『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                             第七十二話  呂蒙、学ぶのこと

 孫尚香がだ。右京に対して尋ねていた。
 彼等は今は川辺にいる。そこで鍛錬をしていた。その中でだった。
「ねえ、右京ってさ」
「何か」
「最初随分と顔色悪かったけれど」  
 彼女が言うのはこのことだった。
「最近かなりよくなったわよね」
「そうですね。本当によくなりましたね」
 周泰もそうだと話す。彼女もいるのだ。
「最初は雪みたいに白いお顔でしたが」
「今は赤みもさしてきてるわよね」
「はい、全く違います」
 周泰は孫尚香に対して話す。
「御元気になられたのですね」
「それはいいことね」
 孫尚香は素直に喜んでいる。右京のその体調のことをだ。
「そういえば冥琳もね」
「はい、あの方も最近かなり顔色が」
「そのことだが」
 ここでだ。当の右京が言うのだった。
「どうやら私とあの御仁とは同じ病だったようだ」
「同じ?」
「同じ病気とは」
「私は胸を患っていた」
 このことを言うのだった。
「咳をしていたな」
「そういえばそうね、時々ね」
「右京さんも冥琳さんも」
「労咳だ」
 病の名前も言うのだった。
「それだったのだ」
「労咳って」
「それだったのですか」
 二人もその病のことは知っていた。その病はだ。
 孫尚香がだ。顔を曇らせてこう話すものだった。
「あれって死ぬ病じゃない」
「そうです。かなり危険な病です」
 周泰が孫尚香に話す。
「本当に助からないような」
「そんなとんでもない病だったのね」
「うちの頃もそうやったで」
 あかりもいた。その彼女が話に加わってきたのだ。
「労咳なんて。ほんまかかったら終わりやったで」
「俺の頃には治る病になってるがな」
 ケイダッシュは彼の時代のことを話した。
「それでもな。まずい病気だってのは変わりないな」
「で、それがどうして治ったのよ」 
 孫尚香は右京自身にそのことを尋ねた。
「凄くいいことだけれど」
「ええ薬でも飲んだんかいな」 
 あかりはそれではないかと考えた。
「けどこの時代そんなええ薬あったかな」
「なかった筈だぜ」
 銃士浪がこのことを言う。
「ちょっとな。そういうのはな」
「そのことだが」
 ここで話したのは右京自身だった。
 彼はだ。あの男のことを話した。
「華陀という医者だが」
「あっ、あの左右に妖怪引き連れてるあいつね」
 孫尚香の華陀への認識はこれに他ならなかった。
「赤い髪の」
「そうだ、あの御仁がだ」
「あんたの病を治してくれたの」
「それでなのだ」
 右京はこう話す。
「私は病から解き放たれた」
「いいことね、本当に」
 孫尚香はそのことを素直に喜んでいた。
 そのうえでだ。彼にこうも言うのだった。
「じゃああんたはもう労咳じゃ死なないのね」
「そうなった。幸いな」
「いいことよ、ただ」
「ただ。何だ」
「どうして治してもらったのよ」
 孫尚香が今度尋ねるのはこのことだった。
「治ったのはいいとしてよ」
「針だ」
 それだというのである。
「針で治ったのだ」
「針で?」
「そうだ。黄金の針でだ」
 それで治ったというのである。
「胸に打たれてだ。それで完治した」
「なあ、ちょっと聞いてええか?」
 右京の話を聞いてだ。あかりがケイダッシュに尋ねた。
「あんたの時代じゃあの病それで治るんか?」
「いや、そんなことはないけれどな」
「薬で治すんやろ?やっぱり」
「ああ、そうだ」
 その通りだというのである。
「そんなので治る筈がないだろ」
「じゃあ何で治ったんや?」
「それは俺も知りたいんだよ」
 ケイダッシュ自身もそうだというのである。
「どういうことなんだろうな」
「わからへんな。あの華陀って医者何者なんやろな」
「とりあえず声を聞いたらよ」
 孫尚香は少し言ってはいけない話題に触れた。
「あれよね。医者王ってイメージよね」
「あんたそれ言うたらあかんで」
 あかりも案の定彼女に突っ込みを入れる。
「それ言うたらあんたどれだけの世界に関わってるんや」
「まあね。シャオって結構以上に関わってるし」
「関わり過ぎやろ」
「蓮華姉様だってそうよ」
 ここで次姉の名前も出す。
「もうそれこそ。結婚していたりもしたし」
「あんたもやろ」
 また突っ込みを入れるあかりだった。
「だからそれ言うたらきりないで」
「ううん、うちの軍って結構そういう人多いけれど」
「ばっかりちゃうんか?」
 あかりの容赦のない突っ込みは続く。
「呂蒙ちゃんかてどっかで聞いたで」
「あんたは出てなかったのね」
「うちそういう世界には縁ないみたいや」
 あかり自身はそうだというのである。
「まああれや。とにかく触れたらあかん話ってあるんや」
「声の話はそうですよね」
 周泰が話す。
「ちょっと以上にまずいですよね」
「そうね。まあどうしても言っちゃう話だけれど」 
 孫尚香はいささか開き直っている。そうした言葉だった。
「できるだけね」
「とにかく病気が治ってよかったな」
 ケイダッシュは話をそこに戻した。
「それで何よりだよ」
「そうね。本当にね」
「よかったです」
 孫尚香と周泰はそのことはにこりと笑って祝福した。
 彼等はのどかに鍛錬を行っていた。しかしだ。
 揚州の牧の周りではだ。次第に慌しくなっていた。太史慈がだ。険しい顔で陸遜の話を聞いていた。
「そうなのか。今は」
「そうなんですよ。都が大変なことになってるんですよ」
「貴殿が言うとあまりそうは聞こえないが」
「けれど本当になんですよ」
 陸遜はそののどかな口調で話すのだった。
「大将軍もおられなくなって」
「董卓殿が入ってか」
「暴虐の限りを尽くしてるんです」
「それは本当に大変だな」
 太史慈はこのことは真剣に頷いた。
「何とかしなければな」
「そうですよね。ただ」
「ただ。何だ」
「都からおかしな話が来てますよ」
「おかしな?」
「はい、私達は交州も治めてますよね」
 陸遜が今話すのはこのことだった。
「それでなんですけれど」
「交州に何かあるのか」
「そこから南越を征伐せよとの話が来てます」
 その話がだとだ。太史慈に話すのである。
「朝廷からなんですけれど」
「というと勅命か」
「はい、勅命です」
 陸遜は大事を呑気に話した。
「帝からの勅命とのことですが」
「帝が直接出されたのではあるまい」
 太史慈はこのことを察してそのうえで陸遜に問い返した。
「おそらく。董卓殿が」
「そうみたいです。ただ」
「今南越は我が漢王朝に忠実だ」
 そうでなければ孫策が最初から征伐していた。そういうことだ。
「それでどうしてだ。兵を送れなど」
「私達の勢力を弱めたいと思います」
 陸遜は軍師として董卓のその狙いを指摘した。
「そうしてそれからです」
「適当な理由をつけて我々を征伐するか」
「絶対にそうします」
「ううむ、それではだ」
「はい、この征伐は避けるべきです」
 陸遜はまた軍師として話した。確かに口調は穏やかだがそれでもだ。見ているものは見ている。そのうえでの言葉なのである。
「そうしないといけませんよね」
「絶対にな。それで雪蓮様はどう御考えなのだ?」
「動かれるおつもりはないとのことです」
 孫策もこう考えているというのだ。
「兵を無闇に動かすことはお嫌いな方ですし」
「戦はお好きだがな」
「はい、ですから」
 孫策は動かないというのだ。彼女は確かに好戦的だがそれでもだ。無駄な出兵やそうしたことはしないのだ。牧としての節度である。
「然るべき理由をお話してお断りするとのことです」
「それがいいな」
「それにです」 
 陸遜はさらに話すのだった。
「出兵を命じられたのは私達だけではないですし」
「他の牧の方々もか」
「袁紹さんは高句麗征伐を命じられています」
 袁紹もだというのだ。各州の牧の中でも最大勢力の彼女もだというのだ。
「曹操さんはその補佐としてやはり高句麗に」
「高句麗にか」
「そして袁術さんは南蛮に」
 こう話していく。それを聞いてだ。
 太史慈はだ。その顔をいよいよ曇らせてであった。
 そうしてだ。こう陸遜に言うのであった。
「どの勢力も我が国に好意的な国ばかりだが」
「南蛮はもう完全に帰順していますよね」
「それでも出兵を命じるとなると」
「はい、明らかに私達の勢力を弱めることが目的です。それに」
「それに?」
「宮殿や陵墓を造るとかで」
 今度は建築だった。国を衰えさせるものであることは始皇帝以前から指摘されていることだ。
「多額の献上を要求してきてもいます」
「金までか」
「そうなんです。それでも力を弱めさせて」
「最後はだな」
「はい、征伐です」
 それに行き着くというのである。結局は。
「私達は全員謀反人となります」
「馬鹿な、我々は漢王朝に弓を引いたことはない」
 それは絶対だとだ。太史慈は確かな顔で言い切った。
「何故その我等が征伐させるのだ」
「邪魔だからです」
 またのほほんとした調子でにこりとして核心を言う陸遜だった。
「董卓さんにとって私達が」
「だからか」
「多分。董卓さんの背後にはもう一人おられますし」
「もう一人!?」
「宮廷に誰かおられるようです」
 陸遜はそのことを察していた。その口調には緊張はないがそれでもだ。彼女のその読みは鋭い。軍師たるに値するものである。
「張譲さんは確か亡くなられましたが」
「それでもか」
「はい、おられるみたいですね」
 こう指摘するのである。
「その方が私達を弱らせようとしています」
「では。このままでは」
「協力しても征伐です」
「協力しなくても征伐か」
「どちらにしろ征伐です」
 未来は一つしかないというのだ。彼女達のそれはだ。
「あちらはそのおつもりですから」
「座して死ぬのは」
「嫌ですよね」
「絶対にだ」
 こう言い切る太史慈だった。
「そんな馬鹿な理由で死んでたまるものか」
「そうですね。雪蓮様もそう考えられてます」
 孫策もだというのだ。彼女達の主のだ。
「それは他の牧の方も同じですよ」
「そうか。それならばだ」
「出兵の可能性がありますね」
「そうだな」
 こんな話が為されていた。次第に不穏な空気が覆いはじめていた。
 そんな中でだ。孫権はだ。
 呂蒙に対してだ。あることを尋ねていた。
「ねえ、一つ聞きたいんだけれど」
「はい、何でしょうか」
 呂蒙は孫権に対して真面目な顔で応えた。
「何かあったのですか?」
「ちょっと砕けていいわよ」
 孫権は呂蒙のその真面目さに苦笑いになってだ。こうも告げた。
「そんなに深刻な話じゃないから」
「そうですか」
「ええ。貴女は前は眼鏡かけてなかったわよね」
 彼女のその片眼鏡を見ての言葉だった。
「それで今かけてるけれど」
「眼鏡ですか」
「どう?よく見える?」
 くすりと笑ってだ。そのうえで呂蒙に尋ねるのである。
「その眼鏡。どうかしら」
「はい、よく見えます」
 やはり真面目にだ。答える呂蒙だった。
「蓮華様に買って頂いたこの眼鏡、とてもよく」
「私はいいのよ」
 ここでは少し苦笑いになる孫権だった。そのうえでの返事だった。
「ただ。よく見えるのね」
「はい、とても」
「よかったわ。それじゃあね」
「はい、それでは」
「その眼鏡を使ってね」
 それでだというのである。
「これからも色々なものを見てね」
「そうさせてもらいますっ」
 呂蒙のその声が力んだものになっていた。
「孫家の為に」
「御願いね。そういえばだけれど」
「そういえば?」
「貴女確か袁術と知り合いだったわよね」
 話が変わった。袁術が話に出て来たのだ。
「それとあの曹操のところの眼鏡の」
「あのお二人とですか」
「そう聞いたけれど。昔は袁紹とも縁があったのよね」
「ええと、それはですね」
「それは?」
「多分蓮華様と文醜殿と同じだと思います」
 孫権とだ。同じだというのだ。
「御二人も縁がおありですよね」
「ああ、文醜ね」
 知っているという口調だった。明らかにだ。
「そうね。あの娘麻雀好きだけれど」
「同じ事務とか所とかいう組合か何かにいるとかで」
「ええ。曹操のところのあの軍師は今は別の場所にいると聞いてるけれど」
「かつては同じでした」
 その呂蒙自身の言葉だ。
「他には張勲殿もでした」
「何気に強烈な顔触れが集ってる場所なのね」
「そうですね。あの関羽さんと曹操殿もどうやら」
「ううん、皆色々とあるのね」
「私もそう思います」
 呂蒙もそれについて話す。
「私は一応別人になってますけれど」
「それは私もよ。それで別人の名前がね」
「もう幾つあるか」
 わからなくなっている呂蒙なのだ。
「そうなりますよね」
「そうそう。どうしてもね」
「私、よく言われて困ります」
 服の袖でだ。顔を気恥ずかしそうに隠しての言葉だった。
「実はエスじゃないかと」
「それねえ。私も聞いてるわ」
「蓮華様もですか」
「袁術みたいにね」
 ここでも名前が出る彼女であった。少なくとも有名人なのは間違いない。
「そうなんじゃないかってね」
「濡れ衣です。私はそんな他の人を」
「貴女と他の世界の誰かと中身はそれぞれ違うのよ」
 孫権が今話すのはこのことだった。
「いちいち気にしていたら仕方ないわよ」
「そうですよね。それは」
「そうそう。それでまた話を変えるけれど」
「はい」
「貴女昨日もだったのね」
 こうだ。話を変えたのである。
「昨日も遅くまで書を読んでたのね」
「はい、穏殿からお借りしまして」
 彼女からだ。借りてだというのだ。
「呉子を読んでいました」
「あの書をね」
「何度読んでも深い書だと思います」
 語るその声にいささか熱が入ってきていた。
「あの書を読んで。もっと軍師としての素養を磨きたいです」
「いい心掛けね。けれどね」
「けれど?」
「読むべき書は多いわよ」
「そうですね。本当に」
「これからも読みなさい」
 孫権は微笑んでまた呂蒙に話した。
「私もだけれどね」
「孫権様もですか」
「そうよ。私もなのよ」
 微笑んでだ。孫権は話すのである。
「まだまだ。学問が足りないのよ」
「そんな、孫権様はとても」
「ああ、真名で呼んで」
 生真面目な呂蒙にこう断りも入れた。
「もう。そんな他人行儀じゃなくてね」
「いいのですか」
「いいから。雪蓮姉様やシャオだってそうしてるじゃない」
「そうですね。それは」
「だからよ。真面目もいいけれど」
 呂蒙の長所である。その生真面目さがだ。彼女を成長させている要因でもある。だが孫権は彼女のその真面目さにあえて言うのである。
「砕けるところは砕けてね」
「そうしてですか」
「そうよ、じゃあ実際にね」
 こう話してだった。それでだった。
 自分からだ。彼女の真名を呼んでみせたのである。
「亞莎、いいわね」
「はい、蓮華様」
 御互いに真名で呼び合う。そうしてあらためて話すのだった。
「例えば穏は凄い書が好きよね」
「あの方は本当に凄いですね」
「あの娘が立派な軍師なのはね」
「書を沢山読まれてるからですね」
「そうよ。だからよ」
 それでだというのである。
「だから。あそこまでなれたのよ」
「では私も」
「御願いね。貴女はそれにね」
「それに?」
「武芸もできるから」
 呂蒙はかつて親衛隊にいたのだ。甘寧の部下であったのだ。
「実戦経験はあるわね」
「少しですが」
「その経験も生きるから」
「親衛隊であった時のですか」
「実戦経験も大事よ。冥琳の場合はそちらが大きいのよ」
「あの方は常に雪蓮様と共に戦場におられたからですね」
 揚州の筆頭軍師はだ。そちらだというのだ。
「その経験で」
「どちらも大事よ」
 孫権はまた呂蒙に話した。
「そのどちらもあってこそ。最高の軍師になれるのよ」
「冥琳さんや穏さんみたいにですか」
「そう、だから期待してるのよ」
 何処までも優しい微笑みを向ける孫権だった。
「これからもね」
「はい、学んでいきます」
 直立して応える呂蒙だった。声もうわずっている。この言葉の後で一礼して孫権の前から退出したのである。そうしたのである。
 そんな彼女にだ。ふとだ。
 ダックにタン、ビッグベア達が彼女のところに来てだ。笑顔で声をかけてきた。
「よお、どうした?」
「にこにことしておるが」
「何かいいことがあったのか」
「あっ、それは」
 彼等に対しても生真面目に返す呂蒙だった。
「ただ。蓮華様とお話していただけですけれど」
「ああ、孫権さんな」
「あの娘と話をしておったのか」
「成程な」
 三人は呂蒙のその言葉を聞いて納得して頷いた。それを聞いてだ。
 あらためてだ。三人で呂蒙に対して言うのであった。
「孫権さんもいい娘だからな」
「うむ。心根が大層奇麗じゃ」
「俺達にも色々と親切にしてくれるしな」
「蓮華様はとてもお優しい方です」
 呂蒙もだ。そのことはよくわかっていた。
「それに真面目な方で」
「あんたもだな」
 ビッグベアが笑ってその呂蒙に話した。
「あんたも真面目だな」
「私もですか」
「そうだよ。その真面目さがいいんだよ」
 こう呂蒙に話すのである。
「俺達みたいじゃないからな」
「だよな。俺なんか真面目に何かしたことなんてないしな」
 ダックは自分で言った。軽い調子でだ。
「テリーの奴にもあまり勝ってないからな」
「テリーさんというと」
 その名前は呂蒙も聞いていた。彼は。
「確か劉備さんのところにおられる」
「そうだよ。あの帽子の奴な」
「ですよね。凄く腕が立つ方とか」
「ったくよ、強過ぎるんだよあいつは」
 ダックは笑ってだ。こう呂蒙にはなす。
「お蔭で俺も苦労してるぜ」
「そうなんですか」
「俺がこうして修業してるのもな」
 両手に身振りを入れて話すダックだった。
「あいつに勝つ為なんだよ」
「テリーさんに勝つ為に」
「いきなり負けてな。その時からダンスだけじゃなくてそっちにも力を入れてるんだよ」
「ダックさんは踊り手でもありましたね」
「そうだよ。ダンサーな」
 自分の世界の単語で言ってみせた。
「それなんだよ、俺は」
「そして格闘家でもあるんですね」
「そういうことさ。それでな」
「それで?」
「あんたを見てるとどうもな」
 ダックはあらためて呂蒙を見てまた話す。
「俺も真面目にしないとなって気になるんだよ」
「私をですか?」
「そうだよ。いつも一生懸命だからな」
 それは彼等から見てもなのだ。とにかく真面目な呂蒙である。
「俺の場合真面目にするのが一番難しいけれどな」
「いえ、ダックさんも」
「俺も?」
「根は凄く真面目ですよね」
 こう言うのである。そのダックを見てだ。
「だって。ずっとテリーさんに勝つ為に修業されてますね」
「さもないとあいつには勝てないからな」
「真面目ではない人がそんなことしないからです」
「そうだっていうのかよ」
「はい、だからです」
 これが呂蒙の見るダックだった。彼女から見るとダックは真面目なのだ。
「ダックさんは真面目です」
「そうか?俺が真面目かよ」
「まあ真面目じゃな」
 横からタンも彼に言ってきた。
「御主は実は真面目じゃ」
「だといいんだけれどな」
「そうじゃ。それでじゃ」
「それで?」
「最近どうも不穏になってきたのう」
 タンは右手で己の白い髭をしごきながら話した。
「戦になるかのう」
「そうですね。危険です」
 呂蒙も真面目な顔になる。元々鋭い傾向の目がさらに鋭くなる。
「大きな戦になるかも知れません」
「ったくよ。都だったよな」
「はい」 
 呂蒙はビッグベアのぼやく感じの言葉に応えた。
「今都では大変なことになってますから」
「あの大将軍が処刑されてだよな」
「宦官達も粛清されました」
 このことは呂蒙にとってはいいことだった。彼女も宦官達は好きではないのだ。
「ですが。それでもです」
「あれだよな。董卓だったよな」
「そうです、擁州の牧だった」
 ダックにも話す。
「あの人が都に入って実験を掌握しました」
「それで今の暴政かよ」
「それが私達にも飛び火する形になっていまして」
「で、今かよ。洒落になってねえな」
 こう言ってだ。ダックはぼやく顔になっている。
「どうなるんだよ、この国は」
「少なくともこのままではです」
 呂蒙はだ。その顔に危惧するものを浮かべてだ。また話すのであった。
「国全体がおかしくなってしまいます」
「ここであれだな」
 ビッグベアが言う。
「あかりとか右京が言ってた刹那だのアンブロジアとかが出て来たら最悪だな」
「そうじゃな。オロチとかのう」
 タンもそれを話す。
「そういうのが出たら大変じゃな」
「只でさえ。不穏な状況ですし」
 呂蒙は今度はその顔を曇らせていた。そうしての言葉だった。
「最悪の事態にならないことを祈ります」
「ああ、本当にな」
「そうじゃな」
 ダックとタンもそれには同意であった。彼女達はそんな話をしていた。
 そして孫策もだ。周瑜に対してだ。己の執務室に座り木簡に何かを書きながらだ。鋭い顔で言うのであった。
「戦ね」
「なるというのね」
「ええ。南越征伐の話だけれど」
「受けるのかしら」
「まさか」
 そのことはだ。一笑に伏して終わらせる孫策だった。
 そしてだ。周瑜にあらためてこう言うのであった。
「無駄な出兵以外の何者でもないわ」
「そうね。受けたら受けたらね」
「そこで何言われるかわかったものではないわ」
 周瑜もだ。それは危険だというのだ。
「私達の力をその征伐で削いで。それから適当な謀反の理由をつけてね」
「征伐されるのは私達になるわ」
「そうなるのがおちね」
「冗談じゃないわよ」
 孫策は一言で言い切った。
「それがわかってるのに」
「けれど動かないとそれはそれで」
「征伐の対象になるわね」
 孫策の言葉はだ。いささか面白くなさそうである。
 その話をだ。さらに続けて言うのであった。
「しかも私達だけではないしね」
「そうよ。袁術もよ」
 彼女もだというのだ。
「南蛮征伐なんて。無茶を言われてるわ」
「袁術は受けないでしょうね」
「張勲から文が来たけれど」
「どうせ我儘言って嫌だとか言ってるのね」
「その通りよ」
 実にだ。袁術の性格をよくわかっている二人であった。
「何で益州まで出て南蛮なんか攻めないといけないのかってね」
「怒ってるのね」
「あの娘は自分の州の統治に専念したいからね」
 この辺り袁術の内政志向が出ていた。
「だから余計によね」
「私だってそうよ」
 孫策自身もだというのだ。今の顔は不機嫌なものだった。
「交州の牧にもなったばかりなのに」
「その州の統治をはじめないとね」
「それなのに南越なんてね」
「攻めるどころじゃないわね」
「ましてや南越はよ」
 孫策もはっきりとわかっていた。その南越のことをだ。
「我が漢王朝に忠実なのに」
「何故征伐の必要があるのかしら」
「無駄な出兵どころじゃないわ」
 こう言って否定する彼女達だった。
「見え見えの口実じゃない」
「そういうことね。それに」
「私達や袁術だけじゃなくてね」
「袁紹や曹操にも言ってるそうね」
「その通りよ」
 周瑜は孫策に対してすぐに答えた。
「彼女達は高句麗よ」
「高句麗ねえ」
 その国の名前を聞いてだ。孫策の顔に皮肉な笑みが宿った。彼女にしては珍しい笑みだがあえてその笑みを浮かべてみせたのである。
「あの国への出兵も無意味よね」
「袁紹は烏丸や匈奴に出兵したけれどね」
「あれは当然でしょ」
「そうよ。度々攻め込んできていたしね」
 北の異民族への対策が国家としての最重要課題の一つであるのはこの世界の中国でも同じなのである。この国の逃れられぬ宿命である。
「征伐して当然だったわ」
「袁紹にしてみれば勢力を拡大させる要素にもなったけれどね」
「けれど高句麗はね」
 その国はどうかというのである。
「あの国も南越と同じで漢王朝に忠実だから」
「攻める理由はないわね」
「どうやら董卓、その後ろに誰かいるとしても」
「どちらにしても私達全員を潰したいようね」
「冗談じゃないわね。はっきり言って」
 孫策は明らかな拒否反応を見せていた。
「さて、どうしたものかしら」
「挙兵の準備はできているわ」
 周瑜の言葉が鋭くなる。
「いざという時はね」
「わかってるわ。ただ私達が挙兵する前にね」
 どうなるかというのである。孫策はそのことを話した。
「絶対に袁紹辺りが動くわね」
「彼女がね」
「征伐とか言われてそれで切れて動くわよ」
 袁紹のそうした性格はだ。彼女達もよく知っていた。
「それで私達にも来いって言うわね」
「そうね。袁紹なら間違いなくね」
「あの娘はすぐに飛び出る娘だから」
 何処までもわかりやすい袁紹の性格である。
「それでその時にね」
「私達も乗りましょう」
「そうしましょう」
 こんな話をしてだった。二人はこれからのことを考えるのであった。そしてだ。
 孫策は今書いているものを書き終えてだ。そのうえでだ。
 席を立ちだ。こう周瑜に話した。
「ちょっと。剣を振って来るわ」
「剣を?」
「鍛錬よ、鍛錬」
 笑っての言葉だ。今度の笑顔は純粋な笑顔である。
「十三か誰かと一緒にね。ちょっと鍛錬をするわ」
「いいことね。鍛錬も一人でするよりはね」
「大勢でする方がいいからね」
「刺客が来ても大勢だと対処できるし」
 周瑜はそのことも踏まえてそれがいいというのだった。
「だからね。ここはね」
「ええ、そうするわ」
 孫策はすぐに外に出てだ。中庭で十三達と共に剣を振った。十三は巨大な金棒を振り回している。それを見て暁丸が言うのであった。
「何時見ても凄い」
「これか?」
「それで殴ったら誰でも一撃だな」
「おうよ、鬼に金棒よ」
 十三は誇らしげに笑って言う。
「これさえあれば誰にでも勝てる」
「言うものね」
 ジェニーが笑って十三のその言葉に反応してきた。
「それじゃああたしにも勝てるのかしら」
「おお、一撃よ」
「どうだか。当たらなければ意味はないわよ」
「当たるから大丈夫だ」
 自分ではこう言う十三である。
「絶対にだ。当たるぞ」
「おいおい、何を言ってるんだよ」
 ボブがそんな二人を見て言う。
「喧嘩とかそんなのは止めておいてくれよ」
「別にそんなつもりはないぞ」
「あたしもよ」
 二人はそれは否定した。違うというのだ。
「これは稽古だからな」
「そういうこと。別に喧嘩とはしないから」
「だといいんだけれどね」
「それにしてもあれだな」
 ここで言ったのは骸羅だった。
「この揚州ってのは落ち着く場所だな」
「そうでしょ。のどかでしょ」
 孫策は剣を振るう手を止めて骸羅の言葉に応えた。
「長江は雄大に流れてるしね」
「あそこで舟遊びってのもいいのよね」
 ジェニーはそのことを楽しく話す。
「海賊もしたいけれど」
「駄目駄目、あんたこの世界じゃ海賊は止めたんでしょ?」
 孫策がそのジェニーに突っ込みを入れる。
「そんなことしたら捕まえるわよ」
「あら、悪いことになるのね」
「なるわよ。だからしないようにね」
「わかったわよ。じゃあ修業三昧でいくわよ」
 ジェニーもそれで納得するのだった。そうしてだ。
 そんな話をしながらだ。彼女はこんなことも話した。
「今の修業が終わったらそれでね」
「何か食うのか?」
 骸羅が尋ねる。
「あれか?御主の好きなそのステーキか?」
「ええ、それにするわ」 
 笑って言葉を返すジェニーだった。
「やっぱりあれよ。食べるならステーキよ」
「確かにあれはいいわね」
 孫策もステーキと聞いて笑顔で応える。
「食べがいがあるしね」
「孫策さんもステーキは気に入ったみたいね」
「元々肉好きだしね」
 実に孫策らしい言葉である。本人もそれは自覚している。
「ぶ厚いのにバターを乗せてよね」
「そうそう。それがいいのよ」
「じゃあ俺もだ」
 骸羅も楽しげに笑って言う。
「昼はステーキにするか」
「それでいいのか?」
 暁丸はその骸羅に突っ込みを入れた。
「一応僧侶ではないのか?」
「ああ、そうだがな」
 それはその通りだと頷く骸羅だった。
「けれど食うぞ。ついでに酒も飲むぞ」
「どんな破戒僧だ」 
 思わず言ってしまった暁丸だった。
「祖父殿も怒る筈だ」
「爺様のことは言うなよ」
 その話になるとだ。不機嫌なものを見せる骸羅だった。
「全く。この世界でも一緒だとはな」
「呼んだかの」
 小柄な白い髭の老人が出て来た。僧服を着て頭には傘がある。そしてその手には杖がある。その老僧が不意に出て来たのである。
「何じゃ、骸羅ではないか」
「げっ、爺様かよ」
「御主、また悪さをしておるのか?」
 孫にだ。こう言うのであった。
「それでも僧侶か」
「うるせえ、信仰は心なんだよ」
 強引にこう言う骸羅だった。
「だからいいんだよ」
「どうせ肉でも喰らおうとしておるのじゃろう」
 彼は孫の魂胆はもうお見通しであった。
「全く。いつもいつも」
「俺が肉を食って悪いってのかよ」
「思いきり悪いだろ」
 こう突っ込みを入れたのは十三だった。
「こっちに遊びに来てる暁丸も言ってるだろうが」
「だから信仰は心だ」
 まだ言う骸羅だった。
「肉を食ってもいいんだよ」
「まあ骸羅のその身体はね」
 孫策が彼の巨体を見て言う。
「ちょっとやそっと食べたんじゃ追いつかないわよね」
「それはそうよね」
 ジェニーも孫策のその言葉に頷く。
「十三もだけれど」
「そういうことね。まあ私は誰が何を食べようが特に言わないわ」
「別にいいんだな」
「そうよ。私はいいから」
 骸羅自身にも言う。しかしだ。
 その彼と老僧を見比べてだ。こんなことも言った。
「あんたと和狆って本当に肉親なの?」
「何だ?見えないのか?」
「ええ、大きさが違い過ぎるから」
 それで見えないというのである。
「ちょっとね」
「よく言われるのう」
 和狆がそのことを認めてきた。
「昔からな」
「ああ、やっぱりそうなの」
「貰った子とも言われておった」
「実際そうじゃないのか?」
 こう突っ込みを入れたのはマキシムだった。
「全然似てないしな」
「俺もそう思うぞ」
 それを骸羅も言う。6
「俺と爺様って本当に血がつながってるのかよ」
「まさかと思うけれど」
 孫策が笑いながら話す。
「和狆って昔は大きかったとかね」
「じゃああれか?」
 十三は孫策のその話を聞いて述べた。
「骸羅は歳取ったら小さくなるのか」
「おい、何処まで小さくなるんだよ」
 骸羅は十三のその言葉に突っ込みを入れる。
「その方がおかしいだろ」
「そうね。まあ世の中色々あるけれど」
 孫策もここでまた話す。
「気にしたらいけないこともあるみたいね」
 そんな話をしながらだ。彼等は修業を続けていた。その団欒の時も楽しんでいたのである。


第七十二話   完


                     2011・4・5







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