『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第四十五話  魏延、一目惚れするのこと

 擁州に送られた臥龍達を待っていたのは。まさに地獄であった。
「うう、起きたらすぐに修業」
「そして飯食ったら夜まで強制労働」
「晩飯からまた寝るまで修業」
「雨の日も雪の日も」
「何だってんだよ」
 かつて賊だった者達が嘆いていた。
「ここはよ」
「鬼がいるしよ」
「しかも二人な」
「まさに地獄だよ」
「どういう場所なんだよ」
「ねえ兄貴」
 子分が臥龍に話す。彼等は今大雨の中働かさせられている。城壁の修復をしているのだ。
 その中で土を担ぎながらだ。前にいる彼に尋ねたのである。
「ここに来てから思ってたんですけれど」
「何だ?」
「あっし等ずっとこのままですかねえ」
 こう彼に言うのだった。
「ひょっとして」
「そうみたいだな」
 臥龍は実に面白くなさそうに述べた。
「どうやらな」
「あの二人の考えじゃですか」
「あの姫様はわからねえよ」
 臥龍は既に董卓に会っていた。彼女には特に悪いものは感じなかった。むしろ非常にいいものを感じていた。しかしなのだった。
「けれどな」
「あの二人はですね」
「キムとジョンか」
 この名前が出て来た。
「あの連中は何なんだろうな」
「あの連中も別の世界から来たそうですけれど」
「時代は違うが俺達と同じ世界みたいだな」
「あっ、そうなんですか」
「どうやらな」
 そうだと言うのだった。
「そうみたいだな」
「そうなんですかい。あっし等と」
「ああ、それでだ」
「それで?」
「手を休めるんじゃねえぞ」
 忠告だった。実際に二人は今もっこを担いでいる。そうしながら話をしているのである。あちらこちらを動き回りながらである。
「それはいいな」
「そうでやすね。若し手を休めれば」
「地獄だからな」
 だからというのだ。
「速攻で鳳凰脚だぞ」
「あれ喰らったら痛いでやすよ」
「だからだよ」
 二人のところに山崎が来た。それで言ってきたのだ。
「いいな、絶対に休むなよ」
「おお、あんたか」
「ああ、新入りわかってるな」
 臥龍に挨拶を返しながらまた言う山崎だった。
「その辺りはな」
「嫌でもわかるさ。初日にやられたからな」
 いきなりであったというのだ。
「いきなりよ。休んでたらよ」
「鳳凰脚だったんだな」
「あの連中容赦って言葉知らねえのかよ」
「ああ、そうさ」
 まさにその通りだというのだった。
「そんな言葉は一切な」
「知らねえか」
「だからやばいんだよ」
 山崎はこう話す。
「あと休憩もな」
「そういえばねえな」
「朝起きて飯食って昼に飯食って」
 スケジュールはそうしたものだった。
「それで晩飯食って寝る前に風呂入ってまでな」
「便所以外にはだよな」
「ああ、強制労働と強制修業だ」
 どっちにしろ強制だった。
「それが普通だからな」
「恐ろしい世界でやんすねえ」
「っていうかよ」
 臥龍は子分に続いて言う。
「あの二人はそれで平気なのかよ」
「そうでやすね。あっし等と同じことをしていて」
「何で平気なんだ?」
「監督までやってるのに」
「あの二人は疲れを知らないんだよ」
 そうだと話す山崎だった。
「そういうことだよ」
「迷惑な話だな」
「全くでやんす」
「だからだ。もう楽しみとかは諦めろ」
 非常に残酷な言葉だった。
「いいな、希望も何もかもな」
「じゃあ生きているだけか」
「酷い話でやんすね」
「俺はもうそんなのは忘れたぜ」
 楽しみという言葉をというのだ。
「チャンもチョイもな」
「あの二人もか」
「そうだよ、忘れたぜ」
 まさにそうだというのである。
「わかったな。そういうことだからな」
「ふう、早く元の世界に戻りたいぜ」
「全くでやんすよ」
「こらっ、そこ!」
「さぼっていてはいけませんよ」
 キムとジョンから怒鳴り声が来た。
「手を休めるな!」
「それは絶対にいけません」
「あの二人千里眼だからな」
 山崎はこんなことも話した。
「何処にいても誰がさぼってるかわかるからな」
「本当に迷惑な奴等だな」
「全くでやんす」
 とにかく彼等もまた強制労働に従事するのだった。それはもう逃れられるものではなかった。まさに地獄と言っていいものだった。
 そんな地獄を見てだ。張遼は華雄に話した。二人で外で飲みながらだ。
「なあ、華雄ちゃん」
「何だ」
「キムとジョンやり過ぎやろ」
 こう彼女に言うのだった。
「あれは」
「私もそう思うがな」
「ああ、やっぱりそうか」
「確かに問題のある連中ばかりだ」
 山賊や盗賊、ゴロツキ達ばかりだ。それは言うまでもなかった。
「だがな」
「朝早く起きて夜遅う寝るまでやさかいな」
「始終労働と修業だからな」
「あれはないやろ」
 こう言うのであった。
「やっぱなあ。うちやったら三日で逃げるで」
「実際に脱走者も多いしな」
「全員捕まっとるけれどな」
 千里眼は伊達ではなかった。
「それで折檻の嵐やさかいな、脱走者の末路は」
「私もあれは勘弁して欲しい」
 華雄もだった。
「絶対にな」
「そうやな。あの二人止められるか?」
「それは無理だな」
 華雄はこのことは断言した。
「絶対にな」
「そうやな。人が言うてもなあ」
「聞く連中ではないな」
「キムもジョンもな」
「それは絶対にない」 
 また断言する華雄だった。
「何があってもだ」
「そうやなあ。月ちゃんも実はな」
「困っておられるしかん」
「あの人は優しいさかい」
 そこが問題だった。董卓はあまりにも心優しい少女なのだ。しかし二人はというとだ。残念ながらまた違った『優しさ』の持ち主なのだ。
「そやからな」
「あそこまでのことはな」
「正直することはないと思うてるんや」
「詠もだしな」
 彼女もだというのだ。
「内政は助かっているがそれでもな」
「やり過ぎやさかいな」
 とにかくこれが問題だった。
「董白ちゃんもやしな。後は」
「あいつか」
「ねねは賛成しとるからな」
 これが問題なのだった。
「しっかりとな」
「あいつはそこが問題だな」
「ほんまやな。恋以外にはきついわ」
「逆に言えば恋には優しい」
「何処までもな」
 それが陳宮なのだった。あくまで呂布に対して一途なのだ。その一途さが彼女にとって長所であり短所であるというのである。
「悪党には容赦するながあの娘の持論やからな」
「ううむ、それはその通りだが」
「それでもあれはな」
「やり過ぎや」
 陳宮の場合はそうなのだった。
「困った話やで」
「全くだ。それでだが」
「ああ。それで?」
「最近この擁州もよおなったけれどな」
 内政面の話だった。
「何か近頃な」
「妙な輩の噂も聞くからな」
「青い服の金髪の男な」
「知っているか?そういう奴は」
「いや、知らん」
 張遼は華雄の言葉に首を横に振って応えた。
「けれどそれでもな」
「怪しいものは感じるな」
「他にも目を髪の毛で隠した派手な服の女とかな」
「何処からか出て来て何処かに消える」
「どういう奴等やろな」
「キム達と同じか?」
 華雄はここでこう言った。
「他の世界から来た者達か」
「多分そやろ」
 張遼はそれは間違いないと見ていた。
「服装の話も聞いたらな」
「そうだな。あちらの世界の服だな」
「けれど。キム達とは何かちゃうな」
「あちらの世界の人間も色々な奴がいるからな」
「ええ奴もおれば悪い奴もおる」
「よくわからない奴もな」
 こうも言う華雄だった。
「いるからな」
「その中には洒落にならん奴もおる」
「そういうことだな。それではな」
「それでは?」
「飲むか」
 微笑んで、であった。華雄はこう張遼に言ってきた。見れば杯を持つその手は止まっていた。それは二人共もであった。
「あらためてな」
「そやな。つまみは」
「これでいい」
 干し肉を刻んだものとそれと木の実だった。
「充分だ」
「酒もこれでええな」
「こうした酒こそ美味い」
「質素なんがか」
「二人ならそれで充分ではないのか?」
 微笑んで言う華雄だった。
「宴なぞしなくともな」
「まあそやな。そやったら」
「飲みなおすぞ」
「ああ、それやったらな」
 張遼は笑顔で応えた。そうしてなのだった。
 二人はのどかな雰囲気の中で飲んでいく。それが今の彼女達だった。
 そしてだ。劉備達はだ。益州の中を進んでいた。
 ここでだ。馬岱が言うのだった。
「お腹空いたね」
「うっ、確かにそうなのだ」
 張飛が彼女の言葉に気付いたように頷く。
「もうすぐお昼なのだ」
「そろそろお弁当食べない?」
 馬岱はここでこう話した。
「もうね」
「そうですね。それじゃあ」
「もう少し行ったら」
 孔明と鳳統も話す。
「何処かに腰を下ろして」
「それでお弁当にしましょう」
「そういえば弁当もな」
 趙雲がふと気付いたようにして言ってきた。
「最近あまり食べていなかったな」
「店に入ったり狩りとかで手に入れたりだったからな」
 馬超も話す。
「弁当ってなかったよな」
「しかしだ。弁当屋というのものだ」
 関羽の言葉だ。
「あれは便利なものだな」
「そうね。お店の外でも食べられるから」
 黄忠も話す。
「適当な場所でね」
「ええ。ただ」
 ここで言ったのは神楽だった。
「ここは中国だけれど」
「それがどうかしたんですか?」
「中国じゃ冷えた御飯は食べないのじゃなかったかしら」
 こう劉備にも言うのである。
「それでも平気なのかしら」
「あれっ、何かおかしいですか?」
 劉備はいぶかしむ顔になった神楽にきょとんとした顔で返す。
「冷えた御飯を食べるのって」
「こっちの世界はいいのかしら」
「そうなんでしょうか」
 ここでミナと月も話す。
「食べ物に関する習慣が私達の世界とは違う」
「そういうことでしょうか」
「少なくとも私達は平気ですよ」
 こう話す劉備だった。
「冷えた御飯でも」
「ううん、そうしたところは違うのね」
 神楽は腕を組んで言った。
「何かご都合的ではあるけれど」
「話を聞けばな」
「そうなのだ」
 ここで関羽と張飛も話す。
「私達の世界の料理は神楽殿のいる世界の私達の時代の料理よりも」
「ずっと進んでいるみたいなのだ」
「ううむ、それもあるしな」
「冷えた御飯も美味しいのだ」
 また冷えた御飯の話にもなる。
「それが食べられないのか」
「それは残念なのだ」
「ただ。変わった食べ方があるんですね」
 劉備は神楽達に話してきた。
「お茶漬けですか」
「あれね」
「あれってあっさりしていて凄く美味しいですよね」
 こう神楽に話すのだった。
「冷えた御飯に漬物とか乗せてそこにあったかいお茶をかけるだけなのに」
「そうでしょ。お湯でもいいでしょ」
「はい、本当に」
「あれはね。中々いいものなのよ」
 神楽は微笑みながら劉備に話す。
「もう簡単に済ませたい時とかね」
「そうですよね、あれはかなり」
「じゃあ今はね」
「はい、お弁当ですね」
「それですね」
 孔明と鳳統がここでまた言ってきた。
「それでしたら」
「あそこはどうでしょうか」
 丁度ここで一行の目の前に岩場が見えてきた。それを指し示してなのだった。
「あそこで皆で座って」
「それでお弁当にしましょう」
「じゃあ私トンカツ弁当ね」
「鈴々はドカベンにするのだ」
 馬岱と張飛が目を輝かせて話す。
「肉餅弁当も捨て難いけれど」
「まずは量なのだ」
「ではだ」
「ああ、あたし達もな」
 趙雲はクールに、馬超は朗らかに話す。
「メンマ弁当を食べるとするか」
「馬の煮付け弁当をな」
「本当に食文化はかなり進んでるわね」
 神楽はこのことをあらためて認識した。
「この世界のこの国は」
「そうみたいね」
 黄忠も彼女の言葉に頷く。
「今まで自覚していなかったけれどね」
「まあとにかく私もね」
 神楽もだというのだ。自分でだ。
「お弁当にさせてもらうわ」
「そうだな。それではな」
「皆で食べましょう」
 関羽と劉備も笑顔で言う。そうしてだった。
 一行は岩場に腰を下ろしそこで皆で弁当を開き食べる。それが終わってだ。
 少し休息を取った後でまた歩きはじめた。そこでだった。
 馬岱がここでミナと月に言うのだった。
「あのですね」
「ええ」
「どうしたんですか?」
「さっきのおやつですけれど」
 彼女が今言うのはこのことだった。
「お団子どうでした?」
「ああ、あれね」
「美味しかったですよ」
 二人は笑顔で馬岱の問いに答えた。
「あっさりとした甘さでね」
「よかったですよ」
「そうですか。それじゃあ」
 馬岱もそれを聞いてだった。懐から団子を出したのだった。
 そしてそれを食べようとする。しかしここで、であった。
「!?」
「殺気!?」
「これって」
 劉備に孔明、鳳統以外の面々が一斉に身構えた。当然馬岱もだ。右手に槍を構え左手に団子を持ったままで、である。
 そうしてだ。彼女はその姿勢で言うのだった。
「何か凄い殺気だけれど」
「これはな」
「相当な奴が来たみたいだな」
 趙雲と馬超も言う。彼女達は戦えない劉備達を囲んで円陣を組んで警戒している。
 そしてそこに、であった。
「ひえええええええええーーーーーーーーーっ!!」
「んっ、あれは」
「何だ!?」
「鳥!?いや違う」
「人だ!」
 あの巨大な太った男が飛んで来てだった。
 一行の方に来る。それを見てだ。
「危ない!」
「逃げろ!」
 皆一斉にその場から飛び散る。そこに男が落ちたのだ。
 土埃があがる。だがそれが消えた時にだ。
 男は上半身を地面に突き刺してだ。足だけを出していたのだった。
「こいつまた見たのだ」
「そうね」
 ミナが張飛の言葉に頷く。
「あちこちにいるわね」
「一体どういう奴なのだ?」
「この男がいるということは」
 黄忠もその男を見て言う。
「後の二人もいるわね」
「あれではないのか?」
 関羽が上を指差した。するとそこからだった。
 残る二人も飛んで来てだ。墜落するのだった。
 一行はそれもかわした。そして再び足が地面から出ることになった。
 それを見てだ。月が言う。
「この人達はどうしてここに」
「そうですよね。どうしてでしょうか」
 劉備も首を傾げながらだった。
「空から降って来るなんて」
「普通ないですよね」
「だから普通ではないな」
 関羽がいぶかしながら述べた。
「これはな」
「そうですよね・・・・・・あっ」
 ここで馬岱は足元を見て驚いたような声をあげた。
「しまった!」
「どうした?蒲公英」
「お、お団子が」
 泣きそうな声で従姉に話す。
「落としちゃったのよ」
「ああ、そりゃまずったな」
「うう、折角今から食べようと思ったのに」
「残念なことだな。しかし」
 趙雲も言う。
「今一番考えるべきことはだ」
「はい、この人達が飛んできたことです」
「それです」
 軍師二人もこの考えだった。
「本当に普通はないですから」
「ですから」
「これは何故起こったか」
「それが問題なのですけれど」
「それは簡単なのだ」
 ここで言うのは張飛だった。
「この連中は誰かにぶっ飛ばされたのだ」
「ううん、そうですね」
「多分それです」
 二人の軍師もこう言うのだった。
「この人達と同じ顔の人達っていつも悪いことしてますから」
「それでまたなんでしょうね」
「それしかないのだ」
 また言う張飛だった。
「だから近くにぶっ飛ばした奴がいるのだ」
「じゃあそいつね」
 馬岱は張飛の話を最後まで聞いて言った。
「そいつが私のお団子を落としたのね」
「言うのはそれかよ」
 馬超が従妹に突っ込みを入れる。
「何か器が小せえな」
「食べ物の恨みは恐ろしいのよ」
 こう従姉に言い返す従妹だった。
「だからよ」
「まあそれはそうだけれどな」
 馬超もそのことは認めた。
「しかし。それじゃあな」
「いや、蒲公英に同意する」
 今度は趙雲が話す。
「私とてメンマをそうされたらだ」
「切れるもんな、毎度毎度」
「そうだ、だからこの場合は蒲公英が正しい」
 そうだというのである。
「私はそう思うがな」
「ううん、やっぱりそうなるか?」
「それでだ。問題はだ」
「そうよ。近くにいるのは間違いないわよね」
 馬岱は孔明と鳳統に対して問うた。目の光が強い。
「そうよね、やっぱり」
「こんな大きい人達そんなに吹き飛ばせませんから」
「それを考えましたら」
 二人は常識から馬岱に話した。
「やっぱり」
「そうなります」
「わかったわ。じゃあ何処にいるのよ」
 二人の言葉を受けてすぐに周りを見回す。
「やい!私のお団子を取った奴は!」
「団子なぞ知るか!」 
 ここでだ。中性的な、それでいてすぐに女のものとわかる声が返ってきた。
「私は団子なぞ取ってはいないぞ!」
「あら、貴女は」
 黄忠が彼女の姿を見た。黒いショートヘアでその前髪の一部を白くさせている精悍で何処か男に近いものを思わせる顔立ちをしている。狼を思わせるものである。目の光はルビーの色だ。
 黒い袖のない上着は襟を立てており白い下の服が露わになっている。胸が実に目立つ。下は半ズボンでそこの上に前が開いたスカートを着けている。その手には巨大な金棒がある。
 その金棒を見てだ。ミナが呟いた。
「鬼ね」
「ええ、そうね」
「確かにそれですね」
 神楽と月も彼女の言葉に同意して頷く。
「あの金棒はね」
「まさに鬼のものですね」
「あれで三人を吹き飛ばしたのだな」
 関羽がその彼女と金棒を見て目を鋭くさせる。
「力はかなりのものだな」
「それだけじゃないわね」
 黄忠もその目を鋭くさせている。
「身体つきを見ると」
「そうだな、身のこなしもかなりのものだ」
 関羽はまた言った。
「あの女、かなりの者だな」
「ええ、間違いないわ」
「あんたね!」
 馬岱が女に対して問うた。
「あんたが私のお団子を」
「何だ、それは」
 しかしだった。女はいぶかしむ顔になって馬岱に問い返す。
「団子?私は団子なんか取っていないぞ」
「さっき私が食べようとしていた団子よ」
「御前とは今会ったばかりだぞ」
「それでもよ。あの三人よ」
「ああ、あの連中か」
 女はいつもの三人のことを言われると納得した顔になって頷いたのだった。
「あいつ等か」
「そうよ、あの連中ぶっ飛ばしたじゃない」
「いつも喧嘩を売ってくるからやり返しただけだ」
 そうだというのであった。
「それだけだ。いつものことだ」
「そのいつものことでね」
「団子か」
「そうよ、落としたのよ」
 その団子を指差す。みたらしで三個串に連なって刺さっている。それを指差して言う馬岱だった。
「あんたのせいでね」
「だからそんなこと私が知るか」
「あんたのせいよ」
 まだ言う馬岱だった。
「あんたがね。あの連中を考えなしにぶっ飛ばしたから」
「だから何度も言うがな」
「いいえ、あんたのせいよ」
「私が知るものか」
「あんたのせいよ」
「知るかっ」
「まだ否定するのね」
 いい加減頭にきてだ。馬岱はその手の槍を構えた。
 するとだ。女も構えるのだった。
「ううむ、下らぬことで争うものだな」
「そうね」
 神楽が関羽のその言葉に頷く。
「これはね」
「しかし。こうなったらだ」
 関羽は呆れながらさらに言う。
「どちらも引かないだろう」
「徹底的にってことね」
「やらせるしかない」
「あの、それって」
 しかしここでだ。劉備が困った顔で話に加わってきた。
「何の解決にもならないんじゃ」
「それはそうなのだが」
「今は仕方ないわ」
 その劉備にこう返す二人だった。
「姉者の気持ちもわかるがだ」
「ここは蒲公英ちゃんにやらせましょう」
「そんなのよくないです」
 それでもまだ戦いを避けようとする劉備だった。それでだ。
 女に対してだ。こう言うのであった。
「あのですね」
「んっ!?」
「ここは収めてくれないでしょうか」
 こう女に対して言う。
「どうか。ここは」
「えっ、貴女は」
「私は?」
「はい、貴女は」
 戸惑った声になっていた。
「何と・・・・・・」
「あの、私に何か」
「いえ、貴女はそれで」
「はい、喧嘩を止めて下さい」
 女に対して切実に話す。
「どうかここは」
「は、はい」
 劉備に言われるとだ。女は急に大人しくなった。
 それで金棒を収めてだ。あらためて言うのであった。
「それでは」
「それじゃあ馬岱ちゃんも」
「ああ、蒲公英でいいわよ」
 馬岱は自分の真名を呼ぶことをよしとしたのだった。
「それはね」
「あっ、そうなの」
「私も桃香さんって呼びたいし」
 こう劉備に言うのあった。
「だからね」
「それでなのね」
「そう、だから蒲公英って呼んでね」
「ええ。じゃあ蒲公英ちゃん」
 実際に真名で呼んでみた。
「ここはね」
「仕方ないわね。桃香さんが言うのならね」
 馬岱もここで劉備に応えた。
「それじゃあね」
「ええ。それじゃあここはね」
「貴女がそう仰るのなら」
 また応える女だった。馬岱より彼女の方がだった。
「それでは私は」
「あれっ、あの人って」
「うん、何か」
 最初に気付いたのは孔明と鳳統だった。
「劉備さんが言われると」
「急に態度が変わって」
「何かあるのだ?」
 張飛も薄々気付いた。
「これは」
「何ていうのでしょうか。劉備さんを見る目が」
「初対面の相手とは思えないです」
「いやいや、あれは初対面の相手のものだぞ」
 だが、だった。趙雲は楽しげに話すのだった。
「明らかにな」
「どういうことだ、それは」
「意味がわからないんだけれどよ」
 関羽と馬超は首を傾げさせている。
「初対面なのに熱い眼差しだと」
「それっておかしいだろ」
「あら、そうなのね」
 黄忠はわかったらしく楽しげに微笑む。
「あの娘ったら劉備さんに」
「あのですね」
 劉備はここで黄忠の言葉に応えて言った。
「皆さんこれからは私のことを」
「劉備さんのことを?」
「真名で呼んで下さい。私もそうさせてもらいますから」
「それでいいのね」
「はい。愛紗ちゃん達と姉妹にもなりましたし」
 それもあるというのである。
「ですから」
「わかったわ。それじゃあね」
 黄忠が穏やかに微笑んで頷いたのがであった。一行も劉備とお互いに真名で呼び合うことになったのだった。
 そしてであった。とりあえず馬岱と女の喧嘩は起こらずに済んだ。しかしであった。
 一行はとりあえず茶屋に入った。それで団子を食べるのだった。
「ふん」
「ふん」
 女と馬岱は同じ席に着いてもだった。互いに顔を背け合う。馬岱のその手には団子がある。しかも五本も六本もあった。
 それをまとめて食べながらだ。彼女は言うのだった。
「まあさ」
「何だ?」
 女は顔を背けさせたまま馬岱に応える。
「一体」
「お団子弁償してくれたのはいいわ」
「そうか」
「それは許してあげる」
 こう言う馬岱だった。彼女も同じだ。
「ただね」
「今度は何だ」
「私あんたのこと嫌いだから」
 団子を食べながらの言葉である。
「それは言っておくから」
「安心しろ、私もだ」
「そうなの」
「そうだ、大嫌いだ」
「私もあんたのこと大嫌いよ」
 これがお互いの言葉だった。そしてだ。
 女は馬岱から顔を背けさせたままだ。自分の隣にいる劉備を見る。するとだった。
 熱い目になってだ。彼女に問うのであった。
「あのですね」
「はい?」
「貴女のお名前は」
 いささかおどおどとした調子で尋ねる。
「何とおっしゃるのですか」
「はい、劉備ですけれど」
 劉備は女に顔を向けて答える。
「字は玄徳といいます」
「そうですか。劉備殿ですね」
「はい、そうです」
「私の名前は魏延といいます」
 女の方も名乗ったのだった。
「字は文長といいます」
「そうですか。魏延さんですか」
「はい」
 熱い声で劉備に応える魏延だった。
「宜しく御願いします」
「はい。こちらこそ宜しく御願いします」
「それで劉備殿は」
 魏延は劉備に対してさらに問う。その熱い声でだ。
「どうしてここに」
「はい、実はですね」
 劉備はその事情を細かく話す。するとだった。
 魏延はその身体を乗り出してだ。彼女にさらに言ってきた。
「あの、それではです」
「それでは?」
「どうか南蛮まで私を。いえ」
「いえ?」
「これからもずっと私を」
「魏延さんをですか」
「はい、どうか同行させて下さい」
 こう申し出るのだった。
「御願いできますか」
「あの、魏延さんはまさか」
「はい、今は浪人です」
 そうだというのである。
「少し前まで劉表殿のところにいたのですが」
「ああ、あの人ですか」
「袁術さんの前の牧だった」
 孔明と鳳統がここで話す。
「もうお亡くなりになられましたけれど」
「それで袁術さんが来られて」
「袁術殿は何分非常に癖のある方なので」
 つまり合わないというのである。
「ですから去りです」
「去りですか」
「はい、それで益州で武者修行をしていました」
 そうだったというのである。それが魏延のこれまでのことだった。
「しかしここで」
「ここで?」
「貴女に御会いできました」
 また熱い顔で語る魏延だった。
「劉備殿に」
「むっ、これは」
「ああ、間違いないな」
 ここで関羽と馬超もようやくわかったのだった。
「この者、姉者にだ」
「ベタ惚れだな」
「そういう趣味だったのだ」
 張飛も納得した顔になる。
「ううん、そういえばかなり凄い惚れ方なのだ」
「そうですよね。あの人って」
「もう桃香さんに」
 二人の軍師もここで話していく。
「惚れ込んでますよね」
「何もかもが」
「あの、それでなのです」
 魏延は一直線に劉備に話していく。
 やがてその両手を取ってだ。さらに言うのだった。
「いいでしょうか」
「あっ、はい」
 劉備はむべもなく頷く。
「私達も旅は多い方がいいですし」
「おやおや、桃香殿はこう仰っているがだ」
 趙雲はそんな魏延を見て楽しそうに笑っている。
「果たしてどうなるかな」
「反対か?星は」
「いや、大賛成だ」
 こう関羽にも返す。
「是非来てもらいたい」
「是非か」
「面白いことになった」
 またこう言うのであった。
「実にな」
「悪趣味ではないか?そういう楽しみ方は」
「そうか?」
「そうだ。どうもな」
「けれどまあそうだよな」
 馬超も己のことを話す。
「仲間が多い方がいいのは確かだしな」
「そうなのだ」
 張飛も馬超の言葉に頷く。
「やっぱり多い方がいいのだ」
「そうだよな。それじゃあな」
「鈴々は賛成なのだ」
「私もね」
 神楽も微笑んで言う。
「それでいいわ」
「他の者はどうだ?」
 趙雲は他の面々に顔を向けて尋ねた。
「この魏延、仲間に加えていいか」
「ええ、いいわ」
「是非ね」
「来て下さい」
 まずは黄忠にミナ、月が頷く。そして孔明と鳳統もだった。
「私もです」
「私も」
「さて、それではだ」
 趙雲は最後の一人に顔を向けて問うた。
「御主はどうなのだ?」
「私?」
「そうだ、御主だ」
 彼女に顔を向けて問う。
「それでどうなのだ?」
「皆が賛成するから仕方ないじゃない」
 一応これを理由にするのだった。
「そうでしょ?結局は」
「よし、話は決まったな」
 馬岱の言葉を受けてだ。趙雲は微笑んで話すのだった。
「それではだ。桃香殿」
「はい」
「魏延と共にな」
「一緒にですね」
「そうだ。それでだ」
 趙雲は今度は魏延に顔を向けて問うた。
「魏延よ」
「はい」
「これからも宜しくな」
「う、うむ」 
 その言葉に応えて頷く魏延だった。これで彼女は劉備達と共に旅をすることになった。
 そうして旅に入る。ここでだった。
 その魏延がだ。一行に話すのだった。
「ここから先には」
「先には?」
「私の知己の方がおられます」
 こう話すのだった。特に劉備を見ながら。
「そこに行かれますか」
「あっ、そういえば」
 黄忠も魏延の言葉に何かを思い出したようであった。ふとしか感じで言うのだった。
「もう少ししたら巴蜀だけれど」
「そこに何かあるんですか?」
「あそこの太守は厳顔だったわね」
 この名前を出すのだった。
「彼女がいたわね」
「はい、その厳顔殿です」
 魏延も黄忠の言葉に応えて話す。
「あの方がおられます」
「懐かしいわね。どうしているかしら」
「元気です。ただ」
「ただ?」
「近々太守を辞められるそうです」
 魏延はこう黄忠に話すのだった。
「何やら思うところがあるらしく」
「それでなの」
「郡は然るべき者に任せて」
 それでだとも話すのだった。
「そうしてです」
「成程ね。それじゃあね」
「あの方も私達の仲間に加えてはどうでしょうか」
 魏延はまた一行に話した。
「非常に腕が立ち人望もある方ですから」
「そんなに立派な方なんですか」
「ええ、そうよ」
 黄忠が劉備に答える。
「丁度浪人になるし声をかけてもね」
「いいんですね」
「相手の立場にはこだわらないし」
 そういう人物であるとも話された。
「だからね。いいと思うわ」
「わかりました。それじゃあ」
 そこまで聞いてだった。劉備はあらためて頷いた。
 こうして一行はそのまま巴蜀に向かうことになった。その中でだった。
 魏延は馬岱と隣同士になる。するとすぐにだった。
「ふんっ」
「ふんっ」
 顔を背け合う。お互いにだった。
「何故御前と一緒なんだ」
「それはこっちの台詞よ」
「それだけが不愉快だ」
「そうね。それは同意するわ」
「ううむ、この二人は」
「どうしようもねえな」
 関羽と馬超はそんな彼等を見て苦笑いになっていた。
「こういうのを言うのだろうな」
「犬猿の仲ってな」
「ほう、間違えなかったな」
 趙雲がここで馬超に突っ込みを入れた。
「犬猿の仲と言ったな」
「そうだけれどよ。おかしいか?」
「御主は何かと言い間違えるからな」
「あたしだって勉強はするさ」
 それはだというのだった。
「それはな。鈴々と違ってな」
「どうしてそこで鈴々なのだ」
「いや、あたしと頭は似たものだからな」
「確かに頭はよくないかも知れないのだ」
 自分でもいささか認めるところではあった。
「しかしそれでもなのだ」
「それでも?どうしたんだよ」
「腕は立つのだ」
 それはだというのだった。
「そっちでは翠に負けないのだ」
「いいや、あたしの方が強いぞ」
「鈴々の方が強いのだ」
「あたしだっての」
 お互いに言いはじめた。ここでも不毛なやり取りになる。
 しかしだった。馬超は切り札を出したのだった。
「これだけは負けないぞ」
「何がなのだ?」
「胸だよ、胸」
 自分の胸を左手の親指で指し示して話す。
「それは負けないからな」
「うっ、それはなのだ」
「見ろ、この胸」
 怯む張飛に指し示してみせる。その胸は上下に揺れてさえいる。身体を動かせばそれだけで揺れるまでの胸だったのだ。
「どうだよ」
「うう、そこでそれを出すのだ」
「幾らでも出すぞ。どうだよ」
「いいや、それでもなのだ」
「それでも。何かあるのかよ」
「志では負けないのだ」
 今度言うのはこのことだった。
「鈴々の志は。誰にも負けない位大きいのだ」
「大きいっていうんだな」
「そうだ、大きいのだ」
 今度は張飛が胸を張って言い切る。
「それは胸を張って言えるのだ」
「あたしだってな」
「翠はどういった志なのだ」
「決まってるだろ、天下に平和を取り戻すんだよ」
 それを言うのであった。
「それしかないだろ、やっぱり」
「それは同じなのだ」
「そうだな。それは同じだな」
「だからこれからもなのだ」
「どうするんだよ」
「たっぷりと食べるのだ」
 そうするというのである。
「あの許緒に負けない位食べるのだ」
「あいつは凄かったな」
 それは確かにだと。頷いて応える馬超だった。
「何処まで食うのかって言う位だったな」
「全くなのだ。今度会ったら絶対に勝つのだ」
「ああ、絶対に勝とうぜ」
「そうするのだ」
 何故か話の展開はそちらになった。だが志があるのは確かだった。
 とにかくそんなことを話しながら先に進んでいく。そしてその許昌ではだ。
 崇雷がだ。許緒に対して尋ねていた。彼女の前には巨大な丼がありそこにラーメンやチャーシューや葱がこれでもかと入っていた。
 彼女はそれを満足した顔で食べている。その彼女に問うていた。
「どうだ?美味いか?」
「うん、美味しいよ」
 笑顔で答える彼女だった。箸がひっきりなしに動いている。
「とてもね」
「量はどうだ?」
「もう一杯あるかな」
「ああ、あるぞ」
 それは大丈夫だというのだった。
「安心しろ」
「そう。じゃあもう一杯ね」
「食べたらすぐに出すからな」
「うん。崇雷ってそれにしても」
「それにしても。何だ?」
「料理上手いんだね」
 彼女が言うのはこのことだった。
「技だけじゃなくて」
「料理には自信がある」 
 実際にそうだと話す彼だった。
「将来は店を持つのが夢だ」
「うん、崇雷だったら大丈夫だよ」
「まずは屋台からだな」
「そこからなんだ」
「弟と二人でやるつもりだ」
「崇秀とだね」
「それでいいな」
 見れば隣にその彼がいた。そうして話を振るのだった。
「二人でな」
「わかってるよ、兄さん」
 崇秀も微笑んで応える。
「それじゃあね」
「四川料理をメインでいくか」
 崇秀の好みを考えての言葉だった。
「そうするか」
「いや、むしろ」
「むしろか」
「広東料理の方がいいかな」
 それがいいというのである。
「むしろね」
「そちらか」
「広東料理の方が人気があるしね」
 それでだというのである。実際に彼等の生きている時代の中国では広東料理の方が人気がある。それでこう話をするのだった。
「だからそれにしよう」
「そうか、わかった」
 崇雷は弟の言葉に頷いた。
「ならそうするか」
「うん。ところで兄さん」
 今度は弟の方から兄に問うた。
「今のラーメンだけれど」
「これか」
「うん、そのラーメンはスープは何かな」
「トリガラだ」
 それだというのである。
「それで味付けは醤油だ」
「広東じゃないね」
「オーソドックスなものにした」
 そうしたラーメンだというのであった。それでだ。
 許緒にだ。あらためて問うのだった。
「それでいいな」
「美味しかったら何でもいいよ」
 これが彼女の返答だった。
「それでね」
「広東でも四川でもいいんだな」
「いいよ。美味しかったらね」
 笑顔でまた言うのであった。
「それでいいよ。それでね」
「それでか」
「もう一杯ね」
 ここでだった。全て食べ終えたのだった。スープまで全てだ。
「おかわり頂戴」
「よし、これだ」
 まさにすぐだった。彼女の前にもう一つ巨大な丼を出したのだった。
「ラーメンはかえたぞ」
「今度は何ラーメンなの?」
「豚骨ラーメンだ」
 見ればだ。スープが白かった。さっきのラーメンのスープは黒っぽく透明感のあるものだったが今度は違っていたのである。
「これでどうだ」
「うわあ、こっちも美味しそうだね」
「さあ、食え」
 崇雷はにやりと笑って言った。
「これもな」
「うん、じゃあ早速ね」
 こう話してだった。許緒はその豚骨ラーメンも食べはじめるのだった。その中であることに気付いた。
 ラーメンの中にだ。あるものが入っていたのである。
「あっ、これって」
「紅生姜だがな」
「それも入れたんだ」
「豚骨ラーメンにはそれだからな」
「これって中国じゃなくて日本の薬味だよね」
「実際に日本風のラーメンだがな」
「さっきのは中国ので?」
 こう崇雷に対して言う。
「それで今度はこれなんだ」
「ああ、日本のラーメンだ」
 また話す彼だった。
「そっちも食べてみるといい」
「うん、じゃあね」
 実際に食べてみる。その感想は。
「こっちのラーメンも美味しいね」
「そうだろうな。美味いように作った」
 自信に満ちた言葉だった。
「少なくともまずい料理を作るつもりはない」
「まずい料理はなんだ」
「時々そういう料理しか作れない奴もいるがな」
「うん、夏蘭さんのお料理って凄いからね」
「あいつはそもそも戦い以外にできるのか?」
 いぶかしむ顔で言う崇雷だった。
「できないだろ」
「ううん、からくり作るのは上手だけれど」
「ああ、あれですね」
 崇秀が今の許緒の言葉に顔を向けて言った。
「あのからくり曹操さんですね」
「手先は器用なんだよ」
「意外ですね」
 崇秀はふと毒のある微笑みを見せた。
「あの人に器用さが備わっているとは」
「待て待て待て!」
 ここでだった。本人が出て来た。
「崇秀!今何を言った!」
「あっ、おられたのですか」
「何か私の話をしているような気がしてな」
 腕を組んでこう話す彼女だった。
「それで来たのだが」
「耳はいいのですね」
「そうだ。私の身体は万全だ」
「身体はいいのですが」
「だから何が言いたいのだ」 
 夏侯惇はむっとした顔で崇秀に問い返す。
「引っ掛かる物言いだがな」
「そうでしょうか」
「私は確かに智略は苦手だ」
 それは自分でもわかっていることだった。
「しかしだ」
「しかし?」
「それでも華琳様を想う気持ちは誰にも負けない」
「いやいや、姉者。私もいるぞ」
 今度は夏侯淵が出て来た。
「勝てないにしても負けはしないぞ」
「むっ、そうだったな」
「そうだ。忘れてもらっては困る」
「済まない、それに夏瞬や冬瞬もいたな」
「我等の想う気持ちの強さは同じだぞ」
「そうだったな。済まない」
 それは謝る彼女だった。しかしだった。
 そのうえでだ。また崇秀に話すのだった。
「崇秀、御主はどうもだ」
「私が何か」
「何かと毒を見せるな」
「悪気はありませんよ」
「いや、あるだろう」
 夏侯惇の言う通りだった。
「それもしっかりとな」
「そう思われますか」
「大人しそうな顔をしてな」
 こうも言う夏侯惇だった。
「全く。油断も隙もない」
「そうだな。崇秀の悪いところだ」
 夏侯淵は彼にこう告げた。
「そこはだ」
「気をつけてはいます」
「そうならいいがな。しかし」
 ここでまた言う夏侯淵だった。今度はだ。
「姉者もな」
「私もか」
「少しは料理を身に着けるのもいいかも知れないな」
 こう姉に話すのだった。
「そう思うがな」
「料理か」
「それはどうだ?」
 あらためて姉に問う。
「料理も少しはだ」
「ううむ、どうもな」
「どうもか」
「私はそういうのは苦手なのだ」
 夏侯惇はその顔に珍しく困惑した顔を見せていた。
「女らしいことはな。昔からな」
「いや、料理はあれだぞ」
 崇雷の言葉だ。
「経験だ」
「経験だというのか」
「そうだ、経験が大事だぞ」
 そうだというのである。
「とにかく何でも何度も作ることだ」
「そうすればいいのか」
「ああ。よかったら何か作ってみるか?」
「ううむ、最初は何から作るか」
「いや、待て」
 夏侯淵はすぐに姉を止めてきた。
「考えてみればそれは危険だ」
「危険だというのか?」
「私も一緒にいよう」
 そしてこう言うのだった。
「私もだ。一緒に料理をしよう」
「秋蘭もか」
「そうだ、そうする」
 切実な言葉であった。
「それでいいか」
「俺はいい」
 崇雷に反対する理由はなかった。だからいいとしたのだった。
「それはな」
「そうか。それならな」
「では三人でだな」
「では私はです」
 笑いながら話す崇秀だった。
「兄さんと秋蘭さんのお料理を待たせてもらいます」
「おい、私ではないのか」
「それは遠慮します」
 今度の顔は笑ってはいなかった。
「絶対にです」
「何故だ」
「食べたら死ぬからです」
 だからだというのであった。
「ですからそれは」
「失礼な奴だな、本当に」
「いや、それは当然だろう」
 また言う妹だった。
「姉者、今まで料理をしたことはあるか?」
「いや、ないが」
「そうだ。だからだ」
「華琳様のお料理は食べたことがある」
 話がかなりずれてしまってきていた。
「それでは駄目か」
「それとこれとは話が別ではないのか?」
 夏侯淵はいぶかしむ目で姉に返した。
「食べるのと料理はだ」
「全然違うぞ」
 崇雷も言う。
「全くな」
「そうなのか?同じではないのか?」
「いや、違うからな」
「姉者、それはわかってくれ」
「全くです」
 三人で攻撃を浴びせるのだった。
「まあとにかくだ」
「姉者、一緒に作ろう」
「待ってますので」
 こうしてだった。とりあえず三人で料理をすることになった。そしてであった。
 崇秀はだ。豚骨ラーメンを食べ終えた許緒に対して問うのであった。彼女の隣に座ってだ。
「まだ食べられますね」
「うん、いけるよ」
 笑顔で応える許緒だった。
「充分ね」
「そうですか。では私もです」
「一緒に待つのね」
「そうさせてもらいます」
「春蘭様のお料理かあ」
「召し上がられたことはありませんね」
「ないよ。さっき春蘭様も仰ってたけれど」
 こう正直に話す彼女だった。
「全然ね。ないよ」
「はじめてのお料理ですか」
「壮絶らしいけれど」
「ですから。夏侯惇さんのお料理はです」
 どうかというとなのだった。
「召し上がらないということで」
「そうするんだね」
「まだ死にたくはないですね」
 毒舌はここでも健在だった。
「そういうことです」
「それでなのね」
「はい、それでは今から」
「待とうね」
「兄さん達のお料理は期待できますね」
「そうそう、そっちはね」
「残念なことはです」
 ここでこんなことも言う崇秀だった。
「典韋さんがおられないことです」
「流琉ちゃん今陳留に行かれてますからね」
「だから仕方ないんだよね」
「はい、お仕事ですから仕方ありませんが」
「ううん、それでもね」
「はい、それでも残念なものは残念です」
 とにかくそうだというのであった。
「あの人のお料理も美味しいですから」
「元々料理人だしね」
「勿論曹操さんのお料理もいいですが」
 彼女のもだというのだ。
「それでも典韋さんもです」
「今度食べようね」
「そうしよう」
 こう話してだった。彼等は今は料理を待つのだった。そしてであった。
 厨房ではだ。死闘が展開されていた。
「・・・・・・おい」
「何だ?」
「包丁を逆手に持つか」
「駄目なのか?それは」
「問題外だろうが」
 こう夏侯惇に言う崇雷だった。
「幾ら何でもな」
「幾ら何でもか?」
「普通はしないぞ」
「しかし刃物だろう?」
「刃物でも料理だぞ」
 こう言うのであった。
「それはないぞ」
「そうなのか」
「そうだ。そこからか」
 崇雷は呆れてしまっていた。
「全く。どうなのだ」
「どうなのかと言われてもだ」
「言われても?」
「包丁を握るのははじめてだぞ」
 珍しく困った顔になっている彼女だった。
「それでどうしろと」
「あんた本当に女か?」
 ついつい言ってしまった崇雷だった。
「包丁を今はじめて握ったってな」
「刀ならいつも握っているぞ」
「そういう問題じゃないだろ」
「まあ待て崇雷」
 妹が姉のフォローに来た。
「誰にもはじめてのことはあるではないか」
「しかしな。男でも普通この歳には包丁位握ってるぞ」
「姉者はずっと華琳様を御護りしていたのだ」
「それはあんたもだろ?」
「私以上にだ」
 そうだというのであった。
「だからだ。こうしたこともだ」
「あるっていうのかよ」
「そういうことだ。姉者には姉者の得意なことがある」
「戦うことだな」
「そうだ。それにだ」
「今度は何だよ」
「貴殿も姉者は嫌いではないな」
 微笑んでだ。こう彼に問うたのである。
「それはその通りだな」
「まあ嫌いじゃないけれどな」
 やや婉曲的だが、だ。崇雷もそれは認めた。
「裏表がなくてあっさりとしているしな」
「それが姉者のいいところだ」
 そうだというのである。
「そういうことだ」
「まあとにかくな」
 崇雷は夏侯淵の話を聞きながら述べた。
「俺とあんたでメインでやるぞ」
「うむ、それではな」
「あんたはまああれだ」
「あれとは何だ?」
 夏侯惇は崇雷に問い返した。
「私は何をすればいいんだ」
「素材とか持って来てくれ」
 そうしてくれというのである。
「その都度な。それだけでいいからな」
「包丁は?」
「持たなくていいからな」
 彼にしては歪曲的な表現であった。
「それじゃあな」
「それでは私はそれをするぞ」
「ああ、頼むな」
「ではだ。料理はだ」 
 夏侯淵が崇雷に言う。
「何にする」
「豚バラを煮込むか」
 それだというのであった。
「それと蒸し餃子だな」
「ふむ。では残りの素材を使って炒飯もだな」
「それでいくか」
 こう話してであった。二人で料理を作りはじめた。夏侯惇は結局素材を運ぶだけであった。しかしそれでもなのだった。
「何か厨房から音が聞こえるね」
「夏侯惇さんですね」
 崇秀が許緒に言う。
「あれは。豚肉を落とされましたね」
「何かを落としたまでわかるんだ」
「音でおおよそ」
 それでだというのだ。
「それは許緒さんも同じですね」
「僕は匂いでわかるよ」
 にこりと笑って崇秀に話す。
「それでね」
「それで、ですか」
「そうだよ。崇秀さんは耳だね」
「はい、耳には自信があります」
「僕は鼻ね」
「お互いいいものを持っていますね」
「うん、そうだね」
 崇秀の言葉にまたにこりと笑って話す。
「それじゃあだけれど」
「ここは楽しく待ちましょう」
「それで食べた後だけれど」
「稽古をしますか」
「手加減しないよ」
 にこりと笑った笑顔はそのままだ。純粋な少女の笑みである。
「それでいいよね」
「私も手加減しません」
 崇秀も言うのだった。
「さもないと面白くありませんからね」
「うん、じゃあね」
 こう話してだった。彼等は食事を楽しみに待っていた。その味はよかった。とりあえず夏侯惇も料理をした気になって機嫌はよかった。


第四十五話   完


                         2010・11・18



劉備たちの元にまた新たな仲間が加わったな。
美姫 「魏延ね」
ああ。しかも、これから行く先で更にもう一人加わりそうだし。
美姫 「本当に大所帯じみてきたわね」
だな。他の所、というか菫卓の所は相変わらずって感じだが。
美姫 「ここは寧ろ犯罪者が増えているような」
まあ、実際はそんな事はないんだろうけれどな。
出てくるのが元犯罪者、現被害者みたいな感じの場面が多いからそう感じるんだろうな。
美姫 「かもね。さーて、次はどうなるのかしらね」
次回も待っています。



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