『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第六十七話  何進、陥れられるのこと
 皇帝がだ。遂にだった。
「えっ、陛下が!?」
「はい、そうです」
「崩御されました」
 孔明と鳳統がだ。劉備にこのことを話していた。
「病に倒れられ」
「そうして」
「以前から御身体が悪いとは聞いていたけれど」
 劉備もだ。それは聞いていた。
「こんなに早くなんて」
「病に臥せっておられる間も女性の方をお傍に置かれ」
「お酒と御馳走を楽しんでおられたそうなので」
「それが駄目だったの」
「はい、何事も過ぎたるは及ばざるが如しです」
「特にその三つはです」
 駄目だというのである。
「ですから。帝は」
「悲しいことですが」
「わかったわ。じゃあ喪に服してね」
 劉備は牧として話した。
「そうしましょう」
「はい、すぐに」
「州としてですね」
「それと」
 劉備はだ。続いて話す。
「次の帝は」
「それはもう決まっています」
「すぐに即位されます」
 孔明と鳳統の言葉が明るくなった。一転してだ。
「陳留王がです」
「皇帝になられます」
「そう。あの方がなの」
「とても聡明な方だとのことです」
「まだご幼少ですが」
 それでもだというのだ。
「ですから。宦官達の横暴は」
「かなりましになると思います」
「そう。宦官はね」
 彼等の存在は今や国の癌となっていた。中央からなのだった。
「どうにもならないのね」
「はい、ただ」
「帝が代わられるその間にです」
 孔明と鳳統は困った顔に戻った。そのうえでの言葉だった。
「都でおかしなことにならなければいいのですが」
「それが心配です」
「っていうと?」
 劉備はその二人に問うた。都で何が起こるのかをだ。
「何か。洛陽で起こるの?」
「はい、先帝は宦官を重用されると共に大将軍を外戚に持っておられました」
「それで微妙な均衡が生じていました」
 二人は劉備にこのことを話す。
「宦官と外戚」
「この二つの勢力がです」
「ですが。その帝が崩御されてです」
「新しい帝が即位されます」
 本来なら慶賀にすべきことがだ。危うさの種となるというのだ。
「宦官達は新帝に取り入らなければなりません」
「大将軍も。新帝を擁立し己の地位を確かなものにしなければなりません」
「だからです」
「御互いに。帝が必要なのです」 
 そしてだ。さらにだというのだ。
「御互いが。さらに邪魔になります」
「だからこそ。動きがあるかも知れません」
「動き?」
「それが陰謀や武力を伴うものになれば」
「大変なことになります」
 これがだ。二人の危惧していることだった。
「天下の騒乱になりかねません」
「そうならなければいいのですが」
「折角何とか収まりかけているのに?」
 劉備もだ。乱と聞いて暗い顔になった。
「そんな、困るけれど」
「はい、ですから」
「今は。危うい状況です」
「私達に何かできるかしら」
 劉備も暗い顔になって述べた。
「何かあるかしら」
「残念ですが今は」
「徐州を治めるしかありません」
 牧とその臣としてはだ。それしかないというのだった。
 しかしだ。二人はここでだった。
 劉備に対してだ。こんなことを言った。
「あの、それでなんですけれど」
「いいでしょうか」
「どうしたの?」
「水鏡先生の弟子で」
「私達の姉弟子にあたる娘ですけれど」
 こう話していくのだった。
「徐庶ちゃんといいます」
「その娘がいるんですけれど」
「徐庶ちゃん?」
 劉備もその名前を口にした。
「朱里ちゃんと雛里ちゃんのお友達なの」
「はい、その娘から文が来まして」
「桃香様のお話を聞いて」
「徐州に来たいと」
「そう仰っています」
 それでだ。どうかというのだった。
「桃香様さえよかったら」
「如何でしょうか」
「うん、いいわよ」
 劉備はだ。笑顔で即答した。
 そしてだ。二人に対してあらためて述べた。
「朱里ちゃんと雛里ちゃんのお友達よね」
「はい、少しの間一緒にいました」
「私は。あの娘が先生のところに戻って来た時に何度か会ってます」
 二人はそれで知っているというのだ。
「とてもいい娘です」
「御料理も上手で頭もよくて」
「そうなの。それなら」
「はい、それじゃあ」
「有り難うございます」
 劉備が受け入れたのを受けてだ。軍師二人も笑顔になる。
 劉備達は明るい話もあった。しかしだ。
 各地の牧達はそれぞれだ。警戒の念を強めていた。皇帝の死がだ。確実に騒乱の元になるとだ。そう確信してのことだった。
 そしてその警戒の元はだ。どうかというとだ。
 洛陽の何進の屋敷。そこにおいてだ。
 屋敷の主はだ。ここに呼んだ司馬慰にだ。こう言うのだった。
「帝がか」
「はい、崩御されてです」
「そして陳留王が即位されるか」
「将軍、それでなのですが」
「わかっておる。董卓の兵を呼びじゃな」
「そうです。そして」
 さらにだとだ。司馬慰は言うのだった。
「一度宮廷に行かれるべきです」
「宮廷にか」
「文武百官を集めましょう」
 こうだ。司馬慰はもっともな声で話す。
「その為にもです」
「待て、しかしじゃ」
 だがここでだ。何進は警戒する顔になってだ。司馬慰に言った。
「今宮廷に行けば宦官達がじゃ」
「罠を張っているというのですね」
「そうじゃ。今行けばわらわの命が危うい」
 こう言うのだった。彼女も真剣に危惧している。
「今宮廷に行けばまずいじゃろ」
「いえ、そうではありません」
 ところがだ。司馬慰は落ち着いた顔で彼女に言うのだった。
「むしろです。ここで宮廷に行かれない方がです」
「危ういというのか」
「そうです。今は将軍のお立場を固めなおすべきです」
 また言う司馬慰だった。
「ですから。何としても」
「ふむ。そうか」
 今や彼女の頭脳とも言っていい司馬慰の言葉だ。聞けない筈がなかった。
「言われてみればそうじゃな」
「はい、ですから」
「わかった。それではじゃ」
 彼女は司馬慰の言葉を受けることにした。そうしてだった。
 すぐにだ。こう司馬慰に言った。
「では明日じゃな」
「明日にですね」
「宮廷に赴こう」
 実際にそうするというのだ。
「そして文武百官をそこに集めよう」
「それでなのですが」
「それで?」
「まず将軍が赴かれます」
 まずは彼女がだというのだ。
「そこから百官を呼ばれるのです」
「事前に呼ばぬのか」
「そうです。そこが肝心です」
「わらわがあの者達を呼ぶのか」
「そして百官を迎え入れます。そうすればです」
「そうじゃな。あの者達をそのまま呼ぶよりよいな」
 話を聞いてだ。もっともだと頷く何進だった。
「それぞれの顔を見てじゃ。帝への忠誠を確かめるのはのう」
「そしてです」
 さらにあると述べる司馬慰だった。
「宦官達への対応も確かめることになります」
「よし、わかった」
 司馬慰のその策にだ。満足した顔で頷く。
 そしてそのうえでだ。あらためて話すのだった。
「そうするとしよう。御主の言うままにな」
「有り難き御言葉。それでは」
「今が肝心じゃからのう」
 それはよくわかっていた。何進もだ。
「油断すればそこで、じゃな」
「これまでのことも何もかも水泡に帰します」
「ようやく天下が収まりつつある」
 とりあえず彼女は天下のことも考えていた。確かに己のことを強く考えている。しかしそれだけではないのである。
「ここでしっかりせねばな」
「では。明日」
「宮廷に赴く」
 あらためてその決意を述べた。
「そうしようぞ」
「それでは」
「してじゃ」
 ここで司馬慰にさらに言うのだった。
「そなたも共に来てくれるな」
「無論です」
 それは確かにだと。司馬慰は断言した。
「将軍お一人ではやはり」
「危険じゃな」
「ですから。私もまた」
「うむ、頼むぞ」
 こう話すのだった。これで何進の方針は決まった。
 それで翌朝すぐに屋敷を出てだ。司馬慰と合流してそのうえで宮廷に参内しようとする。しかしだった。
 待ち合わせの場所にだ。彼女はいなかった。そしてだ。
 そこに彼女の家の者がいてだ。こう告げるのだった。
「御主人様はお帰りになられてから急に」
「どうしたのじゃ?」
 天幕の車からだ。その者の話を聞く。
「まさか病にでもなかったのか」
「はい、そうです」
 まさにその通りだというのである。
「それで今日は」
「参内できぬか」
「申し訳ないとのことです」
「致し方ないのう」
 何進は残念に思った。しかしそれでは仕方がなかった。
「では。わらわだけでじゃ」
「行かれますね」
「宮廷に」
「うむ、そうする」
 こう護衛の兵士達にも述べた。
「そしてじゃ。宮廷じゃから」6
「帯剣なく」
「そして我等も宮廷にはですね」
「門のところで待っておれ」
 そうせよというのだった。
「わかったな」
「いえ、将軍ここは」
「誰か護衛につけられるべきでは?」
「そうです」
 しかしだった。ここでだ。
 兵士達は口々にだ。こう言うのであった。
「武官の方でどなたか御呼びして」
「剣や槍は使えずとも武芸に秀でた方をです」
「そうして護衛とされては」
「今ならまだ間に合います」
 こう進言する。そしてその理由も話す。
「十常侍は危険です」
「宮廷こそは奴等の根城ですし」
「今も。どんな罠を仕掛けて来るかわかりません」
「ですから」
「いや、ここはそれではならん」
 何進は司馬慰の言葉を思い出しながら述べた。
「ここはわらわ一人で入るのじゃ」
「宮廷に」
「あくまで、ですか」
「そしてそこから文武の百官を呼ぶ」
 司馬慰に言われたことをそのまま話す。
「そうするのじゃ」
「そうされますか」
「あの、どうしてもですか」
「ここは」
「そうじゃ。そうする」
 また言う何進だった。
「わかったのう。司馬慰の言った通りにするのじゃ」
「あの方のですか」
「そうされると」
「あの者は切れ者じゃ」
 彼女に対する絶対の信頼も見せる。
「その言った通りにして間違えたことはない」
「左様ですか」
「司馬慰殿が仰るからこそ」
「そうされますか」
「そうする。大丈夫じゃ」
 司馬慰への信頼のまま述べる。
「門で待っておれ。よいな」
「はい、わかりました」
「それならですね」
「今は」
「そういうことじゃ。ではな」
 こう話してだ。彼等は宮廷に向かう。しかしだった。
 ふとだ。兵士の一人が馬上で行った。
「そういえば司馬慰様の真名は」
「むっ、そういえば誰も知らないか?」
「そうだな。何と仰ったか」
「聞いたことがないぞ」
「そうだ、ない」
「何というのだ?」
 兵士達の誰もがだ。それは知らなかった。
「それで御呼びすることは駄目だとしても」
「真名は知っていていいのにな」
「誰も知らないのか?」
「そうだな、誰も」
「知らないのか」
 彼等の話にだ。何進もだった。
 ふと気付いた顔になってだ。こう述べた。
「そういえばわらわもじゃ」
「将軍もですか」
「御存知ありませんか」
「そうでしたか」
「後で聞いておこう」
 特に深く考えることなく述べた言葉だった。
「腹心の真名を知るのは当然じゃな」
「そうです。それでは」
「聞かれますね」
「そうする。思えば迂闊じゃった」
 何進は眉を顰めさせて述べた。
「そんなことを知らないでのう」
「では。あの方が戻られたら」
「そうされますか」
「ではな」
 こんな話をしながらだ。宮廷に着いてだ。そしてだ。
 その巨大な門の前に兵士達を待たせてだ。そのうえでだった。
 何進は車から出て一人で宮廷に入る。程なくしてだ。
 不意にだ。周囲にだった。
 兵士達が来た。そのうえで彼女を取り囲んだ。
「むっ、何じゃ御主達は」
「逆賊、覚悟するのだ」
「神妙にしろ」
「わらわが逆賊だと!?」
 その言葉にだ。何進はその目をきっとさせた。
 そしてそのうえで彼等に言い返す。威圧感も出してだ。
「わらわを誰と思うておる」
 こう言い返すのだった。
「大将軍にして先帝の義兄にあたる者ぞ。そのわらわを逆賊と言うか」
「その通りだよ」
 その何進の目の前にだった。
 白い、丈の長い法衣を思わせる服に薄紫のショートヘアの小柄な者が来た。
 その服は白だけでなく胸や腹の辺りは赤井。スカートもだ。
 目は赤く瞳は小さい。少女にも見え少年にも見える。そうした顔だ。
 その顔の者が来てだ。こう彼女に言うのだった。
「君は逆賊だよ」
「張譲、御主か」
「そうだよ。一人になったのが運の尽きだね」
 その者張譲は残忍そうな笑みを浮かべて何進に話す。
「ここでこうして」
「わらわを殺すつもりか」
「殺す?ただ殺すなんて面白くないじゃないか」
 こう言う張譲だった。
「それよりも」
「嬲り殺しにするつもりか」
「それも好きだけれど。君とは色々あったからね」
 政敵同士としてだ。いがみ合ってきたのだ。
 それを踏まえてだ。今張譲は話すのだった。
「だから殺しはしないよ」
「殺さないというのか」
「そうじゃ。それはしないよ」
 張譲の言葉が続く。
「ただ。君は猫が嫌いだったね」
「わらわは犬派じゃ」
 そちらだというのである。
「猫なぞ。見るのも嫌じゃ」
「そうだね。だから」
「だからだと?」
「これを飲ませてあげるよ」
 笑みの残忍さが一層深くなった。そしてだ。
 兵士達にだ。こう命じた。
「捕まえるんだ」
「はっ、わかりました」
「それでは」
 兵士達が彼の言葉に頷きだ。そうしてだった。
 何進は捕らえられだ。そのうえで。
 張譲は彼女の口を強引に開けさせ何か黒く丸いものを入れさせ飲ませた。それ以降何進を見た者はいない。
 新帝が即位した。しかしだ。
 大将軍何進の姿は見えずだ。逆賊として処刑されたと公表された。
 彼に従う朝廷の官吏達は全員追放された。そしてさらにだ。
 擁州の牧である董卓がその家臣達や兵士達と共に洛陽に入れられだ。彼女が相国となった。彼女の家臣達も国の要職を占めた。
 ここまで瞬く間であった。これに対してだ。
 各州の牧達も驚きを隠せなかった。それは曹操も同じだった。
 彼女は腹心達を集めてだ。こう彼女達に言うのだった。
「まさかとは思ったけれどね」
「はい、確かに」
「この事態はです」
 まずは夏侯姉妹が述べた。
「張譲が動くとは」
「危惧はしていましたが」
「正直なところね」
 曹操もだ。己の席からだ。考える顔で述べた。
「宦官達が動くことは考えていたわ」
「それも帝が崩御された時に」
「それはですね」
「ええ。大将軍だけだったら危うかったけれど」
 謀略の専門家と言っていい宦官達相手にはだ。そうだというのだ。
「けれどそれでもね」
「はい、今は司馬慰殿がおられますので」
「謀略にも対すると思えたのですが」
「彼女はどうしたの?」
 曹操はその司馬慰について尋ねた。
「大将軍の傍にいつもいた筈だけれど」
「それがおかしいのです」
「妙なことになっています」
 今度は曹洪と曹仁が話す。
「あの方の姿が見えません」
「全くです」
 こう話すのだった。
「将軍の処刑直前から」
「病ということで御自身の屋敷に引き篭もられ」
「そして今はです」
「洛陽におられない様です」
「?妙ね」
 曹操はその話を聞いて眉を顰めさせた。
「急に病になって。しかも洛陽にいない」
「おかしいというものではないのでは?」
「どうしてそんなことが」
「大将軍の処刑の直前からいなくなる」
「そうなったというのは」
「一体」
 いぶかしみながら考えていく彼女達だった。そしてだ。
 さらにだ。こうも話していくのだった。
「司馬慰殿がいればこそ宦官達に対することができたのに」
「その司馬慰殿がいなくなり」
「今も姿を見せない」
「どうしてなのでしょうか」
「しかもよ」
 また言う曹操だった。
「大将軍は処刑されたわね」
「はい、確かに」
「そう言われています」
「それでどうして首が晒されていないのかしら」
 曹操はいぶかしんだままこのことも話す。
「逆賊として処刑されたのなら」
「そうですね。必ずです」
 ここで言ったのは荀ケだ。
「その首が。然るべき場所に晒されます」
「ばらばらにするにしてもね」
 そうなってもだというのだ。
「屍が晒されるけれど」
「それがありません」
「おかしな話だわ。それも」
「司馬慰殿の急の失踪といい」
「そして大将軍の首がない」
「考えれば考える程」
「おかしなことが続きますね」
「極めつけにおかしなことは」
 さらにだと。曹操はまたしても述べた。
「あれよ。董卓よ」
「都に入っちゃいましたね」
「擁州から」
 許緒と典韋が言った。
「これも何か」
「妙ですよね」
「しかも相国になったわ」
 曹操は彼女の今も話す。
「瞬く間にね」
「華琳様、どうも」
「おかしな感じです」
 郭嘉と程cは不穏なものを感じる顔を見せている。
「あまりにも上手く出来過ぎています」
「誰かが脚本を書いた様な」
「ええ。宦官達にとって都合のいいね」
 曹操は軍師二人の言葉にこう言い加えた。
「あの者達は政敵を取り除き」
「そして自らの兵も手に入れました」
「擁州の」
「董卓は間違いなく宦官達と手を組んでいるわ」
 曹操はそれは間違いないと言った。
「擁州の兵はもう宦官達の私兵よ」
「それはまずいですね」
 夏侯淵が述べた。
「あの者達の弱みは己の武力を持たないことでしたが」
「では鬼に金棒ではないか」
 妹の今の言葉に姉が眉を顰めさせて述べた。
「大将軍という目の上のたんこぶもいなくなった。それでは」
「ええ。少なくとも洛陽ではね」
 曹操も彼女のその言葉に応えて述べる。
「誰も。宦官達には逆らえないわ」
「では次は」
 荀ケは先を読んで述べた。
「各地の牧達を」
「そうしてくるわね」
 曹操もだ。呼んでいた。
「私に麗羽、美羽」
「それに孫策殿」
「劉備殿もですね」
「その力を奪いに来るわね」
 それは間違いないというのだ。
「特に私と麗羽はね」
 彼女達二人は。とりわけだというのだ。
「消そうとしてくるわ」
「何という奴等だ」
「華琳様、それはです」
 夏侯姉妹がだ。ムキになって述べてきた。普段は冷静な妹もだ。
「我等がいる限りです」
「華琳様には指一本触れさせません」
「有り難う。頼りにしているわ」
 曹操は彼女達の忠誠を受けてこう返した。
「ただね。露骨には来ないね」
「露骨にはですか」
「それはありませんか」
「おそらく。こう来るわ」
 曹操は宦官達のことを考えだ。家臣達に話した。
「何だかんだと難癖をつけて」
「力を削いでくる」
「そうしてきますか」
「ええ、それに従わなければ謀反人として征伐する」
 そうしてくるというのだ。
「こう来るわね」
「力を削いでやがて口実をつけて滅ぼすか」
「謀反人として滅ぼすか」
「どちらにしてもですか」
「滅ぼしにかかると」
「私達各地の牧はそもそも大将軍の派だったし」
 政敵の残りだ。これが大きかった。
「それに力も持っているわ」
「それぞれの州を掌握し」
「そして兵もですね」
「あの連中が何もしてこない筈がないわね」
 そうしたことを考えてだだ。当然として考えられることだった。
「絶対にしてくるわ」
「ではそれに対して」
「どうするか」
「それですが」
「座して死を待つことはしないわ」
 それはないと言う曹操だった。
「絶対にね。けれど」
「けれど?」
「けれどといいますと」
「先に動いたら負けよ」
 それはしないというのだ。
「絶対にね。動いたらね」
「それで大義名分がなくなる」
「だからですか」
「ええ。だから今はどの娘達も動かないわね」
 曹操以外の牧達もというのだ。
「麗羽は危ういけれどね」
「あの方は。確かに」
「そういうところがありますから」
 彼女を幼い頃から知る曹仁と曹洪が話す。
「下手をすると」
「先に動かれるかも」
「あの娘には一応釘を刺しておくべきね」
 曹操は袁紹についてはそうするというのだ。
「絶対に向こうから仕掛けてくるから自分では動くなってね」
「はい、念の為に」
「そうしておきましょう」
「はい、それでは」
「麗羽殿には」
 曹操が直接手紙を書くことになったのだった。これで袁紹には釘が刺された。
 しかしだ。それでもなのだった。
「とにかく。これで」
「折角収まりかけた天下は」
「また複雑なことになりますね」
「ええ。間違いなくね」
 それは確実だというのだった。戦乱が再び起ころうとしていた。
 そしてだ。その袁紹がだ。曹操からの文を見ながら言うのだった。
「華琳も。言いますわね」
「何と書かれてたのですか?」
 審配が主に対して問うた。
「それで」
「今は自重しろと書いてますわ」
 そうだというのだ。
「そしてそのうえで」
「そのうえで?」
「時が来れば動くことになると」
 そうしたことも書いてあるというのだ。
「だから。今は」
「自重せよというのですね」
「ええ。ただ」
 ここでだ。袁紹はまた言った。
「私達の力を削ぐ口実が問題ですわね」
「ですよね。異民族でやばいのはあらかた潰しましたし」
「今仕掛けるとしたら」
 文醜と顔良が話す。
「万里の長城を修復しろとか?」
「そういうのでしょうか」
「どうかしら。むしろ」
「他のことの方がいいのじゃないかしら」
 ここでこう言ったのは辛評と辛?だった。
「建築は遅らせることができるから」
「それよりも確実な方法が」
「それが問題ですわね。とにかく」
 また言う袁紹だった。その眉には剣呑なものが宿っている。
「私達は。何かとまずい状況にありますわね」
「確かに。それはです」
「間違いありません」
「水華さん、恋花さん」
 袁紹は軍師二人に声をかけた。
「情報は集めておきなさい」
「洛陽のですね」
「それを」
「丁度それに長けた方々も来ていますし」
 別世界から来た面々にだというのだ。
「わかりましたわね」
「御意」
「それでは」
 軍師二人も主の言葉に頷く。
「蒼月殿や火月殿達も」
「そうしておきましょう」
「頼みましたわ。ただ」
 ここでまた言う袁紹だった。
「若しかするとですけれど」
「若しかすると?」
「といいますと」
「大将軍は生きておられるかも知れませんわね」
 こんなことを言うのだった。
「ひょっとしたらですけれど」
「まさか、それは」
「幾ら何でも」
 高覧と張?がそれはないのではと言う。
「それはないのでは?」
「そうです、張譲が生かしておくとは考えられません」
「あの者は非常に底意地の悪い男でしてよ」
 しかしだ。袁紹はここでこのことを話した。
「これ以上はないまでに」
「だからですか?」
「そうだからこそ」
「ええ、確かに可能性は低いですけれど」
 それでもだというのだ。
「生きておられるかも。ただ」
「ただ?」
「ただですか」
「あの底意地の悪い張譲のこと」
 それが問題であった。彼のその性格こそがだ。
「必ず。何か悪意を以てそうしていますわね」
「そうですね。それは間違いありません」
「張譲がそうするとなると」
 辛姉妹が主のその言葉に頷く。
「大将軍に対して必ず」
「そうしている筈です」
「そしてその底意地の悪さは」
 どうなるか。袁紹は忌々しげな顔になって話す。
「私達にも向けられますわよ」
「ではここは」
「警戒すべきですね」
「軍師達は情報収集」
 それに徹せよというのだ。
「五人衆を筆頭とした将軍達は兵の備えを」
「はい、わかりました」
「それでは」
 家臣達は一斉に主の言葉に頷いた。
「備えさせて頂きます」
「今より」
「何かして来ないと思わないことですわね」
 それだけは間違いないというのである。
「絶対に。してきますわよ」
「そうですね。宦官の残る敵は我々」
「それなら」
 袁紹達もだ。警戒体制に入った。そうしてだ。
 董卓達はだ。いぶかしみながらも洛陽に入っていた。その中でだ。
 呂布がだ。栄えている筈のその街の中でだ。こう言うのだった。
「嫌な街」
「恋殿、どうされたのですか?」
「何かあったの?」
 供にいた陳宮と董白が彼女に問うた。
「洛陽に何か」
「密偵でもいるの?」
「密偵みたいなのがいる」
 こう二人に言うのだった。
「白い。嫌な奴等が」
「白!?」
「白っていうと」
 そう言われてもだ。二人はだった。
 いぶかしんでだ。こう言うだけだった。
「白い色の者なぞ」
「何処にもいないわよ」
「そうなのです。確かに民の顔は晴れませんが」
「それのことなの?」
「その民を苦しめている奴等」
 それだといった口調だった。
「その連中がいる」
「白がなのです?」
「その連中がって」
「注意しておかないと駄目」
 今度はこう言う呂布だった。
「特に月の周りは」
「月様の」
「お姉様の周りは」
「そう、詠だけじゃ駄目かも知れない」
 呂布の口調はいつも通りだ。しかしなのだった。
 何か警戒する様な素振りでだ。二人に話していくのだった。
「これから。大変なことになる」
「そういえば宦官達が」
「急にいなくなったけれど」
「それもある。とにかく今は」
「警戒しないと駄目なのですね」
「そういうことね」
「そう。月は恋が守る」
 そうするともいうのだった。
「月も。恋の大切な友達だから」
「じゃあねねもなのです」
「勿論私もね」
 二人も強い声で言う。
「恋殿と共に」
「この世でたった二人の姉妹よ。だったら」
「そう。守ろう」
 こう話すのだった。彼女達は決意していた。
 しかしその決意が実るかどうかは。彼女達は知らなかった。怪しい悪意はだ。洛陽を中心として。国を覆おうとしていたのであった。


第六十七話   完


                      2011・3・12







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