『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第五十八話  三姉妹、反乱を起こすのこと

 三姉妹はだ。何気にであった。
 舞台で宝貝を使ってだ。こんなことをいつも言っていた。
「あそこのお饅頭美味しいんだって?」
「うん、そうらしいのよ」
「とてもね」
 張角の言葉にだ。張梁と張宝が応えている。
「何か食べたくない?」
「そう思う」
「そうよね。私お饅頭大好きだし」
 ここぞとばかりに言う張角だった。
「食べたいよね」
「甘いもの大好き」
「私も」
 こう話すとであった。それがだ。
 すぐに観客達に影響してだ。それによってだった。
 次の日の朝三姉妹は饅頭に囲まれた。そしてそれを満面の笑顔で食べるのだった。
「ううん、こんなにあったら」
「あたし達じゃ食べきれないわね」
「絶対に」
 三人のいる部屋が完全に埋まっている。それではだった。
「じゃあどうしようかな」
「そうね、捨てるのも勿体ないし」
「それなら」
 こう話してだった。出された結論は。
「皆にあげる?」
「そうよね、応援してくれる皆にもね」
「そうするといい」
 こうしてだった。その饅頭は観客達にも振舞われることになった。しかもだ。
「うわ、これただかよ」
「舞台の応援に来たらただかよ」
「凄いな、これって」
「ああ、普通ここまでしないって」
「やっぱりあの娘達違うよ」
 こうしてだった。彼等は三姉妹のその気風のよさにさらに惚れ込むのであった。三姉妹にとってはいいこと尽くめの展開だった。
 そんな彼女達を見てであった。
「どう思うよ」
「どう思うって?」
「どうかしたの?」
 白い髪の男にだ。黒髪の小柄な少年と前髪で目を隠した妖しい女と話をしていた。そうしてそのうえでだ。男は二人にこう言うのだった。
「バイスとマチュアがついてるあの三人だよ」
「うん、あの三姉妹だね」
「あの娘達ね」
「そうだよ、あの三人どう思うんだよ」
 男はまた二人に問うた。
「何か思うようにいってないんじゃないのか?」
「自分達の欲望には忠実だけれどね」
「っていうか何も考えてないわね」
 二人もそれは見抜いていた。
「普通の女の子達だね」
「何処にでもいる」
「そうだよ、あれじゃあどうしようもないんじゃないのか?」
 男は首を捻りながら言った。三人は今暗闇の中にそれぞれ立って向かい合っている。そうしてそのうえで話をしているのだった。
「反乱を起こすとかな」
「そうだね、それはね」
「普通の女の子三人じゃね」
「妖術を使えるっていってもだ」
 三姉妹のその妖術についても言及がされる。
「遊び程度だしな」
「うん、自分達の舞台に使える程度のね」
「他愛のないものね」
「おまけに術を使って観客共に何をするかって思えば」
 どうかというのだ。
「饅頭だの菓子だの取り寄せさせてな」
「それをお腹一杯食べてね」
「そうしてからね」
 さらにであった。
「その観客共に配ってなあ」
「そこで捨てたりしたら面白かったのに」
「何か変に無邪気だから」
 そこもまた三人について言うのであった。
「あの連中、放っておくべきだろ」
「うん、バイスとマチュアにも言おうか」
「手を引くようにね」
「いえいえ、そう判断を下されるのはです」
 ここでだ。あの黒髪の眼鏡の男が三人のところに来た。そうして彼等に言うのであった。
「まだ早いのではないでしょうか」
「あんたか」
「そう思うの?」
「まだ早いって」
「そうです。私も彼女達はどうかと思いますが」
 こう微笑んでだ。彼は言うのであった。
「それは」
「だろ?本当に普通の連中だろ」
「何処にでもいる女の子達じゃない」
「我儘で無邪気なだけの」
 まさにその通りだった。三人の指摘は正しいと言えた。
 それを口々に話してだ。男がその男于吉に言うのであった。
「于吉さんよ」
「はい」
「ここに反乱を起こして混乱を引き起こさせて」
 こう彼に話すのだった。
「それはいいんだけれどな」
「それが順調に進んでいないと」
「そう思うんだけれどどうだ?」
 また于吉に言った。
「本当によ」
「まあここはです」
「ここは?」
「ここはって?」
「どうするの?」
 三人が于吉に問い返した。
「それでだよ」
「これまでこれといって何もしてこなかったけれど」
「どうするの?」
「既にバイスさんとマチュアさんが動いておられます」
 于吉は穏やかな笑みで話した。
「それ次第ですね」
「あの二人が上手にやればいいんだがな」
 男は腕を組んで不安な顔を見せている。
「あの二人についてはな」
「よく御存知ですね」
「ああ、同じオロチの血を持つ奴等だ」
 こう言うのである。
「その強さも頭も確かだ」
「そうですね。お二人はやり手です」
「ルガール。あいつの執事もやっていた」
「はい、それは御聞きしています」
「あの二人がやることは問題ないんだよ」
 またこう言う彼であった。
「けれどあの三人はな。能天気過ぎるからな」
「ですから今は様子見です」
 于吉は決して焦ってはいない。落ち着いてすらいる。
 その落ち着きのままでだ。彼はさらに言うのであった。
「これで駄目ならです」
「あの三姉妹から手を引くんだな」
「それも考えておきましょう」
「音楽を使っての洗脳とかなら俺達にもできるからな」
 男は真剣な顔でこう于吉に話した。
「あっちの世界じゃ表向きはバンドだったからな」
「そうだよ、三人一緒にね」
「やっていたのよ」
 後の二人も話す。
「だからよかったら僕達がさ」
「やるけれど」
「ですから焦ることはありません」
 まだこう言う于吉だった。
「ここはです」
「まあそうさせてもらうか」
 男は釈然としないながらも納得することにした。そうしてであった。
 彼等は今は様子を見ることにした。そしてであった。
 徐州ではだ。三姉妹が相変わらず笑顔で歌っていた。それを見た観客達は。
「ほっほおおおおおおーーーーーーーーっ!」
「天和ちゃーーーーーーーん!」
 まずは彼女であった。
「可愛いよーーーーーーーーーっ!」
「皆大好きーーーーーーーーーーっ!」
 張角も笑顔で応える。
「今日も頑張るからねーーーーーーーーっ!」
「地和ちゃーーーーーーん!」
「皆の妹ーーーーーーーーーーっ!?」
 張梁は左目をウィンクさせて応える。
「じゃあ歌うよ!」
「人和ちゃーーーーーーん!」
「とても可愛い」
 張宝はいつもの口調のままだ。
「今日も最後まで」
「アンコーーーーーーーール!」
「アンコーーーーーーーール!」
 何故かこんな言葉が出ていた。そうして三人もそれに応えてだった。
「じゃああの歌にする?」
「そうね、ここはね」
「あの歌にしよう」
 こうしてだった。歌う曲は。
「愛はだってだって最強」
「世界だって救うの」
 ハイテンションでノリのいい曲を歌う。舞台はさらに盛り上がる。
 しかしここにだ。突然だった。
「待て!」
「ここで舞台を開くな!」
「すぐに解散しろ!」
 鎧の役人に兵達が来てだ。こう言ってきたのだ。
「許可は得ているのか!」
「得ていないなら解散しろ!」
「いいな!」
「えっ、そんな」
 それを聞いてだ。三姉妹は言うのであった。
「もう許可は得ているけれど」
「舞台を開く前にちゃんとお役所に言ったわよ」
「間違いないわ」
 三姉妹は言うのであった。
「バイスさんとマチュアさんがね」
「それあたし達も見たし、許可の書もね」
「間違いないわ」
「そんなことは知らん」
 きつい顔で言う先頭に立つ役人だった。
「得てはいない」
「だからそんなの」
「何、言い掛かり?」
「まさか」
「そんなに言うんならな」
 役人はここでだ。いやらしい笑みを浮かべてきた。程遠志達親衛隊が慌ててやって来た。
「何故役人達が!?」
「そんな、これって」
「どうしたんですか!?」
「どうしたもこうしたも」
 張角が自分達の前に来た彼女達に対して言う。
「お役人さん達がおかしいのよ」
「おかしい!?」
「おかしいっていうと」
「許可は得ていますよ」
「それがないっていうのよ」
 張角は困った顔で彼女達にまた話す。
「何でなのよ、一体」
「バイスさんとマチュアさんは?」
「一体何処に?」
「あの人達がそうしたことをしているのに」
 その二人は何故か来ない。それが余計に事態を混乱させていた。
 そしてだ。役人はさらに増長して言うのであった。
「舞台を続けさせたければだ」
「何だっていうのよ」
「あるものを出すのだな」
 こう三姉妹に言うのだった。怖気付く彼女達にだ。
「金なり」
「そんなのないわよ」
 張梁がきっとした顔になって言い返す。
「お金なんて」
「そうよ、あれば全部使うんだから」
「それは姉さん達が悪い」
 そんなことを言う張角には張宝が突っ込みを入れる。
「お金は節約するもの」
「えっ、使うものじゃないの」
「違うの!?」
 これが二人の返答だった。
「お姉ちゃんお金使わないと死んじゃうのよ」
「そうよ。あたしだって」
「あの、それは幾ら何でも」
「問題がありますよ」
 ケ茂と下喜が呆れた顔でだ。二人で突っ込みを入れる。
「少しは節約をですね」
「されては」
「ほら、二人も言っている」
 張宝も二人の援軍を見て言う。
「だからここは」
「うう、そんな」
「お金はあったら使いたいのに」
「金はないのか」
 役人は暫く呆れていたがあらためて彼女達に問うた。
「そうなのだな」
「だからないの」
 張宝が答える。
「そういうこと」
「それならばだ」
 また言ってきた役人だった。
「そうだな。見たところ」
「な、何よ」
「今度は何だってのよ」
 張角と張梁は本能的に危機を察して身構える。
「だからお金はないから」
「もっともあっても出さないけれど」
「そうだ、何なんだ!」
「一体何だ!」
「舞台を乱すな!」
「いい加減にしろ!」
 ここで観客達も言ってきた。それまで沈黙していたがここでだった。遂に立ち上がったのであった。
「出て行け!」
「そうだ、出て行け!」
「天和ちゃん達をいじめるな!」
「悪いことをするな!」
「五月蝿い!」
 役人はだ。今度は観客達に言うのであった。
「全員捕まえるぞ!」
「何かおかしくない?」
「そうよね」
 ここで程遠志とケ茂は顔を見合わせて話す。
「この役人ここに来る時に最初に会ったけれどね」
「そうよね、凄く温厚で話がわかる人なのに」
「それで何でなの?この態度」
「別人みたい」
 実は目が妙なことになっている。しかし今の緊迫した状況に誰も気付かなかった。それでなのだった。
「どうしよう、こんなの」
「こんなことになるなんて」
 誰もどうしようかわからなくなっていた。そしてだ。
 役人はだ。親衛隊が護る三人の方に足をずい、とやってだ。こう言うのであった。
「ではだ」
「今度は何よ」
「金がないなら別のものだ」
 好色そのものの目で三人を見たうえでの言葉だった。
「見れば三人共かなりの上玉だな」
「まさかこいつ」
 張梁はだ。役人の言葉で完全にわかった。
「あたし達を」
「えっ、お姉ちゃんまだ口付けもまだなのよ」
「そんなのあたしもよ」
「私も」
 これは三人共同じであった。
「それでこんな脂ぎったおじさんとなんて」
「願い下げよ、絶対に」
「何があっても」
「それでは舞台を開けないな」
 役人は今度は底意地の悪い笑みを見せる。
「さて、どうする?」
「もう頭にきたわ」
 張梁が切れた。
「それならよ」
「どうするつもりだ?」
「皆、いい!?」
 観客達への言葉だった。宝貝を使って叫ぶ。
「この連中ね!」
「うん、地和ちゃん!」
「どうするんだ!?」
「やっつけちゃって!」
 こう叫んだのだった。
「もう容赦しなくていいから!」
「よし、わかった!」
「それなら!」
「やってやる!」
 こうしてだ。彼等は役人達に一斉に襲い掛かりそのうえでだ。袋叩きにして叩き出したのであった。まずは一件落着であった。
 しかしだ。これは大きな問題であった。
「やっちゃった?」
「うん、やっちゃったわ」
 張宝が次姉に言う。二人は今楽屋にいる。舞台の休憩時間だ。
「お役人をああしたら」
「まずいわよね」
「下手したら打ち首」
 張宝はぽつりと怖いことを口にした。
「恐ろしいことになる」
「な、何よそれって」
「そうよ、とんでもないことじゃない」
 張梁だけでなく張角も言う。
「どうしよう、これって」
「お姉ちゃん打ち首になんかなりたくないわよ」
「そんなのあたしもよ」
「私も」
 張宝も言う。口調は同じである。
「だからここはどうするか」
「あたし打ち首だけは嫌だからね」
「お姉ちゃんもよ」
「だから絶対によ」
「どうしよう、本当に」
「もう。こうなったら」
 また言う張宝だった。
「やるところまでやるしかないかも」
「ううん、じゃあこうなったらね」
「どうするの、地和ちゃん」
「反乱よ、反乱」
 張梁は半ばやけくそになって言った。
「それしかないわよ」
「そうね、それじゃあ」
 張角が最初に乗った。
「お姉ちゃんも打ち首は嫌だからね」
「仕方ないのね」
「そうよ、打ち首は嫌だから」
「もっともっと楽しいことしたいのに」
 張角はここでもこんなことを言う。しかしだった。
 それでも実際に反乱になったのであった。三人は忽ちのうちに観客、最早信者となっている彼等を集めてだった。
 徐州で兵を起こした。そうして忽ちのうちに一大勢力となったのだった。
 それはだ。すぐに都にも話が届いた。
 それを受けてだ。大将軍である何進は周りにいる側近達に話した。
「それではすぐにじゃ」
「討伐軍を差し向けますね」
「そうじゃ。ここは」
 そしてだ。その将はというとだ。
「袁紹と孫策はあれじゃからのう」
「はい、お二人はどちらも異民族の征伐と後の処理にかかっておられます」
「ですから今は」
「だから二人はまず外す」
 こう言って二人をまず除外したのだった。
「仕方ないがのう」
「そうですね、ここはです」
「お二人はです」
「統治に専念してもらいましょう」
「ましてやじゃ」
 何進はさらに言った。
「二人はそれぞれ異民族の統治もあるしこれから他の州の牧にもなる」
「袁紹殿は幽州、孫策殿は交州」
「そこにですね」
「ですから」
「そうじゃ。今動いてもらう訳にはいかぬ」
 つまり政治的な事情であるのだ。
「どうしてもじゃ」
「はい、その通りです」
「どうしても」
「二人にも伝えよ」
 何進はこのことも述べた。
「今は異民族の統治と新たに治める州の牧になる用意をしておれとな」
「はい、わかりました」
「それでは」
 周りの者達も頷く。そうしたのだった。
 しかしここでだ。そのうちの一人が言ってきた。
「しかし孫策殿はいいとしてです」
「袁紹じゃな」
「はい、あの方はです」
 まさにその袁紹のことだった。
「何かというと出たがる方ですので」
「ですからここもです」
「出陣しようとされるのでは」
「そうされるのでは」
「家臣達が止めるであろう」
 こう見る何進だった。
「あ奴が戦の場で政務を執ると言ってもじゃ」
「あの方ならそうしかねませんね」
「そうしてでも出陣を」
 とにかく下世話な言葉で表現するとでしゃばりの袁紹であるのだ。
「しかしそれは流石にですね」
「ですから」
「そうじゃ。だからそれはない」
 また言う劉備だった。
「安心してよい」
「わかりました。それでは」
「袁紹殿の件はそれで」
「そういうことで」
「さて、それでじゃ」
 孫策、そして袁紹の話を終わらせてからだ。何進はさらに言うのだった。
「実際に向かわせる者はじゃ」
「誰にしますか、それでは」
「それは」
「まずは曹操じゃな」
 彼女だというのである。
「今回もな。行ってもらおう」
「そうですね。あの方なら安定した戦をしてくれますし」
「それならですね」
「ここは」
「そうじゃ。また行ってもらう」
 あらためて言う何進だった。
「あ奴には苦労をかけるがのう」
「ではすぐに」
「あの方にお伝えしましょう」
「頼んだぞ。そしてじゃ」
「そして?」
「そしてといいますと」
「曹操だけではあ奴に負担がかかる」
 何進はこのことも頭に入れていた。そのうえで話すのだった。
「だからもう一人か二人に行ってもらおう」
「一人か二人ですか」
「となるとまずは」
「あの方ですね」
 一人の名前が出て来た。それは。
「袁術殿ですね」
「あの方ですね」
「そうじゃな。ようやく牧を務めておる州の全域を治めるようになったが」
 何進はそのことを喜んでもいた。彼女にしても天下のことを何一つとして考えていない訳ではないのだ。そこまで腐ってはいない。
「しかしそれでもじゃ」
「ここはですね」
「出陣してもらいますか」
「あの方に」
「そうしてもらう」
 また言う何進だった。
「ここはのう」
「ではあの方にも文を送りましょう」
「そうしてそのうえで出陣してもらうということで」
「これでまた一人ですね」
「さて、もう一人じゃな」
 何進は話を進めてきた。
「それは誰がいいかのう」
「そう仰ってもです」
「それはもうです」
「御一人しかおられませんが」
 部下達はこう何進に話していくのだった。
「董卓殿です」
「あの方にも出陣してもらいましょう」
「ここは」
「そうじゃな」
 そしてだった。何進もその案に頷くのだった。
「あ奴はどうも戦は好きではないようじゃが」
「えっ、そうなのですか!?」
「それは初耳ですが」
「武の方では」
「いや、あ奴は戦をしたことはない」
 それは大将軍である何進ならば知っていることだった。
「官位も文官のものじゃしいつも着ている服もじゃ」
「そうなのですか」
「噂では血を好むと言われていますが」
「そうではないのですか」
「意外ですが」
「擁州自体も平穏というしのう」
 彼女の統治の結果である。そうなっているのだ。
「だから戦には不向きじゃが」
「しかしあの方の下には優れた将がいます」
「それも一人ではありません」
 このことはよく知られていることだった。
「あの飛将軍呂布にです」
「そして張遼将軍」
「二人がいます」
「ですから」
 こう話していく。しかしであった。
 ここでだ。一人が言った。
「いや、もう一人いなかったか?」
「もう一人とは?」
「妹君の董白殿ではないのか?」
「軍師の賈駆殿ではなく」
「いや、他に一人いた筈だ」
 こう話すのだった。
「誰だった?あの銀髪の」
「銀髪?」
「銀髪なのか?」
「そして髪が短い」
 このことも指摘される。
「しかも斧を使ったな」
「ううむ、誰だそれは」
「そういえばいたような気がするが」
「一体誰だった?」
「その人物は」
「そういえばいたような気がするのう」
 何進もいぶかしむ顔で首を捻るのだった。
「何か随分と目立たぬのがじゃ」
「まあ目立たないですし」
「特に気にすることもないですね」
「それでは」
 その人物についてはこれで話が終わったのだった。しかしだ。
 話は決まりかけていた。何進は意を決した顔になって述べた。
「ではもう一人はじゃ」
「はい、それでは」
「董卓殿にも」
 部下達も頷き話が決まろうとしていた。しかしである。
 ここでだ。ある少女が出て来た。白く丈の長い、そしてゆったりとした見事な服である。
 背はあまり高くはない。黒髪を長く伸ばし切れ長の琥珀を思わせる目をしている。顔は白く顔立ちはまだ幼い。その少女が出て来て言うのであった。
「将軍、お待ち下さい」
「司馬慰か」
「はい」
 少女は何進に名前を告げられ静かに頷いたのだった。
「私の考えを述べさせてもらいたいのですが」
「うむ、何じゃ」
 何進の顔に微笑みが宿った。司馬慰を見ると急に笑顔になるのだった。
「申してみよ」
「ここは董卓殿よりもです」
「他に相応しい者がおるのじゃな」
「はい、その通りです」 
 こう何進に言う司馬慰だった。
「ですからここはその方に」
「そんな者がいたか?」
「いや、知らない」
「そうだな。董卓殿よりもとは」
「一体」
「北にいます」
 司馬慰は美しいが冷たい響きのする、氷を思わせる声で述べた。
「その方はです」
「誰じゃ、それは」
 何進は彼女に問うた。
「それで」
「はい、劉備玄徳殿です」
 司馬慰はこの名前を出した。
「あの方です」
「ふむ。覚えておるぞ」
 劉備という名前を聞いてだ。何進は実際に思い出した顔になった。そのうえでの言葉だった。
「あの烏丸討伐の時に活躍した娘じゃな」
「あの方のところには多くの軍師や名将が集まっています」
「そして豪傑もじゃな」
「はい、近頃よくいる他の世界から来た者達も」
「ならばじゃな」
「はい、ここはあの方に出陣してもらいましょう」
 こう言うのであった。
「それに董卓殿は今は」
「長安で大掛かりな開拓をしておったな」
「それに専念してもらいましょう」
 それで彼女は、というのである。
「あの方の好きな内政にです」
「そうじゃな。ではここは劉備じゃな」
「はい、そうです」
 こうしてだった。劉備に出陣を要請することになったのであった。
 そうした経緯があった。何進は司馬慰の言葉に満足していた。
「流石よのう」
「はい、全くです」
「流石は司馬慰殿です」70
 部下達も彼女の言葉に続いてこう言うのだった。
「切れ者ですね」
「いつもながら」
「ただ切れるだけではないしのう」
 何進はその満足した顔でまた言った。
「名門司馬家の嫡流じゃしな」
「はい、清流の」
「まさに完璧ですね」
「何の落ち度もありません」
「しかも人柄もよい」
 何進はそれも見ているのだった。
「切れ者で名門の出身だというのにじゃ」
「はい、謙虚で温厚で」
「しかも公平な方です」
「それでいて締める部分は締められますし」
「素晴しい方です」
 部下達も彼女を口々に褒める。
「あの方が我等のところにいてくれる」
「それだけでも非常に有り難いです」
「全くです」
「まさにわしの懐刀じゃ」
 そこまでだというのだった。何進もだ。
「何かあればすぐに知恵を出してくれるしのう」
「今回もですしね」
「劉備殿をあそこで話に出されるとは」
「意外です」
「それでいて的確です」
「その通りじゃな。ではじゃ」
 ここまで話してであった。何進はだった。
 司馬慰に対する信頼をさらに強いものにさせた。そうしたのであった。
 しかしその司馬慰はだ。今は。
 何故かバイス、マチュアと共に密室にいた。そこで三人で話していたのだ。 
「そう、上手くいったのね」
「ええ、徐州の役人をね」
「洗脳してね」
 バイスとマチュアは満足している顔で彼女に話すのだった。
「そうしてよ」
「あの三人にけしかけたらね」
「そして反乱が起こったのね」
 このことも述べられる。
「上出来ね」
「それであの娘の出陣を進言したのね」
「そうしたのね」
「ええ、そうよ」
 二人に答える司馬慰だった。
「その方が面白くなりそうだから」
「そうね。ただ兵を送って戦わせるよりはね」
「賑やかな面々に暴れてもらう方がいいのだからね」
「あの書にはね」
「だから」
「さて、後は」
 ここで笑みを浮かべて言う司馬慰だった。
「その兵乱で書の力を高めて」
「ええ、その力も使って」
「オロチをね」
「オロチだけではないし」
 また言う司馬慰だった。
「切り札が多いのはいいことね」
「ええ。ただ」
「貴女はまだ手を考えているようね」
 バイスとマチュアは司馬慰にあらためて言った。
「そうなのね」
「これが失敗したら」
「ええ、そうよ」
 その通りだと答える司馬慰だった。自信に満ちた笑みでだ。
「それはね」
「流石ね、失敗した場合も考えておくなんて」
「そうしているなんて」
「当然のことよ」
 司馬慰はその笑みでまた話した。
「先の先を読んでそうしてね」
「動いていく」
「そうするのね」
「ええ。ただ一つ気になるのは」
 ここでだった。司馬慰はその切れ長の流麗な目を顰めさせてだ。こう言うのだった。
「貴女達が来ているだけではなくて」
「他の面々もね」
「こちらの世界に来ていることね」
「ええ、それよ」
 司馬慰が今言うのはまさにそのことだった。
「それは何故かしらね」
「私達がここに来たのは于吉によるものだけれど」
「それでだけれど」
「けれど彼等は」
 また言う司馬慰だった。
「どうしてなのかしら」
「謎ね。けれどね」
「それでもね」
「来てしまったからにはね」
 司馬慰が二人に言った。
「そういうことね」
「ええ、そうよ」
「会ったその時はね」
 二人は司馬慰に対して不敵な笑みを浮かべた。そのうえでの言葉だった。
「任せておいて」
「倒させてもらうから」
「期待するわ。そして」
「そして、なのね」
「貴女もなのね」
「私はただの文官ではないわ」
 冷たい美貌の顔に凄みを宿しての言葉だった。
「そう、術もね」
「妖術も使えるのね」
「それもなのね」
「そうよ。それもまた見せるわ」
 こう話すのだった。
「時が来ればね」
「ええ、それじゃあね」
「それも楽しみにしておくわ」
 また話す二人だった。
「戦いは大好きだし」
「それを見るのも」
「私はそれよりも」
 その顔の凄みがさらに強まる。
「血や人が死ぬ姿を見る方が楽しいのだけれどね」
「あら、そうなの」
「それだったら」
「同じだというのね」
 司馬慰は二人の言葉の先を既に読んでいた。そのうえでの言葉だった。
「私達気が合うわね」
「ええ。それじゃあね」
「とりあえずは」
「徐州のことは御願いね」
 その兵乱のことである。
「動きだしたけれど」
「後はあの三姉妹の好きにさせるけれどね」
「彼女達のね」
 そうするというのだった。
「さて、じゃあ」
「今は」
 そしてだった。こうしてであった。
 司馬慰は闇の中で彼女と話してだった。そのうえでだった。
 そこから出てだ。仮面を被ってであった。
 宮廷に出る。今度は宮廷の何進の部下達。同志とされている者達と会うのだった。
 そのうえでだ。こんなことを言うのであった。
「皆さん、それではですね」
「はい、それでは」
「これから大将軍のところに向かい」
「そうしてですね」
「また将軍にお話しましょう」
 清らかな笑顔での言葉だった。
「どうやら宦官達はまた増長していますし」
「懲りない者達です」
「全くです」
 彼等は宦官達への嫌悪を見せた。
「帝を惑わし国政を乱し続ける」
「許せない者達です」
「そうです。だからこそです」
 司馬慰は言うのであった。
「我々が大将軍をお助けしてです」
「国を守りましょう」
「是非共」
「そうしなければなりません」
 既に彼等のまとめ役にもなっていたのだった。
「是非共」
「その通りですね」
「あの者達の相手は容易ではありませんが」
「それでもですね」
「漢王朝の為には」
「帝の御身体もよくありませんが」
「帝ですね」
 司馬慰はその顔に曇りを作ってみせた。あくまで表面だけである。
「帝の御身体は確かにですね」
「言葉に出すのもはばかれますが」
「どうやら、なのですね」
「最早」
「おそらくは」
 その作った顔でまた言うのであった。
「間も無く」
「左様ですか。それでは」
「次の帝は」
「陳留王ですね」
 その人物だというのである。
「あの方は非常に聡明な方です」
「それならばです」
「最早宦官達も」
「はい、惑わされることはありません」
 こう言うのであった。
「ですから次の帝はです」
「安心できますね」
「これまでの様なことはありませんね」
「はい、これで宦官達の時代は終わりです」
 これが司馬慰の言葉だった。
「ですからご安心下さい」
「そうですね。それでは」
「今は待ちましょう」
「次の帝が即位されるその時を」
「確かに帝は心配ですが」
 今の皇帝への忠誠は確かにある。しかし彼等は今はそれ以上に宦官達との対立に疲れを感じていた。それでこう思うのだった。
「ですが今は本当に」
「宦官共の壟断を止めなくてはなりません」
「さもないと国が本当におかしくなります」
「これ以上おかしくなれば」
「その通りです」
 司馬慰が話をまとめて述べた。
「ですが今はです」
「今は」
「今はといいますと」
「帝のご病状の回復をお祈りしましょう」
 表向きに過ぎない言葉だった。しかしであった。
「是非共」
「そうですね。それは」
「決して忘れずに」
「そうしましょう」
 誰もが司馬慰の言葉に頷く。そこでだった。
「では皆さん。祈祷に専念されて下さい」
「帝のことをお祈りして」
「そうですね」
「はい、そうして下さい」
 こう言うのであった。
「宦官達は私にお任せ下さい」
「そうして大将軍をですね」
「御護りされて」
「そうしますので」
 彼等のことは自分に任せろというのであった。
「必ずや。この国をです」
「はい。お願いします」
「それでは」
 彼等の間でもだ。司馬慰への信頼と人望はかなりのものになっていた。そして司馬慰自身もそれを頭に入れてだ。動くのであった。闇の中で。


第五十八話   完


                      2011・1・19







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