『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                            第百三十二話  一同、北に向かうのこと

 陸遜は関羽達からその九頭の九尾の狐の話を聞いた。そしてその瞬間にだった。
 飛び上がらんばかりに驚きそれと共に胸を大きく上下に揺らしてだ。こう言ったのである。
「それはリョウシツですよ!大変です!」
「やはり恐ろしい存在か」
「それにそんな名前だったんだな」
「九尾の狐は千年生きて恐ろしい力を得た狐です」
 趙雲と馬超が言ったところでだ。彼女はまずは普通の九尾の狐の話をした。
「狐の世界は複雑でして」
「確か修業の度合いによって位階があったわね」
「はい、野狐からはじまってです」 
 狐についての知識があると見られる黄忠に話してさらに言うのだった。
「最上位は天狐ですが」
「九尾の狐はその天狐よりも上だったわね」
「はい、別格です」
 そうした存在だというのだ。その普通の九尾の狐はだ。
 陸遜はさらにだ。普通の九尾の狐について話していく。
「まさに神に匹敵する力があり高位の仙人でないと中々相手になりません」
「普通でそれ位なのだ」
「はい、ですから司馬尉仲達はこれまでもかなりの力を持っていました」
 それまででもだというのだ。
「まさに高位の妖仙の力がありました」
「しかしそれに加えてか」
「そうです。九尾の狐がさらに千年生きますと」
「九頭も得るのか」
「それがそのリョウシツです」
 その名前の魔物になるというのだ。
「その魔力は普通の九尾の狐の比ではありません」
「まさに世界を滅ぼせるだけの」
「それだけの存在になるのだ」
 関羽と張飛もだ。その話を聞いてだ。
 驚く顔になりだ。こうそれぞれ言ったのである。
「只でさえあれだけの力を持っていたというのに」
「あれだけの化け物になったのだ」
「九尾の狐は実はいいものと悪いものがいます」
 またここでその狐について話す陸遜だった。
「いい狐はまさに神の使いか神でして」
「人の為にいいことをしてくれるわね」
「そうです。聖獣です」
 まさにそれだとだ。黄忠にも述べる。
「ですが悪い狐はです」
「人を食うな」
「商の頃に暴れたあいつみたいにだな」
「そうです。そうして妖力をさらに高めます」
 そうしたものだと。陸遜はまた趙雲と馬超に述べた。
「そしてリョウシツはです」
「その人を食う九尾の狐がか」
「なったものなのだ」
「千年の間さらに生きて人を襲い食らってです」
 陸遜の顔がいよいよ深刻なものになる。そのうえで関羽と張飛に述べたのである。
「あの様になったのです」
「!?ということはまさか」
 不意にだ。関羽はだ。恐ろしいことを考えた。
 そうしてだ。青ざめた顔で陸遜に尋ねたのである。
「あの女はまさか人を」
「あまり考えたくはないですが」
 陸遜もだ。その顔を青ざめさせて関羽のその言葉に応える。
「その可能性もです」
「否定できないか」
「医学では胎児や人の内臓も使います」
「ではそういったものをか」
「はい、普通は使わないそうしたものをです」
「食していた可能性もあるか」
「若しくは。実際にです」
 陸遜の顔は白くなっていた。血の気がさらに引いている。
 その顔でだ。彼女は言うのだった。
「人を。生身の人を」
「喰らっていたのか」
「過去に実際にそうした輩もいましたし」
 この国だけでなくだ。多くの国にある話ではある。
「ですから。その可能性もです」
「否定できないな」
「司馬尉はそもそも人ではありません」
「心がそうでないからだな」
「はい、ですからそうしたことも充分に考えられます」
 そうだというのだ。
「だからこそ恐ろしいのです」
「そしてその魔皇帝をか」
「私達は倒さなければなりません」
「敵は多いな」
 歯噛みする強い顔になってだった。関羽は言った。
 そうしてだ。そのうえでだった。陸遜にだ。
 こうだ。強い声で問うたのである。
「そのリョウシツを倒すことはできるか」
「できます」
「できるのか」
「確かに強力極まる魔神ですがそれでも倒せます」
 それは可能だというのだ。
「ただ。尋常ではない力を持っていますので」
「それは容易ではないか」
「はい、その通りです」
 まさにそうだと答える陸遜だった。
「普通の武具やお札、術の類は効果がありますので」
「わかった。それならだ」
「あの狐は絶対にやっつけるのだ」
 関羽と張飛が強い声で陸遜に告げた。
「そして二つの世界を絶対にだ」
「守ってみせるのだ」
 他の三人も同じだった。強い表情になっていた。
 そしてその表情を見てだ。陸遜も微笑んで述べた。
「頑張って下さいね。是非共」
 こうしてだった。リョウシツとの決戦のことも考えられるのだった。決戦の時は刻一刻と近付いていた。
 そしてだった。その中でだ。
 あかりはだ。外で北の空を見つつだ。十三に述べたのである。
「ほんまこれやばいで」
「そのリョウシツの気か」
「他にもよおさんおるしな」
「オロチに刹那にアンブロジアにな」
「あと朧とかネスツもおるわ。于吉とかもな」
「本当にうじゃうじゃいるな」
 十三はこのことを再認識して嫌な顔になる。
「どうしたものだよ」
「まあ決戦ではや」
「どうやって戦えばいいんだろうな」
「各個撃破やな」
 あかりが言う考えはこれだった。
「それや」
「各個撃破か」
「それしかないやろ。どんな強い奴でも個別に潰していけばええやろ」
「それはそうだけれどな」
「そやったら決まりやな」
 あかりは十三に顔を向けて述べたのだった。
「あの連中、個別に潰すで」
「リョウシツも刹那もだな」
「そやったら勝てる」
 陰陽師としての言葉だ。
「確実にや」
「勝たないといけないからな」
「そういうこっちゃ。確かに敵は強いけどな」
 だがそれでもだというのだ。
「勝つで。絶対にな」
「そうせんとな」
 こうした話をしてだった。あかりは北を見ていた。そこにまさに彼等がいるからだ。
 嘉神もだ。リョウシツのことについてだ。仲間達に話すのだった。彼等は今店の中で飲んでいる。そうして料理も食べつつそのうえで話をしていたのである。
 その中でだ。嘉神は杯を手に述べた。
「清の古書にあったが」
「山海経ですね」
 李烈火がすぐに答える。
「確かあの書にあの魔物のことは」
「書かれていたな」
「あれは空想の産物だと思っていました」
 その中国人のだ。李もだというのだ。
「ですがこうしていたということにです」
「貴殿も驚いているか」
「はい」
 まさにその通りだとだ。李も答える。
「そしてその妖力ですが」
「尋常なものではない」
「恐ろしいことです」
 李もだ。その顔を蒼白にさせている。歴戦の戦士である彼もだ。
 そしてだった。嘉神はまた言うのだった。
「あの狐も何もかもを倒さなくてはだ」
「二つの世界が完全に」
「まずはこの世界だ」
 滅ぼされるのはだというのだ。
「そして次にだ」
「そちらの世界ですか」
 共に飲んでいる?義が応える。
「そうなりますね」
「そうだ。奴等はそれぞれの世界を行き来できる」
 これもわかっていた。
「だからこそこちらの世界に来たのだしな」
「私達がこちらの世界に来たのは」
 ここで李が言った。
「あの方々の力ですが」
「ああ、あの人達な」
 ジャックもいる。彼は怪物達についていささか引きながら述べた。
「ちょっとな。尋常じゃない人達だからな」
「尋常ではないといいますか」
 李もだ。ジャックに応えて述べる。
「あの、本当に人間なのか」
「わからないところがあるからな」
「それは同感ね」
 ?義もだった。そのことはだ。
「あの人達は能力も凄いから」
「俺は最初見て妖怪だと確信したぜ」
 ジャックはつまみの干し魚を食べながら述べた。
「間違いなくな」
「私もです」
 そしてそれは李もだった。
「出て来ただけで爆発が起こりますし」
「あれはどういった現象なのか」
 嘉神も真顔で言う。
「それがわからない」
「妖術、いえ仙術なのかしら」
 ?義が言い換えたのは妖術なら悪しき存在が使うものと思ったからだ。
 だからだ。こう言い換えてなのだった。
「あれは」
「おそらくそうだと思いますが」
「だが。謎が多いな」
 李と嘉神が述べる。
「あの力はかなりですから」
「かなり疑問もある」
「けれどあの人?立ちがいてくれてな」
 ジャックは疑問符と共に述べた。
「有り難くはあるな」
「ですね。それは間違いありません」
 ?義もだ。彼等を頼りになる味方とはわかっていた。
 しかしだ。どうしてもなのだった。
「ですが。あの方々は」
「何者かわからないところもあるな」
 嘉神も言った。そうしてだった。
 彼はだ、仲間達にこう述べたのだった。
「だが。味方だ」
「そして仲間ですね」
「俺達のな」
「そのことは変わりない」
 例え彼等の能力や外見が人間のものではないにしてもだというのだ。
「なら共に戦おう」
「はい。例えここに急に出て来ても」
 ?義は微笑みだ。自分の前の皿にある焼売を食べながら言った。
「安心すればいいですね」
「まあ出て来る度に爆発起こるけれどな」 
 ジャックはやや苦笑いだった。
「あの理屈もわからねえけれどな」
「ですね。謎の塊の様な方々ではあります」
 李も述べる。そんな話をしながら飲む彼等だった。そしてまただった。
 嘉神がだ。飲みつつ言ったのである。
「出陣も間近か」
「はい、間も無くです」
 ?義が答える。
「あと数日のうちに」
「そうか。本当にいよいよだな」
「そうです。そして行く先は」
「北だな」
 嘉神は?義に言われる前に述べた。
「その北に行きだな」
「はい、決戦です」
「私も終わらせる」
 嘉神は冷静に述べた。
「常世を封じる」
「そうされるんですね。嘉神さんは」
「そしてだ」
 嘉神はさらに言う。
「あの娘を犠牲にはしない」
「ああ、あの娘な」
 ジャックがその話に応えて言う。
「月ちゃんな」
「誰かが犠牲になって何かが守られる」
 嘉神の言葉はだ。彼の今の考えをそのまま述べていた。彼自身をだ。
「そうせずに済むのならだ」
「それに越したことはないな」
「あの男。今は黄龍というが」
 かつての仲間のこともだ。嘉神は話す。
「あの男もその為に来たのだ」
「ですがそれは」
 李がここで言う。
「あの方が代わりに」
「そうだな。そうなるな」
「それは親だからですか」
「あの男は一度私が殺した」
 嘉神の過去だ。人を否定したその時のだ。
「しかし甦ってきた」
「そしてそのうえで」
「月さんを」
「親はそういうものなのか」
 嘉神もだ。深く思案する顔になっていた。
 そうしてだった。彼は仲間達に言うのであった。
「だとすればこれは非常に強いものだ」
「親の力はですか」
「つまり愛情ってやつだな」
 李とジャックがその嘉神に応えて述べる。
「それ故に月さんの為に再び甦り」
「そうして自分が犠牲になるつもりってのか」
「そうだろう。だからこそだ」
 嘉神は李とジャックの言葉に応えてまた言う。
「赤壁に姿を現したのだ」
「そういえばです」
 ここで言ったのは?義だった。ふと気付いた様な顔になってだ。
「月さんは常世を封印された時に消えられたそうですが」
「その通りだ」
「ですが何故今ああしてこの世界におられるのでしょうか」
「封印が解かれた」
 刹那のだ。それがだというのだ。
「そしてそれと共にだ」
「月さんもですか」
「その通りだ。それによりだ」
 まさにだ。刹那の復活と月の復活は表裏一体だというのだ。
 その話を聞いてだ。?義もだ。
 眉を鋭くさせてだ。言ったのである。
「巫女の全てとひきかえに常世を封じ」
「そしてそれが解放されればだ」
「巫女もまた甦るのですか」
「しかし封じる為にはだ」
 堂々巡りの様にだ。話が為されていく。 
 そしてその話を聞いてだった。?義達もわかったのである。
「その月さんの身代わりにですか」
「あの方はなられるのですか」
「そして常世を封じるってか」
「いや、封じるだけではあるまい」
 同じ四霊だった者としてだ。わかることだった。
「常世は消せぬがだ」
「それでもですか」
「封じる以上のことをするっていうのかよ」
「そうだ。刹那を。その常世の門と鍵自体をだ」
「消し去る」
「そうするってんだな」
「黄龍はそう考えている」
 根本からだ。全てを消し去るつもりだというのだ。他ならぬ刹那を消し去ることによって。
 だがそれはどういうことなのか。嘉神は仲間達に話した。
「だがそれを行えばだ」
「その御身体は完全にですか」
「滅する」
 義にだ。一言で答えた。
「消え去ってしまう」
「復活は最早ですか」
「できなくなる」
 まさにそうなるというのだ。
「ギース=ハワードの様に甦ることはできなくなるのだ」
「ああ、ギースのおっさんな」
 ジャックはギースの名を聞いてだ。納得した顔になり数度頷いた。
「あのおっさんはタフだからな」
「何度も建物の上から落ちておられるのでしたね」
「そうだぜ。二回位な」
 ジャックは問うてきた李に述べる。
「死んでるんだよ」
「それでも生きているということは」
「頑丈だからな」
「それで、ですよね」
「とにかくな。身体さえあれば人は生きられるんだよ」
 ジャックはこう李に話す。
「そういうことになるんだよ」
「しかしだ」
 そのジャックにだ。嘉神が言う。
「肉体はなくなってもだ」
「それもですか」
「そう言うのかよ」
「そうだ。魂は不滅だ」
 このことをだ。嘉神は言ったのである。
「それは何があろうともだ」
「不滅。そうですね」
「よく言われてることだな」
「このことはわかるな」
「はい、知っています。そして」
「俺でも理解してるぜ」
 李とジャックはそれぞれ答える。そしてだ。
 義もだ。嘉神の言葉に頷いて言うのだった。
「私もそのことは」
「そうだ。魂は不滅なのだ」
「それはどうしても消えませんね」
「我等四霊の魂も同じだ」
「それもですか」
「そうだ、不滅なのだ」
 そしてだ。嘉神はその同じ四霊の彼の話を出したのである。
「示現もだ」
「あの方もといいますと」
「示現が死ぬ。しかしだ」
「白虎の魂はですか」
「それは娘に受け継がれる」
 そのだ。虎徹にだというのだ。
「そうして受け継がれていくのだ」
「では嘉神さんもまた」
「私も魂も必ず受け継ぐ者がいる」
 朱雀の心、それがだというのだ。
「必ずだ」
「そうなのですか」
「人はそういうものだ。悪しきものもあれば善なるものもある」
「そしてその二つがですか」
「受け継がれるのだ」
「悪も善も」
「そうして人の世は続いていく」
 達観だった。悪も見たからこそ辿り着いた境地だった。
「そして何時かはだ」
「何時かはですか」
「貴殿等がそうである様に」
 また仲間達を見た。そうしての話だった。
「人は必ず善なるものに辿り着く」
「悪を持ちながらもですか」
「そうだってんだな」
 李もジャックもだ。嘉神の話を聞いていてだ。
 しんみりとした顔になった。そうしてだった。
 こうだ。二人共言ったのである。
「少しずつでも前に進む」
「そういうものかね」
「人の歴史を見てみるのだ」
 今度は歴史の話だった。
「悪もある。だが悪は少しずつだ」
「減っていますか」
「下らない戦いは減りその無益さも知っていった」
 こうだ。人の歴史を話す嘉神だった。
「少なくとも私の時代よりもジャック達の時代はいい」
「そうかね」
 ジャックはそう言われてだ。少し気恥ずかしそうに笑って返した。
「俺みたいなヘルスエンジェルズがいてもかい?」
「そうだ。それでもだ」
「俺は正直言ってワルだぜ」
「だが道を踏み外すか」
「そんなチンケなことはしねえぜ」
「そういうことだ。戦もかつては一部の者の欲により頻発していた」
 だがそれがだというのだ。
「しかしそれも変わった」
「国家と国家の戦争にかよ」
「確かにそこにも欲はある」
 このことは否定できなかった。嘉神もだ。もっと言えば否定するつもりもなかった。
 だがそれでもだ。彼は言ったのである。
「しかしエゴは。個人の醜いエゴは薄まっている」
「国家は公だからですね」
 義が問うた。
「だからですね」
「その通りだ。狭い公だがな」
「しかしその狭い公が」
「何時か広いものとなる」
 そうなるというのだ。
「実際に私の頃よりも戦は減っているしな」
「まあ。昔はもっと洒落にならない数の戦争が起こってたからな」
 ジャックもそれは言う。
「戦争ばかりしててもな」
「何にもならないですね」
 李がジャックの言葉に応える。
「田畑を耕すことも商いもです」
「だからそればっかりやっていられないんだよ」
「はい、だからこそ」
「戦争は減ったな」
「その通りだ。確かに人の問題は多い」
 嘉神の話になった。再び。
「しかしそれでもだ」
「少しずつですね」
「よくなっていけばいいんだな」
「それにだ」
 嘉神の目の光が強くなった。
 そしてだ。こう言ったのだった。
「人もまた自然の一部だ」
「そして世界のですね」
「その人を否定するのもまた傲慢だ」
「ではオロチは」
「本質的に刹那と同じだ」
 嘉神は看破した。?義に応えて。
「自分達のことしか考えていないのだからな」
「それは独善ですか」
「刹那は闇だがオロチは独善だ」
 嘉神から見てもだ。そうなることだった。
「だからこそあの者達も許してはおけないのだ」
「何があろうともですね」
「連中は全部滅ぼすんだな」
「そうしなければならない」
 嘉神は再び李とジャックに応えて述べた。
「二つの世界の為にもだ」
「はい、では最後の戦いで」
「やってやるか」
「はい、是非共」
 三人がそれぞれ言う。その中でだ。
 ジャックはだ。少しシニカルに、自嘲してだ。こう言ったのである。
「俺なんて只の族だったのにな」
「ヘルスエンジェルスがそれか」
「ああ、日本で言う暴走族なんだよ」
 まさにそれだった。ジャックは。
 しかしその暴走族の彼がだ。今はだった。
「その俺が世界の為に戦うなんてな」
「そのことに違和感があるか」
「全くよ。どうしたものだよ」
 その自嘲と共の言葉だった。
「世の中どうなるかわからないよな」
「確かに。私もです」
 義もだ。少し気恥ずかしそうに言うのだった。
「麗羽様の配下になり。気付けばですから」
「こんな中にいるからな」
「そうです。本当に不思議です」
「だよな。縁か?」
「そして運命か」
「そういうものだよな」
 こうだ。二人で話すのだった。
 そしてその彼等を見てだ。嘉神も達観した顔で述べるのである。
「いいものだ。これがだ」
「人ですね」
「そうだ、まさしくな」
 こう李にも述べる。
「いいものだ」
「では。そのいいものの為に」
「最後まで勝とう」
「そうしましょう」
 こう言い合いだ。彼等は今は酒を楽しむのだった。そしてだ。
 数日後だ。遂にだった。劉備が一同、そして兵達を都の南門の前に集めた。
 その中でだ。テリーが言った。
「いよいよだな」
「そうだね。本当にね」
「最後の出陣だぜ」
 その彼にアンディと丈が応える。
「僕達の最後の戦い」
「気合が入って仕方がないぜ」
「そうだな。けれどな」
 ここでこうも言うテリーだった。
「あまり緊張してもな」
「かえってよくない」
「リラックスもってことか」
「そういうことだよ。それはわかってるよな」
「勿論だよ」
「これでも身体はほぐれてるからな」
「ならいいけれどな」
 テリーが言うとだ。ここでだ。
 その彼等にだ。孫策が言ってきたのである。
「そういうこと。緊張し過ぎてもね」
「ましてや決戦はもう少し先だからな」
「まずは匈奴の国に行ってからよ」
「それからだな」
「そう。だから今はね」
「緊張し過ぎても仕方ないな」
「っていうか最後まである程度ほぐれていてね」
 孫策は明るい笑顔で彼等に話す。
「テリーと丈はその点いけるみたいだけれど」
「私は」
「そう。アンディはちょっとね」
 その生真面目さのせいでだというのだ。
「その辺りちょっとしてね」
「そうですね。それでは」
「ここで敬語になるのもね」
 それもどうかというのだ。
「堅苦しいのよね」
「ううむ、しかし」
「まあそれがアンディの持ち味だけれど」
 このことは孫策もわかっていた。
「それでもね。ある程度はね」
「気持ちをほぐして」
「そう、パスタでも食べてね」
「では納豆スパを後ね」
「えっ、納豆って」
 納豆と聞いてだ。孫策はだ。 
 かなり引いた顔になりだ。こう言ったのである。
「それはちょっと」
「御嫌いですか」
「あれはね」
 困った顔で言う孫策だった。
「どうにもね」
「苦手なのですか」
「スパゲティは好きよ」
 それ自体はだというのだ。
「けれどそれでもね」
「納豆はですか」
「癖が強過ぎるわ」
 こう言ったのである。
「あまりにもね」
「そうでしょうか。味は」
「糸と匂いがね」
 その二つが問題だというのだ。
「強いから」
「確かにそれはその通りですが」
「日本人はあれを食べるのね」
 孫策は言ってから訂正した。
「倭ね、この時代は」
「って俺の国かよ」
 丈がここで話す。
「まあ納豆はなあ」
「丈も癖が強いと思うでしょ、あれは」
「好き嫌いは別れるな」
 それはどうしてもだとだ。丈も言う。
「けれど食ってみると案外あっさりしててな」
「身体にもいいしね」
「美味いものだけれどな」
「美味しいのかしら」
 孫策はこのこと自体が疑問だった。
「あの糸と匂いで」
「言っておきますが腐ってはいません」
「発酵だったわね」
「はい、ヨーグルトと同じです」
「それはわかるけれど」
「それでもですか」
「ちょっとねえ」
 やはりこう言う孫策だった。
「癖がねえ」
「困りましたね。納豆は健康にもいいのですが」
「大豆は好きよ」
 それ自体はだというのだ。
「お豆腐も好きだしね」
「豆腐な。あれはいいな」
 テリーも豆腐については同意だった。
「豆腐バーガーもいけるよな」
「お酒にも合うしね」
 孫策は好きな酒をその話に出した。
「枝豆も好きになったし。その日本の」
「ああ、孫策さんもわかってるな」
「ええ。あれもいいわ」
 こうだ。笑顔でテリーに返すのだった。
 だがそれでもだった。納豆だけは。
「あれは困るわね」
「残念です。こちらの世界でも納豆スパゲティが受け入れられないのは」
「まあ別のスパゲティでもいいだろ」
 テリーはこう言って弟を宥める。
「ミートソースでも何でもな」
「確かに。その通りだけれど」
「ワインにも合いますし」
「葡萄酒ね。あれは好きよ」
 流石に酒好きの孫策だった。ワインにも通じていた。
「紅いお酒って雰囲気もあるしね」
「俺はどぶろくでも飲むぜ」 
 丈はこの辺り何でもだった。
「あれもいいよな」
「そうそう。濁酒もそれの味があるのよ」
「幾らでも飲めるぜ、酒ならな」
 こんな話をしてリラックスしている彼等だった。そしてだ。
 劉備もだ。全軍に対して告げるのだった。
「では今より全軍」
「よし、いよいよか!」
「それならな!」
「しゅ、出陣だ」
 あの三人だった。真ん中のと小さいのと大きいのがだ。
 それぞれだ。兵達の中から劉備に向けて言う。
「俺達もこの時を待ってたんだよ!」
「ずっとやられ役だったからな!」
「そ、それももうすぐ終わり」
「うちあんた等のそっくりさん何度も見とるけれどな」
 その彼等に張遼が突っ込みを入れる。
「声皆同じやな」
「ま、まあそれは」
「何というか」
「気にしないでもらえたら」
「それに外見も同じやしな」
 次に指摘するのはそれだった。
「ほんまに何でや」
「俺達に言われても」
「っていうかいつも言われますけれど」
「こ、困るんだな」
「まあなあ。言っても仕方ないけどな」
 それでもだと言う張遼だった。
「どうなんやろな、この辺り」
「ま、まあとにかく」
「何というか」
「それは」
 口ごもる三人だった。しかしだ。
 張遼の表情は明るくだ。こう三人に言ったのである。
「ほな最後の戦や」
「はい、気合入れていきます」
「ここで最後ですからね」
「お、おで必死にやる」
「その後や」
 張遼が言うのはこのことだった。
「宴や派手にやるで」
「あっ、そっちですか」
「そっちにですか」
「じゅ、重点があった」
「当たり前や。うち等は絶対に勝つ」
 確信の笑みがその顔にあった。
「そやったら後が大事に決まってるやろ」
「確かにそうですね」
「それだったら戦の後で」
「は、派手にやる」
「そや、いくで」
 こう三人に話すのだった。そうしてだ。
 劉備はだ。全軍に命じたのだった。
「では勝ちに行きます!」
「よし、勝つ!」
「絶対にな!」
 兵達も声をあげてだ。そのうえでだ。
 決戦の場に向かう。今彼等は出陣したのであった。
 劉備も白馬に乗り出陣する。その両脇には。
 それぞれ車に乗る孔明と鳳統がいる。その車を見てだ。
 リムルルがだ。こっそりと歩いている徐庶に尋ねたのだった。
「あの車だけれど」
「どうして自然に動いてるかよね」
「そう。それはどうしてなの?」
 こう徐庶に問うたのである。
「ぜんまいとかそういうのもないし」
「精霊の力を借りてるらしいわ」
「精霊って」
「リムルルちゃん達から聞いた精霊の力をね」
 まさにそれを借りてだというのだ。
「それで動いてるのよ」
「それでなの」
「そちらの世界の未来には原子力ってのがあるけれど」
「みたいね。それも」
「それはとても使えないから」
 技術的な問題で、である。
「リムルルちゃん達の精霊の力を借りたのよ」
「そういうことだったの」
「それで自然に動いている様に見えるけれどね」
「実際は違うのね。けれど」
 徐庶の話を聞きながらだ。リムルルはふと思ったのだ。
 そしてその思ったことをそのまま徐庶に尋ねたのである。
「けれど精霊の力はどうして集めてるのかしら」
「あれです」
「あれって?」
「それぞれの車にお札が貼ってありますね」
 見ればその通りだった。二人の車のあちこちにだ。札が貼られていた。そこにはそれぞれ文字が書かれている。
 その文字を見てだ。リムルルはわかったのだった。
「あれってあかりちゃんの」
「御札は彼女の影響です」
「そうよね。私達のことをそれぞれ入れてなの」
「そうです。そのうえで車を動かしているのです」
「凄いなあ。そんなこと考えつくの」
 リムルルも素直に驚くことだった。そうしてだ。
 そのリムルルにだ。徐庶はまた述べた。
「ただ。このことは車ではなくです」
「他のことにもなんだ」
「そうです。戦のことにもです」
「何か凄いことになりそうね。決戦って」
 リムルルは徐庶の話を聞いて微笑む。そうしてだった。
 前を見て進軍を見るのだった。百万の大軍が洛陽を発してだ。北に向かっていた。決戦の場に。
 そしてだ。その中には怪物達もいてだ。彼女達も話すのだった。
「さて、いよいよね」
「遂にこの世界でも終わる時が来たわね」
「ええ、それがいよいよよ」
「近付いてきているわ」
 こう話すのだった。
「運命の戦いがまた終わり」
「そしてまた新たな戦いが」
「何っ、戦いは終わりじゃないのか」
 華陀は二人の話を聞いていぶかしむ顔で問うた。
「終わるというのに新たにとはどういうことだ?」
「だから。于吉やオロチ達との戦いは終わりよ」
「それはね」
「それでもか。つまりは」
「そう。人は生きている限り戦うものだから」
「だから新たな戦いがはじまるのよ」
 そういうことだというのだ。
「この世界の娘達もあちらの世界の戦士達もね」
「皆そうなのよ」
「そういうことか。言われてみればそうだな」
 二人の話を受けてだ。華陀もだ。
 納得する顔になり頷きだ。こう言うのだった。
「人は必ず何かと戦うものだからな」
「平和を護ることもまた戦いよ」
「それを維持することもね」
「何かを護ること、それ自体が戦いだから」
「そうした意味で続くのよ」
「なら俺もか」
 自分のことにも当てはめて言う華陀だった。
「俺もまたそうなんだな」
「そうよ。ダーリンは病魔との戦いよ」
「それを経ていくのよ」
「だからこそ。ダーリンもまた戦士なのよ」
「戦っているからこそね」
「よし、それならだ」
 確かな顔になり微笑む華陀だった。そうしてだった。 
 前を見てだ。彼女達に言った。
「なら俺はこの果てしない病魔との戦いを進んでいこう」
「何処まであるかわからなくても」
「それでもなのね」
「そうだ、それでもだ」
 前を見ている目には曇りはない。そのうえでの言葉だった。
「俺は戦う。人々を蝕む病魔を救う為に」
「じゃあダーリンもなのね」
「あたし達とも一緒に行ってくれるわね」
「勿論だ」
 当然だという返答だった。
「俺も共に戦おう。あらゆる世界でな」
「これで次元の守護者がまた増えたわね」
「頼もしい仲間がね」
 二人にとっては喜ばしいことだった。華陀は大きく羽ばたくことになった。そしてそのえうでだ。彼もまた決戦に向かうのだった。運命の決戦に。


第百三十二話   完


                           2011・12・18



いよいよ最後の決戦に。
美姫 「緊迫ばかりって感じでもなかったけれどね」
それで良いんじゃないかな。
美姫 「まあ、適度に力が抜けているのは良い事よね」
緒戦はどうぶつかり合うのか、非常に楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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