『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第七十六話  群雄、一同に集うのこと

 劉備達が許昌の西に来るとだ。もうそこにはだった。
 袁紹の軍が布陣していた。黄色い天幕が立ち並んでいる。
 それを見てだ。馬岱が驚きの声をあげた。
「うわ、やっぱり数が多いね」
「ううむ、話には聞いていたが」
 魏延も唸る様にして言う。
「この数はな」
「ええと、十五万はいるかな」
「あれっ、何か思ったよりも」
 しかしだった。孔明はだ。
 その袁紹軍の天幕やそこに出入りする兵達の数を見てだ。意外といった顔になってだ。こう言うのだった。
「少ないですね」
「あれっ、少ないの?」
「これでか?十五万だぞ」
「袁紹さんの軍は二十万は出せる筈です」
 その勢力から見ての言葉だった。
「それでこの数は」
「五万いないのね」
「それだけの数がか」
「そういえば袁紹さんは涼州も治めておられますが」
 孔明は今度はこのことを話した。
「そこからも」
「っていうと?」
「涼州に何かあるのか」
「あっ、いえ」
 ここからはだ。言わない孔明だった。
「確信はできませんから」
「そうなの。今は」
「そういう話だな」
「はい、とにかく袁紹さんにしては少ないですね」 
 またそのことを指摘する孔明だった。
「十五万ですか」
「充分多いと思いますけれどお」
 その孔明のところにだ。陸遜が来た。
 そしてだ。その巨大な胸を揺らしながらだ。孔明達に話すのだった。
「私達はやっと十万を動員ですから」
「あっ、陸遜さん」
「それで十五万で少ないなんてちょっとありません」
「いや、十万でも多いわよ」
 馬岱がこう陸遜に話す。
「前に会ったっけ」
「馬岱さんですね」
「そうそう。陸遜さんだったわよね」
「はい、お久し振りです」
「そうね。久し振りよね」
 二人共笑顔を浮かべて挨拶を交えている。
「元気みたいね」
「物凄く元気ですよ」
 そんなことを話してだった。そのうえでだ。
 陸遜はだ。また話をはじめた。
「十万。山越族の兵も入れてですよ」64
「ああ、あの異民族の」
「はい、そこからも出しています」
「それで十万ですか」
「そうなんです」
 こう事情を話すのだった。ここでだ。
 馬岱はだ。こんなことを言うのだった。
「けれど揚州って広いし人も多いし」
「それを考えたら十万も出せるな」
 魏延も言う。
「確かに少し辛いにしても」
「それにその山越だけじゃなくて交州もあるじゃない」
「そこも考えたらな」
「はい、確かに揚州は人も多いですし交州もあります」
 それは陸遜も認めることだった。
「ただ。やっぱり十万の兵は中々辛いものがあったりしました」
「そうだったの」
「やはり十万となるとか」
「集めるだけでなく出兵もしますから」
 それもあるというのだ。出兵もだ。
「兵糧も用意しましたし」
「兵糧ねえ。蒲公英達も苦労したしね」
「そうだな。あれをどうするかが一番厄介な話だな」
 馬岱と魏延は二人で顔を少し顰めさせて話した。
「米や麦を買い入れたりしたからな」
「その問題についてはしっかりしないといけませんね」
「そうですよねえ」
 陸遜が孔明に話した。
「とりあえず色々お話しましょう」
「そうですね。これから」
 こんなことを話しながらだ。牧達が集っていた。その中でだ。
 劉備もだった。集っている大軍を見てだ。驚きながら話すのだった。
「うわ、どれだけいるのかな」
「五十万かと」
 鳳統がその劉備に話した。
「それだけいます」
「五十万、凄いね」
「対する董卓さんの軍は二十万です」
「数は二倍以上開いているのね」
「数においては圧倒的優位にあります」
 それは非常に大きい。鳳統はこのことも話した。
「ただ」
「ただ?」
「やっぱりあちらに誰かがいるかが問題ですね」
 それでだ。また話す鳳統だった。
「今舞さん達が調べに行っていますけれど」
「それで舞さん達は?」
「もうすぐ戻って来られます」
「そうなの」
「はい、ただ」
「ただ?」
「あまり詳しいことはわからないかも知れません」
 こう劉備に話すのだった。今一つ浮かない顔で。
「これまでも何度か見てもらっていますけれど」
「そうよね。都のことって中々わからないのよね」
「舞さんは生粋の忍です」
 そのことは非常に大きい。鳳統はそうした意味でだ。彼女に対して絶対の信頼を置いているのだ。それは劉備も同じである。
「ですから何かを調べることはです」
「誰よりも得意よね」
「しかし何も伝わりません」
 どうしてもだというのだ。それがだ。
「何度見てもらってもです」
「そうした場所だから」
「はい、誰がいるかもわからないです」
 それがだ。鳳統の心配の種だった。それを今劉備に話すのだった。
 そんな話をしているとだった。その劉備達のところにだ。
 灰人が来てだ。こう言ってきたのだ。
「あんた達が確か劉備さん達だよな」
「あっ、はい」
「そうです」
「うちの大将が呼んでるぜ」
 こうだ。二人に言うのだった。
「それぞれの大将と軍師を集めてな。会議だってな」
「会議ですか」
「今からですね」
「そうだよ。出るよな」
 二人に対して確認を取っても来た。
「呼んで来いって言われたから来たんだけれどな」
「わかりました。それなら」
「今から行かせてもらいます」
「ああ、じゃあ来てくれ」
 灰人はぶっきらぼうな調子で二人に話した。
「今からな」
「じゃあ朱里ちゃんも呼んで」
「それからですね」
 こうしてだ。孔明も呼んでそのうえでだった。三人でその会議の場所に向かうのだった。
 そこはだ。一際大きな天幕の中だった。そこにはだ。
 赤い大きな長方形の卓がありだ。そこに席がそれぞれ置かれている。そしてだ。
 既に他の牧達や軍師達が集っている。彼女達を見てだ。
 劉備はだ。深々と頭を下げて一礼した。
「皆さん、お久し振りです」
「おお、劉備ではないか」
 袁術がだ。最初に彼女に声をかけた。彼女の顔を見るとすぐに明るい顔になった。
「元気そうじゃな」
「袁術さんもですね。お元気そうで何よりです」
「うむ、わらわはいつも元気じゃぞ」
 袁術は己の席からだ。胸を張って言うのだった。
「こうしてじゃ。明るく楽しくやっておる」
「はい、それは何よりです」
「とにかくね」
 今度は孫策が話す。
「これで全員揃ったわね」
「そうですね。何よりですね」
 張勲は袁術の後ろに控えて立っている。そしてだった。
 あらためてだ。こう劉備に言うのだった。
「劉備さんも来られましたし」
「さて、じゃあ話をはじめるのね」
 孫策は袁紹を見て尋ねた。
「そうするのね」
「そうですわね。それでは」
「ううむ、しかしじゃ」
 ここで袁術は難しい顔に名って言うのだった。
「華琳よ、よいか」
「凛のこと?」
「そうじゃ。何故ここに呼ばないのじゃ」
 不機嫌そのものの顔でだ。袁術は曹操に抗議するのである。
「折角一緒になったというのにじゃ」
「だってね。あんたがそう言うからよ」
「わらわにあるというのか」
「そうよ。いつも凛のこと言うけれど」
 それを言う曹操だった。
「あのね、七乃もいるし変な騒動になるからよ」
「私は平気ですよ」
 張勲はにこりと笑って曹操に返す。
「ただ。美羽様はですね」
「そうなのよね。まあわかるけれどね」
 曹操は袁術を見ながら話す。
「この二人の関係はね」
「中身の関係ですからね」
「ある意味どうしようもないものがあるから」
「全くですね」
「それでおるのはその猫耳軍師か」
「悪い?」
 荀ケが不機嫌な顔で袁術に言い返した。彼女は曹操の後ろにいる。
「私で」
「別に悪くはないが」
「じゃあ何なのよ」
「そなたの横におるのは誰じゃ?」
 彼女と同じく曹操の後ろに控える大人びた外見の少女を見ての言葉だった。
「華琳の軍師じゃな」
「はい、荀攸といいます」
 すぐに本人が答えた。
「宜しく御願いします」
「荀攸というのか」
「そうです。荀ケ殿の姪にあたります」
「姪!?」
「はい、姪です」
 そうだというのだ。
「そうなのです」
「姪!?嘘じゃろ」
 袁術はその言葉をだ。頭から否定した。
「絶対にじゃ」
「そう思われますか?」
「外見が違うではないか」
 袁術が言うのはそのことだった。
「何処がどう似ておるのじゃ」
「あのね、無茶苦茶言ってくれるわね」
 荀ケが怒った顔で袁術に言ってきた。
「確かに似てないけれどね」
「似てないどころではないぞっ」
「それでもよ。私が叔母にあたるのよ」
「どう見ても向こうが年上じゃろうが」
「年下なのよ、向こうが」
「ううむ、そうか?」
「そうよ。私が言うんだから間違いはないわよ」
 かなり強引な感じで言う荀ケだった。
「全く。皆言うんだから」
「というか本当にどういう突然変異なのよ」
 孫策も二人を見比べてやや唖然としている。
「何の共通点もないじゃない、外見に」
「うう、それはそうだけれどな」
「むしろあんたとあれよ。祝福されたお人形さんの方が共通点あるじゃない」
「あっちの話ね」
「そう、カン何とかね」
 何故かその話をする孫策だった。
「そっちの方がね」
「ううん、あっちの私は何か違うような」
「あっ、そっちの世界は私もですけれど」
 劉備が話に加わってきた。
「縁があるような」
「そういえばそうなのよね」
 荀ケもその劉備を見て頷く。
「そっち凛もいたし楊州のね」
「呂蒙ちゃんもですよね」
「妙にあんたと縁があるような」
「気がしますよね」
「何か世界が混ざってません?」
 張勲がさりげなく突っ込みを入れた。
「私もそれ言うと複雑ですけれど」
「というか七乃やわらわはどれだけ名前があるのじゃ」
「その呂蒙さんや凛ちゃんもですね」
「二つや三つではないからのう」
「そうですよね」
 そんな話をしてだった。
 ここでだ。孔明が言うのだった。
「あの、今回こうして会議を開くのは」
「ええ、こうして皆さん集まりましたから」
 袁紹が孔明の言葉に応える。彼女の後ろには田豊と沮授が控えている。
「これからのことをお話したいのでしてよ」
「それまでに何でこんなに時間がかかるのよ」
 孫策が苦笑いと共に言う。その間に劉備は用意されていた席に座る。孔明と鳳統は彼女の後ろに控えて立つのだった。
 そのうえで会議に参加する。その中で袁紹は話していく。
「まず。わたくし達の目的ですけれど」
「董卓討伐ね」
「ええ、それですわ」
 まさにそれだと。曹操に返すのだった。
「あの憎むべき大罪人を成敗しますわよ」
「さもないとやられるのは私達だからね」
 曹操はこの事情も口にした。
「それに天下もどうなるかわからないしね」
「今都の民は董卓の圧政により塗炭の苦しみを味わっていますわ」
 袁紹はきっとした口調で話していく。
「だからこそ。わたくし達はこうして立ち上がったのでしてよ」
「その通りね。それでよ」
 孫策は袁紹の話をここまで聞いたうえであらためて彼女に問うた。
「こうして集ってね」
「ええ。それで」
「その後よ。どうするの?」
「どうするのとは?」
「だからよ。これから色々決めないといけないじゃない」
 孫策からこのことを話すのだった。
「まずは盟主と戦略ね」
「盟主はもう決まりでしょ」
 曹操は一番に決めないといけないそれはだというのだった。
「麗羽しかいないでしょ」
「まあね。私達の中で一番広い場所に多くの人口を治めてるし」
「あれなところもあるけれど申し分ないでしょ」
 曹操がこう言うとだった。その当人が文句をつけてきた。
「あれというのは何でして、あれとは」
「話がややこしくなるからその話は後でね」
「気になりますわね、そこが」
「だからいいから。とにかく盟主は貴女で決まりよ」
「そうですのね」
「嫌なら別にいいわよ」
 これは駆け引きだった。曹操のだ。
「したくないのならね」
「むっ、そうきますのね」
「どうするのよ、それで」
「では。わかりましたわ」
 結局袁紹しか適任者がいなかった。やはり五州を治めているその実力と人望、それに一応はある資質が決め手となったのである。
 そうしてだ。袁紹本人も言うのだった。
「では。務めさせてもらいますわ」
「御願いね。それで軍師は私でいいわね」
「そうね。正直私は軍師ってタイプじゃないから」
「わらわもじゃ」
 孫策だけでなく袁術も言う。
「戦の策を立てるのはどうも苦手じゃ」
「それじゃあいいわね。私が軍師ね」
 また言う曹操だった。
「それで決まりね」
「そうですわね。では次は」
 盟主に決まった袁紹がだ。話を動かしてきた。彼女はこのことを話した。
「攻める相手は董卓、そして目指すは洛陽」
「それは決まってますよね」
「それ以外にありませんわ」
 袁紹は劉備に対しても述べた。
「問題はどの様にして攻めるかですけれど」
「虎牢関をはじめとした二つの関ね」
 曹操がこのことを話してきた。
「そこを抜かないといけないわ」
「その通りですわ。董卓もそこに多くの兵を配していますわ」
 そのことはもう偵察をしてわかっているのだった。
「攻城用の兵器も持って来ていますし。うって出る敵を叩いた後で」
「その兵器で攻略ね」
「そうしていきますわ」
 オーソドックスだが確実な戦術が採用されることだが。袁紹と曹操の間で決まった。
 そしてだ。さらにだった。
 孫策がだ。ここでまた話すのだった。
「で、攻める場所と攻め方も決まったけれど」
「そうじゃな。次は陣を決めぬといかんぞ」
 袁術もそれについて言及した。
「どうするのじゃ、それは」
「それですわね」
 袁紹の態度がだ。その話になると急に変わった。
 そうしてだ。妙に楽しそうにだ。こう言うのであった。
「一番大事なのは。先陣を決めることですわね」
「それはそうだけれど」
「はじまったのじゃ」
 孫策と袁術の態度がだ。やれやれといったものになった。
 劉備もそれに気付いてだ。ふと自分の後ろに控えている軍師二人に尋ねるのだった。
「何か様子がおかしくなったけれど」
「はい、心配していたことが起こりました」
「こうなるって思ってましたけれど」
「こうなるって?」
 劉備は軍師二人の言葉に目をしばたかせて返した。
「どういうことなの?」
「先陣ですけれど」
「袁紹さんがしたいのです」
「そうなの」
「はい、袁紹さんは何かというと前に出たがる方ですから」
「それでなんです」
 それでなのだった。袁紹はだ。
 にこやかに笑ってだ。他の面々に話すのだった。
「最も大事な先陣ですわね。それを務めるのは」
「あのね、麗羽」
 曹操がだ。やれやれといった顔でその袁紹に話した。
「まさかと思うけれど貴女がとかは言わないでしょうね」
「むっ、いけませんの?」
「盟主が先陣なんていい訳ないでしょ」
 こう言うのであった。やはりやれやれといった口調だ。
「何考えてるのよ」
「最も責任ある者が最も責任ある行動をですわ」
「それで弓矢に当たって終わりとかなったらどうするのよ」
 戦場では普通に考えられることだった。曹操はそれを話すのだった。
「それで終わりじゃない」
「そんなことは有り得ませんわ」
「有り得るわよ。貴女はいつも前線に出て戦うけれど」
「それが将の務めですわ」
「だから。それで何かあったら終わりじゃない」
 曹操は袁紹その悪く言えばでしゃばりなところはよく知っていた。この場合は悪く言うべきでしかなかった。まさにそうしたことだった。
「全く。前から顔良や文醜達が困ってるじゃない」
「うう、ではわたくしが前線に出るのは」
「駄目に決まってるじゃない」
 結論が出た。すぐにだ。
「先陣なんて論外よ。いいわね」
「うう、わかりましたわ」
 何だかんだで曹操の話を聞いてだ。それでだった。
 袁紹は不承不承ながら曹操の言葉に頷いた。そのうえでだ。
 あらためてだ。先陣のことに話すのだった。
「それで誰にするの?」
「先陣じゃが」
 また孫策と袁術がそれについて言うのだった。
「曹操も軍師だから無理よね」
「本陣におらんといかぬのう」 
 その袁紹のいる場所が本陣になる。袁紹はその前線を最前線に持って行こうとしていたのだ。袁紹らしいがそれが問題なのだ。
「私が出てもいいけれど」
「わらわは。どうしようかのう」
「御二人ですのね」
 袁紹はその二人を見た。ここでだ。
「孫策さんは馬を持っておられませんし」
「充分戦えるわよ」
「董卓は騎兵が多いですわ。しかも重装備の」
 それで有名だった。董卓の軍といえばだ
「それで歩兵は不利ですわ」
「じゃあ私は駄目だっていうのね」
「少し難しいですわね」
 それでだ。彼女は駄目だというのだ。
 孫策の後ろにいる周瑜と陸遜は沈黙している。二人共ここは言うべきではないと考えてだ。見れば今はどの軍師達も何も言わない。
「それは」
「そうなの。それじゃあね」
「ええ。そういうことで」
「美羽もね」
 今度は曹操が話す。やはり彼女と袁紹が話を仕切っている。もう本陣として動いている。
「攻城兵器をかなり持って来てるわよね」
「うむ、そうじゃ」
 その通りだと答える袁術だった。
「七乃が得意としてるからのう」
「そうよ。まさか先陣でいきなり攻城兵器を出す訳にもいかないでしょ」
「邪魔になりますし」
 紀霊がそのことを話した。
「関を攻める前に敵兵に壊されてしまいますね」
「だからね。絶対に駄目よ」
 曹操はこう袁術主従に話すのだった。
「そうですか。では私達は」
「できれば後方にいて」
 曹操は張勲にも話した。
「それで関を攻める時になったら宜しくね」
「うむ、わかったのじゃ」
 袁術もそれで頷くのだった。そしてだ。
 その彼女にだ。曹操はまた話した。
「貴女は糧食や武具の補給を御願いね」
「それもじゃな」
「ええ、ものは許昌と?にあるから」
「そこからものを運べばいいのじゃな」
「貴女のところにもあるわね」
「うむ、宛に集めてある」
 袁術もそうしたことはわかっているのだ。
「あと孫策もあるのう」
「建業にね。置いてあるから」
「ではよいな。糧食等は任せておくのじゃ」
 袁術は胸を張って言った。このことはあっさりと決まった。
 しかしだ。肝心の先陣は決まらない。それでなのだった。
 遂にだ。また袁紹が言い出した。
「仕方ありませんわね。ここはやはり」
「だから。駄目だって言ってるじゃない」
 曹操が呆れながら袁紹にまた言う。
「盟主が先陣に出てどうするのよ」
「駄目ですの?やはり」
「当たり前でしょ。何度言わせるのよ」
「うう、では誰が」
 話が決まらなくなっていた。そしてだ。
 孔明と鳳統がだ。劉備の耳元で囁くのだった。
「あの、桃香様」
「宜しいですか?」
「ええと、ここは?」
「はい、桃香様しかいません」
「ですから」
 二人でだ。劉備に先陣のことを囁いていた。
「御自身で名乗りを挙げられれば」
「それで決まります」
「先陣なのね、私達が」
「天下万民の為に」
「戦われるべきです」
「わかったわ。それじゃあ」
 劉備は意を決した顔になって二人の言葉に頷いた。そうしてだった。
 袁紹達にだ。こう言うのだった。
「あの、それでは」
「ええ、劉備さん」
「貴女がなのね」
 袁紹と曹操がそれぞれその劉備に対して応えた。
 そしてだ。劉備もはっきりと言った。
「私が先陣を務めて宜しいでしょうか」
「うう、しかしでしてよ」
「だから貴女は駄目だから」
 まだ未練を見せる袁紹は曹操に止められた。
「いい加減にわかりなさい」
「仕方ありませんわね。それじゃあ」
「妥当なところね」
 孫策がここでこう言った。
「劉備は騎兵も多く持ってるわよね」
「はい、まあ」
「だから適役ね。先陣にはね」
「うむ、そうじゃな」
 袁術も満足している顔で頷く。
「劉備なら問題はないと思うぞ」
「決まりね」
 曹操も微笑んで話す。
「一時はどうなるかと思ったけれど」
「わたくしのことですの?」
「そうよ。盟主が出るなんてよ」
 それをまた言う曹操だった。
「無茶にも程があるでしょ」
「うう、ではわたくしは第何陣に」
「後詰は決まってるからね」
 袁術だ。やはり彼女だった。
「もっとも貴女後詰なんて嫌でしょ」
「将が前に出ずして何になりますの?」
 また持論を展開する袁紹だった。
「違いまして?それは」
「正論ではあるけれど極端なのよ」
 そこが袁紹の問題だった。自覚はしていないがだ。
「けれど先陣は決まったわね」
「わかりましたわ」
「それで第二陣は」
「雪蓮」
「ここはです」
 さりげなくだ。孫策の軍師二人が囁いた。
 そしてだ。孫策も頷くのだった。
「わかってるわ」
「ええ、じゃあね」
「そういうことで」
「あの、私はね」
 孫策が袁紹と曹操に話した。
「第三陣を務めさせてもらうわ」
「あら、そうですの」
「第三陣なのね、孫策は」
「それでいいわよね。私のところは騎兵隊がないから」
 それでだというのである。
「弓で援護するってことでね」
「ええ、歩兵ですしね」
「それが一番だしね」
 二人は孫策の真意をわかってだ。それで乗った。
 しかし話には出さずにだ。頷いてみせたのだった。
「それでは」
「第三陣御願いね」
「そういうことでね」
 これでだ。残るはだった。
「では本陣は」
「第二陣よ」
 曹操がすかさず袁紹に言った。
「麗羽と私の軍でよ」
「それでなのですわね」
「そうよ。貴女もそれだと文句はないでしょう?」
 先陣は駄目でもだ。それでもだった。
「そうでしょう?それで」
「ええ、それでは」
 袁紹も第二陣なら文句はなかった。それでだ。
 自分の軍師二人にだ。ここで問うのだった。
「問題はありませんわね」
「少し陣の形が歪な気がしますが」
「それでもいいのでは?」
 第二陣の数が多いことにだ。軍師二人は言った。
 しかしだ。それでもなのだった。
「まあ。それでもいいと思います」
「董卓の軍が大勢で来ても戦えますから」
 それでいいとする二人だった。そうした話をしてだ。
 おおよその方針や陣が決まった。これで会議は終わった。
 曹操は己の陣に帰ってだ。まずは溜息だった。
「全く。予想はしていたけれど」
「麗羽殿ですか」
「また前線に出ようとされていたのですね」
「そうよ。その通りよ」
 曹操はありのまま夏侯姉妹に答えた。
「自分が先陣に出てよ」
「ううむ、やはり」
「そう言われましたか」
「止めたわよ。それで先陣は劉備になったわ」
 彼女にだというのである。
「彼女がね」
「劉備殿がですか」
「先陣なのですか」
「そうよ、先陣になったのよ」
 劉備がだと話すのだった。
「まあ妥当ね」
「そうですね。とりあえずは」
「劉備殿でいいかと」
「あの娘はあまり戦は好きではないみたいだけれど」
 それでもだというのだ。
「周りの将や軍師がいいからね」
「そうですね。人材が揃っています」
「非常に」
「だから問題はないと思うわ」
 また話す曹操だった。
「ただね。厄介なのは」
「麗羽様は間違いなくです」
「何かあれば」
 夏侯姉妹もそれはわかっていた。袁紹のことがだ。
「前に出られようとします」
「それこそ弓矢の嵐の中でも」
「あの娘は昔からそうなのよ」
 曹操は袁紹についてさらに話していく。
「すぐに前に出るから」
「将としては当然なのですが」
「極端に過ぎますね」
「どういう訳かどんな状況でも怪我一つしないけれど」
 袁紹はだ。どうやらかなりの強運らしい。それでだというのだ。
「それでもよ。盟主が最前線に立つなんてしないから」
「いえ、私はそれは」
 夏侯惇はここで言うのだった。
「そういう戦いですから」
「貴女はそれでいいのよ」
 曹操は彼女はそれでいいとした。しかしであった。
 袁紹についてはだ。あくまでこう言うのであった。
「あの娘は牧であり盟主よ。将の将だからね」
「そうですね。前線に出られてはなりません」
 夏侯淵がそれを言う。
「そうおいそれとは」
「何かあれば全力で止めるから」
 曹操は本気だった。
「それこそね」
「それでは私も」
 夏侯淵も言うのだった。
「その際は」
「全く。あの娘の家臣も大変ね」
 曹操はこんなことも言うのであった。
「止めるだけでも厄介だから」
「全くです」
「あの娘らしいけれどね」
 しかしだった。曹操は微笑みもした。
「その自分がしないと気が済まないっていうのはね」
「幼い頃からですしね」
「あの方のそれは」
「得意でないことはとことん駄目だけれど」
 これもだ。袁紹の特徴だった。何かと中庸に欠ける人物なのだ。
「やれることはやれるからね」
「そうですね。今回もですね」
「それがよい方に出ることを望みます」
 こんな話をしてだった。曹操はだ。二人に対して告げた。
「では私達は二陣よ」
「そうして麗羽殿の軍と」
「共に」
「ええ。私は策の立案とあの娘の抑えに回るから」
 何気にだ。非常に困難な仕事ばかりである。
「軍の指揮は御願いね」
「はい、わかりました」
「それでは」
「問題は劉備もだけれど」
 劉備の話もだ。ここでする曹操だった。
「あの娘がどれだけ頑張ってくれるかね」
「それは安心していいと思います」
「劉備殿に関しては」
 曹仁と曹洪がこう話してきた。
「数こそ五万と少ないですが」
「それでも兵も将帥も質がいいですから」
「そうね。じゃあ任せていいわね」
 曹操も二人の言葉に納得した。しかしであった。
 ここでだ。曹操はまた言うのであった。
「それでも麗羽は何かあれば絶対に前に出ようとするからね」
「何なら引っ張ってでも連れ帰られますか?」
 夏侯惇がいささか強硬なことを言った。
「陣中に」
「本気でそれを検討するわ」
 曹操は真顔で言った。
「何が何でもね」
「やれやれですね」
 夏侯淵はいつもの口癖を出した。
「麗羽にも。まあ後であの娘の陣に行くから」
「はっ、それではその時は」
「御供します」
 四天王達が言いだった。そのうえでだ。
 曹操達も戦にその心を向けるのだった。
 先陣を務めることになった劉備はだ。彼女達の陣に戻り主だった面々にこのことを話した。するとだ。
 まずだ。張飛が満面の笑顔で言うのだった。
「それなら思う存分大暴れしてやるのだ」
「そうだな、派手にいくぜ」
 馬超もその右手を拳にして言う。
「董卓軍の奴等片っ端からぶっ飛ばしてな」
「ふむ。我等の腕の見せどころだな」
 趙雲は楽しげに微笑んで話す。
「では翠よ」
「んっ、あたしか?」
「戦の前にだ。共に褥に入ろうか」
「おい、何でそんな話になるんだよ」
「駄目なのか?私が相手では」
 妖しげな笑みを浮かべてだ。馬超に言うのである。
「愛紗を交えてだ。三人でだ」
「だから何故そこでいつも私も入るのだ!?」
 関羽が困った顔で抗議する。
「私はそういう趣味はないといつも言っているだろう」
「あたしもだよ。女同士でするのってよ」
「そもそも御主そういう経験はないだろう」
「それで何でそう誘えるんだ!?」
「気にするな」
 強引にこう言う趙雲だった。
「まあはじめてだから余計にというのもあるが」
「それであたしかよ」
「私もなのか」
「はじめては生娘としたいのだ」
 そんなことも言う趙雲だった。
「実はな」
「また妙なことを言うのう」
 厳顔はそんな趙雲の言葉を聞いて首を傾げさせた。
「はじめては経験のあるおのことするものではないのか?」
「そういう考えもあるだろうが」
「それでも御主はおなごがよいのか」
「私はどちらでもいけるのだ」
 男でも女でもいいというのだ。
「だが。翠や愛紗を見ているとだ」
「食指が動くか」
「いいと思う」
 実際にだ。そう思うというのである。
「どちらも顔が整いだ」
「確かにな。それぞれ型は違うがかなりの美形じゃ」
「しかも髪がいい」
 関羽はそれで有名だが馬超もだというのだ。
「長い髪がな。奇麗なものだ」
「同じおなごから見ても羨ましい位じゃな」
「しかも胸も輿も艶かしい」
 二人を見る目がだ。次第に妖しいものになっていく趙雲だった。
「美味であることがわかる」
「だから食うってのかよ」
「私達をか」
「この反応もいい」
 それも楽しんでいるのがだ。やはり趙雲だった。
「さて、それでこれからだが」
「あたしは嫌だからなっ」
「私もだ」
 あくまで拒否する二人だった。
「そんなのまだな」
「まだ早いっ」
「あら、私はもう貴女達の頃には」
 黄忠は優しい微笑みと共にこう言うのだった。
「あの人と一緒だったわ」
「そうじゃったな。紫苑は相思相愛だったのう」
「あの頃が懐かしいわ」
「そうじゃのう。あの頃はあの頃で楽しかったわ」
「そうね」
「それで桃香様」
 彼女達がそんな妖しいやり取りをしている間にだ。魏延は。 
 劉備のところにそっと寄ってだ。こんなことを囁くのだった。
「まだ出陣までに時間がありますね」
「ええ、ちょっとだけれど」
「どうでしょうか。これから水浴びに」
 それに誘うのだった。
「近くに泉がありますし」
「そこでなのね」
「はい、滝になっています」
 そこに行こうというのである。
「如何でしょうか、今から」
「そうね。それじゃあ」
「はい、ではご一緒に」
「あの、それはちょっと」
 ところがだ。ここでだった。
 孔明が困った顔をしてその魏延に言うのだった。
「御二人だけで行かれるのは」
「駄目だというのか?」
「何時董卓さんの刺客が来るかわかりません」
「桃香様は私が御護りしているのだぞ」
「それでもです」
 慎重に言う孔明だった。
「今は焔耶さんだけではです」
「危険だというのか」
「別の意味でも危険だし」
 馬岱はこんなことを呟いた。
「桃香様も」
「えっ、私が?」
「だから焔耶と二人きりっていうのは」
「馬鹿な、私は桃香様をあくまで御護りするだけだ」
 それはムキになって力説する魏延だった。
「そんなことはだ」
「けれど桃香様の裸は見たいのよね」
「そうだ、その下着姿もだ」
 ついつい本音を言ってしまう魏延だった。
「今日は桃だな。昨日の白もその前の薄い青もいいが桃香様はやはりだ」
「何でそこまで知ってるのよ」
「当然だ。私は桃香様の護衛役だ」
 つまり親衛隊なのだ。劉備の近衛は実際に彼女が務めている。
「その着替えの時もだ」
「護ってるってのね」
「うむ、御傍でな」
「まじまじと見てるのね」
「何時見ても素晴らしい」
 魏延の言葉が恍惚としたものになっている。
「やはり桃香様は最高の美女だ」
「そんなあ、言い過ぎよ」
 劉備だけが気付かずに能天気に笑って言う。
「私そんなに可愛くないわよ」
「しかしあの張角にそっくりだしな」
「違うのは声だけで」
 こう話すリョウとテリーだった。
「そう簡単には見分けられないな」
「声を聞かないとな」
「あのトップアイドルとだからな」
「つまりは」
 可愛いというのだ。それが結論であった。
 しかし当人だけはだ。こう言うのだった。
「焔耶ちゃん褒め過ぎよ」
「いえ、それは違います」
 魏延は顔を真っ赤にさせた真剣な顔で言い切った。
「桃香様はです。天下一の方です」
「そうかなあ」
「私が言うのですから間違いありません」
「確かに桃香さんは可愛いけれど」
 それはだ。馬岱が見ても言えることだった。
 しかし彼女はだ。このこともわかっていた。それでこうも言うのだった。
「ただ。焔耶はね」
「私は。何だ」
「少し入れあげ過ぎよ」
 そうだというのだ。
「もう桃香様にお熱なんだから」
「だから私にあるのは忠義だけだ」
「忠義以外にもあるでしょ」
「では何があるというのだ」
「さあ。自分が一番わかってることじゃないの?」
「だから何が言いたいのだ御前は」
「さてね」
 こんなやり取りをしながらだった。彼等はリラックスして先陣としての出陣を待っていた。連合軍がだ。いよいよ始動しようとしていた。
 そのことはだ。闇の中にも伝わっていた。その中でだ。
 姿を消している筈の彼女がだ。こう言うのだった。
「さて、それでだけれど」
「はい、これからですね」 
 于吉がだ。彼女に応える。彼もまた闇の中にいるのだ。
「遂に各地の牧達が挙兵しましたね」
「ええ。それで彼女達と戦うのね」
「勿論」
 その通りだと答える于吉だった。
「そしてここで彼女達をです」
「全員滅ぼすのね」
「そうすれば貴女にとっても楽ですね」
「彼女達がいなくなればもう何も恐れるものはないわ」
 女はだ。楽しげな笑みを浮かべて述べていく。
「張譲も。どうということはないわ」
「彼もですか」
「所詮は宦官、宮中以外のことは何も知らないわ」
「その様な存在は貴女にとってはですか」
「倒すにあたってはまさに赤子の手を捻る様なものよ」
 そうだというのである。
「何一つとして心配はしていないわ。そのことに関して」
「そしてその後で」
「王朝を築くわ。私の王朝を」
 話がだ。そこに至った。
「そう、国名は」
「何にされるおつもりですか?」
「晋ね」
 一言だった。それが彼女の創る国だというのだ。
「人の治めない国にするわ」
「オロチの国にされますか」
「常世の国でもあるわね」
「はい、そして常に乱れています」
 于吉もまた楽しげに笑って彼女に話すのだった。
「そうした国にしていきましょう」
「私にとって泰平なぞ苦痛でしかないわ」
 彼女にとってはだ。そうではないというのだ。
「戦乱と殺戮こそがいいのよ」
「民の怨嗟と血が」
「ええ。それに覆われた国にしていくから」
「だからこそ我々と行動を共にされるのですか」
「その通りよ。私一人で漢王朝を滅ぼし」
 つまり簒奪だ。それをしようというのである。
「そして新たな国を築くわ、その晋をね」
「いい名前ですね」
 于吉はその国名にだ。微笑んで述べた。
「その破壊と殺戮を感じさせてくれる名前です」
「貴方と会ってその建国がさらに容易になりそのうえで」
「はい、異界からも」
「オロチに刹那、それに朧」
「アンブロジアもまた」
「面白い世界になるわ」
 彼女にとってはだ。そうなるというのだ。
 その話をしてだ。彼女はこうも言った。
「例えば私に逆らう者がいれば」
「どうされますか、その場合は」
「皆殺しにし」
 そしてだ。それからだというのだ。
「そのうえでその屍で門を築くわ」
「京観ですね」
「それを築くわ」
 こう言うのであった。楽しげにだ。
 そうした話を闇の中でしていく。于吉はさらにだった。
 彼女にだ。さらに楽しげに話していくのであった。
「ではこの戦はです」
「私は何もしなくていいのね」
「御覧になっていて下さい」
 それでいいというのである。
「若しそれが失敗すればです」
「その時に出ればいいのね」
「はい、その時にです」
 出ればいいというのだ。
「その時にです」
「ことが果せなかった時も考えているのね」
「勿論です。策は幾つも用意しておくものです」
「その通りね。私もそうするわ」
「流石です。貴女もまたわかっておられるとは」
「そうでなくては大きなことはできないわ」
 女はだ。闇の中で笑いながら述べてみせた。
「国を。魔の国を築くことはね」
「そうですね。これをしくじってもです」
「策は幾らでもある」
「その通りです。では」
「今は落ち着いて見させてもらうわ」
 女は于吉に対して述べた。
「そして楽しくね」
「そうして下さい。司馬尉殿」
 女の名前をだ。ここで呼んでみせたのだった。
「司馬尉仲達殿」
「ええ、そうさせてもらうわ」
 その女司馬尉も微笑んで返すのだった。それは闇の中にある、邪な漆黒の笑みであった。


第七十六話   完


                         2011・4・14



顔見せと作戦会議といった所か。
美姫 「まあ、袁紹に関してはね」
予想通りか。とは言え、ぐっと堪えて人の意見を聞いたけれどな。
美姫 「先陣は劉備になったものね」
後半には怪しげなやり取りも出てきたし。
美姫 「于吉だけじゃなく、司馬尉という人物も登場ね」
さてさて、どうなるのか。
美姫 「続きはまとめてすぐよ!」



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