『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』
第十七話 孔明、推理をするのこと
紅葉が見える山でだ。関羽と張飛は甘寧の案内を受けながらだ。狩をしていた。
「ここにはそんなに獣が多いのだ?」
「左様」
甘寧が張飛の言葉に応えていた。今一行は山道の中を進んでいる。山の中は道がかなり広くあまり鬱蒼とはしていない。見事な木々が連なっていてもだ。
「その通りだ。この山はだ」
「そうなのか。それではだ」
関羽がその言葉に応える。見れば彼女も張飛も弓矢を身に着けている。
「今日の夕食を狩らせてもらうか」
「それはもう用意しているが」
甘寧は関羽のその言葉に顔を向けて告げた。
「既に」
「いや、それでもだ」
「ただ御馳走になるわけにはいかないのだ」
二人はこう甘寧の言葉に答える。
「だから。ここは」
「狩らせてもらうのだ」
そんな話をしているとだった。一行の目の前にかなり巨大な猪が出て来た。女としてはかなりの長身の関羽よりも遥かに肩の高さがある。
張飛はその猪を見てだ。甘寧に対して言うのだった。
「甘寧殿、あの猪は任せるのだ」
「貴殿が狩るというのか」
「鈴々は矛だけではないのだ」
それだけではないというのだ。
「紫苑程じゃないが弓も使えるのだ」
「そうなのか」
「愛紗もそうなのだ」
そしてそれは関羽もなのだという。
「もっとも蛇矛から衝撃波も出せるから普段はそれを使うことが多いのだ」
「衝撃波をか」
「そうなのだ。出そうと思えば何時でも出せるのだ」
そうだというのである。
「けれど弓も使えるのだ」
「ではここはか」
「そうだ、使うのだ」
こう言ってであった。弓をつがえてだ。猪のその額を一撃で射抜いてだ。それで終わらせたのだった。
「ふむ、見事だ」
「この通りなのだ」
「貴殿は弓も見事なのだな」
「何度も言うが愛紗はもっと見事なのだ。紫苑はさそれよりも遥かになのだ」
そんな話をしながらだった。そのうえでその猪を手に入れに行く。甘寧も一緒だ。そして関羽はふとここで立ち止まり左手を見た。
するとだ。下に宮殿が見えた。赤い屋根の左手に広い廊下がありそこにテーブルや椅子が置かれている。そうした場所であった。
「ふむ、あれは孫策殿の趣味かな」
開放的な彼女の性格を踏まえての考えだった。
「それであの場所で時々だな」
酒を楽しんでいると考えるのだった。
そのテーブルに今実際に孫策がいた。周瑜も一緒だ。
そのうえでだ。酒を飲みながらにこやかに話をするのだった。
「今のお客人達だけれど」
「関羽殿達ですね」
「ええ、そうね」
こう話すのだった。
「いい娘達ね」
「孫策様、それは腕だけではありませんね」
「そうよ。性格もいい娘達ね」
にこやかに笑いながら周瑜に対して話すのである。
「とてもね。ただ」
「ただ?」
「いつも言ってるじゃない」
その笑顔を今度は周瑜に向けて言うのである。
「二人きりの時は」
「すいません、そうでしたね」
「そうよ。真名でね」
こう周瑜に言うのである。
「呼び合うってね」
「はい、それでは雪蓮様」
「ええ、冥琳」
「特に気に入ったのはね」
「誰ですか?それは」
「あの張飛って娘ね」
彼女だというのである。
「あの娘って何かね」
「何か?」
「子犬みたいだから。飼って可愛がりたいわね」
「またその様なことを仰って」
言いながら実際に小屋につないで犬の様になっている彼女を想像しながら話す。
「御冗談が過ぎます」
「そうかもね。それと」
「はい、それで」
「藍里と飛翔はどうなのかしら」
「今報告が届きました」
周瑜はこう主に答えた。
「塞を築いたそうです」
「そう、それじゃあ後は」
「そこに入り山越を本格的に討つことができます」
周瑜は主に説明する。
「ですからこれから」
「そうね。それで今回はだけれど」
「今回は?」
「蓮華に小蓮も連れて行きたいわね」
「御二人もですか」
「ええ。蓮華は今一つ固いところがあるから」
孫策も孫権のそうした性格は把握していたのだ。
「だからね。それをどうかする為にもね」
「雪蓮様がおおらか過ぎます」
「そうかしら。私は別にそうは思わないけれど」
「自覚がないだけです」
きつい言葉で返す周瑜だった。
「雪蓮様は」
「やれやれ、相変わらず厳しいわね」
「厳しいも何も雪蓮様は。まあ」
ここでだ。言葉を代えたのだった。
「それでいいのですが」
「うふふ、そうでしょ。とにかく揚州はまとまってるし」
「はい」
「母様の遺産だけれどね」
彼女の母孫堅のことも話に出すのだった。
「これはね」
「しかし雪蓮様もこれまで多くの戦いを経て賊を下してこられました」
「それで小覇王になったっていうのね」
「あの西楚の項王にも例えられる程の」
「嬉しいけれどね。項王に例えられるのは」
それはだというのである。
「ただね」
「ただ?」
「項王になれるのはまだこれからよ」
こう言うのであった。
「天下を統一してからよ」
「この乱れた天下を」
「ええ、天下をまとめるわよ」
孫策のその目がだ。強いものになった。
「絶対にね。それで私はね」
「天下の覇者に」
「曹操も袁紹も前に立ちはだかるのなら」
「その時は」
「下すわ」
悠然とした笑みと共の言葉であった。
「それだけよ」
「そうですね。それでは」
こんな話をしていたのだった。しかしであった。
関羽達は門に戻ってきていた。それぞれ狩った獲物を背負っている。張飛はあの巨大な猪を背負っている。そのうえで言うのだった。
「今日はこれで牡丹鍋なのだ」
「猪料理か」
「そうなのだ、そうするのだ」
こう話していた。しかしその彼女達の前にだ。
孫権が来た。兵士達も一緒だ。甘寧は主の姿を見て言った。
「蓮華様、どうされたのですか?」
「詳しい話は後よ」
孫権は厳しい顔で彼女に応える。そうしてであった。
王の座の前にだ。関羽が手に鉄の索をかけられてだ。そのうえで連行されてきた。
王の座の前には揚州の主だった臣下と関羽の一行、それにダックやあかり達がいた。その関羽を見てまずは馬岱が言った。
「ちょっと、これってどういうこと!?」
「どういうことも何も」
陸遜もおろおろするばかりである。
「あの、何故ですか?どうして関羽さんが」
「姉様が暗殺されかけたのだ」
玉座の左手に立つ孫権がだ。厳しい顔と声で返してきた。
「それでなのだ」
「まさかと思うけれど」
「関羽さんがその犯人だっていうんですか?」
「そうだ」
孫権は馬岱と孔明の言葉にも同じ声で応えた。
「矢が後ろの山から射られたのだ」
「丁度その時にそこには私がいた」
甘寧もここで話す。
「そしてだ。私が張飛殿と共に猪を捕まえに行っていた時関羽殿は一人だった」
「それで愛紗が疑われているのだ」
張飛も俯いて言う。
「誰もそこにいなかったから。それで」
「話は聞いたが」
「それでもよ」
趙雲と馬超がここで反論する。
「だが。愛紗はだ」
「暗殺なんてしないぜ、絶対にな」
「証拠はあるのか」
孫権は二人を見下ろすようにして言ってきた。玉座は階段の上にありどうしてもそうした形になってしまうのである。その目は厳しいままだ。
「その証拠は」
「証拠だと!?」
「それかよ」
「そうだ。それはあるのか」
こう二人に問うのだった。
「この者が暗殺をしないという証拠はあるのか」
「それはだ」
「あるかって言われたらよ」
二人もだ。口ごもってしまった。
「私達もそこにいなかった」
「だからよ」
「ないな。そういうことだ」
孫権は見下ろす形のままだった。
「だからだ。この者をだ」
「何を言ってもわかってくれないのだ」
張飛もお手上げといった顔だった。
「全然駄目なのだ」
「そうなのか」
「仕方ないってなるのか?」
趙雲と馬超もいよいよお手上げといった様子になっていた。趙雲でもだ。
「しかし。それでもだ」
「愛紗はそんなことは」
「けれど。これはね」
「そうね。まずいわね」
キングと舞も今の状況を見て天秤を悲観の方に傾けさせた。
「このままだとね」
「愛紗本当に」
「けれど。証拠がないし」
「ですから」
ナコルルと香澄はそれを逆に言った。
「甘寧さんおられたのに」
「それでもなんですか」
「さっき言ったな。私はその時一時だが張飛と共にいた」
甘寧はまたこのことを話した。
「張飛の潔白は証明できる。しかしだ」
「愛紗さんは無理だと」
「その通りだ。いなかったのだからな」
「けれど。こういうことも言えますね」
孔明の言葉だった。彼女は意を決した様な顔で甘寧に対して言うのであった。
「甘寧さんも一時一人だったのではないですか?」
「何?」
「例えば用を足されるとか」
人ならば絶対に避けられないことだった。
「鈴々ちゃんもそれは覚えていますか?」
「そういえば一度あったのだ」
張飛は視線を上にやり左手の人差し指を口元に当てて述べた。
「けれどすぐに戻ったのだ」
「鈴々ちゃんもそうですよね」
「昨日飲み過ぎてなのだ」
このことを言われる前に話した。
「それで」
「御前はいつも酒を飲み過ぎる」
関羽は拘束されている今もこう注意するのだった。
「全く。飲み過ぎるのもだ」
「それでは全員が一人になる時があったということです」
孔明はここでまた言った。
「そう、つまりはです」
「鈴々はやっていないのだ」
八重歯を出して抗議した。
「そんなことは絶対にしないのだ」
「はい、それは私もわかります」
孔明は張飛のその言葉に頷いてみせた。
「よく。そして」
「そして?」
「まだ何か?」
「全員に嫌疑がかかるということになります」
「待て」
ここでだ。甘寧がそれを聞いて眉を顰めさせて孔明に返した。
「私を疑っているというのか」
「疑ってはいません」
「では何故そう言うのだ」
「あくまで可能性を言っているまでです」
孔明はその甘寧に顔を向けて言い返す。
「そう、三人全てにその可能性があります」
「馬鹿なことを言うな」
甘寧は目を鋭くさせて孔明に抗議する。
「私は孫家にお仕えしているのだぞ。しかもだ」
「わし等と冥琳の次に入ったからのう」
ここで黄蓋が言ってきた。
「幼い頃からな。河賊からなってな」
「そうだ。その私が何故だ」
怒った声での抗議だった。
「私は揚州の者だ。その私がだ」
「同じ場所にいれば様々なことがあるでしょう」
だがそれでも孔明は言うのだった。
「感情のもつれ、意見の相違、その他にも考えられます」
「貴様・・・・・・」
甘寧の怒りがさらに高まっていた。これは周囲の誰もがわかることだった。
あかりもそれを見てだ。眉を厳しくさせた。
「まずいで、あれは」
「ああ、甘寧も気が短いしな」
ダックが彼女のその言葉に応える。
「何が起こってもな」
「あの娘、斬られるかもな」
「それだけは止めるぜ」
「ああ、それはな」
漂とビッグベアも真剣な顔になっている。
「それはな」
「止めるか」
二人だけではない。十三とタンもだった。
「いざとなれば」
「行くとするか」
「はい」
周泰も彼等の言葉に頷く。
「若しもの時は」
「ああ、やろうか」
「七人おれば流石にのう」
止められると見ていた。そのうえで展開を見ていた。
そしてだ。甘寧はまた言うのだった。
「私がその様な感情を持っているというのか」
「あくまで可能性だけです」
「それはない」
孫権が甘寧を擁護してきた。
「思春、いや甘寧の忠義は揚州の者でも随一だ」
「そうですよねえ」
「はい、思春さんは」
陸遜と呂蒙も孫権の言葉に頷く。
「私達よりもまだ」
「凄い忠誠心ですから」
「ですが可能性は否定できませんね」
孔明はあくまでこのことを指摘する。
「そうですね」
「貴様・・・・・・」
甘寧の怒りが遂に沸点に達した。
そしてだ。その剣を抜いたのである。
「このままで済むと思っているのか!武人の誇りを愚弄してだ!」
「待て!」
「朱里はやらせないからな!」
「その通りよ!」
趙雲と馬超、それに黄忠がまず出ようとした。
続いてキング達もだ。周泰やあかり達も出ようとする。
しかしだ。ここで孔明は周りにも言うのだった。
「大丈夫です!」
「何っ、だが」
「けれどよ」
趙雲と馬超も思わず足を止めた。孔明のその言葉に、いや剣幕にだ。それは彼女が普段見せることのない凄まじいまでのものだった。
「安心して下さい。何があっても」
「私は本気だぞ」
甘寧はその剣をだ。孔明の顔先に突きつけていた。今まさに斬ろうとしている。
「それでもか」
「はい、若し私の言っていることが御気に召されないなら」
甘寧を見据えての言葉だった。
「その時はです」
「覚悟はしているのか」
「今武人と仰いましたね」
孔明は今度はこのことを問うてきた。
「そうですね」
「それがどうした」
「武人の誇りと」
このことも言ってみせた。
「そうですね」
「そうだ。私とて武人」
甘寧はこのことも告げた。
「その誇りはだ」
「愛紗さんも同じです」
孔明はここで言った。
「愛紗さんもそれは同じです」
「何っ!?」
「武人です」
関羽への言葉だった。
「そうです。武人なのです」
「武人だというのか」
「貴女は今武人の誇りと仰いましたが」
「それがどうかしたのか」
「愛紗さんも持っておられます。武人が暗殺をするでしょうか」
「それは」
「しませんね」
甘寧を見据え続けていた。そのうえでの言葉だった。
「武人なら」
「その通りだが・・・・・・そうか」
ここでだ。甘寧も遂にわかったのだった。
「だからか。関羽殿は暗殺なぞされぬというのだな」
「そうです。おわかりになられましたね」
「その通りね」
ここで言ったのは周瑜だった。
「関羽殿はそういうことをする人物ではないわね」
「冥琳・・・・・・」
「蓮華様、そういうことです」
今度は孫権に顔を向けての言葉だった。
「多少先走りだったかと」
「それでは。関羽殿は」
「はい、暗殺なぞされていません」
そうだというのである。
「ですから。それは」
「そうか。決してか」
「はい、それはありません」
また言う周瑜だった。
「ですからここは」
「・・・・・・わかった」
孫権は目を伏せさせた。そのうえでの言葉だった。
「それではだ」
「はい、では」
周泰がその鎖を解き放った。それで終わりだった。
そしてである。孫権は関羽のところに来て頭を下げるのだった。
「申し訳ない」
「いや、それはいい」
関羽はにこりとはしないがそれでも言葉を返した。
「疑いが晴れた。それでだ」
「それよりもです」
ここでまた孔明が言葉を出してきた。
「問題はです」
「問題は?」
「それは」
「真の犯人が誰かです」
それだというのである。
「それが問題です。そして」
「そして?」
「一体」
「その犯人はまだ捕まっていません」
このことも言うのだった。
「それが問題です」
「それがですか」
「今は」
「孫策さんの状況も心配ですし」
こう話すのだった。犯人が誰かというのもだ。それも問題なのだった。
関羽の疑いは晴れた。しかしである。謎がまだ残っていた。
孔明は自分達の部屋に戻った。そこに入るとすぐにふらふらになりだ。そのうえで傍にいた黄忠の方に倒れ込む。黄忠はその彼女を支えて言うのだった。
「頑張ったわね」
「怖かったです。とても」
「あの人もかなり感情的になっていたし」
「けれどこれで」
それでもだというのだ。
「何とか」
「そうですね。これで」
ナコルルが孔明の言葉に応えて言う。
「関羽さんの疑いは晴れました」
「しかし」
「しかし?」
「問題は犯人です」
それだというのである。
「犯人が誰かです」
「それですか」
「誰が孫策さんを、そして孫権さんを狙っているかです」
「最近どの太守も刺客に狙われているけれどな」
今言ったのは馬超だった。
「曹操にしても袁紹にしてもな」
「孫姉妹だけではない」
趙雲も言う。
「それを考えると十常侍と思えるが」
「何か違うみたいだし」
「そうですよね。微妙以上に」
舞と香澄もこのことはもう聞いていた。
「じゃあ誰なのか」
「それですよね」
「ここで重要なことはです」
孔明は何とか立ち上がりだった。そのうえで再び話してきた。
「孫策さんは生きておられます」
「つまりもう一度狙われる可能性がある」
「そういうことか」
「はい、そうです」
こう関羽と趙雲にも話す。
「仕事は確実に、ですから」
「では。孫策殿の下にまた」
「来るな」
関羽と趙雲はこう考えるに至った。彼女達はまずは仲間の疑いが晴れたことを喜んでいた。しかし事件はまだ終わっていなかった。
孫権は沈んだ顔になっていた。先程のことを反省していたのだ。
その彼女の傍には呂蒙がいる。彼女は必死の顔で主に声をかけていた。
「蓮華様、御気を落とされずに」
「ええ」
返事は弱いものだった。
「わかっているわ」
「それでなんですが」
「どうしたの?」
「これをどうぞ」
皿の上に置かれた数個のゴマ団子を差し出してきたのである。
「大喬ちゃんと小喬ちゃんが作ってくれたんですよ」
「そう、あの二人が」
「はい、お茶もありますから」
それも差し出すのだった。明らかに落ち込んでいる主に対してだ。
「ですから。これを食べて」
「有り難う」
こうは返してもその目は暗い。それでも呂蒙の気持ちを汲んでお茶を飲みゴマ団子に手をやる。そしてその時であった。
紫の髪を奇麗に上にまとめた濃青の目の可愛らしい二人の少女が来た。どちらも赤と白の可愛い服を着ている。その二人が部屋に来て言うのだった。
「蓮華様、こちらでしたか」
「雪蓮様ですが」
「菖蒲、菫」
二人の真名を言ってだった。
「まさか」
「はい、目を覚まされました」
「御無事です」
「それは本当!?」
今の言葉を聞いてすぐにであった。目に熱いものが宿った。
そのうえでだ。両手を口元に当ててだ。その熱いものを零れさす。
「姉様・・・・・・」
「蓮華様、よかったですね」
「ええ・・・・・・」
呂蒙の言葉にだ。涙を零しながら頷く。
「本当に。どうなるかって思ったけれど」
「後でお祝いをしましょう」
呂蒙は主に対して微笑みを向けながらまた述べた。
「大喬ちゃんと小喬ちゃんの歌もありますよ」
「はい、任せて下さい」
「歌わせてもらいます」
二人の少女も笑顔で応える。孫権にとっても非常によい流れになった。
そしてだ。孫策の寝室にだ。何者かが迫る。そのうえで両手に持っている禍々しい、出刃包丁に似た形の刃を振り下ろそうとする。しかしだ。
「甘いな!」
孫策はすぐに起き上がって傍に置いてあった剣でその者の胸を貫いたそこにいたのは白い髪に痩せた顔の男だった。身体も痩せており目は白く異様な光を放っている。紺のズボンに緑の上着という格好だ。
胸を貫かれた男はだ。血を流しながらも言うのだった。
「何だ!?元気じゃねえか」
「御前ね」
起き上がった孫策はベッドから出ながらだ。そのうえでその男に問うのだった。
「御前が私と、そして蓮華を狙っていたのね」
「ちっ、わかったのかよ」
「そんなことはすぐわかることよ」
鋭い顔で男に告げた。
「すぐにね。ただ」
「ただ?」
「目的が知りたいわね」
こう男に対して言うのだった。
「何故私達を狙っているのかしら」
「へっ、それはね」
「それは?」
「手前に言うかよ!」
言いながら再び襲い掛かろうとする。胸に傷を受けていてもそれでも動きは鈍っていなかった。
しかしだ。その刃は横から止められた。その刃の主は。
「遂に尻尾を出してきたな」
甘寧だった。孫策の横から出て来て言うのであった。
「刺客か」
「生かして捕らえなさい」
孫策はその甘寧に対して告げた。
「色々聞きたいことはあるわ」
「はい、それでは」
「ちっ、二人がかりかよ」
男はそれを見てだ。部屋から出ようとする。しかしその月明かりに照らされた部屋の外にはだ。もう人が待っていた。
「生憎だがだ」
「逃がしはしないわよ」
「それはね」
「いいタイミングね」
孫策はその三人を見て微笑んだ。周瑜に張昭、そして張紘の三人だった。周瑜はその手に鞭を持っていてそのうえで身構えている。
「これで逃げ道はないわよ」
「見ない顔だな」
周瑜は男の顔を見て言った。
「刺客に見覚えがある筈もないがな」
「その通りね。どうやら十常侍の手の者でもないみたいだけれど」
孫策は男に少しずつ近寄りながら述べていく。
「けれど。誰かしら」
「あれ、何やこいつ」
ここであかりが来た。十三も一緒である。
彼女はその男を見てだ。彼を指差して言った。
「紫鏡やないか。御前もここに来てたんかいな」
「おい、どういうつもりじゃ!」
十三は金棒を振りかざしながらその男紫鏡に対して問う。
「何で孫策さんを狙うんじゃ!」
「へっ、聞きたければ俺を倒すんだな!」
こう言ってであった。紫鏡は両手のその刃を出鱈目に振り回しはじめた。
「そうしたら教えてやるか!」
「どうやらこれはね」
「はい、仕方ありません」
甘寧が孫策の言葉に冷静に頷いた。
「ここは」
「覚悟しいや!」
「これでな!」
あかりと十三も参戦してであった。紫鏡を一気に叩き潰した。三人の技を受けてそれで事切れた。骸は数日晒されそのうえで河に捨てられることになった。
一連の事件は終わった。一行は宴の後でそれでまた旅に出ることになった。一行への見送りは孫権が陸遜達を連れて出ることになった。そこでだ。
孫権は弱い顔になってだ。港で関羽に対して謝罪していた。
「関羽殿、申し訳ない」
「いや、それはいい」
「いいのか」
「過ちを知れば正す。それが大事だ」
にこりと笑って孫権に言うのだった。
「貴殿はそれを認めてくれた。それで充分だ」
「そう言ってくれるか」
「そうだ。それに」
「それに?」
「笑顔でいてくれるか」
こうも言うのであった。
「笑顔でだ」
「笑顔か」
「人は別れる時の顔を覚えているものだ」
彼女にもだ。そんな話をするのだった。
「だからだ。ここはだ」
「笑顔でか」
「そうだ。それで頼む」
こう孫権に話す。
「是非な」
「わかった」
そして孫権もその言葉を受けた。そうしてであった。
笑顔になる。そのうえで関羽に話す。
「また会おう」
「その時を楽しみにしている」
「今度会った時は覚えていなさいよ」
「何をなのだ?」
「絶対にあんたより大きくなってやるんだからね」
二人の横では勝手についてきた孫尚香と張飛が言い合っていた。
「胸だってね」
「ふん、鈴々も負けないのだ」
張飛も言い返す。
「御前みたいなちんちくりんには負けないのだ」
「誰がちんちくりんなのよ」
「御前以外にはいないのだ」
「やれやれ、全く」
馬岱がそんな二人を見ながら呆れた顔をしてみせて言う。
「二人共子供ね、本当に」
「何よ、チビッコその三」
「御前には言われたくないのだ」
「ちょっと。待ちなさいよ」
馬岱はその言葉にむっとした顔ですぐに言い返した。
「誰がチビッコその三なのよ」
「あんたよ」
孫尚香はその馬岱を指差して言い切る。
「あんた以外にいるの?」
「私だってね。翠姉様と一緒でね」
「一緒って。何がよ」
「背だって大きくなるし胸だってね」
こう主張するのだった、ムキになってだ。
「ああした風に」
「そうなのか?」
「まあ馬家って基本的にはそうだけれどな」
馬超はこう趙雲の言葉に答えた。
「実際な。だから蒲公英もな」
「そうか」
「そうなる筈だけれどな」
「ほら、聞いたわね」
馬岱は従姉の後ろからの言葉を聞いたうえで前に向き直ってそのうえで二人に対して言う。
「私だってね。大きくなるのよ」
「それを言ったら私もよ」
孫尚香もだというのだった。
「私だってね。なるわよ」
「なる訳がないのだ」
「何でそう言えるのよ」
「雪蓮姉様も蓮華姉様も普通に胸が大きいじゃない」
やはりであった。二人の姉の話を出すのであった。
「それに母様だってね」
「遺伝にも例外があったりするけれどね」
「そうだったわね」
ここでキングと舞が言うのだった。
「実際家族の中で一人だけ小さいとか」
「そういう人もいるわよ」
「そんなことないわよ」
無理に強気に言う孫尚香だった。
「絶対に大きくなるんだから」
「そうですか」
「そうなるといいのですが」
ナコルルと香澄はその言葉には懐疑的だった。
「私は別に大きくなくても」
「普通にあれば」
「巨乳じゃないと駄目なのよ」
さらにムキになる孫尚香だった。
「それはね」
「何か話が無茶になってるな、向こうは」
関羽はそんな話を聞きながら言うのだった。
「何を話しているのだ?全く」
「小蓮は相変わらずね」
孫権はそんな妹を見て優しい苦笑いを浮かべていた。
「本当にね」
「昔からあんなのなの」
「そうなのか」
「困った娘よ」
しかしその顔は優しい。
「母様も一番手が掛かるって仰ってたら。けれど」
「けれど?」
「素質は一番いいのよ」
こう言うのだった。
「武も文もね。人を惹きつけるものもね」
「それもか」
「雪蓮様と蓮華様のいいところをバランスよく受け継いでおられてるんですよ」
陸遜がここでこう話してきた。
「ですからとても」
「雪蓮姉様と小蓮がいて」
孫権はさらに話す。
「それで皆がいてくれて。私は充分過ぎる程幸せよ」
「ではその幸せを守っていくのだな」
「ええ、それが私の夢よ」
こう関羽にも話す。
「姉様が築かれたもの、そして小蓮が受け継ぐべきものをね」
「蓮華様ならできます」
呂蒙がここで後ろから言ってきた。彼女もいたのだ。
「絶対に」
「有り難う、亞莎」
「孫家は御三方あってですから」
「私達三人が」
「はい、蓮華様も必ず」
こうだというのだった。
「果たされます」
「そうさせてもらうわ。じゃあ関羽」
「うむ」
「また会いましょう」
別れの挨拶は微笑んでいた。
「それじゃあまたね」
「再会の時を楽しみにしている」
そしてだ。孔明と陸遜も最後の話をしていた。
「じゃあまた御会いしましょう」
「はい、楽しみにしてますう」
別れの時も穏やかな陸遜だった。
「それでまた本を読みましょうね」
「はい、是非」
「あの曹操さんが書かれた本もありますよお」
「孟徳新書ですね」
「あと孫子の注釈も」
それもだというのだった。
「あるますよお」
「うわあ、曹操さんの本がそんなに」
「袁紹さんのところの陳琳さんの本もありますよ」
「あの人のもですか」
「はい、ありますから」
だからだというのだった。
「ですから是非」
「楽しみにしていますね」
こんな話をしてであった。それぞれ笑顔で別れた。彼等を見送る孫権の表情は。
「何か奇麗ですよお」
「えっ!?」
「今までよりもずっと奇麗になってますよ」
陸遜の言葉である。
「大きくなられましたね」
「大きくか」
「はい、なられましたね」
主を温かい目で見ての言葉だった。
「それでいいと思います」
「そうか」
「蓮華様はとてもお優しくて真面目な方ですし」
それが彼女の長所である。
「それに器の大きい方ですから。御心に余裕を持たれますと」
「さらにか」
「そうです。頑張って下さいね」
「うむ、それではな」
こう話してであった。皆で笑顔でいた。孫尚香も何だかんだで笑っていた。
陸遜は港から帰ってからすぐに周瑜のとことに来た。そうしてだった。
一礼してからだ。報告するのだった。
「皆さん無事に船に乗られました」
「そうか」
「はい。北に向かわれました」
「わかった。それにしてもだ」
「孔明さんですか」
「そうだ、あの娘だ」
周瑜の方からだった。孔明について話すのである。
「あの娘は。かなりな」
「知識や知恵だけでなく。それに」
「度胸もあるな」
「思春さんとあそこまで渡り合うなんて」
「そうはできるものではないな」
「しかも凄い向上心もありますし」
見ていたのだ。孔明のことを。
「このままいかれたら」
「私や御前に並ぶ軍師になるか」
「そう思いますう」
「それ以上かもな」
しかしであった。周瑜はここでこう言うのあった。
「あの娘は」
「それ以上ですか」
「然るべき主を見つけたならば」
その時のことを話し。周瑜のその目が光った。
「その時はだ」
「そうですね。一代の、いえ」
「この国を救うだけの者になる」
真剣な顔での言葉だった。
「間違いなくな」
「この国をですかあ」
「そうだ。それだけの英傑だ」
周瑜は言った。
「あの娘はな」
彼女は孔明をそう見ていた。その孔明はだ。
今は船の上にいた。そこで仲間達と共に北に進みながらだ。河を見ながら言うのだった。
「事件は終わりましたけれど」
「どうしたのだ?」
「何か本を読んでいるみたいでしたね」
こう張飛に話す。
「どういう訳か」
「本をなの」
「はい、誰かが筋書きを書いたみたいな」
馬岱に対しても言うのだった。
「そんな感じだったような」
「筋書きなのだ?」
「そういえば曹操さんと袁紹さんが襲われたお話も」
孔明はこのことも話した。
「筋書きが書かれていたような」
「そうした感じなのね」
「黄忠さんのことも」
その黄忠を見ても言うのだった。
「気のせいですかね」
「考え過ぎじゃないの?」
舞はこう述べた。
「幾ら何でもそこまでは」
「考え過ぎでしょうか」
「そうよ。怪しい事件が多いのは戦乱の時代だからでしょうし」
「こんな事件は何処でも起こっているしね」
キングもこう言う。
「だからそれはね」
「そうでしょうか」
「考え過ぎるのもよくないですよ」
ナコルルもそこまでは考えていなかった。
「ですから。今は」
「今は?」
「お茶でも飲みましょう」
そうしてはというのだった。
「それで落ち着いて船旅を楽しみましょう」
「わかりました」
「お菓子もありますよ」
香澄はそれを勧めてきた。
「お饅頭が」
「えっ、お饅頭ですか」
饅頭と聞いてだ。孔明は明るい顔になって話すのだった。
「私お饅頭大好きなんですよ」
「では余計にですね」
ナコルルもいた。
「皆で食べましょう」
「はい、それじゃあ」
彼女達は楽しくお茶に饅頭を楽しむことになった。そして関羽達はだ。三人で船の中で一杯やっていた。
「美味いな」
「うむ」
「江南の酒もいいよな」
関羽と馬超が趙雲の言葉に応えていた。
「しかもこのメンマもだ」
「意外と合うんだな」
「メンマはいい食べ物だ」
趙雲はそのメンマを箸に取りながら言う。
「是非にと思ってな」
「そうか。しかし」
「そりゃ随分多くないか?」
二人は趙雲の前の皿の上のメンマを見て少し引いていた。何と山盛りである。
「そこまで食べるのか」
「メンマばかりな」
「私はこれで満足だ」
こう言ってそのメンマを食べる。
「メンマさえあればな」
「他のものもあるのだがな」
「干し肉だってな」
「干し肉も嫌いではないがな。だが」
「だが?」
「今度は何だよ」
「二人共中々のものだな」
話を変えてきたのである。
「あらためて見るとな」
「?何のことだ」
「何のことだよ」
「胸だ」
それだというのである。
「私もそうだが。二人もかなりだな」
「それか」
「そのことかよ」
「だが。紫苑殿はな」
ここで黄忠の話もした。
「それ以上だからな」
「そうだな。あの胸は」
「相当なものだよな」
「孫家に仕える面々もかなりだったが」
彼女達の話もする。
「しかし。あの方の胸はな」
「うむ。相当なものだ」
「流石に負けるな」
巨乳の三人も敗北を認めていた。流石にだった。
「胸には自信があったのだがな」
「実は私もだ」
「あたしも。形だってな」
そしてだ。趙雲は今度はこうも言うのだった。
「だが。まだな」
「まだ?」
「何かあるってのかよ」
「キング殿や舞殿も立派なものだ」
二人のそれも肯定したうえでの言葉である。
「しかし」
「しかし?」
「その先にある言葉は何だ?」
「もう一人いるのかもな」
こう言うのであった。
「もう一人。胸が大きい者に会うかも知れない」
こう言うのだった。
「もう一人だ」
「さらにか」
「会うのかよ」
「そんな気がする」
趙雲の顔は真剣なものだった。真面目に言っているのだ。
「何故かわからないがな」
「少なくとも出会いはあるか」
「今度は誰だろうな」
「何の話してるの?」
そんな話をしているとだ。三人のところに璃々が来た。
「おっぱいの話してるの?」
「い、いやそれはだな」
「何というか」
「まあそうだけれどさ」
「そうなの」
「しかし。この娘は」
関羽はその璃々をちらりと見て二人に言った。
「紫苑殿の娘だからな」
「そうだな。有望だな」
「大きくなるな」
「うん、私胸大きくなるよ」
自分から言う璃々だった。
「お母さんにそう言われてるの」
「遺伝だな」
「そうだな」
「それしかないよな」
三人は黄忠がそう言う根拠をすぐに察して述べた。
「私もだ。母上はな」
「私もだった」
「やっぱりそれだよな」
「お母さんが大きいと大きくなるのよね」
璃々はかなり無邪気に述べた。
「じゃあ私も」
「そうだ。おそらくな」
「大きくなるからな」
「それは安心していいと思うな」
「うん、楽しみにしてるよ」
璃々は明るく笑って話した。
「そうなるのをね」
こんな話をしながらだ。一行は北に向かっていた。そこでまた出会いが待っていた。
その頃だ。また闇の中でだ。影達が話をしていた。
「そうですか。紫鏡はですか」
「しくじった」
一言だった。
「所詮はあの程度だ」
「そうですね。ただ」
「ただ、か」
「屍はまだあったな」
こう言うのであった。その影の一つがだ。
「そうだったな」
「ある。河に放り込まれたがすぐに回収した」
「ならそれを使えばいい」
「そうですね。あの様な男でも」
別の影も言うのであった。
「利用価値はありますから」
「ではそうするとしよう」
「そうされるとよいかと」
「ところでだ」
ここでまた一人が言ってきた。
「これからのことだが」
「これから?」
「貴殿は確か既に宮中に入っているな」
「はい」
影の一人が応えた。
「それが何か」
「それでどちらについている」
「大将軍の方に」
そちらだというのである。
「ただ。宦官の方にもです」
「関係は築いているのだな」
「そちらも」
「御安心下さい。どうも曹操殿や袁紹殿にはあまりよく思われていないようですが」
「だがそれは既にわかっていること」
「そうだな」
「はい、それもその通りです」
その影は周りの言葉に頷いたのだった。
「既に」
「ならばいいな」
「それで」
「はい、それで」
その影は満足している声で答えた。
「このままいけば」
「それでは今は」
「どうされますか」
「このまま進めていきます。それと」
ここでその影が別の影に問うた。
「あの三姉妹は」
「バイスとマチュアがついていたな」
「そうだったよな」
「はい、二人から話を聞いています」
その影が同志達に述べた。
「順調に名前を知られるようになっているとのことです」
「そうか、それではな」
「それはいいことだな」
「はい。順調ですから」
「そして。烏丸じゃが」
別の影の言葉だ。
「間も無く兵を挙げる」
「ほう、そうか」
「そちらもですか」
「よいことにな。蔡文姫は袁紹めに保護されてしまったが」
「あれは迂闊でしたね」
宮中の話をしていた影が述べてきた。
「彼女を折角北にやったというのに」
「しかし袁紹は匈奴を取り込み」
「そのうえで」
彼女を保護されたというのであった。
「しかし。あの程度はどうにかなる」
「宮中の切れ者も宮廷にいなければ」
「どうということもありません」
「それでは」
ここまで話してであった。
「まずは紫鏡の屍をもう一度使い」
「宮中深く入り込み」
「そして烏丸をじゃな」
そんな話をしているのであった。
「おおよそ筋書き通り」
「進んでいます」
「ではこのままこの国に」
「神々が蘇る」
「そしてです」
影の一つの言葉に陰惨なものが宿った。
「この国は血に覆われます」
「そう、それを欲してもだ」
「この世界に来たんだからな」
邪悪な笑みもそこにはあった。
「何かと邪魔な奴等もいるが」
「わざわざ誰かが呼んでくれたみたいだがな」
「それでもです」
彼等はそれぞれ言う。
「この国の者達の血で」
「乾杯するとしましょう」
闇の中で何かが動いていた。それは明らかに一つになっていた。誰も知ることのできない深い闇の底でだ。彼等は邪悪な夢を語り合っていた。
第十七話 完
2010・5・27
真犯人判明。
美姫 「とは言え、その裏で何か別の者が動いているような感じよね」
屍を使うとか言ってるしな。
今回の件はとりあえず解決だけれど、全体的に何かが起こっているんだろうな。
美姫 「どうなっていくのかしらね」
次回を待っています。