『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』
第八十四話 周泰、董卓を救うのこと
ギースがだ。道中においてだ。
クラウザーに対してだ。こんなことを話していた。
「貴様と共にいるのもな」
「腐れ縁だというのか」
「そうだ。それだ」
まさにだ。それだというのだ。
「しかしだ」
「しかし。何だというのだ」
「私はわかってきた」
そうだというのである。
「貴様という人間がな」
「このウォルフガング=クラウザーがか」
「貴様に好意を抱くことはない」
それは絶対にないというのだ。
「貴様とは因縁があまりにも強く深い」
「そうだな。血の因縁だな」
「それが為にそれはない」
決してだというのである。それはだ。
「しかしそれでもだ」
「私がわかってきたのか」
「貴様は悪ではない」
クラウザーはだ。そうだというのだ。
「裏の世界にいてもだ。悪ではないな」
「我がシュトロハイム家のことは知っている筈だ」
そのだ。クラウザーの家のことをだというのだ。
「我が家は欧州の裏の世界の武を司ってきた」
「要人警護等だな」
「裏の世界において和を保ってきたのだ」
そのだ。彼等の力で、である。クラウザーはギースにこのことを話す。
「その私が悪と言うのならだ」
「裏自体が悪だな」
「そうなる。私は騎士なのだ」
彼の尊ぶもの、それは騎士道精神だ。だからこその言葉だった。
「欧州においても廃れてしまっている考えだがな」
「それがわかった」
「私が騎士だということもだな」
「そういうことだ。私はこれまで貴様には憎しみしか感じていなかった」
「それが今はか」
「違う」
まさにだ。そうだというのだ。
「貴様という人間がわかってきたのだ」
「そういうことだな」
「その通りだ。そしてだ」
「貴様の命は狙いはしない」
これがギースの結論だった。
「決してだ。そしてだ」
「そしてか」
「貴様は貴様の道を歩め」
クラウザーへの言葉だった。
「我等の父のことは考えずにだ」
「我が父上か」
「父はああなる運命だった」
クラウザーの方は見ない。正面を見据えている。
そのうえでだ。右隣にいる彼に話すのだ。
「貴様が殺したのではない」
「そう言うのか」
「そうだ。父もそれを受け入れている」
断言だった。ギースはあえてそれをしたのだ。
「だからだ。貴様もだ」
「気にすることはないというのか」
「そのまま己の道を歩め」
また話すギースだった。
「私もまたそうする」
「ではあの兄弟とはどうする」
「ボガード兄弟か」
「まだ戦うのは」
「戦いはする」
それは、だというのだ。
「しかしだ。命を取ることはしない」
「それはしないのか」
「私もまた私の道を歩む」
そうするというのだ。ギースもまた、だ。
「あの兄弟が私に向かって来るのなら迎え撃つ」
「しかし殺しはしないか」
「何度でも戦おう」
「それが貴様の歩む道か」
「ロックが来てもだ」
今度は我が子の名前を出した。
「同じだ」
「やはり闘うのか」
「そうするだけだ。無論貴様ともだ」
「闘うか」
「それだけだ。貴様も私と拳を交えたいか」
「私は騎士だ」
またこう言うクラウザーだった。
「騎士は戦うことがその務めだ」
「だからこそだな」
「貴様と闘うこともそのうちの一つならばだ」
「そうするか」
「そうさせてもらう。それではだ」
「うむ、この世界から戻ればだ」
そのことはだ。ギースの中では既に決まっていることだった。彼は今いる世界から彼の本来の世界に帰ることをだ。規定だと見ているのだ。
そのうえでだ。彼は話すのだった。
「その時はだ」
「戦いの中に生きるか」
「私の戦いの中にな」
「変わったのだな」
ギースの話をここまで聞いてだ。クラウザーはあらためて言った。
「貴様もまたな」
「変わったか。私は」
「暗いものが消えた」
そうだというのだ。
「貴様を覆っていたドス黒いものがな」
「それが消えたか」
「そうだ、消えた」
またギースに話すクラウザーだった。
「そして貴様本来のものが出て来たか」
「世辞か。私には世辞は効かんぞ」
ギースは己の口の端を歪ませて応えた。
「生憎だがな」
「安心しろ。それではない」
「世辞ではないか」
「私も世辞は言わない」
この辺りだ。クラウザーのその騎士としての考えが出ていた。
「事実しか言わない」
「では、か」
「貴様もまた貴様の道を歩むのだな」
「それは今言った通りだ」
「ならそうするといい。我々の道が交わることはないだろう」
「私は私、貴様は貴様だからな」
だからだというのだ。彼等もだ。
「それは決してだな」
「そういうことだ。それでだ」
「それでか」
「我々はそれぞれ生きていく」
そうだとも話していくのだった。そしてだ。
その二人を見てだ。また話す怪物達だった。
「いい感じになttるわね」
「そうね」
こう話すのである。
「あの二人もそれぞれの道に辿り着いたわね」
「本来のね」
「あの世界の住人達の中で今あたし達と一緒にいる子達はね」
「本来の道を忘れている娘が多いから」
そうだというのだ。
「だからあたし達と一緒になって」
「それで本来の道に辿り着いているのだから」
「これも全て運命ね」
「全くね」
こんな話をするのだった。そしてだ。
華陀もだ。こう話すのだった。
「確かにこの国を蝕む病は深刻だが」
「それでもよね」
「少しずつだけれどね」
「元の道を見つけてきているんだな」
そのギース達を見ての言葉だ。
「いいことだな」
「そうね、本当にね」
「迷いや惑いが消えていっているわ」
「人間は迷い惑うものだからな」
こうも言う華陀だった。
「それから解き放たれていくのはいいことだ」
「この世界も惑わされようとしているけれど」
「きっとよくなるわ」
「この世界にいる娘達はどれもいい娘達だ」
華陀は言った。
「あの娘達ならな」
「きっとね」
「上手にいくわ」
「それを手助けするのが俺達だな」
華陀は言った。そのうえでだ。
「では次は赤壁だな」
「そう、あそこよ」
「あそこを見に行きましょう」
「長江だな」
華陀は赤壁のあるその場所について話した。
「あそこだな」
「ダーリンは長江のことも詳しいわよね」
「何度も行ってるから」
「ああ、季節によって逆流したりな」
華陀はまずそのことを話した。
「それに風が急に変わる」
「そう、風よ」
「それが問題なのよ」
「風が変わればそれで策も変わる」
華陀の目が鋭いものになる。
「それ次第だな」
「オロチも常世の者もアンブロジアもね」
「陰から動くからね」
それがだ。厄介だというのだ。
「そこの注意してね」
「やっていかないと駄目よ」
「そういうことだな。それを考えるとな」
「事前に場所を見ていくことはいいことよ」
「絶対にね」
怪物達も今は乙女な調子ではない。戦うおなごであった。
そのおなごとしてだ。彼等は今話すのだった。
「ダーリンはこの世界を救う大きな力だから」
「頑張ってね」
「俺は俺の果たすべきことをする」
華陀もだ。その目を強くさせて述べる。
「それだけだがな」
「その意気がいいのよ」
「だからこそなのよ」
それでこそだとだ。怪物達も話すのだった。
そしてそのうえでだった。彼等は言う。
「その赤壁もじっくり見ましょう」
「それで頭の中に叩き込むのよ」
こうした話をしながらだった。彼等も彼等の道を進むのだった。
そしてだ。連合軍においてもだった。
孫権がだ。天幕で酒を飲んでいる姉に対して話していた。
「都のことですが」
「ええ、何かわかったのかしら」
「どうやらかなり怪しい様です」
「そう。やっぱりね」
話を聞いてだ。孫策はそれを当然といった顔で受けた。
「どうせ張譲の手の者達があれこれと蠢いているのね」
「それで表から入り込むのはです」
「難しいのね」
「送り込んだ者達は表から入ることを諦めました」
話が本題に入った。
「大将軍の仰ったその道を通ることになりました」
「秘密の地下道ね。ただね」
「はい、隠された道ですから」
「危ないでしょうね」
孫策は懸念する目をだ。の見ながら孫権に見せた。
「あの娘達でもね」
「それが問題ですが」
諸葛勤がここで二人に話した。
「ですがここはです」
「はい、あの者達を信じましょう」
太史慈も話す。
「明命達を」
「あの娘なら大丈夫だけれどね」
孫策も周泰には絶対の信頼を見せた。
「それにあちらの世界の忍の面々もいるし」
「あの者達ですが」
孫権もだ。彼等について話す。
「明命に劣らない者達ですので」
「安心していいわね」
「私もそう思います」
「私もです」
諸葛勤と太史慈もここで言った。
「明命達なら必ずです」
「果たしてくれます」
「その通りね。では果報をね」
どうするのか。孫策は話した。
「飲みながら待ちましょう」
「姉上、ですが」
孫権は姉をだ。心配する顔で見てこう言った。
「飲み過ぎでは?」
「そうかしら。今飲みはじめたばかりだけれど」
「最近お酒の量が過ぎます」
「気分がよくて飲んでるだけよ」
「それでもです。御気をつけ下さい」
姉をだ。真剣に気遣っての言葉だ。
「酒は薬にもなりますが毒にもなりますから」
「やれやれ。蓮華は相変わらずね」
孫策は苦笑いで応えた。
「心配性なんだから」
「姉上は飲み過ぎなのです」
「何なら蓮華もどうかしら」
そのだ。妹に逆に声をかけるのだった。
「飲むかしら」
「私一人では」
「あら、嫌なの?」
「藍里と飛翔もいますので」
彼女達もだというのだ。
「共に飲むのなら」
「そうね。じゃあ四人でね」
「一人で飲むとどうしても飲み過ぎ御身体によくありません」
ここでも姉を気遣って話すのだった。
「ですから」
「わかったわ。じゃあ貴女達もね」
こうしてだった。孫策は諸葛勤達も誘ってだ。四人で飲みはじめた。
そうしてそのうえでだ。吉報を待つのだった。
周泰達はだ。ある陵墓の前にいた。そこは土が盛り上がり下へと続く道が見られた。
その陵墓を見てだ。半蔵が言った。
「ここだな」
「そうですね。ここですね」
周泰も半蔵のその言葉に応える。一同の目は道の入り口に集中している。
「ここから秘密の抜け道を通って」
「そのうえで向かうとしよう」
「既にです」
蒼月がここでこう話す。
「関のことは都にまで伝わっているでしょう」
「董卓さんのことですね」
「はい、その張譲という者の耳にもです」
伝わっているというのだ。
「そしてそのうえで果たして真実かどうか確めるでしょう」
「あの孔明って娘の言う様にだよな」
火月が言う。
「董卓ちゃんが本当に助け出されたかどうか確めるんだな」
「人間の心理としてです」
どうなのか。蒼月は弟に話す。
「人は真実がどうなのか確めずにはいられません」
「俺達はその張譲の動きを見ていればいいんだな」
「その通りです」
蒼月もその通りだとだ。ガルフォードに話す。
「噂も流していますし」
「あの噂ね」
舞も話す。
「董卓ちゃんが妖術で豚に変えられて都に幽閉されていて」
「その術が解かれて私達に助けだされた」
周泰も話す。実はそうした風なだ。噂も流しているのだ。
「張譲は間違いなくそれに乗るでしょう」
「張譲が何処にいるのかも確めてよね」
「それはもうわかっています」
蒼月は舞にも話した。
「彼は後宮にいます」
「そこになのね」
「宦官は後宮にいるものです」
だからこそ問題なのだ。そこに入られる者は皇帝と女官の他はその宦官達しかいない。そこを隠れ場所としているからこそだ。宦官は厄介なのだ。
「そこに入ればすぐに見つかるでしょう」
「じゃあとりあえずはこの地下道を潜り抜けてだな」
ガルフォードはパピーとその子供達をあやしながら述べた。
「その宦官を見つけて後をつけて」
「そうしてです」
さらに話す蒼月だった。
「今都にいる董卓さんの配下の方々にもお話をしてです」
「今都に残っている董卓さんの配下は」
周泰が話す。そうしたところまでだ。彼女は把握しているのだ。
「軍師の賈駆さんと妹さんの董白さんですね」
「その二人にも話すのだな」
半蔵がここで言う。
「そうしてだな」
「じゃあ二手に別れましょう」
舞がこう提案した。
「後宮に忍び込んで董卓さんを救い出す面々とその賈駆さん達に事情を話す面々とね」
「そうですね。まず宮廷に入るのは」
舞の話を受けてだ。周泰は話した。
「私と舞さんと影二さんで」
「拙者もか」
「はい、御願いします」
周泰はこう影二に話すのだった。
「この三人で行きましょう」
「では残る我々がだな」
半蔵が言った。
「その董卓殿の配下に事情を話すか」
「御願いします」
「けれどあれだな。正面から都に入ることは無理だな」
ガルフォードが話した。
「何か怪しい奴等がうろうろしてるな」
「あの白装束の連中をぶっ飛ばしてもいいんだけれどな」
実に火月らしい言葉ではある。
「けれどそれやったら俺達は来たってばれるからな」
「そうなったら話は終わりだからな」
「そうです。そうなってはどうしようもありません」
実際にそうだと話す蒼月だった。
「ですから表から入ることはです」
「止めるべきだよな」
「火月、特に貴方はです」
蒼月は弟を咎めにかかってきた。
「軽挙妄動は慎むことです」
「おい、俺かよ」
「そうです。くれぐれも慎重に」
また言う蒼月だった。
「だからこそここは宮廷から入り董卓殿の配下の方々に御会いしましょう」
「そうするのが一番ですね」
蒼月の言葉にだ。周泰も頷いた。
そうした話をしてだ。そのうえであった。
一行は陵墓の中に入った。そこは中々広かった。
左右の部屋は玄室の様になっており通路が続いている。そこには柱もある。
その中を通りながらだ。ガルフォードが言うのだった。
「チャイナの墓ってでかいんだな」
「そうよ。始皇帝のお墓あるじゃない」
「ああ、あれな」
ガルフォードは舞に話に応える。
「あれと一緒か」
「流石にこのお墓はあれよりもずっと小さいけれどね」
「少なくともここは陵墓ではないな」
半蔵は周囲を見回しながら述べた。
「やはり隠し通路だ」
「それを覆い隠しているのか」
影二も話す。
「陵墓ではないのか」
「そういうことか。ここは墓ではないんだな」
火月もそのことを実感した。
「それで隠し通路からだよな。宮廷に入ってくんだな」
「その通路も問題ですね」
蒼月はその通路のことも話した。
「何しろ宮廷の隠し通路です。普通に通れるものではありません」
「そうですね。様々な罠がありますね」
その通りだとだ。周泰も話す。
「例えば吊り天井とか」
「っていうとこれか?」
ここで火月が上を指差した。見ればだ。
上から天井が降りてきていた。しかもその天井には大きな針が無数にある。
それを見上げてだ。舞は言った。
「早速ね」
「言ったすぐ傍からだな」
ガルフォードも言う。皆冷静である。
その冷静さで以てだ。彼等はだ。
すぐに前に走った。やはり忍の者であるだけに速い。
その速さで前に出てだ。吊り天井は避けた。
しかし今度はだ。その足元がだった。
崩れてだ。落とし穴が牙を剥いてきたのだ。
「今度はこれか」
「さて、それではです」
半蔵も蒼月も冷静だ。それで、であった。
一行は天井に跳び落とし穴を避ける。そして空中で身体を丸めて回転しつつ反転してだ。それぞれの足で天井を蹴ってだ。
その反動で着地する。膝を屈めて衝撃を殺してだ。着地したのだ。
そうして二つの危機を逃れた一行の前にあったものは。
「ここですね」
「そうだな。ここだな」
ガルフォードが周泰に応える。そこにはだった。
壁がある。しかしその壁はだ。
何かが違っていた。そこだけ妙に白いのだ。その白い壁を見てだ。
舞がだ。その白い壁を押した。するとだった。
壁が落ちてだ。そこからだった。地下に続く道が出たのだった。
「ここを通ってなのね」
「そうですね」
今度は舞の言葉に応える周泰だった。
「ここに入ってそうして」
「宮廷に行くのね」
「ただ、ですね」
ここでもだった。問題はあるのだった。
「道もやっぱり」
「罠だらけでしょうね」
蒼月が落ち着いて言う。
「覚悟していることですね」
「水だな」
火月が嫌そうな顔になっていた。
「その音が聞こえてくるぜ」
「泳ぎますか」
こう言うのだった。周泰は冷静にだ。
「ではここは」
「俺な。泳ぐの嫌いなんだよ」
火月は今度はうんざりとした顔で話す。
「冷たいのは苦手なんだよ」
「贅沢は言っていられませんよ」
蒼月はその弟に釘を刺す。
「私達がここで行かなければ」
「そうだよな。何にもならないからな」
「ではいいですね」
蒼月はまた弟に話した。
「行きますよ」
「仕方ねえか。それじゃあな」
火月も渋々ながら納得した。そうしてだった。
そのうえでだ。彼等はだ。
地下のその道へと入った。するとそこは。
やはり水路だった。水面が広がっている。そこにだった。
一行は入ってだ。そうして泳いでいく。だが暫く泳いでいるとだ。
下からだ。何かが来た。それは。
「おい、あれってよ」
「鰐ね」
舞がガルフォードに答える。
「これが罠だったのね」
「ったくよ、手が込んでるな」
「だから隠し通路なのよ」
「っていうかあんなのいたら誰も通れねえだと」
火月は下から来るその鰐を見て話す。
「あの猫耳将軍よく通れたな」
「実は悪運と頑丈さはかなりの人でして」
周泰が何進のことを説明する。
「宦官達の陰謀もことごとく」
「強い人なのですね」
「そうした意味では強い人です」
その通りだとだ。周泰は蒼月にも説明した。
「ですから鰐でも」
「そういうことですね」
「けれど。この鰐達は」
「ええ、速く泳いでさけましょう」
舞はそうすると話した。
「あまり大きい鰐達じゃないし」
「はい、そうですね」
周泰は舞の言葉にも応えた。
「それじゃあここは」
「急いでね」
こうしてだった。一行は忍びのその泳ぎの速さでだ。鰐達を振り切った。そうしてそのうえでだ。鰐という危険な罠も避けたのだった。
それを振り切るとだ。目の前にだ。
上にあがる階段があった。そこに足を踏み入れてであった。
先に進んでいく。それで難を避けたのだった。
その頃だ。張譲はだ。呂布と陳宮が関を開けて尚且つ連合軍に投降したうえで加わったと聞いてだ。後宮の奥深くで怒りを露わにしていた。
「何っ、豚だと!?」
「は、はい」
「董卓を豚に変えてです」
「そうして宮廷に閉じ込めていてです」
「その董卓を助け出したと」
「そう言っています」
「馬鹿な、そんな筈がない」
張譲はこう言ってそのことを否定する。
「董卓には妖術なそ仕掛けてはいない」
「しかしです。まさかということもあります」
「ですからここは」
「どうされますか」
「止むを得ない」
ここで言った張譲だった。
「ここはだ」
「ここは?」
「ここはといいますと」
「鏡はあるな」
こうだ。側近達に話すのだった。
「何処にある」
「は、はい。ここにです」
「ここにあります」
側近達はすぐにだ。手鏡を差し出した。張譲はその手鏡をひったくるようにして取ってだ。そうしてであった。
すぐに宮廷の奥深くに向かう。そのうえで牢獄にいる董卓を見る。牢獄にいる彼女はだ。項垂れた顔でその場にうずくまっている。
彼女はその張譲に気付いて顔を向ける。
張譲はその彼女を見てまずはそこにいることを確めた。
「いるではないか」
「あの?」
「一体何故あの様な噂が出た」
そのことをだ。まずはいぶかしむ張譲だった。それからだった。
張譲はその彼女に鏡をやる。するとだ。
何も起こらない。それを見てだ。
「おのれ、何にもならないではないか!」
「?」
「呂布、騙されたか!」
鏡を地面に投げ付けてだ。踏みつけながら話した。
「いや、わかっていてか。あの女!」
「恋ちゃんが?」
「何でもない!」
忌々しげに董卓に言い返す。
「くそっ、まだ虎牢関がある。洛陽は守れる!」
こう言ってだ。張譲は怒りを見せたまま牢獄の前から消えた。そしてそれをだ。
陰から見てだ。周泰が舞と影二に話した。
「上手くいきましたね」
「そうね。ここまではね」
「上々だ」
舞と影二も周泰に話す。
「とりあえずあの娘を助け出しましょう」
「あの娘が董卓か」
二人はその牢獄の中にいる董卓を見て話す。
「そう、あの娘よ」
「話には聞いていたが随分と小さいな」
影二はその彼女を見てこう言った。
「しかも弱々しい感じだな」
「少なくとも暴政を敷く感じではないですね」
周泰もその董卓を見て話す。
「悪い人ではないです」
「やっぱり宦官っていうか張譲が隠れ蓑にして利用していたみたいね」
「そうだな。そして先程のあの者がか」
「そうね。張譲るね」
「そういうことだな」
そのことがわかってだ。二人はまた言う。
「今ここでやっつけたいけれど」
「それは駄目か」
「はい、あの者を討つのは何時でもできます」
周泰もそれはしないというのだった。
「今はそれよりもですね」
「董卓ちゃんをね」
「助ける方が先だな」
「はい、とりあえずはですね」
こう二人に話してだ。そのうえでだった。
醜態は着物の懐からあるものを出して来た。それは。
黄色い四角いものだった。それを二人にも差し出して言うのである。
「食べましょう」
「乾パンね」
「それか」
「これって凄い食べ物ですよね」
周泰が二人にその乾パンを差し出しながら話す。
「美味しいですし保存もききますし」
「そうでしょ。私達の世界じゃこうした時にはね」
「よく食べる」
「それとこれもですね」
今度はだ。燻製も出した。肉の燻製である。ビーフジャーキーだ。
「燻製はこちらの世界にも元々ありましたけれど」
「そのビーフジャーキーはまた違うでしょ」
「美味いな」
「はい、とても」
食べながらだ。にこにこと笑って話す周泰だった。
「実はこちらの世界でこうした時に食べるものって美味しくないんですよ」
「ああ、あの丸薬みたいなのね」
「忍のあの丸薬だな」
「はい、あれよりもずっと」
いいというのである。
「それを食べてですね」
「いい感じですね」
こう話してだった。三人はまずは軽く腹ごしらえをした。それからだった。
そっとだ。牢獄に近寄る。今は番兵はいない。
「張譲を送っているんですね」
「そうだな」
舞と影二がその二人を見ながら話す。
「じゃあ今この時に」
「あの娘を救い出すか」
「そうするとしよう」
こう話してだった。そしてだった。
三人はだ牢獄にそっと近寄りだ。その中にいる董卓に声をかけた。
「あの」
「はい?」
「董卓さんですね」
周泰が彼女に尋ねる。
「御助けに参りました」
「貴方達は」
「はい、孫策様の配下周泰です」
右手を平にして左手を拳にして合わせて応える。
「お見知りおきを」
「不知火舞よ。劉備さんの配下のね」
「如月影二。曹操殿の配下だ」
舞と影二も話した。
「私達も貴女を助けに来たのよ」
「その為にここに来たのだ」
「あの、私をとは」
「詳しい話は後で」
周泰は今はそれよりもだというのだった。
「では今は」
「有り難うございます。それでは」
「ここを出ましょう」
「宮廷でも蒼月達が上手くやっているわね」
「合流するとしよう」
こうしてだった。董卓はだ。
宮廷から助け出されたのだった。まずはそれは上手くいった。
それと共にだ。宮廷からだ。
蒼月達が密かに出てだ。そこからだった。
宰相の屋敷に入る。だが、だった。
そこには董卓はいない。しかしそれでもだった。
董白がいた。彼女は一人廊下を進んでいた。その彼女にだ。
半蔵がだ。そっと囁いた。
「董白殿か」
「誰!?」
「連合軍の者でござる」
「連合軍!?刺客!?」
「刺客は自分から言うことはありません」
今度は蒼月が話す。
「そうではありません」
「では何だというの?」
「あえて言うのなら貴女の味方です」
「味方ということは」
「はい、貴女の姉君のことですが」
「今俺達の仲間が助け出しているところさ」
蒼月に続いて火月も話す。その話をしてだ。
彼等は董白の前に出た。そのうえでそれぞれ名乗った。
「服部半蔵」
「蒼月です」
「火月だ」
「ガルフォード。宜しくな」
四人はこう名乗った。その名前を聞いてだ。
董白もだ。こう言うのであった。
「連合軍の。あちらの世界から来ている連中ね」
「知ってるんだな」
「名前は聞いているわ」
董白は四人に話した。
「その貴女達が姉様を助けてくれるの」
「そちらの事情はあの陳宮って娘から聞いたさ」
ガルフォードが話す。
「宦官の奴等に操られてるんだな」
「張譲ね。察してはいたけれどいるって確かだとわかったことはなかったわ」
そうだったというのだ。
「私達も後宮には入られないからね」
「それで確めようもなかったのだな」
「そうなのよ。それを知っているのは詠だけよ」
董白は彼女の名前を出した。
「あの娘だけなのよ」
「賈駆殿だな」
半蔵がまた言った。
「董卓殿の参謀の」
「あの娘は知ってるけれど」
それでもだというのだ。彼女はだ。
「あの娘にも会うの?」
「そうしたいんだけれどな」
火月がそれはだというのだ。
「出来ればな」
「ええ、わかったわ」
納得した顔でだ。頷く董白だった。
そしてそのうえでだ。周囲に話した。
「じゃあ今から詠のところに案内するわね」
「済まないな。それじゃあな」
「ええ、こっちよ」
こうしてだった。董白がだ。四人を賈駆のところに案内する。彼女は丁度自分の部屋にいた。そこでだ。
暗い顔で着替えようとしていた。そうしていたのだ。
服を脱いでいた。その彼女にだ。
四人はだ。声をかけるのだった。
「よいか」
「えっ!?」
「賈駆殿だな」
またしてもだ。半蔵が声をかけるのだった。
「そうだな」
「って誰!?」
「服部半蔵」
部屋のカーテンの奥から出て来てだ。こう名乗った。
「貴殿に話があって参った」
「同じくガルフォード」
「蒼月です」
「火月だ」
そして残り三人も出て来たのだった。その四人を見てだ。
賈駆は眼鏡の奥の目をいぶかしめさせてだ。こう言うのだった。
「連合軍のあっちの世界の人間ね。僕に何の用!?」
「既に董白殿にお話している」
「あのことでな」
「月のこと?」
賈駆はすぐに半蔵とガルフォードの言葉に応えた。
「あの娘のことなのね」
「既に私達の仲間達があの人をお助けしています」
「それでこの街を出るんだよ」
「月や陽と一緒になのね」
「そうだよ。あんた達はもう宦官の連中に苦しめられることはないんだ」
こう話す火月だった。
「じゃあ今からな」
「この街を出てそれで」
「まずは都の東門にです」
蒼月が場所を話した。
「向かいましょう」
「わかったわ。じゃあ馬車と馬を用意するわ」
賈駆の決断は速い。流石に軍師であった。
そうしてだ。そのうえでだった。
「行きましょう」
「はい、じゃあ」
「今から」
こうしてだった。賈駆達もだ。
都を脱出しようとする。だがふとだった。
賈駆は気付いた。己の今の姿にだ。
着替え中である。黒のブラとショーツ、それにガーターベルトという格好だ。その格好に自分が気付いてだった。
顔を真っ赤にさせてだ。忍達に言うのだった。
「ちょ、ちょっとあんた達」
「あれっ、どうしたんだ!?」
「ちょっと、何で入って来たのよ!」
顔を真っ赤にさせてだ。ガルフォード達に抗議する。
「どうしてなのよ!」
「どうしてとは」
「そう言われても困りますが」
半蔵と蒼月はわかっていないという返事だった。
「拙者は別に」
「貴女にお話しただけですが」
「だから。僕は着替え中よ」
そのことを言う賈駆だった。
「そうなのよ。そんな時に入るなんて」
「ああ、そういえばそうだな」
「見ればだ」
火月とガルフォードも無頓着な感じである。
「これは悪いことしたな」
「ああ、じゃあ一時退室するか」
「あんた達全然平気なのね」
「平気?何がだ?」
半蔵が賈駆に問い返す。
「何が平気なのだ」
「だから。女の子の着替えを見てもよ」
そのことを言う賈駆だった。
「全然平気だっていうの!?」
「ふむ。特にどうということはない」
「全くな」
「ちょっと、それどういうことよ」
素っ気無く言われたら言われたで言う賈駆だった。
「僕の下着姿を見て何も思わないっていうの!?」
「あの、ですから」
「何だっていうんだよ」
蒼月と火月がまた言う。
「只の下着ではないですか」
「俺の褌と同じだろ」
「女の子の下着は別なのよ」
そのだ。褌とはだというのだ。
「そんなこともわからないの!?あんた達」
「俺の家って俺以外は女の子ばかりでな」
ガルフォードが話す。
「そんなの見てもな」
「慣れてるっていうの?」
「パピーもレディーだしな」
「ワン」
横にいるそのパピーが吠えて応える。
「パパーもピピーもピパーもな」
その三匹の子犬も出て来た。ガルフォードの後ろから。
「だから別にな」
「僕の下着姿は犬と同じレベルだっていうのね」
「貴殿が何を言っているのかわからぬが」
半蔵もそうだった。同じであった。
「とにかくだ。早く着替えてだ」
「それでどうしろっていうのよ」
「先程から言っている。東門だ」
何とでもないように話をそこに戻す半蔵だった。
「そこに行かねばならん」
「それね」
「董白殿と共にな」
「わかってるわ。それじゃあね」
賈駆も下着のことはとりあえず置いておいて応えた。そうしてであった。
彼等は都の脱出に取り掛かった。まずはだ。天下を悩ませる種が一つ消えたのであった。
第八十四話 完
2011・5・19