『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』
第七十一話 劉備、何進を匿うのこと
貂蝉と卑弥呼はだ。予想通りだった。
行く先々でだ。その姿だけで騒動を引き起こしていた。
「な、何だあいつは!」
「妖怪か!?」
「怪物か!?」
誰もがだ。その姿を見て恐慌状態になる。
「ど、道師を呼べ!」
「坊さんだ!」
「怨霊退散!」
「御札はあるか!」
「あら、失礼ねえ」
「こんな美しい乙女達を捕まえて」
やはり動じない彼等だった。その恐慌状態の中で言うのであった。
「私達の美しさがわからないのなら」
「わからせてあげるわ」
こう言ってであった。それぞれ両手を己の口にやってだ。
投げキッスを飛ばした。それだけでだ。
人々はだ。爆発の中で吹き飛ばされた。
「う、うわああああああああっ!」
「な、何だ今のは!」
「妖術か!」
こう言うのであった。
そのうえで大地に倒れ伏す。死者がいないのが不思議な程であった。
「この連中、やっぱり」
「人間じゃない」
「悪魔か!?」
「それとも魔物か!?」
「だから。絶世の美女貂蝉よ」
「可憐な乙女卑弥呼よ」
彼等だけが言う。
「覚えておいてね」
「この天下を救う存在よ」
「か、漢が滅びるっていうのかよ」
「バケモノに滅ぼされるんだな」
彼等はこう判断するしかなかった。とにかくだ。徐州は彼等の手によって恐ろしい状況になっていた。そしてそのことはだった。
劉備のところにも話が入っていた。彼女はその話を聞いて言うのだった。
「妖怪がなんですか?」
「はい、そうです」
「大暴れしているようなのだ」
関羽と張飛がこう姉に報告する。
「西から攻め込んで来ています」
「ここまで一直線に迫って来ているのだ」
「困ったわね、それは」
そこまで聞いてだ。劉備は顔を曇らせる。
そのうえでだ。新たに軍師の一人に加わった徐庶に問うのだった。
「どうすればいいかしら」
「はい、お話を聞く限りではです」
「大変なことよね」
「妖怪、ですか」
徐庶もまた顔を曇らせている。そのうえでの言葉だった。
「それならです」
「御札が必要かしら」
「いえ、報告を聞く限りではです」
どうかとだ。彼女は主に話す。
「御札ですら効き目はないようです」
「じゃあどうしたらいいの?」
「倒すしかありません」
これが徐庶の考えだった。
「ありったけの将を出してです」
「それで倒すしかないのね」
「恐ろしいまでの力を持った妖怪達です」
そう見るのだった。彼女もだ。
「このまま放置していては大変なことになります」
「もう大変なことになってるけれどな」
馬超が困った顔になって話す。
「死人こそ出てないけれど妖術であちこち爆発させてるからな」
「しかも恐ろしいまでの速さだ」
趙雲はそのことを話した。
「人の速さではない。馬の倍以上の速さでこちらに向かっている」
「一体何者なのかしら」
黄忠もその流麗な眉を顰めさせている。
「その妖怪達は」
「とにかくです。皆で行きましょう」
徐庶はまた告げた。
「そして何としてもです」
「そうだな。妖怪は退治せねばな」
「これも武人の務めなのだ」
関羽と張飛が強い顔で述べる。その時だった。
馬岱が来てだ。こう話すのだった。
「お客さん来たよ」
「お客さん!?」
「お客さんって?」
「うん、華陀さん」
彼だとだ。にこりと笑って話すのだった。
「それとあと三人ね」
「三人!?」
「三人っていうと」
「そうよ、あたし達よ」
「お邪魔したわ」
いきなりだ。彼等が出て来たのだった。
そしてだ。彼等が出たその瞬間にだった。その場が大爆発に包まれた。
劉備達はその中で吹き飛ばされる。だがそれでもかろうじて立ち上がりだ。黒焦げになった顔で彼等に対して問うのだった。
「あ、あの一体」
「何だこの連中は」
「バケモノなのだ」
劉備と関羽、張飛が言う。
「まさかこんなところで来るなんて」
「おのれ、不意を衝かれた」
「迂闊だったのだ」
「あれ?どうしたの?」
しかしである。馬岱だけはだ。
平然としてだ。何とか爆発から立ち直った劉備達に問うのだった。
「皆急に爆発して。大丈夫?」
「おい、何だよその連中」
馬超が従妹に対して問う。彼女も顔や身体のあちこちが黒焦げになっている。
「見るからにおかしいだろ」
「貂蝉さんと卑弥呼さんだよ」
相変わらず平然としている馬岱である。
「何でも華陀さんのお友達なんだって」
「いやね、お友達なんてものじゃないわよ」
「もっと深い絆で結ばれてるのよ」
こう返す二人だった。
「そう、ダーリンなのよ」
「絆と絆で結ばれたね」
「そうらしいのよ」
また言う馬岱だった。
「この人達も来たから」
「あの、人間ですよね」
「それを確かめたいですけれど」
孔明と鳳統は服のススを払いながら問うた。
「あまりそうは見えませんけれど」
「どうなのでしょうか」
「そうよ。人間よ」
「年齢は聞かないでね」
身体をくねくねとさせながら話す二人だった。
「伏儀さんの頃からいるけれどね」
「うら若き乙女よ」
「ううん、仙人でしょうか」
「妖怪仙人かも」
孔明と鳳統は二人の話からこう考えた。
「とりあえず。普通の人じゃないです」
「それは間違いありません」
「そうだな。少なくとも常人ではない」
それは趙雲も認めることだった。
「何者かはわからないが」
「それでね。あたし達がここに来た理由はね」
「とても大事なことがあってなのよ」
「大事なこと?」
黄忠がその言葉に眉を動かした。彼女も他の面々も何とか立ち直ってきている。そのうえでだ。二人の話を聞くのだった。
「っていうと」
「ええ。ダーリンが来るから」
「ちょっと待ってね」
「ああ、二人共もうそこにいたんだな」
馬岱以上に落ち着いた様子でだ。華陀が来た。
後ろには頭巾を被った女がいる。彼女を連れてであった。
彼は劉備達の前に来てだ。こう話すのだった。
「劉備殿、久しいな」
「あっ、華陀さん」
劉備も彼に顔を向ける。そのうえで言うのだった。
「お客様というのは」
「多分俺のことだな」
「そうなんですか」
「そうだよ。華陀さんもだよ」
馬岱がまた劉備に話す。
「ここに来たお客さんだよ」
「そっちの二人はともかくとしてだな」
「絶対に違うと思いたいのだ」
関羽と張飛はまだ貂蝉と卑弥呼への警戒を解いてはいない。そのうえでの言葉だった。
「華陀殿はか」
「ここに来たのだ」
「そうだ、実はだ」
華陀は劉備達に対して話をはじめた。
「この御仁だが」
こう言ってだ。その後ろの頭巾の女に手を向けた。
「匿ってもらいたいのだが」
「むっ、貴殿は」
厳顔が女を見て眉をぴくりと動かした。
そのうえでだ。こう言うのだった。
「何進大将軍ではないのか?」
「わかるか」
その女からの言葉である。
「それは」
「うむ、わしのことも御存知だな」
厳顔はまた女に話した。
「厳顔じゃが」
「益州で太守をしておったな」
「その通りじゃ。その厳顔じゃ」
「知っておる。何度か会ったことがあったな」
「その通りじゃ。しかし貴殿は」
「処刑されたと聞いていました」
徐庶がそのことを話す。
「ですが。大丈夫だったのですか」
「大丈夫ではないが命はある」
こう答えた何進だった。
「こうしてじゃ」
「死体が晒しものになってないと聞いたが」
「本当に生きていたのだ」
関羽と張飛はそのことが意外といった顔で言った。
「まずは何よりだな」
「その通りなのだ」
「しかしよくないこともある」
華陀がまた一同に話す。
「少しな。困ったことになっている」
「困ったこと?」
「というと」
「いいか?」
華陀は何進本人に尋ねた。
「それを見せて」
「仕方あるまい」
憮然とした声で答える何進だった。
「だからな」
「わかった。それではだ」
「うむ」
こうしてだ。何進はその頭巾と取った。するとだ。
その頭には。それがあった。
「えっ、耳!?」
「耳って!?」
「猫の耳」
「何でそれが」
「まさかと思うが」
魏延が眉を顰めさせながら話す。
「大将軍は南蛮出身だったのか」
「言っておくが違うぞ」
本人からの言葉だ。
「わらわは洛陽の生まれじゃ」
「そうだったな。肉屋をやっていたのだったな」
「そうじゃ。繁盛しておった」
こう趙雲にも答える。
「妹が先の帝の后になってじゃ。肉屋は他人に譲ったが」
「そうでしたよね。将軍は洛陽の方でしたね」
「そもそも猫の耳はなかった筈です」
孔明と鳳統がまた話す。
「それで何故」
「どうして耳が」
「俺から話そう」
華陀がまた話してきた。
「将軍のこの耳は薬によってだ」
「猫子丹ですか?」
「それですか?」
孔明と鳳統がすぐに察して話した。
「それを飲ませられた」
「相手は宦官ですね」
「よくわかったのう」
何進もだ。思わず言うことだった。
「その通りじゃ。忌々しいことにじゃ」
「そうですか。やはり」
「それで追放されて」
「ふむ。察しがいいな」
何進は二人のその話に感心すらしている。
そのうえでだ。こう述べるのだった。
「まさにその通りじゃ。全てな」
「そうですか。あの薬をですか」
「飲ませられて」
「けれどあのお薬は」
徐庶が暗い顔で話す。
「妖術の類で。普通の仙人や道師は」
「その通りだ。使うのは妖術使いだ」
華陀がその通りだと話す。
「左道そのものだ」
「宦官達が左道に通じていたのでしょうか」
「いや、その道に通じている奴と結託しているようだ」
また話す華陀だった。
「どうやらな」
「そうなのですか。厄介ですね」
そこまで聞いてだ。徐庶は眉を曇らせる。
「只でさえ陰謀に長けた宦官達にそうした存在がつくと」
「全くな」
「ただ」
しかしだった。ここでこうも言う徐庶だった。
「宦官達は。もう董卓殿に一掃されたことになっています」
「気付いているな」
華陀は彼女の今の言葉から述べた。
「されたことになっている、だ」
「はい、違うのですね」
「どうやらな。奴等はまだ宮廷の奥深くにいる」
「そこで陰謀を巡らせてますか」
「その様だ。董卓殿との関係はわからないがな」
「それってまずくない?」
馬岱が顔に嫌悪を浮かばせて話す。
「あの連中が生きてたら。しかも大将軍がおられないなんて」
「その通りじゃ。まずいことになっておるのじゃ」
何進もこう話す。
「このままでは天下がじゃ」
「ですが。今はです」
「迂闊に動けないです」
孔明と鳳統が今の状況を鑑みて述べる。
「ここで動けば叛乱と見なされます」
「すぐに討伐軍を向けられます」
「それに。今は董卓さんの軍もありますから」
「討伐に向けられる軍もありますから」
「そうよ。動いたら駄目よ」
「絶対にね」
それは貂蝉と卑弥呼も止める。
「動いたら謀反人よ」
「董卓さんの軍が来るわよ」
「少なくともこちらから動けません」
徐庶もそれはわかっていた。わかっているからこその言葉だった。
「あちらから動くのを待つしかありません」
「私もそう思います」
「今は待つしかありません」
孔明と鳳統もこの考えだった。
「機を待ちましょう」
「あちらから絶対に仕掛けてきますから」
「その通りだな。そしてだ」
華陀がだ。話を変えてきた。
「何進殿の耳は。治せるか」
「はい、大丈夫です」
「猫子丹を治せる薬ですね」
「そうだ。それの素材はあるか?」
華陀は孔明と鳳統に対して問うた。
「材料さえあれば俺がすぐに調合するが」
「はい、あります」
「めぼしいものは全て」
あるとだ。明るい声で答える軍師二人だった。
「それじゃあすぐに材料を持って来ます」
「では何進さんの猫化を防ぎましょう」
「わかった。それならすぐにな」
こうして話が進みだした。そうしてだ。
薬の調合が進めていく。その中でだ。
ふとだ。華陀が言うのだった。
「一つ足りないな」
「一つ?」
「一つっていいますと」
「南蛮象のヘソのゴマだ」
それがないというのである。
「それはあるか?」
「南蛮象?」
「南蛮象っていいますと」
「桃色の身体に猫程の大きさの象だ」
こう話すのである。
「その象のヘソのゴマだが。あるか?」
「ええと、その象は」
「確かそれは」
ここでだ。二人は気付いた。その象とは。
「美衣ちゃんがいつも頭に乗せている?」
「パヤパヤちゃん?」
「むっ、ここにいるんだな」
「はい、います」
「その象でしたら」
「ならその象のヘソのゴマを貰いたい」
まさにそれをだというのだ。
「そうすれば何進殿の猫化は収まる」
「わかりました。それじゃあ」
「美衣ちゃんにお話します」
「頼むぞ。何しろわらわはじゃ」
切実な声で言う何進だった。
「猫が大嫌いなのじゃ」
「嫌いな存在に変える」
「宦官達も意地が悪いですね」
「宦官にはそうした奴が多いのじゃ」
何進は顔を顰めさせて話す。
「陰険で執念深くてじゃ」
「ううん、あまり知り合いになりたくないですね」
「本当に」
「だからわらわは宦官は猫よりも嫌いじゃ」
猫よりもだというのである。
「猫は二番、宦官は一番じゃ」
「じゃあ将軍はその」
「宦官みたいには」
「あれを切り取ることはせん」
それははっきりと言い切ったのだった。
「そもそも最初からないわ」
「ですよね。女の人ですから」
「やっぱり」
「たまにある奴もいるがのう」
何気にこんなことも言ったりする。
「それは例外中の例外じゃ」
「所謂ふたなりですね」
「それですね」
「左様、わらわも見たことはない」
「俺はあるぞ」
華陀がここで言う。
「実際にな」
「何と、見たことがあるのか」
「ああ、ある」
何進にも答える華陀だった。
「中々凄いものだった」
「凄いどころじゃないだろ」
馬超がかなり引きながら述べた。
「あのよ、両方あるんだよな」
「そうだ、男のものも女のものもな」
華陀だけが平然としている。
「両方あるのだ」
「うわ、何か全然信じられないな」
馬超はまた唖然となっている。そしてだ。
華陀はだ。また話すのだった。
「それでだが」
「はい、ふたなりですよね」
「そのお話ですよね」
「いや、猫子丹のことだ」
そちらだというのだ。華陀はあっさりと話を変えていた。
「その南蛮象だが」
「あっ、それですか」
「そのことですか」
孔明と鳳統は二人の言葉に我に返って話す。
「南蛮象でしたら」
「すぐにこちらに呼べますけれど」
「では頼む」
華陀は医者の顔になっている。とはいっても何処かヒーローめいている。
「人が猫になろうとしているからな」
「世の中猫好きの娘もいいけれどね」
「そうよね。風ちゃんとかね」
ここでまた怪物達が話す。
「周泰ちゃんもそうだし」
「董卓ちゃんもね」
「何処でそうしたことを知ったのだ?」
趙雲はそのことを問わずにはいられなかった。
「一体全体」
「あたし達人の心が読めるのよ」
「それでわかったのよ」
またわかった二人の異常能力であった。
「勿論貴女達の心もね」
「読もうと思えばわかるわよ」
「何っ、では私の心もか」
魏延がついつい余計なことを言ってしまった。
「私の桃香様への赤い心を」
「赤っていうか桃色ね」
「そちらね」
二人はそれだというのだった。赤ではなく桃だとだ。
「もういつもね」
「見ているし想ってるわね」
「赤ではなく桃色だというのか」
「妄想は禁物よ」
「度が過ぎてるし」
「やっぱりね」
馬岱がその魏延を横目で見ながら述べた。
「あんた、桃香様と頭の中で」
「違う、私は桃香様に何かしたりはしない」
頭の中でもだというのだ。
「あくまで。桃香様からお誘いがありだ。この心も身体も」
「つまり桃香様のお誘いを待ってるのね」
「桃香様に何かする輩は絶対に許しはしない」
確かに忠誠心はある。見事なものがだ。
「だが。お許しがあれば。私はこの全てをだ」
「全く。完全にそのつもりじゃない」
「私の全ては桃香様の為にあるのだ」
劉備の真名をだ。これでもかと出す。
「だからこそだ。私はだ」
「はいはい、わかったから」
いい加減呆れてしまっている馬岱だった。横目で見るその表情にもそれが出ている。
「あのね、それあの人達に読まれているのよ」
「おのれ、やはり人間ではなかったか」
「まあ蒲公英もあの人達が人間かどうか疑問だけれど」
「恐ろしい奴等だ。しかも」
「隙ないしね」
この二人を以てしてもだ。怪物達に隙はなかった。
「わかる、尋常でない強さだ」
「この国を二人で破壊し尽くせるかも知れないわね」
「あら、あたし達そんなことしないわよ」
「平和が好きなのよ」
ウィンクして顔を赤らめさせて答える妖怪達だった。
「これでも愛と平和の使者なのよ」
「美少女戦士なんだから」
「ここまでおっかない目に遭ったのははじめてなのだ」
張飛の顔が真っ青になっている。
「世の中とても広いのだ」
「そうだな。おそらく私達全員で向かってもだ」
関羽も彼等を見ながら話す。
「一撃で倒されるな」
「そうね。敵でなくて何よりだわ」
黄忠もそのことに安堵している。
「そのことはね」
「あの、それでなのですが」
「南蛮象のヘソのゴマを持って来ました」
「呼んだニャ?」
猛獲が来ている。今まで舞の胸を触って遊んでいたのだ。
その頭にはその南蛮象がいる。パヤパヤだ。
「何の用ニャ?」
「パヤパヤちゃんのおヘソのゴマを欲しいんだけれど」
「いいかしら」
「いいニャ」
満面の笑みで答える猛獲だった。
「何か人を助けないといけない状況なのはわかるニャ」
「うん、だからね」
「御願いしたいの」
「御安い御用だニャ。それならニャ」
こうしてだった。あっさりとだ。南蛮象のヘソのゴマも手に入った。そしてそのうえでだ。他の薬の材料は既にあった。そうしてだ。
華陀は薬を調合した。そしてその薬を何進に飲ませる。すると。
耳はだ。元に戻っていなかった。
「どうしてじゃ、これは」
「そうか、飲むのが遅かったか」
「遅かったじゃと!?」
「ああ。猫になるのは防げた」
それはだというのだ。
「だが耳はだ」
「このままじゃというのか」
「いや、やがてなくなる」
残りはしないというのだ。一応はだ。
しかしだ。華陀はこう何進に述べた。
「一年程かかって。元の人間の耳に戻る」
「一年じゃと」
「そうだ、一年だ」
「一年もかかるというのか」
「ああ。悪いがな」
「悪いがそれでも戻るのじゃな」
何進は話をしているうちに気を取り戻した。そしてだ。
狼狽する顔から落ち着いた顔に戻ってだ。あらためて華陀に述べた。
「ならよい」
「納得してくれたか」
「少なくとも猫になることはないのじゃな」
「ああ、それはな」
「ならそれでよい」
納得した顔で言うのだった。
「それならな」
「そうニャ。美衣は猫が大好きニャ」
その猫にしか見えない猛獲が笑顔で跳ねながら話す。
「それにお姉ちゃんおっぱいが大きいニャ」
「ほほう、よい娘じゃな」
何進は『お姉ちゃん』という言葉に反応して微笑んだ。
「わらわをお姉ちゃんと呼ぶか」
「そうニャ。お姉ちゃんニャ」
「よいぞ。わらわはまだ若いのじゃ」
「そうよ。人間は三百歳からよ」
「そこからなのよ」
妖怪仙人達の言葉だ。
「人生は長いわよ」
「花の時代は凄く長いのよ」
「普通の人間はそこまで生きられぬぞ」
厳顔が突っ込みを入れる。
「三百どころか百もじゃ」
「いや、俺は百二十だが」
華陀がここでこう厳顔に話す。
「人生まだまだこれからだ」
「あの、百二十歳って」
それを聞いてだ。徐庶が目をしばたかせながら話した。
「ちょっとないですけれど」
「そうか?これ位は普通だと思うが」
「そうは言えません」
とてもだという徐庶だった。
「どうやればそこまで」
「いつも身体を動かすことだ」
微笑んで答えた華陀だった。
「動物の動きを模してな。俺はいつもそれをやっている」
「それでなんですか」
「そうだ、それで俺は健康なままだ」
こう話すのだった。
「ダーリンって病気一つしないのよ」
「怪我もしないしね」
ある意味でだ。彼も妖怪達と同じ存在だった。
「あたし達もそうだけれど」
「病気とかしたことないわよ」
「病気の方が逃げていくと思うのだ」
張飛は本気で思ったのだった。
「そんな生半可な存在じゃないのだ」
「けれど病気しないのっていいわよね」
劉備は二人を見てもこう言えた。
「羨ましいわ」
「そうだ。病気の中でだ」
華陀は医者として話をはじめた。
「風邪は一番怖いからな」
「風邪がか?」
「そうだ。風邪は万病の元だ」
こう劉備達に話す。
「だからくれぐれも気をつけてくれ」
「そうよ。些細な風邪でもね」
「注意しないと駄目よ」
風邪の方から逃げる二人の言葉だ。
「毎日健康と美容に気をつけて」
「しっかりとしてね」
こんな話をしてだった。彼等は時間を過ごしていた。何はともあれ何進は猫にならずに済んだ。その彼女がどうなったかというと。
「ここにいてよいのか」
「はい、将軍がお望みとあれば」
劉備は邪気のない笑みで何進に話した。
「好きなだけここにいて下さい」
「つまり匿ってくれるというのじゃな」
「将軍は処刑されたんですよね」
「謀反人として」
「そうなっておる」
孔明と鳳統にも話す何進だった。
「わらわはいないことになっておる」
「なら。ここにいてもです」
「何の問題もありません」
こう話す孔明と鳳統だった。
「ですから将軍が望まれるなら」
「この徐州に」
「そういうことです」
また何進に話す劉備だった。
「それで。どうされますか?」
「それではじゃ」
彼女達の言葉を受けてだ。何進は述べた。
「その言葉に甘えさせてもらっていいか」
「はい、わかりました」
笑顔で応える劉備だった。
「では。これから宜しく御願いします」
「そうさせてもらう。しかしじゃ」
「しかし?」
「わらわとてここにいるだけでは駄目じゃ」
それだけではだ。気が済まないというのだ。
「何かさせてもらいたいが」
「将軍でしたし」
「なら兵のこともできますよね」
「一応はな。できんこともない」
流石にだ。大将軍だっただけはあった。
「曹操や袁紹と比べれば落ちるのはわかっておるがな」
「まあそれでもです」
「できるのなら」
「政もしておったしのう」
それもしていたというのである。
「じゃが。それ以上にじゃ」
「それ以上に?」
「といいますと」
「肉のことの方が得意じゃな」
そちらの方がだというのだ。かつての生業の話である。
「料理なら全般じゃ」
「特に肉のことがですか」
「お得意ですか」
「あの頃は家の料理は全部やっておった」
そうした家だったのである。店は大きかったが貴族ではないのだ。
「だからじゃ。そちらの方がじゃ」
「わかりました。それなら」
「御料理を御願いします」
こうしてだった。何進はだ。
料理担当、とりわけ肉関係をあたることになった。兵や政のことも手伝うがだ。そちらをメインとしてやっていくことになった。
その結果だ。劉備達はかなり美味い肉料理を楽しめるようになった。
「そうだよ、これだよ」
「美味いのじゃな」
「ああ、鰐の唐揚げはこうじゃないとな」
丈がだ。何進の作った鰐の唐揚げを食べながら話すのだった。
「味付けも揚げ加減もな。凄くいいぜ」
「鰐の味は鶏肉に似ておるが癖がある」
それもわかっている何進なのだ。
「じゃから唐揚げにするのにもそこを注意せねばならん」
「だからだってんだな」
「香辛料にも気をつけた」
唐揚げに漬けるそれをだというのだ。
「それでじゃがな」
「よくわかってるな。本当にいいぜ」
ガツガツと食べながら話す丈だった。
「何進さん料理美味いんだな」
「肉料理は特にな」
自信があるというのである。
「昔取った杵柄だからのう」
「鰐も扱ってたのかよ」
「そうじゃ。肉は何でも扱っておった」
意外とだ。多彩だったのである。
「鰐だけではないぞ」
「他にはどんなのがあったんだよ」
「牛や豚や羊もあった」
まずはオーソドックスなものだった。普通の肉屋にあるものだ。
「鶏肉関係もじゃ」
「鶏もかよ」
「鴨や七面鳥とかも扱っておったぞ」
「多いな、そりゃまた」
「家鴨や鳩や雀もじゃ」
「本当に多いな」
「何でも食べられるものなら置いておった」
そうだったというのである。
「それを全部捌いておったのじゃ」
「だからか。よくわかってるんだな」
「うむ。鰐は特によかった」
その鰐の話もするのだった。
「鰐は革が高値で売れるからのう。それもよかった」
「革なあ」
「よいぞ、鰐は」
そうした意味でもだというのである。
「まことにのう」
「そうか、食ってもいいしな」
「そうじゃ。ところでじゃ」
「ああ、何だ?」
「御主何処で鰐の味を知ったのじゃ」
何進が問うのはこのことだった。
「何処でじゃ、それは」
「ああ、それな」
「何処でその味を知ったのじゃ」
「タイで知ったんだよ」
そこでだというのだ。
「俺が今やってる格闘技な」
「ムエタイとかいうものじゃな」
「それを身に着けに行った時に食ったんだよ」
「それからか」
「そうなんだよ。日本じゃこんなのないからな」
彼の祖国にはだ。ないのである。
そしてだ。あらためて食べながらまた何進に話す。
「しかしあんた本当に肉料理美味いな」
「少なくとも自信はある」
「こっちでかなりいい線いくんじゃないのか?」
「そうやもな。それではじゃ」
「ああ、もう将軍には戻らないんだよな」
「最早わらわの役目は終わったようじゃしな」
怪物達に言われたことをそのまま話す。
「だからじゃ。もうよい」
「そういうことなんだな」
「ああ、それでな」
「うむ、それでじゃな」
「あんたもそうして。俺は」
「御主は?」
「戦うからな」
そうするというのだ。彼はだ。
ここで唐揚げを食べ終えた。そうしてだった。
丈は立ち上がってだ。こう言った。
「この脚と拳でな」
「御主はそれじゃな」
「ああ、頭は悪いが喧嘩は強いぜ」
自分でもだ。わかっているのだった。
「食うこととそっちには自信があるからな」
「ではそちらは任せたぞ」
「そういうことでな」
「しかし御主頭は悪いのか」
何進は丈本人のその言葉に反応を見せた。
「そうなのか」
「学校とか勉強は嫌いなんだよ」
それでだというのだ。
「字ばっかりの本とか読んでたら頭が痛くなってな」
「ううむ、それではまことに」
「まことに?何だってんだ?」
「馬鹿なのじゃな」
それだという何進だった。
「残念なことに」
「ここでそう言うのかよ」
「御主が自分で言っておるではないか」
「それはそうだけれどな」
「しかし。馬鹿なら馬鹿でよい」
何進は丈が馬鹿であることを認めた。それでいいというのだ。
「それもまた個性じゃ」
「そう言ってくれるんだな」
「わらわも大した頭ではないしのう」
笑ってだ。こんなことも言うのであった。
「実際のう」
「そうか?少なくとも俺よりはな」
「御主は自分で言うか」
「馬鹿は馬鹿って認めるさ」
そのことについてやぶさかではないというのだ。
「事実だしな」
「左様か」
「ああ、それでな」
ここで話が変わった。
「何かこのままやばいことになりそうだな」
「そうじゃな。洛陽があれではな」
「戦乱か?ひょっとして」
「その可能性は高い」
強張った顔になってだ。何進は丈に述べた。
「否定できぬ」
「そうか。ひょっとして俺達はそれでここに来たのかも知れないな」
「この世界にか」
「実際何でここに来てるかずっとわからなかったんだよ」
こう何進に述べるのである。
「けれどな。その戦乱で何かする為だってんならな」
「戦うというのじゃな」
「ああ、そうさせてもらうからな」
笑顔で話すのであった。
「それでいいな」
「存分にな。それではじゃ」
「今から身体鍛えてくるからな」
それをするというのである。
「それじゃあまたな」
「ではわらわはじゃ」
「あんたはまた料理か」
「仕込みじゃ」
それをするというのである。
「今からそれをする」
「何か生き生きとしてるな」
「そうか?別にそうは思わぬが」
「いや、何か違うな」
「少なくとも料理は好きじゃ」
微笑んで東に述べるのである。
「仕込みも含めてのう」
「それでか。それでな」
「うむ。それで何じゃ」
「今度は一体何を作るんだ?」
問うのはそのことだった。次は何を作るかである。
「また肉料理か?」
「そうじゃ、肉じゃ」
まさにだ。その肉料理だというのである。
「肉まんを作る」
「ああ、ケンスウのリクエストなんだな」
「ただ。少し思うのじゃが」
「何だよ、思うって」
「肉まんではなくピザまんとやらにしようかのう」
首を捻りながらだ。こう言うのだった。
「アンディとやらに聞いたピザを作ってそれを中に入れてじゃ」
「ああ、ピザまんか?」
「あれも美味そうじゃしの。どうじゃそれは」
「作ってもいいけれどケンスウには駄目だからな」
丈は真剣な面持ちで何進に話した。
「それはな」
「駄目なのか。何故じゃ?」
「あいつピザまん大嫌いなんだよ」
「そうじゃったのか。ピザまんは嫌いなのか」
「だから止めた方がいいな」
「わかった。では肉まんにしておこう」
話を聞いてあらためて言う何進だった。
「それではな」
「そうしてくれ。それでな」
「うむ。それでじゃな」
「俺はこれで鍛錬に入るからな。また楽しみにしてるぜ」
「うむ、そうするがいい」
笑顔で別れる二人だった。かくしてだ。
何進は劉備に匿われることになった。まずは無事終わったのだった。
第七十一話 完
2011・3・21
またしてもへそのゴマ。
美姫 「意外にも色んな用途があるわね」
だな。ともあれ、呪いは解けた……で良いのかな。
美姫 「まあ、良いんじゃないかしら。それよりも、結構、危ない状況になったと思うけれど」
流石に何進うぃ匿っているのがばれるとまずい気はするな。
美姫 「どう展開していくかしらね」
気になる続きは……。
美姫 「まとめてすぐ!」