『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』
第百二十六話 ロック、狼を知るのこと
連合軍は都に戻った。そしてすぐにだ。
全軍を休息させると共にだ。各地に物見を送った。周泰がそのことを孫権に報告する。
それを聞いてだ。孫権はこう彼女に話した。
「これで何か見つかればね」
「すぐにその場に向かいですね」
「ええ。今度こそ決着をつけるわ」
真剣な顔で言う孫権だった。
「絶対にね」
「そうですね。次こそは」
「あの連中の好きにさせてはならないわ」
それは絶対だと言う孫権だった。
そしてだ。こう周泰に話した。
「それに母様の仇だしね」
「大殿の」
「貴女は知ってるかしら。母様のことを」
「お仕えしたことはありません」
申し訳なさそうにだ。周泰は孫権に述べた。今彼女達は孫権の部屋の中にいる。赤い壁や窓がある。机や椅子もそうである。
孫権はその赤い椅子に座りだ。自分の前に立っている周泰に話すのだった。
彼女の傍らには呂蒙も立っている。そうして三人で話しているのだ。
「大殿が亡くなられて少し後にお仕えしましたので」
「そうだったわね。母様の頃私達のところにいたのは」
「祭さん達だけですね」
「そう。祭と二張ね」
その三人だけだったのだ。孫堅の頃は。
「あの頃から。あの二人は口喧しかったけれどね」
「とりわけ小蓮様にでしょうか」
「私も雪蓮姉様もこれと言って言わないしね」
孫権にしても孫策にしても小言を言うことはない。そしてその代わりになのだ。
「けれどその代わりにね」
「お二人がですね」
「ああして毎日小言を言ってるのよ」
「小蓮様にとっては厄介でしょうか」
「あの娘には叱る大人が必要なのよ」
そのことは孫権もわかっているのだ。しかしなのだ。
彼女は難しい顔で微笑みだ。こう周泰に話した。
「けれど私も姉様もね」
「小言を言うことはですか」
「言われる側だったし」
特に孫策はだ。
「その私達が小言は。しかも性格的にね」
「できませんか」
「甘いのよね。私達って」
こうも言う孫権だった。
「シャオに対して」
「姉妹だとどうしてもそうなるのですね」
「私達の場合はそうね」
「そういえば祭様も」
「祭もシャオには優しいし」
黄蓋も小言を言わない。そうした者ではない。しかしなのだ。
二張は違った。彼女達はだ。
「けれどその分あの二人がいるから」
「小言は大丈夫なのですね」
「必要なことはあの二人がしてくれるのよね」
叱る、そのことをだ。
「そうした意味であの二人には感謝しているわ」
「政でも頼りになりますし」
呂蒙は微笑みこのことを話した。
「お二人がおられて何よりですね」
「そうなのよね。頼りになるわ」
「はい、本当に」
呂蒙はにこりと笑い孫権の言葉に応えた。
「あの方々は孫家にとって必要な方ですね」
「それはその通りね」
そんなことを話していた彼女達だった。そしてその二人はだ。
今は孫策にだ。このことを話していた。
「政のことですが」
「交州は」
「ああ、あそこね」
交州と聞いてだ。孫策も応える。彼女も自室にいてそこで二人の話を聞いていた。部屋の内装や色彩は孫権の部屋に酷似している。
その部屋の紅の椅子に座りだ。二人の話を聞いているのだ。
話を聞きながらだ。孫策は言った。
「あそこは町も畑も順調に治まっていたわね」
「はい、それだけでなくです」
「南蛮の国家との貿易ですが」
ここで二人が言うのはこのことだった。
「南越やそれよりさらに南にある多くの島国です」
「そうした国家との貿易ですが」
「それはどうなの?」
孫策は二人に応えそのうえで問い返した。
「上手にいきそう?港を整えたりとか」
「港もいいものができます」
「交州はいい港に恵まれています」
二人はそれは大丈夫だと答えた。
「ですが船です」
「それが足りません」
「船ね。赤壁での戦いに備えてかなり造ったけれど」
「それを交州に回すべきかと」
「そう考えます」
二人がこう上奏するとだ。孫策もだ。
考える顔をしながらだ。こう答えたのだった。
「わかったわ。それじゃあね」
「はい、ただそれはです」
「戦が終わった後で」
「そうね。今船は置いておいた方がいいわね」
二人の言葉にだ。また頷く孫策だった。
そしてその主にだ。張紘が言った。
「南方での戦いも考えられます」
「ええ。赤壁と同じ様にね」
戦の話になりだ。孫策の顔に政の話の時とはまた違った緊張が入った。
そしてだ。彼女はこう言うのだった。
「またああした戦も考えられるわね」
「北は馬ですが南は船です」
張紘はこの国の地形から話した。
「黄河と長江では違います」
「そうなのよね。私もそのことは都に入ってそれで実感できたわ」
揚州にいてはそこまではだったのだ。
「話には聞いていたけれどね」
「はい、肌で実感されてこそです」
今度言ったのは張昭だった。
「それであらゆることが確かになります」
「そうね。本当にね」
「では今は」
「港だけ整えましょう」
船を置くだ。そこをだというのだ。
「そして戦が終わればね」
「はい、劉備殿ともお話して」
「そのうえで決めましょう」
「次の帝になるのは劉備だからね」
既に太子となっている。それならもう決まっていることだった。
「帝もことが終われば劉備に位を譲るって言われているし」
「劉備殿が帝ですか」
「それなら国は安泰ですね」
「あの娘はあれなのよ」
微笑む顔でだ。孫策はその劉備について話した。
「本人は気付いていないけれど傍にいたらね」
「その力になりたくなる」
「そうした方ですね」
「そうなのよ。不思議にね」
それが劉備だというのだ。
「ただ。それがね」
「この世界にとっては」
「いいことですね」
「乱れかけていた世が一つに戻ったわ」
まずはそうなったというのだ。
「そしてそのうえでね」
「はい、今度は魔を倒し」
「まことの意味での泰平を」
「もたらすのがあの娘なのよ」
劉備の持つだ。不思議な魅力によってだというのだ。
「自然と力になってあげたくなるからね」
「私は当初です」
「私もです」
張昭と張紘はここで孫策に対して真剣に述べた。
「天下に泰平をもたらすのは大殿と思っていました」
「そして雪蓮様だと」
「私もある程度まではそう思っていたわ」
真面目な目でだ。孫策は話す。
その席に足を組み座り腕を組みだ。何時になく真剣な面持ちである。
「けれどそれはね」
「劉備殿だった」
「そうだったとは」
「私は揚州、そして交州」
彼女が牧を務めるその二州のことを話してだった。
「それ位ね。天下を治めることは器じゃないわ」
「それは違うと思いますが」
「ですが」
「ええ。あの娘は天下全てに笑顔をもたらすのよ」
揚州や交州だけでなくというのだ。
「そうした娘だから」
「それだけにですね」
「あの方こそが」
「そうよ。劉備は天下の器よ」
孫策も認める程のだというのである。
「あの娘ならやってくれるわ」
「では雪蓮様はですか」
「あの方と共に」
「元々皇帝とかには興味がなかったしね」
実はそうしたことは考えていなかった。孫策はそのことも話す。
「それは結局袁紹や曹操も同じだったみたいだけれど」
「なら皇帝は」
「やはり劉備殿ですか」
「あの娘しかいないわ。袁術は子供だし」
だから彼女も駄目だというのだ。
「本当にね」
「はい、それではです」
「我等はこれからは」
「劉備達と一緒にやっていくわ」
こう話してだった。孫策は政の話をするのだった。
そしてその孫家の庭でだ。孫尚香もだ。小次郎や鷲塚と話をしていた。
小次郎は満足した顔でだ。こう孫尚香に話す。
「見事願いを果たしました」
「そう。よかったじゃない」
「はい、私自身の願いは」
「そうね。ただね」
「ただとは?」
「貴女の名前だけれど」
小次郎を見てだ。そのうえでの言葉だった。
「本名じゃなかったのね」
「すいません、それにです」
「女の子なのはわかっていたわ」
それはだというのだ。
「それはね」
「そのことはなのですか」
「だってね。仕草でわかるから」
孫尚香は勘がいい。その勘で見抜いたのである。
「それに急に驚いた声挙げたりしても」
「おなごのものじゃったからのう」
そのことは黄蓋も言ってきた。彼女もいるのだ。
「それではわかるわ」
「うっ、そうでしたか」
「貴女は素直なのよ」
孫尚香はにこりと笑って小次郎を見上げて述べた。
「だからすぐにわかったわ」
「左様でしたか」
「それでだが」
今度は鷲塚が小次郎に声をかけてきた。
「真田君、君はもう」
「姿を偽る理由はない」
「そうだ。もうその必要はない筈だが」
「いや、新撰組でいる間は」
その間はどうかというのだ。
「私は真田小次郎だ」
「そう言うのか」
「そうさせて欲しい」
「誠故にだな」
「私もまた誠を信じる」
小次郎は顔をあげた。そうしてそこにあるものを見て話す。
「それ故にだ」
「だからなのか」
「少しの間だけそうさせて欲しい」
あげたその顔を伏せさせ目もそうしてあった。小次郎は言った。
「話は聞いた。徳川の世は終わる」
「そして局長も副長も」
「しかしだ。新撰組でいる間はだ」
「君はその名で生きるのだな」
「新撰組零番隊隊長としてな」
「そうするのか」
「鷲塚さん、貴方と同じだ」
あえてだ。新撰組の呼び名で言ったのだった。
「私もまた新撰組なのだから」
「わかった。ではだ」
「もう少しだけ」
「そしてそれが終わってからは」
どうするか。鷲塚は己の傍らにいる彼女を見て告げた。
「二人で暮らさないか」
「何っ!?」
「そのだ。二人でだ」
言ってすぐにだった。視線を少し伏せて。顔を赤くさせて言うのだった。
「暮らさないか。ずっと」
「その言葉は」
「君さえよければいい」
また言う鷲塚だった。
「私は待つ。君をだ」
「鷲塚さん、貴方は私を」
「最初は真田君への友情だった」
その真田かはあえて言わなかった。その必要はなかった。
「だが今はだ」
「違うというのか」
「変わった」
そうなったというのだ。
「最初はこの感情が何かわからなかった」
「だが今はか」
「わかってきた。だからだ」
「新撰組が消え去っても共に」
「誠と共に生きよう」
それは忘れない。そしてそれと共になのだった。
「二人でな」
「わかった。それではだ」
小次郎もだ、顔を赤らめさせてだ。
鷲塚の言葉に応えた。こうしてだった。
二人は戦いの後には共にいることを決意した。それを見てだ。
孫尚香もだ。温かい笑顔になって話すのだった。
「ううん、シャオも何時かはね」
「こうした幸せな話をじゃな」
「うん、シャオもなりたいわ」
こうだ。黄蓋に夢見る顔で話すのである。
「是非ね」
「その為にはじゃ」
「その為には?」
「シャオ様がより見事なおなごになることじゃな」
「小次郎みたいに?」
「左様。人柄を磨かれよ」
微笑みだ。話す黄蓋だった。
「さすればシャオ殿もじゃ」
「ああした風になれるのね」
「必ずな。わしにしてもじゃ」
ここで自分のことを話す黄蓋だった。笑みが何処か妖しい。
「これまで多くの愛を経てきたぞ」
「そういえば祭も昔は色々あったのよね」
「左様、楽しいこともあれば悲しいこともあった」
そうだったというのだ。
「それを経て今のわしがあるのじゃ」
「その間どういうことがあったの?」
「出会いがあり別れがあり」
黄蓋は過去を思い出す顔になっていた。その目は優しい。
「そして浪漫とやらもあったのう」
「甘かったの?苦かったの?」
「甘いものもあれば苦いものもあった」
どちらもあったというのだ。
「言うならあちらの世界の者達が飲むコーヒーみたいなものじゃな」
「コーヒーって苦いだけじゃないの?」
孫尚香はコーヒーと聞くと顔を曇らせた。彼女にとってはまだそうしたものでしかないからだ。
「あんなのの何処が甘いのよ」
「それがわかる様になれば恋ができるのじゃよ」
「愛がなのね」
「シャオ様も学ばれることじゃ」
年配者としてだ。黄蓋は孫尚香に優しい微笑みで話す。
「さすれば必ずこの二人の様になれるぞ」
「何かよくわからないけれどわかったわ」
孫尚香もこう言うのだった。
「じゃあシャオ色々と頑張るから」
「人生の学問をするのじゃ」
「うっ、学問は嫌いだけれど」
とはいっても記憶力はいいのでだ。一度読んだものは大体頭に入れられる。このあたりは長姉である孫策に似ているとも言える。
「人生の学問なの」
「書だけが学ぶことではないのじゃ」
こうも言う黄蓋だった。
「生きていく中で学ぶべきものなのじゃ」
「ううん、何か深いわね」
「左様、深い」
まさにそうだというのじゃ。
「そしてその深いものをだ」
「学んでいくのね」
「さすればよきおなごになる」
こう話をもっていく黄蓋だった。
「必ずな」
「胸は大きくなるの?」
このことも尋ねる孫尚香だった。
「姉様達みたいに」
「多分なるじゃよ」
何故かここでは断言しない黄蓋だった。
「孫家はそういう家系じゃからな」
「胸の大きくなる家系なの?」
「大殿が巨大じゃった」
まずは三人の母からだった。
「そして雪蓮様も蓮華様も見事じゃ」
「形いい?」
大きさ自体は普通に大きいのが二人なのだ。
「けれどシャオは平らだから」
「誰でも最初は平らじゃ」
「そうなの?」
「わしとて幼き頃は平らじゃった」
「それって何時なの?」
「そんなことは忘れてしまったわ」
黄蓋も年齢の話については顔を曇らせてだった。
そのうえでだ。こう言うのだった。
「とにかくじゃ。揚州の者なら胸は大きいのじゃ」
「あれっ、けれどそうじゃない娘もいるけれど」
孫尚香はやはり鋭かった。それでだ。
ここでだ。彼女の隣にいたあかりが言うのだった。
「周泰ちゃんとか呂蒙ちゃんとは胸ないで」
「むう、その者達を言うか」
「呂蒙ちゃんなんか中もそうやし。ついでに言えばちっちゃいし」
「あれは別人じゃぞ」
黄蓋はさりげなく呂蒙の秘密を隠そうとする。
「ほれ、名前が違うぞ」
「そっくりさんが五十近くおってもか?」
「そうじゃ。例えばシャオ様にしてもじゃ」
黄蓋は孫尚香をちらりと見て話す。
「気のせいじゃ。色々な世界にいるのはな」
「兄嫁とかやな」
「あれは別人なのじゃ」
「ついでに言うとシャオ結婚はしてないからね」
彼女自身はどうなのだ。
「他の世界じゃともかく」
「そういうことじゃ。まあ色々ある」
その辺りはあえて言わない様にだと話す黄蓋だった。
「だからじゃ。中身の話は御主も色々あるしのう」
「うちかて漢字から平仮名になったさかいな」
「そうじゃ。まあとにかくじゃ」
黄蓋は話題を変えてだ。そうしてだった。
孫尚香にだ。また言うのだった。
「胸は安心してよい、ついでに言うと背もな」
「姉様達みたいになるのね」
「成長すればなる」
それは間違いないというのだ。
「さすればシャオ様もよき伴侶と巡り会える」
「だったらいいけれどね。胸ね」
「遺伝を信じられよ。さすればよくなる」
黄蓋は微笑み話した。
「胸については心配はいらぬ」
「うん、じゃあ楽しみにしてるね」
孫尚香は黄蓋の話をここまで聞いてだ。笑顔になりだ。
そうしてだ。こう言うのだった。
「胸が大きくなるその時をね」
「そうされよ。シャオ様はまだまだこれからじゃ」
成長していくというのだ。これからさらにだ。
そんな話をしていた。そしてロックはだ。
今は飯屋で飯を食べていた。この国の料理をだ。
相席していたのは猛獲達だ。まずは猛獲が彼に言ってきた。
「ロックは何かいつも考えているにゃ」
「そうにゃ、何か深刻だにゃ」
「それが気になるにゃ」
「何を考えているにゃ?」
トラ、ミケ、シャムも彼に尋ねる。色々と食べながら。
「悪い奴じゃないのはわかるにゃ」
「けれど何か陰があって気になるにゃ」
「一体何を考えているにゃ?」
「ちょっとな」
やはり陰のある感じで返すロックだった。
麺を箸で食べながらだ。彼は猛獲達に言うのである。
「俺の親父のことは知ってるな」
「ギースにゃ?」
「あいつは相当悪いことをしてきた奴にゃ」
「感覚でわかるにゃ」
「ああ、あいつは根っからの悪党だ」
それはロックも知っていた。それもよくだ。
「そして母さんと」
「何か色々あったのはわかるにゃ」
猛獲は包を食べながら述べた。
そしてだ。ロックにこう言うのだった。
「けれどあれにゃな。やっぱり親子にゃ」
「似てるか」
「ロックはテリーにも似てるにゃ」
こうも言う猛獲だった。
「そしてテリーとギースもにゃ」
「!?」
猛獲の今の言葉にだ。ロックは眉を動かした。
そしてだ。こう言うのだった。
「そうだな。言われてみれば」
「気付いたにゃ?美衣も最近気付いたにゃ」
「トラは気付かなかったにゃ」
「ミケもにゃ」
「シャムもだにゃ」
三人はこれといって困っていないといった感じで述べた。
「けれど言われてみればそうにゃ」
「大王様もいいこと言うにゃ」
「そう思うにゃ」
「そうだな。ギースとテリーは」
「狼だにゃ」
猛獲はだ。二人をそれだと指摘した。
「そしてロックとカインもにゃ」
「俺もか」
「四人共狼にゃ」
まさにそれだというのだ。
「だから同じにゃ」
「俺も親父も同じか」
ロックは鋭い顔になっていた。そうしてだ。
彼はこうも言うのだった。
「狼なんだな」
「それも餓えた。いい意味で餓えた狼にゃ」
「いい意味で?」
「餓えるというのは確かに辛いことにゃ」
餓えについてだ。猛獲は暗い顔で話した。
「あれは一番辛いにゃ」
「というか大王様いつも満腹でないと気が済まないにゃ」
「寝てても何か食べようとする時があるにゃ」
「はらぺこ大嫌いにゃ」
「その通りにゃ。あれはとても嫌なことにゃ」
そのことについては本当に心から言う猛獲だった。
「餓えるとそのまま死ぬにゃ」
「けれどいい意味か」
「そうにゃ。食べることで餓えたら駄目にゃ」
猛獲が今言う餓えの核心をだ。彼女自身が話すのだった。
「けれどにゃ。それでもにゃ」
「何に餓えるかだな」
「誇りにゃ。誇りを持って餓えているにゃ」
「それが俺か」
「そしてギースもにゃ」
ひいてはだ。彼の父であるそのギースもだというのだ。
「ギースは悪い奴だけれど誇りがあるにゃ」
「あいつは二度死んでいる」
ロックは食べる手を止めて述べた。
「二度デリーに負けてな」
「一度目で死ななくてにゃ?」
「またテリーの前に立ちはだかってそうして」
その最後の決戦でだ。ギースはだ。
「テリーのパワーゲイザーで吹き飛ばされてそのまま落ちるところだった」
「それでテリーが助けたにゃ」
「そのことは知ってたんだな」
「聞いたにゃ。色々と」
それで猛獲も知っていたのである。ギースとテリーの戦いの顛末を。
「けれどギースはテリーのその手を振り払ったと聞いたにゃ」
「そしてあいつはまた死んだ」
二度目なのだった。そうなったのだ。
「助けられることを拒んでな」
「それにゃ。何故テリーはギースを助けようとして」
「ギースはテリーの手を振り払ったか」
「ギースはテリーの父親の仇と聞いているにゃ」
「その通りだ」
だからこその因縁なのだ。両者の間の因縁は深い。
そしてだ。その因縁故に戦ってきた。両者は遺恨の相手同士なのだ。
しかしテリーはそのギースを助けようとした。ロックはこのことについて猛獲達に話していく。
「俺は何となくわかっていた」
「何となくにゃ?」
「ああ。ただ言葉に出して表現するのはな」
「できなかったにゃ?」
「ちょっとな」
それはだというのだ。
「どう言っていいかわからなかった」
「けれど頭ではわかっていたにゃ」
「ああ、そうだった」
「それは美衣はいつもにゃ」
猛獲は笑ってロックにこう話す。
「頭でわかっても言葉には出せないにゃ」
「それが大王様にゃ」
「言葉に出すのは苦手にゃ」
「それでそうなるにゃ」
「けれど頭ではわかっているにゃ」
猛獲はトラ達の言葉を受けても胸を張りだ。
腕さえ組みだ。威張った顔にすらなってこうロックに話していく。
「だからそれでいいにゃ」
「それも悪くないな」
「美衣はそれでいいと確信しているにゃ」
猛獲にとっては感覚だった。言葉はどうでもよかった。
そしてその感性からだ。ロックに話すのだった。
「けれどテリーは助けようとしたにゃ」
「誇りのない奴ならか」
「絶対に助けないにゃ。それに」
「親父もだな」
「ギースは手を振り払ったのはギースの誇りからにゃ」
「あえてそうしたんだな」
「そうしなければギースでないにゃ」
ひいてはだ。そうもなるものだった。
「テリーもギースも狼だからそうしたにゃ」
「どちらもな」
「ではロックはどうするにゃ?」
ロックン自身への問いになった。
「ロックはギースがテリーを倒して。そのギースを倒した時どうするにゃ」
「その時か」
「率直に聞くにゃ。どうするにゃ」
「多分、いや間違いなくな」
どうするか。ロックはすぐに言えた。
「俺も親父を」
「そういうことにゃ。カインも同じにゃ」
「あいつもか」
「狼だからそうするにゃ」
「そうだな。狼だからな」
「誇りであえて餓えを選んでいる狼にゃ」
心にだ。甘えや贅を求めずだ。誇りで生きているのが狼だというのだ。
「ギースもロックも。だから」
「似てるか」
「そしてテリーとギースもにゃ」
彼等はそうした意味でだ。同じだというのだった。
猛獲の話を聞いてだ。ロックは。
少し息を吐き出してからだ。こんなことも言った。
「だからテリーは俺も引き取って育てたんだな」
「そしてギースもそのロックを常に気にかけていたにゃ」
「狼だからだな」
ロックからだ。このことを言った。
「そうしたんだな」
「それでロックはどうするにゃ?」
猛獲はロック自身に尋ねた。
「やっぱり狼として生きるにゃ?」
「ああ、そうだな」
考える顔でだ。答えるロックだった。
「俺も。甘えや優しさよりも」
「誇りにゃ」
「俺は優しさは求めない」
他人に対してそれは見せてもだというのだ。
「求めるのはな」
「誇りにゃ」
「それだ。そうか。親父はそうだったんだな」
今だ。ギースのこともわかったのだった。
「あいつはずっとそうして生きてきてるんだな」
「そういうことにゃ。美衣もそう思うにゃ」
「こっちの世界に俺が来た理由は」
それはどうしてか。ロックはそのことも今わかった。
「このことをわかることもあったんだな」
「だったらいいことにゃ。ロックはいい狼になるにゃ」
「いい狼か」
「それになれるにゃ」
「じゃあなってやるさ」
微笑みだ。こう答えるロックだった。
「そのいい狼にゃ」
「その意気にゃ。頑張るにゃ」
「ミケ達はロックを応援するにゃ」
「だからこれからも宜しくにゃ」
「こちらもな。あんた達と会ったのもな」
トラにミケ、シャムも見る。
「そういう縁なんだろうな」
「縁は凄いものにゃ」
猛獲は笑ってまた言う。
「こうして色々な人と出会えてわかり会えるにゃ」
「そうだな。本当にな」
「じゃあ食べるにゃ」
猛獲が続いて言うことはこちらのことだった。
「折角の美味しい御飯が冷めてしまうにゃ」
「ああ、それじゃあな」
「ロックも食うにゃ」
ロックにこう言ってだ。炒飯を出すのだった。
「この店の炒飯は絶品だにゃ」
「大事なのは炒飯だからな」
ロックは猛獲が出してきたその炒飯を見て言った。
「中華料理はな」
「炒飯がにゃ?」
「ああ、これが美味いかどうかでな」
それでどうなるかというのだ。
「その料理人の腕がわかる」
「そこまで大事にゃ」
「ああ、中華料理の基本だからな」
それでだというのだ。
「大事なんだよ」
「成程、そうにゃ」
「それじゃあ食うか」
その炒飯もだ。麺はもう食べ終えていた。
「他のも食うがな」
「じゃあ炒飯にゃ」
「ああ、食わせてもらうな」
こう応えてだ。実際に彼はその炒飯を食べてみた。それは海鮮五目炒飯だった。その海鮮ものに卵、それと胡麻油の味を全て味わってからだ。ロックは言った。
「美味いな」
「美味いにゃ?」
「そうにゃ?」
「ああ、味付けがいい」
まずはそれがいいというのだ。
「飯の炒め具合もいい」
「そしてにゃ」
「他もいいにゃ?」
「素材一つ一つを生かしてしかも調和が取れている。いい炒飯だ」
「あっ、確かにそうにゃ」
「これはかなり美味いにゃ」
「幾らでもいけるにゃ」
トラ達もその炒飯、彼女達の前にあるそれぞれのそれを食べて言う。
そしてだ。こう言うのだった。
「ロックの言う通りかなり美味いにゃ」
「これだけの炒飯は都にもそうないにゃ」
「最高だにゃ」
「これだけの炒飯はそうはないな」
また言うロックだった。しかしだ。
店の中でだ。黒い服に黒髪を後ろに撫でつけた男がだ。こんなことを言っていた。
「この炒飯は偽物だ。食べられないよ」
「んっ、何にゃ?」
「何にゃあいつは」
猛獲達がその男を見る。見ればだ。
彼は店の真ん中でだ。立ち上がって偉そうに言っていた。
「今の最新の調味料を使っている。昔の調味料を使っていない」
「何か訳のわからないこと言ってるにゃ」
「馬鹿にゃ?あいつ」
「おかしな奴にゃ」
トラ達も首を捻る。男を見て。
「美味しければそれでいいにゃ」
「それで新しい調味料を使って悪いにゃ?」
「変なこと言うにゃ」
三人はこう言って首を捻る。しかしだ。
男はだ。店の客達についても罵倒をはじめた。
「こんなものを食って美味いと思っている奴の気が知れないな」
「おい、何だよあんた」
「食っていきなりそんなこと言ってな」
「営業妨害か?」
「人が美味いと思ってるものに何言ってるんだ」
「こんなものが美味いのか」
また言う男だった。
「舌がおかしいんだな」
「何言ってんだこいつ」
「んっ?こいつ料理評論家の山丘じゃないか」
「あの有名な」
それがその男の名前だというのだ。
「何処が美味いかまずいかの本書いてる」
「こいつがそうなのか」
「そうだ。俺が山丘だ」
男は傲然と言った。
「その俺が言う。この店は駄目だな」
「いや、駄目なのは違う」
ここでロックが男に言った。
彼は立ち上がり男の前に出てだ。こう言うのだった。
「駄目なのはあんただな」
「俺が駄目だっていうのか?」
「そうだ。この店の味はあんたには合わないんだろう」
「まずい。俺の舌は絶対だ」
「いや、あんたは絶対じゃない」
ロックはそれを否定した。
「それがわからずに店の中で偉そうに喚くあんたが駄目なんだ」
「まずいものをまずいと言って何が悪い」
「店の人に迷惑だな。これは人間として最低限のマナーだな」
「俺はまずい店は許さないからな」
「で、金を取ってるんだな。店から」
つまりそれはというと。
「あんたはゴロツキだ。ただのな」
「何っ、俺がゴロツキだというのか」
「そうじゃなければチンピラだ。どっちにしても小者だ」
「そうにゃ。御前は最低にゃ」
猛獲もだ。男に対して言う。
「美味いまずいはあってもそれでも大騒ぎするものではないにゃ。そんなのは駄々っ子のすることにゃ」
「それで営業妨害までして店から金取る。それをカスっていうんだよ」
「そうだよな。正直不愉快な奴だよな」
「こんな偉そうな奴に店にいて欲しくないよな」
「人が美味いっていうのならそれでいいだろ」
「他人の舌に文句つけるなよ」
店の客達もだ。ロックと猛獲の言葉を聞いてだ。
そうしてだ。男に対して言うのだった。
「おい、あんたもうこの店に来るなよ」
「そうだよ。出て行けよ」
「営業妨害するなよな」
「さあ、もう出て行けよ」
「そういうことだ。さっさと行ってくれるか」
ロックも男に言う。
「帰れ。いいな」
「くっ、後悔するぞ」
「後悔しないな。あんたみたいな小者はすぐに終わるさ」
こう言ってだ。ロックは男を店から締め出したのだった。その次の日だ。
男は様々な恐喝容疑で捕まった。そして取り調べの末様々な悪事が見つかった。その結果だ。
曹操は冷たくだ。こう官吏に告げた。
「こうした小悪党も許せないから」
「それではですか」
「ええ。首を刎ねて頂戴」
これが曹操の処断だった。
「山丘、字は死浪ね」
「はい、その者をですね」
「都の往来に引き出して首を刎ねなさい。包丁でね」
「包丁で、ですか」
「人の食べものに文句をつけてきたのよ。だったら包丁で死ねれば本望でしょう」
それでだというのだ。
「だから包丁よ。いいわね」
「はい。とにかく悪事の限りを尽くしていますし」
料理評論家としてだけでなくだ。やくざ者とも付き合い私服を肥やしてもいたのだ。それが山丘という男だった。
曹操はそれを許さずだ。あえて厳罰にするというのだ。
「他人の食べものにけちをつける者は死んでも構わないわ」
「では」
こうしてだった。男は都の真ん中で首を刎ねられたのだった。
そういうことあった。そしてだ。
ふとだ。劉備がこんなことを言いだした。
「ねえ。ちょっと考えたんだけれど」
「はい、何でしょうか」
「決戦の前にね」
己の前に立つ関羽に対して話す。
「皆で宴会しない?」
「宴会ですか」
「うん。それでどうかしら」
一聞と何でもない話だ。しかしそれがだ。この国で今までなかった宴になるのだった。
第百二十六話 完
2011・11・17
呉では物見を出したりしてるみたいだな。
美姫 「それでも、やっぱり少しは気を緩めないとね」
その辺りは大丈夫そうだがな。
にしても、ちょっとした騒動があってそれを収めたは良いけれど。
美姫 「そこから宴会の話になるなんてね」
流石は劉備か?
美姫 「何か大事になりそうな予感もするわね」
だな。次回も待っています。
美姫 「待ってますね」