『マクベス』
第一幕 魔女の予言
中世スコットランド。まだこの国は深い森に覆われていた。それと共に森に棲む深き者達もまた根強く生きていた。
魔物も妖精も。そしてまつろわぬ者達も。皆森の中にいた。そこには黒い魔女達もいた。
森の中で彼等は何かを踊っていた。黒く長い服を着てそこにそれぞれ踊っている。その踊りは全くの滅茶苦茶であるようでいてそれと共に非常に調和のとえたものであった。
その踊りを踊りながら彼女達は口々に言っていた。
「あれは用意したのかしら」
「ええ、したわ」
中央には巨大な釜がある。それを囲んで踊りながら話をしている。
「豚の蹄を入れたわ」
「ではもういいわね」
「ええ、いいわ」
そうして踊りを止めて。釜を囲んで言う。
「船を難破させよう」
「いえ、面白い場所に届けてあげましょうよ」
「面白い場所?」
「そうよ。西の果てに」
魔女の一人が仲間達に楽しげに話す。
「大昔カルタゴ人達が知っていた国があるの。そこに届けてあげましょう」
「あら、そんな国があるの」
実はあるのだ。当時はそれを知る者はまずいはしなかったが。知っているのはそのカルタゴ人達と北の荒くれ者達だけであった。他には誰も知らなかった。
「それがあるのよ」
その魔女は言う。
「ただ難破させるだけじゃ面白くないからそれでどうかしら」
「いいわね、それは」
仲間の一人がそれに賛成した。
「じゃあそれで」
「いざ行け船乗りよ」
魔女達はその豚の蹄を釜の中に入れて言う。
「遠いあの国へ」
「そうして果てしない旅に」
「戻って来た時には」
「何が起こるのか」
そんなことを言いながら歌い踊っていた。それは魔女というよりは古の神々の儀式のようであった。若しかするとそうなのかも知れないが彼女達自身がそれをわかっているかどうかは全くわからない状況であった。そんなことはどうでもいいのかも知れない。彼女達にとっても。
その森の道に二人の馬に乗る男達がやって来た。一人はやけにくすんだ金髪に青い目をした頑健な身体に端整な顎鬚を生やした大男でその顔立ちも逞しくまるで王の如きであった。彼は黒い立派な服とマントを身に着けている。
もう一人は灰色の男であった。灰色の服とマントを身に着けておりその顔は知的で黒い髪と目が印象的である。髭はいささかあちこちに散っている感じで隣の男程整ってはいない。確かに端整だがそれ以上に何処か陰があり自信もなさげだった。それが彼に微妙な陰を落としているように見えた。
二人はそれぞれ並んで森の中を進んでいた。そうして森の木々の間からのぞく空を見上げていたのであった。
「何か不思議な空ですな」
「そうでしょうか」
黒い男は灰色の男の言葉に応え空を見上げる。だが彼はそれには同意しなかった。
「私は別にそうは」
「思われないと」
「はい」
彼は言う。
「むしろ不吉な感じです」
「左様ですか。むっ」
ここで灰色の男は魔女達に気付いた。
「あれは一体」
「マクベス」
「マクベスだ」
魔女達も彼に気付いていた。灰色の男の名を呼んでいた。
「そなた達は何者だ?」
今度は黒い男が魔女達に問うた。
「気がおかしいようだが」
「バンクォーだな」
「うむ、バンクォーだ」
魔女達は彼の問いに答えない。そのかわりに彼の名も呼ぶのであった。
「マクベスよ」
「マクベスよ」
彼女達は次にマクベスの名を口にする。
「わしか」
「おめでとう、グラーミスの領主よ」
これはその通りであった。彼は既にグラーミスの領主であったのだ。
「それを知っているのか」
「そう、知っている」
「そして」
そのうえでまた言葉を続けてきた。
「おめでとう、コーダーの領主よ」
「おめでとう、スコットランドの王よ」
「スコットランドの王だと」
マクベスはその言葉を聞いて顔を顰めさせた。無意識のうちに。
「マクベス殿」
バンクォーはマクベスのその顔を見て彼に声をかけた。
「どうして驚かれるのですか?魔女共の言葉にしろめでたいことではありませんか」
「ううむ」
実はマクベスはかなり貴い血筋にある。場合によってはスコットランドの王にさえなれるのだ。バンクォーもそれがわかっているからこそマクベスが顔を顰めさせたのを怪訝に思ったのだ。
「それでもどうも」
「では次は私が」
今度はバンクォーが彼女達に問うのだった。
「私の未来がわかるか?気が触れていなければわかるな」
「勿論だ」
「貴方もとても運がいい」
魔女たちはバンクォーに対してそう述べた。
「王の父になる」
「スコットランド王の父に」
このバンクォーもまた貴い血の持ち主だ。やはり王になれるのだ。
「私が王の父だと」
「そう」
「その通り」
魔女達は彼にも答える。暗い声だがそこには何も言わせない絶対的な強さがあった。まるで地の底から言い伝えられるようにだ。
「だから幸せだ」
「幸せなる王の父よ」
「わからん」
バンクォーはその言葉を聞いても信じていなかった。首を傾げる。そのせいで横にいるマクベスが暗い顔で彼を見ているのには気付きはしなかった。
「ではまた会おう」
「マクベス、スコットランドの王よ」
魔女達はその姿を霧の様に消しながらマクベスに声をかけてきた。
「まあ会う。その時にまた」
「伝えよう」
そういい残して彼女達は消え去った。後にはマクベスとバンクォーが残った。
「何なのだ」
「あの魔女達は」
二人にとっては現実の言葉とは思えなかった。だがそれが間違いなく現実であることは彼等自身がよくわかっていた。その耳に残る言葉から。
「マクベス殿」
バンクォーが彼に声をかける。
「御聞きになられましたな」
「はい」
マクベスは彼のその言葉に頷いた。
「貴方がスコットランドの王になると」
「そして貴方が王の父になると」
マクベスもまたバンクォーに告げた。
「確かに言っていました」
「ええ、確かに」
バンクォーもまた頷いた。それは確かな言葉であった。
「その前に」
「私がコーダーの領主になると。これは」
「マクベス殿」
その時だった。後ろからマントを羽織った男達が来た。見れば王の使者達であった。貴族のロスとアンガスである。
「どうした?」
「王からの伝令です」
ロスが述べる。
「陛下からか。何だ」
「この前のデンマークとの戦いの功績により貴方をコーダーの領主に任ずるとのことです」
「何っ」
先程の魔女の予言と同じ言葉に目を瞠った。
「馬鹿な、コーダーの領主殿はご存命ではないか」
「それが死にました」
アンガスが述べた。
「何故だ、あれ程元気であられたのに」
コーダーの領主のことはマクベスも知っていた。年老いてはいるが頑健な身体の持ち主である。その彼が急に死ぬとは思えなかったのだ。
「謀反の罪です」
二人はそう王に告げた。
「それにより刑に服しました」
「処刑か」
「左様です」
そうマクベスに答える。
「ですから貴方様がコーダーの領主になられるのです」
「無論グラーミスの領主のままで」
こうも言い伝えられた。
「どうかお受け取りを」
「わかった。では」
こうしてマクベスはコーダーの領主ともなった。だがそれと共にまたしても暗い顔になった。まるで闇の中に落ちてしまったかのように。
「グラーミスの領主、コーダーの領主」
魔女達の予言を反芻する。
「二つの予言が当たった。後は王冠だが」
それが問題であった。なぜかここで髪の毛が逆立つような悪寒を感じそれと共に不自然なまでに血生臭い予感がするのであった。
「何だこの予感は」
彼自身もそれに気付く。
「何故こんな予感がするのだ。わしは王位には興味がないというのに」
「おかしいな」
バンクォーも彼を見て呟く。
「何故彼は暗い顔をするのだ。王にまでなれると言われているのに」
しかし彼もまた不吉なものを感じていた。口には出さないが。二人は共に魔女の予言に不吉なものを感じていた。晴れ渡っていた筈の空は忽ちのうちに暗雲に覆われてしまっていた。
城の一室。暗灰色の石の壁と粗末な木の家具と麻のカーテンだけがある部屋に彼女はいた。浅黒い肌の長身の女で彫が深く鼻が高い。口は大きくそれが禍々しい赤であった。
黒い髪は長いがそこには美しさよりも不気味さが漂っていた。凄みのある顔と合わせて得体の知れぬ邪悪さも感じられる雰囲気の女であった。赤い服と羽織っているマントはまるで血の色であった。赤と黒の中にいる女であった。
「そう。コーダーの領主になったのね」
彼女は手紙を読んでいた。それは夫からのものであった。
「そして王になると。魔女が予言した」
彼女はマクベスの妻だ。名門の出身であるがその家は代々権謀により何かを得てきた家として知られていた。彼女はその家の直系の娘であるのだ。
「我が夫マクベス、貴方は王になれる方」
それは彼女も知っていた。夫よりも。
「王になるには手を血で濡らすことも必要。そう、そうまでしても手に入れなければならないもの」
キャンドルの光に影が映し出される。手を動かすその影は朧な光によりユラユラと揺れていた。まるで幽鬼の様に。
「それを拒むなら私は指し示しましょう。野望という美酒の味を。そして」
手を前にかざして言う。
「予言のままに。貴方を王とする為に」
「御后様」
そこに召使が一人来た。夫人は姿勢を正し彼女に対した。
「何かしら」
「今宵のことですが」
「旦那様が戻って来られるのね」
「いえ、それだけではありません」
「それだけではない?」
「はい」
召使は畏まって答えた。彼の影は揺れてはいないが何故か夫人の影は揺れている。まるで生き物の様に。キャンドルの光がそうさせていた。
「王も来られます」
「王も」
夫人は王と聞いてはっとした。スコットランド王ダンカンのことである。言うまでもなくマクベスやバンクォーの親族でもあるのだ。
「はい、左様です」
「では陛下に相応しいおもてなしをしなければなりませんね」
夫人は表面上はごく普通の様子であり続けた。
「すぐに準備をしなさい。いいですね」
「はい、わかりました」
召使はその言葉に頷く。そうしてすぐに部屋を後にするのだった。
夫人はまた部屋に一人になった。そこでキャンドルの光に照らされたまま一人呟くのであった。やはりその影は不気味に揺れていた。
「ダンカン王がここに来る。これはまさに予言通り」
彼女もまた魔女の予言を反芻した。しかしそれは夫のそれとは全く違っていた。凄みのある笑みがそれをはっきりと映し出していた。
「さあ目を覚ましなさい地獄の精霊達。いざ私を悪の道へ。そして」
さらに言う。
「私のその野望を闇で覆うのです。誰にもわからないように」
そうしてマクベスを出迎えに行く。二人は部屋に戻り話に入るのだった。
「手紙は読んだな」
「はい」
夫人は夫の言葉に応える。
「おめでとうございます、コーダーの領主様」
「そうだ。わしはまた新たな土地を得た」
「おめでとうございます。そして」
夫人はそこから夫に問うのだった。
「陛下が来られるのですね。今日ここに」
「うむ。おもてなしの用意はできているな」
「はい。それで」
また夫に問う。
「何時お発ちになられるのでしょうか」
「明日だ」
マクベスは王がこの城を発つ時間も妻に教えた。
「明日の朝。太陽が昇ると共に出られる」
「明日ではないですね」
だが夫人はここで夫に対してこう告げた。
「明日太陽が顔を出すことはありません」
思わせぶりにこう述べた。
「違いますか」
「まさかそなたは」
「手紙は読みました」
夫に対してまた告げる。
「それならば」
「わかった。しかしだ」
「全ては私の中に」
夫に顔を向けずに言う。独白に近かった。
「ここはお任せ下さい」
「・・・・・・・・・」
マクベスはその言葉に何も言えなかった。妻の凄みのある笑みを見てしまったからだ。だが彼は気付いていなかった。それは今の自分の顔でもあるということに。
その夜の宴は何事もなかった。無事に終わり夜となった。マクベスはその夜にまた夫人の部屋において彼女と話をするのであった。やはりキャンドルの朧な光が二人を照らし影達がユラユラと揺れ動いていた。悪霊の様に。
「陛下はお休みになられましたね」
「うむ」
マクベスは夫人の言葉に頷く。何故か夫人に背を向けて立っている。夫人も立ってその背中を見ながら話をしている。
「ゆっくりとな」
「ではこれを」
背中越しに自分を見ている夫に対して何かを出してきた。
「これをお使い下さい」
「短剣か」
「そうです。これで王位を」
凄惨な笑みだった。既に血に濡れた顔になっていた。目の光が赤く浮かび上がっている。その笑みでじっと夫を見据えていたのだ。
「しかしだ」
マクベスはそのぞっとする顔から目を離して言う。
「わしは。王位は」
「いえ」
夫人は夫の言葉を否定する。
「貴方はそれを望んでおられます。ですから」
「その短剣を使えというのだな」
「今更何を恐れているのです?」
怯える夫の目を見据えて言った。
「世界の半分が眠り後は異形の者達だけが起きているこの時に」
「ではわしはその異形の者なのか」
「それは私も同じこと」
夫に対して言う。
「同じなのですから。さあ」
「曲がった剣だな」
マクベスはまたその短剣を見た。
「禍々しいまでに」
「サラセンの剣です」
夫人は言う。
「邪悪なるサラセン人達が鍛え上げた」
イスラム教徒達のことである。キリスト教世界においてムスリム達は邪悪と見なされていたのである。彼等も彼等でキリスト教徒達をそう見ていたが。
「夜の闇にも隠れます」
「わし自身も隠してだな」
「はい。ですから早く」
受け取るように言う。
「行かれるのです」
「・・・・・・わかった」
遂に妻に向き直った。
「では行って来るぞ」
「どうぞ」
短剣を受け取った。そうして部屋を出ようとする。そこでまた言うのだった。
「わし等は同じなのだな」
「はい」
夫の言葉に頷く。その地の底から響き渡るような声に。
「そうです。共に王座へ」
「地獄の底にな」
マクベスは何故かこう言う。
「共に行こうぞ」
「足音を消されて」
夫人は部屋を出ようとする夫に対して告げた。
「そして王の座へ」
「王か」
「それは血塗られたものであるのですから」
その顔に凄みのある笑みが浮かんでいた。囁く声はさながら悪魔の如きであった。
「だからこそ」
「わかった。ではな」
そのままマクベスは消えた。夫人は相も変わらず凄みのある笑みを浮かべていた。キャンドルに影が映し出されている。その影が揺れる中で立ち続けていた。
暫くしてマクベスが帰って来た。その手にはあの短剣を握っている。だがそれは先程のものとは変わっていた。血塗られていたのである。
「やりましたのね」
「ああ」
マクベスは暗い顔で頷いた。その顔は蒼白となっていた。
「これで終わりなのか」
「いえ、終わりではありません」
「どういうことだ、それは」
「お考えになって下さい」
また夫に囁いた。その悪魔の声で。
「王を殺しただけでは駄目なのです」
「まだ。何かあるのか」
マクベスは暗い顔で夫人に問うた。最早その目は今までのマクベスの目ではなくなっていた。何処か虚ろでありそれでいて不気味な光を漂わせていた。
「梟の声が聞こえていますね」
「うむ」
確かに聞こえる。マクベスもそれは聞いている。
「まだ夜ということです。ですから」
「どうするのだ」
「その短剣を始末するのです」
「短剣をか。待て」
ここでマクベスの顔が何かに怯えたものになった。
「何か聞こえないか。言葉が」
「言葉ですか」
「そうだ。隣の部屋には誰かがいたな」
「王子二人が」
夫人は言う。ダンカン王の息子二人だ。マルコムとドルヌベインという名である。マルコムは金髪、ドヌルベインは赤髪でそれぞれ父と母の血を受け継いでいた。
「いますが」
「見てはいないか」
「夜ですよ」
夫人はそうマクベスに述べた。
「寝ている筈です」
「そうだな。では気にすることは。いや」
また聞いた。少なくとも彼はそう感じた。
「やはり聞こえる」
「では何と言っていますか、その声は」
「わしのことだ。わしのことを言っているのだ」
部屋の中を見回す。それと共にそこに何かを見て怯えていた。
「以後御前の枕は茨となったと。グラーミス、御前は永遠に眠りを殺した。コーダー、御前は夜ごと起きてはならないと。わしのことだ」
「それでしたら私にも聞こえますわ」
夫人は怯えるマクベスに対して邪悪な笑みを浮かべて言うのだった。まるで怯えきった夫をその笑みと声で悪の道に引き込むように。
「マクベス」
「わしか」
「御前は誇り高いが勇気がない」
「何っ」
「グラーミス」
夫と同じ言葉だった。
「御前は怯えている、なら止めてしまえ」
「もうやってしまった」
マクベスはそれに反論する。
「それでどうして」
「コーダー」
夫人は夫の言葉に構わず言葉を続けた。
「御前は虚栄心が強い。まるで餓鬼の様にと。こう聞こえますが」
「ではどうすればいいのだ、わしは」
「その短剣を収めるのです」
夫人はまた夫に囁いた。
「王の間の前に衛兵がいましたね」
「うむ」
既に酒に薬を入れたものを飲ませている。それで潰していた。だからこそ彼は王を殺すことができたのだ。これも夫人の知恵であった。
「彼等に罪を被せて」
「それでいいのか」
「そうです。貴方ができないのでしたら」
夫からその短剣を奪い取るようにして譲り受け部屋を出る。
「私が」
「短剣はなくなった」
マクベスは夫人が去ると己の手を見て呟いた。
「だが。わしの手は」
その手は汚れていた。血で。他ならぬ王の血である。
「この血は流れ落ちはしない。決してな」
「あなた」
そこに夫人が戻って来た。
「衛兵の一人に持たせました。これで終わりです」
右手を掲げて言う。その手は。
「その手は」
「これがどうかしたのですか?」
夫人はその手を見ても平然としていた。少なくともそう見えた。闇の火の中で。
「血で濡れただけではないですか」
「血だぞ」
マクベスは怯える声で妻に言った。
「罪の血で濡れているのだぞ。それでどうして」
「洗い流せばいいだけです」
やはりその態度も声も平然としていた。
「それだけではないですか」
「そうか」
「そうです」
落ち着いて述べるのだった。
「では今は何事もなかったように」
「休むか」
「ただあの衛兵達は」
ここで罪をなすりつけた衛兵達のことを言う。
「どうするのだ?」
「殺してしまいなさい」
目に赤い恐ろしい光を帯びての言葉であった。闇の中で禍々しく光っていた。凶星の輝きそのままの光をそこに見せて輝いていたのだ。
「証拠を消す為に」
「消すのか」
「そう、貴方の手で」
後ろから夫に囁く。その耳元で。
「宜しいですね」
「わかった」
虚ろな声でそれに頷いた。
「ではそのようにしよう」
「はい。それでは」
「休むか」
「次に休む時はここではありません」
夫人はまたしても夫に囁くのだった。囁き続ける。
「次に休むのは」
「何処だ?」
「玉座です」
それが夫人の答えであった。
「宜しいですね」
「わかった。では二人で玉座にだな」
「その通りです。では」
「うむ」
二人は灯りを消して部屋を後にした。窓にある月が赤く不気味な光を放っていた。その赤い月だけが二人のことを知っているのであった。
翌朝。早速異変が起こった。最初に言ったのはバンクォーであった。
「大変だぞ!」
「どうした!?」
青い服とマントの端整な男が出て来た。黒い髪を整え髭はない。スコットランドの一人マクダフである。
「そんなに動揺されて」
「どうしたもこうしたもあるか」
バンクォーはまだ落ち着きを取り戻さないままマクダフに述べた。
「大変なことになっているのだ」
「大変なこと!?」
「そうだ、陛下が」
彼は言う。
「恐ろしいことになっているのだ」
「まさかそれは」
「そのまさかだ」
彼はマクダフに告げた。
「とんでもないことになったぞ」
「殿下はどうされておられる。マルコム様とドヌルベイン様は」
「御呼びしよう」
「一体どうされました?」
そこにマクベスが夜着のまま来た。夫人も一緒である。
「そんなに慌てられて」
「おおマクベス殿、奥方も」
バンクォーは彼に顔を向けて言う。
「恐ろしいことだ、陛下が」
「陛下が!?」
「殺されたのだ、今は血に塗れて」
「下手人は!?」
「衛兵達がいた。彼等が血に濡れた手で短剣を持って」
「行こう」
マクベスはそれを聞いてすぐに動いた。そこにマルコムとドヌルベインも来た。どちらも若く美しい青年である。
「どうしたのだ?」
「この騒ぎは」
「おお両殿下」
マクダフが彼等に一礼して応える。
「実は大変なことが」
「大変なことだと?」
「何が起こったのだ」
「はい、実は父君が」
バンクォーが二人に述べた。
「今しがた」
「まさかそれは」
「聞くのが恐ろしいが」
「その通りです」
バンクォーは沈痛な顔で述べた。
「これ以上は申せません。どうかお許しを」
「いや、いい」
マルコムが応えた。苦い顔で。
「よくわかった」
「父上・・・・・・何という」
「衛兵が犯人のようですが」
「衛兵達がか」
「はい」
今度はマクダフが述べて答えた。
「左様です。今マクベス殿が」
「賊はこの手で成敗しました」
丁度そこにマクベスが戻って来た。その右手は左腰の柄に添えている。
「今しがた」
「何っ、もうか」
「左様」
そうバンクォーに答える。
「問い質しても何も言わずうろたえてばかりであった。おそらく気が触れていたのであろう」
「そうなのか」
「何はともあれ実際に手を下した者はいなくなった」
マクダフは考え込みながら述べた。
「しかし」
彼はどうにも不吉なものを感じていた。そのうえで王子達に対して言うのだった。
「宜しいですかな」
「うむ」
「どうした?」
「暫くスコットランドを離れておいて下さい」
こう進言した。
「この国をか」
「はい、マルコム様はイングランドへ」
マルコムにはそう進言する。
「ドヌルベイン様はアイルランドに。どうか御行き下さい」
「何かあるのだな」
「おそらくは」
剣呑な目で二人に告げた。
「ですから」
「わかった」
「それではな」
二人は頷く。その横ではマクベスが妻と共にいた。
「そうして次は」
「王子二人か」
そんな話をしていた。二人の影は黒い筈であったが何故か不気味な赤いものも混じっているように見えた。そのうえで消えようとしている夜の中で赤い月の光に照らし出されていたのであった。
マクベスは確か四大悲劇だったかな。
美姫 「曖昧ね〜」
仕方ないだろう。はっきりと覚えてないんだから。
マクベスという話自体も知らないし。
美姫 「それはこれから読めば分かるわよ」
だな。しかし、初っ端から王を殺して王位を奪うか。
美姫 「マクベスよりも夫人の方が乗り気だったわね」
ああ。けれど、ここからどうなっていくんだろう。
これだけでマクベスが王位につけるのかな。
美姫 「どうなるのかは次回ね」
次回も待ってます。