『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』
第四十話 曹操、華陀に会うのこと
曹操はだ。今一人の少女と会っていた。
見れば緑の髪をシャギーにして肩の長さにしてだ。大きな青い目をしている。鼻は少し大きく口は小さめのものである。
赤と白のタートンチェックのスカートに同じ柄の制服の様な服だ。黒い太腿までのハイソックスに靴という格好である。その足元には大斧がある。
彼女はだ。曹操の前に片膝をついて控えてだ。こう名乗ったのだった。
「徐晃といいます」
「話は聞いてるわ」
曹操は己の座から彼女に言葉を返した。
「かなりの武芸の持ち主だとのことね」
「世間ではそう言われているようですが」
「それでどうしてなのかしら」
曹操は彼女に問うた。
「私のところに来たのは」
「それは曹操様がです」
徐晃は曹操を見上げながら話すのだった。
「天下の乱を治めるのに相応しい方だと思ったからです」
「それで私なのね」
「はい、曹操様ならばそれができます」
そうだというのである。
「ですから」
「その言葉受け取らせてもらうわ」
曹操はここでは笑っていなかった。
「けれど」
「けれど?」
「その武芸は本物かしら」
彼女は少し挑発する感じになっていた。
「斧を使わせては大陸一というのは」
「ではお見せして宜しいでしょうか」
徐晃もだ。曹操のその挑発に不敵な笑みで返した。
「それを見せてくれるのね」
「はい」
その通りだというのだった。
「今から」
「わかったわ。それじゃあね」
この言葉と共にであった。後ろからだった。
扇が来た。それが徐晃に迫る。
徐晃は振り向かない。そのまま足元の斧を手に取りだった。
振り向きざまに一閃した。それで扇を叩き潰した。
「むんっ!」
かなりの重さがある斧をだ。両手に持ちそのうえで一閃した。しかしそれで終わりではなかった。
斧の先にある槍でだ。さらに突くのだった。
「そこね!」
「うむ、左様なり」
それは残念ながら受け止められてしまった。見ればだ。狂死郎がそこにいた。彼は薙刀でその斧を受け止めてみせたのである。
狂死郎はだ。落ち着いた声で言うのであった。
「わしの扇を潰すとは御主見事なリ」
「貴女もね」
徐晃も不敵な笑みで彼に言った。
「私の突きを防ぐなんてね」
「どうやら五分と五分」
「ええ、確かに」
その二人を見てだ。曹操はあらためて述べた。
「わかったわ」
「おわかりになられましたか」
「千両狂死郎の扇はそう簡単には避けられないわ」
このことは曹操も知っていることであった。
「それを叩き潰したうえでさらに突きを入れるなんてね」
「はい」
「見事よ。噂通りね」
ここでだった。曹操はこの場ではじめてにこやかに笑った。そのうえでの言葉だった。
「徐晃」
「はい」
「真名を聞きたいわ」
彼女にこう言うのだった。
「何ていうのかしら」
「歌です」
徐晃はあらためて曹操の前に控えて名乗った。
「これが私の真名です」
「ええ。それなら歌」
「はい」
「貴女を迎えるわ」
にこやかな笑みはそのままだった。
「これからは将軍として活躍してもらうわ」
「有り難き御言葉」
「おお、また人材が来たか」
「そうだな」
それを見てだ。双角とフランコが話していた。
「それは何よりだ」
「俺達もどんどん賑やかになっていくな」
「あの、フランコさん」
そのフランコにだ。典韋が声をかけた。
「この前ですけれど」
「ああ、何だ?」
「この前教えてもらったタバスコという調味料ですけれど」
彼女が話すのは料理のことだった。
「あれって凄く辛いですね」
「だがその辛さがいいだろ」
「はい、とても」
典韋はにこりと笑って答える。
「益州の料理を作るには」
「益州?ああ、あれか」
フランコはそう聞いてすぐにわかった。
「四川のことか?」
「そちらの世界ではその呼び名なんですね」
「そうだよ。俺達の世界と国じゃな」
そうだと話すフランコだった。
「まあこっちとそっちじゃ違うことが多いけれどな」
「呼び名でもですね」
「そうだよ。それでな」
「はい、それで」
「今日は何を作ってくれるんだ?」
「そうですね。このタバスコで」
「ああ」
「タコスでしたっけ」
少女が出した料理はそれだった。
「それを作っていいですか?」
「おっ、タコスか」
「はい、それを」
「この前俺が言ったレシピを再現してくれるか」
「やってみますね」
こんな話をしていた彼等だった。彼等は和気藹々とやっていた。
しかしである。曹操はだ。徐晃との話が終わると不機嫌そうな顔になった。そうしてそのうえでこんなことを漏らすのだった。
「しかしな」
「しかし?」
「華琳様、まだですか」
「そうなのよ、まだなのよ」
その顔で夏侯惇と夏侯淵に話す。二人はいつも通り彼女の左右に控えている。
「それがね」
「ううむ、深刻ですね」
「それはまた」
「参ったわね」
顔が憂鬱なものになっている。
「何かいい解決法はないかしら」
「先日また加わった者達に聞いてはどうでしょうか」
「それは」
こう話す二人だった。
「あちらの世界では何かいい解決法があるかも」
「それにつきましても」
「あちらの世界ね」
曹操は二人の言葉を受けて考える顔になった。
「そうね。いい考えね」
「はい、それでは」
「呼びますか」
「わかったわ。じゃあ彼等を呼んで」
「はい、それでは」
「すぐに」
こうしてだった。曹操の前に何人か集められた。その彼等はだ。
大柄なスキンヘッドの男に飄々とした小柄な老人、それと辮髪の精悍な若者に筆を持った丸い眼鏡の着物の男、がっしりとした身体に黒と白の服の男に若々しくきりっとした顔の黒髪に赤いシャツの男、合わせて六人だった。
曹操はだ。彼等の名前を言ってみせた。まずはスキンヘッドの男からだった。
「パトリック=ファン=ヒディングだったわね」
「そうだ」
「そして宋玄道」
「そうです」
まずは二人だった。
「李烈火に八角泰山」
「はい」
「その通りです」
「それとつむじ風の臥龍にハヤテ=ジョーね」
「臥龍でいい」
「俺もハヤテでいい」
最後にこの二人だった。その彼等が曹操の前に来たのだ。
そして曹操はだ。彼等にすぐに問うた。
「あの、一つ聞きたいけれど」
「ああ」
「何だ姫さん」
「一体何がありましたか?」
「貴方達は皆抜群の健康を誇っているわね」
こう彼等に言った。
「それはね。それでなのだけれど」
「それで」
「一体何なんだ?」
「普段何をしているのかしら」
また彼等に問うた。
「それでだけれど」
「それで?」
「それでとは」
「何が一体」
六人はそう言われてもわからない感じだった。
「それだけではわかりませんが」
「そうだな」
烈火とジョーが言った。
「申し訳ありませんが」
「何が何なのかな」
「まず身体は鍛えているわね」
曹操が言うのはこのことだった。
「身体を常に動かして」
「当然だな」
パトリックが答えた。
「それはな」
「そうよね。確か身体を動かすことは」
曹操はパトリックの話からまた述べた。
「身体によかったわよね」
「その通りです」
宋が答えた。
「それはです」
「確かにね。そちらの世界ではそれははっきりしてるわよね」
また言う曹操だった。
「身体を動かすと健康になる」
「そしてです」
今度は烈火だった。
「食べ物も大事ですね」
「あっ、それはね」
曹操は烈火の今の言葉に目を向けて述べた。
「それについては私の世界でもわかってるわ」
「医食同源でしたね」
泰山も言った。
「確か」
「ええ、そうよ」
その通りだと返す曹操だった。
「それはね。私達のこの時代、この世界でも同じよ」
「なら食べ物にも気をつけるんだな」
臥龍が曹操に告げた。
「というかあんたはそれに気をつけてるだろ」
「まあね」
その通りだと答えはした。
「それはね」
「だから健康なんじゃないのか?」
「なあ」
「それだと」
「ま、まあね」
一応はこう答えはした。しかしその顔は浮かないままである。
「それはね。わかったわ」
「わかってくれたか」
「ええ」
ハヤテに対しても答えた。
「そういうことね。それじゃあ」
「ああ」
「後は?」
「話はこれで終わりよ」
今一つ浮かない顔だがそれでも彼等に述べた。
「それじゃあね。お疲れ様」
「よし、じゃあな」
「またトレーニングだな」
「これからまたな」
こう話してだった。そのうえでだった。
六人はそれぞれのトレーニングに入った。曹操は彼等を行かせた。しかしであった。その顔はだ。まだ浮かない顔のままであった。
その顔でだ。彼女はまた夏侯惇と夏侯淵に言うのだった。
「やっぱりね」
「聞けませんか」
「それは」
「貴女達は別だけれど」
こう二人に言う。
「夏瞬と冬瞬もね」
「我等は気心が知れてますから」
「だからですね」
「その通りよ。後は麗羽だけね」
実際のところだ。曹操が何処までも気を許せる相手は少ない。このことは彼女にとって悩みの一つであった。そのことは自分でもわかっているのだ。
ただしかなりのことは話せた。しかしそれでもだった。
「こうしたことを話せるのは」
「あの方ですか」
「あとは」
「あの娘はね。それでもね」
曹操はこれまた困った顔で述べた。
「どうせ同じ問題でしょうし」
「それか正反対の話か」
「そうですね」
「だから話すにもできないわ。同じ問題だったらふてくされるし」
袁紹はそうした人間である。何かと難しいのだ。
「逆だったら羨ましいとか言うし」
「相変わらず困った方ですね」
「全く以って」
「だからなのよ。本当にね」
曹操は困った顔になっていた。
「誰かいないかしら」
「ではそれでは」
「ここはです」
夏侯惇と夏侯淵はその主を気遣いここで話した。
「ここは医師を呼ばれては」
「そうされますか?」
「医者ね」
曹操は二人の提案に考える顔になった。
「そうね。それじゃあね」
「はい、それでは」
「すぐに」
「とはいっても」
二人の言葉を受けることにしてもだ。曹操は難しい顔で述べる。このことはどうにも変わらない。その顔でさらに言うだけだった。
「今まで結構なお医者さんに見てもらってるけれど」
「そうですね。それでも」
「どうしても」
「治ってないから。誰がいいお医者さんはいないかしら」
曹操はまた困った顔になった。
「本当にね」
「この国で一番の医者は」
夏侯惇の言葉だ。
「その医者を呼んではどうでしょうか」
「一番ね」
「はい、もうこうなったらそれしかありません」
これが彼女の考えだった。
「それでどうでしょうか」
「ううん、じゃあ誰がいいかしら」
「誰か、ですか」
「そうよ。誰がいいかしら」
彼女は言うことは今度はこれだった。
「誰がいいの?その一番の医者は」
「ええと、それは」
「姉者、それならだ」
夏侯淵は曹操の問いに困った顔になった姉に告げた。
「華陀殿はどうだ?」
「華陀!?あの者か」
「うむ、あの者なら華琳様のお悩みを解決できるのではないのか」
「そうだな。あの御仁しかいないか」
夏侯惇も姉の話しに考える顔になった。
「ここは」
「そうだな。では華陀殿を呼ぶとしよう」
「それで今何処にいるの?」
曹操は彼の居場所を尋ねた。
「人をやって探すのならそれでね」
「はい、では」
「その様に」
二人は曹操の言葉に頷いてだった。すぐに各地に人をやって探そうとした。しかしここでだ。許緒が来て曹操に言ってきた。
「華琳様、お客様です」
「お客様!?」
「はい、何でもお医者さんだとか」
それだと話す許緒だった。
「お名前はですね」
「ええ、名前は?」
「華陀さんといいます」
その彼だというのだ。
「どうされますか?それで」
「好都合ですね」
「そうですね」
夏侯惇と夏侯淵がここで曹操に耳打ちする。
「まさか向こうから来てくれるとは」
「それでは」
「ええ、そうね」
曹操も二人に対して納得した顔で返す。
「それじゃあね」
「会われますね」
「ここは」
「当然よ。それじゃあね」
二人の言葉に頷いてだ。あらためて許緒に顔を向けて言うのだった。
「季衣」
「はい」
「すぐにその華陀を連れて来て」
こう彼女に告げた。
「御願いするわ」
「わかりました、それじゃあ」
「ええ、そういうことでね」
そしてだ。次はだった。
左右の二人に顔を向けて彼女達にも告げた。
「貴女達もね」
「わかりました」
「では外で」
「何かあればね」
その時はと言うとだ。目が鋭くなるのだった。
「御願いね」
「お任せ下さい」
「すぐに駆け付けます」
主の危機には駆け付ける、それは絶対にだというのだ。二人の曹操への忠誠心、愛にもなっているそれはだ。まさに絶対であった。
そしてであった。その華陀が連れられてきた。曹操は彼と二人になって話すのだった。
「貴方が華陀なのね」
「その通りだ」
華陀は明るい笑みで曹操に答えた。
「俺が華陀だ、宜しくな」
「何でも天下一の名医だというけれど」
「そうなのか?」
「そう聞いてるわ」
「そうか、俺は天下一の名医なのか」
それを聞いて気付いたといった趣だった。
「そうだったのか」
「自覚はないの?」
「そういうことには興味がない」
「そうなの」
「俺が興味があるのは一つだけだ」
こう曹操に言うのだった。
「ただ一つだけだ」
「その一つとは何かしら」
「患者がいれば治す」
満面の笑みと共の言葉だった。
「ただそれだけだ」
「そうなのね」
「そう、それがだ」
「五斗米道の考えなのね」
「違う!」
華陀の言葉がいきなり強いものになった。
「その言い方では駄目だ!」
「駄目って?」
「ゴオオオオオオッド米道だ!」
それだというのである。
「そう呼んでくれ、いいな!」
「ゴオオオオオオッド米道!ね」
「そうだ、ここは重要だからな」
「そうだったのね」
「そうだ、よく覚えていてくれ」
「貴方、ひょっとして」
ここでだ。曹操はあることに気付いた。そうしてだった。
華陀にだ。こう問うのだった。
「あの、貴方まさか」
「何だ、一体」
「昔勇者王とか言われてなかったかしら」
こう彼に問うのだった。
「そうじゃなかったかしら」
「さてな。そうだったかな」
「それで獅子だったわよね」
「むっ、詳しいな」
「他には黒い龍を操ってたわよね」
曹操の指摘は続く。
「それと星の海の中で鎧で戦ってたわよね」
「そこまで知っているのか」
「アズとかラエルとか」
「ふふふ、そこまで知っているとは面白い」
「っていうか貴方他の世界にかなり縁があるわよね」
「それはお互い様じゃないのか?」
「私よりずっと多いじゃない」
そのことがだ。曹操はどうも今一つ面白くないようである。それが言葉にも出ていた。
「はっきり言って」
「まあ気にしないでくれ」
「そうね。言っても仕方ないことよね」
「その通りだ。それでだが」
「ええ」
「俺を呼んでくれたのはどうしてなんだ?」
話はようやく本題に入った。
「あとさっきの話は一応別人になってるからな」
「それはお互い様だけれどね」
「それも重要だからな」
「貴方の場合声で誰でもわかるでしょ」
「ははは、名前が違うじゃないか」
「じゃあ医者王って何よ」
何だかんだでその話に戻る。
「もう誰かって一発でわかるじゃない」
「最近はゲームとアニメでわかるからな」
「そっちの世界の名前と本来の世界の名前が一緒に出てね」
「それでもわからないこともあるし別人だと言い切れるじゃないか」
「貴方の場合は無理でしょ」
また華陀に告げる。
「本名で出てたこともあるし」
「ううむ。まあいいじゃないか」
「そうね。それで今度だけれど」
「今度は何だ?」
「よくここに来たわね」
曹操が次に言うことはこのことだった。
「偶然って言えば偶然だけれど」
「そのことか」
「そうよ。今まで何処にいたの?」
「広州にいた」
そこだと話す華陀だった。
「今まではな」
「広州?随分遠いわね」
「ああ、三日前まではそこにいた」
「三日って」
華陀のその言葉を聞いてだ。曹操は唖然となった。それが事実とはとても思えずにだ。彼に対してこう問い返したのだった。
「ちょっと、それは嘘でしょ」
「嘘に聞こえるか?」
「三日で広州からこの許昌まで来たって」
「信じられないか?」
「そんなのできる筈がないじゃない」
「この前まではできなかった」
それはそうだというのだった。
「だが二人の仲間ができてな」
「二人?」
「そうだ、頼もしい仲間達ができたんだ」
「じゃあその人達の助けでなのね」
「そうだ、三日でここまで来れることができるようになった」
こう曹操に話す。
「実はな」
「それでここまで来たの」
「病で悩んでいる者の声を聞いたからだ」
「声を」
「おそらく。それはだ」
曹操を見てだ。言い切ったのだった。
「曹操殿、貴殿だな」
「その通りだと言えば?」
「だからここまで来たんだ」
そうだと言い切る華陀だった。
「俺はな。声を確かに聞いた」
「どうして聞こえたのかは知れないけれど」
「そうなのか」
「けれどその通りよ」
曹操は答えた。
「私はね」
「貴殿は?」
「実は、その」
ここでだった。曹操は急にもじもじとしだした。そして気恥ずかしい顔になってだ。こう華陀に対して話をするのだった。
「あの、私ね」
「貴殿はか」
「最近ないのよ」
「おお、それはいい」
華陀は曹操の今の言葉に笑顔になった。
「できたのだな」
「できたって?」
「だからあれが来ないのだな」
明るい顔でだ。曹操に言うのだった。
「できたのだ。子供がな」
「ちょっと、そんな筈ないでしょう」
曹操はこのことは顔を真っ赤にさせて否定した。怒っているのではない。彼女は恥ずかしくなってそれで顔を赤くさせているのである。
「何で私に赤ちゃんができるのよ」
「むっ、違うのか」
「私が閨に入れるのはね」
「うむ」
「女だけなのよっ」
このことは強調したのだった。
「それで何で子供ができるのよ」
「しかし貴殿は」
「何?」
「確か教師になれる資格も持っていたな」
曹操にこんなことを言う華陀だった。
「確かそうだったな」
「どうしてそのことを知ってるの?」
「あとあれだな。故郷にはあの角が生えた人形がいたな」
「ああ、あれね」
ここで曹操の顔が曇った。
「あの気持ちの悪い人形ね」
「あれはどうだ?」
「正直言ってどうにかして欲しいわ」
曹操は不機嫌を露わにさせていた。
「誰があんなのを考えだしたのよ」
「俺も同意だ。それでだ」
「教師のことね」
「子供は嫌いじゃないな」
「子供はね」
それはだとだ。腕を組んだうえで返す曹操だった。
「嫌いじゃないわ」
「しかし閨にはか」
「それとこれとは話は別よ」
「そういうことか」
「その通りよ。だからよ」
「ふむ。ではそうしたことではないな」
華陀もそれを聞いて納得したのだった。
「では何だ?」
「まあ、ちょっとね」
曹操の言葉が濁ってきた。顔も困ったものになっていく。
「何ていうかね」
「何ていうかとは?」
「あれなのよ。出ないのはね」
「何だ?そちらではないとすると」
「だから。あれなのよ」
困った顔はそのままだった。
「あれが。その」
「ああ、そうか」
ここでやっとわかった華陀だった。
「そちらのことか」
「そうなのよ。もう一ヶ月なのよ」
顔を少し赤くさせてもじもじとして語る。
「一ヶ月もね。出なくて」
「またそれは長いな」
「そうなのよ。それでいらいらして」
曹操の意外な悩みだった。
「仕事も手につかないし食事も進まなくて」
「重症だな、それは」
「それで貴方にね」
「治して欲しいか」
「できるかしら」
真面目な顔に戻っての言葉だった。
「それは」
「うむ。それなら話は簡単だ」
「できるのね」
「そういった患者は多いからな」
胸を張ってだ。それでだというのだった。
「任せてくれ」
「そう、それじゃあ」
曹操は明るい顔になってだ。華陀に顔を戻した。
「どうやって治してくれるのかしら」
「食事療法という手もあるがな」
「できれば今すぐにして欲しいのよ」
曹操はここで注文をつけてきた。
「一ヶ月よ。いい加減にね」
「乳や果物を多量にでもか」
「そんなのとっくにしたわよ」
既にというのだった。
「けれど駄目だったのよ。何を食べてもね」
「ううむ、そうだったのか」
「すぐにして欲しいしそれは駄目だったの」
「そうか。なら食事療法は駄目だな」
「私としても残念なことにね」
「わかった。ならだ」
「なら?」
華陀の言葉を待つ。その彼の言葉はこうしたものだった。
「いっそのこと腹を切るか」
「えっ、お腹を!?」
「そうだ、腹をだ」
華陀は自分の右手でその自分の腹をさすりながら言うのだった。
「切ってだな。出すのだ」
「な、何言ってるのよ」
曹操は飛び上がらんばかりになって華陀に言い返した。
「そんなことをしたら死んじゃうじゃない」
「曹操殿、注意して欲しい」
「んっ、何になの?」
「見えているぞ」
話を少し入れてきたのだった。
「今日は黒か」
「し、しまったわ」
我を失って飛び上がってしまってだ。見せてしまったのだ。
「こ、これはその」
「安心しろ、医師として患者に服を脱いでもらう時は多い」
「それでどうしたのよ」
「別に下着を見てもどうとは思わない」
「そうだというのね」
「だから安心してくれ」
「それはそれで問題じゃないの?」
曹操はとりあえず自分のスカートを下げてそのうえで座りなおしてからまた華陀に対して言うのだった。対象ではないとはいえ見せて恥ずかしかったのだ。
「私の下着を見て何も思わないって」
「何もとは何がだ?」
華陀は曹操の今の言葉にきょとんとさえなる。
「何がどうしたんだ?」
「ああ、それはもういいわ」
華陀が本当に鈍感なのがわかったもう言わないことにしたのだ。
「もうね」
「いいのか」
「ただ。貴方どうも生涯の伴侶は得られそうにないわね」
いぶかしむ目での言葉だった。
「顔はいいのに」
「ははは、俺はこれでも百年生きているからな」
「そんなに生きていたの」
「俺の医術を自身にやってだ。それでそれだけ生きているのだ」
「仙人じゃないわよね」
「近いかもな」
このことを否定することはなかった。
「だから伴侶とかはな」
「そうなのね」
「そういうことだ。それでだが」
「ええ。お腹を切って大丈夫なの?」
「俺の調合する薬がある」
華陀は明るい笑いと共に話してみせる。
「それを飲んで眠れば起きた時にはだ」
「お腹が元に戻っているの?」
「切って中のそれを取り出して縫ってだ」
「それで終わりなの」
「後で糸を取って終わりだ」
そうだというのである。
「これはどうだ?」
「それで大丈夫なの?」
「ああ、腹を切ってか」
「まずはそれよ」
曹操が気にしているのはやはりこのことだった。
「しかもお薬って。切られて気付かないって」
「そうだ、全く気付かないまま眠るんだ」
「そんなお薬を使ってもう一度起きられるの?」
「そのことか」
何故かだった。華陀は不意にどす黒い微笑みになった。そうして時間を少し置いてだ。そのうえで曹操にこう答えたのであった。
「大丈夫だ」
「本当に?」
「・・・・・・多分な」
「じゃあそのタイミングと笑顔は何なのよ」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないでしょ」
曹操は華陀の今の言葉にそう返さざるを得なかった。
「あんた、ひょっとしてそれで失敗したことない?」
「一回だけしたことがあるが失敗はしなかったぞ」
「一回だけでわかる筈ないじゃない」
曹操はこう反論した。
「それで死んだら冗談じゃないわよ」
「じゃあこれはしないのか?」
「ええ、しないわ」
はっきりと言い返す曹操だった。
「絶対にね」
「そうか、わかった」
「他にはないの?」
曹操は華陀にあらためて問うた。
「他にはないの?治し方は」
「あるぞ」
「あっ、そうなの」
そう言われてだ。また笑顔になる華陀だった。
「それじゃあそれはどういうの?」
「針を使う」
「針をなの」
「しかも特別な針をだ」
それをだというのだ。
「それを使えば一発で終わるぞ」
「そんなに効くのね」
「一ヶ月だろうが二ヶ月だろうが出る」
「それはまた凄いわね」
「しかもすぐにだ」
「じゃあそれを御願いするわ」
曹操は華陀に対して飛びつかんばかりになって言った。
「それでね」
「うむ、それではそれをだ」
「それでどういう針なの?」
慎重な曹操はそれを聞かずにはいられなかった。
「その針って」
「うむ、俺は普段は普通の針を使うのだがな」
「ええ」
「ここでは中から薬が入る針を使う」
「随分変わった針みたいね」
「浣腸と言う」
そうしたものだというのだ。
「それを使う」
「浣腸?」
「まずは身体の下を温めだ」
左手の人差し指を上にやって説明をはじめる。
「そして腹や尻を摩りだ」
「うっ、そうなの」
「そしてそちらにその針を入れて」
「えっ、何ですって?」
「薬を入れて出すのだ。これなら一発だぞ」
「な、ななな・・・・・・」
華陀の話を聞いてだ。曹操の顔が一気に赤くなった。
そうしてだ。彼に対して言うのだった。
「あんたそれ何なのよ!」
「何とは?」
「そんな変態みたいなことできる筈ないでしょ!」
「変態ではないぞ。これはかなり効果があってだな」
「後ろの穴に突っ込むって。そんなこと出来る筈ないでしょ!」
これが曹操の言い分だった。
「あんたまさか」
「まさかとは?」
「私を辱める為に。しかもそんなえげつないことで」
曹操にはそうとしか思えないことだった。まさにだ。
「どうやらここは」
「どうしたんだ?急に鎌なぞ出してきて」
曹操は何処からか己の大鎌を持って来てだ。全身に紅蓮の炎を帯びさせてそのうえで華陀に向って突き進む。そうしてだった。
「死になさい!」
「うわっ、いきなり何をする!」
「この変態!ここで成敗してあげるわ!」
「待て、それで本当にだ」
「できる筈ないでしょ!」
怒りに燃えながらまた鎌を繰り出す。右から左に、左から右にだ。
「後ろの穴に。そうして」
「だからそれは誤解だ!」
「誤解じゃないわ!そこになおりなさい!」
首を切ろうとするがだった。それは身体を屈めてかわす。しかし鎌が頭上を一閃してだ。赤い髪の毛が僅かに切られてしまった。
「ううむ、危ないところだったな」
「逃げるのね!」
「だから話を聞いてくれ!」
「効いたわよ、だからよ!」
「何て理不尽な話だ!」
「春蘭!秋蘭!」
曹操はここで二人を呼んだ。
「この狼藉者を成敗しなさい!」
「はい、華琳様!」
「まさかその者!」
「私を辱めようとした不埒者よ!」
完全にそうみなしている曹操だった。
「容赦する必要はないわよ!」
「何と、華琳様をとは」
「許し難い男だ」
夏侯惇と夏侯淵も曹操の言葉に怒りを帯びた。そうしてだった。
それぞれ大刀と弓を構えてだ。倒そうとする。
「死ね!その首叩き落してやる!」
「心臓はそこだな!」
華陀はまさに絶体絶命だった。しかしであった。
ここでだ。いきなり天井を突き破ってだ。二人の男がやって来た。
「はい、ダーリン」
「迎えに来たわよ」
「な、何だこの連中は!」
「妖怪か!?」
夏侯惇と夏侯淵は彼等を見てすぐにこう断定した。
「何故ここに出て来た!?」
「それも天井を破ってだと」
「それがどうかしたのかしら」
「ねえ」
貂蝉と卑弥呼は二人の驚きの言葉に自分達がきょとんとなっていた。
「こんな天井なんてね」
「私達にとってはないのと同じよ」
「くっ、この連中まさか」
「本当に妖怪か」
「だから妖怪じゃないわよ」
「失礼しちゃうわね」
二人はまだ言う。
「こんな乙女を捕まえて妖怪だなんて」
「あまりにも酷いわ」
「どう見ても男だろうが!」
「そうだな、姉者の言う通りだ」
夏侯惇と夏侯淵はまた言った。
「どちらにしろ華琳様にはだ」
「指一本触れさせぬ!」
「安心しなさい、その娘には何もしないわ」
「私達おなごには興味がないのよ」
そうだという彼女達だった。
「好きなのはあくまでおのこだから」
「今はダーリンね」
「とにかく人間ではないな」
「少なくとも女ではない」
これは誰がどう見てもであった。この姉妹だけではない。
「妖怪退治も武人の務め」
「ならばここで」
「だから妖怪じゃないわよ」
「乙女なのに」
二人はまだこう主張する。自分達は乙女だとだ。
「とにかくよ。ダーリン」
「また私達の仲間となるべき戦士が見つかったわ」
「そうなのか」
華陀は曹操達と自分の間にいて自分を守っている二人の言葉に応えた。
「またなのか」
「ええ、すぐに行きましょう」
「仲間達のところに戻ってね」
「わかった」
華陀は二人の言葉に頷いた。そうしてだった。
「ならすぐそこにだ」
「行きましょう」
「じゃあすぐにね」
「それでは曹操殿」
曹操に言うことも忘れなかった。
「今日は残念だったが」
「残念でも何でもないわよ」
「病を治すのは俺の義務だ」
確かな言葉で彼女に言うのだった。
「何時か必ず癒してみせよう」
「よくそんなことが言えるわね」
「何かおかしいのか?」
「何処か抜けてるのかしら」
曹操はここでようやく華陀のこのことに気付いたのだった。
「この男、まさか」
「さて、じゃあね」
「行きましょう」
貂蝉と卑弥呼がここでまた華陀に声をかける。そのうえでだ。
彼をそれぞれ左右から掴む。貂蝉が右、卑弥呼が左だった。
そのうえでそれぞれ右手と左手をあげてだ。そこから。
飛んだ。何もないというのにだ。
「いざ、次の仲間のところに!」
「行くわよ!」
そうしてその開けてしまった天井から抜けてだ。何処かに飛び去ったのだった。
曹操は彼等が消え去ったその空を見上げてだ。こう呟くのだった。
「今のは何だったのかしら」
「わかりません。ただ」
「あの二人は間違いなく」
その曹操にこう話す夏侯惇と夏侯淵だった。
「人間ではありません」
「それだけは確かです」
「ええ、そうね」
曹操もそうとしか思えなかった。
「それは間違いないわね」
「そうです。しかし」
「天井ですが」
二人も天井を見上げる。本当に見事な穴が開いている。
そこを見上げながらだ。曹操に対して言うのだった。
「放ってはおけませんね」
「これは」
「すぐに修理を命じましょう」
曹操の決断は早かった。
「いいわね、それで」
「はい、それでは」
「すぐに人を集めます」
曹操はこうして天井を修理させてこの話を終わらせた。尚このことは彼女と夏侯姉妹の二人だけの秘密となったのであった。
曹操のところから離れた華陀はだ。空を飛びながら貂蝉と卑弥呼に問う。彼等はまだ空を飛んでいるのだ。上には青い空が広がっている。
「それでなんだが」
「ええ」
「どうしたの、ダーリン」
「どれ位で着くんだ?」
彼が今考えているのはこのことだった。
「一体どれ位でなんだ?」
「すぐよ」
「一瞬よ」
こう答える彼等だった。
「今マッハ三で飛んでるから」
「本当にすぐだからね」
「マッハ三?」
華陀は二人の言葉にまずはいぶかしんだ。そのうえで問い返すのだった。
「それはどれ位の速さなんだ?」
「音の三倍よ」
「それ位よ」
「音の三倍か」
そう聞いても全く動じない華陀だった。そしてこう言うのだった。
「じゃあかなり速いんだな」
「だからもうすぐよ」
「この国なんてひとっ飛びよ」
「それは凄いな」
やはり動じないのだった。
「それならだ」
「ええ、すぐに戻ってね」
「また旅を続けましょう」
「俺達のやるべきことは多いからな」
華陀はまた言った。
「この国を救う為にな」
「そしてこの世界を救うのよ」
「私達の力でね」
「俺達の旅はまだはじまったばかりだ」
何処か打ち切られるような言葉だった。
「頑張らないとな」
「そうね。けれど」
「あのお嬢様は残念だったね」
「そうだな。だがそれも運命だ」
曹操のことはこう言って諦めていた。
「また会ったその時にだ」
「病を治す」
「そうするのね」
「それが俺の務めだからな」
「偉いわ、流石私達のダーリン」
「本当にね」
ここで二人同時に華陀に顔を向けてにこりと笑うのだった。その瞬間空が真っ二つに割れた。その向こうで超獣が悶絶して死んでいる。
「なら私達はそのダーリンの為に」
「一肌でも二肌でも脱ぐわよ」
「ははは、済まないな」
彼だけは二人の笑顔を見ても平気だった。
「それではここはだ」
「ええ、任せて」
「それじゃあね」
「仲間達のところに戻ろう」
こう話してだった。彼等は空を飛んでいくのであった。これは彼等にとっては至極当然の行動だった。何とも思ってはいなかった。
第四十話 完
2010・10・20
曹操の所に新たな武将が。
美姫 「それとは別にちょっとした災難もね」
災難とういか、華陀は至って真面目なのかが可笑しいな。
美姫 「結局は治さずに華陀たちは行っちゃったけれどね」
だな。さて、次はどこの話になるのかな。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。