『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第二十九話  郭嘉、鼻血を出すのこと

 貂蝉と卑弥呼はだ。今度は上半身裸で刀を持っている男に会っていた。下は袴で見れば上着は脱いでいる。長い髪を髷にして険しい顔をしている。
「牙神幻十郎さんね」
「何故俺の名前を知っている」
 その男幻十郎は鋭い目で貂蝉の言葉に返した。
「それを聞こう」
「だって私達そっちの世界に行ったことあるから」
「知らなかったの?」
 卑弥呼も言ってきた。刀馬と命も一緒だ。当然華陀もだ。
「それでなのよ」
「皆知ってるわよ」
「貴様等どうやら」
 幻十郎はこの左手に持つ刀を構えた。
「人間ではないな」
「確かに怪しいがな」
 刀馬もそれは否定しない。
「この容姿といいな」
「妖気を感じる」
 幻十郎もそれは感じ取っていた。
「アンブロジアか、それとも壊帝の手の者か」
「だからどちらでもないわよ」
「れっきとした人間なのよ」
「嘘をつけ」
 あくまで信用しようとしない幻十郎だった。
「そんな姿の人間がいつものか」
「失礼ねえ」
「こんな美しい乙女を捕まえて」
「少なくとも貴様等は乙女ではない」
 全力で否定する幻十郎だった。
「俺は男でも構わぬが貴様等は許さん」
「そういえばこの人千人斬りだったわよね」
「男女問わずだったわね」
 幻十郎のことはよく知っているらしい。
「危険な香のするいいおのこだけれど」
「今回はダーリンにはできないの。御免ね」
「生憎だがこちらから断る」
 二人にはあくまで厳しい幻十郎である。
「そもそも何故俺の前に出て来た」
「斬りたい彼に合わせてあげるわよ」
「それで来たのよ」
 二人はこう幻十郎に話すのだった。
「それでなのよ」
「どうかしら」
「斬りたい奴か」
「いるでしょ、ずっとそう思ってる相手が」
「こっちの世界にも来ているわよ」
「そうか」
 その言葉を聞いてだ。幻十郎はその目を光らせた。
「そう言うのか」
「どうかしら、一緒に来る?」
「歓迎するわよ」
「いいだろう」 
 幻十郎は刀牙より素直だった。
「それではだ。共に行くとしよう」
「わかってくれて何よりだわ」
「私も声をかけたかいがあったわ」
 二人は幻十郎が誘いを受けてくれたので自分達ではセクシーに笑ってみせた。
「本当にね」
「感謝しているわよ」
「しかし言っておく」
 幻十郎は何とか気を保ちながらその二人に返した。
「俺の前にそうした仕草を見せるな」
「あら、何故?」
「どうしてなの?」
「斬らずにはいられぬ」
 だからだというのである。
「あまりものおぞましさにだ」
「だからそれは失礼じゃないかしら」
「そうよ」
 まだこう言う二人であった。
「そこの貴方も」
「いるのはわかってるわよ」
「何故わかった」
 黄金の鎧と仮面を着け巨大な剣を持った大男であった。藍色の髪が目立つ。
「私の居場所が」
「ついでに言えば名前もわかるわよ」
「獅子王さんね」
 二人はその名前も言ってきた。
「貴方もまたこの世界に来ていた」
「わかっていたわよ」
「そうか」
 それを聞いて静かに頷く獅子王だった。
「私のことをか」
「そうよ、それでだけれど」
「話は聞いていたわね」
「私の望みは頂点に立つこと」
 それだというのである。
「わかるな」
「よくわかるわよ」
「充分ね」
 こう返す二人であった。
「それじゃあいいわね」
「一緒に来るかしら」
「いいだろう」
 獅子王は幻十郎よりも素直であった。
「それでは私もだ」
「さて、どんどん同志が増えていくわね」
「そうね」
 二人はこのことを心から喜んでいた。
「まだ出て来るしね」
「そうした人達も仲間にしていきましょう」
「不幸な者達がいるな」
「全くだ」
 刀馬と幻十郎は二人の言葉を聞いてこう述べた。
「犠牲者が増えていくか」
「俺達もどうなるかだな」
「あら、私達は身も心もダーリンに捧げているから」
「貴方達の愛の告白は受けられないの」
 二人は至って平気であった。何を言われてもだ。
「御免なさいね」
「悪いけれど」
「別に悪いとは思っていない」
「気にするな」
 刀馬と幻十郎の返答は冷たい。
「何はともあれあの男を」
「斬る」
 二人が考えているのはこのことだけだった。だが彼等と貂蝉、そして卑弥呼の思惑は違っていた。だが二人はこのことには気付いていない。 
 そうしてである。命がここで貂蝉に問うた。
「あの」
「何かしら。そういえば」
「そういえば?」
「貴女以前ゼオラ=シュバイツァーと名乗っていたわね」
 こう命に返すのだった。
「そうだったわね。フェアリだったかしら」
「えっ、それは?」
「知らないのかしら、それは」
「あの、そう言われましても」
 首を傾げさせての返答だった。
「私は命ですから」
「そっちの世界での記憶はないのね」
「そうだったのね」
「私はこの世界に来たこともよくわからないのですが」
 首を傾げさせたまま話す。
「この世界は一体」
「すぐにわかるからね」
「それで貴女の役目は」
「刀馬様ですね」
 ここで彼を見るのだった。
「あの方を」
「そうよ、彼の氷を溶かすのはね」
「貴女なのよ」
 こう話すのである。
「だから。いいわね」
「貴女は彼を離したら駄目よ」
「はい」 
 命は今度はしっかりとした顔で頷いた。
「わかりました。それでは」
「貴女にとっても彼にとってもこの世界に来たことはいいことよ」
「当然あの彼にもね」
 刀馬だけでなく幻十郎も見ての言葉だった。
「獅子王さんにとってもね」
「この世界はね」
「それは少しずつわかってくるものなのですね」
 命は考える顔で述べた。
「そうなのですね」
「ええ、そういうことよ」
「それじゃあ行きましょう」
「はい、ところで」
 ここでだった。命は話を元に戻してきた。
「華陀さんは」
「ダーリン?」
「ダーリンなの?」
「はい、どちらに行かれたのですか?」
 このことを尋ねるのだった。
「一体どちらに」
「ダーリンは今出張中なのよ」
「それでいないのよ」
 こう話すのであった。
「急病の人を見つけてね」
「今治療中なのよ」
「そうなのですか」
「もうすぐ戻ると思うわ」
「少し待って」
 二人はまた命に話した。
「そうして戻って来たらね」
「また旅立ちましょう」
「わかりました」
 そんな話をしながら今は待つ一行であった。程なくして待ち人が来た。そうしてそのうえで再び旅立つのであった。何処かへと。
 劉備一行は曹操の拠点である許昌に近付いていた。そこでだ。
「あれっ、今日はここでなのね」
「そうですね」
 張三姉妹の宣伝の絵を見つけたのである。
「何かどんどん人気出てるよね」
「時間があったら行きますか?」
 孔明はこう劉備に問うた。
「袁術さんのところに行く前に」
「そうよね。息抜きでね」
 劉備はこう言う。しかし関羽は。
「急いだ方がいいのではないのか?」
「急ぐべきですか?」
「行くのなら早い方がいいのではないのか」
 また言う関羽だった。
「そう思うが」
「息抜きも必要ですよ」
 だが孔明の主張はこれだった。
「コンサートを見るのも」
「コンサート?」
 馬岱がその言葉に反応する。
「コンサートって何処の言葉なの?」
「はい、テリーさん達に教えてもらいました」
 こう馬岱に答えるのだった。
「向こうの世界で皆の前で歌を歌うことです」
「それをそう呼ぶのね」
「そうみたいですね。あっちの世界では」
「確かテリー殿の世界はアメリカだったな」
 今度言ってきたのは趙雲だった。
「あの国はかなり大きいらしいが」
「向こうの世界じゃダントツの大国なんだろ?確か」
 馬超もそのことは知っていた。
「あと向こうのあたし達の国もでかいそうだけれどな」
「確か中国といったのだ」
 張飛も言う。
「それと日本が大きな国と聞いたのだ」
「日本は神楽さんの国だったわね」
 黄忠はここでその神楽を見た。
「草薙君や真吾君もよね」
「そうよ。皆日本人よ」
 実際にそうだと答える神楽だった。
「舞ちゃん達もね。広い範囲でナコルルちゃんやミナちゃんもそうよ」
「そうなの。私も日本人なの」
 微笑んで言うそのミナだった。
「神楽さんやそのナコルルさんと同じなの」
「日本人って個性派が多いのかしら」
 馬岱がここでこんなことを言った。
「何か一番多くの人が来てるけれど皆が皆個性強いし」
「丈とは気が合うのだ」
 張飛は笑顔になって語った。
「いい奴なのだ」
「学校が嫌いだと聞いたが」
 関羽は彼のそのことを知っていた。
「学問は苦手か」
「何でも本を読むと死ぬらしいのだ」
 張飛は丈のこんなことも話す。
「鈴々もそこまではいかないのだ」
「そうだな。御前はまだ兵法の本は読むからな」
「あいつはどんな本を開いても駄目らしいのだ」
「それはまた凄いな」
 関羽はある意味驚いていた。
「あの御仁は特異体質なのか」
「そうみたいなのだ」
「それはまた難儀な話だな」
「そしてそのせいで」
 張飛はさらに話す。
「学問は全く駄目なのだ」
「字は読めるのだったな」
「難しい字は読めないのだ」
 レベルはその程度なのだった。
「鈴々よりも酷いかも知れないのだ」
「それはある意味凄いな」
 それを聞いた趙雲はあらためて言った。
「そこまでいくとな」
「そういえば京もあれだろ?」
 馬超も話す。
「確か高校って場所をまだ卒業してないんだったよな」
「京さんはただ出席日数というものが足りないだけみたいです」
 孔明がこう話す。
「学問はそれなりにできるとのことです」
「そうよ。あの子は勉強はそこそこなの」
 神楽もこう話す。
「特別できる訳ではないけれど」
「そうなんですか」
「ただ。丈君はね」
 そして彼はだという。
「全然駄目だから」
「ううん、そこまでできないっていうのも」
「ある意味凄い?」
「確かに」
 こんな話をしているとであった。不意に一行の前にだ。後ろに星のマークがある暗い赤のジャケットに黒のズボンの青年が来た。短い金髪に青い目、狼を思わせる精悍かつ端整な顔立ちをしている。その彼を見てだ。
 馬岱がまず言った。
「テリーさんに似てる?」
「ああ、そういえば」
「そんな感じ?」
「確かに」
 他の面々も彼女のその言葉に頷く。
「雰囲気が似てるけれど」
「けれど何か少し違うのだ」
「そうだな。だが似ている」
「確かに」
「何だ?あんた等」
 その青年がだ。彼女達の言葉に応えてその前で立ち止まる。
「テリーを知ってるのか」
「はい、私達のお友達です」
 劉備がその彼に話す。
「それで今は幽州の桃家荘におられます」
「幽州。確か北の方だったな」
「はい、そうです」
 にこりと笑って青年に対して応える。
「今はそちらに。それでテリーさんとお知り合いですか?」
「ああ、俺の師匠みたいなものだな」
 青年はテリーについてこう話した。
「そんな感じだな」
「師なのか」
 それを聞いて関羽が青年に言ってきた。
「それでか。貴殿がテリーに雰囲気が似ているのは」
「ああ。俺はロック=ハワード」
 青年はこう名乗った。
「技はテリーに教わった」
「そうなのか」
「雰囲気が似ているのはそのせいだな」
 自分でこう話すのだった。
「それでテリーは今はそこにいるのか」
「そうなのだ。それでどうするのだ?」
 今度は張飛がロックに問うた。
「御前はテリーのところに行きたいのか?」
「できればな」
 その通りだと答えるロックだった。
「そうしたいがその前にだ」
「その前に?」
「どうしたってんだ?」
「今一緒に旅をしている奴が厄介なことになっている」
 ロックはここで困った顔を見せた。
「ちょっとな」
「困ったこと?」
「一緒に旅をしている者がか」
「そうだ。他にも色々といるけれどな」
 また話すロックだった。
「ちょっとな。どうしたものかってなっててな。俺も蒼志郎も弱ってるんだ」
「蒼志郎」
「また一人出て来たのか」
「ああ、俺と一緒でな。他の世界から来た奴だ」
 ロックから話してきた。
「こっちの世界にな。他にも結構いるぜ」
「どんどん来ているわね」
 黄忠はロックのその話を聞いて述べた。
「あちらの世界から腕の立つ者が」
「そうだよな。これはやっぱり尋常じゃないぜ」
 馬超もその目を顰めさせて言う。
「ここでまた会ったしな」
「何があるのだ、本当に」
 趙雲もいぶかしむ声である。
「この状況は」
「そうだよね。それでだけれど」
 馬岱はすぐに話を変えてきた。
「あのさ、ロックさんだよね」
「ああ、そうだ」
「それでお連れの人はどうなったの?」
 こうロックに問うのだった。
「その人は一体。どうなったの?」
「俺達が戻って来たらもう血の海の中だった」
「血の海の?」
「その中にいたとは」
「死んだのか?」
「まさか」
「いや、まだ息はある」
 それはだというのだ。
「だが。危ないかもな」
「何かわからないですけれど大変なことになっているみたいですね」
 孔明はこのことはわかった。
「ええと、それじゃあロックさん」
「ああ」
「その人のところに案内してくれますか?」
 こうロックに頼み込むのだった。
「宜しければ」
「ああ、それで頼めるか」
 ロックも心配する顔で返す。
「ちょっとな。もう一人の連れも今はいなくてな」
「もう一人って」
「結構大人数で旅してる?」
「若しかして」
「ああ、その通りだ」
 また話すロックだった。
「こっちだ、来てくれるか」
「はい」
 劉備が応えた。
「それじゃあ御願いします」
「有り難い、恩に着る」
 こうしてロックは劉備達を森の中に案内した。するとそこにはだ。茶色の髪を上で束ねて眼鏡をかけた美女が本当に血の海の中に沈んでいた。
 青緑の上着に緑のかなり短いスカート、それに黒の手袋とストッキングという姿である。ストッキングは何とガーターにしている。
「こいつだ。郭嘉という」
「郭嘉さんですか」
「ああ、そうだ」
 ロックは劉備に対してまた答えた。
「生真面目だがいい奴だ。頭もいいしな」
「そういえばそうだな」
 関羽がここで話す。
「かなり切れそうな顔をしているな」
「そうだ。今は蒼志郎はいないがな」
「その蒼志郎殿は何処におられるのだ?」
 趙雲は彼の所在を問うた。
「姿が見えないが」
「そうだな。何処に行った?」
 ロックもこのことには首を傾げさせている。
「いない。何処だ」
「いえ、もうすぐ来るわ」
 ここで言ったのはミナだった。
「その人は」
「何だ、あんたわかるのか」
 ロックはミナの言葉を受けて彼女に顔を向けた。
「人の気配は」
「人以外の気配もわかるわ」
 ミナはロックに対してこう答えた。
「それもなの」
「そうか。何かこの世界のことはまだよくわからないが」
「ええ」
「俺達の世界とは全然違うな」
 ロックもこのことはもう感じ取っていた。
「それもかなりな」
「ああ、それはこっちもよくわかるさ」
 馬超もロックに言う。
「あんた達の世界とあたし達の世界ってな。全然別物だよな」
「そのこともじっくり話したいな」
 ロックはここで考える顔を見せた。
「機会を見つけてな」
「そうね。確かに」
 黄忠も考える顔を見せる。
「けれど今はね」
「郭嘉さんを何とかしないといけませんね」
「だよね」 
 馬岱が孔明の言葉に応えた。
「本当にこの人どうしたの?」
「あっ、ロックさん」
「戻っていたのかよ」
 ここでだ。少女の声と若い男の声がした。
「少し探しました」
「何処に行ったのかって思ってな」
「この連中に会ってな」
 ロックはその声に対して述べた。
「それで話していたんだよ」
「そうだったんですか」
「まあ戻って来て何よりだ」
 その二人が出て来た。一人はだ。
 長いブロンドの青い目の少女である。水色のかなり丈の服を着ておりそのうえで頭に何かの芸術の様な小さい人形を乗せている。
 そしてもう一人はだ。長い黒髪を後ろで束ねた青年だった。細い眉に黒い目の鋭利な顔をしている。青い袴に水色と白の上着にだ。その手に青く輝く刀を持っている。その彼もまた来たのだった。
「それじゃあですね」
「郭嘉を何とかするか」
「貴方は」
 ミナがその青年を見て述べた。
「蒼い剣の」
「何だ?俺を知ってるのか?」
「蒼い刃と紅い刃」
 ミナはまた言った。
「そのうちの一人。九葵蒼志狼」
「ああ、そうだ」
 彼、蒼志狼はここでふとロックを見た。
「俺は狼だ。郎ではない」
「ちっ、何か複雑な名前だな」
「それでも人の名前は覚えておくことだ」 
 こうロックに注意するのだった。
「御前も名前の綴りを間違えられたら嫌な筈だ」
「随分間違えられたしな」
「ロックさんの世界の文字もやっと慣れました」
 少女がふとした感じで言ってきた。
「最初は何かと思いました」
「そこまでややこしかったか?」
「はい」
 その通りだとロックにも返す。
「しかし今はです」
「慣れてくれたか」
「ロック、岩ですね」
 そしてこうも言うのだった。
「そうなりますね」
「そうだけれどな。しかし妙な感じだな」
「気にしないで下さい」
 少女はここではこう言った。
「悪気はありません」
「そうか」
「はい。それで凛ちゃんですけれど」
「そうだ、その郭嘉殿だ」
 関羽はこれまで三人の話を聞いていたが少女のその言葉に我に返った。
「大丈夫なのか?それで」
「死んでないかしら」
 神楽も本気で心配している。
「これは」
「安心して下さい」
 だが少女はこう彼女達に返す。
「全然平気です」
「全然平気なのか」
「本当に」
「はい、平気です」
 そしてだ。郭嘉のその頭を抱え上げてだ。首の後ろを叩いた。
「はい、とんとん」
「おい、待て」
「何だそれは」
 ロックと蒼志狼が郭嘉の首の後ろを手刀で叩き始めた少女に突っ込みを入れた。
「それでどうなるんだ?」
「郭嘉は死ぬかも知れないんじゃないのか?」
「いえいえ、死にません」
 またそれはないと否定する。
「いつものことですから」
「いつも?」
「いつもだったのか?」
「御二人は見るのはじめてでしたか」
 おっとりとした口調で話す。
「そういえば」
「はじめても何も」
「それだけ血が出れば死ぬぞ」
 二人は二人の常識の中で少女に返した。
「普通はな」
「それで死なないのか」
「ですから凛ちゃんにとっては普通ですから」
 また二人に話す少女だった。
「これも」
「ううむ、信じられないが」
「全くだ」
 二人は少女の言葉にいぶかしむばかりだった。
「郭嘉は冷静で落ち着いた奴だが」
「だが。血は何だ?」
「鼻血です」
 少女はまた話した。
「実はこれ鼻血なのです」
「何っ、鼻血!?」
「それが!?」
「それだけの量が!?」
 ロック達だけでなく劉備達もこれには驚いた。
「そこまで流す鼻血!?」
「そんなのあるのか!?」
「まさか」
「凛ちゃんは特別でして」
 相変わらず落ち着いている少女であった。
「鼻血も多いんです」
「いや、多いというレベルじゃ」
「それが鼻血って」
「有り得ない」
「何、それ」
「凛ちゃんは普通の人より遥かに血の量が多くて出やすいんです」
 そうだというのである。
「それでこうして血も流します」
「凄いですね」
 劉備は比較的驚いていない。趙雲の次位である。趙雲は少し声をあげただけだった。彼女だけは相変わらずのポーカーフェイスである。
「それはまた」
「はい、もうすぐ起きますよ」
 また話す少女だった。
「凛ちゃん、起きた?」
「んっ、風?」
 郭嘉は目を開いた。青く奇麗な瞳である。
「まさか私」
「そのまさか。けれどもう大丈夫よ」
「そうなの。御免なさい」
「謝らなくていいから」
 それはいいというのであった。
「それよりおお客様だけれど」
「あっ、はじめまして」
 ここでだった。劉備達に気付いた。そのうえで慌てて挨拶をする。
「郭嘉と申します」
「はい、はじめまして郭嘉さん」
 劉備がにこりと笑って郭嘉のその挨拶に応える。
「劉備です。字は玄徳といいます」
「劉備玄徳殿ですか。名前は覚えさせてもらいました」
 もう、であった。郭嘉のその青い目に鋭い知性が宿っていた。そうしてその知性を宿らせた瞳をだ。劉備に対して向けていたのだった。
「そして他の方は」
「うむ、まずは私だが」
 関羽をはじめとして他の面々も名乗った。そして。最後には少女が名乗った。
「程cと申します」
「程cさんですか」
「はい、そして」
 そうしてであった。程cは己の頭の上にあるその人形を見上げた。するろであった。
「これはです」
「よお、はじめまして」
 明らかに程cの声色で名乗ってきた。
「俺の名前は宝ャってんだ」
「なっ、何!?」
「またとんでもない名前だな」
 関羽と馬超がその名前を聞いて思わず声をあげた。
「ホ、ホウケイとは」
「そりゃちょっとな」
「おう、そう思うかい?」
 人形は二人の言葉に応えてきた。一応人形ということになっている。
「俺はそうは思ってねえんだがな」
「そ、そうか」
「あんたがそうならいいんだけれどな」
「おうよ、いい名前だろ」
 また人形が言ってきた。
「これから宜しくな。頑張るからよ」
「うん、お互い頑張るのだ」
 張飛はその名前の意味を知らない。
「それじゃあそういうことなのだ」
「嬢ちゃんも宜しくな」
「だとのことです」
 程cが人形を見上げながら述べてきた。
「これが私のもう一人の相棒です」
「まあ気にしないでくれよ」
「この人形のことはな」
 ロックと蒼志狼もここで言う。
「特にな。考えることなくな」
「そうしてくれ」
「う、うむわかった」
「そうさせてもらうな」
 関羽と馬超もここで話した。
「それでだが」
「あんた達は何をしているんだ?」
 二人だけではなかった。他の面々も話す。
「旅をしているみたいだけれど」
「目的はあるのですか?」
「はい、それですが」
 郭嘉は真面目な顔になって話してきた。今一同は川辺にいる。そこの岩のところにそれぞれ座ってだ。そのうえで話をしていた。郭嘉の鼻には栓がしてある。
「実はこれから曹操様のところに行こうと考えています」
「ふむ。曹操殿のところにか」
「はい、そうです」
 こう趙雲に対して述べるのであった。
「そうするつもりです」
「そうか。曹操殿のところか」
「曹操殿は必ずやこの世を変えて導かれる英傑になられます」
 郭嘉はこう熱く語る。
「ですから私はその曹操様、いえ殿のお役に少しでも立ちたいと思い」
「実はですね」
 ここで程cがそっと劉備やロック達に話す。
「凛ちゃんはですね」
「はい」
「どうなんだ?実際は」
「曹操さんの熱狂的な信者さんなんです」
 そうだというのである。
「それで今回私と一緒に許昌に行き仕官しようということになって」
「ああ、それでか」
「それでだったのか」
 ロックと蒼志狼もここで頷く。
「あそこに向かうって言って聞かなかったのか」
「長安でも建業でもなく」
「まあ袁紹さんは癖の強い人ですい」
 程cもこのことは知っているようだった。
「お仕えするのに疲れそうだと思いまして」
「あの方はね」
 黄忠もここで言う。
「かなり難しい方だから」
「それで私は親友でありいつも一緒にいる凛ちゃんと行動を共にすることにしました」
「それでなのか」
 ここで納得して頷く趙雲だった。
「ここにいるのか」
「それで俺達とたまたま会ってな」
「合流したってわけだ」
 ロック達もここで話す。
「しかし俺達は別に曹操さんのところには興味はないしな」
「何処に行くかは決めていないんだよ」
「それじゃあさっきお話しましたけれど」
 劉備がここで二人に言う。
「テリーさんのところに行かれてはどうでしょうか」
「つまりあんた達の場所だよな」
 ロックがその劉備に応えて言う。
「そこだよな」
「はい、それはどうでしょうか」
「俺はそれでいい」
 ロックはこう劉備に返した。
「蒼志狼、御前はどうするんだ?」
「そうだな。俺もだ」
 彼にしても異存はないようであった。
「それでいい」
「そうか。じゃあこれで決まりだな」
「あんた達ともここでお別れになるな」
 蒼志狼は郭嘉達に顔を向けて述べた。
「機会があったらまた会おうか」
「はい、宜しくお願いします」
 程cが二人に対して返した。
「また御会いした時は楽しく過ごしましょう」
「それじゃあな。あと郭嘉」
「はい」
「鼻血出すのも程々にな」
 蒼志狼はいささか真面目な顔で彼女に告げた。
「幾ら何でもあれは出し過ぎだぞ」
「はい、それはわかっています」
 ここでは普通に返す郭嘉だった。
「私にしても」
「だといいんだがな」
「曹操様にお仕えしてそして」
 ここからが問題だった。
「ああ、曹操様」
「んっ!?」
 皆ここでいぶかしむ顔になった。
「何か様子がおかしい?」
「変わってきた?」
「いけません、なりません」
 顔を急に赤くさせて両手で拒もうとする動作を見せだした。
「その様なことは。私はあくまで」
「妄想中です」
 程cが皆に説明する。
「凛ちゃんの癖です」
「癖か?」
「そうなんですか」
「はい、いつもこうなんですよ」
 彼女は普通に話す。
「そうしてこのまま」
「貴女様にお仕えする胸のない」
「いや、胸はあるぞ」
「そうだな」
 ロックと蒼志狼は郭嘉のその胸を見て言う。見れば胸を強く前に出したデザインの服だ。そしてその胸はかなり形がいいし大きい。
「それでないのか?」
「何故そんなことを言う?」
「中の関係です」
 だからだという程cだった。
「凛ちゃんの声を聞いてわかれば凄いです」
「ああ、そうか」
「それでか」
 趙雲と馬超はこれでわかった。
「それはよくある話だな」
「あたし達にとってもそうだしな」
「そこの方もそうではないですか?」
 程cはミナを見て話す。
「貴女も声では」
「あるわ。確かに」
 そしてそれを認めるミナだった。
「そう、声の関係なのね」
「そういうことです。それで凛ちゃんはこう言うんですよ」
「胸、ね」
 神楽も胸については少し考える顔になった。
「舞ちゃんの胸も凄いけれど」
「私達って結構以上に。胸は格差がありますよね」
 孔明は寂しそうに話をした。
「私はないですけれどそれでも劉備さんなんかは?」
「私?」
 その劉備の胸が揺れる。その横には関羽がいる。
「私なの」
「何か皆私も見ているが」
 その関羽も言う。
「何かあるのか?」
「あります」
 孔明は実に寂しそうに話す。
「紫苑さんもそうですし星さんや翠さんだって」
「私もなのね」
「ふむ、私もか」
「あたしも入るのか」
 三人はそこそこ自覚はしていたのか納得した顔で頷く。
「まあそれはね」
「そのうち大きくなる」
「そういうもんじゃないのか?」
「そうよね」 
 三人に神楽も参戦してきた。
「胸はね。けれどそれにしても」
「はい、凛ちゃんですね」
「さらに凄いことになってるけれど」
 見ればであった。彼女の妄想は続いていた。そしてさらに言っていた。
「いけません、ああ・・・・・・。その様なことは」
「一体何を想像しているのかしら」
 神楽は唖然とした顔で言った。
「頭の中で」
「とてもいやらしいことです」
 程cは言う。
「あまり突っ込まないで下さい」
「ううん、困った人なのね」
「これはこれで愛嬌がありますしいい娘なんですよ」
 程cは一応はフォローをした。
「そういうことで」
「それでどうなるのかしら」
「はい、こうしてですね」
 そしてであった。またしてもであった。
 鼻血を出した。栓も無視して吹き飛ばしてだ。そのうえで血の海の中に倒れるのであった。
「おい、またかよ」
「またか」
 ロックも蒼志狼も呆れる顔になっている。
「じゃあまた介抱しないとな」
「本当にな」
「はい、凛ちゃん」
 その程cが郭嘉のところに来て頭を上げさせた。そうしてであった。
「とんとん、とんとん」
「それで鼻血が止まるんだ」
「あるお医者さんに教えてもらいました」
 程cはこう馬岱に話す。
「それで止めてます」
「お医者さん?」
「赤い髪の若い姿のお医者さんです」
 そうした姿をしているのだという。
「ゴオオオオオオッド米道の人です」
「何か凄い名前なのだ」
 張飛が突っ込んだのは五斗米道の名前についてであった。
「叫んでるみたいなのだ」
「実際に叫ぶのが好きなお医者さんです」
「そうなのだ。面白そうなお医者さんなのだ」
「一度御会いしてみるといいです」
 実際にこう述べる程cだった。
「それでは私達もこれから」
「ああ、じゃあな」
「また会おうな」
 ロック達もここで席を立った。
「劉備さん、そこで待ってるからな」
「宜しくな」
「また二人凄い人達が加わりましたね」
 孔明は明るい顔で劉備に話した。
「桃家荘にまた」
「そうよね。何か凄いことになってきたよね」
 劉備は少しにこりとして孔明の言葉に返した。
「私達の周りって」
「何か劉備さんの傍にいたら落ち着くのよね」
「そうね。確かに」
 ミナが黄忠のその言葉に頷いた。
「嫌いにはなれない人ね」
「私がですか?」
「うむ、劉備殿を見ているとな」
「守りたくもなるのだ」
 関羽と張飛も話す。
「そして常に共にいたくなる」
「そういう人ははじめてなのだ」
「私も。曹操様をお慕いしていなければ」
 復活した郭嘉もここで話すのであった。
「若しかしたら劉備殿のところに入っていたかも知れませんね」
「劉備さんも大きなことをされますね」
 程cも言う。
「是非。大きく羽ばたいて下さいね」
「有り難う、私も私のやることを果たします」
 二人の言葉ににこりと笑って返す劉備だった。そのうえでロック達と別れて曹操のところに向かう。曹操の本拠地許昌は見事な繁栄を見せていた。
「袁紹さんのところも凄かったけれど」
「ここも凄いよね」
 馬岱が劉備の言葉に応えて言う。
「人も多いしお店も多いし」
「物凄い街よね」
「政治がいいからですね」
 孔明はこう二人に話した。
「曹操さんの政治が上手くいっている証です」
「だからこそ我々もです」
「曹操様のところに来たのです」
 郭嘉と程cがここでまた話す。
「さて、それでは今から」
「参りましょう」
 こう話してであった。劉備達は二人に続く形で曹操の宮殿に入ったのであった。曹操は彼女達の話を聞くとであった。すぐにだった。
「あら、あの面々が来たのね」
「はい、そうです」
「劉備殿と関羽殿の一行がです」
 曹仁と曹洪が主の座にいる曹操に対して報告していた。
「ここに来られました」
「どうされますか?」
「それで人材も来ているのね」
 曹操がここで言うのはこのことだった。
「そうだったわね」
「はい、そうです」
「その通りです」
 また言う二人だった。
「ではやはりここは」
「会われますか」
「勿論よ。人材がいるならね」
 悠然と笑って返す曹操だった。
「会わない道理はないでしょ」
「そうですね。それではです」
「その二人を」
「あっ、待って」
 ここでだ。曹操は曹仁と曹洪を呼び止めた。
「関羽もいるのよね」
「今述べた通りです」
「関羽殿も来ておられます」
「そう、わかったわ」
 それを聞いてだ。悠然と笑う曹操だった。
 そうしてである。曹仁と曹洪は劉備達のところに来てだ。関羽に話すのであった。
「関羽殿、華淋様が御呼びです」
「おいで頂けますか」
「私もなのか?」
「はい、そうです」
「是非にというのですが」
「ふむ。曹操殿が」
 関羽は曹操の名前を聞いてだ。不安を感じる顔になっていた。
「何かな」
「あっ、それは御安心下さい」
「華琳様は無理強いはされない方です」
 二人はそれは保障したのであった。
「関羽殿がそうしたことを望まれない限りはです」
「されませんので」
「そういう方なのはわかっているがな」
 それでも不安を隠せない関羽だった。
「ううむ、どうするべきか」
「関羽さんが不安なら」
 ここで言ったのは劉備だった。
「私も一緒に行く?」
「劉備殿が?」
「曹操さんは悪い人じゃないけれど」
 劉備もこのことはわかっている。前に会ったその時に感じ取ったのである。
「それでも関羽さんが一人で会うのが不安なら」
「来てくれるのか?」
「それでいいですか?」
 劉備は曹仁と曹洪に対して問うた。
「私も一緒に来て」
「はい、いいですが」
「関羽殿御一人でとは申されていませんし」
 二人は劉備に対してこう返したのだった。
「それでは劉備殿も」
「こちらにどうぞ」
「はい、わかりました」
 劉備は二人の言葉に笑顔で応えた。そうして関羽と共に案内される場所に向かうのだった。そうしてその案内された場所とは。
「お風呂?」
「そうだな。風呂場だ」
 二人が案内されたのは風呂場の脱衣所であった。そこに郭嘉と程cも来た。
「劉備殿もですか」
「こちらに案内されたのですね」
 郭嘉達は劉備と関羽を見て目をしばたかせた。
「どうしてなのでしょうか」
「曹操様にここに来るように言われたのですけれど」
「まさかと思うが」
 関羽も頭の中に不吉なものが走った。
「風呂場で。私達四人を相手に」
「何とっ、その様なことが」
「はい、ストップ」
 程cはすぐに郭嘉を止めた。
「今それやったらややこしくなるから」
「うっ、そうなの」
「そう。だからとりあえずお風呂の中に入りましょう」
「そうよね。じゃあ服を脱いでね」
 すぐにそのピンクのブラとショーツだけになる劉備だった。
「中に入りましょう」
「劉備殿のスタイルは凄いですね」
「関羽さんも」
 二人にとっては彼女達のスタイルは驚くべきものだった。実際に郭嘉の目は大きく見開かれている。そのうえで話をするのだった。
「そこまでスタイルがいいと」
「もう犯罪ですよ」
「犯罪?」
「そうなのか?」
「私もそう思います」
「それで魅了される人も絶対にいます」
 程cに至っては断言であった。
「男女問わず」
「うっ、では私はどうすれば」
 ここで言ったのは関羽だった。
「やはりここで曹操殿に」
「ううん、それは絶対にないと思うわ」
 劉備は右手の人差し指を自分の口元にやって視線を上にして言った。不安げな顔になっている関羽とは対象的な表情だった。
「だから曹操さんはそうした人じゃないわよ」
「そうだな。不安になっても仕方ないか」
「はい、それではです」
「中に入りましょう」
 見れば郭嘉と程cも下着姿になっている。郭嘉は見事なコバルトブルーのブラとショーツである。程cはフリルのある白いブラとショーツだ。
 劉備はその二人の姿を見ても言うのだった。
「二人共奇麗ね」
「いえ、私なぞはとても」
「お世辞は駄目ですよ」
「ううん、郭嘉さんっておっぱいも大きいしウエストもくびれてるし」
 確かに彼女のスタイルは素晴しいものである。
「程cさん可愛いし。お肌も奇麗だし」
「私、いけてますか!?」
「私もですか」
「いいと思うよ。二人共ね」
「うう、劉備殿有り難うございます」
「何気に人たらしですね」
 こんな話をしてであった。彼女達はその下着も脱いでそのうえで風呂場に入った。その中にいたのは。
「よく来てくれたわね」
「あっ、曹操さん」
「私に会いたいそうね」
 広い風呂の中には既に曹操がいた。
「二人だったかしら」
「は、はい」
「そうです」
 郭嘉は直立不動になって、程cはいつもの調子で曹操の言葉に応える。見れば曹操は既に一糸まとわぬ姿になって湯の中に立っている。小柄で胸は小さい。だが均整の取れた素晴しいスタイルである。
「その通りですっ」
「御会いして頂いて光栄です」
「名前は何というのかしら」
「はい、郭嘉といいます」
「程cです」
 二人はすぐにそれぞれ名乗った。見れば人形には目隠しがされている。
 それを見てだ。劉備と関羽はこっそりと話した。
「見ないようにとの配慮ね」
「その前にの人形は本当に動くのか?」
 関羽はそもそもその時点から疑問であった。
「まさかとは思うが」
「だって程cさんが言ってるから」
「いや、あれは」
 関羽にはもうわかっていた。
「おそらくは」
「おそらく?」
「それは」
 だが言う前にだ。曹操が言ってきたのだった。
「劉備殿と関羽も一緒なのね」
「はい、そうです」
「貴殿が呼んでくれて招きに応じたが」
「わかったわ。それじゃあ五人でね」
「はい、お願いします」
「お風呂を馳走になる」
 こうしてであった。五人で湯舟の中に入る。そこでだった。
 曹操はだ。郭嘉と程cに問うた。だが当の郭嘉は。
「ああ、曹操様」
「どうしたの?郭嘉さん」
「いえ、曹操様があまりにも御奇麗なので」
 湯舟の中の曹操の見事な裸身を見ながら恍惚となっているのだ。
「素晴しいです、本当に」
「それでなの」
「はい、そうです」
 また話す郭嘉だった。
「まさかこうしてお傍で見られるなんて」
「そうですよね。曹操さんって奇麗な人ですよね」
「あら、お世辞かしら」
 曹操も劉備の賞賛にはこう返す。ただし彼女は冗談が入っている。
「それは」
「いえ、本当に」
 劉備は嘘を言わない。こう返すのも真剣だった。
「曹操さんの御身体も」
「手入れは欠かしていないけれどね」
「そうなんですか」
「最近都ではかなりの美人が出て来たそうだし」
「ああ、あの人ですね」
 程cが曹操のその言葉にすぐに反応を見せた。
「聞いた話によると絶世の美女だとか」
「司馬慰仲達。一度会ってみたいわ」
 こう言う曹操だった。
「是非ね、色々と話したいこともあるし」
「そうなんですか」
「ええ。まあその話は置いておいて」
 曹操は劉備の言葉に応えて顔に出ていた剣呑なものをすぐに消した。
「それで二人は私に何の用で来たのかしら」
「は、はい。それはですね」
「お仕えしたく参上しました」
 二人はすぐに曹操の問いに応えた。
「それで、あの」
「軍師としてお仕えしたいのです」
「そう。軍師に」
 曹操は程cのその言葉に目を動かした。
「私に軍師として、なのね」
「そうです」
「なら聞くわ」
 曹操はその程cにすぐに問うてみせた。
「今の世についてどう思っているのかしら」
「は、はいそれですが」
「落ち着いてね」
 劉備は緊張して顔を真っ赤にさせてしまっている郭嘉にそっと囁いた。
「落ち着いて言えばいいよ」
「落ち着いて、ですか」
「ええ、そうよ」
 優しい笑みも向けての言葉だった。
「郭嘉ちゃん頭いいし。落ち着いて話せば曹操さんも喜んでくれるわよ」
「曹操様がですか」
「そうよ。だから落ち着いてね」
「わかりました」
 劉備に言われて意を決した顔になる。そうしてだった。
「まず貴女は」
「はい」
 早速だった。曹操から声がかかった。
「名前は何というのかしら」
「郭嘉といいます」
 劉備に言われた通り何とか落ち着いて言うのだった。言うその前に手の平に人という文字を書いて飲み込む動作をする。それも何度もだ。
「字は」
「字はまた後でいいわ」
 曹操は今はそれはいいとした。
「そうなのね。郭嘉ね」
「はい」
「見たところ武芸者ではないね」
 郭嘉のその肉付きを見ての言葉である。
「では。軍師かしら」
「はい、そうです」
 まさにその通りだというのであった。
「私は今の戦乱の世を憂いていまして」
「そしてその為にはどうするべきというのかしら」
「残念ながら漢王朝はその力を衰えさせています」
「それが問題だというのね」
「はい、次に天下を支えるべき存在が必要です」
 ここで曹操を見るのだった。
「そしてそれこそがです」
「私だというのね」
「曹操様には二つの道があります」
 郭嘉はこうも言う。
「その衰えた漢王朝を蘇らせる能臣となるか、若しくは」
「私自身がというのね」
「それを選ばれるのは曹操様御自身です」
「私自身が」
「今民は苦しんでいます」
 民衆についての言葉も出た。
「曹操様なら民を救われます」
「果たして私にそれだけの力があるかしら」
 曹操はここでは笑ってみせた。そうしてわざとこう言ってみせたのである。
「それについてはどう思うかしら」
「いえ、まだです」
 郭嘉はそれはないとした。
「まだ足りないものがあります」
「それは何かしら」
「人です」
 こう言うのであった。
「人です。曹操様を支えるべき人材がまだ足りません」
「そして貴女はその人となる為に来たのね」
「そうです。それで如何でしょうか」
「わかったわ。では郭嘉」
「はい」
「貴女を軍師の一人に迎えるわ」
 悠然と笑ってそのうえで郭嘉に告げた。
「そしてその試験として」
「試験ですか」
「城壁の修復をお願いするわ」
 それをだというのである。
「三日でそれをやりなさい」
「三日ですか」
「そうよ。それができれば軍師として迎えるわ」
 興味深そうな笑みを浮かべながら郭嘉に告げる。
「それでいいわね」
「はい、有り難き幸せです」
「そういうことよ。さて」
 曹操は次はだ。程cに顔を向けた。そのうえで彼女にも問うのであった。
「名前だけれど」
「程cと申します」
「わかったわ。それじゃあ程c」
「はい」
「我々はこれからどうするべきかしら」
 彼女に問うのはこのことだった。
「まずは」
「はい、政です」
 程cが答えたのはこれだった。
「政をすべきです」
「兵を鍛え戦に勝つことは?」
「それはその後で宜しいかと」
 程cはいつもと全く同調子で答える。
「まずは田畑を耕し町を栄えさせることです」
「それが天下の平定につながるのかしら」
「それをせずして兵は養えません」
 その言葉は強くはないがしっかりとしていた。
「兵糧、そして資金なくしてはです」
「そうね。まさにその通りよ」
「戦はそれからでいいです」
 この考えは変わらない。
「私はそう考えます」
「わかったわ。なら貴女には」
「はい」
「その町のことを頼むわ」
 それをだというのである。
「既に田畑のことは人を回してあるし」
「人?」
「それは誰ですか?」
「韓浩という娘よ」 
 曹操はにこりと笑ってその娘の名前を話した。
「その娘が今しているのよ」
「開墾と治水ですか」
「その二つを」
「それに加えてね」 
 それだけではないのだという。
「屯田もしているのよ」
「屯田といいますと」
「何でしょうか、それは」
「いい質問ね。どうやら口だけではないようね」
 二人が屯田という言葉に興味を持ったのを見てだ。曹操はまた微笑んだ。二人の反応は彼女にとっては合格であったのだ。
「それは兵に田畑を耕させるのよ」
「兵にとは」
「そうした方法があったんですか」
「ええ。兵に田畑を耕させいざという時は戦ってもらうのよ」
 こう二人に話す。
「それが屯田なのよ」
「成程、それはいいですね」
「私もそう思います」
 二人は説明を聞いて感心した顔になっていた。
「兵は戦場で戦うだけではない」
「田畑を耕すのも仕事ですか」
「そうよ。私の国では今それをしているのよ」
「袁紹殿は胡の者達を馬から下ろし領民としていますが」
「それに匹敵しますね」
「麗羽はそういうことは得意だからね」
 袁紹の政治力についてはだ。曹操は決して甘く見てはいなかった。
「ただ。私も国を富ます義務があるのよ」
「はい、その通りです」
「それが牧の務めですから」
「そうよ。そして」
 曹操はさらに言った。
「私は牧では終わらないわよ」
「ではその為にも」
「及ばずながら私達が」
「それじゃあお願いね」
 曹操はまた二人の言葉を受けて話した。
「郭嘉は城壁を、程cは町をよ」
「はい、それでは」
「今より」
 こうしてであった。二人は早速それぞれ与えられた仕事に取り掛かった。するとであった。
 郭嘉は約束通りだ。三日で城壁を修復させた。程cもまた三日で町を脅かしていた盗賊達を見事捕らえたのであった。
「何と、三日だと」
「三日でなのか」 
 これには夏侯惇と夏侯淵も驚きの声をあげた。
「あの破損していた城壁をか」
「盗賊達をか」
「はい、させて頂きました」
「これで宜しいでしょうか」
「ううむ、これは凄い」
「全くだ」
 姉妹は曹操の両脇で思わず唸っていた。
「一体どの様にしたのだ」
「そうだな、それが知りたいのだが」
 そしてどのようにしたのか興味も持った。
「よかったら教えてくれるか」
「これからの参考にしたい」
「はい、私はです」
 最初に話してきたのは郭嘉であった。
「実際に作業に当たる者達を幾つかの班に分けました」
「班にか」
「つまり隊だな」
「そうです。そのうえでそれぞれの班に早く見事にできた班には特別に報償を弾むと伝えました」
 そうしたというのである。
「そしてそれによってです」
「作業にあたる者達の士気をあげてか」
「三日でか」
「そうです。それによってです」
 こう話すのであった。
「それで三日で終わらせました」
「ううむ、そうしたやり方があったとは」
「気付かなかったな」
 夏侯惇も夏侯淵もまた唸った。
「よし、今度私もそうしてみよう」
「私もだ」
 二人は郭嘉の話を聞き終えて意を決した顔になった。そうしてそのうえで、である。今度は程cに対して詳しい話を聞くのであった。
「程cだったな」
「貴殿からも話を聞きたい」
 まずはこう切り出した。
「あの賊達をどうして捕らえた」
「随分と厄介な連中だったのだが」
「はい、まずはわざと財宝を置きました」
 そうしたというのであった。
「まだ狙われていない商人の屋敷にです。見えるように財宝を昼に入れたのです」
「昼にだと?」
「賊が出て来るのは夜なのだが」
「ですが昼に前以って偵察をするものです」
 程cはこのことを指摘した。
「賊達が捕まらないのは彼等が慎重であらばこそでしたね」
「それで我等も苦労していたのだ」
「中々尻尾を出さなくてな」
「彼等はまず昼に下準備で偵察等を行い夜に来ます」
 程cはこう話す。
「ですから昼にあえて見せたのです」
「そうだったのか」
「それで昼なのか」
「はい、そして」
 話は続く。
「その屋敷に腕利きの兵を何人も忍び込ませました」
「そして賊が来たところを」
「一気にか」
「そういうことです」
 ここまで話した。
「それで捕まえました」
「まあ考えたのは俺だけれどな」
 急に人形が話しだした。
「こいつは何もしてねえよ。俺の手柄だ」
「そうかも知れませんね」
 程cも自分の頭の上の人形を見上げて応える。
「ですがお陰で無事成功しました」
「そうだろ。よかっただろ」
「腹話術だな」
「そうだな」
 夏侯惇も夏侯淵もこのことはすぐにわかった。
「何かと思ったが」
「それか」
「いえいえ、これは私のもう一人の相方です」
 程cはあくまでそういうことにする。
「多少口が悪いのが困りものですが」
「そうみたいね」
 曹操は笑って彼女に合わせた。
「けれどこれで賊は捕まったわね」
「はい、ガルフォードさんや斬鉄さんが活躍してくれましたし
「あの二人も使ったのね」
「身のこなしが盗賊を思わせるものでしたので」
 だからだというのである。
「半蔵さんも」
「忍者をなの」
「あの人達は忍者というのですか」
「そうよ。あちらの世界にはそうした者達もいるらしいわ」
「それでああした動きをされるんですか」
「そうみたいよ。そういえば郭嘉も」
「はい」
 郭嘉への話にもなった。
「ブライアンや王虎、それにロイ達を使ったそうね」
「あの人達は百人に匹敵する力があると思いましたので」
 郭嘉も答える。
「実際には百人力どころではありませんでしたが」
「二人共人を見抜く目もあるのね。わかったわ」
 そうしたことも確かめて言う曹操だった。
「二人共合格よ」
「えっ!?」
「そうなのですか」
「我が曹操軍の軍師に任命するわ」
「ああ、身に余る光栄です」
「誠心を以てお仕えします」
 そしてであった。曹操はふと郭嘉に声をかけた。
「ところで郭嘉」
「はい、曹操様」
「貴女の服だけれど」
 彼女のその服についての話をするのだった。
「それは自分で作ったのかしら」
「は、はい」
 先程までは喜びでとろけそうな顔になり両手を握り合わせていたがすぐに直立不動になる。
「その通りです」
「そう。器用ね」
 曹操はまずこのことに感心した。
「私もその服を着たくなったわ」
「曹操様が私の服をですか!?」
「ええ、それでね」
 ここでさらに言おうとする曹操だった。
「よかったら私に仕立てて」
「曹操様が私の服を着られて・・・・・・」
 また恍惚となった顔になって言う郭嘉だった。
「そのお肌に触れた服をまた私が着る。ああ、いけません」
「何だ?様子がおかしいぞ」
「うむ、何があった?」
 夏侯の姉妹は彼女の異変に気付いた。
「妄想をしているようだが」
「大丈夫なのか?」
「その様なこと。私は常に貴女様に全てを捧げていますので・・・・・・」
 こう言ってだった。ここでもやってしまった。 
 鼻血を噴き出して倒れた。郭嘉は血の海の中に倒れ込んだのだった。
「鼻血だな」
「うむ、そうだな」
 夏侯淵が姉の言葉に頷いた。
「その中に倒れた」
「いきなり何なのだ?」
「はい、いつものことですから」
 程cは落ち着いて驚く二人に述べた。
「御気になさらずに」
「気にするなというが」
「これはかなり」
「はい、とんとん」
 ここでも郭嘉の首の後ろを叩く。
「凛ちゃん、起きて」
「え、ええ」
「さらに面白くなってきたわね」
 曹操はそんな二人を見てさらに笑うのだった。
「それじゃあ二人共これから宜しくね」
「は、はい」
「わかりました」
 こうして二人は曹操の軍師となったのであった。このことをあらためて劉備達に話す。
 劉備達はこの時宿にいた。そこで二人から話を聞くのであった。
「そうだったんですか、おめでとうございます」
「望みが適って何よりだな」
 劉備が満面の笑顔で、関羽が微笑みで二人に言う。
「じゃあこれからは御二人は」
「曹操殿の下で活躍するのだな」
「はい。曹操様、ひいては天下万民の為に」
「働きます」
「じゃあ頑張ってね」
「うむ、期待しているぞ」
 劉備と関羽はまた二人に言った。そうしてであった。
「じゃあ私達はもうちょっとここにいるけれど」
「それまでの間宜しくな」
「はい。それでなのですが」
 ここで言ってきたのは郭嘉だった。
「あの、劉備殿」
「どうしたの?」
「あの時は有り難うございました」
 畏まっての言葉だった。
「劉備殿に言われなければあそこまで曹操様とお話できたかどうかわかりません」
「お風呂の時のことね」
「はい、あの時です」
 まさにその時だというのである。
「あの時に言って頂いたからこそ今の私があります」
「ううん、郭嘉さんが自分で掴んだものよ」
 しかし劉備はあくまでこう言う。
「私は別に」
「いえ、劉備殿のお陰です」
 だが郭嘉はこう言って引かない。
「それでなのですが」
「それで?」
「御礼をしたいと思います」
 微笑んでの言葉であった。
「是非共」
「御礼って?」
「実は凛ちゃんはですね」
 程cがいぶかしむ劉備に話してきた。
「歌凄く上手なんですよ」
「えっ、そうなの」
「はい。歌を歌うことも好きで」
 こうも話すのだった。
「ですからここは」
「それじゃあここでも?」
「それでいいでしょうか」
 郭嘉はまた劉備に尋ねた。
「歌で」
「うん、是非共」
 劉備はここでも満面の笑顔を見せた。
「郭嘉さんの心尽くし、聴かせて」
「そうだな。是非な」
「聴いてみたいのだ」
 関羽と張飛もここで言う。
「郭嘉殿のその歌を」
「聴かせて欲しいのだ」
「わかりました、それでは」
 二人にも言われてであった。郭嘉は歌うのだった。その歌は確かなものであった。劉備達はその歌を聴いてそのうえで次の運命の出会いに向かうのだった。


第二十九話   完


                     2010・8・24



袁術の前に郭嘉たちとの出会い。
美姫 「とは言え、彼女たちは曹操の元に、だけれどね」
短くも濃い付き合いだったな。
美姫 「それは確かにね。出会いが鼻血の海だものね」
さて、次もまた誰かが出てくるのかな。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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