『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』
第七十三話 張遼、董卓を探すのこと
洛陽でもだ。相変わらずのキムだった。
囚人達に対してだ。容赦なく蹴りを浴びせていた。
「そこ、さぼるな!」
「は、はい!」
「わかりました!」
蹴り飛ばされた囚人達が応える。見ればまたあの三人だ。
「しっかり働きやすので」
「ご勘弁を」
「この宮殿を造り終えたらだ」
次は何か。キムは話すのだった。
「それからだが」
「それからっていいやすと」
「まだあるのですか」
「そうだ。陵墓だ」
次はそれだというのだ。
「先帝のだ。これ以上はない見事な陵墓を築くのだ」
「何か建築ばかりですね」
ジョンが来てだ。キムのその話を聞いてこう述べた。
「あまりよくありませんね」
「ジョンさん、そのことを言うのは」
「いえ、これは少し妙です」
キムが止めてもだ。まだ言うジョンだった。
「建築が国を傾けさせるのはよく言われていますが」
「それはその通りです」
キムもそれは知っていた。歴史における常識である。
「しかしです。これはです」
「董卓殿が決められたことだからですね」
「我々としては働くだけしかないです」
こうジョンに言うのである。
「そう考えていますが」
「それはその通りです」
ジョンもそれはその通りだと返す。しかしであった。
ここでだ。彼はまた言うのであった。
「ですが。あまりにもです」
「董卓殿のされることではないというのですね」
「董卓殿は民を苦しめることを嫌われます」
それが董卓の考えの根幹にあるものの一つであるのだ。
「擁州でも建築なぞは殆んどありませんでしたね」
「はい、それは確かに」
「ですが都に入られてから急に建築ばかりされています」
「しかも贅沢な暮らしまで」
「董卓殿は質素でしたが」
それもだ。ジョンにとっては不可思議なことであった。
二人の顔は次第にいぶかしんでいく。そうしてだ。
今度はだ。二人のところにチャンとチョイが来て話すのであった。
「旦那達、こっちは済んだぜ」
「無事に終わったでやんす」
そうだとだ。話す二人だった。
「宮殿の建築は順調にいってるけれどな」
「後陵墓でやんすが」
「うむ、そこだな」
「そこもありますね」
キムとジョンは二人の話からそちらにも考えを及ばせた。
「あちらの監督にも行かねば」
「では後で」
「ああ、そっちは呂布ちゃんが行ってるぜ」
「陳宮ちゃんもいるでやんすよ」
「ううむ、呂布殿か」
その名前を聞いてであった。キムの顔が曇った。
「監督には向かないと思うが」
「少なくとも旦那よりはいいよな」
「そう思うでやんすよ」
二人はキムに背を向けてだ。身体をそれぞれ屈めさせてひそひそと囁く。
「旦那と一緒にいたらそれこそな」
「強制収容所でやんすよ」
「俺達前の世界から強制収容所にいるけれどな」
「絶対に出られないでやんすから」
「一体何を話しているのだ?」
その収容所の所長からの言葉だ。
「私のことを言っているのか?」
「いや、特に何も」
「言ってないでやんすよ」
二人は慌ててキムに顔を向けて全力で否定した。
「ただ。あっちはもう監督がいるからな」
「旦那達はここで専念できるでやんすよ」
「そうか。それならだ」
「ここで監督を続けましょう」
「できれば寝て欲しいだけれどな」
「休まない旦那達でやんすから」
それは当人以外の誰もが思うことだった。
「とにかく。最近建築ばっかりだよな」
「修業の時間は減ってないでやんすが」
それを減らす様な二人ではないのであった。
「妙な感じだよな」
「お金は大丈夫でやんすかね」
「だよな。相当派手な宮殿になるけれどな」
「働いている人間も相当多いでやんすよ」
チャンとチョイものだ。このことに気付いてきたのだ。
「駆り出される奴は大変だよな」
「重税もかけられてるでやんすよ」
「只でさえ都は大変だったんだろ?」
「それでここまでしていいでやんすか?」
「おい、怪我人が出たぜ」
山崎である。彼も来たのである。
「柱が倒れてな。大変なことになってるぜ」
「何っ、本当か?」
「それは一大事です」
それを聞いてだ。山崎の方にだ。キムとジョンはすぐに顔を向けた。
「すぐに行きましょう」
「はい、そうしましょう」
「幸い死人は出てないけれどな」
山崎はそれはないというのだ。
「それでも。ちょっと行った方がいいな」
「わかっている、ではだ」
「行きましょう」
「怪我人も増えてきてるしな」
「このまま。もっと大変なことになりそうでやんすよ」
チャンとチョイはだ。これからのことに不安を感じているのであった。
その彼等にだ。今度は山崎が声をかけてきた。
「御前等もおかしいって思うんだな、今は」
「絶対におかしいだろ」
「董卓ちゃんのすることではないでやんすよ」
「だよな。これ本当にあのお嬢ちゃんが命じてるのか?」
山崎もだ。いぶかしみながら話すのだった。
「自分の為にこんな建築やら何やらするか?」
「しないよな、絶対に」
「堤やそうしたものはよく造ったでやんすが」
つまり民の為に造るものを造っていたのである。彼等も擁州においてはその建築に従事してだ。キムとジョンにこき使われてきたのだ。
「しかし今はよ」
「おかしなことになっているでやんすよ」
「これ、絶対にお嬢ちゃんの命令じゃないぜ」
山崎は断言した。
「他の誰かが命じてるんだぜ」
「誰か?それは誰なんだよ」
「ちょっと考えつかないでやんすよ」
「黒幕がいるんだろうな」
悪事を働いてきた人間としてだ。山崎はこう察したのだった。
「多分な」
「黒幕かよ。何か話がきな臭くなってきたな」
「宮廷にいるでやんすか」
「だろうな。そこにいるな」
山崎のその目が鋭くなっている。
「いるとすればな」
「何か俺達って洒落にならない状況の中にいるんだな」
「とんでもないでやんすよ」
そんな話をしていた。そしてであった。
その彼等にだ。キムとジョンが言ってきたのであった。
「御前達も来てくれるか」
「事態は深刻です」
「ああ、じゃあな」
「俺達もそれじゃあ」
「行くでやんすよ」
三人も二人の言葉に頷いてだ。そうしてだった。
救援に向かうのだった。建築現場は大変なことになっていた。
陵墓の建築現場ではだ。
呂布が無表情で立っていた。それだけである。現場は多くの者が土を運びそして積み上げていっていた。ここも作業が行われているのだ。
呂布はその中に立っている。その彼女のところに陳宮が来た。そしてこう彼女に話したのだ。
「恋殿、状況ですが」
「どう?」
「今のところ順調です」
こう呂布に話すのである。
「皆頑張って作業してるのです」
「そう。けれど」
「けれど?」
「無理はしたら駄目」
それはだ。よくないと言うのだ。
「怪我をしたら元も子もないから」
「そうですね。それは」
「そう。こんなことで怪我をしたらよくない」
呂布はだ。今の建築をこう言うのだった。
「何にもならないから」
「あの、恋殿その言葉は」
陳宮は怪訝な顔になって呂布の今の言葉に言った。
「聞かれたらまずいのです」
「いい。これ絶対に月の命令じゃないから」
「名前は月様のものです」
「名前だけ」
既にだ。読んでいるといった感じだった。
「名前だけで。命令出しているのは別の人間」
「別の人間なのですか」
「そう。宮廷の奥深くにいる」
奇しくもだ。山崎と同じ指摘をするのであった。
「いるのは。張譲」
「張譲は処刑されたのであります」
「死体がない」
呂布はこのことを指摘した。
「そもそもそれがない」
「では。やはり」
「そう。宮廷に残っている」
張譲がだ。そうなっているというのだ。
「そして月の名を騙って動いている」
「だとすると許せないのです!」
陳宮は呂布の話を聞いて両手をあげてだ。怒った顔で話した。
「張譲を引きずり出して成敗するのです!」
「宮廷に入って?」
だが、だ。呂布はぽつりとした口調でその陳宮に返した。
「そうして?」
「うっ、それは」
「宮廷には中々入られない」
言うのはこのことだった。
「だから無理」
「うう、困ったのです」
「だから宦官は問題」
「宮廷の奥深くから策を巡らすからなのですね」
「そう。それに月も最近出て来ない」
「そういえば都に入ってから」
陳宮はその眉を曇らせて話した。呂布に言われて気付いたのである。
「月様のお姿を見ません」
「それもおかしい。月はあれで動く娘」
行動派というのだ。それはその通りだ。
「それなのに出て来ないのは」
「確かに面妖なのです」
「詠や董白はいるけれど」
この二人はだというのだ。
「けれど肝心の月は出て来ない」
「考えれば考える程おかしなことなのです」
「おかしなことだらけ」
呂布は今のこの状況をこう言った。
「何とかしないといけないけれど」
「何もできないのです」
「今できるのはこの建築で怪我人を出さないこと」
現場の話であった。それについて話すのだった。
「それをしよう」
「わかったのです。それならなのです」
「おお、二人共そこにいたか」
二人のところにだ。華雄が来た。そうして声をかけてきたのだ。
「食事の時間だ。一緒にどうだ」
「食べる」
こう答えた呂布だった。
「皆で食べると美味しい」
「そうなのです。では三人で食べるのです」
陳宮も応える。こうしてだった。
三人でだ。その場で食べはじめた。食べるのは華雄が持って来た焼き魚と餅であった。小麦を練って焼いた方の餅である。三人はその場に腰を下ろして車座になってだ。そのうえで食べはじめた。
その焼き魚と餅を食べながらだ。陳宮が華雄に話した。
「ところでなのです」
「何だ?」
「董白殿の真名は何なのです」
魚を頬張りながら華雄に尋ねる。
「ねねは教えてもらったけれど忘れたのです」
「陽というのだ」
こう答える華雄だった。
「そうか。忘れたのか」
「恥ずかしながらそうだったのです」
「だが今ので覚えたな」
「はい、それは間違いないのです」
確かにだ。覚えたというのである。
「はっきりと覚えたのです」
「いいことだ。しかしだ」
「しかしなのです?」
「私の真名は何というのだ?」
華雄は右手に持った餅を口に運びながら言った。
「それが問題だが」
「真名あるのです?」
陳宮は怪訝な顔でその華雄に問い返した。
「華雄にもそれがあるとは思えないのです」
「いや、私もそれを知りたいのだ」
彼女自身もそうだというのだ。
「あるのか?それは」
「自分で言っても困るのです」
「そうだな。私にもあると思いたいのだが」
「自分でもわからないのです」
「残念だがそうだ」
わからないというのだ。餅を食べながら陳宮に話す。
「自分の真名がわからないというのもおかしな話だが」
「確かにそうなのです」
「それに私の声だが」
今度は声の話になった。それにだ。
「あれだな。徐州の張飛と似ていると言われるが」
「そっくり」
呂布はぽつりと言った。
「同じにしか聞こえない」
「そこまで似ているか」
「ねねも」
そしてだ。陳宮についても言う呂布だった。
「揚州のあの姉妹と声が同じ」
「自分でも驚いたのです」
彼女は呂布と共に揚州に赴いた時に二人に合っているのだ。
「何でねねと同じ声なのかびっくりしたのです」
「私は似ていないと思ったが」
華雄は自分と張飛を比較して話す。
「しかしそれがだな」
「そう。よく聞くとそっくり」
「声は不思議なものだな」
「中身が大事」
呂布が指摘するのはその部分だった。
「中身と大きな関係がある」
「どうやらその様だな」
華雄も呂布の今の言葉に真剣に頷く。そのうえでの言葉だった。
「世の中というものはそうした意味でも不思議なものだ」
「そう。不思議なもの」
呂布も焼き魚を食べながら頷く。
「何があるかわからない」
「全くだな。それでだが」
「それで?」
「どうしたのです?」
「声が似ている相手についてだが」
その話を続ける華雄だった。さらにであった。
「私は張飛について妙に親近感を覚える」
「ねねもなのです」
陳宮もそうなのだった。
「不思議に話も何もかもが合います」
「あれは不思議だな」
「全くなのです」
「恋にはわからない」
呂布はそれを聞いてぽつりと言った。
「どうしても」
「そうか。相手がいないとか」
「わからない話なのですか」
「そう。どうしてもわからない」
少し寂しそうに言う呂布だった。
「それが寂しい」
「ううん、それはそうだな」
「その通りなのです」
二人はその呂布の同情するものがあった。そんな話をしてだった。
彼女達は食べていく。今は腹ごしらえであった。
宮中ではだ。張遼が董白に尋ねていた。
「何や、あんたも知らんのかいな」
「残念だけれどそうなのよ」
董白は顔を顰めさせてその張遼に返していた。
「姉様のおられる場所よね」
「そや。それわからんのやな」
「わかってたら言うわよ」
こう返すのが董白だった。
「そうでしょ?言わない筈がないじゃない」
「確かに。そやな」
「宮中におられるとは聞いてるけれど」
それは確かだというのだ。
「けれど。実際に何処にいるのかはよ」
「わからへんねんな」
「こんなことってあるの?」
董白は顔を顰めさせて言った。
「宰相の居場所がわからないなんて」
「まして月ちゃんやしな」
「姉様は自分から動く人だから」
だからこそ余計にわからない二人だった。
「それがいないって」
「ほんまけったいな話やな」
「不思議なんてものじゃないわよ」
「ううん、しかも政がおかしいし」
「姉様の政じゃないし」
「宦官の政ちゃうか?」
張遼はこう指摘した。
「今のこれって」
「そうよね。あの連中は建築とか贅沢とかが専門だから」
それはだ。董白もわかっているのだった。彼女も宦官達のすることがどういったものか聞いていて知っているのである。
「そっちよね」
「月ちゃんの考えには思えへんわな」
「おかしなことだらけだけれど」
董白は腕を組んで言った。
「どうなのかしらね」
「ううん、しかもや」
張遼はここでさらに話す。
「各州の牧に銭出せとか属国征伐せいとかな」
「そんな必要ないわよね」
「南越とか高句麗とか攻めて何になるんや?」
張遼はいぶかしむ顔で述べた。
「おかしなことばっかりやで」
「詠も何か」
董白は彼女の名前も出した。
「様子がおかしいしね」
「そやそや。あの娘妙によそよそしい感じやな」
「あの娘は何か知ってるのかしら」
「そやったら何知ってるんや?」
張遼はそのことを言った。
「洒落にならんことやと思うんやけれどな。知ってるとなると」
「本人に聞いてみる?」
「詠にかいな」
「そうよ。ただあの娘最近かなりおかしいけれど」
「そやな。何か隠してように思えてきたわ」
董白の話を聞いてだ。張遼も言うのである。
「あの娘もな」
「とにかく姉様がおられないのは問題よ」
それが一番問題だという董白だった。
「姉様がおられるとは思えないから」
「そうやなあ。けったいな状況になったで」
「どうしたものかしらね」
こんな話をしてだった。二人はだ。
ふとだ。こんなことを話すのだった。
「なあ。どうするんや?」
「どうするって?」
「月ちゃん探さへんか?」
張遼はこう董白に提案するのだった。
「どっかにおるんやったらな」
「探すっていっても」
「宮中のどっかにおるんやろ?」
「多分ね」
それは言える董白だった。
「そうだと思うわ。ただね」
「ただ?」
「宮中を動き回るっていうの?」
董白は目を顰めさせて張遼に問い返した。
「この宮中を」
「あかんか?」
「帝の後宮になんか絶対に入られないわよ」
董白が指摘するのはそのことだった。
「そこも入るつもりなの?まさかと思うけれど」
「ああ、後宮もあったな」
「宮中ならまだ何とかなっても」
それでもだというのだ。
「あれよ。後宮はよ」
「後宮だけはあかんな」
「そうよ、許可なく入ったらそれこそ斬首よ」
流石にだ。後宮はそうなのだった。
「その覚悟があるのなら別だけれどね」
「いや、ここで死ぬ訳にはいかんな」
張遼は腕を組んでだ。いぶかしむ顔で述べたのだった。
「それだけはやな」
「そういうことよ。今貴女に死なれたら困るわ」
それを言う董白だった。
「今は少しでも人が必要だから」
「こうした状況やから余計にやな」
「その通りよ。今姉様の名前で各州の牧達に無茶言ってるけれど」
「あれ、最悪やで」
張遼はまさにそれだと言い切った。
「牧の娘等怒ってそれこそや」
「叛乱起こすでしょうね」
「特に袁紹とか曹操が叛乱起こしたらどないするんや?」
その二人ならだば。特にだというのだ。
「抑えられるんかいな」
「難しいわね」
董白も腕を組み難しい顔になって述べる。
「正直なところね」
「どっちも兵の数多いしな」
「しかも将師の質もいいわ」
どちらもだというのだ。
「そうしたのが叛乱を起こせばね」
「最悪な話はや」
「あれね。各州の牧達が一斉に叛乱を起こすことね」
「そうなったらマジでやばいで」
張遼は真剣に憂慮する顔で述べた。
「それこそこの都に全軍で押しかけてきてや」
「今度は私達全員が謀反人としてね」
「打ち首や」
今度は彼女達がだというのだ。
「貴女や華雄もいて恋もいてくれてるけれど」
「それでも敵の数が多過ぎるとや」
「数で押し切られるわよね」
「そやから今は無茶はできん筈や」
それは間違いないというのだ。張遼もわかることだった。生粋の武人である彼女だがそうした政治感覚も身に着けている様である。
「けれど何でや。今のこの話は」
「過度の建築に途方もない贅沢に無茶な出兵に」
「まんま国を滅ぼす流れやないか」
「そうよ。夏とか殷が滅亡した時の流れよ」
まさにだ。そうした顔の王朝の滅亡の流れだというのだ。
「しかも姉様のものとは絶対に思えない」
「そやな。けれど月ちゃんのやることやないってのはや」
「他の牧は思わないわよね」
「民もや」
彼等もだというのだ。
「擁州の民はわかってるで」
「そうよね。私達の地元だし」
「けどそれはこの都や他の州の人間は知らん」
「私達牧の中では目立たなかったし」
董卓は袁紹や曹操達に比べれば影が薄かったのだ。これは董卓の大人しい性格故だ。しかしその性格が今はなのだった。
「それが宣伝にならなかったから」
「何か悪いことに悪いことが重なるなあ」
「本当ね。どうしたらいいのかしら」
「とりあえず宮中探すか?」
張遼の案は結局ここに落ち着いた。
「後宮には入られへんけれどや」
「そうね。それしかないわね」
董白も張遼のその案に頷いた。彼女にしても今はとにかく気持ちを落ち着かせたかったのだ。今の状況に気が滅入っているのだ。
「今はね」
「よし、ほな決定やな」
「ええ。ただね」
「ただ?やっぱりあれやな」
「そう、後宮には絶対に入らない」
董白は真剣な顔で張遼に告げた。
「それだけは注意してね」
「ああ。じゃあ宮中見て回るか」
「そうしましょう。けれど考えてみたら」
「うち等宮中のことあまり知らへんな」
「ずっと擁州にいたし」
そこが問題なのだった。彼女達は急に都に来たからだ。実は宮中はおろか都のこともあまり知らないのである。そのことにも戸惑っているのだ。
「長安なら知ってるけれど」
「ここはなあ」
「けれど見回りましょう」
董白はそれでもだというのだった。
「それでいいわね」
「ああ。ほなな」
「幸い今宦官達は後宮に閉じ篭ってるし」
何だかんだで彼等は大人しくなったのだ。張譲が死んだことになっているからだ。ただし彼女達は張譲達は死んだと思っている。
「今のうちにね」
「そうしよか」
こんな話をしてだ。そうしてであった。
二人は宮中を見回った。無論董卓を探す為である。巨大な柱や豪奢な装飾で飾られた豪壮な美があるその中を回る。しかしだった。
その中にはだ。探している相手はいなかった。全くだ。
手掛かり一つない。その中でだ。
張遼はだ。いぶかしむ顔でこう言うのであった。
「ひょっとしたらや」
「ひょっとしたら?」
「宮中に地下室とかないか?」
そうではないかというのだ。
「それでそこから秘密の抜け道とかあってや」
「それでその先になのね」
「隠し扉とか誰も知らん牢獄とかあってや」
「姉様はそこにいる」
「そうなってるんちゃうか?」
こう予想を言うのだった。
「ひょっとしたらな」
「そうね。可能性はあるわね」
董白は考える顔で述べた。
「それもね」
「そやろ。そやったらや」
「そういう部屋探す?」
「そないしよか。色々とな」
「そうね。それじゃあ」
こうしてだ。二人は今度は宮中の怪しい場所を虱潰しに探し回った。そうして色々な場所を見回った。しかしそれでもなのだった。
見つかったものはなかった。全くだった。どの壁や扉を調べてもだ。無論床や天井も調べた。だがそれでも全く見つからなかった。
「あかんなあ」
「何もないわね」
「宮中には何もないんかいな」
「そうみたいね」
董白は眉を顰めさせて述べた。
「残念だけれど」
「ほな月ちゃん何処におるんや」
「わからなくなってきたわね。後宮にはいないでしょうけれど」
董白は言った。しかしだった。
ここでだ。彼女は見落としていた。そうして話すのだった。
「結局宮中にはいないってことね」
「この都のどっかにはおるやろな」
「都ね。一件一件調べていく?」
「手間かかるなあ」
「けれどそれしかないわよ」
董白もぼやく顔だがこう言うのだった。
「やっぱりね」
「そやな。今はな」
「そうしましょう」
こうしてだった。彼等は都の怪しそうな空き家を調べたり手掛かりを探し回った。人がいる家もこっそりと調べたりした。しかしであった。
手掛かり一つ見つからない。そしてその間にであった。
賈駆がだ。彼女達を集めてこう言うのであった。
「今度はそれ」
「ええ、そうよ」
賈駆は眉を顰めさせて呂布に答えた。
「そうなのよ。月の為に別邸を築くのよ」
「そんなのもうあるじゃない」
董白が眉を顰めさせて言った。
「それも二つも凄いのが」
「もう一つ築くのよ」
賈駆は眼鏡の奥の目を顰めさせて言い返した。
「そうするのよ」
「それまずいのです」
陳宮も抗議混じりに反論する。
「これ以上何かを築いたら民が余計になのです」
「そや。もうええやろ」
張遼も言う。
「建築とか。ちょっとは田畑や町に顔を向けんと」
「これ以上そんなことに金を使えるのか」
華雄も同じ考えだ。
「都の財政が破綻するぞ」
「そのことだけれど」
都の財政についてはだ。賈駆はこう話した。
「あれよ。財貨を鋳造するわ」
「そうなのです」
「そう、鉄でね」
これを聞いてだ。全員唖然となった。ただし呂布の表情は変わっていない。
まずはだ。董白が言い返した。
「鉄!?そんなので造ったらそれこそ偽の銭が出回るわよ」
「そうだ、鉄は銅よりも遥かに多くしかも鋳造しやすいのだぞ」
華雄もそのことを指摘する。
「鉄の貨幣なんてそれこそ」
「絶対にしてはならない」
「鉄は専売だから大丈夫よ」
賈駆はバツの悪い顔でこう反論する。
「統制が効くから」
「絶対無理なのです」
陳宮はまた言い返す。断言できることだった。
「そんなの。鉄だと」
「そや。無茶にも程があるで」
張遼も唖然となっている。そしてだ。
こうだ。賈駆に対して言うのだった。
「これ絶対月ちゃんの考えやないやろ」
「間違ってもそうじゃないわ」
董白も確信して言う。
「姉様がこんなことしないわよ」
「詠、あんたでもないで」
張遼はその賈駆を指差して指摘する。
「あんたもわかってる筈や。こんなアホなことしたらどえらいことになるってな」
「うっ、けれど」
「けれど?」
呂布がここでようやく動いた。そうしてだ。
無表情のままでだ。賈駆に問うのだった。
「詠、今けれどと言った」
「それがどうかしたの?」
「何か事情がある」
こう指摘するのだった。
「そう、今の状況に」
「一体何が言いたいのよ」
「今のお金の話、いえ都に来てからのこと全部」
その全てがだというのだ。
「月の考えじゃない。勿論詠の考えでもない」
「月の名前になってるでしょ」
「名前になってても言っている人間がそうだとは限らない」
呂布はそこも指摘した。
「そう、月は絶対に利用されている」
「そうだな。若しそうでないというのならだ」
華雄もここで指摘した。
「月様は何処だ」
「何処だって!?」
「そうだ、今何処におられる」
「宮中にいるわよ」
「おらんかったで」
張遼がそのことを言った。
「うちと陽ちゃんで探したけど何処にもおらんかったで」
「そうよ。本当に何処にいるのよ」
董白も張れ遼に続く。
「いるって聞いても何処にもいないじゃない」
「だからそれは」
「言えないっていうの!?」
董白はその紫の目を鋭くさせて賈駆に言い返した。
「どういった事情でなのよ」
「もう一つわかることは」
呂布は全員に言われて困っているその賈駆について述べた。
「詠は今守ってる」
「姉様をなのね」
「そう、どういう事情かわからないけれど守ってる」
そうだというのである。
「少なくとも悪いことは考えてない」
「そやな。詠はそんな奴ちゃう」
張遼もいう。彼女がそうした人間でないことはもう自明の理であった。
「月ちゃんの為なら身を挺してもやからな」
「では何があったのです」
「よからぬことではないのか」
陳宮も華雄もいぶかしんで話す。
「おかしなことなのです」
「これは一体」
「今それを言っても仕方ない」
呂布はぽつりと言った。
「多分。どうしようもないから」
「それは」
「詠、それでその別邸だけれど」
「もう決まったのよ」
「建築の順番を決めればいい」
呂布はさりげなく智恵を授けた。
「そう、最初の別邸はまだ造ってるから」
「それがどうしたのよ」
「それを築いてから二番目になって」
「そこから最後だっていうのね」
「そうすればいい」
こう言うのである。
「あと宮殿と陵墓もまずは宮殿を優先させる」
「じゃあその分の人夫や予算はどうなるのよ」
「後に回せばいい。今は」
こんな話をしてだった。建築に対する民の負担はだ。最小限に抑えるというのだ。呂布はこの案を出して民の苦しみを抑えたのである。
「それでどう」
「そうね。じゃあそれでいきましょう」
呂布のその案に頷く賈駆だった。
「わかったわよ」
「これでいい」
「まあこれ以上の民の負担は避けられて何よりやで」
張遼もほっとして話す。
「それどころかそれが軽減されたわ」
「そうね。恋の機転のお陰ね」
董白は張遼と同じ顔になっている。
「本当に何よりだわ」
「そういうことね。それじゃあね」
こんな話をしてだ。話は終わったのだった。
その話の後で宮中を退出する時にだった。呂布はだ。
傍らにいる陳宮にこう話した。
「この状況だと」
「まずいのです」
「そう、まずい」
実際にだ。そうだというのだ。
「詠可哀想」
「詠殿は明らかに何かを御存知なのです」
「けれど言えない」
それがだ。できないというのだ。
「そう。だから可哀想」
「どうすればいいのです」
「まずは月を見つけ出す」
それが先決だというのだ。
「さもないとこの状況は変わらない」
「変わらないどころかこのままだとなのです」
「叛乱が起こる」
呂布はその危険を指摘した。彼女もだった。
「各州の牧達が怒る」
「そちらにも無茶を言い過ぎなのです」
「この流れはむしろ」
「むしろ?」
「叛乱を起こさせようとしている」
そうした流れだというのだ。
「とんでもないことになっている」
「それはその通りなのです」
陳宮も頷くことだった。
「これでは恐ろしいことになるのです」
「そう。若し月の後ろにいる奴がそれをしようとしていたら」
国にだ。叛乱を起こさせようとしているというのならというのだ。
「そいつは許さない」
「はい、絶対になのです」
「恋、そいつを絶対に許さない」
強い目になってだ。こう言うのだった。
「何があっても許さない」
「恋殿、怒ってるのです」
「恋怒ってる」
その通りだとだ。呂布は陳宮に話した。
「そいつ見つけ出したい」
「けれど。月様は何処におられるのか」
「生きている」
呂布はまた言った。
「それは間違いない」
「そうなのです」
「ただ」
「ただ?」
「何処にいるかはわからない」
それはだというのだ。
「都の何処かにいるにしても」
「それが困るのです」
「とりあえず今は」
「今は?」
「犬や猫達の世話する」
それをするというのだ。
「そうして心を癒す」
「確かに。犬や猫達の世話をするとです」
陳宮もそれを話す。
「心が落ち着くのです」
「だからする」
また言う呂布だった。
「心が荒んだままじゃよくない」
「わかったのです。それとなのです」
「それと?」
「何か食べるのです」
呂布に顔を向けてだ。こう話すのだった。
「今ねねお菓子持ってるのです」
「お菓子」
「そうなのです。お饅頭があるのです」
あるのはそれだというのだ。
「それを一緒に食べるのです」
「皆で食べる」
「皆でなのです?」
「キム達も呼ぶ」
彼等も呼ぶというのだ。
「皆で食べるともっと美味しくなるから」
「恋殿がいつも仰っている様にですね」
「そう。その通り」
だからだというのだ。
「皆も呼ぶ。そうしよう」
「わかりましたのです。ねねもです」
陳宮は満面の笑顔で呂布に対して話した。
「恋殿と、皆と食べるのが大好きなのです」
「恋と?」
「はいなのです」
とりわけだ。彼女と共にいるとだというのだ。
「食べるものが凄く美味しくなるのです」
「そう。それならいい」
呂布は微笑んでだ。陳宮のその言葉を受けた。そうしてだ。
あらためてだ。その彼女に言った。
「恋も嬉しい」
「嬉しいのです?」
「恋、ねね大事」
彼女はだ。呂布にとってはかけがえのない存在になっているというのだ。
「そのねねと一緒にいられるから」
「ねねもです」
それは陳宮もなのだった。
「恋殿の為なら全てを賭けます」
「全てを?」
「ねねの全てをなのです」
こう言うのである。目を輝かせてだ。
「賭けていくのです」
「有り難う。ただ」
「ただ?」
「命は大事にする」
呂布が今話すのはそのことだった。
「それだけは守る」
「命は」
「ねねに何かあったら恋悲しい」
だからだというのである。
「だから。命は大事にする」
「恋殿を悲しませない為に」
「そう。それは守って欲しい」
「わかったのです」
陳宮は呂布のその言葉に頷いた。そうしてであった。
あらためてだ。二人はだった。皆を呼び饅頭を食べるのだった。それは一人で食べるよりもだ。遥かに美味いものであった。
第七十三話 完
2011・4・7