハンナは何はともあれ収まるべき鞘に収まったのであった。そうして二人で楽しい日々の幕を開けたのであった。


メリー=ウィドウ   完


                            2007・5・11



ハッピーエンド。
美姫 「とは言え、結構振り回されたわよね」
うーん、そうでもないと思うぞ。
美姫 「でも、夫人も平然と言い切ったわね」
だな。まあ、でも今回はハッピーエンドだし。
美姫 「流石に最後で喧嘩という展開はないわね」
うんうん。
美姫 「投稿ありがとうございました」



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