『マクベス』
第三幕 取り憑く予言
魔女達はあの場所にいた。そこでまた窯を囲んで踊っていた。
「今だな」
「うむ、今だ」
窯を見ながら口々に言い合う。
「猫が三度鳴いた」
「やつがしら鳥が風に向かって三度鳴いた」
「時間になった。窯が湧いている」
「あらゆるものを入れよと言っている」
そう言いながら窯に群がり。次々にそれぞれ手にしているものを入れていく。
「トリカブトに吸い付いたヒキガエル」
「黒薔薇の棘」
「夕暮れに引き抜かれた麻薬の根」
そういったものが入れられる。
「蝮の舌に蝙蝠の羽」
「猿の血に犬の歯」
「まだだぞ」
銘々無秩序の様でいて秩序だって入れていた。
「生まれた時に絞め殺した子供の指と韃靼人の唇」
そういったものまで入れられた。
「異教徒の心臓もだ」
「これで全てか?」
「そうだ全てだ」
全てを入れ終わってまた言い合う。
「全て入れ終わった」
「でははじめよう」
「はじめよう」
輪になる。そうして踊りながら唄いだした。
「煮立てよ煮立てよ」
「黒と白、赤と青」
窯を見て。そう唄う。
「異形の神々が混ぜ合わせ」
「そうして魔性の存在を導き出す」
「この世にあるのは神だけにあらず」
キリストの教えを否定していた。
「大地より出た異形の神達もまた」
「その力を使うのだ」
そう唄い踊っていた。そこにマクベスがやって来たのだった。魔女達はすぐに彼に気付いた。
「来たな王よ」
「スコットランドの王よ」
「わしが来るのはわかっていたのか」
マクベスは彼女達の口ぶりからそれを感じ取っていた。
「やはりそなた達は」
「そう、全てわかっている」
「我々の神々がそれを教えてくれたのだ」
「そうか」
キリスト以外の存在だったが。今のマクベスはそれを信じていた。
「では話が早い。それではな」
「聞きたいのだな」
「そうだ」
魔女達に対して答えた。
「前にそなた達はこの森でわしに教えてくれたな」
「如何にも」
「その通りだ」
また魔女達は彼に答えた。
「わしの未来を。それでだ」
彼は言う。
「またそれを聞きたいのだ。いいか」
「未来か」
「わしは王になった」
そこまでは聞いていた。
「だがこれからは。これからはどうなるのだ、それを教えて欲しいのだ」
「知りたいのだな」
「うむ」
魔女達の問いに対して頷く。
「駄目だろうか」
「いや、いい」
「王が来ることはわかっていたのだから」
魔女達はそれに対してはむべもなく応えるのであった。
「だからこそ。さあ」
「呼び出そう、我等が主を」
「あの主ではないな」
キリスト教の神ではない。マクベスはそのことに内心怯えを感じた。
「やはり」
「それがどうしたというのだ?」
魔女達は素っ気無くそう返した。
「大したことではない」
「それがわかっていてここに来たのではないのか」
「そうだ」
マクベスも頷く。まさにその通りだ。
「では。頼む」
「前置きが長くなったが」
「では。呼ぼう」
「いざ来たれ」
魔女達は告げる。
「神々よ」
まず現われたのは騎士であった。暗い鎧に身を包んだ漆黒の騎士であった。
「マクベス王だな」
「わしの名を知っているのだな」
「無論」
騎士はマクベスの言葉に答えてきた。
「既に話は聞いている」
「では教えて欲しい」
マクベスは騎士に対して問うた。
「わしは。どうすればいいのだ」
「気をつけよ」
それが騎士の返答であった。
「気をつけよだと」
「そうだ。マクダフにだ」
「マクダフ。あの者か」
既に彼は感じていた。彼が自分に対して不信感を抱いているということを。それに気付かないマクベスではなかった。
「気をつけるがいい」
「わかった。それでは」
マクベスはさらに彼に問おうとする。
「他には」
「私の役目は終わった」
だが騎士はマクベスの問いには答えようとはしなかった。
「それでは」
「待てっ、話はまだ」
「王よ、残念だがその神はそれまでだ」
「どういうことだ」
制止した魔女の一人に顔を向けて問う。
「これまでというのは」
「神は命令されないからな」
「しかしだ」
別の魔女がマクベスに告げる。
「また別の神が姿を現わす」
「そして王に告げるだろう」
「次の神か」
マクベスはそれを聞いて心を少し落ち着けさせた。
「それでは聞こう。次の神は」
「うむ」
「もう出る」
窯の前が指差された。
「そこにな」
「出られたぞ」
その言葉と共に。今度は血に塗れた子供が姿を現わした。
「これが神だと」
マクベスはその子供のおぞましい姿を見て言葉を失った。
「まことなのか」
「そう、まことだ」
「我等にとっては」
魔女達はマクベスに対して答えた。
「だから安心するがいい」
「ほら、言葉を告げられるぞ」
「スコットランドの今の王よ」
子供は魔女達の言葉通りマクベスに声をかけてきた。
「安心するがいい。そなたは死ぬことはない」
「それは本当なのだな」
「神は嘘は言わない」
少なくとも魔女達が信仰している神はそうであるようだ。
「その神が言う。そなたは」
「わしは」
「女から生まれた者には倒されはしない」
「そうか」
マクベスはその言葉を聞いて安心したように笑った。
「では問題はない。マクダフですらな」
「そう、女から生まれた者には」
「しかしマクダフは始末せねばな。何があっても」
「それだけだ」
血に濡れた子供は消えた。次に現われたのは雷鳴と稲妻と共に出て来た子供だった。その手に緑の杖を持ち王冠を被っている。そうした子供であった。
「王よ」
王冠の子供はマクベスに対して声をかける。先の二人と同じく。
「森が動かない限りは安心せよ」
「森が!?」
「そう、森だ」
彼はマクベスに告げる。
「バーナムの森が動かない限りはそなたは安泰だ」
「森が動くものか」
マクベスはそれを聞いても満足気に笑うのであった。
「では何もないのと同じだ。しかしだ」
それで完全に疑念が消えたわけではなかった。
「バンクォーの子供は」
フリーアンスのことであった。
「どうなるのだ。王位に就くのか」
「神に問うてはいけない」
魔女の一人がマクベスに忠告した。
「それはならない」
「そうだった。だが」
「また神は消えた」
気付けば。王冠の子供はいなくなっていた。
「いなくなったのか」
「そうだ」
「今度はその質問なのだな」
「う、うむ」
魔女達の問いに答える。
「そうだ。それに答えるのは」
「出て来たぞ」
「質問に答える神々が」
また何かが姿を現わした。それは八人の王達であった。
その中には彼もいた。一番後ろに。
「バンクォー・・・・・・」
マクベスは彼の姿を認めて色を失った。
「まさか本当に」
「おかしいな」
「そうだな」
魔女達はその神々を見て口々に述べ合う。マクベスもそれを聞いて顔を顰めさせていた。そうして今度はその魔女達に問うのであった。
「おかしいだと」
「そうだ」
そしてマクベスにまた告げた。
「あの鏡は」
「鏡だと」
マクベスはギョッとしてバンクォーの方を向き直った。見ればその手には鏡がある。手鏡であった。笑いもせずにそれをかざしていたのであった。
「あれを持っているのは王の父になる者だけ」
「王としてあそこに並ぶ筈なのに」
「どういうことだ、それは」
「それはわからない」
「我等にも」
マクベスにも答えられなかった。
「我等がわかるのはここまでは」
「後はわからない」
「待てっ」
消えようとする魔女達を呼び止めようとする。
「まだ話は。待つのだ」
「残念だがこれまでだ」
「さらばだ王よ」
マクベスの呼び止める声は適わず魔女達はその姿を闇の中に消していっていた。
「これでな」
「予言に導かれ」
「くっ、不安は晴れぬか」
魔女達が消え一人になったところで呟く。消えるどころか増すばかりであった。バンクォーの鏡が目に残る。慄然としていたがそれも収まり居城に帰った。そこで王の間に入り夫人と話をするのであった。
「魔女達のところに行っていたのですね」
「うむ」
夫人の問いに頷く。その顔は蒼白だったが暗い部屋ではわからなかった。
「その通りだ」
「それで何と」
「まずはマクダフに気をつけよとのことだ」
騎士の言葉を今告げた。
「マクダフにですか」
「そう。そして」
さらに言う。
「女から生まれた者には敗れはしない」
「女から生まれた者にはですか」
「つまりこの世にいる者にはだ」
マクベスはそう考えることにした。血塗れの子供の言葉を。
「敗れはしないと」
「左様ですか。では安心ですね」
「もう一つあった」
マクベスはまた言った。今度は王冠の子供の言葉を。
「バーナムの森が動かない限りは大丈夫だと」
「では間違いなくですね」
「しかしだ」
どうしても心から離れないことを。今夫人に告げた。告げずにはいられなかった。
「バンクォーの子孫はまだ王に就ける」
「フリーランス殿が」
「そうだ。あの者は今何処にいる」
「アイルランドのようです」
夫人は密偵から聞いた話を夫に述べた。
「そこに逃げたか」
「どうされますか?」
夫人はあえて夫に問うた。その口元の邪な笑みから答えがわかっていて問うているのがわかる。
「刺客を送れ。アイルランドにな」
「わかりました。それでは」
そう言うことはわかっていた。そのうえでもう一つ答えがわかっている問いを出すのだった。
「ではマクダフ殿は」
「あの者にもだ」
マクベスは暗い顔で述べた。
「城ごと焼き払うのだ。いいな」
「はい」
「全ては血の流れるままに」
マクベスはその暗い顔で呟いた。
「そうして玉座を占め」
「永遠の繁栄を」
夫人もまた邪悪な笑みで応える。二人の影はまたしてもユラユラと揺れていた。だが灯りのせいなのかその影は時折消えていた。しかし二人はそれに気付いてはいなかった。
おお、今回はいかにも、な感じ。
美姫 「魔女に会いに行ってまた未来を見てもらったのね」
まあ、ちょっと不安の残る部分もあったがな。
美姫 「これで安泰という感じでもないわね」
また何か起こるのか。ちょっとドキドキ。
美姫 「それにしても、本当に今回は不気味な会談だったわね」
確かに。また血が流れそうな感じだし。
美姫 「一体どうなっていくのかしら」
次回も待っています。