『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                            第百三十四話  徐庶、敵陣を見るのこと

 遂にだ。劉備達連合軍はだ。
 敵と遭遇してだ。その陣を見るのだった。
「あれは一体」
「どういう陣なのかしら」
 斥侯を率いていた曹仁と曹洪がだ。司馬尉達の陣を見てだ。
 そのうえでだ。眉を顰めさせて話をした。
「十のそれぞれの陣があって」
「そこに祭壇があるけれど」
 見ればだ。敵軍は十の陣、ただ柵に覆われ門がありだ。それぞれの中央に祭壇があり無数の旗が置かれているその中にいる。囲まれる様にしてだ。
 その敵陣を見てだ。二人は話すのだった。
「ねえ、どう思うあれ」
「あからさまにおかしいわね」
 こうだ。二人共すぐにその敵陣に異様なものを感じたのだ。
 それでだ。曹仁が言った。
「ねえ、あの陣に攻め込めばどうなると思う?」
「絶対にとんでもないことになるわね」
 顔を顰めさせてだ。曹洪は曹仁に返した。
「妖術か何かの類ね」
「ええ、そうした陣ね」
「じゃあここは迂闊に入らずに」
「一旦華琳様達に報告すべきね」
 これが二人の結論だった。そうしてだった。
 二人はすぐにだ。斥侯達を連れてだ。曹操達のところに戻った。そうしてだ。
 そのうえでだ。将帥が集る天幕に入りだ。その敵陣のことを述べたのだった。
 二人の話を聞いてだ。まず曹操が言った。
「それは入らなくて正解だったわね」
「やはりそうですか」
「あの十の陣は」
「私もその陣が何かはわからないけれど」
 それでもだというのだ。
「間違いなくね。妖術が仕込まれているわね」
「司馬尉か于吉の」
「それがですね」
「どうせ中に入ればその妖術でやられるわ」
 そうなるというのだ。曹操もそう見抜いていた。
「だから迂闊に攻めるべきではないわね」
「ではその陣の妖術を破ってから」
「そのうえで、ですか」
「そうしてから攻めるべきね」
 こう述べる曹操だった。
「さもないと勝てる戦も勝てないわ」
「わかりました。それでは」
「まずはその陣の妖術を破りましょう」
 二人も曹操の言葉に頷きだ。そのうえでだった。
 まずはだ。何をするかというとだった。
「その敵陣をどう見極めるかだけれど」
「あの」
 曹操が言うとだ。ここでだ。
 徐庶がだ。こう言ってきたのだった。
「その十の陣だけれど」
「黄雛ちゃん、知ってるの?」
「ええ、ひょっとしたら」
 徐庶は鳳統の問いにこくりと頷く。
「私の知ってる陣かも」
「じゃあその陣は」
「十あるから若しかして」
 そこからだ。徐庶は考えて述べたのだった。
「十絶陣なのかも知れないわ」
「十絶陣!?」
「というと」
「陣は陣ですが」 
 どういったものかとだ。徐庶は一同に話した。
「それは宝貝の一種でして」
「宝貝というと」
 その名称からだ。すぐに陸遜が言ってきた。
「あれですね。仙人の方々が使う」
「はい、仙術の道具です」
 それだというのだ。
「それには楽器や武具が多いですが」
「例えばあれですね」
 陸遜がだ。ここで挙げるものは。
「太公望の打神鞭ですよね」
「はい、あれ等です」
「他にも多くのものがありますけれど」
「そうした仙人が仙術で使う道具です」
 そうした広範囲なものが全てだ。宝貝だというのだ。
 このことを述べてからだ。また話す徐庶だった。
「それには陣も含まれます」
「また広範囲ですね」
 それを聞いてだ。張勲が目をしばたかせながら述べた。
「宝貝には陣も含まれるとは」
「はい、他には地図等もあります」
「とかく多彩なのね」
 審配も話を聞いて述べる。そしてだ。
 そのうえでだ。審配はこんなことを言ったのだった。
「それで今問題になるのは」
「はい、誰がその陣を敷いたかですね」
「それだけれど」
 こうだ。審配は考える目で述べていく。
 そしてだ。こう徐庶に尋ねたのである。
「厳密に言うとこの場合はよね」
「仙術というよりかはですね」
「妖術になるわよね」
 こう尋ねたのである。仙術よりはむしろそちらだとだ。
「やっぱりこれは」
「そうですね。妖術はよからぬものに使うものですから」
「そこが仙術と違うから」
「仙術と妖術の違いはです」
 それは何かとだ。徐庶は審配に述べていく。
「世の為人の為になるかならないかの違いです」
「つまりそこにある心の違いね」
「はい、ですから」
 従ってだというのだ。
「あの人達が使うものは妖術になります」
「そういうことになるわね」
「それで問題は」
 張三姉妹もいた。彼女達もそうした術を少しだが使える。彼女達の場合は今では仙術になる。
 その立場からだ。張梁が徐庶に尋ねた。
「あれよね。具体的に誰が使ってるのか」
「それですね」
「そう。相当大掛かりな宝貝でね」
 それに加えてだというのだ。尚三姉妹は宝貝についても知識がある。
「そんなの誰が使えるかっていうと」
「敵の中でも限られています」
「ええと。あの于吉と」
「司馬尉だけかと」
「そうそう、于吉の感じがしないのよ」
 張梁は直感からこう見ていた。そしてだ。
 そのうえでだ。こう徐庶に話したのである。
「となるとね」
「司馬尉ですね」
「しかもね。その十絶陣って何か」
 どうかというのだ。その陣はだ。
「人間からなった仙人の使う宝貝じゃない気がするけれど」
「あっ、そういえばそうよね」
「ええ、仙人には二つの流れがあるけれど」
 張梁の今の話にだ。張角と張宝も気付いた。
 それでだ。二人も話すのだった。
「人間からなった仙人ってもっと道具にするけれど」
「他には地図とか」
「陣を宝貝にするのはやっぱり」
「人間以外からなった仙人の使うものよ」
「あれっ、何だよそれ」
 三姉妹の話を聞いてだ。覇王丸がだ。
 こうだ。彼女達に首を傾げながら問うたのだった。
「仙人って犬や猫でもなれるのかよ」
「ええ、そうよ」
 まさにその通りだとだ。張梁が覇王丸に答える。
「犬や猫どころか猿とか蛇でもなれるし」
「そうだったのか」
「木とか琵琶とか。石でもなれるわよ」
「そういえばだ」
 右京がだ。張梁の今の話から思い出したことがあった。それは。
「司馬昭だったか。あの娘の持っている力は」
「そうそう。琵琶精でしょ」
「そういうことか。他の二人にしても」
「それぞれ狐と鳥でしょ?」
「頭が九つあるな」
 司馬尉に至っては九尾だ。それだけ恐ろしい力があるということだ。
「つまりはか」
「そう、動物とかでも仙人になれるのよ」
「その素質があればか」
「仙骨とかね。そういうのがあれば」
 仙人には修業しただけでなれないものがあるのだ。元々備わっているものがなければだ。
 このことをだ。張梁はあらためて話したのである。
「どんなのでもなれるのよ」
「それこそ楽器や何でもか」
「まあ妖怪って言ってもいいけれど」
「妖怪仙人か」
「そう言うかもね。まあとにかくね」
「あらゆるものが仙人となれるのだな」
「そういうこと。そこから考えて」
 どうかとだ。張梁はさらに話していく。
「于吉はどう見ても人間じゃない」
「人間からなった仙人よね」
「あの気配は」
 張角と張宝も述べる。
「左慈もそうだけれど」
「人間ね、元々から」
「で、それに対して司馬尉よ」
 もう一人だった。ここで問題になるのは。
 張梁はその右手の人差し指を立てて教師の様に一同に話していく。それで言うことは。
「あいつは九頭に九尾の狐だから」
「リョウシツか」
 示現がぽつりと呟く。
「あの妖狐が」
「そう、妖怪仙女そのものだから」
 それ故にだとだ。張梁もその顔を険しくさせて述べる。
「十絶陣はね」
「司馬尉仲達が」
「そう考えて間違いないと思うわ」
「けれど。ああした陣ってね」
 張角も仙術を使う立場から述べる。
「一つを使うだけでもかなりのものなの」
「あの陣は確か」
 張宝も話す。
「かつて殷と周の戦いの時に使われたわ」
「また随分と大昔だな」
 趙雲は殷と聞いてこう述べた。
「そこまで遡るか」
「そう。その時に殷についた一聖九君がそれぞれ使ったものだから」
「一聖九君?」
「その人間以外のものからなった仙人達の領袖達よ」
 実際に取り仕切るだ。大臣の様なものだというのだ。
「その彼等が使った陣だから」
「おい、領袖達が使った陣かよ」
 馬超はここから言った。
「仙人を取り仕切る連中の中でもそんな奴等が使う宝貝って」
「そう、それぞれが絶大な力を持っているの」
 まさにそうだと述べる張宝だった。
「一つ一つを使うのも容易ではないわ」
「それを一度にか」
「十個も使ってるのかよ」
 趙雲も馬超もこのことに驚きを隠せない。
 それでだ。二人はそれを使う司馬尉について話すのだった。
「司馬尉仲達、やはりな」
「とんでもねえ妖術の持ち主だな」
「伊達にこの世界を滅ぼそうと考えるだけはあるな」
 テリーもだ。歯噛みしながらも司馬尉のその強さを認めた。
「とんでもねえ奴だぜ」
「そしてその十絶陣ですが」
 また徐庶が話してきた。
「それぞれ入ればです」
「死ぬのだ?」
「はい、死にます」
 徐庶は張飛にはっきりと答えた。
「血水になって」
「身体も消えてしまうのだ」
「それだけ十絶陣の力は凶悪なのです」
「うう、それは危ないのだ」
 張飛も引くまでにだ。危険なものであることは明らかだった。
「じゃあそんなところ入られないのだ。
「はい、絶対にです」
「じゃあどうすればいいのだ?」
「周は殷に勝っています」
 徐庶は今度は歴史的事実から話した。
「つまり十絶陣はです」
「破られている、か」
「太公望と彼に味方した仙人達に」
 そうなったとだ。徐庶は今度は関羽に話した。
 このことを聞いてからだ。関羽は腕を組み考える顔になりだ。
 そのうえでだ。こう話すのだった。
「弱点のないものなぞこの世にはないか」
「それが例え仙人の使うものでも」
「ならば我等は勝てるか」
「はい、周がそうだった様に」
「ならば戦うべきだな」
 関羽は結論を述べた。
「怯んではならぬ。しかしだ」
「まずはその十絶陣を破るべきね」
 その関羽に舞が述べた。
「そうしないと話にならないわ。当然だけれどね」
「ですがその陣については誰も知りません」
 今指摘したのは陸遜だった。
「私の持っている書にも十絶陣のことは書かれていませんでした」
「なら知っている人は?」
「やっぱり」
 ここでだ。一同は暗い顔になった。心当たりはあった。しかしだった。
「妖怪には妖怪なんだけれどな」
「ちょっと以上にね」
 どうかとだ。文醜に顔良が暗い顔になって話す。
「まああの人達にはちょっと今回は休んでもらうか」
「私達でやりましょう」
「あっ、あたし達は今回何もしないから」
「いざという時以外にはね」
 その妖怪達もひょっこりと出て来て話す。
「だから今はね」
「貴方達でやれるから」
「だから頑張ってね」
「応援してるわよ」
「ええ、是非そうして欲しいわ」
 曹操もだ。彼女達から視線を逸らしながら述べた。
「私達でやってみるわ」
「ええ、いざとなったら出て来るから」
「期待してるわよ」
「さて、応援団も来たし」
 督戦隊という名の応援団がだ。来たと述べてだった。
「ここはやりましょう」
「それじゃあまずは」
 劉備がだ。ここで言った。
「皆でその陣を見ましょう」
「それと一緒に包囲してね」
 孫策はこのことも述べた。
「それで陣を破ればすぐに攻められる様にしましょう」
「つまり敵は包囲されようとも勝つ自信がある」
 袁紹はこのことを見抜いたのだった。
「それだけその十絶陣に自信があるのでしてね」
「ううむ、嫌な奴等じゃ」
 袁術は彼等の自信にそう感じた。
「わらわとしても許せぬわ」
「なら絶対ににゃ」
 猛獲も言う。
「その沢山の陣を破るにゃ」
「ではまずは見ましょう」
 徐庶も言う。
「ここは是非共」
「それからなのです」
 陳宮も徐庶のその言葉に賛成する。そしてだ。
 劉備もだ。決断して言った。
「じゃあまずは敵陣を包囲して」
「はい、そのうえで」
「その敵陣を見ましょう」
 こう言うのだった。
「全てはそれからね」
「はい、それじゃあ」
「今から」
 こうしてだった。全軍でだ。
 その敵陣のところまで行った。その陣はだ。
 確かにだ。白装束の者達が中央にいてだ。その十方をだ。
 それぞれ柵で囲われ祭壇や台、旗が中央にある陣が置かれている。それを見てだ。
 徐庶はだ。こう言った。
「間違いありません」
「十絶陣なんだな」
「はい、そうです」
 その通りだとだ。マルコの問いに答えたのである。
「あの陣は」
「じゃああの陣に入ればどうなるんだ?」
「申し上げた通りです」
「死ぬか」
「はい、死にます」
 それはもう確実だとだ。徐庶はマルコに対して答える。
 彼等は今敵陣を包囲している。そのうえでだ。
 その十絶陣に囲まれた敵陣を見てだ。そして話していた。それで言う徐庶だった。
「血水になりです」
「ううむ、では迂闊に動かない様にするか」
「その通りです」
「しかし。何なのだ」
 首を傾げながら言うマルコだった。
「あの陣はそれぞれ異様な感じがするが。妖術故か」
「宝貝はその使う者の力も大きく影響します」
「では司馬尉が使うからこそ」
「はい、あれだけの妖気を出しているのです」
「完全な守りだね」
 アンディもだ。今は唸るしかなかった。
「このままでは攻めてはいけないね」
「しかしあれやろ」
 ロバートはここでこう徐庶に尋ねた。
「こっちも攻められへんけど向こうはどう攻めるつもりや、わい等を」
「瞬間移動使うんでしょ」
 ロバートのその問いにユリが突っ込んだ。
「今までみたいに」
「ああ、あれでかいな」
「ああして守り固めていたらね」
 それならだというのだ。
「もう攻められる心配ないから」
「ほなまたゲリラ戦かいな」
「それ仕掛けて来る可能性高いでしょ」
「だとすれば非常にまずいです」
 程cがだ。眉を顰めさせて二人に述べた。
「後方の糧食や武具を攻められると戦どころではありません」
「そうだな。飯を食わないと生きること自体ができない」
 リョウが程cのその言葉に頷いて言う。
「それに長い間対峙していてもな」
「赤壁の時は漢の中だったので大丈夫でした」
 程cは補給の話をしていく。
「ですがそれがです」
「ここじゃ違うな」
「はい、ここは漢ではありません」
 匈奴の領土、それも深く入っている。それならばだというのだ。
「後方の糧食等を攻められると本当に」
「後方にも護りの兵は置いてはいます」
 郭嘉がその備えもしていると述べはした。
 だがそれでもだとだ。彼女は言うのだった。
「しかし。彼等の得意とする妖術を使った奇襲を何度も仕掛けられると」
「まずいわなあ、やっぱり」
 張遼はその後方をちらりと見て呟いた。
「というかこの戦長い間戦えるものやないやろ」
「はい、その通りです」
 まさにそうだと答える程cだった。やはりその目は顰められている。
「非常に危険です」
「じゃあ答えはもう出ているじゃねえか」
 ジャックがその目の前の十絶陣を見て言った。
「あの陣破るしかないだろ」
「しかしな。こっちからは迂闊に入られないからな」
 ジョンがそこを注意した。
「だからこそ困っている」
「それでだけれど」
 キングが徐庶に尋ねる。
「何かいい考えはあるかしら」
「まずはそれぞれの陣がどういったものか把握することですね」
 全てはそれからだった。
「残念ですがどれがどういった陣かはわかっていません」
「それなら」
 ここで言ったのは呂布だった。いつものぽつりとした口調だ。
 その口調でだ。彼女は徐庶に述べた。
「誰かを陣の中に送り込んで確めればいい」
「ですが。陣の中に入ると」
「そう、確実に死ぬ」
「ですからそれはできません」
 犠牲を出すこと自体をだ。徐庶は恐れていた。
 それでだ。呂布に対して困った顔で応えたのである。
「誰かを犠牲にしてもそれでは」
「そう。生きている人なら」
 だが、だ。呂布はここでこう言ったのだった。
「問題」
「生きている人なら」
「生きていないならいい」
 呂布はここでもぽつりとした口調だった。
「そういうこと」
「あっ、そうですね」
 呂布に言われてだ。それでだった。
 徐庶ははっとした顔になった。それでだった。
 そこからだ。すぐに考えに入りだ。それから言ったのだった。
「それではです」
「どうするの?ここは」
「はい、お人形さんを作りましょう」
「それでそのお人形さんをなのね」
「はい、それぞれの陣に送り込んでそのうえで」
 陣を見ようとだ。徐庶は劉備に述べた。
「これでどうでしょうか」
「そうね。それじゃあ」
 劉備もだ。徐庶のその言葉に頷きだ。そしてだ。
 そのうえでだ。こう言ったのだった。
「まずはお人形さんを作ってね」
「敵陣を確めましょう」
 こうしてだ。十絶陣を把握することになった。しかしだった。
 時は限られていた。それでだ。
 手の器用な面々が集まりだ。そしてだった。
 そうしたものを作ることを得意とする李典がだ。彼等に話すのだった。
 今彼等は陣中の大きな天幕の中で作業をしている。その中でだ。
 人形をせっせと作っている。丁度頭のところを作りながらだ。
 李典はだ。クーラに尋ねた。
「そっちどないや?」
「順調」
 上手にできているというのだ。
「一つできそう」
「そっか。十絶陣やからな」
「十体でいいんだね」
「そや、それだけや」
 李典は今度は人形に顔をかきながらアルフレッドに答えた。
「それだけあればええんや」
「それじゃあどれ位でできるかな」
「できるだけ早い方がいいだろうな」
 ビリーもだ。作業に加わっていた。
 彼は服の刺繍をしながらだ。それで言うのだった。
「明日にでもな」
「まあ徹夜はあかんで」
 李典はそれは駄目だと言った。
「敵は何時来るかわからんさかいな」
「それでは交代でか」
「そや、休んでや」
 李典は隣で同じく作業をしている楽進に答えた。
「うちもそうするさかいな」
「だから人を多く集めたのか」
「そういうこっちゃ」
「成程な。人が多ければそれだけだな」
「仕事もはかどるさかいな」
 極論すれば人海戦術だった。李典はそれで作業を進めていくというのだ。
 そんな話をしているうちにだ。早速だった。
 一体ができ服が着せられる。それは誰の人形かというと。
「よし、できたぞ」
「上手やなあ、これはまた」
 李典は夏侯惇の誇らしげな声に応えてその人形を見た。テリーの人形だった。帽子まで忠実に再現されている。
 その帽子まで見てだ。李典は感嘆の言葉を出したのである。
「いけるで、これ」
「そうか。どうだテリー」
「ああ、俺からも合格だ」
 その本人もだ。親指を立てて笑みで返す。
「またえらくそっくりだな」
「私の自信作だ。秋蘭にも手伝ってもらった」
「あんた意外と器用なんだな」
 テリーもこれまで夏侯惇は猪女と思っていたのだ。しかしだ。
 意外なまでに上手なその人形を見てだ。感嘆して言ったのである。
「こういうの得意なんだな」
「うむ、慣れているしな」
「慣れている?」
「実は姉者はだ」
 ここで夏侯淵がだ。テリーに話してきた。
「いつも華琳様の人形を作って愛でているのだ」
「へえ、そうだったのか」
「そうだ。それでだ」
「人形を作ることは得意か」
「そうなのだ」
「けれど料理はあれだろ」
 テリーはここでこのことも言った。
「かなり駄目だろ」
「姉者は料理の才能はないのだ」
「それはあんただな」
「そうだ。華琳様も得意とされているがな」
 だが夏侯惇の料理の腕はというと。
「残念なことにだ」
「だろうな。意外と歌も上手いのにな」
「姉者は実は乙女なのだ」
 実は、と言われるのがまさに夏侯惇だった。乱暴な様に見えて実はなのだ。
「それも純情なだ」
「そうだな。夏侯惇さんはいい奴だ」
「褒めても何も出ないぞ」
 二人の話に顔を赤らめさせてだった。そのうえでだ。
 夏侯惇は気恥ずかしそうにだ。テリーに言った。
「私の様に可愛くない女はそうはいないのだからな」
「そういうことにして欲しいのか?」
「事実だ。私はだ」
「じゃあそういうことにしておくな」
 テリーは気さくに笑ってその顔を赤らめさせた夏侯惇に返した。
 それでだ。懐からあるものを出した。それは。
 ホットドッグだった。それぞれ一個ずつ夏侯姉妹に差し出して言うのだった。
「食うか?」
「貴殿が作ったものか」
「ああ、どうだい?」
 微笑み夏侯淵に返す。
「食うかい?」
「そうだな。それではだ」
「その好意受けさせてもらおう」
 夏侯淵に夏侯惇もだ。彼の差し出しを受けてだ。
 そのうえでだ。口に入れてだ。
 それからだ。こう言うのだった。
「ふむ、見事だ」
「相変わらず美味いものを作る」
「俺もな。ロックに習ったんだよ」
 料理の腕をだ。それをだというのだ。
「それでだけれどな」
「うむ、ロック殿も見事だが」
「貴殿の腕もかなりだな」
「そう言ってくれて何よりだ。じゃあ俺もな」
 テリーもだ。自分のホットドッグを出して食べだす。そうして食べながら述べた。
「やっぱり美味いな」
「うむ、では食べ終えてからだ」
「また作るか」
 食べてそれからも動くことにしてだ。彼等は今は休息を取っていた。
 その間にも人形はできていく。次々とだ。
 李典はその状況を見てだ。満足した笑みで言った。
「順調で何よりやな」
「そうだな。では明日にはだな」
「全部出来るで」
 笑顔で楽進に述べる。
「今度の戦いはすぐに終わらせなあかんしな」
「そうだな。それでだが」
「休憩か?」
「食べるか?」
 言いながらだ。楽進はだ。
 丼を出して来た。その中にはだ。
 赤いスープとそして太い縮れた麺があった。その麺を見てだ。李典は言った。
「インスタントラーメンか?」
「ああ、そうだぜ」
「辛ラーメンです」
 ドンファンとジェイフンが言ってきた。二人も丼の中にあるその辛ラーメンを食べている。
 そうしながらだ。彼等は李典に言った。
「これ食って腹ごしらえにしてな」
「また頑張りましょう」
「美味だ、このラーメンは」
 楽進もだ。そのラーメンを食べながら言う。当然箸を使っている。
 表情は変わらないがそれでもだ。声の機嫌はいい。
 そのうえでだ。彼女は言っていた。
「ここまで辛いとな」
「楽進さん韓国料理好きだよな」
「こちらとしても作りがいがあります」
 ドンファンとジェイフンもだ。笑顔で述べる。
「韓国料理はやっぱり辛くないと駄目だよ」
「昔は違った様ですが」
「むっ、辛くない韓国料理もあるのか」
 その話を聞いてだ。楽進は意外といった顔をだ。微かに見せた。
 そのうえでだ。二人に尋ねたのである。
「では唐辛子が入っていないのか」
「ああ、こっちの世界じゃもうあるけれどな」
「僕達の世界では十六世紀まで韓国に唐辛子はなかったんです」
「で、その頃はまだ辛い料理じゃなくてな」
「大蒜も今より使っていなかったんです」
「ううむ、そうなのか」
 その話を聞いてだ。意外といった顔でまた言う楽進だった。
「そちらの世界の食文化の発展は私達の世界よりも遅かったのだな」
「ああ。というかこっちの世界の食文化とか服の文化の進化がな」
「かなり違っています」
 こちらの世界の方が特異だというのだ。
「多分この世界だけだろうな」
「お米も北で摂れますし」
「そうそう、そっちの世界やったら黄河流域では米食べられへんかってんな」
 李典もだ。その辛ラーメンを食べている。
 そうしながらだ。それで述べるのだった。
「そやから炒飯もやな」
「ああ、長い間黄河流域ではなかったんだよ」
「包や餅を食べていました」
 米ではなく麦を練ってそれを焼いた餅のことである。
「他には稗や粟も」
「稗に粟なあ」
 そうした穀物についてはだ。李典も楽進もだ。
 それぞれ顔を見合わせてだ。それで話すのだった。
「家畜は食べるけどな」
「もう人は食べることはしない」
「その辺り全然違うからな」
「こうしてからくり人形も作れますし」
「そのうち電化製品とかできるんじゃないのか?」
「僕達の世界よりずっと早く」
 とにかくそこまで変わっているのがこの世界だった。そうした話をしつつだった。
 彼等は辛ラーメンを食べだ。そうしてだった。 
 食べ終えてまた人形を作れる。そうしてだった。
 翌朝だ。彼等は満足した顔でだ。将帥の天幕にいる劉備達にだ。
 それぞれの人形を出してだ。こう言うのだった。
「出来ましたさかい」
「後は十絶陣に送り込むのですね」
「はい、有り難うございます」
 劉備の傍らに控えている徐庶が李典と楽進に応える。
「ではそれでは」
「そうね。十絶陣に送り込みましょう」
「それでどういった陣か見ます」
 徐庶は確かな顔で劉備に応える。そうしてだった。
 早速十絶陣にだ。それぞれ人形が送り込まれることになった。それを見てだ。
 司馬尉はだ。余裕の笑みでだ。同志達に言った。
「何をするつもりかわからないけれど」
「十絶陣を通ることはなんだな」
「絶対にできないわ」
 自信に満ちた声でだ。社に言うのだった。
「この陣は誰にも通れないわ」
「では安心して見守っていればいいんだな」
「ええ、それでね」
 それでだというのだ。
「こちらの戦い方だけれど」
「ああ、妖術を使ってだな」
「敵の後方に出てそれで」
「補給を叩くか」
「そうして敵の戦力を削って」
 連合軍が予想した通りだ。司馬尉はそうしたゲリラ戦術を考えていた。
 そのうえでだ。また話すのだった。
「敵の継戦能力がなくなったところでね」
「そこで、だな」
「反撃に出るわ。総攻撃よ」
 ただだ。十絶陣を敷いたのではなかった。そこには策があったのだ。
 そしてその時を窺いながらだ。司馬尉はだ。
 十人、実は十体の人形達がそれぞれの陣に入っていくのを見ていた。動くことはない。
 だがその動かないことについてだ。左慈が尋ねた。
「なあ。あのまま入らせるんだな」
「十絶陣にはこちらも入ることはできないな」
「陣を敷いたあんた以外はか」
「ええ、他の人間が入れば」
 それでだ。どうなるかというのだ。
「血水になるわ」
「だからか」
「何も出来ないしする必要はないわ」
 そういうことだというのだ。
「見ているだけでいいのよ」
「そうか。それにしてもな」
「そうしたやり方はまだるっこしいですか」
「まあな」
 左慈は己の嗜好から述べた。
「俺としてはな」
「積極的に攻めてこそね」
「ああ、しかし妖術で移動して戦うんならな」
「それには乗ってくれるわね」
「喜んでな」
 そうすると答えるのだった。そうしてだった。
 左慈はだ。司馬尉にまた言った。
「で、いいか?」
「何かしら、今度は」
「そろそろ何か食わないか?」
 朝なのでだ。それでだった。
「飯をな。どうだ」
「そうね。ちゃんと食べないとね」
「俺達にしてもな」
 身体がもたない。だからだというのだ。
「そうするか」
「そうね。それではお料理は」
「既に用意してあります」
 ゲーニッツが恭しく礼儀正しく一礼してから彼等に話す。
「それを召し上がりましょう」
「お粥ですよ」
 今度は于吉が言ってきた。
「それをどうぞ」
「お粥ね」
 粥と聞いてだ。司馬尉はだ。
 微かに笑ってだ。それで応えたのである。
「朝にお粥は最高の御馳走ね」
「粗食だと言うと思ったんだがな」
「そこは好みの違いかしら」
 社にもその笑みで返す。
「お粥はただ炊くだけのものではないから」
「はい、茸を入れさせてもらいました」
 ゲーニッツの好物のだ。それをだというのだ。
「西洋風の。所謂リゾットですが」
「あのお粥ね」
「司馬尉さんもお気に入りですね」
「お粥といっても色々あるのはわかったわ」
 あちらの世界の者達との交流でだ。司馬尉も知ったのだ。
 そのうえでだ。美味いものを期待する顔でだ。彼女は述べた。
「日本のものもその西洋のものもね」
「そしてこの国のものもですね」
「ええ。しかも米のものだけではなくて」
 こうしたこともわかったというのだ。
「麦を使ったものもね」
「この国もかつては稗や粟の粥を食べていましたね」
「ええ、そうよ」
「しかし今はですか」
「米のお粥が主流ね」
 そうだというのだ。
「麦、特に貴方が時々食べている牛の乳を使った」
「オートミールですか」
「あれはないわね」
 中華にはない料理だ。そもそも乳を使った料理自体がないのだ。
 それでだ。司馬尉も今言うのだった。
「珍しい味だわ」
「御気に召されたでしょうか」
「ええ、あれはあれでね」
 そうだとだ。笑顔で返す司馬尉だった。そしてだ。
 今はだ。こうゲーニッツに述べた。
「けれど今はね」
「茸のリゾットをですね」
「ええ、それを頂くわ」
「茸の他にはトマトとベーコンも入れています」
 茸だけではなかった。入れているのは。
「それを召し上がって身体を温めましょう」
「それと共に英気を養ってね」
「そうしましょう」
 こうした話をしてだ。彼等も食事を摂るのだった。そうしてだ。
 そのうえでだ。最後の決戦にだ。闇の者達も赴くのだった。


第百三十四話   完


                            2012・1・7



いやー、待ち構える方もただの陣形じゃないな。
美姫 「まさか、進むだけでアウトとはね」
事前に気付けて良かったけれど。
美姫 「果たして、無事に敵陣を打ち破れるかしらね」
まだ両軍激突とはならなかったけれど、次はどうなるか。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。



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