『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第七十四話  于吉、裏で蠢くのこと

 洛陽においてだ。不穏な噂が流れていた。それは何かというと。
「わし等を皆死なせるつもりだというのか?」
「それが董卓様の御考えだというのか?」
「まさか」
 市井でだ。やつれた民達が囁き合っていた。
「だからか。今こうして」
「わし等から税を搾り取り」
「宮殿やそうしたものを建てて」
「そこにも駆り立てる」
「そうしているのか」
「何という話だ」
 その噂にだ。彼等はさらに不安を感じていた。
 その不安な空気は洛陽に忽ちのうちに満ちていた。それを聞いてだ。
 幻庵がだ。アースクエイクに話した。
「これはまずいけ」
「だよな。董卓ちゃんにとってな」
「こうした不穏な空気自体は嫌いじゃないけ」
 この辺りは魔族である幻庵らしかった。
「わしは不安や不穏の空気が心地よいけ。けれど」
「それは董卓ちゃん達にとってな」
「まずいことになるけ。だからそうした意味ではよくないけ」
 彼の人間としての血がそう考えさせていた。
「困ったものだけ」
「ああ。しかし何なんだよ?」
 アースクエイクはその刺青を入れた顔を傾げさせて言った。
「こんな噂。幾ら何でもな」
「おかしいけ。幾ら民を苦しめてもね」
「皆殺しとかないよな」
「絶対にないけ」
 有り得ない、二人にとってはそう思えるものだった。
 しかし洛陽の民達は今憔悴しきっている。その彼等にとってはだ。
 そうした有り得ない噂も信じられるものだった。それで噂が広まっていた。
 それを見てだ。幻庵とアースクエイクはだ。こう話すのだった。
「ここはけ」
「ああ、賈駆ちゃんに話しておくか」
「それがいいけ」
 こうしてだ。彼女にこのことを話すのだった。するとだ。
 賈駆はだ。眼鏡の奥の顔を顰めさせてだ。こう言うのであった。
「まずいわね」
「だろ?それでな」
「わし等も報告したけ」
 そうだとだ。二人は話すのだった。
「少し考えたら有り得ない話だけれどな」
「今この町の連中には信じられる話だけ」
「それだけ今皆疲れてるんだよ」
「だからけ」
「そうね。けれど今は」
 賈駆は暗い顔でだ。話すのだった。
「どうしてもね」
「どうしても?」
「どうしたけ?」
「いえ、何もないわ」
 己の言葉を止めてだ。こう言うのであった。
「何もね」
「?本当か?」
「そうは思えないけ」
 二人は怪訝な顔で賈駆に返す。
「何かあるんじゃないのか?」
「隠していないけ?」
「べ、別にそんなのないわよ」
 狼狽した顔でだ。取り繕う賈駆だった。
 それでだ。また取り繕ってだ。彼女は話した。
「あんた達はまあ町を見回って」
「巡回か?」
「それをするけ?」
「見回っているだけでいいから」
 それだけでいいというのである。
「そうしたらそれだけで噂をする声が消えるから」
「俺達が見回るだけでかよ」
「たったそれだけでいいけ」
「ええ。あんた達の外見だとね」 
 人間離れしただ。その外見ならというのだ。
「通り掛かっただけで怖いから。そうして」
「何か褒められてないよな」
「違うような気がするけ」
 こう言ってだ。二人はであった。
 釈然としない顔でだ。また賈駆に話した。
「しかしそれが役に立つってのか」
「それは喜んでいいけ?」
「じゃあキムとジョンに頼むけれど」
 代わりに出した名前はこの二人だった。
「それでもいい?」
「あ、あの二人は止めておけよ」
「ただの見回りでは済まないけ」
 彼等の名前を聞くとだった。アースクエイクも幻庵も慌てふためいてだ。
 顔に汗をかきながらだ。こう言うのであった。
「ちょっと自分達の気に入らない奴見つけたらな」
「それだけで制裁の嵐だけ」
「騒動引き起こし続けるからな」
「絶対に駄目だけ」
「やっぱり駄目?」
 賈駆も二人の話を聞いて言う。
「そうじゃないかって思ったけれど」
「そんなの考えればわかるだろうがよ」
「まだチャンやチョイの方がずっとましだけ」
「わかったわ。じゃああの二人には言わないから」
 それはしないというのだ。
「あんた達御願いね」
「ああ、わかったぜ」
「それならけ」
 こうしてだ。二人は町を巡回するのだった。そうしてだ。
 町の不穏な噂を打ち消すのだった。これでまずはよしだった。
 しかしだ。賈駆はだ。
 浮かない顔のままだった。その顔でだ。宮廷の奥深くに入ってだ。そこでだった。
 一人の宦官と会っていた。彼はというとだ。
 張譲だった。死んだ筈の彼がだ。悠然と笑ってこう言うのであった。
「何かあったのかい?」
「何もないわよ」
 きっとした顔でだ。賈駆は張譲に言い返した。
「別に何もね」
「そうなんだ。ないんだ」
「ないわよ。それでよ」
「それで?」
「今日は何の用なのよ」
 不機嫌そのものの顔でだ。張譲に言い返すのだった。
「一体」
「また頼みたいことがあるんだ」
「また!?」
「そう。どうも袁紹と曹操は動かないみたいだね」
 張譲は賈駆とは違ってだった。悠然とした笑みでだ。こう言うのだった。
「そうみたいだね」
「貢物は出してきたわ」
 それはだと。賈駆は話すのだった。
「ただ。宮殿建築の費用とかはね」
「出して来ないんだ」
「向こうも向こうでお金が必要なのよ」
 賈駆はその目をきっとさせてこのことを話す。
「政に軍によ」
「そんなことにお金を使うんだ」
「じゃあ何に使うのよ」
「決まってるじゃないか。贅沢にだよ」
 それが宦官の金の使い方だった。特に張譲はそうである。
「己の贅沢に使わないでどうするんだよ」
「じゃあその為に民が苦しんでもいいっていうの!?」
「何か不都合があるのかい?」
 平然と返す張譲だった。
「それで」
「あんたのそういうところはね」
「好きになれないのかな」
「大嫌いよ」
 全否定だった。それを露わにさせての言葉だった。
「月だってそう言うわよ」
「董卓ね。相国の」
「月は大丈夫なんでしょうね」
「安心したらいいよ。ちゃんと食べ物は食べさせているしね」
「若し月に何かあったら」
 まさにだ。子猫を護る母猫の顔での言葉だった。
「その時は絶対に許さないからね」
「おや、そんなことを言っていいのかな」
 ここでも悠然と返す張譲だった。
「若しそんなことを言えば董卓がね」
「だからよ。あんたにはね」
 どうしてもだ。逆らえないというのだ。
 賈駆は怒りに満ちた顔だった。しかしだ。
 身体を震わせながらも何もできなかった。それが今の彼女だった。
 そしてだ。こう言うしかなかった。
「言うことを聞くわよ。ただし月にはよ」
「安心していいよ。指一本触れないよ」
「絶対によ」
「君達が大人しく従ってくれればね」
 こう告げるのだった。そしてだ。
 その話が終わってからだ。またであった。賈駆にこう告げた。
「それで袁紹や曹操のことだけれど」
「向こうもお金が必要だからそれは送って来ないわよ」
「高句麗の討伐もかな」
 張譲はこのことも話した。宮中の奥の暗い一室で話すのだった。
「それもしないのかな」
「高句麗にしても南越にしてもよ」
 そうした国々がどうかというのだ。
「我が漢王朝にこれといって歯向かってないじゃない」
「確かにね。それはね」
「匈奴や烏丸じゃあるまいし。そうした相手をよ」
「攻めたりはしないんだね」
「断るに決まってるでしょ」
 そのだ。牧達がだというのだ。
「絶対によ」
「それじゃあね」
「それじゃあ。どうするっていうのよ」
「彼等を解任しよう」
 そうしようとだ。張譲は言った。
「その任をね。解任しよう」
「牧を辞めさせるっていうの!?」
「そう、そして部下達と共に都に召還する」
 そうするというのだ。
「そのうえで処罰するとしよう」
「そんなことしたら大変なことになるじゃない」
 賈駆は張譲の今の言葉にだ。顔色を失って反論した。
「それで向こうが従うって思ってるの!?」
「帝の言葉だよ」
 張譲はその得意技を言ってみせた。
「それに逆らうのなら謀反人だよ」
「謀反人だっていう理由で征伐するっていうのね」
「幸い兵はあるしね」
 その兵が何かも話すのだった。
「君達の兵がね」
「僕達を何処までも使うつもりなのね」
「じゃあ彼女がどうなってもいいのかな」
 張譲はさらに反抗的になった張譲に切り札を返した。
「どうだい?」
「わかったわよ。じゃあ袁紹や曹操が歯向かっても」
「戦ってくれるね」
「ええ、そうさせてもらうわ」
 賈駆は不本意ながら頷くしかなかった。それでだった。
 彼女は張譲の言葉を全て受けた。そのうえでだった。
 怒りに震える身体で張譲に背を向けてその場を去った。その後ろ姿をだ。張譲は悠然とした笑みで見送ってだ。そうして見送るのだった。
 それが終わってからだ。彼はだ。
 もう一人の来訪を受けた。それは。
 于吉であった。彼が来てだ。こう張譲に言ってきた。
「いい流れですね」
「そうだね。君の思う通りの流れだね」
「はい、そうです」
 まさにだ。その通りだと言う于吉だった。
「このまま民を苦しめその怨嗟の声を集め」
「怨みや苦しみを太平要術の書に込めていくんだね」
「そうすれば書の力はさらに強くなります」
 そうなるというのである。
「実にいいことです」
「そして書の力でだね」
「天下を混乱させます」
 そうなるというのだ。
「そしてその中での民の苦しみがさらにです」
「書の力を高める」
「全ては輪になって動くのです」
 これこそがだ。于吉の願いなのだった。
「いいことです。実に」
「まあ僕にしてみればね」
 張譲はその于吉にこう話した。
「己の贅を極めればいいけれどね」
「その為には他人がどうなっても構わないと」
「宦官は子孫を残せないんだ」
 己の男としての象徴を切り取っているからだ。宦官は子孫を残せない。だからこそだ。彼は己の贅や権勢を追及する方に向かうのである。
 特にこの張譲はだ。そうした男だった。だからこそだった。
「それだと己のね」
「贅を極めんとされますか」
「そうだよ。君達が天下を大乱に導いてもね」
「構わないと」
「好きにしたらいいよ。本当にね」
 そうしたことにはだ。実際に何の興味も見せない張譲だった。
 それでだ。また言う彼だった。
「じゃあ。僕はこのままね」
「陰にいてそのうえで」
「董卓は人質に取ってるんだ。彼女の勢力は意のままだよ」
「いいのですか?賈駆さんはかなり反抗的ですが」
「反抗的でも僕には絶対に逆らえないよ」
「人質がいるからこそ」
「その通りだよ。最高の切り札だよ」
 まさにだ。そうだというのである。
「その切り札がある限りはね。彼女は僕には逆らえないよ」
「そうですか」
「僕が生きているとは知らないにしても」
 これはだ。流石に賈駆以外は気付いていなかった。しかしだだった。
「黒幕がいるってことは気付いているみたいだね」
「それも構わないのですね」
「全く。僕がいるということなんて誰にもわからないよ」
 だから平気だというのだ。
「後宮の奥深くにいる僕にはね」
「はい、まさに」
「そう。誰も僕には手を出せない」
 後宮の奥深くに隠れている彼にはだ。どうしてもというのだ。
 そうした話をしてだ。さらにであった。于吉が言うのであった。
「さて、各州の牧達がどう動くかな」
「動きますね」
「そうだね。謀反を起こすね」
「彼女達は彼女達の旗を掲げるでしょうが」
「何、手は幾らでもあるよ」
 張譲はここでも平然としている。
「兵もあるしね」
「そうですね。では天下はさらに」
「乱れさせる。そういうことだね」
「はい、そうさせていきます」
 于吉は企む笑みで話した。そうしてだった。
 張譲の前から姿を消した。その彼が向かう場所は。
 闇の中だった。その中に入ってだ。彼等と話すのであった。
「どうだ、張譲は」
「いいことです」
 こうだ。左慈に話すのだった。
「完璧に動いてくれます」
「そうか。そこまでか」
「宦官はいいものです」
 彼自身ではなくだ。宦官について話すのだった。
「己のことしか考えず。その為には手段を選びません」
「趙高の頃からな」
「ですね。そして自分も手駒とは気付かない」
「後宮にいては視野も狭くなるものだ」
「だからだ。いいものだ」
 左慈はまた話した。
「実に使いやすい」
「はい。そしてです」
「各地の州牧達が動くな」
「間違いなく。そうなります」
 こうも話す。
「そしてその時に」
「御前等が動くのだな」
 左慈は左に顔を向けた。そのうえで闇に問うた。
 すると闇の中からだ。まずはバイスとマチュアが出て来た。
 そしてだ。二人はこう左慈に答えた。
「ええ、そうよ」
「その通りよ」
 二人が同時に言った。
「その戦乱の時にはね」
「私達も動くわ」
「無論私もです」
 青い服の牧師も出て来た。彼は。
「このゲーニッツも」
「オロチ一族は全てね」
「動くわよ」
 小柄な少年とだ。目を前髪で隠した女も出て来て言うのであった。
「そうだね、社」
「動くのよね」
「ああ、いよいよその時が来たな」
 あの白い髪の男も出て来た。
「クリス、シェルミー、それでいいな」
「ええ、勿論よ」
「そしてこの世界でオロチをだね」
「出させる。そうする」
「うむ。私もだ」
 今度はだ。赤いタキシードの男だった。
 端整な口髭に丁寧に整えたブロンドの髪を持っている。見れば左目がない。
 その男も出て来てだ。言うのであった。
「このルガール=バーンシュタインはだ」
「石像を造られるのですね」
「そうだ」
 その通りだとだ。于吉の問いに答える。
「それが望みだ」
「俺はだ」
 また出て来た。黒い肌に白い髪、漆黒の洋服を来た男だった。
 顔は整っている。しかしえも言われぬ暗黒を身に纏いだ。闇の中から出て来たのである。
「ここに常世を出す」
「わしもそれに同意しようぞ」
 小柄で不気味な老人もいた。
「さて、楽しいものになるであろうな」
「色々いるものだな」
 左慈はそんな彼等を見て述べた。
「あちらの世界というのは」
「はい、その通りです」
 ゲーニッツが礼儀正しく左慈に答えた。
「私達の世界はそうした楽しい世界なのです」
「いい世界ですね」
 于吉もそれを聞いて言う。
「その世界が私達の世界に来てくれるのですか」
「思う存分していいかのう」
 老人がここで言った。
「わし等の思うままに」
「はい、朧さん達の思われるままに」
 于吉はここで老人の名前を呼んでみせた。
「そうされて下さい」
「この世界を混乱に陥らせる」
「そうすれば我々の目的が達せられますし」
 于吉はだからいいというのだ。
「思う存分暴れて下さい」
「俺達もだ」
 左慈がまた言った。
「当然動く」
「この世界を混乱に陥れる為にですね」
「混乱の中で流血と殺戮が起きる」
 それがいいとゲーニッツにも話す左慈だった。
「その時の恐怖と絶望の心が俺達の力の糧となるのだからな」
「思えば因果なものですが」
 于吉は楽しげに笑って述べた。
「だがそれがいいのです」
「俺達は妖仙人だ」
 左慈は自分達が何者かということも語るのだった。
「普通の仙人とはまた違う」
「そうした負の感情を糧にしているのです」
「だからだ。この世界をだ」
「混乱のきわみに陥れます」
 そうしたことを話すのであった。それが終わってからだ。
 彼等は解散した。そしてであった。
 社はだ。夜にだ。城壁の外の荒涼とした道を歩きながら同行しているシェルミーとクリスに話した。三人は行動を共にしていた。
「なあ」
「どうしたの?」
「さっきの会議のこと?」
「まあそうなるな」
 その通りだと話す彼だった。
「あの于吉と左慈だけれどな」
「気に入らないとか?」
「そうだっていうのかな」
「いや、結構気に入った」
 彼等はだ。特に問題がないというのだ。
「俺達と同じ考えだからな」
「そうね。人間の世界を破壊する」
「文明と敵対する立場だからね」
「だからいいんだよ」
 目的が一致しているからだというのだ。
 それを話してだ。社はだ。こうも話した。
「それでな」
「お腹空いた?」
「ひょっとしてそうかな」
「ああ、腹減ったな」
 社は自分の腹を摩りながら述べた。
「ちょっとな」
「といってもね」
「今はちょっと」
 シェルミーとクリスは周りを見回す。しかしなのだった。
 店はおろか人影一つない。そうした状況ではだった。
「何も食べられないわよ」
「果物の木とかもないしね」
「いや、食い物はあるんだよ」
 ところがだった。社はこう言うのだった。
 そしてだ。己のズボンのポケットからだった。
 大きな黒い鍋とインスタントラーメンの袋を出してきた。それをだった。
 出して来てだ。そのうえで二人に言った。
「これな」
「鍋とインスタントラーメン」
「ポケットに入れてたんだ」
「ああ、そうなんだよ」
 それで持っているというのである。
「どうだ?一緒に食うか?」
「ええ、それじゃあね」
「食べようか」
 二人は社のその提案に頷いた。そしてだ。
 その場に車座になって座り込んでだ。そうしてだった。
 薪も社が自分のズボンのポケットから出してだ。クリスが火を点けた。そのうえで何時の間にか水が入れられている鍋にラーメンを入れてだった。
 三人で食べはじめる。そうしてまた話をするのだった。
「やっぱりラーメンはこれだな」
「インスタントね」
「社本当にインスタントラーメン好きだよね」
「ああ、大好きだぜ」
 その通りだとだ。笑顔で言う彼だった。
「だからこっちの世界にも持って来たんだよ」
「ポケットに入れられるのがいいね」
「そうだね」
 二人はそのことには全く疑問を抱いていない。
 そうしてだ。ラーメンをさらに食べ続ける。そこにだ。
 朧が来た。今度は彼が言うのであった。
「おお、美味そうじゃな」
「ああ、あんたもどうだ?」
「食べる?」
 社とシェルミーが彼に顔を向けて尋ねた。
「ラーメンはまだまだ一杯あるからな」
「遠慮しなくていいわよ」
「ふむ、それではじゃ」
 二人の誘いを受けてだった。
 朧も彼等の中に入った。そのうえで碗と箸を出して来てだ。そのラーメンを食べるのだった。それを食べてまずはこう言ったのだった。
「ふむ。これはじゃ」
「これは?」
「美味しいかな」
「美味いのう」
 こうシェルミーとクリスに答えたのだった。
「御主達の時代ではこうしたものを食っておるのか」
「ああ、そうだぜ」
 その通りだとだ。社は笑顔で話した。
「俺はいつも食ってるぜ」
「よい時じゃのう」
「この時でも食ってるんだよ」
 そうだというのだ。
「それでだけれどな。あんたとも長い付き合いになりそうだな」
「そうじゃな。どうやらな」
「仲良くやろうぜ」
 社はにこやかに笑って述べた。
「楽しくこの世界を破滅させような」
「常世をこの世に出してじゃな」
「私達はオロチを復活させてね」
「そうして破滅させるよ」
 シェルミーとクリスはそうしてだというのだった。
「さて、それじゃあね」
「これから色々と楽しくなるね」
「あの于吉よ左慈もよい」
 朧は彼等もいいというのだった。
「しかしそれと共にじゃ」
「司馬尉だよな」
「うむ、あの娘じゃ」
 彼女だとだ。社に答えた。
「あの娘。中々いい筋をしておる」
「あいつはやるぜ」
 社も楽しげに笑って話す。
「己の野心の為には人を殺すことなんて何とも思ってないな」
「そうじゃな。この世界を破滅させ」
 司馬尉もだ。それを狙っているというのだ。
「そのうえで己の国を築き上げるのじゃな」
「民は人間じゃないんだな」
 彼等にとってはだ。人間でなければそれでよかった。そうした意味で彼等は人間ではなかった。その心がそうであるからだ。
「そうした国を築きたいってか」
「己の国であればいいそうじゃ」
 骸は司馬尉の求める国はそうしたものだというのだ。
「常世の者達でもな」
「ああ、常世な」
 社は常世と聞いてだった。
 少し考える顔になって述べた。
「そっちの世界ってあれだよな。死んだ奴等の世界だったよな」
「その通りじゃ」
 まさにそうだと言う朧だった。
「無論この世界とは相容れぬ世界じゃ」
「言うなら地獄?」
「そうした世界なのかな」
「まあそうなるな」
 まさにそうだというのであった。朧は二人に話した。
「そこにおるのは生きていた頃碌なことをしておらんかった奴等ばかりじゃからな」
「ああ、じゃああれだな」
 社はその常世の話を聞いてだ。察した顔でこう述べた。
「その碌でもない奴等が司馬尉の国の民になるって訳か」
「うむ、そうなる」
「で、生きてる連中はそいつ等の糧なるんだな」
「オロチにより崩壊させられた世界でのう」
「いいな、それ」
 社はその話を聞いても楽しげに笑った。
 ラーメンの袋を破いてそれを鍋の中に入れてからだ。彼はまた言った。
「俺達にとって最高の世界だぜ」
「私達はオロチだからね」
「生きている人間の考えはないから」
 それが大きいというのである。シェルミーとクリスも言うのだった。
「さて、じゃあね」
「これから宜しくね」
「うむ、あらためてな」
 朧はそのラーメンを食べながら話した。
「楽しくやろうぞ」
「そうするか。しかしこの世界ってあれだな」
 社もラーメンを食べながら言う。
「中国なんだよな」
「ええ、そうよ」
「それは間違いないよ」
 シェルミーとクリスが社の今の言葉に応えて話す。
「あの三国志のね」
「その時代だけれどね」
「何か全然違うな」
 社は首を傾げさせて言った。
「俺達の思ってた中国とな」
「そうね。それはね」
「僕もそう思ったよ」
 二人もだ。それはその通りだというのだった。
「服装だって全然違うしね」
「食べ物なんか特にね」
「今インスタントラーメン食ってる俺達が言うのもあれだけれどな」
「普通に酢豚とか炒飯とかあるし」
「そうそう、唐辛子があったりしてね」
「この時代の中国に唐辛子なんてなかったよな」
 社はそのことも話した。
「本当にわからない世界だよな」
「まあそこが面白いんだけれどね」
「だよね。僕達の世界とはまた違って」
「ふむ。そうじゃな」
 朧もラーメンを食べ続けている。そうして話すのだった。
「美味いものを食えるのはいいことじゃな」
「そうだな。そう考えればいいよな」
「うむ。楽しい世界ならそれでのう」
「それで食った後でどうだ?」
 社が朧にこんな提案をした。
「音楽でも聴くか?」
「音楽とな」
「そうだよ。俺達バンドやってんだよ」
 彼等の元の世界での話だった。人間としてはそれを仕事にしているのだ。
「だからだ。その音楽聴くかい?」
「音楽は嫌いではないがのう」
「じゃあいいな。聴くな」
「準備は何時でもできてるわよ」
「すぐにできるからね」
 シェルミーとクリスも話す。
「それじゃあ食べ終わったらね」
「演奏と歌、するからね」
「そっちの音楽はよく知らぬがじゃ」
 朧はこう前置きして話した。
「しかしそれでも何か楽しそうじゃな」
「ああ、楽しいぜ」
 社はまた笑って話した。その表情自体は明るく邪なものはない。少なくとも彼等の考えの中では邪なものは全くない。
「だから聴くな」
「そうさせてもらうぞ」
 彼等は打ち解けて和気藹々としていた。そのうえで人間の世界、この世界のそれを滅ぼそうとしていた。そのことも話し合っていたのだ。
 その頃だ。華陀はだ。益州にいた。
 その山の多い国の中でだ。ギース達と話していた。
「じゃああんた達はな」
「どうすればいいのだ?」
「この国では」
「とりあえず何処かで休んでいてくれ」
 そうしてくれとだ。ギースとクラウザーに答えるのだった。
「俺は少し本山に用があってな」
「張魯といったな」
「ゴオオオオオオオッド米道の主だったか」
「ああ、張魯様にこれまでのことをお伝えしないとならない」
 そうしなければとだ。真剣な面持ちで話すのだった。
「そしてこれからのこともな」
「相談するか」
「何かと忙しいのだな」
「こう見えても結構忙しい身分なんだ」
 華陀はここでは微笑んで二人に話した。
「病の者を救うだけじゃなくこの世界の為にも働いているからな」
「ダーリンって正義の味方なのね」
「まさしく医者王ね」
 絶好のタイミングと言えた。
 妖怪達がそれぞれ彼の左右に出て来てだ。身体をくねらせて言うのであった。
「世の為人の為」
「悪の野望を打ち砕く」
「金色の輝きを恐れなければ」
「かかって来いなのね」
「ああ、その通りだ」
 まさにそうだと答える華陀だった。
「それが俺の考えでやり方だ」
「偉いわ、ダーリン」
「だから好きなのよ」
 怪物達は身体をくねらせ続ける。ギース達は流石にそれを見ても平気である。しかし周囲はだ。地震が起き山が崩れていっていた。
 その破壊の中でだ。彼等は言うのであった。
「そのダーリンならね」
「きっとこの世界を救えるわ」
「その前に崩壊すると思うがな」
 ミスタービッグはその破壊されていく周囲を見て言った。
「これはまずいんじゃないのか?」
「あら、地震かしら」
「世界が私達の美しさに驚いているのね」
 あくまこんな考えになる二人だった。
「感動しちゃうわ」
「本当にね」
「だからだ。身体をくねらせるのは止めてくれるか」
 獅子王がこう二人に言った。
「さもないとだ。この辺りが本当にだ」
「そうね。私達の美しさのせいで世界が壊れるのも駄目よね」
「それもかえってよくないわね」
「じゃあこうしましょう」
「こうすればいいのよ」
 くねらせるリズムを変えた。それだけでだ。
 崩壊していっていた世界がビデオの巻き戻しの如くにだった。
 元に戻っていく。それで終わるのだった。
 それを見届けてからだ。二人は平然として話すのだった。
「これでいいわね」
「万事解決ね」
「世界を崩壊させて元に戻すか」
「完全に人間ではないな」
 ギースとクラウザーは言い切った。そのことを確信してだ。
「何処まで異常だ」
「訳がわからない」
 こんな話をしてだった。そのうえでだ。
 華陀はあらためて仲間達に話した。
「とりあえず山に入ったら皆は適当に修業でも食事でもしていてくれ」
「ダーリンはその間になのね」
「張魯様とお話をするのね」
「ああ、その通りだ」
 まさにそれだというのだ。
「そうさせてもらうからな」
「わかったわ。じゃあね」
「待たせてもらうわ」
 妖怪達は彼の言葉に頷いた。
「それじゃあね」
「その間私達の美に磨きをかけるとするわ」
「自分達がそう思っているのならいいが」
 刀馬も多くは言わなかった。そこまでの気力はもうなかった。
「とにかく俺達はだ」
「刀馬様は何をされますか?その間は」
「修業だな」
 それをするとだ。命に答えた。
「それをしよう」
「わかりました。では私も」
「御前も修業をするか」
「はい、そうさせてもらいます」
 実際にそうすると答える彼女だった。
「刀馬様と共に」
「ではそうしろ。俺は一人でもできる」
「はい、それでは」
 そんな話をしてだ。彼等はだった。
 山に入ったのだった。そしてそこでもだった。
「なっ、何だあの二人は!?」
「人間か!?いや、違う」
「化け物か」
「魔物か!?」
 勿論あの二人を見ての話である。
「何処から出て来た!?」
「魔界からなのか」
「何処の山にいた」
「どうしてこの山に来た」
「んっ?皆どうしたんだ?」
 華陀は驚く彼等に何でもないといった顔で返した。
「おかしな奴でも来たのか?」
「いえ、その二人ですが」
「華陀様の左右にいる二人です」
「その連中ですが」
 彼等はこう言うのであった。その彼等を指し示してだ。
「一体何なのでしょうか」
「人間なのですか?」
「人間だが?」
 その通りだとだ。華陀は落ち着いた声で答えた。
「それ以外の何に見えるんだ?」
「そ、そうですか」
「華陀様がそう仰るのならです」
「我等もそれでいいのですが」
 山の者達は華陀の話を聞いてとりあえずは頷いた。山は道観があちこちに建てられ塔も見える。山全体は道観になっている感じだ。
 そこには道士達がいる。その彼等が華陀に問うているのだ。
「それでお二人の名前は」
「何というのでしょうか」
「あたし貂蝉よ」
「あたしは卑弥呼よ」
 二人はポージングをしてそれぞれ名乗った。するとだ。
 その瞬間だ。周りで大爆発が起こった。それだけでだ。
「宜しくね」
「優しくしてね」
「名前を名乗っただけで爆発が起こっただと!?」
「どういう能力だ」
 山の者達はまた驚くことになったのだった。
「ううむ、華陀様も何とも思われないのか?」
「この事態に」
「いい連中だぞ」
 やはり平然として言う華陀だった。
「俺の親友だ」
「いやね、ダーリンったら」
「親友なんてものじゃないじゃない」
 また言う怪物達だった。
「あたし達はもうね。心と心でつながってるじゃない」
「とても深い絆じゃない」
「そうだったな。俺達は同志だ」
 華陀はこうも言い切ってみせたのだった。
「志を同じくする同志だ」
「そうよ、あたし達三人でね」
「世界を愛で満たすのよ」
「それでだが」
 そんな話をしてからだった。
 華陀はだ。あらためて山の者達に尋ねた。
「張魯様はおられるか?」
「あっ、はい。張魯様はです」
「本堂におられます」
 その話自体はすぐに終わった。
「では今からそちらにですね」
「赴かれますか」
「そうする。それではだ」
 こう話してだった。彼は本堂に向かうのだった。その彼にだ。
 また怪物達がだ。華陀に声をかけてきたのだった。
「じゃあダーリン、それじゃあね」
「お話しっかりとね」
「ああ、してくる」
 華陀は笑顔で二人に返した。
「その間待っていてくれ」
「そうね。エステでもしようかしら」
「美しさに磨きをかけたいわね」
「いや、それは」
「何と言うか」
 山の者達はだ。そんな彼等を見てだった。 
 蒼白になってだ。こう言うのであった。
「美とかそういうものではなく」
「全くの正反対ではないかと」
「さて、それでだけれどね」
「いいかしら」
 また話す彼等だった。山の者達の話をよそにだ。
「エステは何処かしら」
「何処でできるのかしら」
「いや、それはないですから」
 道士の一人がそれはないとだ。二人に恐る恐る答える。
「ここは道教の山ですから」
「あら、残念ね」
「そういう場所はないの」
「はい、ありません」
 まさにその通りだというのである。
「修業する場所です」
「そう、修業ね」
「じゃあそれをするとするわ」
 話はそこに落ち着いた。落ち着きかけた。
 ところがだ。彼等はだ。こんなことを言い出したのであった。
「じゃあここはね」
「修業で美を磨くとするわ」
「修業で奇麗になるのですか?」
「なるわよ。ちゃんとね」
「私達ならね」
 こうだ。二人は話すのであった。
「それじゃあ。ランニングに筋トレにね」
「それと水泳をしてよ」
「この完璧なプロポーションをさらに完璧にさせるわ」
「そうするとするわ」
 こんなことを言い出したのであった。そしてだ。
 またしてもだ。ポージングをした。すると再びであった。
 周囲で大爆発が起こった。それで山は大騒ぎになった。
 そんな騒動を引き起こしながらもだ。華陀は張魯と話をするのであった。そうしてこれからの彼等の行動をだ。決めるのであった。


第七十四話   完


                    2011・4・9







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