『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                           第三十四話  田豊、策を用いるのこと

 袁紹は劉備達を見送った後すぐに顔良や文醜達を連れてそのうえで冀州を発った。冀州の兵達も引き連れたうえで北に向かうのだった。
 その時にだ。ふと文醜が言った。
「そういえば麗羽様」
「どうしましたの?」
 お互い馬に乗りながらそのうえで話をするのだった。
「神代は匈奴の方に残してましたけれど」
「ええ」
「それ結構危なかったですよね」
 このことに気付いての言葉だった。
「護衛役を置いてなくて」
「それは貴女達の仕事でしょう」
 こう文醜と顔良に話す袁紹だった。
「確かにあの娘は親衛隊長ですけれど」
「それでもですか」
「あの娘は今はですか」
「ええ、匈奴に」
 袁紹の目が強いものになった。
「向けなければなりませんでしたから」
「ううん、難しいところですね」
「そうですよね」
 文醜だけでなく顔良も言った。やはり彼女も馬に乗っている。
「あいつ文武両道ですしね」
「剣の腕も軍略も優れてますし」
「だからですわ。西方の鎮圧には必要だと思いましたの」
 これが袁紹の考えだった。
「だからでしてよ」
「そうですね。そのおかげで匈奴にも送れましたし」
「それでよかったかと」
 田豊と沮授がここで話してきた。無論彼女達も馬上にいる。
「北匈奴、かなり手強いですし」
「あの娘も送れて正解でした」
「そうですわね。花麗も林美も武略はありますわ」
 それはだというのだ。
「黒梅も。ですけれど」
「軍師ではありません」
「武将ですから」
「そうですわ。貴女達二人はどうしても傍に置かなくてはいけませんし」
 それだけ田豊と沮授を信頼しているということである。
「他に軍師といえばです」
「はい、善光と陳花は政治向けですし」
「軍師とは少し違いますから」
「赤珠も青珠も」
 袁紹は難しい顔で話していく。
「藍珠も黒檀も。軍略には疎いですから」
「はい、ですから」
「あの娘に残ってもらうしかありませんでした」
「辛いところですわね」
 袁紹は馬上で腕を組んでいた。
「そこが」
「はい、あの娘には悪いですが」
「今回は仕方ありませんでした」
「そういうことですわ。それで」
 袁紹はここで二人に別のことを尋ねた。
「匈奴。北匈奴ですけれど」
「複数の部族に分裂しています」
「そうしてお互いにいがみ合っています」
 二人はこう袁紹に答えた。何時しか一行は草原に入ろうとしている。
「そしてそのうちの幾つかの部族がこちらに攻めてきています」
「その数十万です」
「一つの部族ではないのでしてね」
 袁紹が注目したのはこのことだった。
「そうでしてね」
「はい、そうです」
「幾つかの部族の連合軍です」
「では水華、恋花」
 二人の真名を呼んでからであった。
「策はありまして」
「それは本軍と合流してからでいいでしょうか」
 田豊がこう袁紹に述べた。
「それで」
「わかりましたわ。それでは」
「はい、それではその時に」
 こんな話をしながら袁紹達は本軍と合流した。そうしてそのうえでだった。袁紹は主だった顔触れと再会するのであった。
「麗羽様、おひさしゅうございます」
「お元気そうで何よりです」
 張と高覧が袁紹の前に進み出て片膝を折ってきた。
「今はです」
「敵に対して方陣を組み守りに徹しています」
「わかりました。それで黒梅は」
「騎兵隊を率いて敵の霍乱にあたっています」
「神代の策で」
「わかりました」
 二人の話をここまで聞いたうえで、であった。
「ではあの娘の騎兵隊を呼び戻しなさい」
「はい」
「わかりました」
 張と高覧は袁紹のその言葉に応えた。そうしてだった。
 すぐに麹義が戻って来た。そして彼女も袁紹と会った。
 その場でだ。こう主に問うのであった。
「これからどうされるのですか?」
「では水華」
 袁紹は彼女の問いに答えずにだ。まずは傍らにいる田豊に顔を向けた。そのうえでだ。彼女に対して問うのであった。
「その策は」
「はい、まずはです」
 田豊はその問いに一礼してから述べた。
「それぞれの部族に流言蜚語を流してです」
「そうして?」
「そのうえでお互いに争わせます」
 そうするというのである。
「そしてです」
「ええ、そして」
「彼等をお互いに争わせ弱ったところをです」
「攻める」
「そういうことか」
 顔良と文醜はここまで聞いてわかった。
「それで匈奴を退けるのね」
「そういうことか」
「北匈奴の領土まではとても領有できません」
 今度は沮授が話した。
「南匈奴の併合はまだできますが」
「確かに。北匈奴の地はさらに寒冷です」
 審配もいた。
「長城からさらに離れたあの地はとても」
「それに他の部族は特に攻撃的ではありませんし」
 田豊はさらに話す。
「今攻めてきている彼等を退けるだけでいいですから」
「わかりましたわ。それでは」
 袁紹は頷いて田豊の策をよしとした。そうしてだった。
 袁紹は守りを固めた。そうして田豊に任せた。
 暫くするとだ。匈奴達の間で異変が起こった。
 偵察隊を出していた顔良と文醜がだ。本陣にいる袁紹に告げてきた。
「麗羽様、匈奴の軍でです」
「動きがありました」
「お互いに争いだしましたのね」
 袁紹は二人の話を聞いて述べた。
「そういうことですのね」
「はい、それぞれ攻撃し合っています」
「あたい達のことを放っておいて」
「成功ですわね」
 袁紹はここでまた田豊を見た。
「水華の策が」
「はい、それでなのですが」
 田豊は畏まってだ。主に対して話した。
「暫くこのまま争わせてです」
「そのうえで疲れきったところをですわね」
「攻めましょう。そうすれば楽に勝てます」
 これが田豊の考えだった。
「では戦いの用意は」
「わかりましたわ。全軍戦闘態勢に入りなさい」
 袁紹は全軍にあらためて告げた。
「そして機が来れば」
「はい、それでは」
「その時に」
 五将が応えてだった。そのうえで用意をするのであった。
 そしてだ。匈奴達がお互いの争いで傷ついたその時にだった。攻めるのであった。
「よし、今でしてよ!」
「はい!」
「わかりました!」
 全軍で応えてだった。
 匈奴の軍勢に攻撃を仕掛ける。無論そこにはだ。
「文ちゃん!」
「ああ、わかってるさ!」
 顔良と文醜もいる。馬上からその武器を繰り出す。
「えい!」
「喰らえ!」
 鎚と巨大な剣でだ。匈奴の者達を吹き飛ばす。
 そして高覧もだ。自身の武器を振るう。
 そこでだ。張に言うのだった。
「ねえ花麗」
「どうしたの?」
「この戦い思ったより上手くいったわね」
「そうね」
 張も高覧のその言葉に頷く。
「これでね。ただ」
「ただ?」
「おかしなところはあるわよね」
 張は首を傾げてこう言うのだった。
「匈奴の侵攻は」
「確かに。最近の匈奴は大人しかったし」
「北の方もね」
「それが急に十万もの大軍で攻めて来るなんて」
「ちょっとおかしいわよね」
「それに」
 高覧もここで気付いたのだった。
「黒檀を捕らえて連中に送ったのは誰かしら」
「誰って」
「何者かにさらわれてそれで匈奴に売られるなんて尋常じゃないわ」
「そうね。あの娘は洛陽の名門の娘だし」
「そんな娘に手を出せる相手って誰かしら」
 高覧は戦いながら考えていた。
「それって」
「考えれば考える程わからないことね」
「麗羽様も首を傾げてらしたけれど」
 袁紹もだ。彼女を保護したうえで奇妙に思っていたのである。
「こんなことってないわよね」
「ちょっとね」
「最近匈奴がおかしいわね」
「ええ、確かに」
 頷く張だった。彼女達は明らかにおかしなものを感じだしていた。
 戦い自体はあっさりと終わった。田豊の策が奏した袁紹軍の勝利であった。
 袁紹は勝利を収めてだ。すぐに兵を戻して帰るのだった。その時にだった。
「善光と陳花ですけれど」
「はい」
「どうされますか」
「西方の政が一段落したら戻るように伝えなさい」
 そうせよというのである。
「これからは冀州において政治ができますわ」
「わかりました、それでは」
「使いの者を出しておきます」
「そうなさい。さて」
 袁紹はここでだ。にんまりとして笑って言うのだった。
「これでわたくしは幽州の牧になりますわね」
「はい、それは間違いありません」
 審配がこう答えた。
「西方だけでなく北匈奴も追い返しましたし」
「武勲としては充分ですわね」
「それにです。幽州は劉備殿がおられますが」
 幽州のその事情も話すのだった。
「牧はいませんし」
「劉備さんが牧に任じられることも有り得ましたけれどね」
「まああたい達の方が勢力はずっとでかいし功績もできたしな」
 顔良と文醜が言う。
「けれどあの人達は」
「どうします?」
「別にどうでもいいですわ」
 袁紹は彼女達のことには悠然と笑って述べた。
「あのまま桃家荘にいても」
「いいんですか」
「別に」
「わたくしは寛大ですわよ」
 自分から言うのがやはり袁紹だった。
「劉備さん達にはそのままいてもらっても構いませんわよ」
「配下にはならないかと」
「あの方々は」
 田豊と沮授がこう話す。
「それでもよいのですか」
「置かれても」
「ええ、構いませんことよ」
 やはりいいというのであった。
「あの方々。どうも憎めませんし」
「確かに。悪い娘達じゃないわね」
「むしろいい娘達よね」
「本当に」
 高覧達もそれはよくわかっていた。
「じゃああのままいてもらってもいいわよね」
「山賊とかじゃないし」
「むしろいざという時は協力してくれるしね」
「そういうことですわ。さて、幽州ですけれど」 
 袁紹はその幽州のことに話を戻した。
「治めるにはどうなのかしら」
「そうですね。治安は比較的安定していますし」
「まずは入りやすいかと」
 田豊と沮授が答えた。
「人口こそ少ないですがです」
「治めればそれなりのものになります」
「わかりましたわ。それでは」
「はい」
「それでは」
「帰りましたらすぐに政務に戻りますわよ」
 こう言ってであった。袁紹は本拠地に戻りすぐに政治に取り掛かった。その日に早速であった。またあらたな面々が彼女のところに来た。
「あら、今回もですのね」
「はい、そうです」
「何人か来てますよ」
 顔良と文醜がこう彼女に話す。
「それでどうされますか」
「やっぱり会われますか?」
「勿論ですわよ」
 返答は当然といったものだった。
「ではこれから」
「こちらに呼びますね」
「それでいいですよね」
「ええ。では貴女達は」
 その顔良と文醜に対しても告げた。
「いつも通りわたくしの左右に控えなさい」
「わかりました」
「今日はあたい達ですね」
「水華と恋花は政務で忙しいですし」
 軍師二人は政治も担当しているのだ。そうした面からも袁紹を支えているのである。
「あの二人も呼びたいところですけれど」
「まあ仕方ありませんね」
「あたい達は今日は訓練がなくて暇ですし」
 武官達はだ。休息していたのだ。
 それでだった。袁紹は二人に言うのであった。
「だからでしてよ。いいですわね」
「はい、わかりました」
「それなら」
 こうしてであった。二人が袁紹の左右を固めてだ。別の世界から来た者達に会う。その話を聞いてテムジンはイワンにこう話すのだった。
「どんどん賑やかになるダスな」
「確かに」
 イワンはテムジンのその言葉に頷いた。
「ここまで色々な人間が来るとはな」
「知り合いがおおくて何よりダス」
 テムジンは笑顔になっている。
「寂しくなくていいダスよ」
「その通りだ。ところで」
「ところで?」
「テムジンはモンゴルの生まれだったな」
 彼の出身地について尋ねるのだった。
「そうだったな」
「その通りダス」
 テムジンもそのことを認める。
「それがどうかしたダスか?」
「いや、少しな」
 イワンはこう前置きしたうえでだった。彼に言った。
「馬に乗るにはだ」
「馬ダスか」
「その体形は合わないのではと思って」
「いやいや、ワス馬にも乗れるダスよ」
「そうなのか」
「モンゴル人の足は四足ダス」
 そしてこのことを言うのであった。
「馬にも普通に乗れるダスよ」
「生まれた頃から乗っているのか」
「当然ダス」
 そうだというのである。
「モンゴル人ダスから」
「そうだったか。失礼した」
「気にしなくていいダス。もっとも」
 今度はテムジンから話す。
「あれダス」
「あれとは?」
「馬よりも相撲の方が得意ダス」
 こう話すのだった。
「そちらの方がダス」
「そうなのか」
「モンゴルでは相撲が特に盛んダス」
「モンゴル相撲だな」
「モンゴル人は馬と相撲で身体を鍛えているダス」
 これは昔からだ。チンギス=ハーンの時代からなのだ。
「それでワスは」
「相撲の方がか」
「どちらかというかダスが」
「成程な。やはりモンゴル人か」
「その通りダス。それでこれからダスが」
「何をするのだ?」
「少し相撲をしてくるダス」
 こうイワンに話した。
「大会に出るダスよ」
「わかった。それではな」
「ではダス」
 こうして彼は相撲に向かった。彼等はこの日は穏やかに過ごしていた。
 そして袁紹はだ。その彼等と会っていた。
「この者達がです」
「今回のです」
「わかりましたわ」
 まずは己の席から左右に控える顔良と文醜に応えた。
「それではですわ」
「はい」
「それで」
「貴方達は」
 あらためて彼等に声をかけた。
「何というのかしら」
「はい」
 まずはだ。ダークパープルの軍服の美女が応えてきた。その手には鞭がある。
「ウィップです」
「ウィップ?」
「はい、それが私の名前です」 
 こう袁紹に話すのだった。
「宜しく御願いします」
「ええ。その鞭が武器なのでしてね」
「はい」
 その通りだというのである。
「そうです」
「成程、見たところ」
「そうですね」
「ああ、あたいもそう思うぜ」
 ここで顔良と文醜もはなした。
「私達の世界の将ですね」
「そんなところか?」
「将軍ではありませんよ」
 ウィップは笑顔でこう彼女達に返した。
「軍人ではありますが」
「軍人?そちらの世界の兵でしたわね」
 袁紹はこの呼び名は聞いていた。
「それはもう聞いてますわ」
「そうですか。それは何よりです」
「それと」
 いるのはウィップだけではなかった。
「貴方達は何といいまして?」
「ああ、俺はラルフ」
「クラークだ」
 ラフなジーンズ姿の二人だった。どちらもたくましい長身であり。一人は赤いバンダナを巻きもう一人は青い帽子だ。どちらも彫の深い顔だ。
「戦うのが仕事さ」
「そういうことだ」
「そうですわね。それでは」
 袁紹は二人にも話した。
「その力見せてもらいますわよ」
「ああ、ちなみに好物はガムだ」
「俺はオートミールだ」
「ガム?オートミール?」
 袁紹はこの二つの単語には眉を顰めさせた。
「何ですの、それは」
「ああ、知らないか」
「こっちの世界の食べ物だ」
 二人はこう袁紹に話した。
「ガムってのはお菓子だ。噛んで楽しむものでな」
「噛んで」
「餅のしつこいやつだと思ってくれ」
 ラルフの説明ではそうである。
「中々いいものだぜ」
「そうなのですの」
「それとオートミールはだ」
 今度はクラークが説明する。
「大麦に牛乳を入れた粥だ」
「それならすぐにできますわね」
 袁紹は大麦に牛乳と聞いてすぐに述べた。
「わたくしの国では山羊の乳の方がよく飲まれますけれど」
「ああ、それでもまあいける」
 クラークは山羊の乳でもいいとした。
「とにかくだ。俺はそれが好きだな」
「成程、では後で料理人に作らせますわ」
「いや、それはいい」
 クラークは袁紹のその申し出を断った。
「自分で作れる」
「そうですの」
「自炊も得意なんでな」
 笑ってこう話す。
「二人だけで何度も何万も敵がいる場所で戦ってきたしな」
「ははは、あの時はいつも大変だったな」
 笑って応えるラルフだった。
「死んでもおかしくないだけのな」
「そうだな。それでも楽しい戦いだったな」
「確かにな」
 二人で話す。そうしてであった。
 最後の青髪を後ろで束ねた半ズボンの軍服の少女だった。研ぎ澄まされた美貌をそこに見せている。
 袁紹はその少女にも名前を問うた。
「貴女は」
「レオナ」
 こう名乗った。
「宜しく」
「ええ、わかりましたわ」
 右手で敬礼する彼女に応えた。
「それでは貴女も」
「戦う」
「まあこの世界に来たのもな」
「何かの縁だしな」
 ラルフとクラークは笑いながらこう話した。
「しかしまああれだよな」
「俺達の他にも色々来てるんだな」
「ああ、かなりいるぜ」
 文醜が笑ってラルフとクラークに述べた。
「あんた達も知ってる顔が多いと思うぜ」
「さっきあそこでグリフォンマスク見たけれどな」
「子供達と一緒に遊んでたな」
「はい、とてもいい人ですよ」
 顔良がにこりと笑って二人に応えた。
「子供好きでとても正義感が強くて」
「あいつはな。子供の為に戦うヒーローだからな」
「その為に生きている奴だからな」
 二人はグリフォンマスクについてこう話す。
「そうか、じゃあ後で一緒に飲むか」
「再会を祝してだな」
「ええ、そうされるといいですわ」
 袁紹もそれを許す。
「では貴方達はこれで」
「ああ、宜しくな」
「戦の時はな」
 こうして彼等も袁紹の陣営に加わった。二つの世界が確かに融合してきていた。
その中でだ。袁紹はだ。政務の時に田豊達に問うた。
「それで北匈奴の反乱と侵攻の理由はわかりまして?」
「いえ、それがです」
「どうも」
 こう答える田豊と沮授だった。
「捕虜に聞いてもです。要領を得ない返答でして」
「食糧もありますし交易で潤っていたそうですし」
「では何故ですの?」
 袁紹は二人の話を聞いてまたいぶかしむ顔になった。
「匈奴が来る理由は略奪以外にはありませんのに」
「何者かが主導した侵攻の様ですが」
「一人の老人がいたともいいますし」
「老人」
 老人と聞いてだ。袁紹はその筆を止めた。
 そのうえでだ。あらためて二人に尋ねた。
「誰ですの、その老人は」
「何でも小柄で不気味な老人らしいです」
「その老人が出て来て急に攻めるという話になったそうです」
「おかしな話ですわね」
 袁紹でなくともこう思うことだった。
「それはまた」
「はい、その老人の正体もです」
「全くわかりません」
 二人は袁紹にこのことも話した。
「一体何者なのかです」
「それに今入った話ですが」
 沮授が話してきた。
「今度は茶色の髪の少年が各地で見られています」
「茶色の?」
「小柄でいつも笑みを絶やさない少年だそうです」
「あちらの世界の者でして?」
「そう思われます。ただ」
「ただ?」
「何かを探しているようだとのことです」
 沮授はこう袁紹に話す。
「何かを」
「宝探しではありませんわね」
「はい、それとはまた別のようです」
「それを聞いて安心しましたわ」
 宝探しが趣味の袁紹にとってはまずは朗報だった。彼女は隠された財宝が自分より先に誰かに見つけられることを好まないのである。
 しかしだ。その安心をすぐに消してだ。沮授に問い返す。
「では」
「はい」
「何を探していますの?」
「どうやら人か場所を」
「どちらかの様です」
「人?場所?」
 さらにいぶかしむ顔になる袁紹だった。
「人にしても場所にしてもよからぬものかも知れませんね」
「嫌な予感がしますか」
「やはり」
「どうにも。ではその少年は」
「はい」
「どうされますか」
「見つけたら職務質問ですわね」
 そうするというのである。
「とりあえずは」
「左様ですか」
「今はそれだけですか」
「それだけでいいと思いますわ」
 あらためて言う袁紹だった。
「では。政務の続きですわね」
「仕事はです」
「次から次にありますので」
 二人は言いながら早速その木簡を出してきた。
「さあ、御覧になって下さい」
「サインを御願いしますね」
「四つの州に征服した異民族の土地」
 袁紹の治める世界もかなり大きく広くなっているのだ。
「その全てのものですわね」
「はい、ですから」
「サイン御願いしますね」
「仕事をしなければ何も動きはしない」
 袁紹は一つの定理を話した。
「そういうことですわね」
「ですから御願いします」
「仕事は追ってきますし」
「あの頃が懐かしいですわ」
 ふとだ。幼い時を思い出したのである。
「全く」
「曹操殿とおられた頃ですね」
「確か」
「春蘭達と六人でいつもいましたわ」
 彼女達はその頃から一緒だった。長い付き合いなのだ。
「あの頃は国も平和で穏やかでしたし」
「今は大変ですね」
「とんでもない状況ですから」
「全く。漢王朝も揺らいでますし」
「せめて帝がしっかりして下されば」
「これは言ってはならないことですが」
 皇室に関することへの発言は禁句である。それでだ。二人もここでは口ごもりを見せていた。 
 しかしここは洛陽ではない。それで幾分か落ち着いて話されていた。
 袁紹も強く咎めずにだ。二人の話を聞いた。
「宦官の跳梁もありますし」
「張譲達が」
「大将軍の邪魔ばかりしてますわね」
「今は司馬慰殿がいますが」
「あの方が大将軍をかなり助けられています」
「できる人物とは聞いてますわ」
 しかしであった。袁紹の顔は明るくはない。
 その顔でだ。こう言うのであった。
「ただ。気に入りませんわ」
「司馬慰殿はですか」
「どうしても」
「ええ、どうしてもですわ」
 その通りだというのである。
「所詮私は妾腹。名門袁家においても除け者でしたわ」
「ですが麗羽様は今では四州の主ですし」
「烏丸や匈奴も下してます」
「その権勢で大将軍を助けています」
「そのことは揺ぎ無いのでは」
「司馬家が相手でもでして?」
 袁紹は不機嫌を隠すことなく二人に返した。
「代々清流の家にあり高官を出し続けている名門の。それも嫡流の」
「それは」
「確かにあちらも名門ですが」
「華琳もあの女は嫌っているようですわね」
 袁紹はここで曹操の名前も出した。
「どうやら」
「嫌わない筈がありません」
「それは間違いありません」
 二人にとっては実に容易に察しがつくことだった。すぐに主に述べた。
「曹操様は宦官の家の出です」
「漢王朝創業以来の家である曹家の方であっても」
「夏侯家もありますわ」
 どちらにしてもである。曹操も名門の生まれである。それは間違いない。
「ですがそれでも」
「はい、宦官の出ですので」
「風当たりは強いですわね」
「私は妾の子、華琳は宦官の家の娘」
 袁紹は自分自身と曹操のことを話してみせた。
「お陰で幼い頃、いえ今でも何かと言われてますわ」
「それに対し司馬慰殿は名門の嫡流ですね」
「全く隙がありません」
「しかも有能ときてわ」
 袁紹にしても曹操にしても己の資質や功績には自信も自負もある。しかしである。この時代では絶対のものを持ち得ないのである。
 それがわかっているからこそだ。彼女は今実に忌々しげに語るのだった。
「忌々しいことこの上ありませんわ」
「ではどうされますか」
「司馬慰殿については」
「あの女を超える功績を挙げますわ」
 これが袁紹の考えだった。
「四州、それに幽州を加えた五州を治め」
「それと異民族の土地もですね」
「そちらも」
「北の護りを固めますわ」
 こう田豊と沮授に話す。
「大将軍の片腕として」
「そしてもう一方の片腕の方も」
「功績を」
「そうなりますわね。とにかく司馬慰の好きにはさせませんわよ」
 彼女には強い敵意を見せている袁紹だった。そしてそれを隠せないのはだ。実に彼女らしい状況であると言えた。
 北はそんな状況だった。そして南は。
「ここは何処なのだ?」
「また霧が出て来たな」
 山道の中で張飛と関羽が話す。一行は白い霧の中に包まれている。
「この展開は好きではないな」
「星、いるのだ?」
「安心しろ、いる」
 趙雲の返答が来た。
「一体何を警戒しているのだ」
「そう言ってまたとぼけるのだな」
 いささか呆れた口調の関羽だった。
「全く。御主は」
「だから何なのだ」
「まあ本人がいいって言うんならいいじゃない」
 馬岱は趙雲の味方だった。
「それで」
「蒲公英は完全に星の妹分になったのだ」
「気のせいだよ、それって」
 自分ではこう言う。
「私そういうのないから」
「そうか?最近どう見ても星べったりだよ」
 横から馬超が言う。
「全く。二人であたしをからかうからな」
「翠は何かと面白い」
 趙雲もこのことを隠さない。
「それにだ」
「それに?」
「愛紗といい。いい身体をしている」
「お、おいちょっと待て」
「私もか!?」
 馬超だけでなく関羽も慌てる。
「じゃあ何か。あたしと愛紗をか」
「一緒に、あの、その、あれをというのか」
「私は何も言っていないが」
 趙雲だけが悠然と微笑んでいる。
「二人共慌て過ぎだぞ」
「あたしはな。女はその」
「大体まだそういう経験がないしだ」
「あら、二人共まだ生娘なのね」
 黄忠がその慌てる二人を見て微笑みを見せる。
「初々しくていいわ」
「まあ。やがては旦那さん迎えないといけないがな」
「そういうことは想像できないな、どうにもな」
「そうか。夫か」
 趙雲もその存在について考える。
「私もそうした相手が出て来るのか」
「ううん、若しかしてだけれど」
 馬岱はふと孔明を見てだった。
「私と朱里ちゃん同じ旦那さん迎えたりしてね」
「何故かそれを否定できません」
 孔明は困った顔になっている。
「白い服の人でしょうか」
「黒い服だったら草薙なのだ」
 張飛は彼の名前を出した。
「そういえばあいつは何時高校というのを卒業できるのだ?」
「さあ。何時なのかしらね」
 神楽の言葉は実に薄情なものだった。
「そのうちでしょうけれど」
「確か向こうの世界の高校って」
 劉備は視線をやや上にやって考える顔で述べた。
「三年で卒業できるんですよね」
「ええ、そうよ」
 神楽も劉備にその通りだと返す。
「三年でね、普通は」
「それで五年ですか」
「出席日数が足りなくて」
 草薙が卒業できない理由はそれであった。
「残念なことにね」
「馬鹿とかが理由じゃないのだ」
 張飛もそれはわかった。
「そういえばあいつ丈とはそこが違うのだ」
「丈は。どうもな」
 関羽も彼については難しい顔になる。
「頭が。そのだ」
「鈴々よりずっと酷いのだ」 
 つまりあれだというのである。
「本を読むと蕁麻疹が起こるってどういう体質なのだ?」
「多分。学問に拒否反応があると思います」
 鳳統はそれではというのだった。
「そのせいで」
「学問に拒否反応」
「はい、それではないかと」
 こうミナに話す。
「その丈さんという人は」
「だからなのね」
「ううむ、ではあの御仁はずっとあのままか」
 関羽は困った顔になっていた。
「騒動を起こすのは問題だな」
「桃家荘大丈夫かな」
「安心していいわ。他の皆もいるから」
 黄忠はこう馬岱に話す。
「だからね」
「そうですか。じゃあ丈さんのことは心配しなくていいですね」
「何か猿だな」
「そう言えば似ているな」
 馬超と趙雲は丈と猿とイメージを重ね合わせていた。
「まあテリーにアンディもいればな」
「安心していいな」
「それでなんですけれど」
 劉備が呑気な調子で言ってきた。
「あの、前に」
「前に?」
「何なのだ?」
「誰かいますよ」
 見ればだ。あの三人組だった。
 太ったのと小さいの、それにリーダー格の三人がだ。女の子に絡んでいた。
「それ寄越す」
「その背中に持ってる餅をな」
「俺達に寄越せってんだよ」
 こう言ってであった。
「俺達腹減った」
「餅だけでいいって言ってんだろうが」
「それ渡せば帰っていいからな」
「けれど・・・・・・」
 しかし女の子はだ。困った顔で言うのだった。
「これはお婆ちゃんが皆にって」
「はあ!?それがどうしたってんだよ」
 チビが言う。
「そんなの俺達の知ったことか」
「そんな・・・・・・」
「さっさと渡さねえと痛い目を見るぞ」
 拳を振り回しての言葉だった。
「それもいいのかよ」
「うう・・・・・・」
「またあの三人か」
 関羽はその彼等を見て呆れた顔になる。
「全く。何処にでもいるな」
「それでやることは変わらないのだ」
 張飛も言うのだった。
「何でいつもいつも出て来るのだ?」
「一族か何かでしょうか」
 鳳統はそうではないかと話す。
「それで各地に散って」
「そうかのかしら」
 孔明は首を捻りながら彼女の言葉に応えた。
「ううん、こういうのって何か」
「クローンみたいね」
 神楽は彼女の生きている時代と世界の言葉を出した。
「そっくりってことは」
「クローン?」
「クローンとは?」
「後で詳しく話すわ。とにかくね」
 神楽は他の面々にこう返したうえでまたその三人を見た。
「それでだけれど。放ってはおけないわね」
「無論だ」 
 関羽はその手に持っている得物を握り締めなおした。
「あの三人、成敗してくれる」
「それなら行くのだ」
 張飛も言う。蛇矛を持ってだ。
「あの三人の実力ももうわかっているのだ」
「本当にいつもいつもだからな」
 馬超も前に出る。
「誰が行く?あの連中なら一人で楽勝だしな」
「ここにいるぞ!」
 馬岱が右手を上げた。
「私が言っていいかな」
「そうだな。ではここは蒲公英に任せるとしよう」
 趙雲は微笑んで彼女に任せることにした。
「それではな」
「有り難う、星さん」
「何、御主も戦わなければ腕がなまるだろう」
 それを考えての言葉であった。
「だからだ。やるといい」
「うん、それじゃあ」
 こう話してであった。馬岱が前に出た。
 そしてであった。三人に対して言おうとする。
「やい、わるもの・・・・・・」
 しかしであった。ここでだ。
「待て」
 一人出て来た。赤い髪に日本の白い着物に赤い袴と黒いマントのだ。凛々しい顔の青年であった。
 彼が出て来てだ。そのうえで三人に言うのであった。
「何をしている」
「ああ?何だ御前」
「何だってんだよ」
「子供をいじめているようだが」
 これが誰が見てもわかることだった。
「下衆だな。呆れるまでに」
「おい、待てよ」
 そのいつものリーダー格の男が顔を顰めさせて青年に言い返す。
「下衆ってのは誰のことだ」
「私の目の前にいる連中だ」
 誰か言うまでもなかった。
「わかるな」
「この野郎、何かよくわからねえが」
「むかつく」
 チビとデブも言う。
「まずは手前からだ!」
「痛い目に遭わせる」
「ふん」
 三人が前に出たところでだ。青年の持っている剣が一閃された。そうしてであった。
 三人は瞬く間に叩きのめされてしまった。そうしてだ。
「お、覚えてやがれ!」
「この借りは絶対に返すからな!」
 こう言って逃げ去る。そうしてであった。
 馬岱はその逃げ去る三人を見送って言うのであった。
「逃げる動きも相変わらず同じなんだ」
「そうね。本当に同じ人達じゃないかしら」
 黄忠も半分本気でこう考えだしていた。
「出る場所がいつも違ってるけれど」
「そうかも知れないのだ」
 張飛もこう考えだしていた。
「とにかくなのだ。子供は助かったのだ」
「そうだな。しかしあの男」
 関羽はその青年を見ていた。
「かなりの腕だな」
「見たところまた、だな」
 趙雲はここでその青年を見て言った。
「他の世界からの者か」
「そうだろうな。じゃあ」
 馬超は一歩前に出た。そうしてだった。
「声かけるか」
「そうよね。それだったら」
 劉備が馬超の言葉に応えてだった。
「私が」
「うむ、では御願いする」
 関羽はその劉備に対して頷いてみせた。
「こういうことは劉備殿が一番合うようだしな」
「ええ。それじゃあ」
 こうしてだった。劉備はその青年に声をかけた。
「あの、そこの方」
「私か」
「はい、どうしてここにおられるのですか?」
「気が付いたらいた」
 そうだというのである。
「この国にだ」
「そうなんですか」
「清の古の時代のようだが」
 青年はいぶかしむ目で劉備に返した。
「しかし。私が書で読んだこととは違う部分が多いな」
「何かよく言われます」
「よく、か」
「他の世界から来られた方ですよね」
 こう青年に問い返した。
「そうですよね」
「私の国は日本という」
 青年の返答は劉備達がこれまで数多く聞いてきたものだった。
「そして我が名は」
「はい、御名前は」
「御名方守矢という」
 そうだというのだった。
「それが私の名前だ」
「御名方守矢さんですか」
「詳しい話を聞きたいか」
 劉備の目を見ながらの言葉だった。
「見たところ悪い者ではないようだが」
「我々はだ」
 関羽は強い顔で守矢に応えてきた。
「この漢に再び平和をもたらすのが願いだ」
「それがだというのだな」
「そうだ。それで貴殿の願いは何だ」
「私の願いはか」
「そうだ、見たところ貴殿もひとかたの人物」
 関羽もまた守矢の目を見ていた。そのうえでいうのだった。
「何かを目指しているな」
「私だけではないようだしな」
 守矢はここで神楽達も見た。
「この国に。他の世界から来ている者達は」
「その通りだ。わかるのだな」
「うむ。そしてだ」
 守矢の言葉が続く。
「やはり。この世界にも二人共いるな」
「二人?」
「それを話そう。今から」
 こうしてだった。守矢は近くにあった茶屋に入ってそこでだった。劉備達に話した。己のこととだ。その二人のことも。星達は集っていっていた。


第三十四話   完


                       2010・9・21



また新たな者たちが登場。
美姫 「本当に色々出てくるわね」
ああ。そして、それぞれが各地で当然ながら動いているな。
美姫 「全員集合する事になったら、物凄い事になりそうね」
だな。どうなっていくのか。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。




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