『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                        第九十九話  リムルル、狐を見るのこと

 儒者達はだ。司馬尉を前にしてだ。
 黒茶に月餅を飲み食いしながら。笑顔で談笑していた。
「いや、全くですな」
「その通りです」
 こうだ。何時の間にか司馬尉の言葉に完全に頷いていた。
 その彼等に対してだ。司馬尉はこんなことも話した。
「思えば論語において顔回は」
「残念ですね。彼の夭折は」
「僅か三十二歳でしたから」
「孔子の嘆きもわかります」
「あれは」
「その通りですね」
 知的な、学者の笑みを浮かべて言う司馬尉だった。
「人の運命はわかりませんが」
「しかし。教えを伝えるべき人物があの若さで死んでしまう」
「人はやはり長く生きなければならない」
「そう思います」
「孔子は七十まで生きました」
 かなりの長命と言えた。だから古稀なのだ。
 孔子はその古稀まで生きた。しかし顔回はというのだ。
「貧しい中で生き髪は白くなり」
「そして夭折した」
「そうなりましたね」
「思えばその夭折も」
 どうかというのだ。その夭折自体がだ。
「彼自身が招いたことでしょう」
「顔回自身がですか」
「彼自身が招いたことなのですか」
「その夭折は」
「貧しい中で碌に飲み食いせずに学問に身を削る」
 それが夭折の原因だというのだ。
「それならばです。夭折も当然です」
「そうですな。言われてみれば」
「身体を粗末にすれば早くして死ぬのも当然」
「その通りですね」
「ただ儒学を学ぶだけではいけないのです」
 もっともなことをだ。今の司馬尉は言っていた。
「己の身も大事にせねばいけません」
「養生もですね」
「それも忘れてはならない」
「学問を修めんとする者はですか」
「学問だけに限りません」
 その他のことにおいてもだというのだ。養生が必要なのは。
「何かを為そうとする者は必ずです」
「己の身を粗末にしてはならない」
「左様ですね」
「その通りです。そのうえで志を果たすべきなのです」
 それが己の考えだとだ。司馬尉は儒者達に話した。
 そしてそのうえでだ。こんなことも言うのだった。
「例えばこの茶も」
「茶もですか」
「これもまたなのですか」
「そうです。茶はただ飲むだけではありません」
 そこに何があるかというのだ。
「茶は身体にもいいのです」
「そうですね。これは薬でもあります」
「茶はです」
「良薬でもありますね」
「その茶を飲みです」
 そうしてだというのだ。
「今こうしてお話しようと思いまして」
「何と、そこまでお考えだったのですか」
「我等は難詰に来たというのに」
「それでもですか」
「ここまでの尽くしを用意して下さっていたのですか」
「そうだったのですね」
「心尽くしではないです」
 あえて謙遜して。芝居をして言う司馬尉だった。
「家の者が気を利かせてくれたのです」
「いえいえ、それを出されたのはです」
「他ならぬ司馬尉殿です」
「それではです」
「これは司馬尉殿のお心尽くしです」
 そう捉える彼等だった。そしてこれこそがだ。
 司馬尉の狙いだった。だが彼女は今はあえてそれを言わずにだ。
 儒者達に謙遜を見せてだった。その場にいるのだった。 
 儒者達は司馬尉の儒学への造詣の深さと心尽くしに感激しそのうえで彼女の屋敷を去った。それを見届けてからであった。
 見送った屋敷の門から屋敷の中に戻りだ。妹達の言葉を聞くのだった。
「御疲れ様です」
「何ということはありませんでしたね」
「軽いものでした」
 実際にそうだと答える司馬尉だった。
「所詮は二流の儒者達ばかりです」
「書のことを知るだけで、ですね」
「それ以上のことは知らない」
「だからですね」
「どうということはなかったわ」
 まさにそうだったというのだ。司馬尉にとってはだ。
「あの程度ではどうにもならないわ」
「そうですね。本当に」
「あの程度ではです」
「お姉様の相手にはなりません」
「烏合の衆です」
「私を口で破りたければ」
 どうかというのだ。そうしたいのなら。
「それこそ孔子本人を連れて来ることね」
「それでようやくお姉様の相手になる」
「そうですね。まさに」
 妹達も姉のその言葉を受けて笑う。
「そうでなければとても」
「お姉様の相手にはなりませんね」
「貴女達もあの程度の儒者達なら」
 彼女達もだ。どうかというのだ。
「楽にあしらえるのではなくて?」
「はい、儒学ばかりしか見ていないならば」
「どうということはありません」 
 実際にそうだと答える二人だった。
「この世にあるのは儒学だけではありませんから」
「あれは所詮表だけの学問です」
「裏のものではありません」
「ですから」
 彼女達も余裕の笑みで話していく。
「まあ。私達の相手になるのは」
「孟子か子路」
「その顔回か」
「それ位でなければ」
「顔回の段階で止まらないことね」
「はい、そうですね」
「ましてやです」
 ここでだ。三人の話が変わった。
「儒学なぞ。所詮はです」
「何の役にも立ちません」
 そうだというのだった。三人はここで儒学を否定したのだった。
「やはり。闇です」
「全てを支配するのは闇です」
「そう。儒教も道教も」
 道教も入れた。この国の土着宗教もだった。
「光ね」
「紛れもなくです」
「光そのものです」
「ならばです。儒教も道教もまた」
「我等にとっては敵です」
 そうしたものだとだ。彼女達は話すのだった。
「全ては破壊すべきもの」
「我等の国になれば」
「儒学者達は皆殺しよ」
 そうするとだ。司馬尉は平然として述べた。
「晋が築かれた時にね」
「では埋めますか」
「そうされますか」
 司馬師と司馬昭はここでこう提案した。
「始皇帝の様に」
「そうされますか」
「生き埋め。いいわね」
 そしてだ。司馬尉もだ。
 妹達のその提案にだ。乗ってこう言うのだった。
「彼等にはそれが」
「はい、自分達に穴を掘らせです」
「そこから埋めて」
「地の底でもがき苦しませたうえで死なせる」
「あれもいいものです」
「生き埋めは一見あっさりしているけれど」
 どうかというのだ。その殺し方は。
「死ぬまでに苦しみ抜く。いいものよ」
「そうです。ですから」
「彼等にはそうしましょう」
「始皇帝も面白いことをしたわ」
 司馬尉はこの皇帝をそうした意味で肯定的に話していた。
「あの建築もまたね」
「民を苦しませる為には」
「あれもまたですね」
「この世を苦しみで満たす方法」
 それについてもだ。司馬尉は楽しげに話すのだった。
「それは色々よ」
「そうですね。ああして働かせ税を搾り取るのもです」
「またいいやり方ですね」
「殺すのもいいですが」
「苦しませるのも」
 またいいというのだった。そうした話をしているとだ。
 そこにバイスとマチュアが来た。そしてだ。
 司馬尉達にそれぞれ拍手をしてだ。それからだった。
「いいことを言うわね」
「流石ね」
 こうだ。三人を褒めて話すのだった。
「ただ殺すだけではなく」
「殺し方も考えて」
「しかも苦しみまで与える」
「細かく考えているのね」
「当然ではないかしら」
 司馬尉は目元と口元を微かに緩ませて返した。
「そうしたことを考えるのもまた」
「ええ、そうよ」
「実にいいわ」
 そうだとだ。二人もよしというのだった。
「この世も人間達も下らないわ」
「世界にとって害にしかならないから」
「ならその害をね」
「どうして消していくか」 
 バイスもマチュアもだ。完全にオロチとして話をしていた。
「それをどうするかよ」
「問題はね」
「オロチの考えはいいわ」
 司馬尉はその一族の考えをよしとした。
「私達の考えと同じよ」
「そうね。私達にしてもね」
「司馬家の存在は有り難いわ」
 オロチにしてもだ。こう司馬尉達に話した。
「こちらの世界を中から知っている勢力があるとね」
「そして協力できるなら」
「それに越したことはないわ」
「本当にね」
 つまりだ。世界を内と外からだった。
 蝕みそして壊せる。だからいいというのだ。
「貴女達はそのまま楽しんで」
「そして蝕んでいって」
「私達は外から」
「この世界を侵していくから」
 これがオロチ達のやることだった。
「残念なことに先の戦では失敗したけれど」
「それでもね」
 それで諦めることはだ。絶対にないことだった。
「次は」
「あの山で」
「さて、どう仕掛けようかしら」
 司馬尉は含んだ笑みで言った。
「あの山に誰を行かせて消えてもらおうかしら」
「それもですね」
「楽しみですね」
 彼女の妹達も応えてだった。彼女達は闇の中で謀っていた。そしてそれはだ。闇から全てを覆おうとしていた。まさに闇であった。
 関羽はだ。張飛にだ。
 呆れた様な顔でだ。こう言うのだった。
「全く。御主は」
「どうしたのだ?」
「昼飯を食べてもうか」
 見れば張飛は歩きながら饅頭を食べている。二人は今洛陽の街を兵達を連れて見回っている。巡回もまた彼等の仕事なのだ。
 その中でだ。関羽は言うのだった。その手には彼女の得物がある。そしてそれは張飛も同じだ。
「食べるのか」
「お腹が空いたから仕方ないのだ」
「いや、それでもだ」
「それでもなのだ?」
「食べる量が多過ぎる」
 張飛のその大食への言葉に他ならない。
「全く。朝も昼も晩も」
「食べないと動けないのだ」
「いや、それでも御主は度が過ぎている」
 ずっと張飛と共にいるからこそだ。言うことだった。
「どれだけ食べれば気が済むのだ」
「いつも腹一杯なのだ」
「さもないと動けないというのだな」
「その通りなのだ」
「うん、そうよね」
 ここで許緒も言う。彼女と馬超も共にいるのだ。
「やっぱり食べないと駄目だよね」
「そうだよ。腹一杯食わないと動けないだろ」
 馬超も許緒のその言葉に頷く。
「愛紗だってそうじゃないのか?」
「それはその通りだが」
 食べることについてはだ。関羽も否定しなかった。
「それでも御主達はまた極端だ」
「皆が少食なのよ」
「だよな」
「ほら、ジェイフンさんなんか僕並に食べるじゃない」
「チャンもな」
 ここであちらの世界の人間の話も出た。
「ああしたので普通だと思うけれど」
「皆少食なんだよ」
「食べないと大きくなれないのだ」
 今度はこんなことを言う張飛だった。
「だから鈴々もたっぷりと食べるのだ」
「僕もだよ」
 許緒もそのことをにこりと笑って話す。
「大きくなる為にたっぷりと食べてるんだよ」
「大きくか」
「あたしだって昔は小さかったんだ」
 馬超は自分のことを例えに出した。
「それが食ってな。ここまで大きくなったんだよ」
「そういえば翠さんってね」
「そうなのだ」
 ここで自分達で話す許緒と張飛だった。
「背もあるし胸だってね」
「お尻の形もいいのだ」
「おい、尻もかよ」
「全体的にね。スタイル凄くいいよね」
「見たら余計に食べないといけないと思うのだ」
 これが二人の結論だった。
「そしてやがては愛紗さんみたいな」
「凄いおっぱいになるのだ」
「胸?これは」
 関羽はここで自分の胸を見た。見るだけで、だった。 
 身体が動きだ。それに合わせてだった。
 その胸も揺れる。しかも派手にだ。
 その胸を見てだ。張飛と許緒はさらに話した。
「やっぱりね。胸ってあれよね」
「そうなのだ。大きいと気付かないのだ」
 二人の目はじとっとしたものになり関羽のその胸を横目で見るようになっていた。
「自分では気付かないよね」
「大きいことの凄さがなのだ」
「翠さんや星さん位ならまだいいかなって思えるけれど」
「愛紗や桃香お姉ちゃん位になるとそれこそなのだ」
「そう思うとさ。黄忠さんとか厳顔さんって」
「黄蓋もなのだ。まさに持つ者なのだ」
 話は何時しかこうしたものになってきていた。
「僕なんか幾ら食べてもこんなのなのに」
「何を食べたらあそこまでなるのだ」
「何の話をしているのだ?」
 関羽は目をしばたかせてその二人に応えた。
「今は一体」
「別に」
「何もないのだ」
 その問いにはこう返す二人だった。
「まあとにかくよ」
「食べていて悪いことは何もないのだ」
「それはそうだがな」
 結局それで折れる関羽だった。そのうえで巡回を続ける。街は賑わいしかも平和だった。都も活気と治安を取り戻してきていた。
 一行はやがて大路に出た。そこから宮城にも迎える。都において最も大事な路である。そこにおいても巡回を行おうというのだ。
 その中でだった。馬超が前を見て言った。
「うっ、あの連中かよ」
「ああ、あの車は」
「司馬家のものなのだ」
 許緒も張飛も前から大路を進む馬車を見て言った。三人の顔は自然に顰められた。
 あちらの世界の言葉で西洋風に数等の馬に惹かれ洒落た箱型になっているその馬車こそ司馬家のものだ。その馬車を見てだった。
「京観なんて作る奴等だからな」
「幾ら何でもやり過ぎだよね」
「鈴々はあの連中は嫌いなのだ」
 やはりだ。あの山賊達のことから話す彼等だった。
「何か引き返したくなったけれどな」
「それでも。これが今の仕事だからね」
「仕方ないのだ」
 彼女達は嫌々ながら先に進むことにした。そこにだ。
 四人のところにだ。ふとリムルルが来たのだった。そのうえでだった。
「ああ、巡回してるんだ」
「うむ、そうだ」
 その通りだとだ。関羽は彼女に答えた。
「その通りだが」
「そう。だからここにいるのね」
「そうだが。しかし」
「しかしって?」
「あまりいい顔してないね」
 関羽達四人の顔を見ての言葉だった。
「やっぱりそれって」
「そうだ。あの馬車だ」
 関羽は一行から見て対抗線に来るその馬車を見てリムルルに話した。
「あの馬車こそは」
「あれね。司馬家のよね」
「そうだ。こう言うのは何だが」
 関羽は張飛達よりは感情を抑えていた。しかしそれでも言うのだった。
「司馬家の姉妹は私も」
「好きになれないのね」
「どうしてもだ」
 まさにそうだというのだ。
「個人的な感情だが」
「まあ私もだけれどね」
 リムルルはここで顔を曇らせた。
「何かいけ好かない感じよね」
「いけ好かないんじゃなくてな」
「嫌な感じがするよね」
「その通りなのだ」
 馬超に許緒、張飛がまた言う。
「どす黒いっていうか?そんなのだよな」
「そうそう。何処か不気味なのよ」
「一緒にいたくないのだ」
「どす黒い?」
 リムルルが反応を見せたのはそこだった。
「どす黒いっていうの?」
「ああ、そんな感じしないか?」
「リムルルはどうなの?そこは」
「そう感じるのだ?」
「そうね。ちょっと待ってね」
 リムルルはここで司馬家の馬車を見た。その馬車をだ。
 そしてだ。まずは関羽に確認を取った。
「あの馬車には三姉妹全員いるのかな」
「いや、それはない」
 関羽はそれは否定した。
「司馬家は権門だ。姉妹一人一人にだ」
「馬車があるのね」
「それが普通だ。そしてだ」
「そして?」
「あの護衛の兵の多さから見て」
 関羽が次に見たのはこのことだった。兵の数だ。
「司馬尉殿だな」
「そういえば周りの兵隊さんの数多いよね」
「それを見るとだ」
 司馬尉だというのだ。三姉妹の長女だ。
「やはりそうだと思う」
「司馬尉さん。その噂の」
「そうだ。その司馬尉殿だ」
「成程ね。あの馬車の中にいるのが」
「どうだよ。それで」
「どす黒いものを感じるのだ?リムルルも」
 馬超と張飛はこうリムルルに尋ねた。
「そこんところどうだ?」
「やっぱり感じるのだ?」
 リムルルのそのアイヌの巫女としての力を頭に入れての問いだった。
「オロチとかあの連中みたいなな」
「そんなのなのだ?」
「あれっ、違うよ」
 ここでだ。リムルルはこう言ったのだった。
「妖しい雰囲気は同じだけれど」
「しかし違うのか」
「うん、あれは」
「あれは?」
 関羽もだ。リムルルに問うた。半ば無意識のうちに。
「黒いものは感じないのか」
「見えるのは」
「何だ?」
「狐?」
 それだというのだ。
「何か狐が見えるけれど」
「狐って!?」
「それも只の狐じゃないみたい」
 こうだ。許緒にも話した。
「尻尾が違うわ」
「尻尾がなの」
「一、二、三で」
 リムルルはその馬車に見える狐の尻尾を指差しながら数えた。
「全部で九つあるわね」
「九か」
「うん、全部で九つよ」
 そうだとだ。今度は関羽に話すリムルルだった。
「九つあるわ」
「九尾の狐か」
 関羽はリムルルの話を聞いてすぐにそれを話に出した。
「それだな」
「確かあの狐って」
「妖怪だ」
 関羽はまさにそれだと話した。
「世を乱す妖怪だ」
「そういえば似てるな」
「そうよね」
 馬超と許緒もだ。その狐と聞いてだ。
 顔を顰めさせてだ。それで話すのだった。
「あの連中あの狐にな」
「同じ様な感じがするよね」
「どす黒いっていうより闇?」
 今度はこんなことも話すリムルルだった。
「闇でしかも」
「あの狐か」
「何なのかしら、これって」
「司馬尉殿が狐ということだろう」
 こう考える関羽だった。
「それでだ」
「それでなのかな」
「そうだ。しかし九尾の狐か」
 関羽はここで難しい顔になって言った。
「厄介だな」
「厄介なのね」
「さっき言ったが九尾の狐は国を乱す妖怪だ」
「妖怪の中でも特になのね」
「邪神と言ってもいい」
 そこまでだと話す関羽だった。
「そうか。司馬尉殿はそこまで危険なのか」
「ううん、妖しい存在なのは確かね」
「妖しいというものではないな」
 関羽はそこまでだと話した。
「やはり。放ってはおけぬか」
「しかもな」
「また来たよ」
 馬超と許緒はまた顔を顰めさせることになった。見ればだ。
 同じ馬車がもう二つ来た。それは。
「妹のだよな」
「そうだね。丁度二つだし」
 そのだ。司馬師と司馬昭のものだというのだ。
「あの二人も一緒に来るなんてな」
「三姉妹揃い踏みだね」
「じゃあ今度はあれか?」
「尻尾が七本とか五本になるの?」
「あれっ、違うみたい」 
 リムルルは二人の馬車も見た。そして言うことは。
「琵琶に。何あれ」
「何を見たのだ?」
「ううんとね、頭が九つある鳥だけれど」
 それを見たというのだ。
「少なくとも狐じゃないわね」
「琵琶に。またおかしな鳥だな」
 関羽もその話には首を捻った。
「何だそれが」
「私に聞かれても」
 知らないとだ。リムルルは困った顔で答える。
「けれどあれもやっぱり」
「妖怪だろうな」
 関羽にもそれはわかった。
「しかしあの姉妹は妖怪ではない」
「うん、そういうのじゃないのははっきりわかるわ」
 リムルルはそれも見て話した。
「人間は人間よ」
「そうだな。それはな」
「妖怪ってね。本当に独特の気配があるから」
 そしてだ。リムルルが話す存在は。
「人間なのは確かよ」
「人間でなのか」
「狐を背負っているのだ?」
「しかも九尾の狐なんてよ」
「とんでもないの背負ってることになるけれど」
 関羽達にしてもリムルルの今の言葉はわかりかねていた。
 それでだ。さらにだった。
 関羽はだ。首を捻って述べた。
「よくわからないが」
「それでもなのだ?」
「うむ。少なくとも司馬家の姉妹はよからぬ者達だな」
 それはわかったというのだ。
「それは間違いないな」
「うん、取り憑かれてる感じでもないし」 
 リムルルは再び指摘して話す。
「何か心がね」
「心が!?」
「司馬尉達のなのだ!?」
「そう。あの司馬尉さん達の心が」
 どうかとだ。関羽と張飛に応えて話す。
「狐とか琵琶とか鳥になってる感じ」
「じゃああれか?」
「心が化け物だってこと?」
 馬超と許緒はリムルルの話からこう考えた。
「さらにわからない話になってきたな」
「そうよね」
「私にしてもね」
 そのだ。見たリムルルにしてもだった。
「こんなおかしなことはじめてだから」
「一度朱里達に話した方がいいのではないか?」
 関羽が選んだのはこの選択だった。
「あの者達なら何かわかるかも知れない」
「そうね。あの娘達ならね」
 リムルルもだ。関羽のその言葉に頷いた。
 そのうえでだ。巡回の後でだ。
 実際に孔明達に話した。しかしそれでもだった。
 孔明も鳳統も徐庶もだった。リムルルの話を聞いてだ。場所は劉備の摂政府の一室だ。そこで卓に座り茶を飲みながら話すのだった。
 それぞれきょとんとなってだ。こう言うだけだった。
「ええと、狐なのはわかったけれど」
「心が狐というのは」
「御免なさい、わからないわ」
 三人共だ。こう答えたのだった。
「そんなことって。はじめて聞いたし」
「人が姿を変えているのはあるけれど」
「人間なのに心が狐や琵琶というのは」 
 それはだ。本当に全くなのだった。
「人間なのは事実よ」
「ええ、それはわかったわ」
 孔明はリムルルの言葉に頷く。
 そのうえで茶を一口飲み。また話した。
「けれど。心は」
「生物学的には人間ね」
 キングがふらりと来て話した。
「そうなのね」
「ええ、それは本当にね」
 リムルルはそのキングにも話した。
「人間なんだけれど」
「よく人面獣心っていうけれど」
 キングがここで言うことはこのことだった。
「それになるかしら」
「獣、そういえば」
「そうなりますね」
「リムルルちゃんのお話を聞くと」
 軍師三人もキングの話で気付いたのだった。
 そうしてだ。三人で話すのだった。
「じゃあ。司馬尉さんの心は妖怪のもの?」
「そうなる?」
「そんなことがあるなんていうのもはじめてだけれど」
 少なくともこれまで、気付いている限りでは完全な人間だけを相手にしている彼女達ではわからないことだった。どうしてもだ。
「妖怪なら」
「妖怪の心だけれど」
「そんな。人間がなんて」
「少なくとも怪しいのはわかるけれど」
「それでもね」
「何が何なのか」
 わからないと話していくのだった。天下随一の軍師達にもわからないことだった。
 そしてだ。このことは。
 曹操や袁紹、孫策の軍師達も別の世界から来た者達もだ。全くだった。
 わからなかった。本当に誰一人としてだ。 
 誰からも明確な返答を得られずだ。リムルルは。
 狐、あの狐とは別の普通の狐に抓まれた顔でだ。こう姉のナコルルに話した。
 今も茶を飲んでいる。そうしながらの話だった。
「邪神とかそういうのは相手をしてきたのに」
「それとはまた違う感じなのね」
「うん。とにかくわからないわ」
 リムルルは今もこう言ってぼやくばかりだった。
「普通。そんな妖怪とかって」
「そんな簡単なのじゃなくて」
「もっと別の」
「何ていうのかしら」
 ナコルルにさらに話していく。
「心が決定的に違っていたのよ」
「アンブロジアや壊帝とも全く違っていて」
「そう、全然異質よ」
「みたいね。ただね」
「ただ?」
「司馬尉さんも間違いなく」
 どうかというのだ。その司馬尉は。
「この世界によからぬことをしようとしているわね」
「それは確実なのね」
「ええ。あの狐は私も聞いたことがあるし」
「誰から聞いたの?」
「十兵衛さんからよ」
 聞いてのはだ。彼からだった。
「あの人が教えてくれたの」
「ああ、あの人が」
「あと狂死郎さんからも」
 彼からも教えてもらったというのだ。
「歌舞伎の題目にもあるんだって」
「ふうん、そうなの」
「その舞台は観たことがないけれど」
 それでも知っているというのだ。
「世を乱す存在だから」
「かなり悪質な妖怪というか邪神よね」
「そうした意味ではアンブロジアと同じね」
 邪神という意味においてはだった。
「そうなるわね」
「ううん、厄介なのがまた出て来たわね」
「そうね。本当にこの世界は」
 どうかというのだ。この世界は。
「よからぬ存在が集ってるわね」
「そうね。それは確かね」
 こうした話を姉妹でもするのだった。謎はさらに深まっていたのだった。
 そしてその謎はだ。彼等の知らないところで一つになっていた。そのうえで全てを覆い尽くそうとしていた。


第九十九話   完


                        2011・7・22







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