『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第八十一話  張飛、陳宮を庇うのこと

 華陀はだ。今度はだ。
 怪物達と共に北の地に来ていた。そこは見渡す限りの草原だった。
 緑の絨毯の中にいてだ。彼は言うのだった。
「ここだな」
「ええ、感じるわ」
「ここになるわね」
 怪物達も彼のその言葉に頷く。それぞれ彼の左右を固めている。
「定軍山と赤壁もあるけれど」
「最後はここになるわね」
「運命の決戦ね」
「それになるわね」
「そうだな。ここしかない」
 華陀は目を鋭くさせて話す。
「連中にとってもな」
「この国はいつも北の勢力に悩まされてきているからね」
「だからあれもあるんだし」
「万里の長城は伊達じゃないわ」
「あれを築いているのはちゃんとした理由があるのよ」
「そうだな。しかしな」
 ここでまた言う華陀だった。
「それはこの時代だけじゃないんだな」
「そうよ。二十一世紀もね」
「ずっと変わらないことなのよ」
 貂蝉と卑弥呼がそのこともだった。華陀に話したのだ。
「匈奴から鮮卑、突厥、遼、金」
「それでモンゴルね」
「そこからロシアになっていくのよ」
「けれど全部同じなのよ」
 こう話すのである。
「北からの勢力にね。悩まされる運命なのよ」
「この国にとって北は大きな問題なのよ」
「そうか。俺達の時代だけじゃないんだな」
 華陀は真面目な顔で話す。
「考えてみれば昔からだからな」
「そうでしょ。周が遷都したのも彼等のせいだったしね」
「始皇帝も悩まさせられたし」
 それで長城を築いたのだ。それがはじまりだったのだ。
「この国は絶対に北からの脅威からは逃れられないわ」
「どうしてもね」
「しかしな」
 ここで華陀は言うのだった。
「一応匈奴や烏丸は組み込まれたけれどな」
「袁紹さんによってね」
「そうなったわね」
 それはそうなったという。
 しかしだった。それでもだと貂蝉と卑弥呼は話すのだった。
「けれどよ。北はまだまだ続くから」
「この草原の北には物凄い森林地帯があるけれど」
「そこに至るまでずっと草原だから」
「それまでに一杯色々な部族がいるのよ」
「そして奴等の伏兵もだな」
 華陀は言った。
「いるんだな」
「そうよ。幾らでもいるわ」
「そしてそのうえで機が来ればね」
「漢に来る」
 華陀は言った。
「そうしてくるんだな」
「ええ。今の都のことはまだはじまりに過ぎないわ」
「大変なのはこれからよ」
 怪物達は華陀にこう述べる。
「だから都の話を終わらせても安心しないで」
「戦いはまだまだ続くから」
「わかった。それで奴等の漢での本拠地は」 
 今度はその話をする華陀だった。
「定軍山なんだな」
「ええ、あそこよ」
「あそこにいるわ」
「わかった」
 そのことを聞いて頷く華陀だった。
 そしてそのうえでだ。彼はこうも言った。
「それなら。都での話が終わればだ」
「そこに向かってね」
「漢での拠点を潰しておかないとね」
「次から次にそうしていくか」 
 華陀は真面目な顔で述べた。
「世界の為にな」
「そうそう、順序よくね」
「一つずつ進めていきましょう」
「戦いは続くんだな」
 華陀は目を鋭くさせて述べた。
「都で終わらせたいと思ったんだがな」
「残念だけれどそうはならないわ」
「本当にこれからなのよ」
 それはしっかりと言う妖怪達だった。
「あたし達とダーリンの関係と同じよ」
「一つずつちゃんとしていかないとね」
「そうだな。それはな」
 しかもだ。華陀は彼等の言葉に平然として応える。それを見てだ。
 刀馬がだ。唸る様にして述べた。
「やはりこの男は」
「違いますね」
「ああ、違う」
 まさにだ。そうだというのだ。
「器が大きい。そしてそれはだ」
「それは?」
「無限だ」
 彼が否定してきているだ。それだというのだ。
「それは無限だ」
「零ではありませんか」
「そうだな。無限だな」
 それだというのだ。
「あの男と同じか」
「蒼志狼殿と」
「俺は若しかするとだ」
 次にはだ。己のことを話す刀馬だった。
「大きな過ちを犯していたのかもな」
「過ちをですか」
「考え違いか」
 それではないかというのだ。
「俺は今まで絶対を求めていたな」
「はい」
 命は常に彼の傍にいる。それならばだ。
 すぐにだ。言えることだった。
「その通りです」
「それは零だった」
 またそれだと言うのだった。
「しかし華陀には零はあるか」
「いえ、ありません」
 命は再びすぐに刀馬に答えた。
「あるのはです」
「大器だな」
 それだとだ。刀馬は述べる。
「無限の大器だな」
「何もかもを入れてしまう大器ですね」
「それが華陀だ。ならば俺もだ」
「刀馬様もまた」
「その大器の中に入る」
 入るというのだ。
「いや、既に入っている」
「入っていますか」
「そしてあの男の言葉を思い出した」
「蒼志狼殿の」
「あの男は言っていたな」
 どうかと話すのだった。
「俺の氷河が溶けたその時に俺の大河が動き出すと」
「その通りです」
 それは命が聞いている言葉だ。まさにその通りだった。
「あの方はそう仰っていました」
「ならば今か」
 刀馬は言った。
「今こそその時なのか」
「刀馬様が動かれる時だというのですね」
「そうなのかもな。俺はあの男に克つ」
 克つ、ではなかった。
「何よりも俺自身にだ」
「では刀馬様」
「その俺と共に来てくれるのだな」
「そうさせてもらいます」
 命もだ。微笑んで頷く。
「私はその為にいるのですから」
「そう言ってくれるか」
「是非共」
「その言葉確かに受け取った」
 刀馬のその紅い目が光った。
「では共にだ」
「何処にも参りましょう」
 こう話す彼等だった。そしてその彼等を見てだ。
 貂蝉はだ。こんなことを言うのだった。
「そうそう、心を閉ざしても何にもならないわ」
「心は開いてこそなのよ」
 卑弥呼も言う。
「折角の大器が勿体無いわよ」
「刀馬さんがあたし達と共にいるのも運命の導きなのよ」
「その氷河を大河に変える為のね」
「その為になのよ」
 こう話す彼等だった。そしてであった。
 彼等はだ。華陀にあらためて話した。
「じゃあダーリン」
「今はこの場所をじっくりと調べるのね」
「ああ、そしてこの場所の後は」
 華陀はその草原を見ながらだ。二人の妖怪達に話す。
「定軍山とだ」
「赤壁ね」
「あの場所もね」
「この三つの場所で戦いが行われる」
 それはだ。もう絶対だというのだ。
「それならだ」
「じっくりと見ておかないとね」
「その地を知らないといけないわよ」
「敵は手強い」 
 華陀はだ。今はそこにいない敵達を見据えて述べた。
「于吉や左慈達だけでも厄介らしいが」
「そうよ。オロチに常世の者にアンブロジア」
「他にはネスツもいるから」
「ネスツ。あの者達か」
 獅子王がその名に反応を見せた。
「あの者達もこの世界に来ているのか」
「あら、知ってるのね」
「獅子王さんとも因縁があったの」
「主に真の方だがな」
 彼を操っていただ。黒幕がだというのだ。
「我々の行動に何かと介入してきたのだ」
「彼等の計画に邪魔だからね」
「それでなのね」
「その通りだ。真獅子王の野望とネスツの目的は衝突するものだった」
 ならばだとだ。獅子王は怪物達に話す。
「それでだった」
「あっちの世界も色々あるのよね」
「もう陰謀だらけだったわ」
「あの連中は何かが決定的に違う」
 ミスタービッグも話す。
「私やギース達の様にただ裏の世界にいるだけではないからな」
「そうよ。裏ではなく闇よ」
「彼等はそっちの世界の住人よ」
 裏と闇は違う。そうだというのだ。
「そこが問題なのよ」
「何かとね」
「この場合の闇は混沌だな」
 華陀はそれだと察した。
「この世の全てを覆ってしまう混沌だな」
「そうなのよ。混沌の闇よ」
「それが彼等なのよ」
 怪物達はまた話す。
「その混沌の闇がこの世界を覆おうとしているのよ」
「人の世でなくそうとしているのよ」
「そしてそこにですね」
 命の目の光が鋭くなった。
 そしてその目でだ。彼女は言うのだった。
「あの男もいるのですね」
「そうだな。あいつもだな」
 刀馬も言った。
「いるな、あちらに」
「元々あちらの世界の人間だった様ですし」
「ええ、間違いなくいるわね」
「あの男もね」
 貂蝉と卑弥呼はその彼のことについても二人に話した。
「貴方達の世界のあらゆる混沌の勢力が集まっているからね」
「あの男もそっちにいるわ」
「わかった。ならばだ」
「私達は彼と」 
 戦うとだ。決意して話すのだった。
 そう話してだった。彼等はだった。  
 その草原を見回っていくのだった。そうしてだ。その場のことを頭の中に叩き込んだ。そうしたのである。
 連合軍はだ。遂に関の前まで着いた。そこに陣を敷いてであった。
「さて、それではです」
「皆さん宜しいでしょうか」
 袁紹の左右に控える彼女の看板軍師二人がそれぞれ諸将に話す。
「いよいよ最初の氾水関です」
「その攻略をはじめます」
 田豊と沮授はそれぞれ話す。
「先陣は予定通り劉備殿に務めてもらいます」
「それで宜しいですね」
「仕方ありませんわね」
 何故かここで袁紹が憮然として言うのだった。
「劉備さんが務められることは決まってますから」
「はい、ですから麗羽様は本陣においてです」
「全体の指揮を御願いします」
 配下の軍師達にも釘を刺される袁紹だった。
「間違っても前線には出られないで下さいね」
「第二陣にいて下さいね」
「何度も言わなくてもわかってますわ」
 こうは言っても不満はその顔に出ている。
「全く。わたくしは総大将ですし」
「そうよ。貴女は私と一緒に第二陣の指揮よ」
 曹操も軍師二人と同意見だった。
「そこから動かないようにね」
「わかってますわ。では劉備さんが先陣で」
 ここからはまともな作戦の話し合いであった。
「迎え撃たんとする敵軍を退けてから」
「はい、それから攻城兵器を出してきてです」
「そのうえで、です」
 田豊と沮授がまた話してきた。
「関を攻撃し攻略します」
「それが作戦の基本です」
「問題は左右から来るかも知れない伏兵ね」
 孫策はその存在を危惧していた。
「それが出て来る危険は高いわよ」
「ですから軍の左右に偵察を多く出しています」
「そして陣の左右に弓兵や槍兵を置いていますので」
 だからそれは大丈夫だと話す田豊と沮授だった。
「先陣の劉備さんの軍は野戦の為に騎兵を左右に置いてもらっていますが」
「第二陣以降はそうしてもらっています」
 そのだ。伏兵に備えてであった。
「第二陣以降で先陣のフォローもしますので」
「戦いはそうして進めていきます」
「つまりあれだな」
 ここで言ったのは公孫賛だった。
「伏兵に警戒しながら先陣で野戦に勝利しそこから関は攻城兵器で攻略していくのだな」
「はい、そうです」
「そういうことです」
 田豊と沮授は公孫賛にまずはこう答えた。
 しかしであった。二人はすぐに怪訝な顔になってだ。彼女に問うのだった。
「ですが貴女は」
「どなたなのですか?」
 こう問うのだった。
「御見かけしたことはないですけれど」
「劉備さんの後ろにいますから劉備さんの配下の方なのはわかりますけれど」
「あの、本当に」
「どなたでしょうか」
「おい、御主達にも何度も会っているぞ」
 公孫賛はたまりかねた口調で二人に言い返した。
「先の幽州の牧公孫賛だ。知らないのか」
「はて。幽州は麗羽様が入られるまではどなたも牧におられなく」
「劉備さんが桃家荘におられたのは知ってますが」
「何故桃香を知っていて私を知らないのだ」
 いつもの展開になってきた。
「どうしてなのだ。何度も会っていて」
「いえ、初対面ですけれど」
「間違いなく」
 二人は素で答えた。
「ですから御聞きしてますけれど」
「本当にどなたですか」
「そうよね。本当に誰なの?」
 曹操も目をしばたかせて尋ねる。
「貴女一体。幽州の者だって言うけれど」
「ううむ、腕はそこそこ立つようだが」
 夏侯惇も言う。
「しかし誰なのかわからん」
「いや、姉者も会っているぞ」
 見かねた夏侯淵がここで話す。
「この方は公孫賛殿だ」
「誰、それ」
 曹操はその名を言われてもきょとんとなるだけだった。
「全然知らない名前だけれど」
「?公孫賛?」
 袁紹も曹操と同じ顔になって言う。
「やはりはじめて聞く名ですわね」
「劉備さんの将は有名な方ばかりですけれど」
「それでもこの方は知らないです」
 田豊と沮授がまた話す。
「新しく入られた方ですね」
「そうなのですね」
「うう、もういい」
 公孫賛はうんざりとした顔になって応えた。
「やはり私は。こういう運命なのだな」
「他の役の方が有名ですよね」
 孔明がここで彼女に話した。
「あの包丁持ってる役とかふがふがという役とか」
「最近はおかみもやった」
「そちらでメジャーですからいいのでは?」
「ううむ、しかしあちらの世界ではだ」
 ここで馬岱を見る。そして袁術や張勲もだ。
「どうもな。蒲公英達の方がな」
「あれ、けれど白蓮さんだって人気あるよ」
 その馬岱が公孫賛に話す。
「和服のおかみだからね」
「だといいのだが」
「ああいう世界もいいよね」
 馬岱はにこにことして公孫賛に話していく。
「田舎の学校って。ほのぼのとしてね」
「そうだな。いいものだな」
「蒲公英ああいう世界も大好きだよ」
 こんな話もする。しかしだ。
 作戦自体はあっさりと決まった。どうしても先陣に出たがる袁紹をよそにだ。作戦は決まりそのうえでだ。彼女達は解散しようとする。
「明日の朝に総攻撃の開始ですわ」
「ええ、わかったわ」
 曹操が袁紹の言葉に応える。
「それならね。劉備達には検討を祈るわ」
「はい、わかりました」
 その劉備が応える。こうしてだった。
 解散に入ろうとする。とこがだ。
 ここで天幕の中にだ。テリーが入って来てだった。そのうえで一同に話した。
「ああ、全員揃ってるな」
「あっ、テリーさん」
 劉備が彼の姿を認めて声を出した。
「どうしたんですか?」
「御客さんが来てるぜ」
 こうだ。テリーは気さくに話した。
「ここにな」
「御客さん?」
 関羽がその御客さんという言葉に目を動かした。
「御客さんというと」
「ああ、向こうの軍師でな」
 それでだというのだ。
「陳宮っていう娘だよ」
「ああ、陳宮か」
 その名を聞いてだ。最初に言ったのは馬超だった。
「あいつが来たのかよ」
「宣戦布告の使者でしょうか」
 鳳統はそれではないかと述べた。
「本格的な戦いの前の」
「そうかも知れないわね」
 黄忠もそう考えた。
「だとすると遂にね」
「はい、はじまりますね」
 黄忠も鳳統もその目をそれぞれ険しく、不安なものにさせて話す。
「戦いがね」
「それが避けられなくなりましたね」
「それでどうするんだい?」
 また一同に言うテリーだった。
「その陳宮ちゃんとな。会うのかい?」
「こちらに通しなさい」
 袁紹が言った。
「使者なら会わない訳にはいきませんわ」
「そうしてその言葉を受けて」
「宣戦布告を受理されるんですね」
「ええ、そうしますわ」
 その通りだとだ。袁紹は顔良と文醜に話した。
「そうしてその娘は帰ってもらいますわ」
「それではその様に」
「そうするってことで」
 顔良と文醜が応える。こうしてだった。
 陳宮はテリーに案内されてだ。天幕に入った。その彼女に対してだ。
 袁術がだ。最初に声をかけた。
「御主が董卓軍の使者じゃな」
「あの、ねねは」
「むっ、何じゃ?」
 袁術は陳宮の今の言葉に妙なものを察した。見ればだ。
 陳宮は強張った顔で身体をかちこちにさせてだ。そのうえで声も震えていた。その姿は。
「どうもあの姿は」
「そうよね」
 曹操陣営の筍の従姉妹達がその陳宮を見てひそひそと話す。
「宣戦布告の使者じゃないわね」
「その使者なら堂々として言って来るのに」
 それでもだった。彼女はだ。
「あんなに強張って」
「妙な感じね」
「宣戦布告の使者じゃないとしたら」
「何で来たのかしら」
「陳宮よね」
 今度は曹操が陳宮に問うた。
「そうよね。確か董卓の軍師の一人の」
「恋殿の軍師です」
 陳宮は俯いた姿勢でこう返してきた。
「ねねは呂将軍の軍師です」
「呂布のか」
 趙雲が言った。
「そうだったな。御主は呂布の軍師だったな」
「そうなのです」
「ではその呂布の軍師としてここに来たのか」
「はい、そうなのです」
 また答える陳宮だった。
「ねねは恋殿の軍師としてここに来ました」
「なら一体」
 陸遜が陳宮に問う。
「何の御用でしょうか」
「宣戦布告に来たのではないわね」
 孫権が実際にそうではないと指摘した。
「そうね。それではないわね」
「あの、ねねは」
 どうしてかとだ。身体を震わせながら言うのだった。
「ねねがここに来たのはです」
「どうしてなのだ?」
 張飛が問い返す。
「どうしてここに来たのだ?」
「皆さんに御願いがあって来ました」
 それでだというのだ。
「どうか。呂布将軍を助けて下さい」
「敵将を助ける!?」
 曹仁が目を丸くさせて言った。
「それはまた奇妙な話ね」
「そうね。呂布は私達がこれから戦う相手なのに」
 曹洪もそのことを言う。
「それで助けて欲しいって」
「どういう理屈なの?」
「実はなのです」
 陳宮はだ。山崎から聞いたことをだ。劉備達に話したのだ。
「月殿は宮廷に幽閉されているのです」
「やっぱりね」
 話を聞いた曹操がすぐに言った。
「そんなことだろうと思ってたわ」
「わかっていたのです?」
「どう考えてもあの娘のやることじゃないからね」
 だからだ。それはわかるという曹操だった。
「どうせ張譲でも暗躍してるんでしょ」
「そうですね。あの行動はどう見ても」
「十常侍のやり方です」
 郭嘉と程cも言う。
「では彼等は生きていて」
「董卓さんを隠れ蓑にして」
「その疑いもあります」
 陳宮も実際にそのことは否定しなかった。彼女も軍師だ。山崎との話の後でそのことを考えてだ。実際に疑っているのである。
「ですがそれ以上にです」
「他にも宮廷で蠢いている勢力があるというのか?」
 周瑜が言った。
「だとすると誰だ、それは」
「オロチという者達とのことです」
「何っ!?」
 その名を耳にしてだった。
 たまたま天幕の外で警護をしていた草薙が中に飛び込んで来てだ。陳宮に問い返してきた。
「おい、今何て言った」
「ですから。オロチです」
「オロチ、そうか」
 草薙は陳宮の言葉をさらに聞いてだ。
 そのうえでだ。こう言うのだった。
「張三姉妹のところにバイスとマチュアがいた時点で怪しいとは思っていたがな」
「あの三姉妹のところにいた二人ね」
 曹操がすぐに述べた。
「あの二人も関係あるのね」
「あるどころかあの連中が一番問題なんだよ」
 草薙の言葉にはだ。危惧が露わになっていた。
「オロチ一族はな。この世界を破滅させるつもりなんだよ」
「そういえば以前」
 孔明がここではっとなった。
「草薙さんも神楽さんも言っておられましたね」
「そうだろ。あの連中は人間の文明そのものを否定しているんだ」
 それがオロチ一族の考えなのだった。
「自然そのものの存在っていうかな。人間の社会とかそういうのを破壊するんだ」
「つまりあれですね」
 今度は鳳統が話した。
「人間は自然を破壊する。だからその人間を」
「そういうことだ。確かに人間はそうだろうさ」
 自然を破壊するものだとだ。草薙はそれはわかっていた。
 しかしそれでもだとだ。彼は言い加えるのだった。
「それでもだ。人間も自然の一部だろ」
「ですね。この世界に存在するものが全て自然ですから」
「陰陽五行の中で」
 孔明と鳳統は草薙のその考えに述べた。
「その人間を否定するのもまた」
「間違っていますね」
「俺は難しい話は苦手だがな」
 それでもだとだ。草薙は言うのだった。
「それでもな。オロチの言うことにはいそうですかと聞けるか」
「聞いたらわらわ達は皆殺しではないか」
 袁術はまさに話の核心を衝いた。
「冗談ではないぞ」
「そうですよね。そうなってしまえば」
 張勲はあえて主を困らせにかかった。
「蜂蜜水は飲めませんよ」
「そ、それは困るのじゃ」
 袁術は狼狽して騒ぎだした。
「しかも凛と一緒にいられぬではないか」
「だから何でそこで凛が出て来るのよ」
 曹操は苦笑いでその袁術に突っ込みを入れた。
「全く。本当に好きなのね」
「そうじゃ。とにかくじゃ」
 そのことに居直りながらだ。袁術はまた言うのだった。
「わらわは滅びるなぞ嫌じゃ。絶対に嫌じゃ」
「誰だってそうさ」
 草薙は袁術のその言葉に対して言う。
「相当変な奴でもないとな。滅びたくはないさ」
「結論は出てるわね」
 孫策が腕を組んだうえで話した。
「そのオロチを除かないと駄目ね」
「少なくとも今回の騒ぎの黒幕ならです」
 呂蒙が目を鋭くさせて述べる。
「取り除かなくてはなりません」
「ですわね。それならですわ」 
 総大将の袁紹もだ。決断を下した。
「董卓よりもまずオロチとやらですわ。オロチを成敗しますわ」
「はい、それではです」
「オロチを除きましょう」
 田豊と沮授はそれぞれ言ってであった。
 早速だ。策を練りはじめるのだった。
「オロチが宮廷深くにいます」
「それなら宮廷に誰かを忍び込ませましょう」
 そうするというのだ。
「そしてそのうえで彼等を除く」
「そうしてはどうでしょうか」
「それは基本としていいですが」
 しかしだ。二人の策に徐庶が言い加えてきた。
「目の前の董卓軍はどうしましょうか」
「そうなのです」
 陳宮もだ。そのことを必死に訴える。
「恋殿は戦われたくないのです。今とても辛い気持ちで」
「その呂布殿を何とかしたいのだな」
「恋殿の悲しんでおられる姿は見たくないです」
 その本音をだ。陳宮は関羽に述べた。
「だからこそ」
「そうだな。正直無益な戦だ」
 関羽も言う。
「ましてやそのオロチが背後にいるとなればだ」
「けれどよ」
 ここで荀ケが言うのだった。
「考えてみれば陳宮は呂布の軍師なのよ」
「それがどうしたのだ?」
「だから。罠かも知れないわよ」
 荀ケは張飛に対しても述べた。
「わざわざ敵陣に一人で来るなんて怪しいでしょ」
「確かに。言われてみればな」
 公孫賛も荀ケのその言葉に頷く。
「オロチのことは気になってもな」
「そのオロチがいるのは間違いないわね」
 荀ケはそれは確かだとした。彼女にしても察しているのだ。
「けれどそれでもよ」
「それでもなのだ?」
「そうよ。董卓がそのオロチと結託しているとすれば?」
 こう前置きして話すのだった。
「それでそのうえで張譲もいて」
「あの宦官もなのだ」
「そうよ。それで三者が結託しているとすればどうなのよ」
 これが荀ケの仮定だった。
「私達を罠に仕掛けているんじゃないかしら」
「その可能性は否定できないわね」
 曹操も己の軍師の言葉に顔を向けた。
「正直。オロチの真意はわからないけれどね」
「真意を隠して董卓と結託していることも考えられます」
 荀ケはその可能性も指摘した。
「ですから。おいそれとは」
「ううむ、少なくとも董卓との戦は」
 それはどうするか。袁紹も言及した。
「避けられませんわね」
「そうね。このまま予定通り攻撃ね」
 曹操も軍師として言う。
「そして洛陽まで攻めましょう」
「では。明日は予定通り総攻撃ですわ」
 袁紹はその決断も下した。
「劉備さん、御願いしますわ」
「じゃあ陳宮」
 曹操はその陳宮を見て述べた。
「呂布に伝えなさい。戦場で会おうと」
「そ、そんな・・・・・・」
「お話はこれで終わりですわ」
 袁紹の口調もぴしゃりとしたものだった。
「さあ、お帰りなさい」
「そ、それでは恋殿は」
「ではどうしろというのよ」
 荀ケはその目を顰めさせて陳宮に問う。
「あんたの言う通りにしろっていうの?信じろっていうの?」
「ですからねねは」
「だからね。それはとてもね」
 涙ぐみだした陳宮にだ。荀ケはさらに言おうとする。
 だがここで。張飛が叫んだ。
「いい加減にするのだ!」
「えっ!?」
「どうしたのよ急に」
「どうして皆陳宮の言っていることがわからないのだ!」
 こうだ。荀ケ達に抗議するのだった。
「陳宮は嘘を言っていないのだ。それがわからないのだ!」
「だからどうして信じられるのよ」
 荀ケがその張飛に対して言い返す。場は二人に注目する。
 その中でだ。関羽が義妹を止めようとしてきた。
「鈴々、それは」
「待って、愛紗ちゃん」
 言おうとする彼女をだ。劉備が制止した。
「ここは」
「姉者、それでは」
「ええ、任せましょう」
 微笑んでだ。次妹に言うのだった。
「鈴々ちゃんにね」
「わかりました。姉上がそう仰るのなら」
 関羽もここは沈黙することにした。そうしてであった。
 彼女も沈黙を守った。そうしたのだ。
 今は皆張飛の言葉を見守る。彼女はさらに言った。
「陳宮を見るのだ!」
「見るって!?」
「そうなのだ、今泣いているのだ」
 その通りだった。その目は涙ぐんでいる。
「この涙が何よりの証拠なのだ。陳宮は嘘を言っていないのだ!」
「涙を」
「そうなのだ。御前も見るのだ!」
 陳宮を指差しながら。荀ケに言うのである。
「この涙。どう思うのだ!」
「私だってね。華琳様の筆頭軍師よ」
 その誇りに基いてだというのだ。
「多くの人材を見極めてきているのよ」
「ならわかる筈なのだ」
「ええ、じゃあ見させてもらうわよ」
 半ば売り言葉に買い言葉であった。そのうえでだ。
 荀ケは陳宮のその目を見る。その涙をだ。
 その目をじっと見てだ。そうしてだ。その澄んだ真剣なものを見てだ。
 唇を一旦噛み締めてだ。それから張飛に答えた。
「わかったわよ」
「ではどうなのだ」
「この娘は嘘を吐いていないわ」
 そのことがだ。荀ケにもわかったのだ。
「間違いないわ」
「その通りなのだ。陳宮は嘘を吐いていないのだ」
「じゃあやっぱり」
「鈴々は戦は好きなのだ」
 今度はこのことを話す張飛だった。
「けれど戦うべきでない相手、戦う必要のない戦はしないのだ」
「それが今だっていうのね」
「その通りなのだ」
 こう言うのだった。
「鈴々達の敵はそのオロカとやらなのだ」
「オロチな」
 草薙が張飛の言い間違いを指摘する。
「そこは覚えてくれよ」
「わかったのだ。オソイなのだ」
「だからオロチな」
 このやり取りはした。しかしだった。
 張飛のだ。その言葉を聞いてだ。
 最初にだ。孫策が言った。
「そうね。人を見極められなくてはお話にならないわね」
「その通りじゃな」
 黄蓋も己の主のその言葉に頷く。
「少なくともこの陳宮は嘘を言う者ではない」
「いい娘ね」
 孫策はその陳宮を見て微笑みもした。
「軍師としてはまだまだ未熟みたいだけれど」
「それはこれからじゃな」
 黄蓋も陳宮の軍師としての力量は見抜いた。それでもだった。
 少なくとも陳宮は信頼された。そのうえでだった。
 軍議が再開された。袁紹はあらためて一同に述べた。
「では。総攻撃は見送りますわ」
「そうするのね」
 曹操も袁紹のその言葉に頷いた。
「それじゃあまずは」
「オロチとやらですわ」
 話はそこに移った。
「その怪しい者達を除くことですわ」
「それで陳宮」
 曹操は陳宮に顔を向けて尋ねた。
「一つ聞きたいけれど」
「はいです」
「そのオロチは宮中に潜んでいるのね」
「間違いなくです」
「そうね。ただオロチが何者かは知らないけれど」
 それでもだとだ。曹操は目を鋭くさせてこう述べた。
「あれね。やっぱり張譲はいるわね」
「いるのです?」
「都で行われているあの過度な華美は」
 そのことをだ。曹操は指摘して言うのだった。
「張譲のやり方ね。己の贅のみを求めるあのやり方はね」
「そうですよねえ。そのオロチは人間社会自体を破壊するのが目的ですし」
 陸遜もそのことについて言う。
「それならです」
「ああ、オロチの奴等は人間社会の中に溶け込んでいてもな」
 ここでまたオロチについて話す草薙だった。
「それでもな。人間社会の贅沢とかには興味がないんだよ」
「それならやっぱり」
「ああ、今都でやってるっていう贅沢とかはしない」
 こう張勲にも答える。
「絶対にな。それはしないな」
「なら間違いないわね」
 曹操はオロチのそうした習性も見て述べた。
「宦官もいるわね」
「宦官がそのオロチと結託して董卓さんの名前を借りている」
「それが問題ですね」
 孔明と鳳統も述べる。
「なら。ここはです」
「董卓さんを宮廷から救い出しましょう」
 そうするというのだった。
「そしてそのうえで」
「オロチ一族及び宦官達と戦うべきです」
「だよな。少なくとも董卓は敵じゃないんだよな」
 馬超もそのことに言及する。
「じゃあ。まずは董卓の姫さんを助け出さないとな」
「しかしそれは難しいぞ」
 厳顔は現実を指摘した。
「宮中の奥深くに幽閉されておるのなら。そうそう容易には」
「しかも張譲は狡猾で抜け目のない相手だから」
 黄忠も眉を曇らせて述べる。
「宮中だけでなく都のあちこちにも息のかかった者を置いているわね」
「しかもそのオロチもいる」
 魏延も言う。
「話は容易ではないか」
「ううん、何とか都に潜り込んで董卓さんをお救いすればお話は楽ですが」
「それでも。こうなると」
 孔明と鳳統も顔を曇らせる。
「どうしたものでしょうか」
「まずは都に潜り込まないと」
 こう言っているとだ。また天幕に来た者がいた。それは。
「待て、都に入るというならじゃ」
「あっ」
「その声は」
 孔明と鳳統はその声に顔を向けた。
「まさか。ここにですか」
「来られたのですか」
「うむ、少し言われてな」
 それでだ。来たというのだ。
「それでなのじゃが」
「その声は」
「聞き覚えがあるわね」
 袁紹と曹操もその声を聞いて言う。その声の主は。
 黒いフードにマントで身体を覆っている。その者がだ。今一同の前に姿を現したのであった。


第八十一話   


                        2011・5・12



陳宮によって推測が確信へと。
美姫 「罠を疑うのも仕方ないけれど、張飛はある意味純粋よね」
難しい事は抜きにして、鋭いのは確かだな。
で、冒頭では華陀たちが。
美姫 「こちらはこちらで動きつつって感じね」
ともあれ、ひとまずは今回の乱をどうするかだしな。
オロチの存在も出てきているし。
美姫 「どうなるのか、続きはこの後すぐ!」



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