『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』
第四十三話 劉備、妹達を得るのこと
遂にだ。雨が降ってきた。
「来たわね」
「そうね」
孔明と鳳統がその雨を家の中から見ながら話す。
「それじゃあいよいよ」
「来るわね」
「賊がだな」
マルコが二人に後ろから応えてきた。
「来るのだな」
「はい、間違いありません」
「おそらく数日中に」
「わかった」
マルコは二人のその言葉に頷いた。
そうしてだった。彼はあらためて言うのであった。
「それならばだ。極限流空手思う存分使わせてもらおう」
「えっ、今極限流って仰いましたけれど」
「確かに」
二人はマルコの今の言葉にはっとした顔になってだ。そのうえで彼に顔を向けて問い返した。
「マルコさんまさか」
「リョウさんやロバートさんの」
「御二人を知ってるのか?」
「はい、ユリさんも」
「知ってますけれど」
「今あの人達は何処にいるのだ?」
マルコも真剣な面持ちになって二人に問い返す。
「それで。何処になのだ」
「幽州の桃家荘にです」
「私達の本拠地に」
「何と、貴殿等のところにおられたのか」
「はい」
「私はまだそこには入ってませんけれど」
鳳統はそれでも知っているというのである。
「その通りです」
「世界は狭いな」
マルコは話を聞いて思わずこう言ってしまった。
「まさか師匠達までこの世界に来ておられるとはな」
「他にもです」
「ロック=ハワードさんとも御会いしてますけれど」
「おお、ロックもか」
ロックの名前を聞いてだ。マルコの顔が晴れやかなものになった。そのうえでだった。彼は笑顔になってそのうえで言うのだった。
「あいつもか。それは何よりだ」
「他にも大勢の方がこの世界に来られてますし」
「マルコさん達だけではなく」
「やはり何かあるな」
マルコもこのことを確信せざるを得なかった。
「我々がこの世界に来るということはだ」
「そうですね、それは」
「間違いありませんね」
二人もマルコのその言葉に頷く。
「前から思ってましたけれど」
「マルコさんのお話を聞いて余計に思いました」
「そうだな。それでだ」
マルコは二人に応えながら話を変えてきた。
「そろそろというがだ」
「はい、そうです」
「そのことですけれど」
二人も表情を険しいものにさせていた。その人形の様に整った顔がそうなったのである。そのうえでマルコに応えるのだった。
「賊はまず夜に来るでしょう」
「それも雨の時に」
「そうだな」
マルコも二人のその言葉に頷いて返す。
「それは間違いないな」
「夜と雨に紛れてです」
「それで村を攻略しようとしてきます」
二人はそのことは既に読んでいたのだ。そうしてだった。
「しかもそのうえです」
「既に私達が村に来ていることは知っているでしょう」
「俺達もか」
「はい、そうです」
「その通りです」
こうも話す二人だった。
「先日怪しい者を村の近くで見ましたし」
「おそらくは偵察に来たのかと」
「敵も馬鹿ではないか」
マルコはこのことを悟らずにはいられなかった。
そしてだった。彼はまた言うのだった。
「考えているか」
「残念ですが」
「そうして攻めてきます」
「激しい戦いになるな」
マルコもまた悟るのだった。
「この戦いは」
「ですが村は」
「何があろうとも」
「わかっている」
マルコの言葉が強いものになる。
「この戦いはな。負けられはしない」
「村の人達の為にも」
「頑張りましょう」
彼等もまた誓い合うのだった。戦いの時は迫っていた。劉備もまたその中にいてだった。己のその剣をじっと見るのであった。
その彼女にだ。神楽が声をかけた。
「その剣で戦うのね」
「はい」
神楽は劉備のその言葉に対してこくりと頷く。
「私も。戦います」
「激しい戦いになるわよ」
神楽もまた孔明達と同じことを言う。
「下手をすればね」
「死ぬかも知れないですね」
「ええ、わかってると思うけれど」
「わかっています」
劉備は神楽のその言葉にこくりと頷いて返した。
「それは」
「それでもなのね」
「私、逃げないです」
劉備の言葉にもだった。強いものが宿った。
そして鞘から剣を抜くとだ。白銀の光がそこから放たれた。
その光を見ながらだ。彼女はまた言った。
「この剣は我が家に代々伝わるものですけれど」
「けれど?」
「実際にこれで人を斬ったことはないそうです」
「それはないのね」
「はい、ありません」
実際にはそうだというのだった。
「宝剣っていう理由もありますけれど」
「斬ったことはないのね」
「そうなんです。母も言いました」
「お母様もなの」
「この剣は人を斬る為のものではなく」
劉備の言葉は続く。
「この世を乱す存在を払うものだと」
「払う」
「払い、清め、そして封じる」
今度の言葉は三つだった。払うだけではなかった。
「そうするものだと言われました」
「同じね」
劉備のその言葉を聞いてだった。神楽はふと言うのだった。
「それだと」
「神楽さん達とですね」
「ええ。私達三つの家も同じだから」
それは神楽の家だけではないのだった。
「今桃家荘に残っている草薙君にしろ」
「京さんですね」
「彼と。そして」
「八神さんですね」
「彼の家もなの。三つの家はそれぞれオロチと戦う宿命にある家だから」
そのオロチのことはだ。神楽の中から消え去ったことはない。それが彼女をして彼女たらしめている。そこまでのものであるのだ。
「それと同じね」
「そうですね。ただ」
「貴女はオロチは見ていないわね」
「そうした存在はこの世にいるのでしょうか」
劉備はここではこんなことを話した。
「この世界には」
「いるかも知れないわ」
神楽は劉備のその懐疑に返した。
「私達の世界にオロチ達がいたようにね」
「この世界にも」
「感じるものもあるから」
神楽の目にも強いものが宿った。
「だから。それは気をつけておいて」
「そしてですね」
「貴女のその剣は言うならば私達よ」
「神楽さんや京さん達なんですね」
「この世界におけるね」
神楽は真剣だった。心からそう話していた。
「そういうものなのでしょうね」
「では私は」
「貴女の剣はこの戦いだけではないわ」
神楽もまたその白銀の光を見ていた。それはあくまで澄んで清らかだった。その光は幾億の星達を集めたかの如き眩しさだった。
その眩しい光を見てだ。また言う神楽だった。
「これからの。大きなうねりの為にあるのよ」
「うねりですか」
「そう、そのうねりが何かまだわからないけれど」
それでもだというのだ。
「きっとね。その為にね」
「この剣がある」
「それはわかっておいてね。じゃあね」
「はい、次の戦いですね」
「まずはその戦いについて考えましょう」
「わかりました。それじゃあ」
劉備は神楽のその言葉にこくりと頷いた。そうしてだった。
雨が激しく降りだした。それが三日になったその夜だった。
物見櫓からだ。声がしてきた。
「来ました!」
「来たか!」
「遂に!」
関羽達はその言葉に一斉に反応した。
「総員配置につけ!」
「戦いだ!」
「行くぞ!」
「私は櫓に上がります!」
孔明もまた雨の中に飛び出た。そしてだった。
雨に打たれながら周囲にだ。次々に告げるのだった。
「紫苑さんは私と一緒に櫓に上がって下さい!」
「そこから弓をね」
「はい、御願いします」
まずは彼女だった。
「星さんと翠さんは楽進さんと一緒に正門に」
「わかった」
「じゃあ行くぜ」
「わかりました」
三人が一斉に頷く。そうしてだった。
三人も門に向かう。孔明の駆けながらの指示は続く。
「愛紗さんと鈴々ちゃんは東門です」
「そこか」
「わかったのだ」
「李典さんと于禁さんは西門を御願いします」
「ほな凪行ってくるな」
「頑張るのなの」
「わかった」
楽進は真名を呼ばれたうえでそれで彼女達に言葉を返した。
「頼んだぞ」
「ああ、そっちも頑張りわ」
「死んだら許さないの」
こう言い合ってだった。彼女達も戦場に向かう。孔明の指示は続く。
「マルコさん、ホンフゥさん、柳生さんは裏門です」
「うむ!」
「やるっちゃよ!」
「では我々もだな」
「蒲公英ちゃんは遊撃、雛里ちゃんは今から劉備さんと一緒に」
「泉のところね」
「そこに向かって」
二人はそこなのだった。
「そして堤を」
「わかったわ」
鳳統がその言葉に頷く。
「けれど私達だけじゃ」
「ええ。神楽さん、月さん」
孔明はここで二人の名前を呼んだ。
「御二人を御願いします」
「わかったわ」
「それでは」
「最後にミナさんも櫓に御願いします」
「ええ」
孔明は既にびしょ濡れだった。しかしそれには構わなかった。
それは他の者達もだった。最早雨はどうでもよかった。
そのうえでだ。それぞれ配置についてだった。戦いに向かうのだった。
賊達は来た。二百人を超えていた。その先頭にはがっしりとした身体で白と黒の法衣の如き服を着た短い黒髪の男がいたのだった。
賊達がその彼に対して言っていた。
「臥龍兄貴」
「今からですね」
「あの村を」
「おお、そうだ」
臥龍は威勢のいい声で彼等の言葉に応えた。
「占領して俺達の村にするぞ」
「それで村人はどうします?」
「連中は」
「手荒な真似はするんじゃねえぞ」
ここでこう言う彼だった。
「絶対にな」
「それはですかい」
「村を俺達のものにするだけで」
「村人はですか」
「手荒なことはですか」
「そうよ、そうしたことはするな」
それはくれぐれもなのだった。
「わかったな。それはな」
「まあ俺達も食えればいいですしね」
「人を殺したことはないですし」
「手荒な真似もちょっと」
そうした意味ではだ。この者達は根っからの悪人ではなかった。
そしてそれが臥龍も同じなのだった。とんでもなく歯が出てやけに痩せて小柄の禿げた男が横にいるが彼にも言うのであった。
「おい」
「へい兄貴」
「わかってんだろうな」
こうその彼に声をかけるのだった。
「くれぐれもだぞ」
「悪いことはするなってんですね」
「村を手に入れたら毎日畑仕事だ」
つまり真っ当に働くというのである。
「それはいいな」
「へい、わかってやすよ」
子分も彼の言葉に頷く。
「それは」
「ったくよ、何でこんな世界にいきなり来たんだ」
臥龍はここで首を捻りながらぼやいた。
「とりあえずこの連中の頭にはなったがな」
「それでも食うのって大変ですね」
「元の世界じゃそんな心配しなくてよかったんだがな」
「全くですよ」
「食うのはどうとでもなったからな」
お世辞にも奇麗なことはしていなくてもそれでもなのだった。彼等も食べられてはいたのだ。しかしこの世界では、なのであった。
「しかし今はな」
「何もかもがわかりませんしね」
「全くだよ。どうだってんだよ」
臥龍のぼやきは続く。そうしてだった。
村を囲んでだ。一斉に攻めるのだった。
「やれ!」
「合点だ!」
「それなら!」
「叩きのめすだけにしとけよ!」
臥龍はとにかく殺すことは避けるのだった。
「どうしてもって場合は仕方ないがな」
「それでもなんですね」
「殺すことは」
「ここの村人になるんだからな」
だからだというのだった。
「それは止めておけよ」
「へい、わかってやす」
「それは」
「わかってればいいんだよ」
それならばなのだった。臥龍の厳命に従うことにしてだ。彼等は村を攻めはじめた。そうしてその彼等に対してであった。
「紫苑さん、ミナさん」
「ええ、わかったわ」
「それなら」
二人は孔明の言葉に頷く弓を引いた。その弓がだった。
放たれそして賊達を射抜くのだった。
「ぐわっ!」
「うわっ!」
「急所は外しておいたわ」
「それはね」
二人はそれは避けたのだった。
「けれど。それでもね」
「動くことはできないわよ」
まずは二人が賊達を射ていく。そうして数を減らしていくのだった。
そのうえでだ。門に迫る者達はだ。
「来たな」
「ああ!」
趙雲と馬超が言い合う。そしてその手の槍を煌かせてだった。
敵を次から次に叩きのめす。一撃で次々とだった。
「安心しろ、みね打ちだ」
「それでも痛いぞ、覚悟しろ!」
「はあっ!」
楽進は両手を合わせそこから気を放った。それでだった。
賊達を吹き飛ばしていく。正門での戦いもはじまった。
それは四つの門全てで同じだった。戦いはこちらが優勢だった。
だがそれでもだ。賊の数は多く中々決められなかった。孔明はそれを見てだった。
「そろそろですね」
「水ね」
「それをなのね」
「はい、水です」
その通りだとだ。黄忠とミナの言葉に応える。
「それで一気に決めましょう」
「合図は」
ミナが言ってきた。その弓矢に光を込めている。
「これでいいわね」
「それで御願いします」
孔明も彼女のその言葉に頷く。
「今ここで」
「わかったわ。それじゃあ」
「はい」
こうしてだった。光の矢が放たれた。それが泉の方からも見えた。しかしなのだった。
「くっ、この堤は」
「駄目ですね」
神楽と月が困っていた。堤は巨大な岩をそれにしている。李典がそれを使ったのである。しかしその岩がなのだった。
びくともしないのだ。二人のその技をもってしてもだ。
「あまりにも大き過ぎて」
「割れないですね」
「私達の技ですら」
「けれどこのままでは」
「ですがここは」
鳳統も狼狽した声で話す。
「この岩を何としても」
「それはわかっているわ」
「けれどこれは」
「梃子もありませんし」
こんなことも言う鳳統だった。
「やはり割るしか」
「ええ、そうね」
「それしかありませんけれど」
「けれど。どうしたら」
鳳統もだった。ここは困っていた。
その時だ。月はその手に持っている薙刀を高く掲げていた。鳳統はそれを見て困った顔で言ったのだった。
「あわわ、月さんそれは駄目です」
「一体何が?」
「今お空に雷が鳴ってますよね」
「はい、それは」
「雷は金属に落ちます。ですから」
「こうして高く掲げたらですか」
「危険です」
そうだというのである。
「ですからそれは」
「わかりました。それなら」
「さもないと大変なことになります」
鳳統はそのことを恐れていたのだった。
「雷が落ちて」
「そうだったわね」
「ただ」
そしてだった。ここで鳳統は閃いたのだった。
それでだ。劉備を含めた三人に対して話した。
「雷を岩に落とすことができればです」
「岩が割れる」
「そうなりますね」
「はい、いけます」
そうだというのである。
「それをするならですけれど」
「それなら」
月がすぐに名乗り出た。右手にはその薙刀がある。
「この薙刀を岩の上に突き刺して」
「いえ、その薙刀は柄のところが木なので」
「駄目ですか」
「雷が岩に全て伝わりきれないかも知れません」
鳳統はこう言って薙刀は駄目だというのだった。
「申し訳ありませんが」
「そうですか」
「それじゃあ」
月が退けられるとだった。劉備が言うのだった。
「私のこの剣で」
「えっ、けれどそれは」
鳳統は劉備の申し出にはさらに困った顔になった。普段からそうした感じの顔なのだがそれが余計にそうなってしまったのである。
「劉備さんが折角その手に戻された」
「けれど今は村の人達や関羽さん達が」
だからだというのだった。
「そんなこと言ってる場合じゃありません!」
「ですがその剣は」
「剣よりも!」
最早劉備にとって制止は無意味だった。
そしてだった。すぐに動いてなのだった。
岩の上にだ。普段の彼女からは信じられないような身のこなしであがった。そしてそこに剣を一気に突き刺してなのだった。
「これで!」
「劉備さん、すぐに退いて!」
神楽がその劉備に叫ぶ。
「この天候ならすぐに雷が来るわ!」
「は、はい!」
劉備は神楽のその言葉に頷きすぐに飛び退いた。スカートが翻りピンク色のものも丸見えになる。だが今はそれには構わなかった。
そうして飛び退き着地する。やはり普段の彼女からは想像できない身のこなしである。その身のこなしで着地した瞬間だった。
雷が落ちたのだった。剣に。
黄色い光が全てを包んだのは一瞬だった。それが終わるとだ。
岩が瞬く間に割れた。そして砕け散り。
水がそこから溢れ出たのだった。まさに一瞬のことだった。
「これで村が・・・・・・」
劉備は呆然となりながらもほっとしたような顔になってその流れ出る水を見て呟いた。
「救われるわよね」
「はい、ですが」
鳳統はここでも困った顔であった。
「劉備さんの剣は」
「けれど」
それでもだというのだった。
「村の人達がこれで」
「そうですか」
「ええ、これでね」
劉備は微笑んでいた。
「何とかなるわ」
「それでいいんですね」
鳳統はその劉備の顔を見て問うた。
「劉備さんは」
「確かに剣は大事だけれど」
「村の人達の方が」
「それでお母様に怒られるのなら仕方ないわ」
それはいいというのだった。
「それよりもね」
「わかりました」
鳳統は劉備のその言葉に頷いた。そうしてこう言うのだった。
「劉備さんが」
「私が?」
「はい、わかりました」
そうだというのである。
「ですから御願いします」
「有り難う、鳳統ちゃん」
「御礼はいいです」
それはいいという彼女だった。
「それは」
「どうしてなの?それは」
「劉備さんがわかったからです」
何につけてもそれだった。
「ですから」
「それでなのね」
「そうです。それじゃあ」
こうしてだった。このことはよくなった。そしてだった。
村での戦いは進んでいた。関羽もその得物を振り回す。
「てやあーーーーーーーーーーーーーっ!」
「う、うわああっ!」
「だ、駄目だ!」
誰も彼女のその攻撃に敵わない。次々に吹き飛ばされてしまう。
それに戸惑っているがだ。ここで臥龍が出て来た。
「おい、そこのでかい女!」
「何なのだ!」
「いや、手前じゃねえ」
張飛が出て来たか彼女ではないというのだった。
「手前はチビだろうがよ」
「何っ、鈴々がチビというのだ」
「どっからどう見たってそうじゃねえかよ」
臥龍も言い返す。
「違うか?」
「チビって言うななのだ!」
張飛は戦いながらムキになる。
「鈴々は全然チビじゃないののだ!」
「いや、どう見たってチビだよ」
臥龍も引かない。
「違うってのかよ」
「ぬうう、こうなったら容赦しないのだ!」
完全に頭に来た張飛だった。そうしてだった。
その蛇矛を手に臥龍に向かおうとする。しかしだった。
「待て」
「愛紗!?」
「挑まれたのは私だぞ」
呆れた顔で彼女に話す。
「それでどうして御前が行くのだ」
「けれどあいつは鈴々をチビと言ったのだ」
「それでか」
「そうなのだ。だからあいつは絶対にやっつけてやるのだ」
「だから挑まれたのは私だ」
関羽もムキになって言う。
「だからここはだ」
「むむっ、愛紗もどうしてというのだ?」
「そうだ、ここは任せろ」
「うう、わかったのだ」
張飛は憮然とした顔で頷いた。
「そこまで言うのなら。仕方ないのだ」
「御前は門を守っていてくれ」
こう張飛に頼む。
「それでいいな」
「承知したのだ。雑魚は任せるのだ」
「うむ、それではだ」
張飛との話を決めてだった。あらためて臥龍に香を向ける。そうしての言葉だった。
「我が名は関羽!」
「それが手前の名前か!」
「そうだ、字は雲長!」
字も言うのだった。
「覚えていてもらおう」
「そうか。俺の名は臥龍ってんだよ」
彼もまた不敵な笑みと共に名乗ってみせた。
「そのことは覚えておきなよ」
「一応名前は覚えた」
それはだと返す関羽だった。
「しかしだ」
「しかし?」
「貴様はここで倒す!」
彼を見据えて言い切ってもみせた関羽だった。
「それは言っておこう」
「へっ、よく言えるな」
臥龍もまた不敵な笑みで言葉を返す。
「そんなホラがな」
「そうだそうだ」
ここであの子分も横から出て来た。
「兄貴は強いんだぞ。誰よりもな」
「そうだ、手前なんぞに負けるかよ」
「そうか。話は聞いた」
関羽は一応そうだと返しはした。しかしだった。
「では来るがいい」
「じゃあな。行くぜ!」
「来い!」
こうしてだった。お互いに突き進む武器を打ち合わせた。二人の戦いもこれではじまったのだった。
豪雨の中での戦いが続く。しかしその中でだった。
于禁はふとだ。戦っている最中にバランスを崩してしまったのだった。
それを見てだ。賊の一人が槍を突き出してきた。
「隙あり!」
「アホ!させるかい!」
ここで李典が出て来てだった。そのドリル状の槍でその敵を吹き飛ばしたのだった。
「ぐはっ!」
「沙和に手ェ出したらうちが許さんで!」
こう言ってだった。
「友達はやらせるかい!」
「真桜ちゃん・・・・・・」
「もうちょいや!」
于禁にも顔を向けて告げる。
「もうちょっと待ったらや」
「そうね、お水が来るの」
「うち等の勝ちや」
「ええ、わかったわ」
于禁も態勢を立て直す。そうしてだった。
その両手の剣を握りなおしてだ。それでだった。
「やるの!」
「くっ、こいつ!」
「まだ立っているのかよ!」
「女の癖に!」
「女だからって甘く見るななの!」
これが今の于禁の言葉だった。
「私だってやる時にはやるなの!」
「そやで、その髑髏の髪飾りに誓うんや!」
また李典が彼女に言ってきた。李典もその槍で必死に戦っている。彼女達はずぶ濡れになることにも構ってはいなかった。
「曹操様のところに行くってな!」
「うん、わかったの」
于禁も李典のその言葉に頷く。
「曹操様にちなんで付けたこの髑髏のアクセサリー」
「そやろ。曹操様が好きやさかいな」
「あえて選んで付けたからなの」
それでなのだった。彼女がそのアクセサリーをしているのはだ。髪飾りである。
「だからこれに誓って」
「そや、頑張るんや」
「うん、じゃあ真桜ちゃんも」
「うちもやるで!」
こう言ってまた槍を振ってだった。賊を吹き飛ばす。そうして戦っているとだった。
遂に来た。最高の援軍がだ。
「来たぞ」
「ああ、来たな!」
「うん、やったわ!」
趙雲と馬超に馬岱が言う。馬岱は遊撃に来ているのだった。
「これでね」
「水が来ればな」
「賊が吹き飛ばされてな」
「何とかいけるね」
実際に水が来てだ。それで賊達が実際に退けられてだ。戦局が一変したのだった。
賊達は多くが流されていく。それを見てだった。
臥龍もだ。狼狽した顔で言う。
「糞っ、ここはだ」
「兄貴、ここはどうしやす?」
「馬鹿野郎、今退けるか!」
こうムキになって子分に返す。
「ここまで来てな!」
「それじゃあここは」
「ああ、何としてもな!」
「村を占領するんでやすね」
「そうだよ。やってやらあ!」
言いながらまだ関羽と戦うのだった。それはまだ続けていた。
「絶対にな!」
「いいんですね、それで」
「そうだよ。おいでかい女!」
「他に呼び方はないのか?」
関羽は臥龍の言葉にまた言い返す。
「私の名前は関羽というのだが」
「ええと、何て名前だ?」
二回言われてもまだ覚えられないのだった。
「手前の名前は」
「だから関羽だ」
関羽も親切に話しはする。
「いい加減覚えてもらおうか」
「俺は人の名前覚えるのは苦手なんだよ」
「むむっ、鈴々と同じなのだ」
張飛がそれを聞いて言う。彼女は賊達が減っていてかなり楽になっていた。
「それは」
「そういう問題ですか?」
楽進が来ていた。彼女の戦っている場所が楽になったので援軍に来たのである。これは彼女の気遣いによるものであった。
「違うと思いますが」
「違うのだ?」
「おそらくは」
そうではないかと。楽進は張飛に話した。
「そうなのだ」
「とにかくです。今は」
「ケリをつけるのだな」
「はい、そうしましょう」
また張飛に話す。
「ここは」
「雑魚は水でかなり減ったのだ」
「このまま勢いに乗ってです」
「決めるのだ!」
「はい!」
二人で突き進んでなのだった。敵を倒していく。
そしてその時にだった。関羽と臥龍の戦いもだった。決着がつこうとしていたのだった。
蛾龍がだ。前に出た。そして得物を横薙ぎに繰り出す。
「くたばれ!」
「むっ!?」
「これで終わりだぜ!」
「何のっ!」
しかしここでだった。関羽は跳んだ。それでその臥龍の攻撃をかわす。
そこからだった。己の得物を大上段に振り下ろしてだった。彼を打ち据えたのであった。
「ぐわあああっ!」
「勝負ありだな」
関羽もここで言った。
「これでな」
「ぐはあっ・・・・・・」
「安心しろ、みね打ちだ」
前のめりに倒れていく臥龍への言葉だった。言いながら着地していく。
「死にはしない」
「あ、兄貴・・・・・・」
「まだ戦う奴はいるか」
関羽は前に倒れた臥龍を眼下に見据えながら周りに問うた。
「ならばこの関羽雲長が相手をするぞ!」
「お、お頭がやられた!?」
「まさか」
「こんなことになるなんて」
「戦いたくなければ投降しろ!」
関羽はさらに言う。
「今すぐにだ!」
「わ、わかりやした!」
「それじゃあ!」
こうしてだった。残った賊達は投降した。これで深夜の豪雨の中の戦いは終わったのだった。
その翌朝だった。彼女が来たのだった。
「これで全員かいな」
「そうだ」
張遼だった。彼女が兵達を連れて村に来ていたのだ。それで関羽が彼女に応えていたのだ。
「死んだ者はいない」
「へえ、一人もかいな」
「溺れた者も打たれた者もだ」
「殺さんかったんかいな」
「そうだが。そちらの要望を聞いてな」
「ああ、実はこっちはな」
ここで張遼は難しい顔で話すのだった。
「キムとジョンが悪党は一人でも多く更正させたい言うてな」
「それでか」
「そうなんや。難しい注文つけて悪いな」
「いや、それはいいが」
関羽はそれはいいとしたのだった。しかしさらに言うのだった。
「だが」
「だが。何や?」
「随分と変わった注文だな」
それが関羽の言うことだった。
「それは」
「まあな。うちもそう思うわ」
実際にそうだと認める彼女だった。
「けれどあの連中は違ってな」
「更正か」
「それにこだわってるんや」
「ううむ、変わった者達だな」
「そんでその賊共は今や」
「更正させrたれているのか」
「そういうこっちゃ。ずっと修業と肉体労働の日々や」
それを聞いてだ。孔明が言った。
「それって滅茶苦茶辛くないですか?」
「何せ起きてから寝るまでやさかいな」
「鬼ですね」
孔明はそこまで聞いてこう言った。
「それって」
「うちもそう思うで。あれはうちでもあかんわ」
「あいつ等はそういう連中っちゃ」
ホンフゥが忌々しげに言ってきた。
「キムとジョンは。名前聞いただけで悪寒がするっちゃよ」
「お知り合いですか」
「残念ながらそうっちゃよ」
その忌々しげな顔で楽進にも話す。
「あの二人は手前勝手な正義の名の下に悪人を片っ端から捕まえて」
「そうしてですか」
「それから相手が死ぬまで強制労働と修業漬けっちゃよ」
「地獄やないか、それって」
「そうっちゃ、地獄っちゃよ」
李典にもその通りだと返す。
「そんなのおいでもせんっちゃよ」
「そんでこの連中は今からその地獄送りや」
張遼も言う。
「キムもジョンも強いうえに頑固やさかいなあ」
「最悪じゃねえのか?それって」
「私もそう思うの」
馬超と于禁も言う。
「まあ悪事働いたら仕方ないけれどな」
「当然の報いなの」
「それじゃあうちはこの連中擁州に送るわ」
張遼はここでは真面目な顔である。
「ほなな。関羽もあんじょうな」
「うむ、それではな」
「しかし。あれやな」
張遼は帰る時に劉備を見た。そうして言うのだった。
「そこのあんた」
「私ですか?」
「あんたが水を流させたんやってな」
言うのはこのことだった。
「やるやん」
「そうですか?」
「ああ。あんたのほほんってした感じやけど」
それは否定できなかった。誰でもだ。
「それでも頑張ったな。よおやったわ」
「有り難うございます」
「うち月と仲良うやってるけれど」
彼女も董卓のところに馴染んでいた。しかしそれを踏まえて話すのだった。
「それでも。あんたも好きになったで」
「えっ、私をですか」
「そや、だから頑張りや」
満面の笑顔で劉備に話す。
「これからな」
「はい、それじゃあ」
劉備はにこやかに笑って張遼に返す。
「私これからも」
「また会おうな。劉備ちゃん」
最後に名前を告げて別れるのだった。こうして臥龍達強制収容所に送られ楽進達も村に向かうことになった。その時だった。
張飛がだ。楽進達と別れるその分かれ道で寂しげに呟くのだった。
「それにしてもなのだ」
「どないしたんや?」
「劉備殿の剣は残念だったのだ」
彼女が言うのはこのことだった。
「村は助かったけれど剣は」
「そやな。ああなったらな」
李典がここで話すのだった。
「もう南蛮に行ってそこの水に漬けるしかないな」
「南蛮の?」
「水に?」
「そや、南蛮には五つの泉があってな」
李典は劉備達に対して話す。
「そこに全部漬けたら。あらゆる武具が元に戻るんやで」
「それは凄いわね」
黄忠もそれを聞いて言う。
「それで何でも元に戻るなんて」
「そやからそこ行ったらどや?」
李典は右手の人差し指を上にやって話す。
「そないしたら剣かてな」
「そうだな。ここはな」
関羽がその話を聞いて頷いた。
「是非そうするとしよう」
「そないしたらええわ。旅は続くけれどな」
「それは構わないわ」
神楽がそれはいいとした。
「旅が続くのはね」
「そうなの」
「劉備さんの剣が元に戻ることを考えればね」
こう于禁に対しても話す。
「それでいいわ」
「そうですか。それでは」
楽進は彼女達の決意を見た。関羽や神楽達だけでなくだ。他の面々の顔も確かなのを見てそうしてからの言葉だった。
「南蛮までの道中も頑張って下さい」
「有り難うございます。それじゃあ」
「はい、それでは」
笑顔で劉備の言葉に応えてだった。
「また御会いしましょう」
「元気でね」
劉備達も笑顔で別れの挨拶をする。そうして再会を約束してだった。お互いの道を進むのだった。
その南蛮への道中でだった。関羽が劉備に行ってきた。
「劉備殿のしたことは」
「軽率ですよね」
「滅多にできることではない」
劉備の言葉を否定してだ。褒め称えるのだった。
「それはな」
「滅多にですか」
「そうだ。できはしないことだ」
こう言うのであった。
「私にはできないな」
「鈴々もなのだ」
張飛も言ってきた。
「家の宝を捧げるなんてとてもできないのだ」
「あれは咄嗟に」
「それなら余計にだ」
「余計にですか」
「できはしない」
また言う関羽だった。
「劉備殿は凄い。皆の為にそこまでできるのはな」
「関羽さん・・・・・・」
「私は劉備殿に惚れた」
そして言ったのだった。
「その御心にだ」
「鈴々もなのだ」
「ずっと傍にいたくなったが」
「それならですね」
劉備はここで二人に対して言った。右手の人差し指をあげて。
「いい考えがありますけれど」
「いい考え?」
「はい、姉妹になりましょう」
こう言うのであった。
「私達三人で」
「そうだな。それならな」
関羽も劉備のその言葉に頷いた。
「生きる時も死ぬ時もな」
「一緒にですね」
「そうなろう。私達はこれからだ」
「姉妹なのだ」
「じゃあ私は」
ここで三人は少し話し合った。それでわかったことは。
「何っ、劉備殿がか」
「一番年上なのだ」
このことがわかったのだった。関羽はかなり驚いている。
「私の方が年上だと思っていたが」
「違ったのだ」
「私よりもだったか」
「あたしよりもだよ」
趙雲と馬超も話を聞いていて驚いていた。
「まさかな」
「同じ歳でもな」
「そうですね。私そうだったみたいですね」
劉備だけが驚いていなかった。穏やかな顔のままでいる。
「お姉ちゃんだったんですね」
「では私が妹になるのか」
「鈴々もなのだ」
「はい、そうなりますよね」
また言う劉備だった。
「私も驚いてますけれど」
「そうなの?」
劉備の今の言葉に驚いたのは馬岱だった。
「あの、そうは見えないですけれど」
「ううん、驚いてるわよ」
「そうかなあ」
劉備の今の言葉に難しい顔にもなる馬岱だった。
「劉備さんって結構」
「まあそこから先は言うな」
趙雲がそれを止める。
「むしろそういうところがいいのだからな」
「それは確かに」
「鋭い者ばかりでは面白くない」
趙雲はこうも言う。
「劉備殿の様な方もな」
「いてくれてなのね」
「むしろ。こうした方だからこそ」
劉備を見てだ。そして言うのだった。
「傍にいたくなるな」
「そうなんだよなあ。不思議にな」
馬超も話す。
「劉備殿の傍にいると落ち着くんだよな」
「そうですよね。何か劉備さんの為にって」
「自然に思えてきます」
孔明と鳳統も話す。
「曹操さんや孫策さんとはまた違って」
「そうした癒しを感じます」
「じゃあ今からね」
黄忠は優しい笑顔で皆に話した。
「姉妹の契りを結ぶのね」
「そうだな」
「それではなのだ」
まずは関羽と張飛が応えた。
「私達三人の新たな門出だ」
「何処かで宴をするのだ」
「それじゃあですけれど」
劉備がだ。丁度前を指差した。そこには。
「あそこにお店がありますし」
「むっ、凄まじいまでに都合がいいな」
「気付いたらあったのだ」
「ええと、トシちゃん感激って書いてますね」
看板を見ての言葉だった。黒い眼鏡の男と中年の男の顔まで描かれている。
「あそこにしますか?」
「いや、止めておいた方がいいわ」
神楽がそれを止めた。
「あのお店はね」
「駄目なんですか?」
「凄まじく不吉な気配がするわ」
険しい顔での言葉だった。
「だから。あそこは」
「そういえば何かあのお店って」
「そうよね」
孔明と法統は怯えた感じでその店を見ていた。
「前に通っただけで」
「そのまま妖術で連れ込まれそうな」
「前を通るだけでも危険ですね」
月も言った。
「あそこは止めておきましょう」
「そうだな。道を少し変えよう」
「そうするのだ」
関羽と張飛も頷いてだった。その店に行くことは止めたのだった。
道も変える。そこは。
「ここからの方が近いですね」
「そうなります」
孔明と鳳統が地図を拡げて歩きながらそれを見ていた。そのうえで他の面々に対して話をするのだった。
「南蛮にはこちらがです」
「近道ですから」
「じゃあそこでいいわね」
馬岱も笑顔で二人の言葉に応える。
「皆、行こう」
「けれどその前に」
ここぞとばかりに言ってきた劉備だった。
「三人の」
「そうだな。店だな」
「そこで宴を開くのだ」
関羽と張飛も義姉の言葉に頷く。
「まずは姉妹の絆を誓ってだ」
「それからでないと話ははじまらないのだ」
「ええと、何処がいいでしょうか」
店を探す。道中を進みながらだ。
やがて益州への手前の街に入ってだった。そこに店を見つけたのだった。
「ここがいいですね」
「そうだな」
「たっぷりと食べるのだ」
店の名前はだ。何と。
「王将ね」
「どうかしましたか、神楽さん」
「いえ、このお店だけれど」
神楽はその店の看板を見ながら劉備に話す。街には人々が行き交っている。その街の大路にその店があったのである。
「この国のあちこちに同じ名前があるけれど」
「あっ、そういえば」
「確かに」
「今までも何度かこのお店の名前見てきたよな」
「そうよね」
皆ここでこのことに気付いたのだった。
「一族なのでしょうか」
「おそらくは」
「天下一品という名前も時々見るが」
「それと一緒なのか?」
「私の時代の日本にはあるわ」
こう話す神楽だった。
「こうしたお店がね。まあとにかく」
「ここでいいですよね」
劉備は店の看板を見上げながら神楽に尋ねた。白い木の板に黒く大きい文字で王将と書かれていた。それを見ながらなのだった。
「このお店で」
「いいと思うわ」
神楽はそれ自体はいいとしたのだった。
「それじゃあ」
「はい、入りましょう」
「そして三人のだな」
「姉妹の契りを結ぶのだ」
三人で笑顔で言い合ってだった。そのうえで店の中に入り宴を開く。今ここに三人の姉妹が生まれたのだった。これも運命の導きだった。
第四十三話 完
2010・11・11
折角、取り戻した剣だったけれど。
美姫 「らしいと言えばらしい行為よね」
確かにな。でも、その行為を見て関羽と張飛が劉備と姉妹の契りを。
美姫 「桃園の誓いね」
まあ、場所は店の中だったみたいだがな。
美姫 「さて、これから劉備がどうするのかが気になる所よね」
だな。次回も待っています。