『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第六十九話  徐庶、徐州に来るのこと

 袁術がだ。難しい顔で張勲達に述べていた。
「最近の出来事は洒落になっておらんのう」
「はい、本当に」
「今の事態は」
 張勲だけでなく紀霊も述べる。
「まさか大将軍が処刑されるとは」
「そして董卓殿が宰相になられるとは」
「それであの連中はどうなったのじゃ」
 ここで袁術は二人にさらに問うた。
「宦官の連中は」
「十常侍ですね」
「あの者達ですか」
「そうじゃ。あの者達はどうなったのじゃ」
 袁術は怪訝な顔で己の執務室の机から問うた。
「話がないようじゃが」
「殺されたという噂があります」
 張勲がここでこう主に話した。
「その董卓殿にです」
「そういえば董卓は大将軍が都に入れられたのじゃったな」
「はい、それで董卓殿は大将軍の仇討ちにです」
「宦官達を皆殺しにしたのじゃな」
「そういう話があります」
 こう主に話す張勲だった。
「あくまで噂ですが」
「しかし実際に宦官達は出ておらんな」
 袁術が指摘したのはこのことだった。
「それではじゃ」
「やはり宦官達は」
「己の兵を持っておらんのが仇になったのう」
 袁術は強い目になって述べた。
「いざという時はやはり兵じゃからな」
「そうですね。ただ」
 ここでだ。紀霊が難しい顔で話す。
「問題はです」
「董卓は兵を持っておるな」
「はい、そのことです」
 それがだ。問題だというのである。
「しかも宰相になっています」
「では何でもできるな」
 袁術は宰相でしかも己の兵を持っていることからこう指摘した。
「やろうと思えば何でもな」
「では考えようによっては」
「宦官達よりも厄介ですね」
 張勲と紀霊が怪訝な顔になっている。
「擁州の兵は強いですし」
「配下にはあの呂布がいます」
「むう、ではわらわ達はどうなるのじゃ」
 袁術は腕を組んで難しい顔になって述べた。
「董卓がその気になって取り潰すとか言えばまずいぞ」
「はい、言い掛かりをつけてくる危険はありますね」
 張勲は実際にそれを恐れていた。
「そうなればです」
「どうするのじゃ、その時は」
 袁術は怪訝な顔で己の軍師に問う。
「わらわは三公になるのじゃ。名門袁家の嫡流として当然のことじゃ」
「はい、少なくともここで終わられるつもりはありませんね」
「その通りじゃ。絶対にじゃ」
 袁術の言葉が強いものになる。
「董卓め、言い掛かりをつけてくればじゃ」
「その時はですね」
「相手になってやるわ」
 こう言うのである。
「あの小娘の勝手にはさせんぞ」
「あの、美羽様」
 袁術の今の言葉にはだ。紀霊はいささか唖然となって突っ込みを入れた。
「そのお言葉は」
「何じゃ?不都合があるのか?」
「董卓殿の方がです」
「うむ、あの小娘がじゃな」
「美羽様より年上なのですが」
「何っ、そうじゃったのか」
 言われてはじめて気付いたといった感じである。
 そうして驚いた顔でだ。袁術はまた言うのだった。
「わらわもはじめて知ったぞ」
「そうかと」
「ううむ、そうじゃったのか」
 袁術は驚いた顔のまま話していく。
「わらわの方がじゃったか」
「はい、実は」
「しかしじゃ。それでもじゃ」
 だからといってだ。それで収まる袁術ではない。
 それはそれでだ。こんなことを言うのであった。
「わらわに対して何かをするならばじゃ」
「その時はですね」
「絶対に容赦はせぬぞ」
 こう言うのであった。そしてだ。
 ここで張勲がだ。主に対して言う。
「美羽様、おやつの時間ですよ」
「むっ、その時間か」
「はい、何を召し上がられますか?」
「蜂蜜水はあるかのう」
 何につけてもまずはそれであった。
「それを所望じゃ」
「はい、では蜂蜜水ですね」
「それを飲むとしようぞ」
「わかりました。それでは」
「そなた等も相伴せよ」
 袁術はにこりと笑って二人にも言った。
「わかったな。それではじゃ」
「はい、わかりました」
「それでは」
「他の者も呼ぶじゃ」
 二人だけでなくだ。さらにだというのだ。
「食べることも多くの方が楽しいからのう」
「そのことがわかってきたのですね」
「うむ、そうじゃ」
 満面の笑顔で張勲に答える。
「美味なものを一人で食べても何にもならんわ」
「では。あちらの世界の方々も御呼びして」
「楽しくやろうぞ」
 こう話してだ。そのうえでだ。
 袁術は皆を呼び蜂蜜水を楽しく飲む。ところがここで。
 大きな卓の主の席でだ。こんなことも言うのであった。
「凛がおらぬのが残念じゃのう」
「そうですね。私もそう思います」
 また話す張勲だった。
「彼女は一緒にいて楽しいですから」
「そうじゃ。凛はわらわの嫁じゃ」
 勝手に言っているのではないのが凄いところである。
「だから共にいたいのじゃがのう」
「私もです」
「凛はわらわのものじゃぞ」
 すぐに張勲に釘を刺す彼女だった。
「よいな、それはじゃ」
「いえいえ、凛ちゃんは私とできてますから」
 にこやかに笑って言う張勲であった。
「それはもう手遅れかと」
「手遅れではないわ。凛とわらわは何よりも強い絆で結ばれておるのじゃ」
 あくまでこう返す袁術だった。
「それは誰にも壊せぬものじゃぞ」
「曹操さんにもですね」
「そうじゃ。例え凛の主であろうともじゃ」
 彼女のことになるとムキになる袁術だった。
 その感情を見せながらだ。さらに話すのだった。
「凛は絶対に渡さんからのう」
「ううむ、これは」
「恋でしょうか」
 楽就も楊奉もそれを察した。
「美羽様の」
「それなのでしょうか」
「というかね」
 眠兎が話す。
「この世界も女同士もいいんだ」
「そうじゃ。別に構わんのじゃ」
 まさにその通りだとだ。袁術は眠兎に話す。
「女同士でも男同士でものう」
「ふむ、寛容だな」
 藤堂は腕を組んで納得した顔で述べた。
「そうしたところは」
「あれっ、藤堂さんですよね」
 張勲は彼女にしては珍しくきょとんとした顔を見せて述べた。
「今ここにおられたんですか」
「いるが。最初からな」
「そうなんですか。何かいつも後ろにおられる気がして」
「わしもちゃんと戦うしこうして甘いものも食べるぞ」
「ですが」
 それでもだというのである。
「何か。こうして同席するのは違和感がありますね」
「どういうことだ、それは」
「いえ、何かそんな感じがしまして」
 張勲は藤堂の顔を見ながら話す。
「それだけですけれど」
「わしは失踪されたと思われていたがな」
「何かそういう感じがしますから」
 実際にそうだと話しながらだ。彼等は蜂蜜水を飲んでいくのだった。
 そしてだ。徐州ではだ。
 魏延がだ。またしても劉備の傍にいた。そのうえでだ。
 彼女に対してだ。必死の顔で話すのであった。
「いえ、お一人で行かれるのはです」
「危ないの?」
「そうです、何処に行かれるにしても」
 こう話すのだった。
「何時何処に誰がいるかわかりませんから」
「けれど。ちょっとお昼寝するだけなのに」
「いえいえ、寝るなら余計にです」
 必死の顔で言う魏延だった。
「一人では危険です」
「だからなの」
「はい、私もご一緒させて下さい」
 これが魏延の本音だった。
「身辺警護は」
「そのまま怪しいことになるわね」
 黄忠がそんな魏延を見ながら述べた。
「焔耶ちゃんのことを考えたら」
「わ、私は別に」
「焔耶、口を拭け」
 今度は厳顔が言うのだった。
「御主の今の口はじゃ」
「口は?」
「涎が出ておるぞ」
 こう彼女に告げる。
「だらだらと犬みたいに垂れ流しおって」
「な、何と」
 言われてだ。咄嗟にだった。
 彼女はだ。自分の口元を右手の甲でぬぐった。その甲を見ればだ。
 そこには涎はない。それを見て話す彼女だった。
「あの、別に涎は」
「冗談じゃ」
 こう素っ気無く返す厳顔だった。
「しかし。それでもじゃ」
「それでもとは」
「全く。桃香様がそこまで好きか」
「だから私は桃香様の」
 あくまでだ、忠臣だと言うのである。
「それだけであって何もやましいところは」
「やましいところしかないではないか」
 厳顔はもうわかっているという口調だった。
「まあしかしじゃ」
「そうね。お昼寝の時でもね」
 厳顔と黄忠の言葉の調子がここで変わった。
「護衛は必要じゃからな」
「それはいいことね」
「では。今は」
「うむ、よいぞ」
「是非共ね」
「それでは早速」
 何故かだ。ここで枕を出して来た魏延だった。
 しかも二つだ。そのうちの一つを出して劉備に言うのであった。
「では劉備様、今より」
「はい、少しだけですけれど」
「お休みしましょう」
「わかっておるとは思えんから言うぞ」
 また言う厳顔だった。
「そなた、間違ってもじゃ」
「間違っても?」
「桃香様と同じ褥には入るでないぞ」
 かなり直接的な言葉であった。
「よいな、護衛をするのじゃが」
「そ、それは当然として」
「本当にそう思っておるか?」
「無論、それは」
「ならいいがのう」
「確かに。今はおかしな時期だから」
 黄忠は今の状況を真剣に憂いている。
「気をつけないとね」
「都はどうなってるのかしら、今」
 劉備は政治の顔になった。そのうえでの言葉である。
「董卓さんが宰相になられたのは聞いてるけれど」
「それだけではないからのう」
「董卓殿が専横を極めているとか」
 二人の顔が曇る。
「途方もない贅沢をしており」
「民を苦しめているそうね」
「董卓さんが?」
 そう言われてもだ。劉備はだ。
 きょとんした顔になってだ。こう述べるのだった。
「あの人がそんなことをするかしら」
「そうなのだ。それはないのだ」
 張飛がここで出て来て話す。
「董卓はいい奴なのだ。民を苦しめる娘ではないのだ」
「それでどうしてそんなお話が?」
「都には今は舞が行っているが」
 魏延が話す。
「もうそろそろ帰って来る頃か」
「あの娘の情報待ちじゃな」
 厳顔がこう話す。
「それ次第じゃな」
「そうね。今はね」
「それしかないのう」
 こんな話をしているうちにその舞が戻って来た。彼女の話によれば。
「董卓の姿が見えない!?」
「ええ、そうなの」
 彼女はこうアンディに話す。
「何か。呂布や陳宮といった面々はいるけれど」
「それでもか」
「ええ、肝心の董卓がいないのよ」
 今度はテリーに話す舞だった。
「おかしなことにね」
「董卓が専横を極めてるんじゃねえのかよ」
 丈は舞にこのことを話した。
「違うのかよ、それは」
「宮中のあちこちを捜したけれど」
 この辺りは流石忍である。
「見当たらなかったわ」
「宰相がいない!?」
「どういうことだ、それは」
 関羽と趙雲が驚きの声をあげる。
「しかも董卓殿はだ」
「自ら政務にあたる方だが」
「っていうか何かおかしくないか?」
 馬超もここで言う。
「何で宦官も董卓もいないんだよ」
「そういえば宦官って粛清されたって聞いたけれど」
 馬岱が言うのはこのことだった。
「董卓さんってそういうことする人だったっけ」
「いえ、そんな話は」
「聞いたことがありません」
 孔明と鳳統がそれはないと言う。
「あの人でしたら追放で止めますが」
「宦官は宮廷を追い出されれば何の力もありませんし」
「考えれば考える程」
「おかしな話が多いですね」
「怪しいな」
 ここで言ったのは二階堂だ。
「陰謀の匂いがぷんぷんするな」
「そうだな」
 大門は彼のその言葉に頷いた。
「これまで以上にな」
「何だ?この感じは」
 草薙の目がここで顰めさせられた。
「匂うんだよな」
「匂うっていうと?」
「オロチだな」
 こう劉備に話すのである。
「その匂いがするな」
「オロチ?」
「簡単に言うと俺の一族の宿敵だ」
 かなり明解にだ。劉備達に話す。
「それは前話したか?」
「あっ、そういえばそうですね」
「前に」
 孔明と鳳統は草薙の今の言葉でふと思い出した。
「何か。京さん前に」
「人類の文明を破壊しようという一族がいるって」
「ああ、その一族が復活させようとしている神様がな」
「オロチだ」
「それなのだ」
 二階堂と大門も話す。
「邪神って言うかな」
「自然神と言おうか」
「自然が人を襲うのだ?」
 張飛は彼等の説明を受けて微妙な顔になった。
「自然は人と一緒じゃないのだ?」
「そうよね。人間も自然の一部だと思うけれど」
 馬岱もそう考えている。そのうえでの今の言葉だ。
「何でその自然が?」
「それぞれ考えがあります」
 ナコルルがその彼女達に話す。
「私の仕えているアイヌの自然は人と同じですが」
「そのオロチは違うのだ」
「そうなんだ」
「はい、千八百年程前。この世界だと今の時代でしょうか」
 ナコルルは彼女達の時代とこの世界の時代の双方を考えてから話す。
「オロチはそれまでは人と共にありましたが」
「それが人が文明を持ったことでな」
 草薙も話す。
「人を滅ぼそうと考えるようになったんです」
「そういうことだ」
「文明と自然を対立するものと考えている」
「それがオロチなんですね」
 孔明と鳳統はオロチのその考えを理解した。
「ううん、人間は自然の中にはいない」
「そういう考えですか」
「オロチの考えは頷けるか?っていうところもあるさ」
「ない訳ではない」
 二階堂と大門はオロチのその考えを完全に否定しなかった。
「けれどな。こっちも滅びる訳にはいかないんだよ」
「オロチの一存でだ」
「よくいるんだよな、そういう奴がな」
 ロックはいささかシニカルに話す。
「人間さえいなければ地球、この世界がどうとか言う奴がな」
「何かそれって」
「結構傲慢な考えです」
 孔明と鳳統は眉を顰めさせた。
 そのうえでだ。彼女達はこう言うのだった。
「自分が人間を超えた存在みたいな」
「傲慢な神様みたいですね」
「だからそういう考えは嫌いだ」
 ロックははっきりと言い切った。
「五流の悪役の言葉だ」
「どっかの首相が言いそうですね」
 真吾は自分の世界のことを思い出して話した。
「訳のわからない科学者とか」
「あの、政治をする人がそれ言ったら」
「お話にならないですけれど」
 孔明と鳳統は今度は呆れた。
「だって。政治は人間の世界のものですから」
「そんなことを言ったらもう」
「だろ?本当によくわからない奴なんだよ」
 その人間がだと話す真吾だった。
「俺の世界じゃそうした人間もいるんだよ」
「そして政治に携わっているんですか」
「恐ろしい話ですね」
「とにかくだ。そのオロチがだ」
 草薙がここでまた話す。
「蠢いているかもな」
「そう考えて間違いないわ」
 神楽がその草薙に告げた。
「この世界でもね」
「そうか、そういえばあんた前言ってたな」
「そうよ。あの時はまだ確信していなかったけれど」
「今は違うか」
「ええ」
 その通りだとだ。草薙に対してこくりと頷いてみせる神楽だった。
「そうよ。今はね」
「あの三姉妹の反乱もあれか?」
「関わっているわね」
 それも間違いないというのだ。
「バイスとマチュアかしら」
「あいつ等かよ」
 草薙はその二人の名前に眉を顰めさせた。
「八神に殺されたと思ったんだけれどな」
「生憎。彼女達も生命力が強いから」
「しぶとい奴等だな」
 草薙はこう評した。
「ったくよ、面倒な話だぜ」
「面倒でもね」
 それでもだと話す神楽だった。
「実際に動いているとなるとね」
「俺達がやることは一つだな」
「そういうことよ。この世界でもね」
「やるか」
 草薙の目に強い光が宿った。
「奴等を。全員薙ぎ払ってやる」
「はい、じゃあ俺も」
 真吾もここで元気よく言う。
「草薙さんと一緒に頑張りますから」
「しかしあんたってよ」
「そうだな」
 馬超と趙雲がその真吾に声をかける。
「炎出せないだろ」
「それは無理だったな」
「いや、絶対に出せるからさ」
 本人はあくまでこう言うのである。
「絶対にな、できるよ」
「そうか?」
「何時かはできるようになるのか」
「ああ、できるんだよ」
 彼も確信している。それは確かだ。
 しかしだ。草薙は馬超と趙雲にだ。そっとこう囁くのだった。
「火を出せるのは俺の一族だけなんだよ」
「じゃあ特異体質か」
「そういうものなのだな」
「ああ、だからあいつは出せないんだよ」
 ここで真吾をちらりと見る。
「あいつには言ってないけれどな」
「言えないか」
「夢を奪う訳にはいかないか」
「何かそのうち出せるようになるかも知れないしな」
 草薙は実はそうした風にも思いはじめていたりする。
「だから言わないようにしているんだ」
「そうか」
「そういうことだったか」
「まあ悪い奴じゃないしな」
 今度は真吾のその人間性について話す。
「だから俺も色々と教えてるんだよ」
「成程なあ」
「そういうことか」
「しかし。オロチの奴等がこの世界にいるとなると」
「何かと厄介な話になる」
 二階堂と大門もその顔を曇らせている。
「あの連中が何処に潜んで何を企んでいるか」
「それが問題だが」
「多分」
「あの場所です」
 孔明と鳳統がまた話す。
「都にいます」
「その奥深くに」
「都というのか」
 関羽が軍師二人の言葉に眉を顰めさせた。
 そのうえでだ。こう言うのだった。
「では。洛陽が今ああなっているのは」
「関係があるかも知れません」
「それもその可能性は濃厚です」
「董卓殿とも関わりがあるのかもな」
「もしやと思いますが」
「怪しいのではないでしょうか」
「それではだ」
 ここでだ。関羽はこんなことを言うのだった。
「洛陽に行きオロチを討つか」
「そうなのだ。そんな奴等放ってはおけないのだ」
 張飛も次姉の言葉に頷く。
「今すぐ洛陽に行ってそのオロチとかをやっつけるのだ」
「あの、それはちょっと」
「難しいと思います」
 孔明と鳳統は眉をひそませてそれはできないと述べた。
「舞さんも洛陽のことは完全に見られませんでした」
「オロチが何処にいるのか、実際にいるかどうかさえも」
「わかっていませんから」
「それに洛陽は今多くの兵達がいます」
 鳳統がこのことを指摘した。
「彼等の相手もしなくてはいけません」
「ですから。私達だけで洛陽に入っても」
 孔明もそれは駄目だと話す。
「どうにもなりません」
「ううむ、それではだ」
「どうすればいいのだ」
「待つしかない」
 守矢はそれしかないと話した。
「時を待つことだ」
「それしかないか」
「今は」
 こうしてだった。彼等は今は国を覆う不穏な空気に耐えるのだった。まさにだ。今はそうするしかない状況であった。そうしてだ。
 話が一段落したろころでだ。リョウが一同のところに来て話してきた。
「お客さんが来たぜ」
「お客さんって?」
「ああ、小さい女の子でな」
 彼はまずはユリに対して話した。
「孔明や鳳統と同じ位の背でな」
「まさか」
「その娘って」
 軍師二人はここで気付いた。
「黄里ちゃん?」
「そうかしら」
「何や、その娘」
 ロバートが二人の言葉に問うた。
「あんた等の知り合いかいな」
「はい、水鏡先生のところの同門の娘です」
「私達の姉妹弟子の娘です」
「あっ、その娘なのね」
 劉備は二人の話から察して述べた。
「徐庶ちゃんって」
「そうなんです。その娘です」
「今来たんですね」
「それでどうするんだ?」
 リョウは劉備と軍師二人に問うた。
「その娘。こっちに案内するのかい?」
「はい、御願いします」
 劉備が笑顔で答えた。
「朱里ちゃんと雛里ちゃんの姉妹弟子ですから」
「だからか。わかったぜ」
 リョウは微笑んで彼女のその言葉に応えた。
「じゃあ今からこっちに案内するな」
「黄里ちゃん元気かな」
「元気だといいね」
 軍師二人は女の子らしい顔になって話をはじめる。
「随分会ってないけれど」
「どんな感じになってるかな」
 その再会を楽しみにするのだった。そしてだ。
 その徐庶が来た。彼女は。
 赤い長い髪を後ろで束ねておりセーラー服を思わせる膝までの赤いリボンに黒の上着とスカートを着ている。
 顔立ちは孔明や鳳統と同じく気弱な感じである。眉は細く長い。口は小さく奇麗な紅色をしている。白い顔はやや丸い。目は大きく黄色い。その少女が来たのである。
「黄里ちゃん久し振り」
「前に会った時より奇麗になったわね」
「あっ、朱里ちゃん雛里ちゃん」
 徐庶は二人の姿を認めて笑顔になった。
 そのうえでだ。三人で手を握り合ってだ。こう話すのだった。
「私も。二人と一緒にいたくて」
「それで来てくれたのね」
「この徐州に」
「ええ、そうなの」
 その通りだというのだ。
「ずっと。袁術さんの領地にいたけれど」
「あいつには仕えなかったのだ?」
「何か。癖の強い人だから」
 それでだと。張飛に答えるのだった。
「だから。仕えなかったの」
「つまり合わないと思ったのね」
「それでなのね」
「そうなの」
 その通りだとだ。孔明と鳳統に答える。
「けれど。二人が徐州の劉備さんにお仕えしてるから」
「来てくれたのね」
「有り難う、来てくれて」
「うん、それで」
 ここでだ。その徐庶はだ。
 劉備に顔を向けてだ。おずおずとこう尋ねたのだった。
「私も。よかったら」
「うん、いいよ」
 にこりと笑ってだ。すぐに答える劉備だった。
「一緒にね。仲良くやろう」
「有り難うございます」
「朱里ちゃんと雛里ちゃんのお友達なら大歓迎よ」
 劉備はそのにこりとした笑顔でさらに話す。
「皆で楽しくやろうね」
「はい、それでは」
 こうしてだ。徐庶は劉備の配下となった。孔明達と共にだ。
 その彼女が加わってからだ。張飛がこんなことを言った。
「何か朱里のところは背の低い奴ばかりなのだ」
「御前が言うか?」
 関羽は彼女のその言葉に呆れた顔で返す。
「御前も小さいではないか」
「鈴々はあそこまでチビじゃないのだ」
 こう言って自分のことは棚に上げる張飛だった。
「だから言ってもいいのだ」
「全然変わらないと思うが」
 張飛から見ればだ。まさにそうであった。
「大きさは」
「そうニャ。胸の大きさも同じニャ」
 猛獲はそこまで指摘した。
「美衣小さい胸には興味がないニャ」
「胸は小さくても心は大きいのだ」
 こう猛獲に返す張飛だった。
「だからそれはいいのだ」
「そうよ。胸は関係ないのよ」
 リムルルが張飛につく。
「胸が小さくてもね。別にいいのよ」
「何か最近胸であちこちで話が出ていないか?」
 関羽がここでこんなことを言った。
「大きい小さいで。どうなっているのだ」
「それ曹操さんのところで大問題になってるみたいよ」
 香澄がこのことを話した。
「もうね。大きい派閥と小さい派閥でね」
「しかも外と中の関係も加わってるのよ」
 舞もこのことは知っているのであった。
「ほら、私達ってそれが関係してるじゃない」
「むっ、そういえば」
 関羽がここであることに気付いた。それは。
「舞とキングの声は似ているな」
「そうなのだ。そっくりなのだ」
 張飛も言う。
「あとナコルルもなのだ」
「ええ、よく言われるわ」
 その通りだと述べる舞だった。
「私達ってね。何かっていうと似てるって言われてきたのよ」
「あとマリーもだな」
 関羽はさらに話した。
「声が似ている」
「中身もなのだ」
「思えば不思議な話だ」
「全然違う人間の筈なのに妙なのだ」
「それが胸にも関係しているとなると」
 関羽は腕を組んで考える。その腕の上に見事な胸が乗る。
「話は複雑になるな」
「ほら、曹操さんのところのあの眼鏡の軍師の娘」
 舞は彼女のことを話に出した。
「実際は胸がないそうだけれど」
「そうだな。あの御仁はな」
「実際の胸はないよな」
 趙雲も馬超もそれは察していた。
「外はともかくとしてだ」
「中はな」
「胸は外と中があるのよ」
 また話すリムルルだった。
「私はどっちもあれだけれどね」
「まあ気にしない気にしない」
 ユリがそのリムルルを慰める。
「胸がないこともいいって人もいるしね」
「いるのかな、そうした人って」
「多いわよ、そういう人も」
 その辺りは嗜好であった。その相手のだ。
「だからね。別にね」
「気にしたら駄目なの」
「曹操さんのところの猫耳軍師は異常に気にしているけれど」
 このことも有名になってしまっているのだった。
「それでもね。胸はね」
「そうだな。気にしては駄目だ」
 関羽がこう言って動いただけで彼女の胸が派手に揺れる。
「そんなことよりも大事なことがある」
「愛紗が言っても説得力ないのだ」
「それはどうしてだ?」
「大き過ぎるのだ」
 張飛はその派手に揺れるものを見ている。
「桃香お姉ちゃんと一緒なのだ」
「確かにな。愛紗はな」
「大き過ぎるだろ」
 それを趙雲と馬超も指摘する。
「私もそれなりに自信があるが」
「あまりにもな」
「何がなのだ?」
 やはり自覚のない彼女であった。
 きょとんとした顔でだ。周りに問う。
「私は別に」
「まあいいだろう」
 キングがここで間に入る。
「とにかく。また一人人材が加わったからな」
「そうだな。いいことだ」
 関羽が微笑んでキングの言葉に頷く。
「また我々の層が厚くなった」
「軍師三人よね」
 馬岱が言う。
「これってかなり凄いんじゃない?」
「伏龍に鳳雛」
 関羽がまた言う。
「そこにもう一人か」
「天下の軍師が三人って。無敵じゃないかな」
 馬岱はこうまで評する。
「かなり心強いのは間違いないよ」
「そうね。これから何があってもね」
 黄忠も明るい笑みになっている。
「乗り越えられそうね」
「しかも五人の虎がおるぞ」
 厳顔はその虎達を見ている。
「数は少ないが天下無双の顔触れじゃな」
「例え何があってもね」
「そうだな。乗り越えられるな」
 ユリとキングが笑顔で話す。
「この顔触れなら」
「充分にな」
「何かまた大変なことになりそうだけれど」
 リムルルもだ。それでもだというのだ。
「やっていけそうね」
「鬼でも蛇でも出て来いなのだ」
 張飛の顔も明るい。
「絶対にやっつけてやるのだ」
「そうだな。人だ」
 趙雲も微笑んで話す。
「人こそが最も大事だからな」
「そうだよね。人が駄目だったらどうしようもないよね」
 馬岱も笑顔で趙雲の言葉に頷く。
「今だってそうだし」
「宮廷なあ。そこだよな」
 馬超は少しぼやいた感じだ。
「とにかく。こっちに何時来るかだよな」
「そうだ、絶対に来るな」
 関羽はここで顔を顰めさせた。
「董卓殿の性格からは想像できないが」
「あの、思うんですけれど」
「ひょっとしたら」
 孔明と鳳統はぼやきながら話す。
「十常侍はまだ洛陽にいるんじゃないでしょうか」
「それで董卓さんと関わっているんじゃ」
「黒幕じゃな」
 厳顔は二人の言葉からそれを察した。
「それで董卓殿を操っておるか」
「その危険はあるわね」
 黄忠も難しい顔になっている。
「宦官達は謀略が仕事だから」
「はい、何をしてきてもです」
「おかしくないです」
 軍師二人はまた言った。
「やがて私達にも」
「仕掛けてきます」
「私達以外にも」
 徐庶も来た。そのうえでの言葉だった。
「仕掛けると思います」
「他の牧達にもか」
「はい、そうです」
 その通りだとだ。徐庶は公孫賛に対して答えた。
「その通りです」
「むっ、私のことをわかっているのか」
 公孫賛は徐徐が自分に反応を見せたことにだ。いささか驚いた。
 そしてだ。あらためて笑顔になって彼女に問うのだった。
「まさか。本当に」
「公孫賛さんですね」
 笑顔で応える徐庶だった。
「かつて幽州で牧を務めておられた」
「そうだ、そして乗る馬は」
「白馬ですね。弟さんおられますよね」
「その通りだ。私のことをそこまでわかってくれているか」
 そのことがだ。公孫賛にとってはだ。何より嬉しいことだった。
 それでだ。公孫賛は思わず徐庶の両手を自分の両手で握り締めてだ。こう告げるのだった。
「嬉しいぞ、私のことを知っていてくれていたとは」
「あの、有名ではないんですか?」
「誰も知らないのだ。宮廷でさえもだ」
 こうだ。泣きながら話すのだった。
「袁紹も曹操もだ。二人の軍師の連中もだ」
「誰もなんですか」
「そうだ。知らなかったんだ」
 そうだったというのである。
「だが。御主は知っていてくれたか」
「あの、牧を知らない人がいるんですか?」
「何故か私だけはそうなのだ。桃香でさえも」
 その幼馴染のだ。彼女でさえもだ。
「真名を間違える始末だ。それなのに御主は」
「ううん、何か随分と」
 徐庶はだ。そんな彼女の泣く姿を見て話すのだった。
「苦労されたんですね」
「苦労というものではない」
 それ以上だというのだ。
「私は。本当に誰からも知られていなかったのだ」
「むしろ中の方がでしょうか」
「知られていると思います」
 孔明と鳳統がそれを話す。
「あと別の世界の方は」
「かなり知られていますが」
「それとフガフガですね」
「そちらもですけれど」
「だが私はそうではないのだ」
 彼女自身はだ。違っていたのだ。
「何故だ、私の何が悪い」
「特徴がないからでしょうか」
「そのせいで」
「うう、確かに私は他の牧達まで個性は強くない」
 流石にだ。あの面々と比べるとだった。
「しかし。私には特徴がないのか」
「そ、それはまあ」
「御気になされずに」
「だが。それでもだ」
 しかしなのだった。公孫賛は再びだ。徐庶を見る。そうしてだ。
 そのうえでだ。また言うのだった。
「御主は知っていてくれたか」
「はい、ですから普通なのでは?」
「そう思うが。知っていてくれたのは夏洸淵殿だけだった」
 彼女だけだった。本当にだ。
「気付いたら幽州の牧は袁紹になっていたのだ」
「誰も公孫賛殿が牧だと気付かなかったな」
 それを話す関羽だった。
「実は私もかなり忘れていた」
「そうだ。忘れられていたのだ」
 完全にだ。忘れられてしまってだ。
 そのうえでだ。気付いたらだったのだ。
「私は宮廷に直々に牧に任じられたのだぞ」
「任じたのは誰だったのですか?」
「大将軍だった」
 処刑されたと言われている何進である。
「あの方が直々にだ。私の異民族討伐の功を認めて下さってだ」
「そして大将軍はそのことをですか」
「完全にだったのですね」
「奇麗さっぱり忘れてしまわれていた」
 まさにだ。完全にだったのだ。
「私の顔を見ても気付かれなかった」
「大将軍ってそんなに物忘れ激しい人だったの?」
 馬岱は首を傾げさせながら話す。
「自分で牧に任じたのに?」
「あまりにも影が薄いからだ」
 趙雲がそのことを指摘する。
「だからだ。忘れてしまわれていたのだ」
「それだ。無論隣国の袁紹もだ」
 その彼女もだというのだ。
「何度会っても忘れるのだ。曹操でさえもだ」
「けれどなんですね」
「黄里ちゃんは」
「よく知っていてくれた。私は嬉しい」
 また泣いてだ。そうして話すのだった。
「我が生涯に一片の悔いなし!」
「ああ、その台詞駄目だろ」
 馬超がそのことを指摘する。
「それ行ったら死ぬぞ」
「うう、そうか」
「そうして死ぬ旗を自分で立てるのはよくないのだ」
 張飛は眉を顰めさせて言った。
「本当に死んでもおかしくないのだ」
「私にはその危険があるのか」
「あるわね」
 神楽がずばりといった口調で指摘した。
「そんな空気がするわ」
「そうか。では気をつけないとな」
「そうですね。お腹を切られたりとか何かにはねられたりとか」
「首を切られたりとか」
 軍師二人がこんなことを話す。
「そうなったらです」
「大変ですから」
「どれも嫌な死に方じゃのう」
 厳顔がその死に方を聞いて言う。
「白蓮殿も難儀なことじゃ」
「妙にあの張角に縁も感じるのだ」
 公孫賛はこんなことも言う。
「あの娘に切られるのではないのか?」
「そこまで言われるともう」
「ごちゃごちゃになってしまいますけれど」
 孔明と鳳統がそれはと言って彼女を止めた。
「ですからもうです」
「そうしたことは忘れて」
「うむ、飲むか」
 公孫賛はあらためてだ。そちらに考えを向けるのだった。
 そのうえでだ。彼女はこう周りに話した。
「折角徐庶殿も加わってくれたしな」
「あっ、私はですね」
「御主は?」
「真名で呼んで下さい」
 徐庶からだ。笑顔で公孫賛に話すのだった。
「黄里と」
「呼んでいいのか?」
「はい、どうぞ」
 その笑顔でまた本人に話す。
「呼んで下さい」
「わかった、それではだ」
「はい」
「呼ぶぞ」
 公孫賛も笑顔になってだ。徐庶に話した。
「黄里。そしてだ」
「そして?」
「私の真名も呼んでくれるか」
 こう徐庶に告げた。
「そうしてくれるか」
「公孫賛さんの真名をですね」
「そうだ、呼んでくれ」
 笑顔で告げる。
「是非な」
「わかりました。それでは」
「うむ、それではだ」
「白蓮さん」
 にこやかに笑って。徐庶は公孫賛の真名を呼んでみせた。
「あらためて御願いしますね」
「わかった。それではこれからな」
「はい、これからもずっと」
「そしてですね」
「いいでしょうか」
 軍師二人がだ。周囲に話す。
「私達もよかったら」
「公孫賛さんと黄里ちゃんの真名を呼ぶことにしませんか?」
 こう周囲に提案するのだった。
「それでどうでしょうか」
「御二人はそれでいいですか?」
「ああ、いいぞ」
「是非呼んで下さい」
 二人は淀みのない笑顔で孔明と鳳統に応えた。
「真名でな」
「これから御願いします」
「わかったのだ。それならなのだ」
 張飛が最初に応えた。
「白蓮だったのだ?」
「そうだ、やっと言ってくれたな」
「それと黄里なのだ」
「はい、そうです」
 二人でだ。張飛に対して応える。
「宜しくなのだ」
「こちらもな」
 最後に公孫賛が微笑む。そうしたのである。
 そんな話をしてだ。徐庶は劉備の下に加わった。劉備の下にまた一人人材が加わった。それがまた大きな力となるのである。


第六十九話   完


                      2011・3・17







▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る