『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                            第百三十話  牙刀、しがらみを断ち切るのこと

 于吉がだ。闇の中で左慈に話していた。
 その話とはだ。こうしたものだった。
「それにしてもですが」
「連中か」
「はい。ここで出陣されますか」
「奴等には奴等の戦いがあるからな」
「それはわかるのですが」
 どうしてもだとだ。釈然としない感じで言う于吉だった。
 そのうえでだ。彼はこう左慈に述べた。
「私としましては決戦に戦力を少しでも置いておきたいのですが」
「だからだな。奴等を行かせたくなかったか」
「はい。ですが御二人はですか」
「出て行った。もうな」
 左慈は于吉に話す。そうしてだ。
 彼はだ。眉を顰めさせている于吉にだ。落ち着いた顔で言うのだった。
「あの連中は指揮官じゃない。だから別にいいと思うが」
「刺客ですね。どちらかというと」
「ああ、あの連中はどちらも一匹狼だ」
「だから決戦にはいなくてもいい」
「正直勝つだろ、奴等なら」
「いえ、最悪の事態を考えるものですから」
 まとめ役としてだ。その可能性について言及する于吉だった。
「だからなのですが」
「それでか。そういう事情だったんだな」
「その通りです。ですが出陣されたのならです」
 今度はだ。仕方ないといった感じで述べる于吉だった。
「目的を果たすまで帰られない方々ですから」
「そうだ。諦めるしかないな」
「そういうことですね。それでは」
「今は決戦の場を整えるか」
「そうしましょう。あの地の問題は」
 于吉が鋭い目になり述べようとするところでだ。ここでだ。
 闇の中に司馬尉が出て来てだ。こう二人に言ってきたのだった。
「あの地は見渡す限りの平原だから私達には不利なことも多いわ」
「馬ですか」
「そう。私達は馬を持っていないから」
 それでだというのだ。
「それに対して敵は騎兵が多いわ」
「はい、それに優れた指揮官も」
「しかも平原だから」
 見渡す限りのだ。それもまた問題だと言う司馬尉だった。
「伏兵もできないわよ」
「陣を敷けば丸見えですね」
「完全にね。どうしようもないわ」
「ふむ。確かに癖の強い場所ですね」
「あと。こちらは弓もなくなったわ」
 以前はあったという言葉だった。
「赤壁でかなり失ってしまったからね」
「あれは予想外だったな」
 左慈がだ。そのことについて苦い顔で述べた。
「赤壁での戦いでは弓を思ったより使ったからな」
「ええ。ただその騎兵と弓のことだけれど」
「解決策があるのか」
「ええ、あるわ」
 その通りだとだ。左慈に述べる司馬尉だった。
「それも簡単にね」
「そうなのか。あるのか」
「簡単にね。任せてくれれば何よりよ」
「わかった。ではそのことは任せる」
「北にあるものは何でも使うわ」
 妖しい笑みでだ。言う司馬尉だった。
 そしてその彼女の話を聞いてだ。そのうえで言う于吉だった。
「さて。それではです」
「打つべき手は全て打ってね」
「そのうえで最後の決戦に赴きましょう」
 こう話すのだった。そうしてだ。
 于吉はだ。最後にこう言った。
「では。丁度いい時間ですね」
「食事だな」
「はい、それにしますか」
「わかった。なら何を食う?」
「パンはどうですか?」
 それはどうかというのである。
「それを召し上がられますか」
「そうするか。あんたはどうするんだ?」
 左慈は司馬尉の顔を見て彼女にも尋ねた。
「俺達と一緒に食うか?パンをな」
「パン。包ね」
「ああ、饅頭にも似てるな」
「ならそれを頂くわ」
 微笑みだ。司馬尉も応える。そうした話をしてだった。
 彼等も食事にするのだった。闇にいる者達も食事は楽しんでいた。
 泉の中で泳ぎながらだ。黒の競泳水着の孫策がだ。白の競泳水着に尋ねていた。
 背泳ぎを二人並んでしつつだ。妹に尋ねたのである。
「そう。ほたるのね」
「はい、その様です」
「お父さんがいるのが聞いていたけれど」
「それも碌でもない輩とは」
「ここで出て来るとはね」
 少し考える顔になりだ。述べる孫策だった。
「こっちの世界に来ていることは予想していたけれどね」
「予想はされてましたか」
「あっちの世界の戦士は大抵集ってるからね」
「悪しき者達も含めてですね」
「ええ、だからね」
 それでだ。予想していたというのだ。
「そう思っていたけれど」
「しかしここで出て来るのは」
「最後の決戦で出て来ると思っていたわ」
 こうだ。真剣な顔になり妹に話す。
「今とはね。本当に」
「しかし。出て来るとなるとです」
「こちらからも誰か出そうかしら」
 泳ぎながらだ。また言う孫策だった。
「闘える娘をね。どうかしら」
「いえ、祭が言っていました」
 やはり泳ぎながらだ。孫権は姉に述べる。
「この度の戦は二人に任せるべきだと」
「牙刀とほたるになのね」
「祭に。それに小蓮も言っていました」
「そう。シャオもなの」
「はい、ここは二人に任せるべきだと」
「それは危険じゃないのかしら」
 背泳ぎを続けつつ眉を顰めさせてだ。
 そのうえでだ。孫策は言った。
「牙刀の目を潰したのでしょう?そのことを考えると」
「いえ、それでもです」
「今の二人なら大丈夫だっていうのね」
「祭は断言しています」
「そうした勘や戦力を見極めることなら祭は頼りになるわ」
 鋭い顔のままでだ。孫策は述べる。
「それならね」
「はい、二人に任せますね」
「そうするわ。それでね」
「それで、とは」
「二人に御馳走を差し入れましょう」
 孫策が二人にすることはこれだった。
「そうしましょう」
「御馳走をですか」
「ええ。牙刀はトムヤンクンだったわね」
 まずは彼の好物からだった。
「それでいいかしら」
「そうですね。ではそれで」
「それにほたるはね」
 次は彼女だった。
「あの娘はバナナクレープだったわね」
「それにチョコアイスですね」
「お菓子ね。スイーツって言ったかしら」
 あちらの世界の言葉でも言う孫策だった。
「それを差し入れましょう」
「はい、それでは」
「そういうことでね。それにしてもね」
「今度は一体」
「いや、あっちの世界から色々来てね」
 それでだというのだ。
「色々な料理の仕方がわかったわね」
「そうですね。本当にそれは」
「充実したわね」
「そのクレープやアイスですが」
「どっちもいいわね」
「かなり美味いかと」
 孫権もだ。かなり気に入っているのだった。
「病み付きになる味です」
「そうそう、本当にどっちもね」
「では差し入れですね」
 また言う孫権だった。
「二人にすることは」
「そうよ。じゃあ私達もね。もうちょっと泳いだら」
「おやつにしますか」
「何があったかしら」
「バナナがありました」
 そのだ。バナナがだというのだ。
「それがありますが」
「わかったわ。じゃあ二人でバナナを食べましょう」
「はい」
 こうした話をする二人だった。そして実際にだ。
 牙刀にはトムヤンクン、ふたばにはチョコアイスとバナナクレープが差し入れされた。そのトムヤンクンを見てだ。牙刀は言うのだった。
「美味そうだな」
「御気に召されるかと」
「ですからどうぞ」
 やはり彼と共にいるだ。張?と徐晃が彼にそのトムヤンクンを差し出したうえで答える。
「琉流が作ったものです」
「これでどうでしょうか」
「済まないな」
 彼女達の好意をだ。牙刀は素直に受けた。
 そのうえでトムヤンクンを手に取り食べる。そしてまた言うのだった。
「ふむ。これは」
「どうでしょうか」
「美味でしょうか」
「美味い」
 実際にそうだと答える牙刀だった。
 そのうえでだ。こう言ったのである。
「これだけのトムヤンクンは滅多になり」
「有り難うございます、あの娘も喜びます」
「そう言って頂いて」
 二人もだ。笑顔になり牙刀に応える。
 その彼女達にだ。牙刀はだ。
 静かにだ。こう言ったのだった。
「ではだ」
「はい、それでは」
「何でしょうか」
「貴殿等も共に食わないか」
 食事をだ。誘ったのである。
「どうだろうか。それは」
「えっ、私達もですか」
「御相伴せよというのですか」
「一人で食っても美味さに限りがある」
 だからだというのだ。
「それでだ。どうだろうか」
「牙刀殿がその様にですか」
「私達と一緒にお食事を」
「おかしいか」
 静かにだ。二人に問うた。
「俺がこうして誰かと共に何かを食うことが」
「あの、宜しいでしょうか」
「その」
 張?と徐晃は御互いを見合ってだ。
 そうしてだ。こう彼に言ったのである。
「私達と一緒に食べて」
「前にもこんなことを話した記憶があるにしても」
「俺も自分で思う」
 どうかというのだ。牙刀自身もだ。
「前の俺はこんなことを言いはしなかった」
「はい、御一人でおられることが多かったので」
「ですから」
「しかし今はこう言う」
 自分でもだ。また言う彼だった。
「仲間と共にいたい」
「仲間、私達がですか」
「そうなのですか」
「そうだ。仲間だ」
 まさにだ。それだというのだ。
「俺にも仲間がいるのだ」
「だからこそですか」
「私達もまた」
「だからだ。共に食うか」
「わかりました。それなら」
「共に」
 こう話してだった。そのうえでだ。
 張?と徐晃はだ。共にだった。
 牙刀の傍に来て車座になりだ。そうして共に食事を摂るのだった。
 トムヤンクン以外のタイ料理を出す。それをだ。
 三人で食べる。するとそこにだ。
 今度はホアが来た。そして笑顔で言うのだった。
「おいおい、いいもの食ってるじゃないか」
「あっ、ホアさん」
「いらしてたんですか」
「トムヤンクンのいい香りがしたんでな」
 それで来たとだ。笑顔で言うホアだった。
「ふらふらと誘われてきたんだよ」
「ふらふらとって」
「何か凄い鼻ですね」
「鼻もあるけれど直感だな」
 それでわかったというのである。そんな話をしてだ。
 ホアも牙刀達のところに座った。そうしてだ。
 四人になり食べはじめる。その中でだった。
 ホアはタイ風炒飯を食べつつだ。張?と徐晃に話すのだった。
「俺もな。昔は馬鹿だったんだよ」
「丈さんよりもですか?」
「ひょっとして」
「いや、流石にあそこまでじゃないけれどな」
 それは否定するのだった。丈については最早誰もが知っていた。
「ただな。その丈の奴とな」
「はい、負けてからですよね」
「復讐しようとされて」
「それが馬鹿だったんだよ」
 復讐に凝り固まっていた過去の自分、まさにそれがだというのだ。
「そんなもの何も生み出さないってのにな」
「確かに。復讐はです」
「結局は何も生みませんね」
 二人もだ。しみじみとなってホアの言葉に頷く。
 そしてだ。こう言ったのである。
「残るのはさもしい心」
「それだけですね」
「キングオブファイターズでまたあいつに負けてな」
 ホアは炒飯を食べながら話していく。
「それで目が覚めたんだよ」
「あっ、あのギースさんが主催された」
「あの時のですか」
「そこで徹底的にやられてな」
 それでだというのだ。
「何か吹っ切れて。後であいつとじっくり話し合ってな」
「それで、なんですか」
「丈さんと和解されたんですか」
「そうさ。復讐ってのは何も生み出さないんだよ」
 その復讐を知っているからこその言葉だった。
「で、今に至るのさ。ただな」
「ただ?」
「ただっていいますと?」
「あいつの頭は変わらないな」
 丈の頭の構造はだというのだ。それについてはだ。
 ホアは心から残念な顔になりだ。二人に話した。
「凄まじい馬鹿だな」
「その頃からですか」
「あんな感じですか」
「中身何も入ってねえからな」
 脳味噌がだというのだ。
「前頭葉ねえんじゃねえか?本当に」
「基本何も考えませんからね」
「あと記憶力悪いですし」
「それに。学問はからっきしで」
「そういうのを見ますと」
「完璧な馬鹿だ」
 セコンドとしてだ。ホアは言い切った。
「あれで身体の構造が頑丈でなかったらな」
「どうしようもなかったですか」
「あの人は」
「頭がどうしようもないからな」
 そもそもだ。それが駄目なのだった。
「だからな」
「ううん、そうですか」
「やっぱりそうなんですね」
「人間的には悪い奴じゃないけれどな」
 人間性は保証できた。それはだ。
「まあ。頭はとにかくどうしようもないな」
「世の中頭も人間性も駄目な輩はいますからね」
「どうしても」
「ああ、いるな」
 まさにその通りだと話すホアだった。
「そんな奴もな」
「そういう輩はどんなことでもします」
「まさにです」
「そうそう、そうなんだよ」
 ホアは忌々しげにだ。張?と徐晃のその指摘に応える。
「悪事がばれても訴えられない限り平気でな」
「見え見えの悪事を繰り返しますね」
「しかも下劣極まりない」
「そうした奴はもう徹底的にやるしかないからな」
 叩きのめして再起不能にするか殺すかだというのだ。
「もうそれこそな」
「はい、そしてそれはですね」
「当然のことですね」
「下種な小悪党はそうするしかないんだよ」
 それしか処置はないというのだ。
「所詮な」
「そうだな」
 暫く沈黙していた牙刀がだった。ここでだ。
 静かに口を開いてだ。そして言うのだった。
「そうした輩はな」
「話は聞いてるぜ」
 ホアは鋭い目になり牙刀に返した。今はタイ風ソーセージを箸に取っている。
「親父さんとだな」
「そうだ」
「復讐するのか?」
 かつての自分の様にだ。そうするかというのだ。
「あんたは」
「そのつもりだ」
 牙刀もそれを否定しない。ビーフンを食べながらの話だ。
「俺は親父を倒す」
「目のことか」
「そうだ。目の仇は取る」
 今は見えていてもだ。それでもだというのだ。
「必ずな」
「俺の言いたいことはわかるよな」
「無論だ。聞かせてもらった」
「正直何にもならないぜ」
 鋭い目のままでの言葉だった。
「あんたにとっても誰にとってもな」
「では俺は」
「復讐以外ならいいさ」
 妥協ではなかった。真実だった。
「それで親父さんと戦うのならな」
「それならばか」
「ああ、それならだよ」
 こう話すのだった。
「あんたにとっても周囲にとってもな」
「そうなのか」
「できるなら復讐は止めておくんだ」
 ホアは真面目な顔で牙刀に告げる。
「むしろな。あんたのしがらみを断ち切るんだ」
「俺のそれをか」
「そうだ。断ち切るんだ」
 こう告げたのである。牙刀に対して。
「あんたもほたるちゃんもな」
「あいつもか」
「あんたの親父さんは。あれはな」
「修羅だな」
「そうだな。そうなってるな」
 ホアにもわかることだった。話を聞いただけにしてもだ。
「そんな奴とはしがらみを断ち切るのが一番だよ」
「では俺もほたるも」
「復讐は止めときな」
 また真顔で告げるホアだった。
「あんたのしがらみを断ち切るんだ」
「ホアさんはそれができたからですね」
「今があるんですね」
「ああ、そうさ」
 その通りだとだ。ホアは張?と徐晃にも述べた。
 そのうえでだ。辛い野菜炒めを食べながら述べた。
「さもないと今の俺はなかったさ」
「今みたいに爽やかな顔のですね」
「屈託のない顔のホアさんはいませんでしたか」
「俺が今あるのはしがらみを断ち切ったからだ」
 それでだというのだ。
「そうした意味で俺は丈の奴に二回敗れてよかったさ」
「そうか。では俺は」
「親父さんは倒すといいさ」
 牙刀に述べるホアだった。
「ただ。復讐はな」
「それはするな、か」
「そういうことさ。それじゃあいいか?」
「復讐。それだけを考えていた」
 静かにだ。牙刀は酒を口にした。
 そうしてだ。こう言ったのである。
「だがそうではなくか」
「しがらみを断ち切るんだな」
「そして新たに生きるか」
「あんたの人生だ。楽しんで生きるんだ」
「楽しんで、か」
「あんた今楽しいか?」
「楽しみか」
 それについてはどうかとだ。牙刀は述べた。
「楽しい、本当にな」
「じゃあわかるな。もっと楽しく生きる為にな」
「しがらみを断ち切るか」
「そうしな。それでいいな」
「考えさせてもらう」
 瞑目しつつ述べる牙刀だった。そうしてだ。
 また飲みだ。また言ったのである。
「親父には勝つがだ」
「そうか。まあ考えてくれよ」
「わかった」
 こうした話をしたのだった。そうしてだ。
 牙刀は仲間達とタイ料理、それに酒を楽しんだのである。その次の日だ。
 一行は都に戻る準備に入った。行楽が終わったのだ。
 その中でだ。ほたるは。
 自分がいた天幕をなおしていた。その中でだ。
 ふとだ。何かを感じ取った。そうしてだ。
 周囲にだ。こう言ったのである。
「来ました」
「来た!?ひょっとして」
「あいつが!?」
「はい、来ました」
 こうだ。共にいた乱鳳と眠兎に述べたのである。
「父さんが。遂に」
「おい、じゃあすぐに行けよ」
「ここは眠兎達に任せる!」
 撤収準備をだ。そうしろというのだ。
「わかったな。それじゃあな」
「すぐに行く」
「有り難う。それじゃあ」
 その二人に一礼してからだ。ほたるは気配の方に向かう。
 全力で駆ける。その横にだ。
 牙刀も来た。そうして妹に言って来た。
「来たな」
「ええ、お父さんが」
「決着をつける時が来た」
 妹にもだ。静かに言う牙刀だった。
「全てのな」
「兄さん、私達はやっぱり」
「ホア=ジャイに言われた」
 妹にもだ。この話をする。
「復讐は何も生み出さないとだ」
「復讐は」
「俺の目だ。そしてだ」
「私達、そして母さんを捨てたことも」
「その復讐を断ち切ること」
 それをだというのだ。
「言われたのだ」
「そう。ホアさんに」
「俺はどうするべきか」
 具体的にだ。彼は言ったのだった。
「御前もだ」
「私もなのね」
「俺達はどうするべきか」
 こう言っていくのだった。妹に対して。
「それが問題だが」
「ねえ、兄さん」
 ほたるの方から兄に言う。
「私は兄さんを止めたかった」
「あちらの世界ではか」
「けれど兄さんの目が潰されて」
「そのことからか」
「父さんを許せなくなっていたの」
 それでだ。彼女も復讐を考えるようになったというのだ。
「けれどそれは」
「そうだ。間違っているのかも知れない」
「それで今父さんのところに向かっているけれど」
「俺達は見極めるべきか」
 二人でだ。気配のする森の奥に向かって駆けながら話していく。
 既に森の中に入っている。そこでだ。
 兄妹達はだ。話すのだった。
「この戦いの中で」
「父さんとの最後の戦いの中で」
「いいな、最後だ」
 牙刀は前を見据えながら妹に告げる。
「これがだ。最後だ」
「わかったわ」
 勝っても敗れてもだった。しかしだ。
 敗北はないとだ。二人は確信していた。それは何故かというと。
 牙刀はだ。そのことについても妹に述べた。
「黄蓋殿に言われたな」
「ええ、あのことね」
「人間は修羅には敗れないか」
「そうだ。敗れないのだ」
 まさにだ。そうだというのだ。
「俺にもそのことがわかった」
「わかったのね。兄さんも」
「そうだ。わかるようになった」
「わかるように?」
「前はわからなかった」
 かつての牙刀、復讐のみを考えていた彼はだった。
「だが今はだ。仲間を知った」
「お友達をなの」
「だからわかる様になった。人はだ」
「修羅には負けないのね」
「俺達は勝つ」
 絶対にだというのだ。
「例え何があろうともだ」
「そうね。それじゃあ」
「勝つ」
 静かにだ。彼は言った。
「わかったな」
「ええ、それじゃあ」
 こうしてだった。二人はだ。
 森の奥に来た。そしてだ。
 そこにいた。牙刀によく似た顔立ちと服の初老の男がだ。彼を見てだ。
「親父か」
「お父さん、やっぱり」
「牙刀だけではなかったか」
 男はだ。ほたるも見て言うのだった。
「御前もいるのか」
「お父さん、どうして」
「わかっている筈だ。我は人であることを捨てた」
 まさにだ。そうだというのだ。
「そしてだ」
「修羅になったか」
「戦い強さを極める」
 目が紅くだ。そして全身から黒い波動を放っていた。
 その中でだ。彼は言ったのである。
「その為にだ」
「家族を捨てて」
「俺の目を潰したのか」
「強さこそが全てだ。強さを求め戦いだ」
 そうしてだというのだ。男は。
「その中で生きる。その我はだ」
「修羅か」
「いや、狼だ」
 それだというのだ。男自身はだ。
 そうしてだ。身構えてだった。
 そのうえでだ。二人に対してこうも告げたのである。
「ではだ」
「それではか」
「今から」
「この手で倒してやろう」
 我が子達にもだ。そうするというのだ。
「そしてそのうえでだ」
「狼の道をか」
「極めるというのか」
「その通りだ。我は狼だ」
 まさにそうだと告げる。しかしだ。
 牙刀はだ。こう男に告げたのである。
「しかしだ」
「しかし。何だ」
「貴様は狼ではない」
 そうではないというだ。自分自身の父に対してだ。
「只の修羅だ」
「修羅だというのか」
「狼は違う」
 その狼を見たからこそ言える言葉だった。
「それを言っておこう」
「狼ではないというのか」
「そうだ。修羅だ」
「そして修羅は人には勝てないわ」
 ほたるも言うのだった。自分の父に対して。
「だから私達は今から」
「貴様を倒す」
「来い」 
 牙刀と同じ構えだった。しかしだった。
 気が違った。黒い、ただひたすら黒い気を纏いだ。彼は二人に向かって来た。
 それを受けてだ。二人もだった。
 顔を見合わせてだ。こう言い合った。
「ではだ」
「ええ、兄さん」
「真の狼の戦いをだ」
「今からするのね」
 こう言い合いだ。兄妹は。
 父に向かう。そうしてだった。
 二対一での戦いがはじまった。その中でだ。
 互いに拳や蹴りを繰り出す。流石に彼の拳は速い。しかもだ。
 恐ろしいまでの威力があった。ほたるはその一撃を何とか防いだ。
 だがそれでだ。大きく吹き飛ばされてだ。
 空中で何とか体勢を立て直し着地する。その彼女にだ。
 牙刀がだ。こう言ったのである。
「よく防いだな」
「何とかだけれど」
「いや、今の御前なら確実に防げた」
 そうしたものだったというのだ。今のは。
「それはわかる」
「兄さん、じゃあ私達は」
「所詮闇討ちだけの者だ」
 こうだ。牙刀はその父を見て述べた。
「正面からではどうということはない」
「言ってくれるな」
「では俺の目を潰した時はどうだった」
 牙刀はこのことから話すのだった。
「そしてタクマ=サカザキの時はどうだったか」
「では我の実力はか」
「今の俺達の相手ではない」
 こう看破してみせたのである。
「だからだ。貴様はここで倒せる」
「確かに。父さんの動きが何か」
 その掌底を受け止めつつ言うほたるだった。
「見えてきたわ」
「そうだな。見えてきたな」
「これなら。本当に」
「勝てる」
 断言する牙刀だった。そうしてだ。 
 その技を繰り出す。
 膝蹴りからだ。飛び上がり蹴りを連打する。牙刀はそれを出してだ。
 続いてだ。そこから着地しようとする父にだ。滑り込み蹴りを放つ。これでだ。
 父の体勢が完全に崩れた。それを見てだ。
 今度はほたるが仕掛ける。彼女の技は。
 背を向けつつ手刀を出してだ。そうして。
 一旦空中に跳びそこから斜め下に急降下し連続して蹴りを繰り出す。兄妹の連続攻撃を受けてだ。
 父の身体がふらつく。兄妹はその隙を見逃さなかった。
 牙刀がだ。ほたるに対して言う。
「今だ」
「ええ、兄さん」
 ほたるも兄の言葉に頷く。そうしてだった。
 まずはほたるがだ。前方に宙返りしつつ。
 蹴りを繰り出し急降下してから膝蹴りを叩き込む。そこから馬乗りになり一気に気を注ぎ込む。
「天翔乱姫!」
 それを繰り出したのだ。そのうえでだ。
 身体を掴んで投げる。そこに牙刀が来た。
 頭突きから両腕を前後に広げる。そのうえで。
 掌底を繰り出す連続攻撃にかかった。まさに鬼の如き攻撃だった。
「これが俺の渾身の技」
 技を出してから言う牙刀だった。
「天龍烈牙だ」 
 その二つの超必殺技が決め手になった。それでだ。
 父も倒れた。しかしだった。
 すぐに起き上がる。だがだった。
「ま、まさかここまでやるとは」
「言った筈だ。我々は勝つと」
 牙刀がだ。そのふらふらになっている父に言う。
「そして貴様は敗れると」
「狼が敗れるというのか」
「貴様は狼ではない」
 父のその言葉をだ。彼は否定した。
 そしてだ。こう告げたのである。
「本当の狼は戦い、そしてそこから多くのものを知った者だ」
「それが狼だというのか」
「貴様は戦いしか知らない」
 それならばだというのだ。
「それ故にだ。貴様は狼ではないのだ」
「おのれ、では貴様とほたるは」
「狼だ。そして人でもある」
「我とは違うというのか」
「貴様は修羅になった気になっているだけだ」
 それが彼だというのだ。
「所詮その程度の輩だったのだ」
「全てを捨てて。戦いだけに生きても」
 どうなのか。ほたるもわかった。
「果てはこうなるしかないのね」
「では行くぞ」
 牙刀は破った父に背を向けてだ。妹に告げた。
「我等の因果は断ち切られた」
「ええ。それじゃあ」
 ほたるもだ。父に背を向けた。そのうえでだ。
 二人は共に戦いの場を去った。勝者は明らかだった。
 だが、だ。父はだ。
 まだ戦おうとする。得意の闇討ちだ。
 それを仕掛けようと身構える。だがその彼の前にだ。
 一陣の風が吹きだ。張?と徐晃が現れた。そうしてだ。
 彼を侮蔑する目で見つつだ。こう言ったのである。
「所詮は闇討ちしか芸がないのね」
「修羅は修羅でも下種な修羅ね」
 これが彼への言葉だった。
「戦いは終わったわ。それでもそうしたことをするのなら」
「私達が相手をするわ」
 それぞれだ。槍と大斧を構えて彼に告げた。
 そしてだ。一気にだった。
 張?の槍が胸を貫き徐晃の斧がその首を断ち切った。これで全ては終わった。
 下郎を成敗した二人はだ。微笑み合いつつ話した。
「よし、これでいいわね」
「ええ。後始末は終わったわ」
「それなら私達もね」
「帰りましょう」
 こう話してだった。その屍を後にして森を去ったのだった。
 そしてだ。戦いを終えてだ。その帰り道にだ。
 ほたるはだ。澄み切った顔でだ。仲間達に言うのだった。
「この世界に来てよかったです」
「それはどうしてだ?」
「親父さんとのしがらみが終わったからか」
 グリフォンマスクとマルコがそのほたるに問う。
「それでなのか」
「よかったって言うんだな」
「いえ、そうではなくて」
 違うとだ。ほたるは微笑みつつ彼等に話す。
「兄さんと。分かり合えたからです」
「牙刀殿か」
「あの人とか」
「はい、最初は何かって思いましたけれど」
 この世界に来てだ。それは本当にだった。
 だがそうしたことがあってだ。今はこう言えたのである。
「よかったです。本当に」
「そうか。それは何よりだ」
 グリフォンマスクは仮面の中からほたるに声をかけた。
「人は因果を断ち切らなければならないからな」
「だからですね」
「ユーはそれを自分でした」
 だからだというのだ。
「それは非常に素晴らしいことだ」
「そうだな。では都に帰りだ」
 どうかとだ。マルコも陽気に話す。
「最後の戦いの準備に入ろうか」
「はいっ、そうしましょう」
 ほたるの返答はここでも明るいものだった。
「最後の最後まで一緒に戦いましょう」
「うむ、この世界の子供達の為にも」
「気合を入れていくか」
 グリフォンマスクとマルコも応える。こうした話をしてだ。
 ほたる達は都に戻る。一つの因果が断ち切られた。そしてそのうえでだ。また一つの因果が断ち切られようとしているのだった。


第百三十話   完


                          2011・12・14



今回は兄の方が中心かな。
美姫 「そうね。そして、とうとう親子対決が」
決着がついたな。
美姫 「なのに闇討ちとはね」
まあ、それも防がれてしまったがな。
美姫 「兄妹の方は復讐から解放されたみたいだしね」
この世界に来た事が良い結果に結びついたな。
美姫 「そうよね。さて、次回はどんなお話になるのかしらね」
次回を待ってます。



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