『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第五十二話  パヤパヤ、噛まれるのこと 

 木の上にだ。その宮殿はあった。やたらと巨大な木のその上にだ。
 質素な場所である。だが後ろに象を描いたと思われる壁画もある。全体的にこじんまりとしているが中々快適そうな場所である。
 そこの主の座、木のベッドにだ。緑の長い髪の少女が寝ている。栗色の目に幼さの残る横に長めの童顔に胸のところとスカート、それに手足が白虎の模様の服で覆われている格好である。尻尾まである。耳も虎のものだ。
 その横になっている少女と共にだ。小さなピンク色の象も寝ている。象の頭には金色の王冠がある。
 その少女がだ。ふとだった。
「むにゃむにゃ・・・・・・」
 象の尻尾に顔を近付けてであった。いきなり。
 その尻尾に噛み付いたのであった。
「パヤ!?」
 噛まれた象はだ。慌てて起き出した。そしてだ。
「パヤ!パヤ!」
「何にゃ?」
「パヤ!パヤ!」
 起きた少女に抗議する。泣きながらだ。
 少女も起き上がってだ。象に応える。
「何にゃ、パヤ」
「パヤ!パヤ!パヤ!」
「何にゃ!?美衣が御前の尻尾を噛んだにゃ!?」
「パヤ!」
 その通りだと頷く象だった。
「パヤ!パヤ!パヤ!」
「だから気をつけて欲しい?」
「パヤ!」
 今度は飛び上がって叫ぶ象だった。
「パヤパヤ!」
「ええい、五月蝿いにゃ!」
 遂に怒った少女だった。
「美以は御前の尻尾なんか噛んでいないにゃ!」
「パヤ!パヤ!」
「違うというにゃ!?」
「パヤ!」
 その通りだと頷くのだった。
「パヤーーーーーーー!」
「そんな筈ないにゃ!」
 少女はまた怒って言う。  
「美以は御前の尻尾なんか噛まないにゃ!」
「パヤ!」
「そこまで言うのなら!」
 さらに怒ってだ。象に怒鳴る。
「ここから出て行くにゃ!」
「パヤ!?」
「この南蛮の主は美以にゃ!」
 つまりこの少女が孟獲なのであった。南蛮王である。
「その美以に従えないのならとっとと出て行くにゃ!」
「パヤヤ!?」
「さあ、どうするにゃ!」
「パヤーーーーーーーーッ!」
 そう言われてだった。象は泣いて何処かに行ってしまった。孟獲はそれを見てだ。ふてくされた顔になり腕を組んで言うのだった。
「暫く何処かで頭を冷やすにゃ」
 こう言ってまた寝る。そこにだった。青髪に茶髪、それにピンクの髪の虎の被り物の三人の少女が来た。どの娘も小柄で可愛い顔をしている。青髪の娘は勝気な顔をしており鳶色の目である。茶髪の娘は赤紫の目で元気そうな顔だ。ピンクの少女は緑の目でおっとりとした顔だ。その三人が孟獲のところに来て言うのだった。  
「美以様、トラはお魚を」
「ミケは果物を」
「シャムは何も。けれど」
 三人はそれぞれ言う。
「とても頑張ったの」
「皆ご苦労だったにゃ」
 孟獲は自分にそうした獲物を差し出す三人にまずは労いの言葉をかけた。
「では後で皆で食べるにゃ」
「はい、それで」
「あの、パヤは?」
「何処ですか?」
「あいつは追い出したにゃ」
 孟獲はむっとした顔になって三人に答える。
「無礼にも美以が尻尾を噛んだと言ったにゃ」
「尻尾?」
「尻尾を?」
「それを?」
「そうにゃ。美以はそんなことはしないにゃ」
 自覚していない。
「そんな失礼なことを言う奴は頭を冷やすにゃ」
「トラこの前」
 青髪の少女が言う。
「手を噛まれました」
「にゃ!?」
「ミケは頬っぺたを」
 今度は茶髪の少女だった。
「大王様が寝ている時に」
「寝ている時にゃ!?」
「シャムはお尻を」
 ピンクの髪の少女もだった。
「やっぱり寝ている時に」
「それはまことかにゃ!?」
「はい、いつも寝惚けていて」
「その時にいつも」
「がぶりと」
「じゃあパヤパヤは」
 ここで孟獲もわかったのだった。わかればだ。
 顔が真っ赤になる。自分の非に気付いてだ。
「大変にゃ!美以の間違いだったにゃ!」
「間違えたらどうしますか?」
「その時は」
「パヤパヤは」
「すぐに探し出すにゃ!」
 即決だった。決断力は早い。
「そして謝るにゃ!」
「じゃあトラも御供します」
「ミケも」
「シャムも」
 三人もだというのだった。
「それじゃあ大王様」
「パヤパヤを探しに」
「今から」
「行くにゃ!」
 こうしてだった。三人で飛び出ていくのであった。
 その頃劉備達は。川で身体を清めていた。全員一糸纏わぬ姿になってだ。それぞれ身体を洗い清めているのだった。
 その中でだ。魏延が劉備の身体を見て恍惚となっていた。
「桃香様、本当に何時見ても」
「だからあんた桃香さんばかりじゃない」
「だ、だから私はだ」
 ここでも馬岱に反論する。無論二人も今は何も着ていない。
「桃香様のことを想ってだ」
「どう想ってるのよ」
「家臣として。忠義をだ」
「本当に忠義だけ?」
「そうだ、それの何処が悪い」
「忠義だけならね」
 馬岱のその目は横に細くなってじとっとしたものになっている。
「けれどそれだけじゃないじゃない」
「何を、私はただ桃香様を」
「だからそれだけじゃないでしょ」
「では他に何があるのだ」
「自分の胸に聞いてみなさい」
「くっ、またそう言うのか」
 本当にいつもの二人だった。そして孔明と鳳統は。
 黄忠と厳顔の胸を見てだ。溜息をつくばかりであった。
「本当に不公平です」
「人間の世界って」
「あら、どうしたの?」
「何かあったのか?」
 二人はその見事な胸を無意識のうちに誇示しながら二人の少女に問う。
「二人共汗は奇麗に洗い落としてるかしら」
「身体も清潔にせねばならんぞ」
「それはわかってます」
「しっかりと」
 それを忘れる二人ではなかった。身体は洗い続けている。
「けれど。紫苑さんと桔梗さんって」
「胸が」
「胸?」
「胸がどうしたのじゃ?」
 二人は無自覚なまま問い返す。
「特に何もないわね」
「うむ、別にな」
 黄忠と厳顔はお互いの胸を見合いながら話す。
「もう洗ったし」
「奇麗なものじゃ」
「はうう、洗う場所が多い胸って」
「羨ましいですう」
 これが二人の意見だった。そしてだ。
 馬超と関羽はだ。趙雲に絡まれていた。
「だ、だからいいって」
「身体を洗うこと位一人でできる」
「まあそう言うな」
 必死に拒もうとする二人にだ。趙雲は妖しい笑みで返すのだった。そのうえで二人に自分の身体を絡みつかせてだ。こう囁くのだった。
「真名で呼び合う仲ではないか」
「それとこれとは別だろ」
「何故身体を洗い合う必要があるのだ」
「それもまた親睦のうちだ」
 自分の胸を馬超のその胸と重ね合わせ前から囁く。
「違うか?翠よ」
「だ、だからあたしはいいって」
「こら、星」
 左手は関羽の胸にいっている。
「そこは止めろ。そんなことをすれば」
「どうだというのだ?」
「そ、そこは・・・・・・」
 胸をまさぐられてだ。関羽は困った顔になる。
 そのうえでだ。頬を赤らめさせて言うのだった。
「だからそこは・・・・・・」
「ふむ。そこは?」
「弱いのだ・・・・・・」
 こう言うのだった。
「だからだ。触るのはだ」
「ふむ。御主の弱点はそこか」
 趙雲は目を少し見開いて述べた。
「成程な。よくわかった」
「何がわかったのだ」
「何、こちらの話だ。それに」
 今度はだ。馬超のその背筋のところに手を回して上から下になぞる。すると。
「はうっ・・・・・・」
「御主はここだな」
「待てよ、背中は」
「背中は駄目か」
「ちょ、ちょっとやばいだろ」
 いじらしげな、かつ悩ましげな顔での言葉だった。
「そこは。だから」
「御主は背中か」
「だから何だってんだよ」
「何、身体を洗っているだけだ」
 あくまでこう言う趙雲だった。
「それは嫌か」
「だからそんなのは自分でするからよ」
「構わないでくれ」
 二人で趙雲に言う。
「それはもうな」
「頼むからだ」
「わかった。ならこれでだ」
 頃合いと見てだ。それでだった。
 趙雲は二人から離れた。そのうえで言うのだった。
「これ位にしておこう」
「だから何で最近あたし達にそんなに絡むんだ?」
「何を狙っている」
「だから私はどちらもいけるのだ」
 思わせぶりな笑みでだ。二人に話す。
「男でも女でもな」
「だからだというのか」
「それでかよ」
「その通りだ。無理強いはしないがな」
「今のはそれではないのか」
「どう見たってそうだろ」
 これが二人の抗議だった。しかしそれは平然と無視する趙雲だった。 
 一行はそれぞれ楽しくやっている。男のタムタムは当然いない。しかしチャムチャムもいてミナと川の中で身体を洗っているのだった。
 そうしながらだ。そのうえでミナに言う。
「ねえ、ミナ」
「どうしたのかしら」
「もうすぐ孟獲だけれど」
 彼女のところだというのだ。
「特に何も思わない?」
「別に」
 こう答えるミナだった。
「悪い人じゃないのね」
「うん、とてもいい奴だよ」
 それは確かだというのである。
「ちょっと食いしん坊だけれどね」
「それは誰でもだから」
 構わないというのである。
「いいわ」
「そうなの」
「それでその娘のところに行ったら」
「劉備さんの剣だよね」
「ええ。それを何とかしないと」
 こう話すのだった。
「その為に来たのだから」
「問題はその剣の直し方よね」
「そうね。どうして直すのかしら」
 ミナはここで首を傾げさせた。
「一体」
「僕にはわからないけれど」
 チャムチャムはであった。しかし彼女は同時にこうも言うのだった。
「けれど孟獲は絶対に知ってるよ」
「彼女ならなのね」
「うん。とにかく劉備さんの剣」
 チャムチャムもだ。劉備のことを真剣に気にかけていた。
「どうにかなればいいね」
「本当にね」
 こんな話をする二人だった。そしてだ。
 神楽と月はもう服を着ていた。髪はまだ少し濡れてはいる。
 その二人がだ。周囲を見回して話をする。周りは密林だ。見渡すばかりの木々である。
「とりあえず虎や豹はいないみたいね」
「はい、蛇も」
「鰐がいてもおかしくはないけれど」
「そうしたのもいませんでしたね」
「まずは何よりね」
 それを確かめながらだ。とりあえずは安心する二人だった。
「熱帯は何がいてもおかしくはないけれど」
「どんな猛獣がいても」
「ええ、けれどいなくて何よりよ」
 また言う神楽だった。
「本当にね」
「はい。それじゃあ皆身体を洗い終えたら」
「いよいよね」
「はい、孟獲さんのところに」
 行こうというのだった。そしてそこにだ。
 何かが飛んで来た。それは。
「パヤーーーーーーーーーーーッ!」
「あれは」
 神楽はそれを見てすぐに言った。
「象!?」
「えっ、あれがなのだ」
 丁度今川から出た張飛が応える。
「あれが象なのだ」
「ええ、あれがね」
「何かあれみたいなのだ」
 ここでこう言う張飛だった。
「身体の真ん中にある」
「そ、それはだ」
 関羽は義妹のその言葉に顔を赤くさせた。
「言うな。私達にはないのだからな」
「そうなのだ」
「そうだ。それは言うな」
「よくわからないけれどわかったのだ」
「これが象さんなんですか」
 劉備がその象を抱き止めていた。彼女のところに来たのだ。
「話に聞いていた」
「そうよ」
 チャムチャムがその劉備に答える。
「それがなの」
「見たこともない形をしてるんですね、象さんって」
「うん。僕も故郷じゃ見なかったけれどね」
 タムタムの故郷ではというのだ。
「けれど実際に見たら面白い動物でしょ」
「ええ、確かに」
 その通りだと答える劉備だった。
「特にこのお鼻が」
「そうでしょ。それでね」
「それで?」
「その象あれよ」
 チャムチャムの話が微妙に変わってきた。
「孟獲のところの象よ」
「そのチャムチャムさんの」
「そうなの。何でこんなところに来たんだろう」
 チャムチャムは首を傾げさせながら言った。
「いつも孟獲のところにいるのに」
「とりあえずはですね」
「ここはです」
 軍師二人がここで言う。
「まずは川から出ましょう」
「それで服を着て」
 実際に二人は川から出て来た。そうしてだった。
 身体を拭いて下着を着ける。二人共白だ。 
 だが張飛は二人の下着を見て言った。
「二人共その下着なのだ?」
「えっ、何かおかしい?」
「何処か」
「朱里は熊で」
 見ればだ。彼女のショーツにはそれがプリントしてあった」
「雛里は兎なのだ」
「だって。可愛いから」
「それで」
「鈴々はもっと簡単なのがいいのだ」
 それが張飛野下着の嗜好だった。
「明るい黄色の。いつものがいいのだ」
「そうかなあ。私はやっぱり」
「私も」
 しかし軍師二人は言う。
「そうした可愛いのがいいけれど」
「駄目かしら」
「駄目とは言っていないのだ」
 それは違うという張飛だった。
「ただ鈴々の趣味なのだ」
「そうなの」
「趣味はそれぞれなのね。下着も」
「そういうことなのだ」
 そんな話をしてだった。彼女も服を着る。他の面々も続いてだ。全員服を着てそうしてであった。チャムチャムの先導で孟獲のところに向かうのだった。
 タムタムも来た。そのうえで向かうのだった。
 そしてだった。そこにだった。
「あれっ、あれは」
「孟獲だ」
 チャムチャムとタムタムが前に出て来た面々を見て言う。
「トラにミケもいるね」
「シャムもいる」
 こうも話す。彼女達もいた。
 そしてだ。そのうえでだった。その孟獲に対して声をかける。
「パヤパヤのこと?」
「探してたのだ」
「そうにゃ」
 その通りだという孟獲だった。
「そこにいたのにゃ」
「こいつは御前のなのだ?」
「そうにゃ」
 象は今張飛が持っている。その彼女への返答だった。
「それは間違いなく美以のものじゃ」
「その証拠はあるのだ?」
 張飛は眉を顰めさせてそのうえで孟獲に問う。
「それはあるのだ?」
「あるにゃ。それは」
「それはなのだ?」
「美以が言うからその通りなのだ」
 これが彼女の返答だった。
「それ以外に何の理由があるのだ」
「そんなの理由にならないのだ」
 張飛は孟獲の言葉にむっとして返す。
「この象?は鈴々に懐いているのだ。だから鈴々のものなのだ」
「そんなの出鱈目にゃ」
「出鱈目だというのだ?」
「そうにゃ。美以のものだと言ったらそうなのだ」
 孟獲も負けてはいない。
「だから早く返すのだ」
「嫌なのだ」
 張飛はパヤパヤを意地でも返そうとはしない。その手に強く持ってだ。
「何があっても返さないのだ」
「返すにゃ!」
「嫌なのだ!」
 何時しかだ。二人はパヤパヤを手に取ってだ。両端から引っ張りだした・
「これは美以の象にゃ!」
「鈴々のものなのだ!」
「これは一体どうなんでしょうか」
 劉備が象を引っ張り合う二人を見て話をする。
「あの、このまま終わりそうにないですけれど」
「そうだな。これはな」
 関羽も難しい顔で劉備に応える。
「鈴々もあれで意固地なところがあるからな」
「そうですよね。困ったことになっちゃいましたね」
「いえ、これは」
「大丈夫です」
 しかしだった。軍師二人は落ち着いた声でこう劉備に言うのだった。
「このことはすぐに終わります」
「それも簡単に」
「簡単にですか」
「はい、もうすぐです」
「終わります」
 二人はまた劉備に述べた。
「まあ見ていて下さい」
「安心していいです」
「そうなんですか」
「はい、ですから」
「ここは」
 こう話してであった。二人は劉備だけでなく一行にここは静かに見るように話した。一行はその間にも状況を見るしかなかった。
 二人はだ。その間にも引っ張り合う。そうしてパヤパヤは。
「パヤ!?」
 左右から引っ張られだ。目を丸くさせる。
 張飛が前足から、孟獲が後ろ足から引っ張り合いだ。それぞれ言い合う。
「返すにゃ!」
「鈴々のものなのだ!」
 こう言い合い続けてだった。
「ええい、パヤパヤは美以のものにゃ!」
「それは間違いなのだ!」
「パヤ!」
 次第にだ。パヤパヤの身体がきつくなる。伸びはじめていた。
 伸びながらだ。苦しんでいた。それを見てだった。
 馬超がだ。怪訝な顔で仲間達に言った。
「あの象、あのままだとな」
「そうね」
「危険ですね」
 ミナと月が彼女のその言葉に応える。
「身体が伸びだしていますから」
「あのまま続けば」
「真っ二つか?」
 馬超は最悪の事態を想定しだした。
「そうなったらどうするんだよ」
「流石にそんな漫画みたいな展開はないでしょうけれど」
 神楽は現実的な案を述べた。
「けれど。このままいったら」
「間接外れるんじゃないの?」
 馬岱が考えた事態はこれだった。
「足とか背骨の関節が」
「そうなったら同じよ」
 黄忠も怪訝な顔で話す。
「間接が外れたら」
「ううん、この状況は」
「まずいな」
 神楽も趙雲も楽観視していない。
「二人共必死で気付いていないけれど」
「このままでは」
「いかんな、止めよう」
 関羽が前に出ようとする。
「象の取り合いで象が死んでは話にならない」
「そうだよね。この状況じゃ」
「美以様にとってもよくないし」
「ここは」
「止めましょう」
 トラ、ミケ、シャムに続いて劉備も出ようとする。
「象さんが本当に」
「いえ、大丈夫です」
「もうすぐですから」
 しかしだった。軍師二人はここでも一行を止めるのだった。
 その二人にだ。関羽がたまりかねた口調で言う。
「しかしこのままでは象がだ」
「ですからその前にです」
「話は決まりますから」
「そうなるというのか」
「はい、御安心下さい」
「是非」
 二人だけが動じていない。実に落ち着いたものだった。そしてその中でだった。二人の引っ張り合いがまだ続いているのだった。
 だが、だった。パヤパヤが叫んだところでだった。
「パヤーーーーーーーーッ!?」
「!?パヤパヤ!」
 それを見てだった。孟獲が咄嗟に動いた。その動作は。
 手を離したのだ。その両手をだ。
 必死に引っ張っていた張飛はもう一方の力がなくなり急に後ろに倒れていった。そうしてそのまま尻餅をついてしまったのであった。
 だがその手にはだ。パヤパヤがある。それを手にしてだった。
「やったのだ!鈴々のものなのだ!」
「ち、違うにゃ!」
「鈴々のものになったのだ!これで勝ちなのだ!」
「いえ、そうはなりません」
「それは違います」
 孔明と鳳統がだ。張飛のところに来てこう言うのであった。
「その象さんは孟獲さんのものです」
「そのことは間違いありません」
「何故そう言うのだ」
「手を放されたからです」
「だからです」
 だからだとだ。二人は起き上がってきた張飛に対して述べるのだった。
「それでなのです」
「その象さんは鈴々さんのものではありません」
「手を放したからなのだ」
「はい」
「何故なら」
 その理由もだ。二人は話すのだった。
「このまま引っ張り合いを続けていれば象さんが苦しみます」
「孟獲さんはそれを見られたからです」
「だからだというのだ」
「はい、象さんが可哀想になって止められた」
「それこそが」
 二人はそれぞれ羽根の扇と帽子を手に取ってだ。前にかざして宣言した。
「孟獲さんが象さんの主である何よりの証です」
「その通りです」
「うう、そうなるのだ」
「じゃあこれではっきりしたにゃ」
 張飛は口を波線にさせてうなだれ孟獲jは晴れやかな顔になっていた。二人の表情はまさに正反対のものになってしまっていた。
「パヤパヤは美以のものにゃ」
「うう、残念なのだ」
「話はこれで一件落着ですね」
「これで」
 二人は今度はにこやかに笑って放した。
「象さんのことはこれではっきりしましたね」
「間違いなく」
 二人で話す。そしてだった。
 孟獲はだ。ここで言うのであった。
「それで御前達は何にゃ?」
「何とは?」
「だから何者にゃ」
 こう関羽にまた言う。
「何でこの南蛮まで来たにゃ」
「まさか攻めてきたの?」
「この南蛮に」
「だったら敵?」
 トラ達がここで警戒を見せる。
「悪い奴は許さないぞ」
「それならもう」
「数で勝負するよ」
 いきなりであった。三人がすぐに増えてきた。次からつぎにだ。三人はどんどん増えてきてだ。あっという間に密林を埋め尽くしてしまった。
「な、何なんだ」
「急に増えてきたのだ」
 その彼女達に囲まれてだ。関羽と張飛が驚きの声をあげる。
「同じ顔の者達が急に」
「次から次になのだ」
「そうにゃ。南蛮を甘く見るにゃ」
 ここで孟獲が高らかに言うのであった。
「攻めて来る悪い奴には容赦しないのだ」
「容赦しない?」
「攻めて来る場合はなのだ」
「そうにゃ。自分達の身は自分で守るにゃ」
 腕を組んでだ。そのうえでの言葉だった。
「それが南蛮の掟にゃ」
「ですからそれはですね」
 劉備はだ。周囲が警戒するその中でもいつもの調子だった。
「私達は別に攻めたりとかは」
「違うというにゃ?」
「はい。御願いがあってここまで来ました」
「本当にゃ?」
 孟獲も最初はそのことを信じようとしなかった。目を顰めさせての言葉だった。
「御前達が悪い奴じゃないっていう証拠はあるにゃ?」
「あるよ」
「それ確かなこと」
 ここでだ。孟獲に対してチャムチャムとタムタムが言ってきた。
「僕が話そうか」
「タムタムそのこと知っている」
「二人共いたにゃ」
 孟獲はここで二人のことに気付いたのだった。
「今まで何処にいたにゃ」
「だから。この人達と会って」
「それでここまで案内した」
「そうだったにゃ」
 それを聞いてだ。孟獲も納得したのだった。
「二人がそう言うのならそれなら」
「そうだよ。この人達ね」
「剣をなおしに来た」
 二人は孟獲にこのことも話した。
「こっちの桃色の髪の人」
「劉備という」
「こっちの人がね」
「自分の剣をなおしに来た」
 こう孟獲に話していく。
「自分の剣をね」
「それで来た」
「剣をにゃ?」
 それを聞いてだ。孟獲は首を傾げさせながら述べた。パヤパヤは既に彼女の頭に来てだ。被りものの様になってくつろいでいた。
 その象を頭にやってだ。そうして話すのだった。
「それなら鍛冶屋に行くといいにゃ」
「それがなんです」
 今度は劉備が話してきた。
「私の剣は特別な剣でして」
「特別にゃ」
「はい、劉家の家宝でして」
「劉家なら知ってるにゃ」
 その家については流石に孟獲も知っていた。
「漢王朝の皇帝の家にゃ」
「流石にそれは知っていたか」
「勿論にゃ。美以は皇帝から南蛮王に封じられているにゃ」
 こう関羽に対しても述べる。
「だから勿論知ってるにゃ」
「ふむ。そういえば南蛮は」
 関羽は孟獲の話を聞きながら静かに述べた。
「漢に攻め込んだことはなかったな」
「南蛮は楽しく過ごせればそれでいいにゃ」
 これが孟獲の考えであった。
「他の国に攻め込んだりとかは特にしないにゃ」
「そうだよ。だって南蛮は食べ物が一杯あるし」
「楽しい遊びも一杯あるし」
「ここで平和に暮らしているから」
 トラ達もここで話す。
「無意味な喧嘩なんてしないよ」
「この国で生きていければいいから」
「だから戦争なんてしなくてもね」
「特に好戦的な人達じゃないですね」
「そうですね」
 孔明と鳳統もそのことに気付いた。
「悪意やそういったものもありませんし」
「お話すれば楽しい人達ですし」
「それじゃあお話は」
「簡単に進むでしょうか?」
「そうであればよいな」
 厳顔もこのことを願っていた。
「さて、それではどうなるかのう」
「それでなのですけれど」
 劉備はまた孟獲について話した。
「南蛮に来れば剣はなおると聞いたのですけれど」
「確かにその通りにゃ」
 孟獲はここでまた話した。
「この南蛮では何でもなおすことができる方法があるにゃ」
「そうなんですか!?それじゃあ本当に」
「このパヤパヤのヘソのゴマをにゃ」
 孟獲は自分の頭の上に寝ているその象を指差して言う。その手も指もどう見てもだ。ネコ科の、虎のものに他ならなかった。その指で、であった。
「南蛮の王宮の傍にある水と混ぜてそうしてその水をかけるとにゃ」
「それでなんですか」
「そうにゃ。どんなものもたちどころになおるにゃ」
 こう劉備に話すのだった。
「それこそ何でもにゃ」
「それじゃあ本当に」
「その通りにゃ。美以は嘘を吐かないにゃ」
 胸を張っての言葉だった。
「それでなのじゃ」
「それじゃあ申し訳ありませんがすぐに」
「けれど駄目にゃ」
 しかしであった。孟獲は強い顔でそれは断るのだった。
「それはどうしてもにゃ」
「どうしてですか、それは」
「パヤパヤ。南蛮象はにゃ」
 その象のことである。
「この南蛮の宝にゃ。決して外に出すことはできないにゃ」
「だからなんですか?」
「そのゴマを水に入れてかけると何でもなおすことができるにゃ。つまりそれはにゃ」 
 どういうことなのかと。孟獲は急に真面目になって劉備達に話していく。
「どんなとんでもないものでもなおすことができるということにゃ」
「そうね。劉備さんの剣ならいいけれど」
 神楽もだ。ここで話の意味がわかった。
「恐ろしい魔剣やそうしたものだったら」
「だからにゃ。このヘソのゴマは使わせないにゃ」
 そうだというのであった。
「絶対ににゃ」
「あの。けれど」
「駄目にゃ」
 孟獲はそれは何としてもであった。
「何と言われても駄目なものは駄目にゃ」
「けれどそれじゃあ剣は」
「どうしてもというのなら」
 ここでだ。孟獲はこう劉備達に言ってきた。
「この美以に渡すと言わせるにゃ」
「孟獲さんにですか」
「そうにゃ。それならいいにゃ」
 これが孟獲の言葉だった。
「それなら渡してやらないこともないにゃ」
「ううん、ですか」
「しかし姉者」
「ここはなのだ」
 義妹二人が困った顔の劉備に言ってきた。
「どうにかするしかあるまい」
「剣をなおしたいのだ?」
「はい、どうしても」
 ここでは自分の意を出す劉備であった。困りながらもしっかりとした声である。
「ここまできましたし」
「それにヘソのゴマなぞ」
「どう見ても簡単に手に入るのだ」
 二人もこう考えていた。
「それ程吝嗇になることもあるまい」
「孟獲もおかしなことを言うのだ」
「そうですね。孟獲さんは意固地になっておられますね」
「あの象さんを大切に思うあまり」
 軍師二人もそう見ているのだった。
「ですからここは」
「別におヘソのゴマ位いいと思います」
「それでどうされますか?」
「ここは」
「やっぱり同じです」
 こう答える劉備だった。
「剣を何とかしたいです」
「よし、それじゃあな」
「やるとするか」
 馬超と趙雲は早速槍を構えた。
「命を取るわけじゃないからな」
「少しだけ我慢をしてもらおうか」
「いえ、それはちょっと」
「下策だな」
 しかしそれは黄忠と厳顔が止めたのであった。
 二人はだ。馬超と趙雲を窘めるようにしてだ。こう話すのだった。
「力で手に入れてもあの娘達の反感を買うだけよ」
「それではあまり得策とは言えん」
「それはそうだけれどさ」
「今回は仕方あるまい」
 だが二人はこう返す。いささか釈然としない顔ではあるがだ。
「やっぱりここはな」
「この腕でだ」
「いえ、やっぱりそれはです」
「止めた方がいいです」
 孔明と鳳統もそれは止めた。
「孟獲さんは今の私達と戦うつもりはありません」
「それなら。こちらもそうしたことは」
「それじゃあどうするの?」
「そうだな。何もしないではどうにもならないぞ」
 馬岱と魏延がこう軍師二人に問う。
「喧嘩は駄目で話し合いもできないし」
「それならどうするのだ」
「はい、ここはです」
「私達に任せて下さい」
 軍師二人はだ。こう皆に述べるのだった。
「少し考えがありますから」
「ですから」
「考え」
「それは何なのだ?」
 関羽と張飛が彼女達に問う。
「策があるようだが」
「一体どうするのだ?」
「はい、まずはです」
「孟獲さんのところに行かせて下さい」
 こう言う二人だった。
「そのうえで、です」
「行わせてもらいますから」
「ううん、そこまで言うんならね」
「頼めるか」
 馬岱と魏延が二人の言葉を聞いて述べた。
「朱里ちゃん、雛里ちゃん」
「今回はあんた達がやるんだな」
「私達は素手では戦えませんけれど」
「それでも。やり方はありますから」
 こう言ってであった。そのうえで孟獲の前に来た。そうしてであった。
「あのですね」
「いいでしょうか」
「何にゃ、パヤパヤのおヘソのゴマは駄目にゃ」
 まだ言う彼女だった。
「何があっても」
「何があってもですか?」
「そうにゃ」
 意固地な返答であった。
「何があってもそれは駄目にゃ」
「どうしてもですか?」
「それは」
 しかしであった。二人はその孟獲にさらに問うのだった。
「孟獲さんって何か」
「そうよね」
 そしてだった。二人はここでこんなことを話すのであった。その孟獲の前でだ。
「とても心の広い方だと聞いてたけれど」
「実はそうではなかったのね」
「何ていうか意外と」
「ケチというか」
「にゃっ!?」
 自分のことを悪く言われてだ。孟獲の目の色が変わった。
「今何と言ったにゃ」
「えっ、私は別に」
「私もです」
 二人はわざとだ。孟獲に顔を向けて述べた。
「別に孟獲さんがケチだなんて」
「言ってません」
「いや、今言ったにゃ」
 孟獲は耳はいい。聞き逃す筈がなかった。
 それでだ。二人に対してムキになって言い返した。
「美以がケチとは許せないにゃ!そんな言葉は放っておけないにゃ!」
「それじゃあどうしますか?」
「それが許せないとなりますと」
「ええい、それならにゃ」
 売り言葉に買い言葉だった。孟獲はここで言い切ったのであった。
「パヤパヤのおヘソのゴマはにゃ」
「はい、それは」
「どうされますか?」
「持って行くがいいにゃ。ただし」
 ただしだと。ここでまた言う。
「美以にそう思わせることにゃ」
「孟獲さんをですね」
「そうなのですね」
「手に入れたければ美以を捕まえてぎゃふんと言わせてみるにゃ」
 腕を組んで胸を張っての言葉だった。
「それは言っておくにゃ」
「わかりました。それではです」
「そうさせてもらいます」
 話は何時の間にか決まっていた。
「孟獲さんを捕まえればいいんですね」
「それでは」
「わかったにゃ。美以は絶対に捕まらないにゃ」
「おい、これで決まったのかよ」
「早いな」
 これには馬超も趙雲もいささか驚いた。
「こいつってまさか」
「頭の出来はあれか」
 そこからだ。二人も察した。
「袁紹殿のところの文醜とかな」
「鈴々と同じ程度だな」
「どうしてそこで鈴々の名前が出るのだ」
「まあ成り行き上な」
「気にするな」
 その張飛にはこう返す二人だった。そしてその時にはだ。
 トラ達はだ。劉備と遊んでいた。劉備はだ。
「いないいない」
 自分のその豊かな胸を両手で隠してから。その手をどけてだ。
「おっぱーーーーーーい」
「凄い大きさにゃ」
「隠していても隠していないにゃ」
「一家に一つにゃ」
「あれっ、あんた達」
 そんな三人の言葉を聞いてだ。馬岱が突っ込みを入れる。
「言葉遣いが変わってるけれど」
「実は元はこの喋り方にゃ」
「今元に戻ったにゃ」
「それでなのにゃ」
 こう話す三人だった。
「実は驚いたら喋り方が変わるにゃ」
「美以様以外はそうなるにゃ」
「そのことを言い忘れていたにゃ」
「そうだったんだ。成程ね」
 今わかったことだった。そしてその三人にだ。
 孟獲がだ。言ってきたのだった。
「じゃあ者共、これでにゃ」
「これで?」
「美以様もこのおっぱいと遊ぶにゃ?」
「他にも一杯いいおっぱいがあるにゃ」
「おっぱいも大事にゃが今はにゃ」
 どうだとだ。孟獲は話すのだった。
「おヘソのゴマにゃ」
「それにゃ?」
「そういえばそんな話をしていたにゃ」
「それにゃら」
「確かに美以はパヤパヤの尻尾を噛んだにゃ」
 何気にこのことを話す孟獲だった。
「けれどそれでもにゃ」
「あっ、そういえばなのだ」
 張飛はここでそのパヤパヤの尻尾を見た。そこにはなのだった。
 葉型がだ。はっきりとあるのだった。それを見て言うのであった。
「これなのだ」
「何か人間の歯形に見えないな」
 魏延もその歯形を見て言う。
「猫のそれに似ているな」
「そうなのだ。猫のそれにそっくりなのだ」
「おかしな奴だな。何かと」
「人間離れしているにも程があるのだ」
 何気にそんなことも指摘される孟獲だった。しかし何はともあれだった。
「捕まる訳にはいかないにゃ」
「トラ達もにゃ?」
「そうなのにゃ」
「勿論にゃ。南蛮の頭を見せてやるにゃ」
 こうしてだった。南蛮組は劉備達に挑むのだった。そして気付いた時にはだ。
「あら、あれだけいた猫ちゃん達が」
「いなくなっておるのう」
 黄忠と厳顔がここでそのことに気付いた。彼女達を取り囲んでいた面々が何処にもいなくなっていたのだ。三人だけが残っていた。
 それを見てであった。二人は話すのだった。
「何か南蛮っていうのは」
「思っていた以上に変わっておるのう」
 そのことにだ。あらためて気付いたのであった。
 そしてだった。そんな話をしたうえであった。
「それじゃあ捕まえてみるにゃ」
「妙な話になったわね」
「そうね。捕まえるなんて」
 神楽とミナはこの状況に首を傾げさせている。
「けれどそれで劉備さんの剣が元に戻ったら」
「誰も傷つかないし。いいことね」
 かくして劉備達は孟獲を捕らえることになった。話は思わぬ方向に向かうのであった。


第五十二話   完


                        2010・12・20



大岡裁きだ。
美姫 「本当ね」
パヤはどうにか孟獲の元に戻ったけれど、剣を戻す方法がまさかな。
美姫 「驚きよね。しかも、すんなりとはもらえないみたいだし」
ともあれ、条件としては捕まえれば良いみたいだから。
美姫 「頑張らないとね」
次回はその辺りの話になるのかな。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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